今だから、 農業とJAの 未来を語ろ

新春 今だから、
農業とJAの 奥野長衛
(JA全中会長)
おくの・ちょうえ
1947年三重県生まれ。1992年JA伊
勢 理 事、2007年 組 合 長。2011年 に
JA三重中央会会長となり、JA全中
監事、2014年から同理事などを経て、
2015年8月から現職。
人気予備校講師でテレビや講演、執筆と幅広く活躍される、林修さん。
受験という競争社会に身を置く立場で、“椅子の足りない椅子取りゲー
ム”という現代をどう生き抜くか、農業の未来をどう描くか、JAの果
たす役割をテーマに奥野会長と話し合いました。
激しい世の中の変化に
酉
本の食は繊細さ、クオリティーの高さでトッ
どう立ち向かうか
プクラスだということです。それは海外の方
林 僕は小さい頃から肥満児で、食べたら食
にも伝わったのではないかと思います。
べた分だけ太るので、覚悟して食べていま
2
奥野 日本の食は、独自に育まれてきた歴史と
した。そのため、一食一食を本当に大事に、
豊かな文化の中で生まれてきたものです。そ
良いものをおいしく食べたいと思っていま
れは世界に誇るべきものだと思っています。
した。日本の食のレベルは非常に高いです。
日本列島は南北に長く、気象条件も太平洋側
2015年、ミラノ博にレポーターとして行っ
と日本海側で全く違い、非常に多彩な農産物
て、あらためて気づいたことは、やはり、日
が取れます。それだけに個々の生産量が少な
月刊 JA
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対談
未来を語ろう。
林 修
(東進ハイスクール講師)
はやし・おさむ
1965年生まれ。愛知県名古屋市出身。
東京大学法学部卒業。東進ハイスクー
ルでは現代文を担当。受験生から絶大
な信頼を得るかたわら、多数の TV レ
ギュラーを抱えている。主な著書に『林
修の仕事原論』
(青春出版社)他多数。
いので、これが日本農業の悩みです。
貴重な役割を果たしてきたことは間違いあり
林 この 3 年間で、45都道府県で講演会に呼
ません。ただ、近年の国際情勢、人口構成な
んでいただきました。そのため、今では、車
ど、社会の激しい変化の中で、JAだけに限
で走っていると、風景を見るだけで地域の人
らず、多くの日本の大組織が、その対応に大
口密度が大体分かるようになりました。例え
変苦しんでいる状況があります。
ば、ここは100人( 1 ㎢当たり)を切ってい
奥野 世の中の流れは非常に速いもので、それ
るな、ここは250人(同)かと。地域によっ
にしっかり付いていかないと日本の農業が駄
て、別の国かと思うぐらい、人も食も違うこ
目になるという思いがあります。JAは農村
とを学びました。
社会の中で、どうやってみんなが助け合って
奥野 今、地方の過疎化が進み、限界集落が多
生きていくのかということから設立されたの
くあります。そうした地域では農業が主要産
です。少しでも、暮らしを豊かにするため
業であることが多いので、再び活気を取り戻
に、地域に必要な事業を行っており、医療や
し、豊かで、楽しく暮らせるためにも、JA
介護なども担っています。
が果たすべき役割は小さくありません。
林 JAは戦後の復興を早めるなど、歴史的に
林 今の時代は、そのような情報をアピールし
た者が勝ちの時代ですから、もっと積極的に
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新春 情報を発信されてはいかがですか。そういう
発信の巧拙が鍵を握る、何を伝え、どう見せ
るかが大きな意味を持つ時代です。これは日
本の社会全体の課題ですが、その点では、企
業の方が上手です。
奥野 まさしくその通りです。情報を発信する
中で、協同組合とは、こういう組織ですと
知っていただくことが大事ですね。
酉
「農業が好き」と
「経営センス」が大事
林 ひとつ間違いなく言えることは、アメリカ
やオーストラリアのように大規模農業が可能
なのは北海道やごく一部の地域のみで、それ
ほど農地が広くない地域でも、技術と情報を
集約した非常に高度な農作業の体系を確立し
てきた歴史があります。日本の農業の先行き
は決して暗くはありません。人の働き方が変
わっていく中で、会社も現在の形態ではな
く、プラットフォームになっていくものも生
まれてくるでしょう。今、他産業ではクラウ
ド化 ※ が当たり前になっており、この潮流か
ら農業も逃れられません。
奥野 やはり IT(情報技術)の進歩、これが大
起こしていけば、困難であっても農業の人手
きいと思っています。例えば、パソコンだけ
不足は解決できるのではないでしょうか。
ではなく“あらゆるモノ”をインターネット
奥野 た だ し、 条 件 が あ り ま す。「 農 業 が 好
でつなぐ IoT があります。
林 農業は人手が少なくても多くの収穫が十分
可能になる時代だと思っています。AI(人工
知能)とロボットがあれば、人がいなくても
全部やってくれることも可能になっていくで
しょう。僕のいる予備校業界の話をすると、
将来、生身の人間が教える必要がなくなる可
き」ということ、そのような農業を実現して
いくだけの「経営センス」が大事です。
※クラウド化(クラウド・コンピューティング)と
は、インターネットに接続されたコンピューター
(サーバー)が提供するサービスを、ネットワー
ク経由で手元のパソコンやスマートフォンなどで
利用すること。
ボットに受けさせれば、多分僕より良い授業
酉
をするはずです。もともと高齢化問題が起き
林 どんどん仕事がなくなり、しかも人がいな
能性もあるのです。僕の授業をどんどんロ
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ている分野にイノベーション(技術革新)を
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椅子の足りない
椅子取りゲームの時代
対談
助”の部分です。創意工夫をしながら、地域
の暮らしを支えるのに必要なサービスを提供
する体制を築いていきます。
酉
JAと農家のネットワークで
地域を創造
林 情報の価値がどんどん増す中で、情報を収
集し、分析して、活用していく 3 段階の行動
が大切になります。ある程度の規模の農家は
対応できる方もいますが、大半の農家が、あ
らゆる情報をフォローするのは容易ではあり
ません。もともとJAと農家には密接なネッ
トワークがあります。JAが情報集約の役割
をしっかりと担い、地域に必要な情報を双方
向で流していくシステムができたら、それ
は強力です。「このままでいい」とは、誰も
思っていません。ただ、「何を、どう変えて
いくのか」が課題で、みんなで議論する必要
があります。農業の未来を明るいものにする
ためにも、行動せざるを得ないと、皆さんが
思いをひとつにしているのではないでしょう
か。
くても運営できる社会に変わっていく中で、
奥野 どんな産業でも、そのまま、そこに座っ
その人に適している仕事をやらないと生き残
ていたら未来はありません。昔、情報を独占
りが本当に大変な時代になりました。僕が予
することによって支配者になれましたが、今
備校で25年間、競争について持っているポリ
は、組織の中に水平的にきちっと情報をしっ
シーはただひとつで、負ける相手とはけんか
かり伝えるシステムをつくらないと、その組
はしない。現代文を選んだ理由も、この分野
織は発展できません。情報を共有して、みん
なら負けないと思ったからです。でも、勝て
なで新しい事業をつくり、提案する「アク
る土俵ってそんなにない。本当に「椅子の足
ティブ・メンバーシップ」を私たちJAは掲
りない椅子取りゲーム」だと思っています。
げています。地域と農業の振興に積極的に行
奥野 座る椅子の数が少ない、これは事実だと
動する人を地域に輩出することで、地域が元
思います。自分の努力で椅子を勝ち取ってい
気になって、その核にJAがなろうという発
くのが大切なのですが、問題は、椅子に座り
想です。工夫をすれば日本の自給率は、もっ
損ねた人間をどうするか。自助、共助、公助
と上がると思います。日本農業を底上げして
のうち、私たちJAが受け持つパートは“共
いくことを大急ぎでやりたいです。
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