●特集「人工心肺・補助循環の安全」 人工心肺の安全装置 自治医科大学附属さいたま医療センター臨床工学部 百瀬 直樹 Naoki MOMOSE ニターの数値が安全範囲から逸脱した場合,警報(アラー はじめに 1. ム)を発する安全装置を活用する。例えば,貯血レベルが 人工心肺は,心臓血管外科手術の補助手段として血液循 環とガス交換を代行するのが主な目的とされるが,循環血 液量の調節,出血の回収,体温調節,心筋保護など複合的 低下した場合,レベルセンサーがこれを検出してアラーム を発する安全装置がこれに相当する。 また,安全装置だけでなく,回路構成を単純にしたり, な役目をする複雑な装置である。さらに,人工心肺の運用 できるだけ pre-connect された製品を活用するのも安全対 には外科医,麻酔科医,臨床工学技士(体外循環技術認定 策上有効である。またモニター・ポンプ・貯血槽を視認し 士)が関与しており,このような装置であるがゆえに,人 易いように配置したり,鉗子操作を誤らないように回路に 工心肺は多くの危険因子を孕んだシステムといえる。この 色テープを付けるなど工夫することも fool-proof につなが ため,先に挙げた人工心肺の本来の目的を達成するために る。 は,安全を高めるための装置が必要となる。 2) fail-safe ミスや故障,小さなトラブルは起こるものとして,これ 安全装置の要素 2. が事故に結びつかないように自然に安全な方向へ動作を促 ハ ー ド ウ エ ア に お け る 安 全 対 策 の 基 本 要 素 は,foolproof,fail-safe,fault tolerance1),2) とされており,これらの 観点から安全装置は工夫されている。 す工夫が fail-safe である。 先に挙げた貯血レベルの低下をアラームで知らせるだけ でなく,危険レベルまで下がった場合には送血ポンプの回 1) fool-proof 転を制御して,さらに貯血レベルが低下しないようにする トラブルの原因の多くは人の mistake(ミス)である。す のが fail-safe を取り入れた制御装置である。同様に回路の なわち,ミスをさせなければトラブルの発生を低減できる。 圧力や気泡の検出でポンプの制御を行う装置や,遠心ポン 装置の操作に不慣れであっても,集中力に欠けた状態で プ の 逆 流 を 防 ぐ auto-clamper,ベ ン ト の 逆 止 弁 な ど も あっても,適切な操作や運用が自然に行われるようにして fail-safe を取り入れた安全装置といえる。ただし,制御装 おくことで,安全性を高められる。これが fool-proof の考 置については誤作動時の解除方法も熟知しておかなければ え方である。 ならない。 人工心肺では貯血レベルをはじめとする多くのモニター 3) fault tolerance の監視を徹底しなければならないが,同時に多くの操作を 安全上の重要部分に故障やトラブルがあっても,これを 伴うため,状況の変化を見落としたり,モニターの監視に カバーできる耐性を持たせて安全性を維持するのが fault 集中するあまり操作を誤るミスが起こり得る。そこで,モ tolerance に則した工夫である。 人工心肺は,エンジンが止まると墜落してしまう航空機 ■著者連絡先 自治医科大学附属さいたま医療センター臨床工学部 (〒 330-8503 埼玉県さいたま市大宮区天沼町 1-847) E-mail. [email protected] 232 に例えられる。通常,旅客機はエンジンを複数持つ双発機 であるが,これは一方のエンジンが停止したとしても,も う一方のエンジンで飛行できるようにするためである。人 人工臓器 42 巻 3 号 2013 年 表 1 日本体外循環技術医学会勧告 人工心肺における安全装置設置基準(第三版) 2011 年 9 月 3 日 1. 静脈血酸素飽和度(SvO2)をモニターすることを必須とする。 1-1. 動脈血連続ガスモニターを推奨する。 2. レベルセンサー(アラーム付き)を貯血槽に設置することを必須とする。 2-1. レベルセンサーによる送血ポンプの制御を強く推奨する。 3. 気泡検出器(アラーム付き)を送血回路に設置することを強く推奨する。 3-1 気泡検出による送血ポンプの制御も強く推奨する。 4. 送血圧力計は送血ポンプと人工肺の間に設置し常時モニターすることを必須とする。 4-1. 高圧時のアラーム機能を強く推奨する。 4-2. ローラーポンプ送血では高圧時の制御を強く推奨する。 4-3. 遠心ポンプも高圧時の制御を推奨する。 4-4. 送血圧とは別に送血フィルターの入口圧の常時モニターも推奨する。 4-5. 送血フィルター入口圧は切り替えもしくは追加的にモニターできることを必須とする。 4-6. 送血フィルターと送血カニューレの間の圧を追加的にモニターできることを推奨する。 5. 遠心ポンプ送血では流量計の取り付けを必須とする。 5-1. 低流量アラームの設定を推奨する。 6. 遠心ポンプでは逆流防止策(逆流防止弁あるいは逆流アラーム)を推奨する。 7. 送血フィルターもしくはエアトラップの送血回路へ取り付けを必須とする。 7-1. 送血フィルターの取り付けを強く推奨する。 8. ポンプベントではベント回路への逆流防止弁の取り付けを強く推奨する。 9. 送血フィルター,人工肺の気泡抜き回路には逆流防止弁の取り付けを推奨する。 10. 心筋保護液の注入圧力のモニターを必須とする。 10-1. 設定圧を超えた場合のアラーム機能を強く推奨する。 10-2. 高圧時の注入ポンプの制御を推奨する。 11. 心筋保護液回路への気泡検出器の取り付けを強く推奨する。 12. 送血ポンプの手動装置の常備を必須とする。 12-1. 送血ポンプではバッテリーの内蔵を必須とする。 12-2. ポンプシステム全体のバッテリー内蔵を強く推奨する。 12-3. ポンプシステムの予備の電源コードの常備を推奨する。 注意 ・必須:安全を確保する上で遵守しなければならない。 ・強く推奨:安全上,可能な限り遵守すべきである。 ・推奨:理想的には遵守したほうが良い。 (日本体外循環技術医学会 HP より) 工心肺は体外循環のエンジンに相当する送血ポンプがひと さらに,2007 年に日本体外循環技術医学会から勧告とし つしかない単発機である。人工心肺を双発にするために, て出された「人工心肺における安全装置設置基準」5)(2009 送血回路に二つのポンプを繋げておくのは充填量も増える 年に第二版,2011 年に第三版 6))がある。この勧告では, し,システムが複雑化するため得策ではない。よって現実 安全装置の設置基準を「必須」 「強く推奨」「推奨」の 3 段階 的な安全対策としては,停電時に備えて内部電源で動作さ に分けている(表 1)。必須の項目(図 1)は,極めて重大な せる補助機能や故障に備えたハンドクランクのような安全 事故への対策で,必要性がある程度周知されていて,現場 装置の設置が fault tolerance の観点から必要になる。 レベルで達成でき,他に代わる有効な安全対策がないもの 3. 安全装置に関するガイドラインと設置基準 人工心肺の安全装置に関しては,2007 年に特定非営利活 動法人日本心臓血管外科学会,特定非営利活動法人日本胸 部外科学会,日本人工臓器学会(現一般社団法人) ,日本体 で, 「安全を確保する上で遵守しなければならない」とされ ている。強く推奨の項目(図 2)は,重大な事故への有効な 対策であるが,装置や材料が高価であったり,現時点で販 売していない人工心肺装置のメーカーが複数あるもので, 「安全上,可能な限り遵守すべきである」とされている。推 外循環技術医学会(現一般社団法人) ,日本医療器材工業会 奨の項目(図 3)は,理想的には設置したほうが良いものの, で作成された, 「人工心肺装置の標準的接続方法およびそ これに代わる安全対策もあり別な安全策を取っても良いも れに応じた安全教育等に関するガイドライン」3),4) が厚生 ので, 「理想的には遵守したほうが良い」とされている。 労働省から公表された。 人工臓器 42 巻 3 号 2013 年 233 図 1 必須とされる安全装置 図 2 強く推奨される安全装置 貯血レベル低下の検出は,超音波・静電容量・磁気・ 光・静水圧などで行われ,センサーは貯血槽に設置される。 2) 気泡検出器 送血回路への気泡の流入は,貯血槽からのものだけでは なく,気泡は人工肺から発生することもあるため,送血回 路に気泡検出器を取り付けるのが望ましい。また,レベル センサーが機能しなかった場合を想定した fault tolerance の観点からも気泡検出器は有用である。気泡の検出時はア ラームにとどまらず,場合によっては自動的に血液ポンプ を止める fail-safe 機能を持たせると,安全性はより高くな る。心筋保護液回路,閉鎖回路では脱血回路にも気泡検出 器を設置すべきである。 図 3 推奨される安全装置 気泡の検出には超音波が利用されている。 3) 送血フィルターとベントの逆流防止弁(逆止弁) 気泡を検出するだけでなく,流入してしまった気泡を除 安全装置 4. 去することも必要で,エアトラップや送血フィルターの取 人工心肺の安全装置としては,空気の流入・圧力の異 り付けが求められる。できれば,微細な気泡(micro-bubble) 常・流量の異常・ガスの異常などを防ぐものと,バック や異物も除去できる送血フィルターの取り付けが望まし アップ装置が主に挙げられる。 い。ただし,フィルターは患者より高い位置に設置しては 1) レベルセンサー ならない。 開放回路の場合,貯血レベルは送血流量と脱血流量のバ ベントポンプの逆回転やベントポンプの回路の掛け違い ランスで維持されているため,脱血回路の折れ曲がりなど による空気誤送を防ぐため,ベント回路への逆止弁の取り で脱血流量が減ると貯血レベルは低下し,貯血槽が空にな 付けも fail-safe の観点から重要な安全対策となる。フィル れば送血回路から患者に空気を送る危険性がある。レベル ターや人工肺の気泡除去回路へ逆止弁を取り付けることも センサーは貯血槽に取り付けられ,貯血レベルが低下した 同様である。 場合にアラームを発する装置で,fool-proof に則した安全装 4) 回路内圧計 置である。さらに安全な装置として,貯血量が危険なレベ 送血回路の内圧(送血圧)のモニターは送血の状態,人工 ルまで低下すると送血ポンプの回転を制御してさらなる貯 肺・送血フィルターの目詰まり,回路やカニューレの折れ 血レベルの低下を防ぐ fail-safe 機能を有した制御装置もあ 曲がり,カニューレの先当たり,さらには大動脈の偽腔送 る。 血などの問題をいち早く見つけるためにも重要なモニター 234 人工臓器 42 巻 3 号 2013 年 である。これらすべての異常を検出するために,送血圧は 得ることができるが,特に脱血回路に取り付ける静脈血の 送血ポンプの出口と人工肺の流入口の間で測定しなければ 酸素飽和度(SvO2)のモニターは,人工肺あるいは肺での ならない。さらに,問題個所を特定するため,送血フィル ガス交換,送血流量あるいは心拍出量,ヘモグロビン値, ターの一次側・二次側でも圧力測定ができるようになって 生体の酸素代謝のいずれにも反応するため,非常に有効な いるべきである。 安全モニターといえる。 7) 非常用電源とバッテリーと手動装置 圧力の異常は突然起こり,対処が遅れると回路の抜けや 解離腔の拡大など重大なトラブルに繋がりかねない。この 人工心肺の動力源は電気であり,ポンプシステムや多く ため,変化を見落とすミスを防止する fool-proof として,ア のモニターと安全装置も電力に依存している。手術室は自 ラーム機能を有する圧力計が望ましい。遠心ポンプは,送 家発電により無停電化されているが,実際には停電が起こ 血圧(揚程)が上昇すると流量が低下して圧力の上昇が抑 る。このため,fault tolerance の観点から内部電源(バッテ えられるので,圧力の異常に対する fail-safe 機能を特性と リー)が安全装置として重要になる。特に送血ポンプには して持っている。ローラーポンプの場合には,送血圧が設 必ず必要であり,内部電源の喪失や駆動系の故障に備えて, 定圧力を超えた場合にアラームと共にポンプの回転を落と ポンプヘッドを手動で回す装置(ハンドクランク)も常備 す制御装置を使用することで,fail-safe 機能も持たせるこ しておかなければならない。また,人工心肺装置の電源コー とができる。 ド・電源プラグの損傷に備えて,電源コードもしくは電源 心筋保護液の注入圧のモニターも必要で,できれば注入 圧の制御ができることが望ましい。ポンプ脱血や体外循環 回路に貯血槽がない閉鎖回路では脱血側にも圧力計が必要 で,過吸引を防ぐため,陰圧によるポンプの制御ができる プラグの予備が必要で,これらが短時間で交換できなけれ ばならない。 5. おわりに 人工心肺にはこれまで述べてきたような安全装置の設置 ことが望ましい。 吸引補助脱血を行う場合には,貯血槽が密閉されている が望ましいが,安全装置を完備していれば確実に安全が確 ため,貯血槽が陽圧になって脱血不良や脱血回路への逆流 保されるわけではない。人工心肺のトラブルは様々であり, といったトラブルを起こす可能性がある。このため,必ず 安全装置で回避できないトラブルも発生する。すなわち, アラーム付きの圧力計で貯血槽の内部の圧力を直接モニ 安全な操作と運用をするための技術と知識というソフトウ ターしなければならない。 エアもなくてはならない。チェックリストやマニュアルな 5) 流量計 ども必要となる。 体外循環において送血流量の管理は重要である。ロー ラーポンプでは回転数と流量が比例するため回転計がその いずれにしても日頃からあらゆる事態を想定し,対応す べき備えをしておくことが肝要である。 まま流量計となっていて,設定した流量を維持できるため, 特にアラームなどは設けられていない。一方,遠心ポンプ 本稿の著者には規定された COI はない。 では回転数と流量が比例しないため,流量計が必要になる。 また,送血圧が上昇すると流量が低下するので,これを見 落とさないためにも体外循環中は流量低下を知らせるア ラームを設定しておくことが望ましい。最近の遠心ポンプ にはローラーポンプのように一定の流量を維持するような 特性を持たせた製品もあり,流量を維持する fail-safe 機能 となる。 流量計のセンサーには超音波のドップラー効果を利用し た超音波流量計とフレミングの法則を利用した電磁流量計 がある。 6) 血液ガス測定装置 生命維持に換気が重要であることは言うまでもなく,換 気異常は重大なトラブルとなる。血液ガスは様々な情報を 文 献 1) 安達秀雄:医療危機管理.メディカル・サイエンス・イ ンターナショナル,東京,2001, 89-146 2) 安達秀雄,百瀬直樹:人工心肺トラブルシューティング. 中外医学社,東京,2006, 74-131 3) 厚生労働省:人工心肺装置の標準的接続方法およびそれ に応じた安全教育等に関するガイドライン.Available from: http://www.mhlw.go.jp/topics/2007/04/tp0427-10. html 4) 許 俊鋭,冨澤康子:人工心肺安全ガイドライン(クリニ カルエンジニアリング別冊).秀潤社,東京,2007, 58-72 5) 日本体外循環技術医学会:人工心肺における安全装置設 置基準勧告.体外循環技術 34, 2007 6) 一般社団法人日本体外循環技術医学会:安全装置の設置 に関する勧告(第三版).体外循環技術 38, 2011 人工臓器 42 巻 3 号 2013 年 235
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