ヒラリーもトランプも TPP 反対なのに日本だけがなぜ 強行するのか

ヒラリーもトランプも TPP 反対なのに日本だけがなぜ
強行するのか? 安倍政権の TPP インチキ説明総まくり
リテラ / 2016 年 10 月 30 日 20 時 0 分
「結党以来、強行採決をしようと考えたことはない」と言ったのは誰だったのか。──安倍政権は
早ければ 11 月 1 日に環太平洋経済連携協定(TPP)承認案と関連法案を衆院で強行採決する見込
みだという。
しかし、一体何のために政府はこれほどまでに TPP に前のめりなのか。安倍首相は「日米関係
の強化」などと述べ、政府筋も「オバマが成立したがっているのだから仕方がない」と言うが、当
のアメリカの世論は TPP に批判的で、トランプもヒラリーも反 TPP の姿勢を強調。さらにオバマ
大統領が任期中に TPP 発効の承認を議会で得ることは難しく、アメリカが批准する可能性はゼロ
に近づきつつある。こうした事態に自民党の茂木敏充政調会長も「TPP も通せないような大統領は、
私はアメリカの大統領じゃないなと思いますね」と言い出す始末だ。
「アメリカのための TPP 協調」だったならば、日本にもはや意味をなさなくなったはず。なのに
なぜ強行採決までして押し進めようと躍起なのか。その理由は、呆気にとられるようなものだ。
「オバマなんてたんなる言い訳で、TPP は経産省の"悲願"だからですよ。戦前、軍部が悲願のため
に暴走したのと同じで、走り続けてきたものをもう引き返せなくなっているだけ。とくに安倍首相
の主席秘書官である今井尚哉氏は経産省出身で第二次安倍政権の TPP 交渉を後押ししてきた人物。
官邸も"TPP ありき"で進んできたので、何の合理性もないんです」(大手新聞政治部記者)
制御不能のフリーズ状態に陥りながら、満足な説明もないまま TPP 承認案・関連法案はいまま
さに強行採決されようとしているというのだ。国民を馬鹿にするにも程があるだろう。
しかも、安倍政権は馬鹿にするだけでなく、嘘の説明によって国民をあざむき続けている。
まず、安倍首相は「TPP の誕生は、我が国の GDP を 14 兆円押し上げ、80 万人もの新しい雇用
を生み出します」と今年 1 月の所信表明演説で述べたが、これは空言虚説と言うべき恣意的な数字
だ。
そもそも、安倍政権は 2013 年の段階では「TPP によって 10 年間で GDP が 3 兆 2000 億円上
昇」と公表していたが、これに対して理論経済学や農業経済学、財務会計論などの多岐にわたる研
究者たちで構成された「TPP 参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」は、同年、「GDP
は約 4 兆 8000 億円減少」「全産業で約 190 万人の雇用減」という影響試算を出している。
さらに、アメリカのタフツ大学も今年 1 月、「日本の GDP は 10 年間で 0.12%(約 56 億 4000
万円)減少、約 7 万 4000 人の雇用減」という影響試算を公表。これらは政府とはまったく真逆の
評価だ。
この影響試算の食い違いについて、元農林相で TPP 批准に反対してきた山田正彦氏は著書『ア
メリカも批准できない TPP 協定の内容は、こうだった!』(サイゾー)で、政府試算は〈関連産
業や雇用への影響など、ネガティブな面を考慮に入れず、地域別の試算もなされていないため国民
生活への悪影響が出てこない〉ものだとし、一方の「大学教員の会」やタフツ大学の試算はネガテ
ィブな面も含めて試算された結果であることを指摘している。つまり、政府試算は〈ネガティブな
面をほぼ無視した数字〉でしかないのだ。
しかも、安倍首相は昨年 10 月の TPP 大筋合意の後の記者会見で、農産物重要 5 品目(コメ、麦、
牛肉、豚肉、乳製品、砂糖)の"聖域"を死守したとし、「国民の皆様とのお約束はしっかりと守る
ことができた」「関税撤廃の例外をしっかりと確保することができました」と語ったが、これもと
んだ詭弁だ。山田氏は前掲書で、〈重要 5 品目の分野が 586 品目あり、そのうちに関税が撤廃さ
れるものは 174 品目、残りは関税が削減されるものなので、それだけでも約 3 割は「聖域は守れ
なかった」と断定できる〉と批判する。
さらに、同年 11 月に公表された協定案では、アメリカ、オーストラリアなど 5 カ国と、相手国
から要請があれば協定発効から 7 年後には農林水産物の関税撤廃の再協議に応じる規定があるこ
とがわかった。これはあきらかに日本を狙い撃ちした規定であり、7 年間の"執行猶予"を与えられ
ただけだったのだ。
にもかかわらず、テレビは大筋合意を政権の言うままに「歴史的快挙」などと大々的に取り上げ、
「牛肉や豚肉が安くなる」「これで品薄状態のバターも安価で手に入りやすくなる」などと強調。
報道によって、他方で甚大なリスクがあるという事実を隠してしまったのだ。
少し考えればすぐわかるように、輸入品が増えることによって国内の農畜産物が大打撃を受ける
ことは明々白々で、廃業に追い込まれる生産者は続出するだろう。となれば、食料自給率も低下す
るのは必然だ。日本の食料自給率は 2015 年のデータでもカロリーベースで 39%と主要先進国の
なかでも最低水準なのだが、農林水産省は 2010 年の試算で TPP が発効されれば食料自給率は 14%
に低下すると発表している。それでなくても命に直結する食を海外に依存している状態であるのに、
もしも気候変動で農作物が凶作となり輸入がストップしても、そのとき国内に広がっているのは生
産者のいない荒廃した農地だけだ。
それだけではない。アメリカなどでは牛肉や豚肉、鶏肉などに発がん性リスクが懸念されている成
長ホルモン剤を使っており、食肉だけではなく牛乳などの乳製品にも健康リスクへの不安は高まる。
くわえて心配なのが、遺伝子組み換え食品の問題だ。前述した山田氏は〈TPP 協定では、何とこれ
らの遺伝子組み換え鮭など数多くの遺伝子組み換え食品を安全なものとして、域内での自由な貿易
を前提にさまざまな規定が置かれている〉と指摘し、現行では遺伝子組み換え食品には表示がなさ
れているが、これも TPP 協定下ではできなくなってしまう可能性にも言及。そればかりか、「国
産」「産地」といった表示もできなくなる可能性すらあるのだという。
しかし、こうした問題点は氷山の一角にすぎない。TPP をめぐる問題は、挙げ出せばキリがない
ほど多岐にわたる。たとえば、山田氏が前掲書で提起している問題を一部だけ取り出しても、この
通りだ。
・リンゴやミカンなどの果樹農家が打撃を受け、水産業・関連産業で 500 億円の生産額減少
・残留農薬や食品添加物などの安全基準が大幅に下がる
・薬の臨床試験や検査が大幅にカット。また、ジェネリック薬品が作れなくなる可能性
・医薬品はさらに高額となり、タミフル 1 錠 7 万円のアメリカ並みかそれ以上に
・健康保険料が現在の 2〜3 倍になり、国民皆保険も解体される可能性
・パロディなどの二次創作物が特許権に反するとして巨額の損害賠償を求められるように
・政府はプロバイダを規制できるようになるため「知る権利」「表現の自由」が大きく損なわれる
・外国企業から訴えられるために最低賃金引き上げができなくなる
そして、最大の問題が、「ISD 条項(投資家対国家間の紛争解決条項)」だ。前述した遺伝子組
み換えの食品表示なども ISD 条項が問題の根本にあるが、それは ISD 条項が企業などの投資家を
守るためのものであるためだ。しかも、国内法ではなく国際仲裁機関が判断を下す ISD 条項は、
〈最高裁判所の判決よりも、ワシントン D.C.の世界銀行にある仲裁判断の決定が効力を生じるこ
とになっている〉(前掲書より)。これは日本国憲法 76 条第1項「すべて司法権は、最高裁判所
及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する」に反することになる。さらに〈私た
ちに憲法上保障されている基本的人権もTPP協定によって損なわれていくことになる。憲法 25
条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とあるが、TPPでは
貧富の格差がさらに拡大して、金持ちでないと医療も受けられず、安全な食料も手に入らなくなっ
てくる〉のだ
昨年、来日したノーベル経済学者のジョセフ・E・スティグリッツ教授は「ISD 条項で日本国の主
権が損なわれる」と指摘したというが、この言葉通り、TPP はわたしたちのいまの生活を悪化させ
るだけでなく、憲法という根底さえも崩す。そう、「TPP は、グローバル企業のロビイストたちが
書き上げた世界の富を支配しようとする管理貿易協定」(スティグリッツ教授)でしかないのだ。
このような問題点は国会でも野党が追及、参考人質疑でも専門家から厳しく指摘がなされたが、
安倍首相は「TPP 協定には、わが国の食品の安全を脅かすルールは一切ない」などと大嘘をつくだ
けで、同じように山本有二農水相も石原伸晃 TPP 担当相も納得のいく具体的な説明を一切行って
いない。情報開示を求められた交渉記録さえ、いまだ黒塗りのままだ。
国民からあらゆるリスクを隠蔽し法案を強行採決する──特定秘密保護法や安保法制でも安倍
首相のそのやり口を見てきたが、またしても同じことが、いままさに繰り返されようとしているの
である。
(野尻民夫)
http://lite-ra.com/2016/10/post-2657.html