平成 28 年 12 月号 日に日に下がっていく気温だけでなく、街を行き交う人々の格好や、タイムズスクエア やロックフェラーセンターなど観光名所のデコレーション、軒を連ねる店舗での商品に 至るまで、ここニューヨークでは街全体が冬の装いとなっています。 年の瀬が迫り、一年を振り返る機会も増えてきていますが、世界的にみると、今年は 政 治 面 で の サ プ ラ イ ズ を 感 じ た 方 も 多 い の で は な い で し ょ う か 。 6 月 に は 、 英 国 で EU 離 脱 の 国 民 投 票 が 賛 成 多 数 と な っ た ほ か 、 11 月 に は 、 米 国 で 事 前 予 想 を 覆 す 形 で ト ラ ン プ 氏 が 次期大統領に選出されることとなりました。 こ う し た 事 象 の 背 景 と し て は 、「 既 存 政 治 へ の 反 発 」と 説 明 さ れ る こ と も し ば し ば あ り 、 多くの国民が現状に不満を持っているということを示唆しています 。他の先進国に先駆け て利上げが行われるなど、金融危機以降の景気低迷から立ち直ったとされる米国市場 ですが、国民の実態を把握するうえでは、表面的な成長率だけでなく個別の事象やその 推移などについても見ていく必要があるようです。 さて、今月は以下のテーマでお送り致します 。 米国での格差問題 千葉銀行ニューヨーク支店 1.はじめに 他 国 と の 比 較 に お い て 、 米 国 で は 19 世 紀 半 ば か ら の ゴ ー ル ド ラ ッ シ ュ ・ 西 部 開 拓 時 代 か ら 、 成功者が財を蓄え、豊かになっていくことが 肯定され、格差が許容されやすいという下地があ りました。 ところが昨今、その格差に対する考え方が少し変化してきている事例が散見されるようにな ってきています。冒頭に挙げた大統領選挙に関連する事柄としては、民主党予備選挙にて自称 社会主義者のサンダース氏が有力候補としてクリントン氏と最後まで争ったことや、数年前に 話題となった「ウォールストリートを占拠せよ」というデモ など、米国民は格差に対して敏感 な反応を見せるようになってきています。 「富める者が増々富んでいく」というサイクルについては、以前からたびたび指摘されて き た 事 で は あ り ま し た が 、近 年 発 表 さ れ た 経 済 書「 21 世 紀 の 資 本( ト マ ス ・ ピ ケ テ ィ 著 )」に よって一躍注目を浴びるテーマともなりました。 資本主義国家の代表ともいえる米国にて、こ うした問題が浮かび上がってきた背景にはどのような理由があったのか、政治的な対応ととも に、以下で見ていきたいと思います。 2.格差の現状・所得分散状況について 最近、「米国内で格差が広がっている」と報道されることも多くなっていますが、改めて、 いくつかの項目・データに基づいて、現状を把握したいと思います。 (1)上 位 10% に よ る 所 得 ・ 保 有 資 産 図 1:米 国 の 総 所 得 のうち、上 位 10%が稼 いでいる所 得 の割 合 ま ず は 、前 述 の「 21 世 紀 の 資 本 」に お い て 、 著者であるピケティの主張した格差の主たる 根 拠 と な っ て い る 所 得 上 位 10% に よ る 富 の 偏りを見てみます。 図 1 の 通 り 、上 位 10% が 稼 ぐ 所 得 が 占 め る 割 合 は 、1980 年 代 前 半 ま で は 30% 台 前 半 で 推 移 し て い ま し た が 、足 元 で は 50% 水 準 に ま で 上昇していることがわかります。キャピタル ゲイン(株式等の資産売却収入)を考慮した 所得は市況等により上下に振れる局面もあり ますが、総じて右肩上がりとなっているグラ フは、所得格差が拡大している状況を示して いると言えそうです。 (出 所 :The World Wealth and Income Database ) -1- (2)ジニ係数の各国比較 図 2:ジニ係 数 (税 考 慮 前 )の国 際 比 較 次の図 2 は、所得分配の不平等さを測る指 標として用いられることの多いジニ係数を国 際比較したものです。 ジ ニ 係 数 が 取 り 得 る 値 は 0~ 1 の 範 囲 と な り、数値が大きいほど、その集団における格 差が大きい状態にあると定義されています。 一 般 的 に 、 0.4 を 超 え る と 社 会 騒 乱 が 懸 念 さ れ る 状 況 と い わ れ て い ま す が 、OECD の 公 表 す る 数 値 で は 、 米 国 は 0.4 を 上 回 っ て お り 、 他 国と比較しても「格差が大きい国」と言えそ うです。 (出 所 :OECD) (3)米国 GDP の伸びと世帯所得の伸び 図 3:米 国 名 目 GDP と雇 用 コスト指 数 の推 移 図 3 は 、 米 国 の GDP と 雇 用 コ ス ト の 推 移 を (2008 年 第 4 四 半 期 を 100 として指 数 化 ) 比較したものです。雇用コストには、賃金や 賞与、社会保障費用などが含まれ、労働者か ら見ると、経済活動における取り分と考える ことができます。 2008 年 の リ ー マ ン シ ョ ッ ク 後 に は 、経 済 活 動が停滞したこともあり両者が逆転している 局 面 も あ り ま し た が 、 そ の 後 は 、 名 目 GDP の 伸びが雇用コストを大きく上回っています。 マクロで見た場合には、雇用コストも緩やか に 伸 び て は い ま す が 、 GDP の よ り 大 き な 伸 び と比較すると、労働者階級における景気回復 の実感はずっと低い状態であったことが示唆 されます。 (出 所 :米 国 労 働 統 計 局 、Bloo mberg) 以 上 の よ う な 事 象 か ら も 、米 国 経 済 全 体 と し て は 、金 融 危 機 な ど を 経 た 後 も 着 実 に 景 気 回 復・ 成長を遂げている一方で、その恩恵は労働者層にはさほど向かっておらず、結果的に資本家や 経営者など富裕層との格差拡大につながっていると言えそうです。 -2- 3.マンハッタン内でも見え隠れする格差 次に、米国一の大都市で、トランプ次期大統領など大富豪が多数存在する一方、路上で寝泊まりを するようなホームレスも多く混在するニューヨークの現状についてご紹介します。 格差の結果として語られることの多いホームレスですが、その対策としてニューヨーク市では、専門 部署(Department of Homeless Service)が設置されており、仮設居住施設(temporary emergency shelter) の運営等を行っています。近時、そこで寝泊まりしている人数が初めて 6 万人を超えたという記事が 地元紙で紹介されるなど、ニューヨーク市内のホームレスの数は年々増えています。 ホームレスとなってしまう原因は様々ですが、 図 4:マンハッタン内 のアパート賃 料 推 移 ニューヨーク市の現状で指摘されているのは、 (2000 年 3 月 を 100 として指 数 化 ) 働く意思はありながらも、一時的な失業や、病 気・けがによって家賃が支払えなくなり、アパー トを強制退去させられるケースです。図 4 が示す 通り、マンハッタンの家賃は右肩上がりを続けて おり、収入の伸びが家賃の上昇に追い付かないと いう事例は珍しくありません。 また、上記の仮設居住施設住まいを余儀なくさ れている 6 万人のうち、2 万人以上が 21 歳以下の 子供であり、公立学校の約 13 名に 1 名がホーム レスとも報告されております。子供たちの教育と ともに、貧困の連鎖という問題も深刻となってい (出 所 : Bloomberg) ます。 そうした問題への対策として、2014 年に就任したビル・ デブラシオ市長は、ニューヨーク市の 5 行政区(マンハッタン、 ブルックリン、クイーンズ、ブロンクス、スタテンアイランド) の今後 10 年間の住宅政策を明記した基本計画である「Housing New York: A Five-Borough, Ten-Year Plan」を発表し、2023 年 までにニューヨーク市内に 20 万戸の低・中所得者向け住宅を供 給するなどの具体的な政策方針を定めています。また、2016 年 3 月には、最低賃金の引き上げに向けたデモを経て、ニューヨー ク市の最低賃金が、2015 年末時点の 9 ドルから 2018 年末までに 15 ドルへと引き上げられることが州議会で合意されています。 以上のように、政治による格差是正へ向けた対応が行われて いると同時に、マンハッタン内では、年末にかけて募金を呼び かけるボランティアが街の至る所に見られるなど、市民も高い 5 番 街 で募 金 活 動 を行 う「 The Salvation Army 」の 問題意識を持っていることが窺がえます。 活 動 (筆 者 撮 影 ) -3- 4.トランプ次期大統領の政策について そうした中、次期大統領として選出された ト ラ ン プ 氏 で す が 、 来 年 1 月 20 日 に 大 統 領 に 就 任 し た 後 、100 日 間 で 行 う 政 策 を 右 の 図 の 通 り 「 100-day action plan」と し て 宣 言 し て い ま す 。 今後の米国政治・経済に大きな影響を与える であろう政策の主な項目について、以下の通り まとめてみました。 (1)通 商 政 策 の 転 換 北 米 自 由 貿 易 協 定( NAFTA)の 再 交 渉 も し く は 脱 退 、環 太 平 洋 経 済 連 携 協 定( TPP)か ら の 撤 退 に 加 え 、不 公 平 貿 易 の 洗 い 出 し を 指 示 す る な ど 、 これまでの通商政策からの転換を宣言しています。 (2)税 制 改 革 ・ 規 制 緩 和 法人税率の引き下げや、海外への資金移転阻 止・流入促進などの税制改革と、エネルギー関 ド ナ ル ド ・ ト ラ ン プ 次 期 大 統 領 の 「 100-day action plan 」 連などの規制緩和方針を宣言しています。 (HP より) 「1 つの規制を定めると同時に古い 2 つの規制を撤廃する」というルールで、米国内産業の 活性化を促そうとしています。 (3)イ ン フ ラ 投 資 の 促 進 今 後 10 年 間 で 1 兆 ド ル と い う 、戦 後 最 大 の イ ン フ ラ 投 資 を 行 う こ と を 明 記 し て い ま す 。従 来 型の交通・建設設備系のインフラについては、ここニューヨークにおいても老朽化 が顕著とな っており、選挙戦時から必要性が指摘されていました。 本政策は、「アメリカ人の雇用を守るための 7 つの行動計画」と銘打っているとおり、米国内の雇用 をいかに生み出していくかという点に注力した内容となっています。トランプ氏が大統領選を勝ち抜い た要因として、米国内雇用状況の改善期待があったことが指摘されており、本政策はこれに応えた形と なっていると言えます。 -4- 5.おわりに ―アメリカンドリームの魅力― 米国は世界最大の経済大国であり、「アメリカンドリーム」という言葉に代表されるような 市場主義・実力主義が評価されていることが魅力の一つです。 これまで見てきたような格差拡大がもたらす問題を緩和していくことと、世界中の人々が 「アメリカンドリーム」を目指して米国に集うような魅力を高めていくことを両立させるには 難しい舵取りを迫られると予想されますが、ここニューヨークから、それを両立させることの できる米国の懐の深さに期待をしながら新年を迎えたいと思います。 【参照ウェブサイト】 The World Wealth and Income Databas e( http://www.wid.world/#Database/) OECD (https://www.oecd.org/) Bloomberg (http://www.bloomberg.com/) 米 共 和 党 公 式 サ イ ト (https://www.gop.com/) Donald Trump’ s Contract (https://www.donaldjtrump.com/ ) 以 ※ ここに掲載されているデータや資料は、情報提供のみを目的としたもので、投資勧誘等 を目的としたものではありません。投資等の最終決定は、ご自身の判断でなされるよう お願いいたします。また、弊行は、かかる情報の正確性や妥当性については、責任を負 うものではありません。 ※ 本レポートに関するお問合わせは、市場営業部海外統括グループまでご連絡下さい。 ( tel:03-3231-1285 email:[email protected]) -5- 上
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