大規模稲作経営における直播栽培と 流し込み施肥によるコスト低減の

グリーンレポートNo.571(2017年1月号)
●巻頭連載 :
「農匠ナビ1000」の成果(農業経営者が開発実践した技術パッケージ)
第10回
大規模稲作経営における直播栽培と
流し込み施肥によるコスト低減の可能性と課題
横田修一
国立大学法人 九州大学 農学研究院 大学院教授 南石晃明
農業生産法人 有限会社横田農場 大規模稲作経営の課題として、しばしば省力化、低コスト化や作業分散による規模拡大が指摘されているが、
これに向けて最も有効な対応策は直播栽培であるといわれている。しかし、直播が、現実の大規模稲作経営に
おけるコスト低減をどの程度可能にするのかは、ほとんど明らかになっていないように思われる。
そこで、
「農匠ナビ1000」プロジェクト(攻めの農林水産業の実現に向けた革新的技術緊急展開事業)にお
いて、横田農場では、流し込み施肥と組み合わせた不耕起乾田直播栽培によるコスト削減効果を明らかにした。
また、九州大学と連携して、営農技術体系評価・計画システム「FAPS」を用いて農場全体の最適作付計画を
策定し、移植栽培と比較した直播栽培(乾田直播栽培および湛水直播栽培)の有利性を検討したので紹介する。
播機(写真−1)と、茨城県農業総合センター農業研究
不耕起乾田直播栽培における施肥コスト低減
所と共同で開発した流し込み施肥装置(グリーンレポー
一般的な不耕起乾田直播栽培の場合、省力化のために
ト№564:2016年6月号に掲載)を用い、基肥、追肥と
播種同時でコーティング肥料(肥効調節型肥料、いわゆ
もに安価な尿素を使用した流し込み施肥を行い比較した
(表−1)
。
る一発肥料)を施肥することが多いが、コーティング肥
料そのものの単価が高いため、
“省力”ではあるが必ずし
コーティング肥料と流し込み施肥の肥料費
も“低コスト”とは言いがたい。
そこで、省力+低コストをめざし「農匠ナビ1000」プ
今回、コーティング肥料については、茨城県農業総合
ロジェクトで試作した8条ディスク駆動式不耕起乾田直
センター農業研究所の助言により、
「あきだわら」の生育
と肥料の溶出パターンを勘案し、LP70:LPS100を1:
2の割合で混合する施肥設計とした。また、流し込み施
肥については、生育ステージに合わせて、4回の施肥を
行った(写真−2:流し込み施肥1回目、写真−3:流
し込み施肥2回目)
。
施肥量とその単価は表−2に示したとおりであり、10
a当たりの肥料費で約70%の削減となっている。
コーティング肥料と流し込み施肥の作業時間
作業時間をみると、コーティング肥料は播種同時で施
肥するため、追加の作業時間はかからないが、流し込み
施肥は播種以外に4回の施肥を行っているため、その作
業時間と労働費は表−3のとおりとなる。流し込み施肥
写真−1 8条ディスク駆動式不耕起乾田直播機
表−1 播種同時コーティング肥料施肥と尿素流し込み施肥の比較試験概要
播種
区分
播種同時
(コーティング肥料)
乾籾
(㎏ /10a)
窒素(N)
(㎏ /10a)
投入
窒素
計
窒素(N)
窒素(N)
窒素(N)
窒素(N)
実施日
実施日
実施日
実施日
(㎏ /10a)
(㎏ /10a)
(㎏ /10a)
(㎏ /10a)(㎏ /10a)
流し込み1回目
流し込み2回目
流し込み3回目
流し込み4回目
試験区
7.17
−
5月21日
2.00
6月4日
3.51
6月30日
3.51
7月22日
3.01
12.03
対照区
7.12
12.21
−
−
−
−
−
−
−
−
12.21
品種は「あきだわら」
播種は4月25日実施
2
グリーンレポートNo.571(2017年1月号)
写真−2 流し込み施肥1回目
写真−3 流し込み施肥2回目
表−2 コーティング肥料と尿素の10a当たり費用比較
区分
面積
施肥作業(流し込み施肥4回)の労働費が339円、合計
使用量 肥料単価 肥料費 10a当たり
合計(㎏)(円/㎏) 合計(円)の価格(円)
336.00
75.00 25,200
1,930
肥料
試験区 13,059㎡
尿素
LP70 LPS120
対照区 15,031㎡
443.96
混合肥料
251.30
111,567
2,269円/10aで、粗玄米の単収が592㎏、粗玄米1㎏当
たりの費用は3.8円となり、約70%削減することができた。
7,422
この結果だけをみると、4回の流し込み施肥を行った
肥料の価格は平成27年に横田農場が通常どおり購入したもの
(コーティング肥料251.3円/㎏、尿素75円/㎏)
にもかかわらず、播種同時でコーティング肥料を施肥す
るよりはるかにコストは下がっている。実際の生産現場
表−3 播種同時施肥と流し込み施肥にかかる
10a当たり作業時間の比較
では、試験圃場と並行して水管理や畔管理などほかの作
区分
直播
作業時間
流し込み
作業時間
作業時間
合計
労働費
(円)
試験区
0:09:46
0:03:48
0:13:33
339
対照区
0:08:51
−
0:08:51
221
業が競合するため単純な比較はできないが、省力化の名
のもとに、高価な資材を使うことが、必ずしも全体のコ
スト削減につながらないことが理解できる。さらに、安
価な資材と効果的な作業方法を選択することで、新たな
時間は10a当たり作業時間
直播作業時間は播種作業時間と種子・肥料の補充時間を含む
労働費は時給単価1,500円で算出
コスト削減の可能性を示していると考えられる。
にかかる時間は、水口の数によって異なるので注意が必
装置が試作段階であり、購入費用を計上していない点に
要だが、装置の設置や撤去、肥料の投入などにかかる労
は留意する必要がある。流し込み施肥装置の販売価格に
働負荷はそれほど大きいものではない。
よっては、肥料費の低減効果が相殺される懸念があり、
ただし、今回のコスト計算の段階では、流し込み施肥
施肥装置の低価格化が今後の課題のひとつである。
粗玄米1㎏当たりの費用比較
移植栽培と比較した直播栽培の有利性
まとめとして、播種同時コーティング肥料施肥および
尿素流し込み施肥におけるコストを集計したものが表−
横田農場の実績データを用いて、
「FAPS」で移植栽
4である。播種同時コーティング肥料施肥は、肥料費が
培と比較した直播栽培の有利性を分析した。その結果、
7,422円/10a、施肥作業(播種作業)にかかる労働費が
現状の田植機・コンバイン各1台の機械作業体系によっ
221円/10a、合計7,644円/10aで、粗玄米の単収が581
て、移植栽培のみで140ha程度までの水稲栽培ができる
㎏だったため、粗玄米1㎏当たりの費用は13.2円となっ
という最適作付計画が得られた。このことから、乾田直
た。
播栽培(ディスク駆動式不耕起栽培)および湛水直播栽
一方、尿素流し込み施肥は、肥料費が1,930円/10a、
培(鉄コーティング栽培)のいずれの直播も移植栽培に
比較して有利性が低く、導入の必要性がないとの結論で
表−4 播種同時コーティング肥料施肥と
尿素流し込み施肥のコスト比較結果
あった。ただし、それ以上の作付規模の拡大を実施する
場合には、増加面積部分を直播栽培で行うなど、移植栽
施肥作業に
平成27年 粗玄米1㎏
計
肥料費
収量粗玄米 当たりの費用
区分 かかる労働費
(円/10a)(円/10a)
(㎏ /10a) (円/㎏)
(円/10a)
試験区
339
1,930
対照区
221
7,422
削減
2,269
592
7,644
581
▲5,375
培を補完する技術として直播栽培を位置づけることも考
3.8
えられる。以上の結果は、乾田直播栽培そのものはコス
13.2
ト低減の可能性があるが、経営への導入効果は、経営条
▲9.4
件によって異なることを示している。
3