公営バス事業の抜本的な改革の必要性

Business & Economic Review 2009. 12
公営バス事業の抜本的な改革の必要性
総合研究部門 地域経営戦略グループ 主任研究員 松村 憲一
目 次
はじめに
1.公営バス事業の現状について
(1)公営バス事業の概要
(2)公営バス事業の経緯
(3)公営交通事業を巡る環境変化
①需要減少、輸送密度の低下
②バス事業の規制緩和
③地方財政の危機的状況
④公営交通事業の経営状況
2.公営交通事業の経営改善の取組み
(1)経営改善計画の策定
(2)業務効率化の取組み
①人件費等の経費削減
②管理の受委託
(3)経営形態の見直し
3.今後の改善の方向性
(1)高いコスト構造を見直す必要性
(2)基本は民間移譲を断行すべき
(3)公営企業形態での改革・改善の必要性
①独立採算を原則とした収支改善
②能動的な経営への転換
(4)市民を巻き込み改革・改善を加速せよ
−59−
Business & Economic Review 2009. 12
要 約
1.公営バス事業は政令指定都市や関西の近郊都市、西日本での中規模都市を中心として、38都市にお
いて運営されている。各都市に公営バス事業が導入・拡張された背景としては、戦後すぐの時期に民
間で十分にバスサービスが供給されてこなかったこと、昭和40年代前後に各都市の路面電車が廃止さ
れ、代替手段として運行されたことなどが挙げられる。
2.各公営バス事業者とも、輸送人員の減少による運賃収入の減少や一般会計からの補助の削減により
事業収益が伸び悩む一方、民間と比較して高い人件費を中心にコスト削減が進まず、慢性的に赤字体
質となっているケースが多い。
3.厳しい経営状況に対して、各事業者では経営改善計画を策定して、経営合理化を推進してきた。一
部の路線・営業エリアを民間事業者に管理運営委託するケースが増えているほか、札幌市や函館市、
秋田市、岐阜市、三原市、姫路市などでは、民間事業者へ路線を移譲し、市がバス事業から撤退する
動きもある。
4.現状では、高い職員人件費の見直しやサービスの抜本的な改善・改革などについて不十分な面もあ
る。公営バス事業を今後とも継続していくためには、民間事業者並みの人件費水準に適正化するなど
コスト構造を転換していくことが必要不可欠である。
5.公営企業体自らでの改革が困難な場合は、可能な限り民間移譲を進めていくべきである。現時点で
は資金不足に陥っていない公営企業においても、早晩経営危機が到来する可能性がある。従来ならば、
先送り、延命されてきたような事業に対しても、現時点で抜本的な対策を検討していく必要がある。
6.早急な民間移譲が困難であり、段階的に進めざるを得ない場合には、引き続き、経費削減等の経営
改善を進めるとともに、需要発掘への取組みや市の交通政策に積極的に関与していくなど、経営マイ
ンドを伴った能動的な事業展開が求められる。
7.路線ごとの収支を「見える化」し、経営状況について徹底的に情報公開を進めることによって、本
当に必要なサービスなのか、税金による補填をしてまで維持すべきなのか、などを広く問題提起して
いくべきである。また、採算性の明確な基準を整え、路線再編等についてスピード感をもって取り組
むなど、改革・改善を加速する必要がある。
−60−
Business & Economic Review 2009. 12
はじめに
(図表1)バス事業者数の推移
(事業所数)
500
地方公営企業法が適用され、独立採算によっ
て運営される公営バス事業は、都市部を中心に
450
市民の日常的な交通手段として重要な役割を果
400
民間
公営
350
たしてきた。近年では、需要減少や高いコスト
300
構造によりで収支が悪化し、慢性的な赤字構造
250
となっている事業者が多数を占める。特に2002
200
150
年2月の改正道路運送法によって、バス事業へ
100
の新規参入が容易になって以降は、民間と競合
50
する公営バスについては、事業の撤退や縮小を
0
昭和30 40
45
50
55
60 平成2 7
12
15
20
(年)
余儀なくされるケースも増えつつある。
(資料)国土交通省旅客課資料
全国の公営交通事業には、バスの他、路面電
車、都市高速鉄道(地下鉄)、懸垂電車(モノ
日本の中規模都市が多いのが特徴である。なお、
レール等)なども含まれるが、とりわけ公営バ
政令指定都市では、福岡市のように地下鉄事業
ス事業については資金不足の企業数が多く、危
は市営であるがバス事業は民間事業者(西日本
機的な経営状況に直面している事業者において
鉄道)が担っているケースや、札幌市のように
は、早急かつ抜本的な経営改善が求められてい
かつてはバス事業を抱えていたもののすでに撤
る。
退した都市もある。その他、登山客用のバス事
本稿では、公営バス事業の現状や経緯、経営
業を運営する南アルプス市や伊那市、島嶼部の
改善の取組み等を整理するとともに、今後の改
三宅村や八丈町など、都市部以外にも事業者が
革・改善の方向性について検討してみたい。
存在する。
事業規模については、東京都が年間輸送人員
2億人、旅客運送収益330億円と最大であり、
1.公営バス事業の現状について
横浜市、大阪市がこれに続く。最小は南アルプ
(1)公営バス事業の概要
全国における公営バス事業者数は、1983年に
ス市の年間2.5千人、1,700万円である。職員数
59事業者に達した以降減少傾向にあり、2009年
は最大の東京都が2,554名である。
10月時点では38事業者となっている。一方、民
(2)公営バス事業の経緯
間のバス事業者数は、80年の300弱が、2003年
には450超と大幅に増加している(図表1)。こ
公営バス事業設置の経緯をみると、まず大都
れは、多くのバス事業者において不採算路線を
市では、戦前にバス事業を開始し、戦後にかけ
切り離して子会社を設置するとともに、2002年
て路面電車やトロリーバスとともに都市交通網
2月に改正道路運送法が施行され、需給調整に
が形成された。昭和40年代前後には、モータリ
係る規制が緩和されたことにより新規参入する
ゼーションの進行とともに路面電車やトロリー
事業者が増えたこと、などによる。
バスが廃止され、乗合バス運行に切り替えた都
エリア別にみると、政令指定都市を中心に大
市が多く、かつての路面電車の路線がそのまま
都市の事業者が多いほか、関西の郊外都市や西
バスの系統に受け継がれているケースも多く見
−61−
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(図表2)公営バス事業者の概要
県名
北 海 道
青 森 県
宮 城 県
東 京 都
神奈川県
山
長
愛
京
大
梨
野
知
都
阪
県
県
県
府
府
兵 庫 県
島 根 県
広 島 県
山 口 県
徳 島 県
福 岡 県
佐 賀 県
長 崎 県
熊 本 県
鹿児島県
団体名
苫小牧市
青森市
八戸市
仙台市
東京都
三宅村
八丈町
横浜市
川崎市
南アルプス市
伊那市
名古屋市
京都市
大阪市
高槻市
神戸市
姫路市
尼崎市
明石市
伊丹市
松江市
呉市
三原市
尾道市
宇部市
岩国市
徳島市
鳴門市
小松島市
北九州市
佐賀市
長崎県
佐世保市
松浦市
熊本市
鹿児島市
薩摩川内市
沖永良部バス企業団
①年間輸送人員
(乗合)
(千人)
4,009
9,699
7,749
38,239
207,422
50
112
128,245
48,106
25
45
113,332
114,491
116,023
20,833
82,442
②一日平均走行キロ
(㎞)
7,910
11,598
12,650
39,309
124,779
481
331
76,538
34,096
52
216
98,648
79,301
75,090
11,847
52,202
3,278
17,586
4,178
12,639
2,308
17,872
218
2,991
3,196
2,895
4,965
430
645
8,797
2,661
15,555
11,720
66
12,630
13,028
56
124
4,623
12,732
3,328
8,432
4,743
20,066
678
4,617
7,557
6,150
5,850
2,145
1,454
13,514
6,792
37,148
12,929
273
16,563
19,038
926
883
③年間旅客運送収益
(乗合)
(百万円)
847
2,498
1,343
7,283
33,036
27
20
20,721
7,610
17
52
16,417
17,831
18,936
3,458
12,313
552
3,091
731
2,007
405
3,078
48
487
641
533
701
75
94
1,380
569
3,356
1,673
13
1,604
2,066
16
24
④職員数
(人)
109
258
119
676
2,554
8
13
1,276
673
1
4
1,455
645
1,117
207
533
144
220
81
187
35
345
17
82
117
118
102
40
22
92
98
436
129
4
225
338
12
4
(資料)総務省「平成19年度地方公営企業年鑑」より作成
受けられる。また、関西の郊外都市や西日本の
なお、各都市とも、公営バスが完全に地域独
中規模都市では、戦後、民間による公共交通サ
占しているケースは少なく、民間事業者と共存
ービスの供給が不十分であったため、行政が主
しているケースが多い。また、北九州市では、
体となって民間事業者を買収したり、自ら路線
公営バスは若松区や八幡西区が中心となってお
開設することによってバス事業に参入したケー
り、他区は西日本鉄道が運行しているが、これ
スが多い。とくに兵庫県や徳島県、山口県等の
は北九州市の5市合併前に若松市のみが公営バ
西日本エリアにおいては、近隣の自治体と競い
ス事業を経営していたという事情がある。
合うように多くの自治体においてバス事業を実
以上のように、公営バス事業の発展は、戦後
施しているのが特徴である(図表2)。
すぐの時期に民間で十分にバスサービスが供給
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Business & Economic Review 2009. 12
されてこなかったことや、その後の昭和40年代
施されるものの、必ずしも抜本的な改善に踏み
前後の各都市の路面電車が廃止されたことに伴
込めなかったこと、また需要の多い収益路線を
って、従来の公共交通体系を維持することがそ
失うことなどが、輸送密度の低下につながり、
の背景となっている。いずれも相当の期間が経
採算性悪化の原因となっている。
過しており、現在では、当時の時代背景とは大
②バス事業の規制緩和
きく異なっていることに留意が必要である。
2002年2月の改正道路運送法の施行によって、
バス事業の需給調整に係る規制が緩和されたこ
(3)公営交通事業を巡る環境変化
①需要減少、輸送密度の低下
とにより、新規に参入する民間事業者が増加し
公営、民間に限らず、乗合バスの需要は減少
た。
傾向にある。その要因としては、第1に、少子
従来、多くのバス事業者では、収益性の高い
化や生産年齢人口の減少により通勤・通学需要
幹線系での黒字分を収益性の低い赤字路線の運
が減少していることである。安定した収入源で
行に補填する、いわゆる「内部補助」を行いな
ある通勤・通学需要の減少は事業の収益性に大
がら営業区域内のバス路線を運営してきた。規
きな影響を与える(図表3)。
制緩和により、収益性の高い路線や地域につい
ては、新規の事業者が参入し、収益性の低い路
線や地域においては、既存の事業者の撤退が加
(図表3)輸送人員の推移
速する可能性が生じる。そのため、バス事業者
(百万人)
4,000
民間
公営
3,500
にとっては、新規の事業者参入によって収益源
が奪われるリスクが高まり、従来のように内部
3,000
補助を前提として不採算路線を抱き合わせで保
2,500
2,000
有することが困難となった。
1,500
民間バス事業者においては、収益路線に経営
1,000
資源を集中し、不採算路線は子会社化して切り
500
離したり、場合によっては、行政の補助を受け
0
平成9 10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
て運行を維持するケースが相次いだ。また、新
20
(年)
規事業者の参入については、社会的な問題とな
(資料)国土交通省「乗合バス事業の収支状況について」(各年度)
より作成
ったケースも多く、例えば、京都市ではMKタ
クシーが観光需要の多い市内の東山エリアでの
一方で、自動車や自転車利用の増加など、他
乗り合いバス事業参入を計画したものの、地元
交通手段へ需要がシフトしてきたことが挙げら
の経済界を含めて多方面からの反対を受け、結
れる。とくに大都市においては市内に地下鉄等
果的には参入を断念した事例がある。
の鉄道網が開業することで、収益路線の旅客需
公営バス事業については規制緩和に対して幾
要が大幅に地下鉄に移転した。その結果、バス
つかの対応策がとられた。第1に、民間に事業
需要が大きく減少するケースも多い。通常は地
をゆだねる方向で、公営バス事業自体を縮小・
下鉄開業によりバス路線の大幅な見直し等が実
撤退するケースである。例えば、札幌市では、
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Business & Economic Review 2009. 12
今後の市営バスの需要や収益の見通しを分析し
む状況にあった。これに伴い制度自体の見直し
たうえで、市による直営バスを取りやめ、民間
の必要性が高まり、2008年10月からは利用者の
へ移譲する道を選択した。路線の維持が必要な
4分の1負担、さらに2年後には2分の1負担
不採算路線については行政が補助を行っている。
に制度が改められた。
一方、逆にバス事業を強化する動きもあった。
他市でも同様の制度の見直しを進める動きが
大阪市では、収益性の高い幹線系統については
あるが、市民や議会等の理解が得られず前進し
民間参入に備えてコスト削減等により競争力を
ない自治体もある。とくに、一般会計からの繰
高める一方、
赤バスと呼ばれるワンコイン(100
入の割合が大きい事業者にとっては、制度自体
円)で乗れる小型バスを市内各所で運行し、高
の見直しが死活問題となる可能性もある。
齢者をはじめとしたコミュニティでの需要の掘
り起こしを狙った。しかし、運営維持コストが
④公営交通事業の経営状況
膨らんだことで財政的な重荷となり、現在では
以上のように、運賃収入の減少や一般会計か
撤退する方向で検討が進められている。
らの補助の削減により事業収益が伸び悩む一方、
各事業者とも程度の差はあれ、コスト削減や
コスト削減が進まず、慢性的に赤字体質となっ
路線の見直し等の改革・改善に取り組んできた。
ているケースが多い(図表4)。
規制緩和が、近年の公営バス事業改革の第一波
になったといえよう。
(図表4)公営バス事業の収支状況
(保有車両数30両以上の事業者の合計)
③地方財政の危機的状況
(億円)
3,500
地方公営企業は、一般会計から切り離された
3,000
会計原則に基づき、原則として独立採算方式で
2,500
運営されるが、公営バス事業については、高齢
収入
支出
2,000
者の優待乗車証に対する補助や路線維持に伴う
1,500
赤字補填など、一般会計からの繰入に依存して
1,000
いる場合がほとんどである。
500
一般会計からバス事業への繰入の財源につい
0
ては、自治体の純粋な持ち出しとなることがほ
平成9 10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
(年)
とんどであるが、昨今の地方自治体財政の悪化
(資料)国土交通省「乗合バス事業の収支状況について」(各年度)
より作成
にともない、バス事業への補助についても見直
しが求められるようになっている。
例えば、神戸市では、従来70歳以上の高齢者
公営バス事業の財政構造を概観すると、同じ
を対象に、原則無料で乗車できる敬老優待乗車
交通事業でも地下鉄やモノレールなどのように
証を配布し、市の負担金は年間36億円(平成18
インフラ整備を必要とする事業とは異なり、車
年度)に達していたが、厳しい財政のなかで対
両購入やバス停留所、車庫の設置等が中心であ
象者は急増するものの行政の補助を積みますこ
り、巨額のインフラ投資が必要なわけではない。
とができず、結果として事業者側の負担が膨ら
そのため、運営にあたって、多額の減価償却や
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金利負担に苦しむことは少ない。
ン(平成19年度〜23年度)」を策定し、一般会
一方で、バス事業は、輸送密度の多寡にかか
計からの補助金に依存せずに経常損益を黒字化
わらずバス1台を運行するためには運転手が1
することが目標とされている。具体的には、改
名必要となる、極めて労働集約的な事業であり、
善型公営企業として、自主自立の経営を実現す
必然的に人件費コストの割合が高くなる。乗客
るために、子会社にバス運行業務を委託するこ
減のトレンドのなかでも、一定の運行本数を確
となどが盛り込まれている。
保するために大幅な人員削減は難しいため、ど
結果として、収支が改善している自治体が多
うしても人件費を中心とした固定費が重くのし
い一方、筆者がみるかぎり、とくに運転手の報
かかる損益構造とならざるを得ない。とくに、
酬や勤務条件等については、必ずしも目標を達
公営バス事業は、職員の人件費が民間事業と比
成していないなど改善が進まず、むしろ改革を
較して高く、高コスト体質の大きな要因となっ
「先送り」しているようなケースも見受けられ
る。組合側も自治体の財政状況を理解したうえ
ている(図表5)。
で、職員数削減等に応じるなど柔軟かつ現実的
な対応をとっているものの、大胆かつ抜本的な
(図表5)実車走行キロ当り収入・原価(平成20年度)
改善は進みにくいのが実態であろう。
(円)
収 入
原 価
人件費
燃料油脂費
その他諸経費
民 営
375.9
397.1
219.8
41.0
136.2
公 営
613.6
713.9
425.5
50.9
237.5
(2)業務効率化の取組み
①人件費等の経費削減
バス事業のコストに占めるシェアが高い人件
(資料)国土交通省「平成20年度乗合バス事業の収支状況について」
費については、手当てや勤務体系の見直し等に
より、削減が進められている。さらに管理の受
そのため、慢性的な赤字体質が解消されず、
委託や嘱託職員の採用により、一人当たりの人
毎年度の不良債務の発生、累積欠損金の拡大と
件費コストを抑える取組みも進められてきた。
いう、負の連鎖が断ち切れない状況にある。
しかしながら、正職員の給与水準は、民間比
較してなお高水準のままとなっている。公営企
業形態では、運転手は地方公務員であり、現業
2.公営交通事業の経営改善の取組み
職とはいえ、他職種と同様、一般的には年功序
(1)経営改善計画の策定
厳しい経営環境下にあって、各公営バス事業
列的に賃金カーブが上がっていく構造となって
者は、経営改善計画を策定して、計画的に経営
いる。とくに、近年では新卒採用を抑制してい
合理化を進めてきた。例えば、横浜市交通局に
るため、運転手全体の平均年齢が高まり、平均
おいては、平成16年3月に「市営交通経営改革
年収も高止まりする傾向となっている。
プラン(平成16年度〜平成19年度)」を策定し、
ほぼ同一の業務内容でありながら、正規の公
市営バス事業については、平成19年度までに一
務員と非正規の公務員および民間との間に大き
般会計の任意補助金に頼らない自主自立の経営
な所得格差が存在していることも大きな問題と
体質を構築することが目標とされた。さらに、
なりつつある。
平成19年6月には、「市営交通5か年経営プラ
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Business & Economic Review 2009. 12
(3)経営形態の見直し
②管理の受委託
バス事業の合理化手法の切り札として、一部
公営バス事業の財務状況が悪化するなかで、
の路線・営業エリアを民間事業者に管理運営委
市民の足となるべきバスサービスを維持するた
託するケースが増えている。
めに、従来からの公営企業形態にこだわらず、
たとえば、京都市交通局は車両や設備を自治
民営化や独立行政法人化などを含めて、経営形
体保有のままとして、運行・管理を民間事業者
態の在り方を比較考量する動きがみられる。
に委託する方式を、先行して実施してきた。
例えば、横浜市においては、地下鉄事業を含
2000年3月より一部営業所について阪急バス、
めた今後の事業運営形態について、2004年に
京阪バスへの管理委託を実施し、さらに、近鉄
「市営交通事業あり方検討委員会」から答申が
バスや京都バスへの委託も進められた。さらに
出されて以降、経営形態を「民営化」「民間移
仙台市交通局や名古屋市交通局をはじめ、各地
譲」「改善型公営企業」の3通り(バス事業は
域において同様の委託が進められてきた。
実質的に「民間移譲」と「改善型公営企業」の
また、民間のバス事業者が不採算路線を子会
2通り)から検討し、2006年11月に結果として
社に移管するのと類似した動きとして、市と労
「改善型公営企業」として存続させることが決
働組合の出資によって子会社(外郭団体)を設
定されている。
立し、管理委託や一部路線の譲渡等を行ってい
なお、「民間移譲」は、路線の全部または一
るケースがある。大阪市交通局では、2002年4
部を民間に移譲し、公営事業としては一部、あ
月に大阪運輸振興、神戸市交通局では、2004年
るいは完全撤退するものである。札幌市や函館
4月に神戸交通振興、また、尼崎市交通局にお
市、秋田市、岐阜市、三原市、姫路市などでは、
いても2002年に尼崎交通事業振興を設置(2002
公営バス事業から撤退し、民間移譲が完了して
年に観光バス事業を受け継ぎ、2004年から市営
いる。こうした都市においては、既存の民間事
バスの一部を運行)している。
業者が市内でバスサービスを提供しており、民
こうした子会社化は、いわゆる労働組合と折
間移譲に際して、利用者等にとってとくに大き
り合いをつけながら、コスト削減策として一定
な混乱や不都合も生じていないといわれる。ま
の成果を上げてはいるものの、競争入札等を経
た、バス事業者側としても、とくに巨大な設備
ずに管理委託されてきたケースもあり、いわゆ
投資を必要とせず、既存の事業展開とのシナジ
る民間のノウハウやアイデアによるサービスの
ーが期待できること、また、行政の支援が約束
改善や工夫等が十分に発揮されていないという
されているなど、参入のハードルが低かったこ
問題もある。管理委託はローコストオペレーシ
とが成功の要因である。例えば、公営バス事業
ョン実現の一手段ではあるが、あくまでも純粋
から全面撤退した函館市においては、民間移譲
な民間事業者が参入するまでの「過度的」な改
に際して民間事業者(東急グループ)に出資す
善手法であると認識すべきである。
ることで経営基盤を強化するとともに、車両購
さらに、神戸市交通局では、2005年度以降、
入費は市が負担している。
一部営業所において、神姫バスや阪急バス等の
一方、「改善型公営企業」とは、現行の公営
民間バス事業者への委託が行われており、一部
企業形態を維持して、先述の管理の受委託等に
の営業所が民間委託を実施している。
より経営改善を進めるもののである。あくまで
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Business & Economic Review 2009. 12
も行政が事業実施に主体的に関与するものので
など一般行政部門と連携した行政施策の展
あり、市民の足の安定的な維持・確保という観
開が可能
③住民の意向を反映したバスサービスの提供
点からは評価され得るものの、政策的に路線の
が可能
設置等が行われることで事業採算性の面からは
甘くなる可能性があるため、純粋に経営改善を
とされる。確かに、公営事業としての存在意義
目指すには最適の選択であるとは言い難い。
を考えれば、上記の項目が考えられるものの、
最近では、完全民営化(民間移譲)の議論が
これらは必ずしも公営バス事業のみに当てはま
やや鳴りを潜め、いわゆる改善型公営企業とし
るものでもないだろう。民間バス事業者におい
て、現行の公営企業形態を維持したうえで、管
ても、地域における公共交通サービスの供給と
理の受委託や人件費削減等により経営改善を図
いう極めて公共性の高い事業を展開し、コスト
っていこうとする動きが多くみられる。2008年
削減など絶え間ない経営努力を続けることで事
には、民間移譲が完了している札幌市において、
業を継続し、行政と連携しながら公共交通サー
移譲先の北海道中央バスが9路線を廃止し、ジ
ビスの維持やまちづくりの充実に取り組んでき
ェイアール北海道バスが運行を継承する、とい
た実績がある。
う発表された後、北海道中央バスが廃止を撤回
問題は、上記の「意義」に甘んじて、高い職
するという、ちぐはぐな動きがみられた。この
員人件費の見直しやサービスの抜本的な改善・
背景には路線補助を巡って、譲渡路線の赤字に
改革が不十分なまま、非効率なコスト構造を存
耐えかねた事業者側と行政との確執があったと
置していることにある。高いコストは市民・利
いわれるが、いずれにしても民間事業者として
用者の運賃や税負担によって賄われていること
は赤字リスクを押し付けられたままでは事業継
を意識すべきである。バス運転業務は、公営で
続ができないわけであり、公共交通政策を受け
あろうが民営であろうが業務内容に大きな違い
もつ行政としての見通しの甘さが表れた事例と
はなく、同種のサービスであれば基本的には安
いえよう。民間移譲の効果や問題点については
価な方が望ましいといえる。したがって、高い
改めて事後検証が必要であろう。
人件費コストを市民・利用者に負担させている
のは、「公営企業の意義」を発揮するためだ、
とは単純には言えない。
3.今後の改善の方向性
地域の公共交通を担う主体として今後も事業
(1)高いコスト構造を見直す必要性
「公営バス事業のあり方に関する研究会報告
継続していくためには、「公営企業の意義」に
書」
(平成12 年、社団法人公営交通事業協会)
甘えることなく、公営バス事業も民間事業者並
によれば、公営バス事業の意義は、
みの人件費等のコスト構造に転換していくこと
①既存バス路線の維持という面において、民
が必要不可欠である。そうした努力があっては
営事業者は営利主義による路線の縮小・廃
じめて、真に民間にはできないことを実施する
止や倒産のリスクがあるが、公営バスは地
ために、市民・利用者に超過的な負担を強いる
方公共団体が直営で行うため、長期的・安
ことが許されると考えるべきである。
定的なバスサービスの提供が可能
②地方公共団体の一部局として、まちづくり
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Business & Economic Review 2009. 12
という可能性もある。しかし、中・長期的には
(2)基本は民間移譲を断行すべき
現実的には、とくに都市部において公営企業
財政負担の削減に寄与するものであり、短期的
形態で民間なみの人件費水準へ早急に転換する
な視点で問題を先送りすることこそ、将来的な
のは困難な場合が多い。そのためには、経営形
市民負担を拡大させる要因となりうる点に留意
態の見直しを含む抜本的な見直しが不可避とな
しなければならない。
る。
また、現時点では資金不足に陥っていない公
わが国の多くの地域において、バス事業は民
営企業においても、需要減少に歯止めがかから
間事業者により運営されており、バス事業の参
ず、また一般会計への依存度が高い自治体の場
入が期待できる地域では、可能な限り、民間移
合は、早晩経営危機が到来する可能性がある。
譲を進めていくことが原則であると考えられる。
財政基盤が必ずしも強固ではない自治体におい
先述したとおり、多くの公営バス事業は、戦後、
て、一般会計への依存度が高い公営企業を抱え
公共交通サービスの不足期に参入した経緯にあ
ることは、将来的な大きな負担を残すことにな
るが、時代背景は大きく変化している。民間事
り、財政運営上のリスクとなりうる。従来なら
業者の参入余地のある地域においては、速やか
ば、先送り、延命されてきたような事業に対し
に、あるいは段階的に民間移譲を進めるべきで
ても、抜本的な対策を検討していく必要がある。
ある。筆者のみるところ、大都市や大都市周辺
民営化・民間移譲等に対する市民・利用者側
部を中心に、大手事業者の参入が期待でき、か
の反応として、現行のバス路線や運行が廃止な
つ財政削減効果を発揮できる都市は多い。
いし削減されるのではないか、という不安が指
ただし、公営バス事業は、内部補助によって
摘されることが多い。確かに、民間事業者が、
収益路線と非収益路線をセットで運行してきた
譲渡後短期間は現状維持するものの、やがて不
経緯があり、営利企業に非収益路線を含むすべ
採算路線から撤退する恐れもあり、市民の移動
てを移譲するのは困難な場合もある。収益性が
手段が損なわれる可能性も懸念される。しかし、
高く行政補助なしで運行できる路線は民間へ移
仮に公営企業形態を継続しても、一般会計によ
譲し、採算性が確保できないため民間参入は期
る補填が限界に達し、大幅な路線縮小・廃止を
待できないものの、行政判断としてどうしても
せざるを得ない可能性も高まっていることを認
残すべき生活支援系のサービスについては、そ
識すべきである。
の目的・意義を明確化したうえで(例えば、高
行政としては、民間事業者との良好な関係を
齢者の福祉サービスや通学輸送に不可欠な路線
維持しながら、官民が連携して市民の公共交通
など)
、行政主体で民間委託により運行するこ
手段の確保していくためのしくみづくりや、バ
とが合理的であるといえよう。
スのスムーズな運行や需要喚起を目的としたバ
なお、事業の民間への移譲にあたっては、運
スレーンの設置や乗り継ぎ・乗換え施設など、
転手等の余剰職員を他部署へ配置転換する必要
基盤整備面での対応が求められる。交通需要の
がある。そのため、自治体財政全体で考えると、
喚起策でいえば、例えば、近年開業した富山
移譲後すぐには実質的な人件費削減にはならず、
LRTにおいて、利用客増加を図るために、転
財政支出削減効果は生まれにくい。むしろ、不
居や観光客の誘致など沿線価値の向上を目指し
採算路線への赤字補填によりコスト高になる、
た取組みが検討・実施されているが、行政はま
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ちづくりとの連携や市民の積極的な利用促進な
り、乗客の負担が低すぎるような場合について
どをプロデュースすることこそが求められる。
は、IC乗車証を活用して乗客の乗車距離や時
間に応じた運賃設定ができるような改善策を導
入すべきであろう。
(3)公営企業形態での改革・改善の必要性
民営化・民間移譲については、早急な対応が
また、新規の地下鉄整備や駅開設等があるに
困難であり、段階的に進めざるを得ない場合も
もかかわらず、抜本的な路線再編が行われてい
多いと思われる。その際は、引き続き、改善型
ないケースもある。都市化の進展や各種の都市
公営企業形態で経営改善を進める必要がある。
基盤整備により、バスに対する需要構造が大き
く変化しているにもかかわらず、路線設定は基
①独立採算を原則とした収支改善
本的に何十年も前のまま、という都市も多い。
公営企業の原則に照らせば、独立採算による
近年では、コミュニティバスと称した低運賃の
事業運営が求められることから、政策的な補助
サービスが普及しているが、乗車効率が非常に
金(高齢者に対する特別乗車証の負担金等)は
悪く、住民の便益・利便性の向上に十分に寄与
例外として、原則として一般会計からの補填を
していない場合もある。地元住民や議会等の要
前提とした経営は止めるべきである。独立採算
望等もあって、抜本的な見直しに踏み込むこと
での運営を目指してコスト構造の改善を進める
に困難が伴う場合もあるが、真に必要なサービ
必要がある。
スへの再編に向けて、先送りすることなく改善
公営バス事業が赤字体質から脱却できない要
に取り組むべきである。路線再編によって市民
因としては、すでに指摘したように、人件費を
の苦情が殺到すると予想されたが、蓋を開けて
中心とする高い管理コスト、および需要減少に
みると意外と市民や利用者の反応は少なかった、
対応した抜本的な路線再編等の欠如などが指摘
というような話も聞く。トップの明確な意思と、
できる。人件費等の圧縮については、管理の受
改革を断行できる人材・体制の整備が求められ
委託の拡大や嘱託職員の活用、手当の見直しの
る。
ほか、運転手の勤務形態の見直し等も必要であ
る。
②能動的な経営への転換
後者については、事業主体が民間であろうが、
一般に公営バス事業者は、当該都市の交通政
行政(公営企業)であろうが、需要に見合った
策のリーダー的存在であり、公共交通という市
サービス水準に適正化していくべきであり、路
民生活にとって極めて重要な機能を担う主体と
線再編やサービス見直しが不可欠となる。特に
しての役割を果たすべきである。従来の縦割り
大都市部においては、本来、乗客密度が高く高
の行政組織において、公営バス事業を受け持つ
収益が期待できる路線でありながら、料金設定
セクションは、運転手等の労務管理を中心とす
が不適切であったり、利便性を高めるための乗
るいわゆる現業部門であり、どちらかといえば
換え・乗り継ぎシステムが未整備のために、本
都市交通に関わる政策立案には主体的に関与せ
来期待できる水準と比較して低収益にとどまっ
ず、あくまでも行政執行の一部門として受け身
ているケースも見受けられる。例えば、乗車距
的に行動してきた面が否定できない。
離・時間が長いにもかかわらず均一料金制であ
今後は、独立した交通事業者として、マーケ
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ティングの発想に基づいた需要発掘への取組み
めに、総合交通体系・総合交通政策を立案し、
や、市の交通政策に積極的に関与していくなど、
計画的・総合的に進めるべき、という議論が多
経営マインドを備えた能動的な事業展開が必要
い。確かに、市民や利用者等の意見を集約しな
である。例えば、幹部に民間企業出身者を登用
がら一定のビジョンを策定したうえで、個別の
するほか、道路や都市整備のセクションに働き
改善を進めていくことが理想である。しかし、
かけて、道路や駅前広場の改良や優先整備、路
総論では合意できても各論でのとりまとめは難
線沿線の優先開発等を推進する担当を設置する
しく、たとえビジョンを描いても絵に描いたモ
など、経営改善や需要開拓に対してスピード感
チに終わる可能性もある。まずは明確な採算性
をもって取り組むことができる体制の整備が必
の基準や上記のような事業実施のしくみを整え、
要である。
できるところからスピード感を持って事業の見
直しに取り組むなど、改革・改善の動きを加速
することが求められる。
(4)市民を巻き込み改革・改善を加速せよ
現在の公営バス事業の事業・財務内容につい
ては、市民に対して、徹底的に情報公開をすべ
(2009. 10. 26)
きである。例えば、系統別や区間別での収支を
([email protected])
「見える化」し、本当に必要なサービスなのか、
税金による補填をしてまで維持すべきなのか、
参考文献
などを広く問題提起していく必要がある。とく
・横浜市交通局[2004].「市営交通経営改革プ
に、財政力のある大都市では、一般会計からの
ラン(平成16年度〜平成19年度)」平成16年
補填や内部補助によって真の収支状況がわかり
3月
にくく、市民にとって問題点がみえにくい場合
・横浜市交通局[2007].「市営交通5か年経営
がある。正確かつ迅速な情報公開を通じて、改
プラン(平成19年度〜23年度)」平成19年6
革・改善を先送りにしない取組みが必要である。
月
・横浜市[2004].「横浜市営バス事業のあり方
今後も公営バス事業を維持したり、新たに行
に関する答申」平成16年1月
政直営のバス事業を実施するにあたっては、継
続的に採算性を確保・維持していくためにも、
・社団法人公営交通事業協会[2000].「公営バ
事業採算性に関する設置基準を明確化するとと
ス事業のあり方に関する研究会報告書」平成
もに、社会実験的に期間限定でサービスを提供
12年
し、採算が合わなければ、すなわち地元利用者
の支持が得られなければ打ち切る、といったよ
うにサービスを固定化せず、かつ地元住民の積
極利用を誘引するような制度の導入なども検討
に値しよう。
なお、バス事業見直しにあたっては、その前
提として、都市全体の交通の在り方や行政、事
業者、市民・地域等の役割分担を明確にするた
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