法人の自己株式の取得等に係る 財務・税務上の影響

経 ViewPoint
営相
談 法人の自己株式の取得等に係る
2016.11.15
財務・税務上の影響
米澤潤平
相談部 東京相談室
昨今、ROEなど資本効率の観点から、上場企業を中心に増加している自己株式の取
引が新聞などで報道されることが多くなっていますが、中堅・中小企業においても、
経営上の必要性から自己株式を取得する場面は十分に想定されます。
今回は、株式の発行法人における自己株式の取得・処分・消却時の会計・税務処理に
ついて整理します。また、平成27年度税制改正により、自己株式を取得した企業では、
事業税資本割等の税負担が大きくなる可能性があることから、その影響について解説
します。
1. 自己株式の取得等に関する重要論点
[1]経営上の意義
昨今、上場企業を中心に、これまで以上に株主還元や資本効率を重視した経営が求められるように
なり、株主への利益還元やROE(Return On Equity(注))を高めるための手法の一つとして、自己
株式を取得する企業が増加しています。
一方、中堅・中小企業においても資本効率を意識した経営を行っていくことは重要ですが、加えて
下表のような経営上の必要性から、自己株式の取得が行われることがあります。
取得理由
備考
株主構成の是正
自己株式には議決権がないため、自己株式の取得により既存の株主構成の
是正が図れる。
事業承継対策
事業承継にあたり後継者に株式の相続に伴う相続税が課された際、企業が
後継者から自己株式を買い取ることで納税資金を確保できる。
注:自己資本利益率とも呼ばれ、投資家(株主)の立場から見た総合的な収益性を表し、企業が自己資本をどれだけ効
率的に活用して利益を上げているか(資本効率)を図る指標となる。ROEは、企業の当期純利益を自己資本(≒
純資産)で除して求める。
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[2]財務上の影響
自己株式を「取得」した場合には、通常の有価証券の
ように資産に計上することはせず、株主との間の資本取
引と考え、その取得原価をもって純資産の部の株主資本
から控除します。そのため、貸借対照表上の表示は金額
の前に「△」を付します(右図)。
取得した自己株式は、その後は自社でそのまま保有し
ておくほか、自己株式を資金調達のため売却するなどの
Ⅰ.株主資本
1.資本金
2.資本剰余金
(1)資本準備金
(2)その他資本剰余金
3.利益剰余金
(1)利益準備金
(2)その他利益剰余金
4.自己株式
✕✕
✕✕
✕✕
✕✕
✕✕
✕✕
✕✕
✕✕
△✕✕
「処分」や、自己株式の効力を消滅させる「消却」があ
ります。
自己株式の取得は、自己資本の減少要因となるため、結果として前項[1]で述べたように、RO
Eを高めることとなります。
ROE=
当期純利益
自己資本
(%)
自己株式の取得により、分母の自己資本(≒純資産)が
圧縮され、結果としてROEが高まる
また、注記事項である1株当たり当期純利益の計算においても、ROEと同様に自己株式は分母の
株式数から除かれるため、自己株式の取得は1株当たり当期純利益の増加につながります。
なお、自己株式の取得は、株主に対して資産を受け渡すという点で配当と同様の性格を有するため、
一定の計算式に基づき算出された「分配可能額」の範囲内でのみ取得することができます。また、自
己株式を特定の株主との相対取引により取得する場合は、株主総会の特別決議が必要となります。
[3]税務(法人税)上の取扱い
企業が自己株式を取得する場合に、これに応じて企業から
現金等の支払いを受けた株主について、法人税では、当該企
業に対する投資資金の回収をしたと同時に利益の分配(配当)
を受けたものと考えます(右図)。
具体的には、企業(A社)の株主(A社株主)が自己株式
の売却対価として受け取った現金等の合計額のうち、当該企
業の資本金等の額に対応する部分を超える部分の金額(≒利
益積立金を財源として支払われたと考えられる部分の金額)
については、株主は配当を受け取ったものとみなす、という
規定が設けられています。
これを一般に「みなし配当」と呼び、企業が自己株式を取得する際(自己株式の取得が証券取引所
における購入による場合等を除く)
、みなし配当が発生する場合は、自己株式を取得した企業は株主に
対しみなし配当の額を通知する義務を負い、また、このみなし配当に係る源泉所得税の徴収を行わな
ければなりません。
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2. 会計・税務処理の事例解説
ここでは、自己株式の「取得」「処分」「消却」時の株式発行法人の会計・税務処理について、順を
追って説明します。
[1]事例の前提
単位:百万円(以下同)
A社は設立時に、1株 10,000 円の株式を 50,000 株発行し、
払込資本 500 百万円で設立(内訳は資本金 250 百万円、資本
準備金 250 百万円)された法人であり、現在まで資本の部に
会計
資本金
250
資本準備金
250
関する変動はない。A社の会計上の資本金・資本剰余金の状
況と、法人税上の資本金等の額(法人税では、資本金と資本
法人税
資本金等の額
500
準備金を区別せず資本金等の額として取り扱う)の状況は右
図のとおり。なお、A社は非上場企業である。
[2]自己株式の取得
その後、A社はA社株主から自己株式(A社株式)を1株 15,000 円で 10,000 株(総額 150 百
万円)取得した。なお、みなし配当に係る源泉所得税率は便宜上 20%とする。
(会計仕訳)
自己株式
150(注1) /
現金預金 140
預り金
10(注2)
取引後の資本に関する状況
会計
資本金
250
資本準備金
250
自己株式
△150
注1: 会計上は、取得原価をもって自己株式の名称で株主資本の控除項目とする。
注2: 「預り金」は源泉所得税によるもので、計算は下記税務仕訳の注5を参照。
法人税
(税務仕訳)
資本金等の額
利益積立金
100(注3) / 現金預金 140
50(注4) / 預り金
10(注5)
資本金等の額
400
注3: 法人税では、取得した自己株式に対応する「資本金等の額」を減額する。
⇒ 500 百万円÷50,000 株×10,000 株=100 百万円
注4: 株主に交付した現金総額 150 百万円のうち「資本金等の額」100 百万円を超える部分の金額 50 百万円は、
利益積立金を財源とした配当の額とみなされる(株主において課税関係が発生する)。逆に、株主に交付し
た現金総額が対応する「資本金等の額」に満たない場合には、みなし配当は生じない。
注5: みなし配当に係る源泉所得税。
⇒ 50 百万円×20%=10 百万円
[3]自己株式の処分
A社は、
[2]で取得した自己株式 10,000 株をB社に対し1株 18,000 円(総額 180 百万円)で
売却した。
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会計
(会計仕訳)
現金預金 180 / 自己株式
150(注6)
その他資本余剰金
30(注7)
資本金
資本準備金
その他資本剰余金
250
250
30
注6: 1株当たりの取得原価 15,000 円×売却した株式数 10,000 株。
注7: 自己株式に関する取引は資本取引であるため、対価の総額 180 百万円と自己株式 150 百万円との差額 30 百
万円は、損益とせずに「その他資本剰余金」を増減させる。
法人税
(税務仕訳)
資本金等の額
580
現金預金 180 / 資本金等の額 180(注8)
注8: 法人税においては、自己株式の処分は新株発行と同様に扱うこととされており、受け取った対価の額を全
額「資本金等の額」とする。
[4]自己株式の消却
A社は、
[2]で取得した自己株式 10,000 株をすべて売却した([3]の取引後に行われたもの
ではない)。なお、消却により発行済み株式数も 10,000 株減少することとなる。
会計
(会計仕訳)
その他資本余剰金
150(注9) /
自己株式 150
資本金
資本準備金
その他資本剰余金
250
250
△150
注9: 消却した自己株式と同額を「その他資本剰余金」の減額とする。なお、期末においても「その他資本剰余
金」が負の値のままの場合には、払込資本のマイナスは会計上想定されていないため、
「その他資本剰余金」
がゼロになるまで繰越利益剰余金の金額を減額させる。
法人税
(税務仕訳)
資本金等の額
400
処理なし(注 10)
注 10: 「資本金等の額」は[2]の自己株式取得時から変化しない。
3. 地方税法改正による影響
[1]「資本金等の額」を基準とする課税
法人税において資本金等の額は寄付金の損金算入限度額の計算等に用いられますが、その他に地方
税である住民税均等割において税率区分の基準となり、同じく地方税の事業税資本割(外形標準課税
対象法人(資本金の額が1億円超の企業(電気・ガス供給業や保険業を営む企業等を除く)に課され
ます)において課税標準(税額を算定する際の基礎となるもの)となります。
本稿では、住民税均等割については割愛し、事業税資本割(以下、資本割)の概要と自己株式の取
得等が資本割に与える影響について説明します。
資本割は、事業年度末における法人税における「資本金等の額」
(一定の場合は所定の調整を加えた
金額)に一定の税率を乗じて算出しますが、その税率は下表のとおり、平成 27 年度、28 年度と税率
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改正による引き上げが続いています。資本金等の額が5億円の企業の場合、原則として平成 28 年度は
平成 27 年度よりも資本割の納税額が 100 万円増えることとなります。
標準税率
平成 26 年度
平成 27 年度
平成 28 年度
0.2%
0.3%
0.5%
[2]資本割の課税標準等の見直し
上記の税率改正のほか、平成 27 年度税制改正により、資本金等の額が、事業年度末における(会
計上の)資本金と資本準備金の合計額に満たない場合は、資本割(および住民税均等割)の税額計算
に用いる資本金等の額は、資本金と資本準備金の合計額とする改正が行われました。
① 資本金等の額 < ②資本金 + 資本準備金の合計額
⇒ ② 資本金 + 資本準備金の合計額が資本割の課税標準とされる
この改正により、企業が自己株式を取得した場合は、資本割の税額計算に注意を要する必要が出て
きました。
ここで、前述の「2.会計・税務処理の事例解説」の第2項「自己株式の取得」のケースを用いて影
響を確認します。A社の「① 資本金等の額」は 400 百万円であるのに対し、
「② 資本金と資本準備金
の合計額」は 250 百万円+250 百万円=500 百万円となっています。この場合、このまま事業年度末を
迎えたとすると「① < ②」となるため、上記の規定に従い資本割の課税標準は、
「① 資本金等の額」
である 400 百万円ではなく、
「② 資本金と資本準備金の合計額」である 500 百万円とされます。
平成 27 年度税制改正前は、自己株式の取得により資本金等の額が減少し、結果として資本割額や
住民税の均等割額について税負担が減少することがありましたが、改正後は上記の例のように、これ
らの税負担が必ずしも減少するとは限りません。自己株式を所有している企業や、これから取得しよ
うとする企業は、この点について留意すべきといえます。
内容は2016年6月24日時点の情報に基づいて作成されたものです。
本情報は、法律、会計、税務などの一般的な説明です。個別具体的な法律上、会計上、税務上等の判断や対策などについては専門家
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