横山大観、横山大観記念館について ■ 横山大観について 横山大観は明治元年に常陸国水戸(茨城県水戸市)で、藩士酒井捨彦(さかいすてひこ)の長 男として誕生した。幼名は秀蔵(ひでぞう) 、秀松(ひでまつ) 。のち秀麿(ひでまろ)と改称。 明治21年(1888)に母の実家である横山家を継ぎ、翌年、教育博物館跡地に新設された東 京美術学校(東京藝術大学美術学部)に入学した。東京美術学校では岡倉天心(おかくらてんし ん) ・橋本雅邦(はしもとがほう)らに師事し、同26年に卒業すると帝室博物館(東京国立博 物館)嘱託となって古画の模写に携わった。同29年に美術学校の助教授に就任したが、同31 年に校長の岡倉天心排斥に際して辞職すると、天心らとともに谷中初音町(台東区谷中)に日本 美術院を設立した。この年に発表した「屈原(くつげん) 」の画風は朦朧体(もうろうたい)と 呼ばれ悪評を受けたが、 菱田春草 (ひしだしゅんそう) とともにこの没線採画の技法を追求した。 明治39年、日本美術院の移転に伴って、茨城県五浦(北茨城市)へ居を移したが、同41年に 五浦の住居が全焼すると、大観は池之端七軒町(台東区池之端)に仮寓を得、昭和33年(19 58)に没するまで当地に居住した。第一回文化勲章受章(昭和12年) 、台東区名誉区民第一 号(昭和32年5月) 。 ■ 横山大観記念館について 横山大観記念館は、近代日本を代表する画家・横山大観の自宅兼画室及び庭園を、昭和51年 11月よりそのまま記念館として公開している。 大観は、明治41(1908)年より昭和33(1958)年、90歳で没するまで、池之端 茅町(現在の横山大観記念館所在地)に居住し、ここで多くの作品を制作した。 旧邸は大正8年に完成したが、昭和20年の空襲で、蔵を残して焼失した。しかし、同29年 には大観の強い意向によってかつてとほぼ同様に再建され、庭も同様に修復された。現存する木 造2階建ての数寄屋風日本家屋と庭園は、 昭和29年に再建されたものである。 現存する建物 (客 間[鉦鼓洞] 、第二客間、寝室、茶の間、台所、女中部屋、書生部屋[現・館長室] 、土蔵、浴室、 画室)と庭園(前庭、玄関前庭、館長室前庭、坪庭、庭[主庭] )の設計者はすべて横山大観で ある。 建物の南側に沿って庭が広がっており、1階・2階とも南側の部屋には十分な採光がなされて いる。採光は制作活動に必須の条件であり、大観は採光に一層の注意を払って設計、建築したこ とが理解される。 1 大観邸の庭園は、大観自身が主要な植物の種類や配置などを決め、滝石組みや流れ、中央の池 泉などの地割りも大観の指示によって造られている。また大観は、植栽の手入れを好まず、自然 な姿を求め、現在でもほぼ当時の庭園の風情を留めているという。 「生々流転(せいせいるてん) 」 (大正12年・重要文化財)には自邸の自然のありさまが描写され、昭和20年に焼失した鉦鼓 洞稲荷も描かれている。また本作品で祠の前に立つ洞のある樹木は、庭園に現存するシイである。 「蟲の音(むしのね) 」 (昭和8年)は大観邸の庭園で虫の声に耳を傾ける母子を描いた作品で、 画中に描かれた草花や石燈籠は、 庭園内に植えられた草木と添景物 (無月燈籠) に取材している。 また、 「無月燈籠」に由来した作品に「中秋無月(ちゅうしゅうむげつ) 」 (昭和18年)もある。 さらに「紅梅(こうばい) 」 (昭和32年)は今も玄関前庭に残るウメに取材した作品である。 このように、庭園内の植物や添景物は、自身の作品にも積極的に取材されている。このことか ら横山大観邸の庭園は、大観の画家としての感性の影響を大きく受けたものであると同時に、大 観の創作環境を整える役割をもっていたといえる。 横山大観が池之端に居を構えたころには、すでに文部省美術展覧会や巽画会展覧会等大規模な 展覧会の審査委員に任命されており、画家としての地位も確立していた。そのため、日頃より日 本画家はもちろん、作家、写真家、彫刻家、洋画家等の芸術家、美術史家、文芸雑誌や新聞社、 文部省等文化芸術に携わる関係者等、幅広い分野の人々との交流がはかられた。こうした大観の 文化人としての交流の場として、大観邸はその役割を担っていた。 大観邸への来訪者は夏目漱石、小杉未醒、小川芋銭、幸田露伴等、多岐にわたっており、分野 を越えた交流は大観の芸術に対する姿勢でもあった。また、タゴールやクローデル夫妻等、外国 人との交流や彼らの訪問も大正時代より行われた。このように大観邸には、数々の要人が来訪し、 時として文化行政や美術界の話し合いが持たれたが、その場として利用されたのは、主として鉦 鼓洞であった。 東京では近代に作られた庭園の多くが、関東大震災や第二次世界大戦、戦後の都市開発によっ て失われた。横山大観邸は、日本画壇を代表する横山大観が自ら設計した建造物と庭園で構成さ れている。現存する横山大観邸の家屋・蔵・庭園は、ほぼ大観在世時の居住空間を遺しており、 日本画家の創作活動のさまを彷彿とさせてくれる。 答申では、大観が自ら指示して造営した邸宅及び庭園であり、自然の風情を好んだ大観の思想 及び感性が大きく反映されていることが評価された。実際に創作が行われた場でもあり、庭園内 の素材に取材したと考えられる作品も多く、日本の近代の美術史及び造園史の展開を考える上で 貴重であるとされている。 2 <横山大観記念館の利用案内> 所在地 :東京都台東区池之端1-4-24 電話 :03-3821-1017 開館時間 : 午前10時~午後4時(最終入館は午後3時半まで) 休館日 : 毎週月・火・水曜日(祝日は開館) 夏季休館・冬季休館等 11月21日(月) 、22日(火)は国文化財指定答申を記念して、 通常通り開館します 入館料 : 一般 550円 / 小中学生200円 交通 : 東京メトロ千代田線湯島駅 徒歩7分 JR上野・御徒町駅 徒歩12分 都バス池之端一丁目 徒歩1分 展示について 展示品は、当館が所蔵する大観の絵画作品・習作・スケッチをはじめ、大観による陶磁器の絵付 け、着物の意匠、書籍の装丁にいたるまで多岐にわたっており、大観芸術の全貌を知ることができ る。また、画材をはじめとする大観の遺品、書簡、大観にゆかりのある画家たちの作品、大観が収 集した古美術品なども、当館のコレクションの特徴である。これらは、大観の趣味や交友関係、日 常の姿など、知られざる一面を伝える貴重な資料となっている。 なお、展示品(作品や解説パネルなど)の点数やその配置については、煩雑にならないよう留意 している。これは、大観が理想とした瀟洒な雰囲気を何よりも尊重し、それを損なわないようにす るためである。当館は、大観芸術をはぐくんだ環境として貴重であるだけでなく、大観がつくりあ げた和の風情とともに日本美術を観賞できる、またとない空間といえる。展示替えは三か月ごとに 行っている。 3
© Copyright 2024 ExpyDoc