熊本県・上天草市立上天草総合病院 - 全国国民健康保険診療施設協議会

[ 臨床研修 ]新たな地平を拓く
第28回
『信頼される地域医療』を目指した臨床研修
熊本県・上天草市立上天草総合病院診療部長 和田正文 上天草市立上天草総合病院の概要(写真1)
当院は自然豊かな熊本県天草上島、縦に長い上天草
市の最南端龍ヶ岳町に位置する。漁業・農業を主産業
にした町で、交通は車による移動が主で県庁所在地の
熊本市内から2時間弱の距離である。昭和39年7月16
日、国民健康保険龍ヶ岳町立上天草病院として開設、
現在は市町村合併のため上天草市立上天草総合病院に
名称を変え、平成26年7月に創立50周年を迎えた。
写真1 上天草総合病院、右は老健施設きららの里
当院は開設当初から一貫して医療・保健・福祉の連
携、すなわち地域包括医療・ケアの構築を目標にいろ
運営を行っている。平成23年に常勤医師20名を数えた
いろな取り組みを行ってきた。そのための関連施設と
が、年々減少し、平成27年では14名である。内訳は内
して、看護専門学校、健康管理センター、訪問看護ス
科4名、循環器科1名、外科3名、整形外科1名、眼
テーション、介護老人保健施設、在宅介護支援センタ
科1名、産婦人科1名、小児科1名、歯科口腔外科1
ー、居宅介護支援センター、歯科保健センターを整備
名、検査科1名である。非常勤医師も数多く来ていた
した。また、熊本県の災害拠点病院、へき地医療拠点
だいており、総合病院として機能している。
病院の指定を受け活動している。
当院の理念は『信頼される地域医療』である。地域
当院の患者ニーズ
医療の中心としてさまざまなボランティア活動を含め
地域に密着した、また、上天草地域唯一の救急告示の
当院では、利用者の満足度向上・ニーズ把握のため
総合病院として、1次医療から2次医療、地域の総合
患者・家族にアンケートを毎年実施している。医師数
病院、かかりつけ医などを一挙に担っている。また、
減少と患者数増加により、待ち時間対策が課題である。
当地域では高齢化が進んで漁業や農業ともに衰退し、
混み合う時間と曜日と患者満足度を調査し、時間的患
若い世代の都会への流出が止まらず、過疎化が問題で
者誘導を行うなど、対策を立てている。急な疾患によ
ある。病院以外の大きな雇用も少なく、病院機能の維
り初めて来院される人、慢性疾患で定期的に受診する
持が地域の雇用も担っており、地域住民の健康だけで
人、数か月に1回検査目的で来院する人では、病院に
はなく、社会的・精神的にも重要な役割を持っている。
対して要望に違いがある。初めて来院される人は、
当院の規模は全病床195床、一般病床149(救急病床
「よい医師がいる」
「職員の対応」
「家族・知人の勧め」
、
10床・地域包括ケア病床15床)
、療養病床46床で病院
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定期受診と定期検査の人は「よい医師がいる」
「専門
地域医療 69(343)
医療」で来院していた。数年ぶりの人は「職員の対応」
が最も多かった。
当院に望むものとしては、初めて来院される人は、
「便利な交通」
「医療水準」
「職員対応」
、定期受診の人
は、
「便利な交通」
「医療水準」
「入院対応」を望み、
定期検査で来院される人は、
「救急医療」
「待ち時間」
「医療水準」
、数年ぶりに来院された人は「便利な交通」
「職員対応」を望んでいた。このアンケートで当院が
力を入れるべきことは、医師確保と医療水準の向上・
維持と職員の接遇教育であった。そこで医療水準の向
写真2 訪問診療(船で島に渡り診療)
上のため、附属の看護学校の学生教育、近隣の医科大
学の学生、理学療法士、視能訓練士など、もちろん研
養護老人ホーム往診、老健施設、訪問看護ステーション、
修医の教育も必要であると考えている。研修した方々
住民検診を行い、病棟業務および適宜検査・処置を行う。
と再度一緒に働く機会を期待したい。
さらに訪問診療を通じて、在宅での看取り、人工呼吸器
等の管理など、さまざまな研修を行う(写真2)
。
臨床研修医および医学実習の受け入れ状況
当病院の地域性として、市合併以前の町内には近隣
に医院やクリニックがなく、総合病院+家庭医の役割
現在は平成17年度より、熊本大学医学部付属病院群
を担っている。研修医には地域の中核病院としての専
卒後臨床プログラム、熊本赤十字病院初期臨床研修プ
門医療と家庭医としての全人的医療や在宅を通じて、
ログラム、済生会熊本病院群臨床研修プログラムの地
生命の終わり方についての考える場として、医療の提
域医療研修を受け入れている。最近5年間の受け入れ
供だけでなく患者さんの人生も診療している。
状況は平成23年3名、平成24年3名、平成25年2名、
平成26年2名、平成27年4名である。また、熊本大学
地域医療研修の実際
医学部および自治医科大学の医学生の地域医療実習を
受け入れており、平成23年6名、平成24年3名、平成
当院も医師不足が年々顕著となり、1人あたりの業
25年11名、平成26年7名、平成27年8名を受け入れて
務が増えている。附属診療所の診療、自宅往診、老人
いる。その他、理学療法士、視能訓練士、附属看護学
ホームの往診、附属看護学校の講義などの院外業務の
生など受け入れている。
増加、一人あたりの受け持ち患者数、救急当番および
当直、所属委員会など院内業務の増加が医師不足によ
研修内容と目標
るあおりを受けている。多忙な業務の中で指導を行っ
ていかなければならないが、研修医の力も大きなマン
研修目標は、
「当院で施行可能な基本的事項を研修す
パワーであり、病院運営としても大きな財産である。
る。地域に密着した良質な医療を提供するために各部
研修医は地域医療研修として主に内科を担当してい
門の役割と業務内容を理解し、他職種に密に連絡・調
る。当院常勤医は専門とする科があったとしても内科
整を行い、指導医とともに中心的な役割を果たせるよ
を所属とし、内科全般を受け持っている。神経・消化
うになる」を念頭に置き、指導を行っている。当院の
器・呼吸器・循環器・腎臓(透析含む)・血液・膠原
関連施設および地域近隣の施設を中心に研修している。
病など、当院にしか通院できない方や当院で治療し完
研修として主に新患外来週3回、当直週1回程度、午
結できる方などを診療している。研修医も同様で内科
後救急当番週2回、診療所週1回、エコー内視鏡、特別
全般、ときには外科疾患なども担当している。また外
70(344)地域医療
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[ 臨床研修 ]新たな地平を拓く
来診療も行い、初期治療や自身の受け持った患者さん
の退院後の定期受診も担当している。
基幹病院での研修では、急性疾患の診断や対応には
慣れているが、慢性疾患の対応・指導には不慣れであ
る。在宅酸素療法の実際の器械を見たこと、触ったこ
とがなく、処方箋の書き方・患者指導や介護保険主治
医意見書の記入など、基幹病院では体験できていない
部分もあり、当院での研修でも指導することがたくさ
んある。慢性疾患の指導を指導医だけでなく、看護
師・薬剤師・理学療法士・栄養士からも教えてもら
写真3 研修医・学生を交えての懇親会
う。疾患ももちろんだが、時には自身の専門性を生か
した治療、その他疾患の治療を行い、退院後も往診や
定期受診を行い、患者さんの病気だけを診るというよ
りも、患者さんの人生を見ている。
そこで当院での研修は、専門性をもった医療だけで
はなく、退院後のさまざまな医療資源・サービスをプ
ランニングし、業種間で患者一人ひとりの対策につい
ての連携した話し合いが必須である。高齢者の尊厳の
保持と自立生活の支援の目的のもとで、可能な限り住
み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最期まで続
写真4 龍ヶ岳山頂より(左から指導医+研修医+学生2名)
けることができるよう、地域の包括的な支援・サービ
ス提供体制(地域包括ケアシステム)の構築を推進し、
の医師と同様に医局に机があり、昼食も一緒に病院食
在宅での看取りを含め、さまざまな障害を持たれた方
をとり、相談しやすい環境にある。また、市のソフト
や老衰・認知症の方などのQOL向上をともに学んでい
ボール大会などには若さゆえに、もちろん病院チーム
く。まだ診断や処置にぎこちなさがあっても、1人の
の戦力として駆り出される。
医師である。スタッフも患者さんもみんな1人前の医
宿舎は救急外来まで徒歩30秒という、抜群の立地条
師として対応していただいており、有り難く感じる。
件にある敷地内に建つアパート(3DK)である。病
院の周囲は海に囲まれ、医局から釣り糸垂らせば魚が
研修医の生活環境
釣れる距離なので、釣り好きの研修医は当院を希望し
てきている。昨年の某研修医は自身の顔に釣り針が刺
短期間の研修の中では、まず環境に慣れてもらうこ
さり、救急疾患(釣り針刺傷)を自身で体験していた。
とが重要である。初日は院内の部署と附属施設をさま
もっとも釣り針、毒魚刺傷は数多く経験できるが、身
ざまなスタッフとコミュニケーションを取り、主にス
をもって経験したのは流石である。
タッフに指導の協力をお願いする。想像する以上に研
魚も新鮮でおいしく、釣り好き・マリンスポーツ好
修医の面倒をみてくれるスタッフもたくさんおり、業
きの研修医にはもってこいの病院である。病院の裏手
務もスムーズに進む。また、常勤医が食事会を開きた
には天草富士とよばれている天文台のある龍ヶ岳山が
いという口実かもしれないが、上級医師に相談しやす
そびえ立ち、不知火海を一望できる。眺めは抜群であ
く、科の垣根がなくすぐに連携がとれるよう早い段階
り、往診時学生と研修医を連れて眺望し、感動を得て
で歓迎会と送別会を企画する(写真3)
。研修医は他
いる(写真4)
。
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地域医療 71(345)
この龍ヶ岳山の麓周辺ではマダニの吸血により感
1か月の短い期間だが、もっと多くの研修医に来ても
染し発病する日本紅斑熱とSFTS(重症血小板減少症
らいたい。専門医取得制度の中で、中央の基幹病院に
候群)が多発し、日本でトップクラスの発病数であ
若い医師が集中する傾向にあり、専門医取得の条件の
る。体内にリケッチアやウイルスをもつマダニが媒
中に地域での研修を盛り込んでもらえると、地方の病
介するため地域性があり、診断のノウハウを含めて、
院にも多数集まって来ると思う。
当院でしか学べないものを診療できるのも魅力の一
つである。
研修を通じて、実際の指導にあたっているのは私た
ち指導医だけでなく、看護師・薬剤師・理学療法士・
栄養士などさまざまな職種であったり、院内の感染対
研修医・指導医の経験と成長
策チーム、褥瘡対策チーム、摂食嚥下対策チームだっ
たり、院外の多数の方にもお世話になっている。人材
高齢社会を迎える中で医療需要度が高く、急性期対
は宝であり、また、地域医療の醍醐味であるこの連携
応も必要とする在宅医療や緩和ケアを家庭医が担う場面
に感謝しながら、研修医とわれわれの成長を願いなが
が増えてきており、当院ではどちらも研修できる。多数
ら、
『信頼される地域医療』を目指して今後も研修医
の疾患をもつ高齢者、自宅退院が困難な患者、胃ろう造
の指導にあたりたい。
設などの倫理的判断など、大きな疾患をもたない方(老
衰等)の健康問題の治療方針の立て方など、非常に難し
い問題も一緒に悩み学んでいき、答えを探していく。
研修医からのコメント
研修医は必ずといっていいほど最初の時期に大きな
壁にぶつかる。今まで急性期疾患を担当してきたため、
教科書通りに治療方針を立てる。間違っているわけで
はないが、若い人と高齢者ではどこに治療目標の設定
地域医療研修を通して
を決定するかが違うし、薬剤を投与する種類・数・量
も違ってくる。経過中悪化してきた場合の蘇生等含め
た治療方針も、家族と決定していかなければならない。
また、ある程度改善したら転院・退院を考えるが、当
研修医
院ではすぐに退院ではなく、自宅で過ごせる力がつく
服部裕介
まで回復したら退院となる。ここを理解でき方針を自
身で立てることができれば、方針決定もすんなりいく。
上天草総合病院はこの地域では唯一の総合病院であ
次の壁は患者指導である。診断・治療まではスムー
り、基幹病院の役割を担っている。午前外来では朝7
ズにいくが、自宅に帰ってからの生活指導・器械の指
時ごろより予約患者がロビーに枚挙し、賑わいを見せ
導・病気の指導と多岐にわたる。地域医療実習の1か
ている光景を何度も目にし、地域医療に非常に大きな
月の中で、場合により3日間という非常に短い期間で
役目を果たしていることを実感した。新患外来を担当
の研修で行っており、この短期間に壁を乗り越えなけ
し肺炎・尿路感染症など、いわゆるcommon diseaseを
ればならない。この臨機応変さを身につけることが、
数多く経験できた一方で、この地域に集積しているこ
地域医療研修の核になるものかもしれない。臨機応変
とが注目されている日本紅斑熱といった珍しい疾患も
さを学ぶことで彼らの成長を後押し、多くの研修医が
経験することができた。外来に訪れる患者の疾患の幅
この1か月間でさらに成長し、頼もしくなっていく。
が広く、地域医療においてはジェネラリストとしての
このエッセンスを伝えるためには苦労が絶えない。し
力が求められており、プライマリ・ケアの重要性を痛
かし、研修医と一緒に学ぶことで私たちも活気が出る。
感した。
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Vol.53 No.3
[ 臨床研修 ]新たな地平を拓く
診療所での診療も経験させていただき、慌ただし
総合病院であると同時に、病状の落ち着いた慢性期
い病院での診療とは少し異なり、ゆっくりとした時
の患者さんも診察・治療し、落ち着いてからも社会
間の流れる診療所での診察は非常に貴重な経験であ
的に退院可能になるまで調節も行う病院である。今
った。診療所を訪れる患者は決して多くはないが、
までの立場とは逆に、患者さんを送る側としての医
公共交通機関が十分に発達しているとはいえない天
療も経験できた。
草地域においては、替えの効かない存在であること
患者さんを診る際、まずは退院に向けてのエンド
ポイントを設定することから診療計画を立てるだろ
を実感した。
また、上天草総合病院では往診も行っており、身
う。つまり、急性期病院のエンドポイントなら病態
体障害等で医療機関の受診が難しい患者も多く、重
を安定させること。今までは病態が落ち着いた後は、
要な医療サービスといえる。往診の必要な患者に対
患者さんの自宅退院や施設退院に向けての調節、退
して月1~2回の頻度で行っている。病院の診療で
院後のフォローは地域の病院へ依頼することが多か
は、患者との医療面接において患者背景は想像する
った。しかし、上天草総合病院はよほどの重症以外
しかないが、患者の住居に赴きどのような暮らしぶ
は病態の安定化から、その後の患者さんの転帰の決
りをしているかを目の当たりにするのは、非常に新
定まで行う。すなわち、退院後施設で管理してもら
鮮だった。地域医療においては患者以外にも看護・
うのか、自宅で家族に任せるのか、それとも病院で
介護を行う家族の高齢化も問題になってきており、
最期を看取るのか決める、ということだ。
いかに患者・家族のケアまで含めた包括的な医療を
展開していくかが前提となってくる。
特に地方では必然的に患者の平均年齢も高くなる
ため、なかなか治療だけをして「ハイ、オシマイ」
今回、天草地域の医療に携わらせていただき、土
とはいかないものだ。紹介状を作成し、後はよろし
地が変われば求められる医療サービスや提供方法も
くとなっていた部分を突然自分で調節しなくてはな
変わることを学んだ。漫然と医学を習得するだけで
らないのだ。患者さんの状態によって受け入れられ
なく、病院内・外問わずいかにすれば患者に最も適
る施設や家族の負担も大きく異なる。
した医療を提供できるか、といった点にも今後は目
特に必要だと痛感したのは、専門分野だけ診察で
きてもダメだということである。高齢患者が多いと
を向けていきたいと感じた。
1か月という短い期間ではあったが、非常に実り
いうことはすなわち、さまざまな疾患が独立して、
多い研修であったと感じている。何不自由なく研修
あるいは複雑に影響しあって存在している可能性が
を送れたのも病院スタッフの方々、上天草市民の皆
多いと言える。
様の温かいご支援の一言に尽きる。心より感謝の気
今回の研修を受け、ふだん市内で業務に従事して
いるだけでは実感できない、地方の先生や他の医療
持ちを申し上げたい。
スタッフの方々がいかに尽力し苦労されているのか、
ほんの1か月の研修ではかなり断片的な部分にちが
地域医療研修を終えて
いないが、そのことを目の当たりにすることができ
た。特に1か月間、勝手のわからない私についてご
指導してくださった和田先生、研修医の受け入れに
研修医
谷 直樹
上天草総合病院は急性期の患者さんも診療できる
Vol.53 No.3
ご快諾いただき、診療所にもお連れいただいた坂本
院長や樋口先生、その他、大勢のスタッフの方々に
は、この場を借りてお礼を申し上げさせていただき
たい。
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