園だより - 麻生明星幼稚園

園だより
2016.11.24
NO.33
麻生明星幼稚園
「受けるよりは与える方が幸いである」
(使徒言行録20章35節)
○わたしたちが成すべき仕事について -天職という発想-
先日、教育大付属の中学生たちが職業体験にやってきました。学校から生徒が学
ぶべき学習の目標についてのプリントを拝見した所「人は何故働くのだろうか」と
いうテーマが掲げられてきました。現代社会に目を向けますと、仕事に希望を持つ
ことができない・それで続けられない若者が増えている印象を受けます。実際、ベ
ネッセの調査では2009年時点で当時の高校2年生に「なりたい職業はあるかどう
か」を聞いた所、48パーセントが「ない」と答えたそうです。きっとこうした現
実を誠実に受け止めた結果のテーマ設定かと思います。けれども宗教抜きで、神抜
きで、「天職」という発想ぬきでこれを教えることは至難の業だと思いました。
仕事の継続という点でみれば、「自分のため」に働くだけでは「仕事をなさせる
力・責任」は一方向だけ「自分のみ」に向いているわけですから仕事は続きません。
ここに「他者のために」という事柄が入ることで、
「隣人が必要としてくれている」
との思いが仕事を続けさせるのでしょう。そこに「家族の必要のため」
「子のため」
さらには「社会のため」「世界のため」に「この仕事が必要とされている」という
感覚が「生きる意味」となり、使命となって、再びその職業を自ら選び、継続して
いく。このようなプロセスが今の時代に失われているのだと思っています。
さらにキリスト教の発想では今ついている職を「天職」ととらえます。仕事は神
が与えたもうたものととらえます。仕事には色々な種類のものがありますけれども
「神が必要としてくださっている」そう信じることができれば100パーセントの
人がどんな小さな仕事でも使命を感じることができます。困難でない仕事はありま
せん、「①自分で選ぶ」「②隣人からも必要とされる」「③神が必要としてくださっ
ている」。この3つの力が引き合わさって仕事を継続させます。以前、資生堂の社
長がキリスト教の信徒であったことがあるのですが、彼曰く「仕事に高い低いはな
く、使命感を持てた時にそれぞれの仕事は光り輝くものです。」続けて「もう一度、
一つ一つの仕事が復権できるように、使命感を持って取り組める社会にしたい。そ
の根源にあるのは、宗教であり、キリスト教でなければならないと思っております」
と言っていました。本当にその通りだと思います。自らの仕事
に誇りを持つことができずに疲弊している現代にこそ、それぞ
れの仕事に意味を与え、救い出してくださるイエス様に従って
いくことが必要と思いました。麻生明星幼稚園 園長 久保哲哉