イネ種子伝染性病害に効果のある微生物農薬の使用方法

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い
農業技術
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No.432
イネ種子伝染性病害に効果のある
微生物農薬(エコホープ③)の使用方法
?
一静岡県農業水産部一
平成16年度
﹄臼
要
1技術、情報の内容及び特徴
(1)イネ種子伝染性病害に対する微生物農薬(エコホープ)をクミアイ化学工業株式会社と
静岡県農業試験場が共同で開発しました。
(2)有効成分は糸状菌(カビの仲間)の一種である〃ic方ode”asp.(トリコデルマ)、菌株
名はSKT-l株です。これは1994年より県内各地から収集した約2.500菌株の中から選
抜したものです。
(3)イネもみをSKT-1株の胞子懸濁液に浸漬することにより、糸状菌病のばか苗病、細菌病
のもみ枯細菌、苗立枯細菌病に対して従来の化学農薬と同等または上回る防除効果を示
P
します。また各種の作物には病原性を示さず、安全性についても問題はありません。
(4)イネ種子伝染性病害防除剤「エコホープ⑧」としてクミアイ化学工業(株)によって製
剤化され、平成15年1月28日に農薬登録され、同2月17日より全国で販売が開始さ
れました。
(5)イネ種子伝染性病害に対する使用方法は、200倍に希釈し、浸種前∼催芽前に24∼48時
間、または催芽時に24時間種子浸潰します。
jj
20
⑫
技術、情報の適用効果
従来の化学農薬によらずにイネ種子伝染性病害の防除が可能で、廃液処理も容易です。
生物農薬であり新JAS法においても有機農産物に資材として使用できます。
3適用範囲
イネ生産者、育苗センター等
11
4Q
⑫
P
普及上の留意点
生菌によって効果が現れるので、SKT-l菌株の増殖しやすい環境を整えて下さい。
化学農薬との混用、体系処理など使用方法については、生物農薬としての特性を踏まえ
て使用して下さい。
(
3
) 廃液は適正に処理をして下さい。
目 次
はじめに
lイネばか苗病に対する有効菌株の選抜
● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 。 ● ●
●
●
1
●
1
● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
2
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●
●
●
●
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●
●
●
●
(1)菌株の収集
(2)〃iCAodej初asp・SKT-l株の選抜
2各種のイネ種子伝染性病害に対する防除効果
(1)試験方法
(2)防除効果
3
乃iCAodeZW7asp・SKT-l株の性質と生物農薬としての開発
●
3
の ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
6
● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
8
●
●
●
●
へ
(1)菌の形態と.性質
(2)防除効果を現すしくみ(作用機作)
(3)生物農薬(エコホープ)としての開発
(4)エコホープの安全性と環境への影響
4エコホープの使用方法
(1)使用方法
(2)廃液の処理方法
(3)注意事項
おわりに
、
はじめに
化学合成農薬は長らく農作物病害虫防除の主役であり、現在も農業生産安定に大きな役割
を担っています。しかし近年、環境に対する関心の高まりや化学農薬偏重による様々な問題
点が顕在化したために、化学農薬に代わるものとしての生物農薬の│ル│発が進められてきてい
ます。生物的防除技術の実用化は、虫害防除が先行していましたが、病害の生物的防除技術
開発も進行しており、静岡農試で開発されたバラ根頭がんしゆ病用の「バクテローズ」を始
め、水稲の細菌病用のモミゲンキ水和剤などいくつかの生物農薬が実用化され、販売・使用
されています。
水稲の種子伝染性病害は、稲の機械移植とそれに伴う箱育苗技術によって育苗中に多発す
るようになったいくつかの病害の総称ですが、これらは主に種もみを化学農薬に浸漬する方
法により防除されています。しかし、他の作物同様に薬剤耐性菌の発生による防除効果の低
下や、環境保全型農業に対する関心の高まりなどから、化学農薬によらない防除技術の確立
P
が求められてきました。
このため、これらの病害の生物的防除を目指し、静岡農試はクミアイ化学工業株式会社と
共同で、菌株の収集、スクリーニング、防除効果の検討などを分担して進めてきました。こ
の一連の研究の中で最終的に糸状菌病のばか苗病、細菌病のもみ枯細菌病、苗立枯細菌病に
対して従来の化学農薬と同等または上回る防除効果を示すトルコデルマ菌SKT-l株が選抜さ
れました。
この菌株はクミアイ化学工業(株)によって製剤化され、商品名「エコホープ⑧」として
農薬登録、販売が開始されました。
ここでは、この菌株の特徴と薬剤の使用方法について紹介いたします。
lイネばか苗病に対する有効菌株の選抜
(1)菌株の収集
候補となる菌株の収集は1994年より開始しました。綜岡県内各地のトマト、メロン等の
P
ほ場の中から、長期間土壌病害の発生を見ていないほ場を選び、栽培終了時に根部を採集
しました。一方、土壌病害の多発ほ場で発病を免れた株の根部も採取しました。また、県
内各地のゴルフ場、公園等のシバ地よりシバの根部を採集しました。
採集した根部より糸状菌を選択分離して、約2,500菌株を収集しました。これらの菌は
フザリウム属、トリコデルマ属菌等が主でありました。
(2)万jc力ode”asp・SKT-l株の選抜
PD(ポテトデキストロース)液体培地で培養した供試菌の菌液に、ばか苗病保菌もみを
浸漬し、その後の育苗中の発病状況調査により、防除効果を持つ菌を選抜しました。
数次の検定により、静岡市の安倍川河川敷ノシバ根圏より分離した乃/C力O先”asP、
SKT-l菌株および浜名郡雄踏町トマト栽培ほ場のトマト根圏より分離したんsarium
oxJ'spor”SNF-356菌株を選抜しました。
次いで、各種イネ種子伝染性病害に対する防除効果を検討したところ、SKT-l、SNF-356
−1−
の両菌株ともばか苗病以外にもみ枯細菌病、苗立枯細菌病および褐条病に対し高い防除効
果が認められました。
ばか苗病防除に対し、両菌株の比較ではSKT-1株の方がより低菌量まで高い防除効果を
示しました。また、細菌病に関してもSKT-1株の方が防除効果が安定していたため、
乃ic力odemasp,SKT-1菌株を選択し、製品化に向けた試験を開始しました。
2各種のイネ種子伝染性病害に対する防除効果
(1)試験方法
試験は水洗した籾を、SKT-1株の胞子懸濁液に24時間浸漬した後、浸種、催芽を行い、
その後は種する手順で実施しました。は種20日後に試験区の苗数および発病苗数を調査し
ました。供試したイネ籾はいずれも開花時に病原菌を噴霧接種して調整した重度の汚染籾
を使用しました。SKT-1株はポテトデキストロース寒天培地(以下PDA培地)上で胞子を形成
させ、これを集めて滅菌水中に懸濁しlO6cells/mlに濃度を調整しました。また、生物農
薬としての製剤の試作品も供試しました。対照とする化学農薬は、現在一般的に使用され
へ
ているものを選んで供試しました。
汚染もみを供試菌や薬剤液に24時間浸漬後、通常の手順では種し、発芽後に発病苗率を
調査しました。発病苗率より下記式にて防除価を求めて防除効果を比較しました。防除価
は数値が高いほど防除効果が高いことを示し、全く発病がない場合には100となります。
防除価=(無処理の発病率一処理区の発病率)/無処理の発病率×100
(2)イネ種子伝染性病害に対する防除効果
ばか苗病に対する防除効果を図lに示しました。SKT-l株の培養胞子および製剤は、比
較した化学農薬と同等の高い防除効果を示しました。無処理区で100%発病と激発条件で
あったにもかかわらず、処理区ではほぼ完全に発病を抑制しました。図5はは種22日後の
試験の状況です。処理区は健全に生育していますが、無処理区は発病しているため葉色が
薄く、徒長しています。
苗立枯細菌病に対する防除効果を図2に示しました。SKT-l株の培養胞子および製剤は、
苗立枯細菌病に対しても比較した化学農薬と同等かむしろ上回る効果を示しました。図6
には種16日後の様子を示しました。処理区は健全に生育していますが、無処理区は枯死や
黄白化、生育不良が見られます。
イネもみ枯細菌病、褐条病に対する防除効果を図3,4に示しました。SKT-l株の培養胞
子および製剤は、イネもみ枯細菌病、褐条病に対しても同様に比較した化学農薬と同等の
効果を示しました。
浸漬処理を行う場合の各種病害に対して効果の現れる菌の濃度は病害の種類により差が
ありました。浸漬処理以外にも高濃度懸濁液による塗沫処理、乾燥した胞子による粉衣処
理でも防除効果が確認されました。また、SKT-l株は上記の病害に加え、いもち病、ごま
葉枯病にも防除効果を示しました。
−2−
へ
表1〃jc力odemasp・SKT-l株が病原性を示さなかった作物とイネの品種
物
イネ科
アカザ科
アブラナ科
イ
品
コムギ、トウモロコシ
ホウレンソウ
秘
コシヒカリ
ササニシキ
ひとめぽれ
あきたこまち
キヌヒカリ
シズヒカリ
ダイコン、タアサイ、カプ
キャベツ、チンゲンサイ
ウリ科
キク科
科科科科科
ソリスメリ
シセナマユ
メロン、キュウリ
シュンギク、ヒマワリ
レタス、サラダナ
アキニシキ
サルピア
関東90号
ニンジン、シャンサイ
ピーマン、トマト
ダイズ、インゲンマメ
ネギ
ニホンマサリ
金南風
短銀坊主
1
0
0
1
0
7
■■凸
1
0
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l
O
9
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1
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100
1
0
1000
− 1 0 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0
- 5 0 5 1 0 1 5 2 0 2 5 8 0 3 5
経過B誰【
経igB赦
図l3SKT−l株の河川水中での消長
図l2SKT−l株の土壌中での消長
4エコホープの使用方法
(1)使用方法
本剤には有効成分である"ic方ode”asp・SKT-l株の胞子がlml中に約1億個(1×l08
cfu/ml)懸濁しています。
旬
本剤の適用表について表2に示しました。本剤の使用は既存の化学農薬処理と同様に処
理する種もみを塩水選、水切りした後、袋詰めしたものを浸種前∼催芽前の間に1回24
∼48時間または催芽時に1回24時間、200倍液の中に浸漬して下さい。こうすることで
菌がもみに定着増殖して病害を防ぎます。
表2エコホープの適用表平成16年11月1日現在
作物名
稲
適用病害虫名
ばか苗病
もみ枯細菌病
苗立枯細菌病
いもち病
苗立枯病(リソ.一う.ス
菌)
希釈
倍数
使用時期
本剤の
使用回数
浸種前∼
催芽前
200倍
催芽時
浸種前∼
催芽時
−6−
使用方法
24∼48時間種子浸漬
1回
24時間種子浸漬
(2)廃液の処理方法
クミアイ化学工業株式会社よりエコホープ専用廃液処理剤「イレート⑧」が発売されて
います。イレートは、天然物由来の凝集剤(①液:キトサン・酢酸水溶液)と中和剤(②
液:アルギン酸ナトリウム水溶液)を用いたエコホープ専用廃液処理剤です。本剤はエコ
ホープ使用液廃液中に残存するSKT.l株を速やかに凝集沈殿させます。
使用はエコホープ使用済み廃液2001当り、①液500ml(1本)添加し、十分拡販します。
5分間程度放置後に②液を500m’(1本)添加し、再度十分に充分撹枠します。3時間以上
放置した後、さらし布等でろ過します。ろ過及び上澄み液は排水し、ろ過残澄は乾燥して、
産業廃棄物業者に処分を委託するなど適切に処理して下さい。
イレートの注意事項としてイレート①液は、眼や皮膚に長時間触れると刺激や炎症を起
こす場合がありますので、取扱には注意し、万一付着した場合は直ちに水洗して下さい。
また眼に入った場合は直ちに水で洗い流し、医師の手当てを受けて下さい。イレート①液
P
は、魚介類に影響を及ぼす恐れがありますので、河川等に流さないで下さい。
スミチオン乳剤、パダンSG水溶剤等、化学合成農薬との混用した場合の廃液は、スミ
チオン等それぞれの廃液処理法に準じて下さい。
(3)注意事項
エコホープは催芽前に菌をモミに定着させることで病害を防ぎます。本菌が増殖しやす
い環境を整えることが重要ですので以下の点について注意して下さい。
。古い種もみ、保存状態の悪い種もみなどは、発芽不良や生育障害を起し易いので使用を避
けて下さい。
・貯蔵中に分離することがありますので、使用前に容器をよく振ってから使用して下さい。
・本剤の有効成分は生菌であるため、入手後できるだけ早く使用し、開封後は全て使い切
って下さい。また剤は反復使用や薬液放置はしないで開封24時間以内に使用して下さい、
・使用の際は農薬用マスク、不浸透性手袋等を着用して下さい。かぶれやすい体質の人は
作業に従事しないようにし、施用した種子等との接触を避けて下さい。
・種もみと処理薬液の容量比はl:1以上として下さい。そして目の粗い網袋などに入れ、
P
よくゆすって気泡を除き、本菌が満遍なく種もみに付着するようにします。
・薬液の温度は10∼20℃(10℃以下、30℃以上は避ける)とし、停滞水で浸漬して下さい。
・処理後は風乾せず直ちに浸種あるいは催芽を行って下さい。
・催芽は水切り、水中催芽とも可能です。
・催芽、出芽時の温度も25℃∼32℃とし、35℃以上の高温は避けて下さい。
・は種用培土は水はけの悪いものは避け、極端な輝まきはしないで、潅水も底面潅水等に
よる過剰な潅水は避け、出芽時に過湿にならないように注意して下さい。
・床土表面や種もみの周囲に図8に示したような緑色の菌叢、菌塊が認められる場合があ
りますが、生育に影響はありません。
・ベノミル剤、チオファネートメチル剤及びEBI剤を含む薬剤との混用または(ま種時処
理との体系使用は効果を低下させるので避け、可否については表3を参考にして下さい。
。本剤の使用済み廃液は、適正に処理を行って下さい。
・その他の注意事項についてはラベルを確認し、適正に使用して下さい。
−7−
表3エコホープの混用適否表
く 混 荊凹I能>
殺虫剤
スミチオン乳剤
同時処理
バイジット乳剤
パダンSG水溶剤
<混用不可>
段菌剤
スターナ水和剤
カスミン液剤
モミゲンキ水和剤
殺 菌 剤
テクリード水和剤
テクリードCフロアプル
ベンレート水和剤
ベンレートT水和剤
へルシードT水和剤・フロアプル
モミガードC水和剤
スポルタック乳剤
トリフミン乳剤
スポルタックスターナSE
ヘルシードスターナ水和剤・フロアプル
トリフミンスターナSE
カヤベスト粉剤
プリンス粒剤
フタバロン粉剤
※床士混和
プリンス粒剤
チガレン粉剤
チガレエース粉剤
<体系処理不可>
殺菌剤
スミン粒剤
ダ コ ニール1000
タチ
チガレン液剤
タチ
チガレエース液剤
タチ
チガレエース
ベンレート水和剤
ダコレート水和剤
へ
ダコニールlOOO
ミン液剤
ススイミジイ
カカウモフプ
播稲時
育苗時
フジワン粒剤
ブイケット箱粒剤
ダタタカ
播稲直前
く体系 処理可能>
殺虫剤
殺菌剤
パダン粒剤
コニール粉剤
+
緑化期
プリンス粒剤
ミン粒剤
ン箱粒剤
ゲンキ水和剤
ワン粒剤
ケット箱粒剤
ウィン箱粒剤
タチガレエース液剤
ビーム水和剤75
プイケット箱粒剤
ベンレート水和剤
ダコレート水和剤
おわりに
エコホープは、微生物農薬は効果がマイルドであるというこれまでのイメージを変える、
化学農薬と同等または上回る効果を持つ微生物農薬です。しかも安全性が高く、環境負荷が
少ない剤であることから環境保全型農業の推進に役立つものと考えます。特に種子消毒に使
用した化学農薬の高濃度廃液処理問題の回答のひとつになるものと思われます。
また新JAS法に定める有機物生産資材として、近年栽培が増加している有機栽培米や、減
農薬栽培米においても、1種類の製剤で糸状菌病、細菌病の両方に防除効果を示す特性は非
常に有用であると考えられます。
ただ、生きた菌のみ効果を示すため、使い方を誤ると効果が低くなってしまう場合があり
ますので適正な使用をお願いします。
エコホープは現在、他のイネ種子伝染性病害への登録拡大や、また他作物の病害への適用
について研究が進められており、更に使い勝手のよい剤なっていくものと期待されます。
最後に、エコホープはクミアイ化学工業株式会社との共同研究により、製剤化、販売まで
到ることができました。有用な菌株があっても、日の目を見る物は少なくありません。こう
いった共同研究により、早期に有用な微生物農薬が開発されることが望まれます。
農業試験場病害虫部副主任鈴木幹彦
主任研究員外側正之
主任研究員市川健(現:西部農林事務所主任)
−8−
弓
?
P
平成17年3月発行
静岡県農業水産部研究調整室
〒420−8601
静岡市追手町9−6
m054−221−2652