(AI)解説(⑦ 全2,100ページ)

1
IT大全より (pdf 100冊)
http://www.geocities.jp/ittaizen
人工知能 (AI) 解説
(全7冊 計2,100ページ)
⑦
一般社団法人
情報処理学会 正会員
腰山 信一
[email protected]
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ITライブラリー (pdf 100冊)
http://www.geocities.jp/ittaizen/itlib1/
目次番号
605番 310番 他
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医療分野における
ビッグデータ そして 人工知能
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医療機関におけるData WareHouse
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看護支援システム
看護計画情報
看護記録情報
がん登録システム
がん情報
血液浄化部門システム
血液浄化オーダ情報
血液浄化記録情報
周産期部門システム
分娩記録情報
医事会計システム
医事会計情報
医事会計管理情報
映像医学部門システム
撮影オーダ情報、
画像情報、
所見レポート情報
検体検査部門システム
検査オーダ情報
検査結果情報
検査結果レポート情報
輸血部門システム
輸血オーダ情報
輸血記録情報
リハビリテーション部門システム
リハビリオーダ情報
リハビリ記録情報
医療機器管理部門システム
医療機器オーダ情報
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重症患者監視システム
栄養管理部門システム
重症患者
記録情報
食事オーダ情報、
栄養指導オーダ情報、
栄養指導実施情報
食物禁忌情報
手術部門システム
手術オーダ情報
手術記録情報
物流管理部門システム
薬剤部門システム
材料オーダ情報
処方・注射オーダ情報
服薬指導オーダ情報
服薬指導実施情報
薬剤禁忌情報
教育研修用診療情報システム
研修用
診療情報
歯科ファイリングシステム
歯科検査
結果情報
耳鼻科ファイリングシステム
耳鼻科検査
結果情報
眼科ファイリングシステム
眼科検査
結果情報
生理部門システム
放射線治療部門システム
生理検査オーダ情報
生理検査結果情報
生理検査結果レポート情報
放射線治療オーダ情報
放射線治療記録情報
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患者基本情報、既往歴、主訴情報、
現病歴、転帰、家族歴情報、
診療記録、感染症情報、
一般アレルギー情報、介護情報、
社会保障情報、紹介情報、
外来患者情報、入院患者情報、
各種オーダ情報・・・・・・・・
24
ビッグデータへの挑戦
(医療分野)
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様々な医療機器がデジタル化され、デジタル生体情報が大量に入手
可能な医療分野はデータ解析技術を最も生かせる領域であり、近い将来
さらにIT技術が進展し、このビッグデータを解析し、予防・診断・治療・病態
解析などのすべての医療分野の領域で活用できる時代になってくると考え
られています。
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現在、多くの医療施設で電子カルテが導入され、ビッグデータが蓄積され
つつありますが、これらの患者データをData WareHouseを用いた分析
手法にて解析し、医療にビッグデータを活用する試みが行われるようになっ
てきました。
実際に欧米では数百万人の患者データをもとに、新たなる治療指針を
導きだす方法として、Data WareHouseを用いた分析手法を利用した
研究事例が数多くあります。
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日本においても、副作用情報を迅速・的確に分析評価するため、
Data WareHouseを用いた分析手法を導人し、収集した副作用等情報を
用い副作用を早期に発見し、その未然防止策を講ずるとともに業務プロセスの
見直し、安全対策業務システムの改修に役立たせています。
Data WareHouseを用いた分析手法は不特定多数のデータから特定傾向を
見出すことに威力を発揮するもので、様々な情報をデジタル化して集積し、
解析することで、これまでわからなかったことを可視化することが可能となります。
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すなわち、医療分野において、得られたビッグデータをData WareHouseを
用いた分析手法で解析することで、これまで見えていなかった疾患の病因や見
落とされていたリスク要因、効果的な治療法、予防法などの発見につながる
ことが可能となってきます。
ケーススタディを重ねることで、疫学研究などにも有用なツールとなることも期
待されています。
29
医学分野において、医療従事者が多忙のなか、統計学を勉強し、解析をし
ているケースがほとんどでした。
統計学の専門家である大学、大学院の理学部・理工学部で数学を専攻してい
た者は、30年前は、ほとんどが教師か、汎用コンピュータメーカーに就職、まれ
に保険会社のアクチュアリー (actuary 統計学を駆使しての保険商品の開発
保険数理士)でした。
この20年間では、教師、IT関係と時々、金融関係(学んできた事を金融工
学に生かすか、営業職)です。 やっと、最近、数学を専攻した者が医学の
分野で社会に貢献し、医学のデータ分析にも、自分の学んで来たことを生
かせるチャンスが出てきたと思います。
30
31
例えば、医療Data WareHouseを用いた分析では、以下のような医療データを
解析対象にすることができます。
① 電子カルテデータ、投薬副作用データなど
② インシデントデータ
(看護記録データ、
転倒事故データ、
針刺し事故データ、
投薬・注射ミスデータ、
検査ニアミスデータなど)
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③病理検査データ、臨床検査データなど
④感染制御データ
(サーベイランスデータ、
耐性菌検出データ、
院内感染データ、
消毒薬検査データ、
ラウンドデータなど)
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⑤ 診療報酬データ、医事会計データなど
⑥ 地域保健医療関係データなど
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臨床検査データからの分析
Data WareHouse を用いた分析手法は、臨床検査分野で、近年、
不要な再検査を低減し、検査品質向上に貢献する手法として注目を
浴びています。
医療施設内において、過去に蓄積した全データを用い、かつ、 2因子に対する
ゾーンに着目した点が、誰にも容易に理解できる優れた特徴を持っています。
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Data WareHouseを用いた分析手法は、蓄積した全データを解析対象として扱う
ことができ、しかも、 2因子を超える多因子を同時に解析し、検査データ中の様々
なパターン、特徴を探索し発見できますので、再検査を必要とするパターン等も抽
出し、再検査の低減に寄与できる可能性があります。
また、臨床検査における検査品質管理の目的で、各技師の検査工程を
コンピュータ内に履歴として記録することが可能です。
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処理日時、項目、担当者、コメント発信の内容などが、すべて記録され、
さらに追加、変更、削除、決定などもすべて記録されます。
こういった、多因子による多視点の分析はData WareHouseが得意と
する分野です。
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統計解析は、はじめに解決したい仮説があります。
例えば 「 この新しく開発された薬は、A症に効く 」 という仮説があり、
その新薬の有効性を証明したい場合があります。
この証明のために、実験計画法などに基づきデータを集める収集された
データに各種の統計検定などを行い、仮説を証明します。
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仮説が証明されれば、新薬はA症に有効であるということになります。
このように、統計解析は、はじめに、「新薬がA症に効く」という「仮説」を立
てて、基本的に「仮説を証明すること」を目的としています。
それゆえ、使用するデータは、仮説に基づき収集したデータである元データ
( 治療履歴データなど )とは異なり、収集したサンプルデータであるので、統計
解析は、サンプル調査と言えます。
39
Data WareHouseを用いた分析は全数調査です!
これに対して、Data WareHouseを用いた分析では、はじめから 「仮説」が
あるのではなく、すでに蓄積されたデータがあります。
例えば、多くの「インシデント報告書」があり、その報告書の山から、
インシデントが起きる 「 原因 」 や 「繰り返している行為やその組み合わ
せ 」 などを見つけ出し、改善策に結びつけたい場合があります。
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補足
インシデント 【 incident 】
出来事、事件、事故、事案、事象、事例などの意味を持ちます。
事故や事件などの意味以外に、事故に繋がりかねない ( 繋がりかねな
かった ) 出来事、状況、異変、危機を意味する場合があります。
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Data WareHouse を用いた分析手法を、そのデータの山の「すべての
データ」に適用することで、解決したい 「 問題点 」 や 「 繰り返している条
件やその組み合わせなど 」 を見つけ出し、原因追求に役立つ情報が、
「 仮説 」 として得られます。
すなわち、はじめに、蓄積データがあり、基本的に
すべてのデータを用いて 「 仮説 」 を見つけ出します 。
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感覚的には、
「 データの山に語ってもらう 」 ということです。
このように、Data WareHouse を用いた分析手法は、基本的に与えられた
すべてのデータを使用する「全数調査」ということになります。
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ここで、Data WareHouse を用いた分析手法により得られた結果は、
「仮説」であるので、さらに実験計画法などに基づいてデータを収集し
統計検定をかけて、仮説の証明を行うということもできます。
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Data WareHouseは、例えば感染症分析という 「 目的 」 を持って
「 統合 」 され、 「 時間と共に 」 、蓄積され続ける ( 読み取り専用 ) 」という
性質をもっており、病院情報システムにおける医事会計データベースなどと
は性質が異なります。
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Data WareHouseは、この感染症Data WareHouseの例のように、以下の
特徴を持っています。
① 目的指向 : ある目的 ( 感染症分析など ) を持っている。
②統合:その目的のもとに関係するすべてのデータを 1ケ所に集めて
構築します。
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③ 時間依存性 :入カデータは入力された時間との関係
( 日時・時間等 ) を持っています。
④ 読み取り専用:時間経過とともに蓄積され続け、書き換えられる
ことは基本的にありません。
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遺伝子治療 と ビッグデータ
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医療・ヘルスケアの分野には、データはあふれるほど存在します。
病院やクリニックにはカルテ、検査結果、処方箋、レントゲン写真などの
高精細な画像データ、ヒヤリ・ハットをまとめたインシデントレポートなどが
保管されています。
企業や自治体の健保
運営者には レセプト
(診療報酬明細書)や
特定健診などのデータ
があります。
50
また、民間保険会社や薬局などにも診断書や処方薬履歴などのデータが
あります。
さらに、製薬会社においても薬の効用や副作用などの膨大な研究開発データ
が存在します。
これらに加えて、患者自身にも、遺伝子、体温、血圧、脈拍、体組成などの
バイタルデータや家族病歴などのデータがあります。
51
これらのデータの 電子化、標準化、共有化 の意義はきわめて大きいです。
医療機関における医療の質の向上のみならず、保険者の効率改善も
可能です。
保険者に届く診断書のデータをテキスト分析し、支払うべき保険金額を自動
計算したり、不払い事象が起きていないかを確認したりすることができます。
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また、レセプトデータをもとに使用量の多い薬を抜き出し、それと効き目が
同じで値段も安い後発品との薬価差を加味して、先発品から後発品への
切替え効果が大きい薬のリストを作り、医療費削減につなげていくことも
可能です。
さらに、製薬会社においても、市販後調査など薬の安全性の向上に
つながる取組みにデータを活用できます。
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ビッグデータという言葉が巷で広く言われ始めているように、クラウド、
センサ、ネットワークなどの情報通信技術の進展に伴い、多様な膨大な量の
データを収集して、蓄積し、共有して分析する仕組みが整いつつあります。
また、患者の行動履歴データなどもセンサ技術の進展にともない、容易に
集められるようになりつつあります。
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ライフサイエンスの進展とともにデータの活用が進むことで、 「個人化 」 と
「 ユビキタス 」 といった新たな医療・ヘルスケア提供のあり方が実現できる
可能性が出てきました。
つまり、「現場で埋もれているノウハウ、センサが自動的に収集した
データ をICTテクノロジーを活用して、全国・全世界に広げて行くのです。
現在、問題になっている医療の地域間格差を少しでも小さくする試みです。」
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現在の医療は、One-size-fits-all 型です。
つまり、A という疾患であればB という治療を行うという画一的なものです。
これに対して、データが増えれば、診断の粒度も細かくなり、「個人化医療」、
「テイラーメイド医療」が実現できます。
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例えば、ヘルスケア・ビッグデータを扱う 米国Explorys 社は、診療データと
保険料データ とに基づき、ぜんそくを 5 つ あるいは 6 つの種類に分類して
処置を行うサービスを提供しています。
同じ疾患でも、個人ごとに特性が異なることを、過去の病歴データから
確認するのです。
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このような 「個人化医療 (パーソナライズ医療 」 を 提供するためには、複数
の医療機関や薬局などに散らばる健康関連の情報を集約したパーソナルヘ
ルスレコードが必要となります。
身長、体重、血液型、アレルギー、副作用歴、診療記録、投薬履歴、運動
実績などの情報を一元管理 する仕組みです。
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パーソナルヘルスレコードを用いることで、医師による診察の精度の向上や
禁忌薬のチェックなどが可能になるとともに、個人の生活状況を把握した上で
の疾病管理サービス、疾病予防サービス、健康増進サービスなども実現でき
ます。
各所に分散されて蓄積されているデータを、連携させて共有することで、きめ
細かい診察と日常生活に密着した適切な診療を受けることが可能となります。
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また、遺伝子解析技術の急激な進展にともない、遺伝子データを容易に入手
できるようになってきたことも、個人化医療を後押ししています。
遺伝子データは個人の特性を特定する究極のデータであり、C 型肝炎治療薬、
てんかん薬、経口避妊薬などの薬への反応も把握できます。
63
また、従来は子供の頭の悪性腫瘍である髄芽腫の治療法としては
放射線治療の一通りのみでしたが、遺伝子データを診療データとあわせて
用いることでがんの転移を予測した個別化治療法も可能になりつつあります。
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ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーが、遺伝子データ解析に基づき
発症前ながら両乳房を切除するという選択をしたことは大きなニュースとし
て取り上げられましたが、遺伝子データやバイオマーカーを用いることで疾
患の発症を高い精度で予測し、症状や重大な組織の障害が起こる前の適
切な時期に介入を行い発症を防止するといった予防医療の実現が近付い
ています。
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疾患にはまだまだ解明できていない未知の領域が多く存在します。
至る所に存在するデータを活用して、将来何が起こり得るかを
予知することができれば、健康寿命の延伸と医療費の低減に大きな効果が
期待できます。
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センサ・ネットワークの活用
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センサ技術やネットワーク技術などの情報通信技術の進展により、多様な
データを低コストで集めることができる環境が整いつつあります。
今まで入手することができなかったデータを手にすることで、医療や
健康管理の姿が変わることになります。
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例えば、新生児特定集中治療室においては、心電図、呼吸、神経機能、
血中酸素濃度などの生理データ、医用機器のデータなど、毎秒1,200 以上
のきわめて多量のデータが発生します。
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これらを集めて分析することで、遅発型新生児敗血症、未熟児無呼吸発作、
未熟児網膜症を早期に発見することができます。
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また、さまざまな生体センサや活動量計の開発も活発に行われています。
電極、可視光・赤外線、加速度計、温度計、ジャイロ、マイクなどのセンサを備え、
こめかみにあてるだけで、体温、心拍数、呼吸数、血中酸素飽和度、不整脈、血
圧などを測定するデバイス、心電、体温活動量などを計測できるT シャツ、絆創
膏型の無線生体センサ、睡眠状況を計測するシーツ型センサなど、
今まで入手することができなかった病院外でのデータを得られるようになりつつあ
ります。
72
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病院外のデータは、医療従事者にとって貴重なものです。
投薬指示にしたがっているか、活動量は指示通りか などを把握することが
できるとともに、疾病の兆候をも把握することができます。
例えば、日時、GPS の位置情報、ぜんそく吸入器の利用状態、天気や空気
の質のデータと発症歴データを用いることで、ぜんそくの発作が起こる前に
アラームを出すことなども可能になります。
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肺機能が低下した慢性閉塞性肺疾患(COPD)や、呼吸機能に問題がある睡眠
時無呼吸症候群(SAS)の診断は、運動時や平静時の血中酸素量などを把握
することで可能となります。
病院と家庭とでの一体的な医療提供が可能になります。
75
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また、加速度センサを用いれば転倒を検知することが可能であり、生活支援
サービスにとっても欠かせません。
さらに、生体内インプラントセンサの開発も進められており、血糖値など
今までリアルタイムに入手できなかったデータも、手に入るようになります。
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こういった新たなデータが産み出す価値は膨大であり、
新たな市場が立ちあがっていくことになります。
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人工知能の活用
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医師を中心とする医療従事者が日々患者に対して提供する医療サービス
(ケア)を、患者の初診から疾患の特定、それを踏まえた加療までの流れの中
で考えてみます。
初診時、医師は患者から主訴( 来院のきっかけとなった不調への患者自身の
言葉による説明 ) を聞きとり、さらに必要な検査や医療従事者間での意見交
換等を行ったうえで、疾患 ( 原疾患を含め、複数の場合もあります。) を特定
し、その疾患に対し行われる加療内容について意思決定を行います。
81
さらに、加療開始後は、提供されたケアに対する患者の心身の反応経過を
観察し、必要に応じ追加の検査を行いながら疾患の治癒、寛解を目指します。
こうした一連の流れの中で、医療従事者の意思決定は、何に基づいて行
われているのでしょうか。
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医学に関連する 「 “常識” さまざまな角度や専門分野からの知識と経験則
の集積は 」 、近年の医学、技術の進歩もあり、一説によると約8年ごとに
一新されるとのことです。
これは、例えば、その道40 年の医師にとっては自身のキャリアの中で5回、
持っている経験や知識を総ざらい・入れ替えなければいけないということにな
ります。
83
さらに昨今、医療従事者間での専門分化や偏在化が進み、また医療機関間
の機能分化が推奨されるなかで、いま目の前にいる患者の不調に対して、ど
のような検査が適切であるか、また、例えば入院して加療することになった患
者に対して、どのような手順でケアを提供していくべきか、ケアの中途におい
て、その計画変更を行うかどうかの判断は、何を見て行っていくべきでしょうか。
84
もちろん、医師それぞれの知識、経験に加え、書籍や学会情報、インター
ネットなどで入手可能な情報もありますが、それらの膨大な情報を網羅的に
勘案し、ケア計画や実施中の意思決定に用いるには、人間の頭脳だけでは
限界があると思います。
85
医療という高度な観察力、情報解析力、実行力が必要とされる分野に
おいて、この 「 広範な情報を、エビデンス ( 根拠 ) に基づきスピーディに
解析・判断 」 する部分をIT の力で補完 しようというのが、
医療分野におけるData WareHouse を用いた分析、
ビッグデータの活用だと思います。
86
では、このIT による医療従事者の情報解析・意思決定の補完が十分に
臨床的なメリットを発揮するには、何が必要でしょうか。
いくつかの要素がありますが、大きくは、
① 疾患特定のもととなる情報の集積 ( 検査の内容と結果数値などを含む)
② 行われた治療内容とそれに対する奏功反応、転帰に関する情報の集積
③ 上記の因果関係への考察や既存の各専門分野学会等による
臨床プロトコルなど、情報解析・意思決定のベースとなるもの
の三点が挙げられると思います。
87
これら三点の関係は、具体的なIT システム構築の場面においては、
①と②の情報が一定の規約(例としてデータ形式や疾患名、検査法など
に関する言語表現の統一化)に基づき蓄積され、
そこに③を用いて、蓄積された情報の解釈方法についてのアルゴリズム
(演算方式)を構築する、という工程になります。
88
こうした工程は、大学病院クラスであれば、各専門分野における医療従事者と、
IT 技術者・統計データ解析専門スタッフとの協働作業で行われる事が望ましい
と思います。
こうした仕組みの医療現場における活用例として、急性肺炎の疑われる
患者のケースを考えてみます。
89
医療従事者は、患者の様子を観察し、訴えを聴き取りながら、想定される
疾患をいくつか検討し始めますが、その特定にはどのような検査をどのよう
な順番で行うべきか。
また、この患者が口述した薬剤系のアレルギー経験については、これから
用いようとする検査試薬や治療において処方する薬について、禁忌情報をど
のように確認すべきか。
90
医療従事者として取るべき 「 次のアクション 」を決めるまでに、さほどの時間
的余裕はありません。
この際に自身の「引出し」だけではなく、 「 自身以外のエキスパートが過去の
多くの事例・疫学を基に集積・検討した結果として導き出された一つの対案 」を
効率的に参考にすることができれば、これを自身の知識・経験の補足としなが
ら、目の前の患者のケースにより集中することができるのではないでしょうか。
91
もう少し具体的には、この医療従事者が患者の不調や過去の罹患歴などの
情報をIT システム画面上で入力したり、患者の過去の検査内容・数値などを
電子カルテから呼び出していくと、その内容に対し、Data WareHouse を用
いた分析手法により、サーバーの端末から 「 考えられる疾患名 」と 「 提案さ
れる検査と薬剤禁忌への注意喚起 」 、また 「 検査結果に対する閾(しきい)
値の見方と対処法 」 などが表示されます。
92
医療従事者は、ケアの意思決定に当たり、この提示にすべて従う必要は
もちろんありませんが、このようなことが地域の中核病院のような大規模
医療機関のみならず、すべての診療科目の専門医を持たないような小
規模の医療機関などでも活用されることを想定すると、十分活用する価
値があると思います。
大学病院や大規模病院のように、自営のコンピュータを持つ必要は
全くありません。 クラウドを利用して、診察室にあるパソコンを活用す
るだけです。
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院内にIT技術者をおく必要もありません。
医療における情報処理に
精通した企業とヘルプデスク的な契約をすれば良いと思います。
診断支援システムは、集合知の活用のためのIT ツールとも考えられます。
EBM (Evidence-Based Medicine 根拠に基づいた医療)の提供を進める
一つの方法としてのデータ活用です。
96
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医薬品開発とビッグデータ
98
ひとつの薬が世に出るには、10 数年におよぶ年月と何百億円もの莫大な
研究開発費を必要とします。
また臨床治験入りから承認にいたるまでの成功確率は わずか10%
と言われています。
99
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特にアルツハイマー症に関しては、成功確率は0.4%という最近の報告も
あります。
従来の高い開発リスクは、人の健康と病気の発症に関して多くの側面が
未解明であることに起因しています。
細胞株や動物における実験の限界は明らかです。
101
また薬の承認に必要な治験も、臨床のリアリティを十分に反映しきれな
い場合があります。
ビッグデータの活用は、このような創薬のボトルネックを解消し、革新的な
新薬を確実に生み出すための原動力として、大きく期待されています。
また薬だけではなく、従来の予防・医療・介護の壁を越えたヘルスケアをより
最適に提供するための定量的な指標として、重要な社会的インフラになると
思います。
102
医薬品の開発、承認、薬価設定、並びに販売は、急速にグローバル化
しています。
原則、日欧米同日の承認申請を目指す医薬メーカーも増えています。
グローバルな見地から正しい判断を下すための必然的ツールとして、
地域や組織間においての情報の壁を越えた、国内外のリアルタイムデータ
を社内で瞬時に共有し解析できるデータベースの構築が必要です。
103
104
また、ある薬が患者さんに投与されると、人によってよく効いたり、効き目
が薄かったりと少なからず個体差があります。
場合によっては、全く効かないことや、重篤な副作用が生じることもあり
ます。
効果も安全性も試してみなくては判らないのであれば、患者さんも医師も服
用に不安を感じます。
105
106
107
108
109
このような混沌とした状況を一刻も早く離脱し、患者さんに最も適した薬を、
適切な時期に、適量投与したいのは、医療従事者の願いです。
例えば、これまで 「 認知症 」と呼ばれてきた疾患は、根本的な研究が進めば、
いくつもの疾患の集合体であることがより明らかになり、このような疾患の細
分化が、最適治療の選択に繋がる可能性があります。
110
また、がんにおいては、乳がんや肺がんなどの臓器別の診断による治療で
はなく、がん細胞の遺伝子、並びに患者の免疫力などを考慮した治療の
選択が可能になり始めています。
今日、遺伝子の解析による治療選択において、特にエビデンスが既に
蓄積されており、実用化を急ぐべきものは、副作用の回避です。
111
112
113
稀ではありますが、文献によりますと、Stevens-Johnson 症候群などに代表
される副作用は、時に死亡や失明を生じますが、事前に遺伝子検査を行うこと
により、このような重篤な副作用を引き起こす薬の使用を防ぐことができます。
各個人の体質に合った治療の選択は、無駄な投薬・治療を無くし、治療期
間、ひいては入院日数等の短縮にもつながる可能性があると思います。
114
未病段階 (病気が症状として現れる前の状態 ) でも、治療中でも、たとえ
死の寸前であっても、その時々におかれた状況に応じて最適のヘルスケ
アを提供するには、個別化、パーソナライズというアプローチが鍵となる可
能性があると思います。
115
その為にも、医療分野におけるData WareHouse を用いた分析手法及
びビッグデータの構築と活用は医療、医薬業界だけでなく、IT業界がもっ
と人材と資金を投入すべき分野だと思います。
116
また薬の効果を症状の軽減や病気の進行だけで評価するのではなく、
長期的な社会へのインパクトを検証し、的確な薬価設定などに役立てるこ
ともできると思います。
そして、創薬におけるビッグデータで重要なのは、
第一にデータの質の担保だと思います。
117
医療現場の情報やゲノムなどのバイオロジック・データは、極めて複雑で
あり現段階では未熟な点も多いです。
既存のデータをただ掻き集めれば活用できるというものではなく、細心
の注意を払い、良質のデータを区別・取得することが重要です。
理想的には、治験レベルの透明性と質を担保し、ビッグデータを、治験の
コントロール群として活用することが望ましいと思います。
118
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121
そうすれば薬の開発費用と期間は減り、既存薬を凌駕する新薬の開発が
加速すると思います。
また、条件付承認 ( Conditional Approval) を補助する役割も期待でき
ると思います。
122
創薬の観点から必要なデータは、大きく分けて、時系列の医療情報と、
深いバイオロジック・データの2 種類といえます。
薬の新規作用機序やターゲットになり得る発見は、これらのデータの
相関解析 ( クロスオミックス ) から生まれますが、加えて、様々な環境情報
や生活習慣の情報も、慢性疾患や未病・先制医療の観点から有用だと思い
ます。
123
未病において将来病気の原因となる因子を先制的に攻撃し、発症を未然に
防ぐことができれば、病気になりにくい身体や永続的な健康につながります。
希少・難治性疾患は6000-8000 種類存在するといわれており、がん・認知
症等の大型疾患においても、新たな治療が切望されています。
124
将来的な方向性として注目されているアプローチの一つが、ポジティブ・
バイオロジーです。
文献によりますと、余命6 ヶ月と言われた患者が10 年以上生きたり、同じ
病気の診断を受けても、人により予後が良かったり悪かったりするのは、
単なる偶然ではありません。
125
これらの理由や原因を深く研究することにより、病気に関する理解を
深め、革新的な薬や治療法が創出されることが期待されています。
遺伝子の解析が進むと、当然、将来どんな病気に罹りやすいか、
また罹りにくいかということが分かってきます。
126
特定の病気に罹りにくくする 遺伝子 ( 天使の遺伝子 ) や、特定のリスクを
持っていても発症しない人達の共通点等を薬剤によって再現することがで
きれば、まさに劇的な効果を持った特効薬の開発につながることが期待で
きます。
127
ビッグデータの活用は、薬の開発や販売のグローバル化に伴う応用には
もちろんのこと、根治や完治を目指した創薬活動にも有益であることは間違
いないと思います。
実際の臨床現場において薬がどれだけ効いているのか、あるいは効いていな
いのか、どのような患者に特に有用なのか、副作用を生じるのか等々、
時系列に、そして深く、大規模に検証することにより、見えてくることの価値は
計りしれないと思います。
128
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ITライブラリー (pdf 100冊)
http://www.geocities.jp/ittaizen/itlib1/
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605番 310番 他
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