農作業映像コンテンツの作成手法と 技術・技能伝承

グリーンレポートNo.570(2016年12月号)
●巻頭連載 :
「農匠ナビ1000」の成果(農業経営者が開発実践した技術パッケージ)
第9回
農作業映像コンテンツの作成手法と
技術・技能伝承
∼農業技術の「見える化」による人材育成∼
佛田利弘
国立大学法人 九州大学 農学研究院 大学院教授 南石晃明
株式会社ぶった農産 代表取締役社長 農業従事者が200万人を割り込み、新旧の農業技術や
ビジョン、動機、駆動目標
環境変化に対応できる経験を持った農業者は急速に減少
[経営レベル]
している。農業者の減少とともに、
“匠”といわれる篤農
家も減少し、カンや経験に基づいた技術・技能伝承が
[技術レベル]
年々難しくなっている。こうした状況では、篤農家が持
[作物レベル]
つ「匠の技」
(の暗黙知)を抽出・構造化・可視化し、
ほかの農業者や新規参入者などに継承し、人材を育成し
[タスクレベルデータ]
ていく手法・仕組みを確立していくことが重要である。
それを伝える農作業映像コンテンツの作成手法と技術・
技能伝承について、人材育成の視点から紹介する。
技術・技能の構造
図−1 “匠”のインタビューから構築される技術・技能階層
農業者は、その目的達成のために行動する。農作業の
場合、個別の作業(タスクレベル)
、作物体系を見た作
映像コンテンツの作成手法
業(作物レベル)
、農場や技術全体と関連づけた作業
(技術レベル)
、経営全体と関連づけた作業(経営レベ
新規就農者は、目の前に見えるものを中心に作業など
ル)の4階層に分類できる(図−1)
。
をするが、熟練者は、複数の状況や目では見えない反対
これは、全国の農業技術の“匠”
(農水省認定)とい
側からの視点も予測し、この後起こることまでを想定し
われる農業者などから実際に話を聞き、従事者のビジョ
て作業を進めることが、
“匠”へのインタビューでわかっ
ン、動機、駆動目標に基づいて階層
化したものである。
新規就農者は、タスクレベルのこ
とを中心に取り組むが、中堅農業者
は、それに作物レベルや技術レベル
までを含め、さまざまな要件を思考
しながら行動する。さらに、経営者は、
ステークホルダー(利害関係者)な
ども含む多様な要素のなかで最適と
思われる利潤動機に基づいた経営レ
ベルの階層まで踏み込んで行動する。
つまり、篤農家の技術・技能を構
造的に理解し、
「見える化」するこ
とが、人材育成には重要なのである。
写真−1 コメント付き多画面映像コンテンツ
2
グリーンレポートNo.570(2016年12月号)
ている。つまり、熟練者は、同時に多くの視点で状況を
さらに簡易な方法として、九州大学が開発したFVSビ
理解し、栽培や作業の意思決定を行っているといえる。
ューアー(営農可視化システム:写真−3)を使うと、
まずは、機械作業において、
“匠”の頭のなかの状態を
撮影した画像をパソコンで簡単に同期し、統合した映像
「多画面」化し、映像コンテンツ(写真−1)にした。
を簡易に作成できる。地図上の座標も表示でき、動線の
例えば、トラクタでのロータリー作業の場合、匠は、ハ
マッピングも可能となる。農業者自らが映像コンテンツ
ンドルの操作や畦との距離、ロータリーの深さや砕土の
を作成して活用することができる。
状態、耕起する位置など、作業者の視点はもとより、客
コンテンツ視聴による効果
観的に圃場全体を把握し、作業全体の進行を把握するこ
とができる。
実際に、この多画面映像コンテンツを視聴し、その効
映像のコンテンツ化にあたっては、まず、熟練者のイ
果をトラクタの耕起作業で試してみた。耕起作業の直線
ンタビューに基づいて、ミニチュア模型を用いた撮影用
部分は、新規就農者と熟練者では差が出にくいため、圃
の絵コンテを作成する(写真−2)
。例えば、コンバイ
場の四隅の作業時間を抽出して計測した。コンテンツを
ンの場合、絵コンテ上にコンバインの動線を描き、作業
視聴する前に行った作業時間と視聴した後に行った時間
の注意点やポイントを列記して、撮影するための台本を
を比較すると(表−1)
、就農2年目、4年目の農業者
作成する。次に、その台本にしたがって、実際の圃場で
のいずれも、明らかにコンテンツ視聴後の作業時間が短
ポイントとなる機械の箇所、オペレーターの動き、作業
縮されていることがわかる。これは二度目の作業という
の流れのなかで留意すべき点に視点をあてて撮影する。
ことに加え、コンテンツを視聴した結果である。稲作な
撮影した複数の動画を統合し、コメントと字幕を挿入し
ど年1作の作物のそれぞれの工程作業は、期間が限られ
て多画面映像コンテンツができあがる。
ており、習熟に十分な時間がとれないなかで、映像コン
テンツを視聴し、事前に技術・技能のイメージを繰り返
し把握できることは、重要な機会となる。
表−1 トラクタ耕起作業のコンテンツ視聴前後の作業時間比較
トラクタ耕起
映像
映像
四隅作業 四隅の作業
四隅作業
コンテンツ コンテンツ
短縮時間 時間減少率
時間
視聴後
視聴前
キャリア
2年目就農者
11分29秒
06分21秒
05分08秒
44.7%
4年目就農者
09分05秒
08分05秒
01分00秒
11.0%
今後の活用
多画面映像コンテンツは、既に行ってきた水稲栽培の
機械技術だけではなく、その間にあるさまざまな管理技
写真−2 ミニチュアを使った撮影用の絵コンテ
術にも応用できる。
また、その他の作物や施設園芸な
どの技術・技能、農薬や肥料、農業
機械を利用する際も、技能の習熟は
もとより、安全性、効率、効果など、
さまざまな視点から作成することが
できる。
日本の優れた“匠”の篤農技術を
後世に伝承し、次代の新技術と融合
させ昇華させてゆくことはもちろん、
優れた農業者の育成により、減少す
る農業従事者を質的に補うという点
でも、重要な意味を持つと考えられる。
写真−3 FVSビューアーを用いて作成した統合画像
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