国保直診が伝えたい魅力とは

[ 臨床研修 ]新たな地平を拓く
新連載
国保直診が伝えたい魅力とは
..
−人々がそこで暮らすことの大切さ−
宮崎県・美郷町国保西郷病院長
金丸吉昌
新医師臨床研修医制度がスタートして 5 年になる。
当病院では、制度開始 2 年目の平成17年度から研修医
の受け入れを始めた。必修研修として 1 か月間のプロ
まずは生活歴をきちん
と聴取しよう
グラムでの内容であった。現在まで20人の研修医が当
地で研修を行った。また、同じ年度から医学部 6 年生
を対象としたクリニカルクラークシップの受け入れも
始めた。これまで23名の医学生の受け入れをした。 2
宮崎県立宮崎病院研修医
古賀政宏
週間のプログラムであった。わずかであるが、これら
の研修・実習をとおして、地域包括医療(ケア)の魅
力を伝えてきた。
あっという間の地域医療研修の 1 か月が過ぎてしま
った。病棟業務、施設実習等の充実もさることながら、
以下、研修医・学生のそれぞれに感想を書いていた
だいたので、ここで紹介させていただく。
院長先生宅での会食や、先生方との飲み会での交わり
等もあって、毎日が充実したものであった。田舎の風
景に特別縁が薄かったわけではないが、研修医として
西郷病院正面
美郷町で働くと、弱輩者ながらも使命感と責任感を感
じ、大自然の風景に圧倒され、また、その大自然と一
体化して暮らす住民に尊敬の念さえ感じた。
医療従事者としていちばん感じたことは、地域医療
においては、自分の家で生活することが何よりの治療
になるということである。科学的根拠には欠けるが、
やはり長年生活した場所では精神的安定と生きるため
の活力が得られるのではないかと感じた。
西郷病院に来た当初から、不思議と、家に帰ると病
気が治る人がいるということを聞かされていたが、半
信半疑であった。往診で、弁膜症の手術をした高齢者
の方を訪問したときも、いくら住み慣れた場所だとは
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[ 臨床研修 ]新たな地平を拓く
いえ、なんでこんなところにわざわざ、という思いは
消えなかった。
「うなまの里」の特養に見学に行った
ときは、施設の清潔さと便利さに驚いたが、それでも
職員の話では、誰もが家に帰ることを望んでいるとい
「地域医療」は都会にも
へき地にも必要なもの
うことであった。
私は幼少期より、父親が転勤族であったこともあり、
宮崎大学医学部6年
各地を転々とし、故郷と呼べる場所はない。住宅への
外薗昭彦
思い入れもあまりない。そういう自分の生活歴と美郷
町の人々の暮らしを比較して考えることが多くなった。
「明るい病院だ……」
。実習初日、この病院のなかを
最後の決め手となったのは、透析患者の送迎であった。
歩いて回ったとき、まずそう感じました。大学病院の
透析は日常生活のコントロールもあり、透析に関わ
ようにコンクリートの壁と医療機器に囲まれた病室と
るトラブルもあり、週 3 回こなすだけでも大変な苦労
は違う、美郷らしい光の差し込む病院でした。大きな
が必要である。自分には想像し難い生活であった。そ
窓や開かれたナースステーションといった物理的な明
んなことを考えながら、車に揺られ、 2 人目の送迎者
るさのみならず、そこには医療スタッフ、患者、お互
の近所で休憩をとった。あたり一面を見渡すと、周囲
いの笑顔もあふれていました。この土地で、患者さん、
の山々が朝日に照らされて、ついつい引き込まれそう
施設の利用者、いろいろな縁で交流した地域の方々か
な感覚になった。周囲には、朝早くから働きに出かけ
ら、たくさんの温かい笑顔と心に触れさせていただき
る人もいて、生活の匂いもした。そのとき、ふと気が
ました。医療従事者をよき仲間、頼れる仲間として受
ついたことは、これまでは絶景を見てもただただ感動
け入れてくださっていると感じました。
するだけで、生活と結び付けることはなかった。 1 か
「信頼のうえでの医療」
、
「病気を診ずして人を診よ」
、
月西郷で生活しただけで、いつの間にか、景色と住民
世間からも見直しを強く求められている、本来あるべ
の生活を結び付けて感じることが、少しはできるよう
き医療の姿がここにはありました。そのようなヒトと
になったのかなと思った。それと同時に、往診や送迎
ヒトとのつながりは、もともと土地柄として持ってい
をやってみて、人々が自宅にこだわる理由が少しは理
た部分もあるかもしれませんが、ほとんどは長い年月
解できた気がした。はっきりとしたことは言えないが、
をかけて、多くの人々の支えのなかで築き上げてこら
「理屈じゃないんだな」というのが率直な感想であっ
た。
今回の研修では、これから医者として働いていくう
れたものだと思いました。なに気ない声かけや気配り、
患者一人ひとりのニーズにできる限り応えようと日々
向き合ってきた努力も、その要因の一つでしょう。
えで、いろいろなことを考えるきかっけをもらった気
エビデンスに基づき専門特化した医療を行う大学の
がする。自宅療養の大切さもそうであるし、中核病院
ような機関ももちろん大切ですが、同じくらいNBM
と地域医療の役割や関わり、高齢者医療の問題点など、
(Narrative Based Medicine)を行う、一人ひとりの
まだ駆け出しの私には正解は見つからないが、小手先
背景まで見つめる医療もこれから先、もっともっと発
の解答ではなく、これからじっくりと経験を重ねてい
展していかなければならないと強く感じました。その
くなかで、自分なりの答を見つけていこうと思った。
ような医療はQOLの向上のみならず、全体を包括す
まずは、これまで検査値や病歴ばかりに気をとられ、
ることで無駄を省くことにもつながり、医療費の削減
おろそかにしていた生活歴の聴取をきちんとやること
など目に見えるカタチとしても多くの改善をもたらす
から始めようと思った。
のではないでしょうか。
在宅ケアで出会った脳梗塞後のリハビリ患者さんか
らは、家という場の強さ、家族の触れ合いの重要さ等
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地域医療 27(159)
[ 臨床研修 ]新たな地平を拓く
を、身をもって学ばせてもらいました。家族をはじめ
市部であってもへき地であっても必要であると感じま
多くの人々のつながりを感じられる環境のなかで、ヒ
した。同時に、そのような体制を築いていく現実の困
トは時に驚くべき可能性を発揮するものだと感じまし
難さも、少しは経験的に理解できたのではないかと思
た。そのようなつながりを大切に、資格を持った医療
います。
スタッフのみでなく、患者家族や地域の方々ともスク
新緑に彩られた権現山をはじめ、美しい自然に囲ま
ラムを組んだチーム医療が行われていると感じました。
れた美郷の町で学んだことを胸に、これからも医の道
また、延岡病院や市内の病院に向かう救急車に同乗
を歩ませていただきます。かけがえのない経験をさせ
させていただいたり、バスで透析患者を諸塚方面へ迎
ていただき、ほんとうにありがとうございました。
えに行くなかで、いわゆる「へき地」という環境も実
◆ ◆ ◆
際に感じることができました。要請を受けてもすぐに
病院に運ぶことが困難な地域においては、これから先、
以上の感想文をとおして、われわれが伝えたい魅力
どのような対策をとっていかなければならないかを考
が少しずつ伝わっていっているのではないかと感謝し
えさせられました。
ている。
保健・医療・福祉を統合するアイデアのもと、患者
また、研修医・医学生を受け入れたことで、われわ
や施設利用者の立場になって、何が求められているの
れスタッフにも新しい風、若いエネルギーをいただい
かを考え、少しずつ実現されてきた軌跡を垣間見るこ
たのではないかと感じてもいるし、感謝もしていると
とができたのは、とても貴重な体験でした。
ころだ。これからも引き続き受け入れをさせていただ
患者の生活を包括し、全体としてサポートする医療
が「地域医療」ならば、その「地域」という場は、都
き、地域医療の現場の実感、そして魅力を彼らに伝え
ていきたい。
西郷病院での研修の模様を伝える地元新聞
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