縁の下の力持ち 高圧ポンプ -肥料プラント用ポンプ編- 食料の安定生産に欠かすことのできない肥料を生産するプラントで活躍する高圧ポンプには,アンモニアポンプやカー バメートポンプがあります。当社は,1969 年から肥料プラント用高圧ポンプの開発にプロセスオーナーとともに取り組 み,現在も社会の要求にあったポンプを開発して,多くのプラントに納めています。これら両ポンプの開発の経緯や構 造について紹介します。 (a) アンモニアポンプ (b) カーバメートポンプ 図 1 アンモニアポンプとカーバメートポンプの外観 要があり,農業における肥料の需要が増大しました。 はじめに 尿素肥料製造の技術開発が進み,現在では,世界三大 豊かに実をつけた広大な農地と高圧ポンプ,一見して 結びつかないこの二つは,肥料を介して関わりがあり, 40 年以上の開発の歴史や取組みがあります。 前回(エバラ時報 251 号)において,発電用ボイラ給 水ポンプ(火力発電所) , デスケーリングポンプ(製鉄所) , プロセス 2)として, (1)東 洋 エ ン ジ ニ ア リ ン グ ㈱ の ACES(Advanced Process for Cost and Energy Saving)法 (2)Snamprogetti(現 SAIPEM 社)法 (3)Stamicarbon 法 があります。 RO 高圧ポンプ(海水淡水化)を紹介しました。今回は, 人々の暮らしに欠かすことのできない衣食住の「食」に 関わる肥料プラントの尿素製造プロセスにおいて,重要 な高圧ポンプのアンモニアポンプとカーバメートポンプ の技術を紹介します(図 1) 。 これらの尿素肥料合成プロセスは,アンモニアと二酸 化炭素を高温高圧下で反応させます。この反応の過程に おいて,中間体のカルバミン酸アンモニウム(以下,カー バメート)が生成され,さらにカーバメートの脱水反応 によって尿素が生成されます。 肥料プラント向けポンプの歴史 尿素肥料生成のための原料の液体アンモニアと中間体 1950 年に 25 億人の地球上の人口は,20 世紀末には 60 のカーバメート液は,尿素肥料合成圧力までアンモニア 億人まで爆発的に増加し 1),それに伴う食糧危機が危惧 ポンプとカーバメートポンプで昇圧します。尿素肥料合 されたことから,食糧を確保するため農作物の増収の必 成プロセスにおいて,その液の性質からアンモニアポン 4 ─ ─ エバラ時報 No. 252(2016-10) 高圧ポンプ-肥料プラント用ポンプ編- プとカーバメートポンプは重要機器として位置づけられ 吐出しノズル ています。 肥料プラント規模が小規模だった 1970 年代以前は,こ 吸込ノズル れらのポンプとして往復動型のプランジャーポンプ(容積 式ポンプ)が採用されていました。しかし,肥料の普及 に伴う肥料市場の拡大によって,プラントの大規模化や メカニカルシール 新設が進み,ポンプの容量アップ,メンテナンス性の向上 の観点から遠心式ポンプが求められようになりました。当 社は,1969 年,三井東圧化学㈱(当時)と東洋エンジニ アリング㈱と遠心式カーバメートポンプの開発に着手し, 主軸 1972 年に遠心式カーバメートポンプを,更に 1976 年に遠 羽根車 メカニカルシール 心式アンモニアポンプを市場に投入しました。その後, 図 3 カーバメートポンプ 3D 断面図 ACES 法プラントを中心に世界三大プロセスで当社のアン モニアポンプとカーバメートポンプが採用されています。 これまでの世界累計納入台数は 2015 年現在で,アンモニ (1)アンモニアポンプ アポンプ 172 台とカーバメートポンプ 230 台を達成し, 尿素原料のアンモニアは揮発性が高く,加圧して液体 2000 年以降の新設プラントにおいては,当社の遠心式ポン アンモニアとして送液するため,アンモニアポンプは非 プは 90%以上の圧倒的なシェアを占めています。 常に高圧(15 〜 25 MPa)で使用されます。高圧流体の 漏れを確実に防ぐため,ポンプ胴体が外胴と中胴に分か 肥料用高圧ポンプの構造の特徴 れた二重胴内胴水平割構造の多段ポンプが採用されてい 肥料用の高圧ポンプであるアンモニアポンプとカーバ メートポンプは,取扱液の性質に対応した構造と,液漏 れを防ぐシールに特徴があります。 ます。中胴は鋳物でできており, 非常に強固な構造となっ ています(図 2) 。 (2)カーバメートポンプ 中間体のカーバメートが結晶化してポンプ内で固着し ないようにカーバメートポンプもまた高圧(15 〜 20 MPa) で使用されますが,アンモニアポンプとは異なり一重胴 輪切構造の多段ポンプを採用しています。ポンプ内部で 吸込ノズル 主軸 吐出しノズル カーバメート液が固結してしまった場合のメンテナンス 性に優れています。 多段ポンプの場合,羽根車で発生するスラスト力が羽 外胴 根車の段数分発生するため,そのスラスト力を吸収する 内胴 構造が必要不可欠です。そこで,カーバメートポンプ及 びアンモニアポンプは,背面合わせ構造という,羽根車 羽根車 メカニカルシール の半分を逆方向に配置することで,羽根車同士がスラス ト力を打ち消し合う構造としてバランスさせています。 特にカーバメートポンプのような一重胴輪切構造の多段 ポンプで背面合わせに羽根車を配置することは世界でも 図 2 アンモニアポンプ 3D 断面図 非常にユニークな構造です(図 3) 。 5 ─ ─ エバラ時報 No. 252(2016-10) 高圧ポンプ-肥料プラント用ポンプ編- (3)メカニカルシールとシール水供給ユニット 心式ポンプを使いたい」との声が出ています。このため, アンモニアポンプとカーバメートポンプは,いずれも ギアボックスによってポンプの回転速度を増速させ,約 小規模プラント向けのアンモニアポンプの開発に着手し ました。 7 000 rpm で運転され,プラントの心臓部に位置するた め非常に高い信頼性が要求されます。 小型アンモニアポンプ開発の課題の一つは,小水量化 への対応でした。従来のアンモニアポンプは,内胴とし アンモニアポンプでは,液体アンモニアの揮発を防ぐ て上下二つ割りの鋳物ボリュート構造で,鋳物の製造上 ためにポンプの吸込圧力も高圧になっています。液体 の制限によって現状よりも小さい水量への対応が困難で アンモニアは強アルカリで毒性があり,漏れを確実に防 した。そこで,小水量化への対応が比較的容易なディ ぐことが求められますが,揮発性であることから潤滑性 フューザ型を採用しました。 が小さく,さらにシール面に入って揮発してしまうこと を考慮して,水を供給してシール面を潤滑させます。 従来,当社には二重胴型多段ポンプとして二種類のモ デルがあり,一つは従来型アンモニアポンプでも採用し カーバメートポンプでは,カーバメート液もまた揮発 ている HxB 型[図 5(a) ] (内胴が上下二つ割りのボリュー 性,毒性,腐食性があり,精密な面の摺動によって液を ト型ポンプ)で,もう一つは DC 型[図 5(b) ] (中胴輪 封入するメカニカルシールは,更に過酷な条件で使用さ 切り構造のディフューザ型ポンプ)です。 れます。またカーバメートは結晶化しやすい性質である 今回開発した小型アンモニアポンプ(図 6)は,DC 型 ことから,シール面で液が固着してしまうのを避けるた と基本構造は同じものですが,DC 型の羽根車配列構造 め,同様にシール面に水を供給しています。 が「全羽根車が同一方向を向いている」ことに対して, これらのメカニカルシールを健全に運転するためには, 小型アンモニアポンプは HxB 型と同じように「羽根車背 シールを保護する構造が必要です。その水を供給する 面合わせ配列」構造を採用しました。これによって,従 シール水供給ユニットは,当社が独自に開発したもので, 来のアンモニアポンプと同様な回転体設計を採用しつ 適切な圧力と供給量に制御することができます(図 4) 。 つ,小水量に対応できる二重胴ポンプとすることができ ました。取扱液の性質から実績を重視される肥料プラン 新たな技術要求へ製品開発 ト市場において,従来と異なる製品を認めていただくの (1)小型アンモニアポンプ はハードルが高いものでしたが,米国向けに納入するこ 肥料プラントの大規模化や新設される中,建設後数十 年を経た小規模の肥料プラントが数多く稼動していま す。これらの小規模プラントではプランジャーポンプが 運転されていますが,ポンプ液漏れの高頻度化に伴う部 品交換と高いメンテナンスコストなどから「できれば遠 (a)HxB型高圧ポンプ (b)DC型高圧ポンプ 図 4 シール水供給ユニット 図 5 当社二重胴型多段ポンプモデル 6 ─ ─ エバラ時報 No. 252(2016-10) 高圧ポンプ-肥料プラント用ポンプ編- おわりに 私がこのポンプを設計していたころ,上司から次のよ うな話を聞きました。 『インドのローカルな道路を走っていると,見渡す限 り広大な農地いっぱいにトウモロコシ畑が広がってい た。そこに大きなトラックがトウモロコシをいっぱいに 積んで走っていく。その時に本当に世界では食糧が必要 とされていると感じた。 』という話でした。この話を聞 いて,自分が実際に設計しているポンプが世界の人の役 図 6 高速型小型アンモニアポンプ に立っていることを実感して,とても嬉しくなったこと とができ,これから市場で活躍することが期待されます。 を覚えています。 (2)直結型カーバメートポンプ このタイトルは縁の下の力持ちというタイトルです これまでのカーバメートポンプは,高速運転をするた が,当社のポンプは縁の下で世界の平和を支えていると めの機器構成として原動機(モータ)とポンプの間に増 実感できるポンプです。このポンプと巡り合えたことに 速ギアボックスを入れた「原動機+増速ギアボックス+ 感謝するとともに,このポンプとともに世界のお客様や ポンプ」となっています。 世界の人々の役に立ち続けたいと考えています。 しかしながら近年,よりシンプルな機器構成の要求が 市場で出てきたことから, 増速ギアボックスを廃した「直 これからも新しい技術に挑戦することを忘れず,更に 世界に貢献できるポンプを創り出していきたいです。 結型カーバメートポンプ」 を開発しました。 これによって, 機器構成が「原動機+ポンプ」とシンプルになることに 加え,従来の高速型では必須であった「軸受潤滑用の強 制給油ユニット」を廃することも可能になりました。 直結型は従来型よりも羽根車段数は増加しますが,機 器構成がシンプルになることから,イニシャルコスト, メンテナンスコストが抑えられ,さらに,設置面積も小 さくなることも利点です。既に市場投入を開始しており, 5 プラント,ポンプ 10 台を納入しています(図 7) 。 参 考 文 献 1) 国連人口基金東京事務所 世界人口推移グラフ http://www.unfpa.or.jp/publications/index.php?eid=00033 2) かはく技術史体系(技術の系統化調査報告書)Ⅸ . 食品・医薬 品・農林漁業 03 肥料製造技術の系統化 [風水力機械カンパニー カスタムポンプ事業統括 安齋 典,笠谷 哲司,山口 典男] 図 7 直結型カーバメートポンプ 7 ─ ─ エバラ時報 No. 252(2016-10)
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