地域になくてはならない病院をめざして

[ 臨床研修 ]新たな地平を拓く
第30回
地域になくてはならない病院をめざして
愛知県・津島市民病院院長 松崎安孝
臨床研修センター室長 山本順一郎
津島市民病院の概要
当院(写真1)は海部医療圏(津島市・愛西市・弥
富市・あま市・大治町・蟹江町・飛島村)における
440床の中核的な基幹病院としての役割を担っている。
医療圏内唯一の二次医療機関として急性期病棟を中心
に、回復期リハビリ病棟、地域包括ケア病棟、緩和ケ
ア病棟のほか訪問看護ステーションを有している。名
古屋市の西方約16km(車で25分)に位置し、日本三大
写真1 病院外観
川まつりで有名な尾張津島天王まつりが開催されてい
る地域である。
「地域とつながり 安心・信頼の医療を提供します」
病院」また、2006年に「心かよう医療を」を理念に掲
を基本理念に、地域になくてはならない病院を目指し
げていた。理念とは空気の流れだと感じており、その
ている。2004年5月に日本医療機能評価機構による病
時々に地域との関係性を考え、病院という組織が医療
院機能評価の認定を取得し、2014年に更新した。2007
を提供することによって、何を問うのかが掲げられて
年には愛知県災害拠点病院の指定を受け、2013年1月
きたと考えている。
にDMAT指定病院の指定を受けている。2015年には卒
当院の規模、概要であるが、例年、新人職員にわが
後臨床研修評価機構による臨床研修評価の認定を取得
社の従業員数とか年商といったわかりやすい表現で説
している。
明している。病床数440床、診療科19科、医業収益
(これを年商と表現している)79億円(平成25年度)
。
臨床研修 当院の取り組み
職員数517人(平成27年4月)
。そのうち医師64人、看
護師317人。この数は忘年会や病院旅行に皆が参加で
当院の基本理念は「地域とつながり安心・信頼の医
き、仲がよいだけでなく疑問も言いやすい、顔の見え
療を提供します」である。これは2014年4月に職員に
る関係をつくることができる規模であると考えてい
公募し、経営会議のコンセンサスで決定した。現在、
る。診療科も垣根が低く相談しやすいと感じている。
この理念のもとで、この地域でなくてはならない病院
このことは、臨床研修にも役に立つと考えている。
を目指して運営している。
以前には、2001年に「地域住民に信頼され愛される
38(38)地域医療
当院の役割としては、簡潔に表現すると「2.5次か
ら在宅まで」であると考えている。海部医療圏の中核
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[ 臨床研修 ]新たな地平を拓く
病院として、医療の質を確保していくことが最も大切
である。連携という観点では、地域の医療機関から紹
研修理念と基本方針
介されお戻しする、そのことが地域に開かれた連携の
要であると考えている。
当院では「医療及び当院の社会的役割を認識し、地
急性期病院としては2次の救急医療を担い、当院で
域社会に貢献するために、人間性豊かで、深い洞察力
の診療が必要な患者さんを可能な限り受け入れてい
と倫理観を持つ医療人として、人権を尊重し安全かつ
る。昨年は4,335台の救急車に対応してきた。さらに災
良質な医療を提供できるように研修に取り組みます」
害拠点病院として災害時の医療を確保するとともに、
を研修理念としている。また、基本方針を「患者さん
DMATチームを有し、他地域の災害時にも、応援、協
やその家族と良好な関係を築く基本的な姿勢の習得」
力ができる体制をとっている。
「チーム医療の推進」
「地域医療に関心を持ち、疾病予
医療従事者の育成にも、医師に関しては臨床研修病
防から終末期医療に至る医療全般の技能の習得」
「医
院として今まで60余名の臨床研修医の育成をしてき
療の公共性を理解する」と定め、研修医・指導者とも
た。また、隣接する津島市立看護専門学校と協力し、
に同じ視点で医師の育成を行っている。
看護師の育成にも貢献している。自治体病院としては、
研修をより円滑に運営し効果をあげる指導を行うた
津島市の行政において保健、福祉、医療、介護にかか
めに、研修管理委員会のもと研修管理小委員会を設置
る施策にいろいろな場面で尽力している。
し、メンター的な役割を担いつつ、きめ細やかなプロ
当院の将来像としては、
「海部医療圏の医療を守る
グラムの進行管理や調整のほか、問題点の早期解決に
要」となる中核病院である。そのためには、専門性の
努めている。全職員が研修に参画することを基本に、
高い医療を提供する「急性期機能」と、在宅復帰に向
研修医が指導医には見せない一面を看護師などの多職
けた医療やリハビリテーションを提供する「回復期機
種で観察し、医師としてだけでなく社会人として問題
能」を合わせ持つことが、大切であると考えている。
がある行動や発言があれば指摘や指導などを行ってい
る。全職員が研修医を大切にし、自分たちも研修医の
臨床研修医の現況
成長の一役を担っているとの自覚を持ち接するように
常日頃から意識付けをしている。
2004年より臨床研修医1名を受け入れた。最近5年
このほか、院内だけでなく海部医療圏では『地域医
間では2011年6名、2012年5名、2013年5名、2014年
療を守り育てていくために地域住民として何ができる
4名、2015年5名の臨床研修医を受け入れている。
か』をテーマに、年2回ほどシンポジウムなどを開催
2009年に臨床研修病院として研修医から選ばれるには
し、地域医療を守るための取り組みの一つとして、地
指導体制が整い、さまざまな経験ができる病院でなけ
域住民も研修医を育てる役割を担っていただくように
ればならないとの基本方針を決定した。この基本方針
啓発している。
を実現するため名古屋大学に協力要請し、当時内科研
修の指導医が数名のみであったが、現在では11名もの
研修内容
内科研修指導医が在籍するまでになった。
また、外科、産婦人科、小児科や眼科なども指導医
個々の研修医が将来の自分の進路に合わせて研修科
が継続的に在籍できるよう、幅広い診療科で支援を得
の選択ができるようプログラムに柔軟性を持たせてあ
ている。2004年からこれまでに50名の研修医が研修を
り、2年目の後半6か月は研修医選択枠としている。
修了し、半数以上の28名が初期研修後に当院で後期研
各診療科のローテート中は、研修医1名に対し指導医
修を行った。
1名をつけて指導医の監督下で研修を行っている。
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地域医療 39(39)
内科系研修では症例経験のため担当医制とし、医師
当院は地域の二次医療の中心であると同時に、地域
としての責任感を自覚させながら、研修医にプロブレ
包括ケア、回復期リハビリ、緩和ケア病棟を有してい
ムリストの作成と確定診断に向けた検査を立案させ、
るほか、在宅療養支援病床、重症心身障害児と難病患
症例検討で指導医のもと治療方針を決定していく指導
者のレスパイト入院など、さまざまな地域連携事業を
を行っている。末梢点滴確保やCV挿入、検査手技な
行っていることから、多職種との連携が特に重要であ
どはシミュレーションを行い、手技の手順や合併症を
ること、また、担当患者さんの退院調整カンファレン
理解した後に指導医のもと実技を行っており、どの診
スには看護師やMSWと一緒に研修医も参加し、介護や
療科をローテーションしていても指導医に連絡するこ
福祉など地域連携システムの重要性を認識させている。
とで実技を行えるような環境を整えている。
超高齢社会を迎える現状では、当院だけでは医療が
外科系研修では切開・縫合・止血など、基本的な外
完結できないこともあり、地域医療研修では研修協力
科手術手技ができるように指導するとともに、手術適
施設の安藤病院(津島市)と一宮市立木曽川市民病院
応の判断と術式の決定、手術の助手や麻酔管理、術後
(一宮市)にご協力をいただいている。こうした病院
管理などができるよう指導を行っている。また、外科
では急性期医療を経て長期療養が必要な慢性疾患患者
研修中には、気管内挿管手技ができるように指導して
や認知症などの高齢者に対する医療や看護、介護を学
いる。
び、福祉施設や老人保健施設での介護サービスを通し
このほか、放射線科研修では指導医のもとで画像診
断報告書を作成し、画像診断における主要疾患の画像
所見を理解できるよう指導している。小児科研修では、
て介護保険制度の仕組みや運用を学び、地域保健医療
の現状を理解させている。
愛知県津島保健所では、保健所の役割、医療給付制
よく見かける急性期疾患に対して適切な鑑別診断と初
度、精神保健福祉活動、感染症対策、結核関係などの
期対応ができ、年齢に応じた薬物の禁忌やリスクを理
業務を説明していただき、愛知県衛生研究所などの関
解したうえで年齢や体重に基づき処方できるよう指導
連施設での実務研修も含めて、保健医療行政の知識を
している。
深めさせている。
当直業務は週1~2回程度で、研修医1年目、2年
災害拠点病院に指定されている強みを活かし、
目の2名と内科系、外科系、小児科各1名の計5名で
BLS・ICLS講習の受講だけでなくインストラクターと
行っており、研修医には初期対応を担ってもらってい
して後輩や多職種への指導が行えるようにも指導して
る。初診の救急患者でも適切な判断をするために、簡
いる。また、院内の災害訓練には必ず参加し、災害医
潔明瞭に短時間でトリアージが行えるようにトレーニ
療にも対応ができる医師になれるよう指導している。
ングしている。さらに、研修医から当直医への上申に
毎月1回定期開催される医療安全委員会、感染対策
あたり、自らの鑑別診断に基づき検査施行または緊急
委員会、研修管理委員会などにも研修医が参加してい
処置が必要な場合でも、当直医がただちに患者さんの
る。医療における安全や感染対策の現状や実態につい
病態を理解できる上申方法を指導している。
て学んでもらうとともに、研修医の立場からの意見や
また、当直医は研修医からの上申に対して親切に対
応するよう声掛けし、互いに良好なコミュニケーショ
ンがとれる環境づくりに努めている。当直での救急以
提案をしてもらい、職員としてよりよい病院づくりの
一役を担うという意識付けも行っている。
研修協力施設以外でも病院間の交流を行っている。
外にも研修医の勉強会を目的として、名古屋大学総合
他の病院で研修中の研修医との交流や地域医療の充実
診療部から月に1回、総合診療カンファレンスで症例
を目的に、名古屋大学が中心に当院・愛知県厚生連海
検討会並びに勉強会を行い、総合診療の知識と向上に
南病院・いなべ総合病院・桑名市総合医療センター・
努めている。
稲沢厚生病院・稲沢市民病院・大雄会病院が協力し、
40(40)地域医療
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[ 臨床研修 ]新たな地平を拓く
師を育てるよう指導している。
多職種のチームが上手く機能するためには、アット
ホームな雰囲気が大切であると考えている。研修を通
してその雰囲気が伝わり、今後医師としてまた、指導
医としてアットホームな雰囲気を伝えていける医師を
育てており、人間味のある医師が巣立ってきていると
感じている。
当院のような二次救急病院でありながら地域密着型
の病院には、急性期から慢性期の医療にかかわり地域
包括ケアを理解できる医師を育てていく役割がある。
写真2 小学5年生を対象とした生活習慣病の授業
こうした医師を次の世代にしっかりと引き継げるよう
に、研修医から選ばれ多くの研修医が巣立っていける
研修医の勉強会を年3回開催している。
病院となることが当院の使命でもあると考えている。
行政との連携事業として、2013年から市の教育委員
会と協力し、小学5年生を対象にした生活習慣病の授
業を研修医が行っている(写真2)
。研修医が地域と
のかかわりを持つ一環として市内の小学校すべてを訪
研修修了者からのコメント
問し、成人しても糖尿病や高血圧などの病気にならな
いように、食事や運動、規則正しい生活習慣を小学生
のころから身に着けてもらうように指導している。
初期臨床研修を終えて
研修医の研修状況や行事などの確認と情報共有のた
め、毎週月曜日の始業時にカンファレンスを開催して
三輪剛士
いる。研修医と指導医、担当事務職員と顔合わせする
ことで、研修上の問題点や精神面、健康面の異常を把
握して早期に対応できるように努めている。このほか
にも、3か月に1回程度は食事会を開催し、仕事やプ
ライベートについてざっくばらんに話せる機会を設け
私は愛知県の津島市民病院で初期研修を終え、4月
て、できる限り研修医のストレスが発散できるように
より同院小児科医として勤務している。初期研修のカ
している。
リキュラムの中で、同地区の安藤病院・木曽川市民病
院における地域医療研修を通して、自ら感じたことを
研修成果
記させていただく。
研修は外来診療や訪問診療、特養での回診を主に行
医師は医療現場でリーダー的な役割を求められるこ
い、その他に予防接種・健康診断などの地域住民を対
とが多いが、この複雑な医療情勢においては、どのよ
象にした医療、介護施設での実習、地域住民への健康
うに努力しても1人では自分の求める医療を追求して
教育などを体験させていただいた。
いくのは困難である。そのためチーム医療は必要不可
外来では、①上気道炎やその鑑別疾患(肺炎、喘息
欠であり、その重要性を理解し、多職種による医療チ
など)
、②高血圧・糖尿病などのフォロー、③フォロ
ームを大切にしてコントロールできる能力が携わる医
ー中の患者さんの新規の症状などを診ることができ
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地域医療 41(41)
た。外来ではその場で決断をしないといけないこと、
患者さんがまだ検査・治療をする心構えになっていな
ただいた。
安藤病院では、胃カメラ検査や嚥下評価検査など、
い場合があることなど、これまでの病棟研修とは違っ
日常業務の見学や病棟患者の回診につかせていただい
た難しさがあった。また、限られた時間・医療資源の
た。病棟回診では神経内科疾患を持つ患者、重度の認
中で診療することから、検査よりも問診・身体診察を
知症の患者、認知機能ははっきりしているがほぼ寝た
重視することができた。
きりを余儀なくされている患者など、さまざまな患者
夜間の救急外来とは違い、次回受診日、症状が続い
さんに触れ合うことができたと同時に、現在の高齢化
た場合の鑑別疾患、他院への紹介などの診療計画を立
社会における医療体制について深く考えさせられた。
てることも勉強になった。そして、上気道炎やその鑑
比較的規模の小さな病院であるのに、CTやMRIの設
別疾患を症状や身体所見、経過などさまざまな視点か
備が整っていることに驚かされた。また、障害者支援
ら考えることを教えていただいた。
施設である「ゆうとぴあ恵愛」、介護老人保健施設
病院の患者さんは医者にとっては日常であるが、患
「四季の里」など、関連施設にもいくつか訪れること
者さんにとっては非日常である。病院での診察だけで
ができた。当時どの施設でも夏風邪が流行っており、
は、患者さんが多くの時間を過ごしている自宅での様
往診医師をはじめ施設職員はとても忙しそうにしてい
子を把握するのが難しいが、訪問診療では、①家庭環
た。そして、今回の実習で何より印象に残っているの
境・住宅状況・経済状況、②自宅で困っている点、③
は、ペインクリニック外来における施設の充実性や医
家族の介護力などを実際にみることができ、病院の外
師の技術の高さであった。難治性の腰痛などを主訴に
に目を向ける重要さを感じることができた。
もつ患者さんをベッドに寝かせ、精度の高い硬膜外ブ
病気のときはもちろんのこと、予防や健診などで健
康のときも関わっていくこと、
「○○病の患者さん」
ロックが行われていた。実習が終わってもまた勉強の
ために見学に行きたいと感じた。
ではなく「□□さんが○○病に罹った」という捉え方
木曽川市民病院では、回復期リハビリテーション病
をしていることなど、地域医療は人生を通じて関わっ
棟の回診、整形外科外来の見学、血液内科疾患の血液
ていく医療だと改めて感じた。患者さんにとって何が
像の標本実習、理学療法士・作業療法士によるリハビ
ベストかは、育ってきた環境・現在の生活状況などで
リ訓練の様子などを見学させていただいた。小規模の
一人ひとり違っており、医者が向き合う相手は病気で
病院であるにもかかわらず、外来は休む暇もなく時間
はなく、人間だということを改めて考えさせられた。
が過ぎていき、この周辺地域にとって木曽川市民病院
はなくてはならない存在であることが感じられた。ま
た病棟のホワイトボードは連日数多くのリハビリオー
初期臨床研修を終えて
有竹 典
ダーで満たされており、回復期においては非常に充実
した病院であると感じた。
地域医療臨床研修を経て、やはり実感したのは高齢
化と医師不足である。しかし同時に、地域に必要とさ
れていることを感じられるためやりがいもあり、この
点は魅力的に思う。このような現実は今後ますます深
私は地域医療臨床研修のプログラムとして、安藤病
院、一宮市立木曽川市民病院において実習をさせてい
42(42)地域医療
刻になると思われるので、自分も目をそむけずしっか
りと社会に貢献していきたいと感じた。
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