会計検査の指摘事例とその解説(51)

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会計検査の指摘事例とその解説
(51)
は
が
芳 賀
1.はじめに
あき
ひこ
昭 彦*
業計画設計基準・設計「水路工」」(農林水産省農村
今年も暑い夏でしたが、早いもので9月になって
振興局制定。以下、「設計基準」という)等に基づ
しまいました。検査院ではこの頃になると29年次
いて行っています。そして、設計基準等によれば、
の検査の方針が決められ、検査各課は、この方針に
鉄筋コンクリートにおいては、土圧等の外力に対し
沿って29年次の検査計画案を策定し、幾つかの審
て鉄筋とコンクリートが一体となって働く必要があ
議を経てから最終形の検査計画を整えることになり
るため、鉄筋端部同士の接合は極めて重要であり、
ます。そして、最近では、この検査計画業務と並行
完全に行われなければならないとされており、鉄筋
して来月あたりから新年次の検査を行う検査課が多
端部を重ね合わせて接合する場合、重ね合わせる長
くなっているようです。
さは鉄筋の径の30倍以上を確保しなければならな
本稿の事例紹介も峠を越えつつありますが、今回
は、水路工の設計と橋梁の耐震補強の設計の2件の
事例を紹介します。
いこととされています。
同県は、底版コンクリートの鉄筋の配置について、
左右に設置するL型ブロックの底版には、あらかじ
め径13㎜の張出鉄筋がそれぞれ水路の横断方向に
2.鉄筋の重ね合わせ長さが不足
この交付金事業は、N県が、一般国道道路改良事
の端部を水路の中央で重ね合わせ、これに水路の縦
業の一環として、T市K町地内において、バイパス
断方向に径13㎜の配力鉄筋を配置すれば、L型ブ
整備に伴い既設の土水路の機能を確保するなどのた
ロック水路に作用する土圧等に対して安全であると
めに、水路工及び地下排水工を実施したものです。
して、これにより施工していました(図−1)。
このうち水路工は、工場で製作されたL型ブロッ
しかし、底版コンクリートの鉄筋の配置について
ク(高さ1.4m、幅0.6m)を左右に配置して側壁及
みると、左右に設置したL型ブロックから突出して
び底版の一部とし、その間を鉄筋で連結したうえで
いる張出鉄筋の長さはそれぞれ420㎜となっていて、
コンクリートを打設して底版の一部(厚さ0.15m、
それらを水路の中央で重ね合わせる長さは140㎜と
幅0.7m。以下、
「底版コンクリート」という)とす
なり、径13㎜の張出鉄筋の端部を重ね合わせて接
るなどした水路(内空断面の幅1.7m、延長85.5m。
合する際に必要な長さの390㎜以上に比べて著しく
以下、
「L型ブロック水路」という)等を築造する
不足した状態となっていました。このような状態で
ものです。
は、鉄筋とコンクリートが一体となって働くことが
同県は、L型ブロック水路の設計を「土地改良事
*元会計検査院 農林水産検査第4課長 56
突出するように埋め込まれていて、左右の張出鉄筋
月刊建設16−09
できず、底版コンクリートは土圧等の外力に対応で
L 型ブロック水路概念図
を除去して、径13㎜、長さ700㎜の鉄筋を張出鉄
1.7 m
筋に結束するように200㎜間隔に配置してから配力
85.5 m
鉄筋を改めて配置し、コンクリートを打設して終了
L 型ブロック
1.4 m
底版コンクリート
配力鉄筋
張出鉄筋
0.15 m
0.6 m
しているようです。
3.水平力と自重の同時作用を検討せず
地方整備局国道事務所(以下、「事務所」という)
が、平成25、26両年度に、一般国道16号の橋梁(3ヵ
0.7 m
所 ) 等 の 耐 震 補 強 工、 橋 梁 補 修 工 等 を 工 事 費
拡大図
132,406,800円で実施したものです。このうち、S
420 mm
市 の 橋 梁( 昭 和61年 築 造。 橋 長274.6m、 幅 員
31.0m)は、橋台2基、橋脚12基、プレストレス
420 mm
140 mm
重ね合わせる長さは 390 mm 以上を確保
する必要があったのに、 140 mm となっ
ている。
トコンクリート製中空床版の上部工等からなり、本
件工事では、耐震補強工として起点側の橋台及び上
張出鉄筋
径 13 mm
図−1 L型ブロック水路概念図
部工に、地震発生時において上部工に作用する水平
力に抵抗するため、橋軸方向及び橋軸直角方向のそ
れぞれに変位制限構造を設置していました。このう
きないものとなっていました。
ち、橋軸方向の変位制限構造として橋台に設置した
したがって、L型ブロック水路(工事費相当額
鋼製ブラケットは、地震発生時に支承が破損した場
8,502,000円)は、底版コンクリートの鉄筋の設計
合に、上部工を支えることにより路面に生ずる段差
が適切でなかったため、所要の安全度が確保されて
を小さくするための段差防止構造も兼ねていました。
いない状態になっており、これに係る交付金相当額
事務所は、変位制限構造にかかる設計を「道路橋
5,951,400円が不当と指摘されています。そして、
示方書・同解説」(社団法人日本道路協会編)等に
このような事態が生じていたのは、同県において、
基づき行うこととしており、これを設計コンサル
委託した設計業務の成果品に誤りがあったのに、こ
タントに委託し、設計業務委託の成果品の提出を受
れに対する検査が十分でなかったことなどによると
けていました。
されています。
この成果品によれば、橋台の鋼製ブラケットが変
本件は、設計基準にも鉄筋経の30倍以上とする
位制限構造として機能した場合にアンカーボルトに
ことが明示してあり、コンクリート標準示方書「設
生ずる引張応力度は285N/㎟から290N/㎟、段差
計編」にもその重要性を記述しているところですが、
防止構造として機能した場合にアンカーボルトに生
二次製品に埋め込まれた鉄筋の長さとL型ブロック
ずる引張応力度は88.2N/㎟から179.9N/㎟とされ
の左右の設置間隔に注意が必要でした。この手直し
ていて、事務所は、これらの引張応力度がいずれも
工事は、底版コンクリートを全てはつり、配力鉄筋
アンカーボルトの許容引張応力度300N/㎟を下回
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ることなどから安全であるとして、これにより施工
力と自重の両方が鋼製ブラケットに同時に作用した
していました(図−2)
。
場合について、鋼製ブラケット10個に取り付けら
検査したところ、次のとおり適切とは認められな
い事態が見受けられました。
れたアンカーボルトに生ずる引張応力度を計算する
と351N/㎟から499N/㎟となり、許容引張応力度
300N/㎟を大幅に上回っていて、応力計算上安全
上部工
とされる範囲に収まっていませんでした。
したがって、橋台の鋼製ブラケットは、設計が適
支承
切でなかったため、地震発生時において所要の安全
橋台
変位制限構造:上部工の鋼製ブラケット 10 個)
支承
度が確保されていない状態になっていて、変位制限
構造は工事の目的を達しておらず、これに係る工事
費相当額11,258,000円が不当と指摘されています。
変位制限構造:
橋台の鋼製ブラケット 10 個)
アンカーボルト
橋軸方向の変位制限構造の側面概念図
橋台
上部工
本件につきましては、同時作用の可能性等につい
て議論があったようですが、このブラケットが変位
制限構造と段差防止構造を兼ねたところに注目が集
まったようです。
この手直し工事は、上部工と橋台の間に段差防止
変位制限構造に
作用する水平力Ⓐ
段差防止構造として作用する上部工の自重Ⓑ
構造として段差防止材(ゴム及び樹脂製)を設置し
て、上部工の鉛直荷重は段差防止構造で受け、地震
変位制限構造:上部工の鋼製ブラケット 10 個)
支承
Ⓐ及びⒷによりアンカーボルトに作用する合力
アンカーボルト
変位制限構造:橋台の鋼製ブラケット 10 個)
発生時の水平力は既設の変位制限構造で受けること
とし、それぞれの機能を別々に確保しました。
図−2 橋軸方向の変位制限構造の概念図
4.おわりに
すなわち、橋台の鋼製ブラケットは橋軸方向の変
今、検査院では、27年度決算検査報告の取りま
位制限構造と段差防止構造の機能を兼ね備えている
とめの真っ最中なのと29年次検査の準備で不夜城
ことから、地震発生時に支承が破損した場合には、
の状態です。そして、その報告事項が公表になる
橋軸方向の変位制限構造に作用する水平力と段差防
11月には、調査官達は、全国に飛び出して29年次
止構造に作用する上部工の自重との両方が鋼製ブラ
の検査を開始しています。
ケットに作用することになるのに、事務所は、アン
この報告事項につきましては、公表の前に受検庁
カーボルトの引張応力度については、前記のとおり
に対する内示が行われ、その後、記者発表が行われ
それぞれが個別に作用した場合に生ずる引張応力度
てマスコミの取材が開始されることになりますので、
について確認したのみで、同時に作用した場合に生
検査院も受検庁のみなさまも相互にその対応に追わ
ずる引張応力度については検討していませんでした。
れて慌ただしくなります。
そこで、改めて地震発生時に支承が破損して水平
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