ド ゥ テ ル テ 氏 の 外 交

ドゥテルテ氏の外交
まだ「学習中」結論急ぐな
ついて法の支配に基づく平和的解決の重要性を確認すると
的なものではないと述べた。また、経済セミナーでは米軍
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しらいし たかし
白石 隆
フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が国際的に大
ともに、中国との関係について、経済的なつながりで軍事
(政策研究大学院大学長)
日には中国の習近平国家主席
月
と 会 談 し、 南 シ ナ 海 の 領 有 権 問 題 に つ い て 2 国 間 対 話 に よ
い に 注 目 さ れ て い る。
を重視し中国に籠絡(ろうらく)されるのではないか、米
を転換したのではないか、南シナ海の問題以上に経済協力
の外交政策がどうなるのか、アキノ大統領時代の日米連携
こうしてみれば、ドゥテルテ大統領指導下、フィリピン
た。
部隊の事実上の再駐留を認める米比防衛協力強化協定の見
国との決別」を宣言し、ラッセル米国務次官補が急きょ、
共同声明では触れなかった。また、経済セミナーでは「米
日発表の
直しに言及し、合同軍事演習は「次が最後だろう」と言っ
の主張を退けた仲裁裁判所判決(7月
12
脳会談で取り上げる」と言っていた。しかし、
21
日)について「首
20
る解決を探ることで一致した。訪中前にはこの問題で中国
10
日には安倍晋三首相と会談し、南シナ海の問題に
26
マニラに派遣された。
月
10
アジア時報
首脳会談で握手するフィリピンのドゥテルテ大統領(左)と
安倍晋三首相=10月26日、宮武祐希撮影
国 の リ バ ラ ン シ ン グ( ア ジ ア 回 帰 ) 戦 略 に 支 障 が 出 る の で
はないか、という懸念が高まっても驚くにはあたらない。
トランプ氏との違い明らか
では、どうなりそうか。私の見るところ、フィリピン外
交をどうしたいか、大統領はまだ「学習中」である。また、
外交には相手がある。したがって、あまり急いで結論を出
そ の 一 つ の 理 由 は、 ド ゥ テ ル テ 大 統 領 が 地 方 政 治 家 出 身
さない方がよい。なぜそう考えるか。
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だ と い う こ と に あ る。 彼 は 暴 言、 放 言 の た め に し ば し ば
これは侮辱である。トランプ氏は政治家としては全く実績
「フィリピンのドナルド・トランプ」と言われる。しかし、
がない。ドゥテルテ大統領は1988年以来、長年、ダバ
オ市長を務め、ミンダナオ出身の最初の大統領となった。
年革命以降の民主化と地方分権の申し子である。
治安維持、経済開発にも大きな実績がある。つまり、彼は
また、ドゥテルテ大統領は市長時代から「タフな男」を
ウィドド大統領とよく似ている。
AN)首脳会議を欠席しようとしたインドネシアのジョコ・
に「時間の無駄だ」と言って東南アジア諸国連合(ASE
ないということである。その意味で彼は、大統領就任直後
障について、これまでまるで経験がない、関心もおそらく
しかし、地方政治家出身だということは、外交・安全保
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白石 隆(しらいし・たかし)
1950 年生まれ。東大大
学院修了。米コーネル大教授、京都大教授を経て 2011 年
から現職。専門は東南アジア地域研究、国際関係論。著書
に「海の帝国」
(吉野作造賞)など。07 年紫綬褒章、今年
秋には文化功労者に選ばれた。アジア・太平洋賞選考委員。
と は 肝 心 な と こ ろ が 違 う。
た ジ ョ セ フ・ エ ス ト ラ ダ 氏
のイメージで大統領になっ
ただし、もう一人「タフな男」
演 じ て 人 気 を 博 し て き た。
を置くと言って、すましていられるだろうか。
のときなお、2国間交渉による平和的解決、米国とは距離
礁における人工島建設・軍事化を始めたらどうなるか。そ
を期待しているとも言われる。しかし、中国がスカボロー
意したかもしれない。また、彼はこの問題で「現状凍結」
は習国家主席との会談で南シナ海の問題の平和的解決で合
また、ドゥテルテ大統領は今回の訪中で、経済協力で中
エストラダ氏はアクション
映 画「 麻 薬 密 売 人 を 殺 せ 」
国側と240億㌦(約2・5兆円)に達する契約を合意し
たと言われる。しかし、中国の経済協力は華々しく打ち上
年)で主演を務め、大ス
タ ー に な っ た。 ド ゥ テ ル テ
(
%しか実施されないことが多
げられても、実際には
リピンの社会危機が深刻だ
博 し て い る。 そ れ だ け フ ィ
せ」を現実にやって喝采を
関 与 し て い る。 成 果 と 見 え た も の が 政 治 問 題 化 す る 可 能 性
リストに挙げている中国企業もフィリピンとの経済協力に
も大挙、中国からやってくる。すでに世界銀行がブラック
い。また、インフラ整備などでは資金、技術と共に労働者
~
大 統 領 は「 麻 薬 密 売 人 を 殺
と い う こ と で は あ る が、 麻
発 言 の 重 み も 違 う。 こ の 違
は 違 う。 市 長 と 大 統 領 で は
では、日本はどうすればよいのか。ドゥテルテ大統領と
対中バランス 日本に期待
れば、中国とバランスをとるためにも、日本への期待は大
安倍首相、岸田文雄外相等との間にはしっかりとした信頼
きくなる。それをよくわかった上で、南シナ海の問題につ
関係ができている。フィリピンが米国と距離を置こうとす
も う 一 つ の 理 由 は、 外 交
いを学習しなければならな
には相手があるということ
いては法の支配に基づく平和的解決の重要性を常に確認
い。
大 問 題 で あ る。 映 画 と 現 実
も十分ある。
30
薬撲滅戦争は人権をめぐる
25
に よ る。 ド ゥ テ ル テ 大 統 領
—4—
72
アジア時報
し、海洋安全保障におけるフィリピンの能力向上を支援す
ることである。
また、インフラ整備については「ウィンウィン」と言っ
て自国の利益を求めるのではなく、フィリピンの経済発展
に重要なプロジェクトに粛々と協力すればよい。幸い経済
政 策 に つ い て は、 大 統 領 は ド ミ ン ゲ ス 財 務 相 を 中 心 と す る
経済政策チームにすべてを任せている。経済協力ではこの
チームとの緊密な連携が鍵となる。
◇親中・反米なのか?
フ ィ リ ピ ン の ド ゥ テ ル テ 大 統 領 が ア ジ ア 太 平 洋 に 乱
気流を巻き起こしている。中国とは経済重視の実利、日
本 と は 法 の 支 配 の 共 有、 米 国 と は 旧 植 民 地 時 代 へ の 恩
讐 ――。 暴 言 に 悪 態 で 演 出 し つ つ 日 米 中 で 態 度 を 使 い
分 け、 関 係 国 に は 期 待 と 不 安 が 渦 巻 く。 地 政 学 の 現 実
を に ら み、 接 近 と 対 立 を 駆 使 す る 大 国 間 で の 遊 泳 術 に
も映るが、外交の基軸はまだ不明瞭だ。「親中」「反米」
といった決めつけは危険との見方が強い。
日、 3 0 0 0 人
重視する国際社会との摩擦になっている。
◇スカボロー礁
年、 国 連 海 洋 法 条 約 に 基 づ い て 仲 裁 裁 判
中国名は黄岩島。南シナ海のフィリピンの排他的経済
水 域 内 に あ る が、 中 国 は 2 0 1 2 年 か ら 実 効 支 配 し て
い る。 比 は
退 け た。
意した。
月の中比首脳会談では2国間協議再開に合
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◇麻薬撲滅戦争
麻薬犯罪撲滅を掲げるドゥテルテ氏が大統領に就任以
降、捜査当局による容疑者殺害事件が相次いでいる。国
月
連人権高等弁務官事務所は「超法規的処刑」と批判し、
国際刑事裁判所の検察トップは
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以 上 が 殺 害 さ れ た と し て、 深 い 懸 念 を 示 し た。 人 権 を
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所 に 申 し 立 て、 裁 判 所 は 今 年 7 月、 中 国 の 主 権 主 張 を
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