2 段組:初校 水環境学会誌 Journal of Japan Society on Water Environment Vol.35, No.11, pp.187-195(2012) 〈調査報告 ― Survey Report〉 2011年タイ王国チャオプラヤ川大洪水の氾濫流の 流下に着目した水質調査 西 島 亜佐子*, 中 村 晋一郎** 小 森 大 輔* 木 口 雅 司* Jeanne FERNANDEZ*** 梯 滋 郎*** *** Cherry MATEO 岡根谷 実 里*** 恒 川 貴 弘*** 湯 谷 啓 明† 川 崎 昭 如†† 沖 一 雄* * ††† 飛 野 智 宏 G. G. Tushara CHAMINDA††† 乃 田 啓 吾 ‡ 片 山 浩 之 沖 大 幹* ¶ Survey of Water Quality of the Chao Phraya River Flood in Thailand in 2011 Focusing on Flow and Status of Floodwater Asako NISHIJIMA*, , Shinichirou NAKAMURA**, Daisuke KOMORI*, Masashi KIGUCHI*, Jeanne FERNANDEZ***, Jiro KAKEHASHI***, Cherry MATEO***, Misato OKANEYA***, Takahiro TSUNEKAWA***, Hiroaki YUTANI†, Akiyuki KAWASAKI††, Kazuo OKI*, Keigo NODA*, Tomohiro TOBINO†††, G. G. Tushara CHAMINDA†††, Hiroyuki KATAYAMA‡ and Taikan OKI* ¶ Institute of Industrial Science, The University of Tokyo, 4-6-1 Komaba, Meguro-ku, Tokyo 153-8505, Japan "Wisdom of Water" (Suntory), Corporate Sponsored Research Program, Organization for Interdisciplinary Research Projects, The University of Tokyo, 4-6-1 Komaba, Meguro-ku, Tokyo 153-8505, Japan *** Department of Civil Engineering, The University of Tokyo, 4-6-1 Komaba, Meguro-ku, Tokyo 153-8505, Japan † Graduate School of Frontier Sciences, The University of Tokyo, 5-1-5 Kashiwanoha, Kashiwa, Chiba 277-8561, Japan †† International Center for Urban Safety Engineering, The University of Tokyo, 4-6-1 Komaba, Meguro-ku, Tokyo 153-8505, Japan ††† Environmental Science Center, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan ‡ Department of Urban Engineering, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8656, Japan * ** Abstract A massive flood struck the Chao Phraya River Basin in Thailand from August to December in 2011. The total flood volume was estimated to be 15 billion m3, and the area of damaged agricultural land was as large as the Kanto Plain. To understand the planar and temporal characteristics of water quality of floodwater along with the flow, the authors conducted a field survey of the flood from Chai Nat, Ayutthaya to Bangkok in November and December. The results show that some indices were higher in the southern area from Ayutthaya and that the effect of the first flash was observed in an area where inundation had started a few days earlier in Bangkok. E. coli was detected in the Chao Phraya River in inundated Ayutthaya in November, suggesting that human excrement flowed into floodwater. However, it was not detected in December there, suggesting that the inflow of human excrement stopped owing to the extinction of the inundated area. Keywords: Flood; Chao Phraya River in Thailand; Floodwater; Water quality 1.はじめに 2011 年 8 月から 12 月にかけて,タイ王国を南北に流 れるチャオプラヤ川の流域で大規模な洪水が発生した。 タイ王国政府発表 1 )によると,農地被害面積は 11 月 14 日が最大となりタイ全土で 18,291 km2,総氾濫水量は約 150 億 m3 であり,関東平野(約 17,000 km2)とほぼ同 じ面積の農地が浸水被害を受けたと言える 2)。この洪水 * 東京大学生産技術研究所 〒 153-8505 東京都目黒区駒場 4-6-1 ** 東京大学総括プロジェクト機構「水の知」 (サントリー)総括寄付講座 〒 153-8505 東京都目黒区駒場 4-6-1 *** 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 〒 153-8505 東京都目黒区駒場 4-6-1 † 東京大学大学院新領域創成科学研究科 〒 277-8563 千葉県柏市柏の葉 5-1-5 †† 東京大学都市基盤安全工学国際研究センター 〒 153-8505 東京都目黒区駒場 4-6-1 ††† 東京大学環境安全研究センター 〒 113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1 ‡ 東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻 〒 113-8656 東京都文京区本郷 7-3-1 ¶ 連絡先:[email protected] Vol. 35 No. 11(2012) 187 2 段組:初校 調査報告 により,ナコンサワンやアユタヤ,バンコクといった都 市域も被害を受け,ナコンサワンでは市街地中心部を流 れるチャオプラヤ川沿岸に建設された緊急堤防が破堤し て市街地全域が約 1.5 m 浸水し,アユタヤでは歴史的建 造物を有する世界遺産が浸水して主要産業である観光業 が大打撃を受けた。また,サハ・ラタナナコン工業団地 やロジャナ工業団地を始めとする工業団地や,タマサー ト大学やアジア工科大学院等の研究地域も浸水被害に 遭った。 洪水が発生すると,雨天時に雨水が道路上の汚濁物質 を洗い流すように,氾濫流が汚濁物質を洗い流すことに なる。今回のような大規模洪水では,通常の降雨時には 雨水が流れない住宅内や店舗,工場内を氾濫流が流れた り,運河や下水管渠からも大量の水が氾濫することによ り,普段とは異なる水質の水が浸水区域を覆うことにな る。また,氾濫が開始した地点から氾濫流が最終的に流 れ込むタイランド湾までの距離も約 400 km と長く,低 水質の水が影響を及ぼす範囲や期間も大きい。そして, どのような水が,どこへ流下し,どこで汚濁物質の流入 があるのかを把握するためには,氾濫流の流下に沿って 洪水時の水質を調査する必要があると言える。 タイ王国にて水質を調査した事例として,メコン川支 流のポン川 3)や,コンケン県ノンセン村の表層水や地下 水 4),チャオプラヤ川支流のターチン川 5∼7)やチャオプ ラヤ川 8)の水質を調査した事例があるが,洪水時の水質 に関する報告は見られない。そこで,著者らは 2011 年 11 月と 12 月に,チャオプラヤ川下流域のチャイナート からアユタヤ,そしてバンコクにかけて,氾濫流の流れ に沿った面的な水質変動と流れの状況の変化に伴う時間 的な水質変動を把握することを目的として水質調査を 行った。面的な変動として,地理的な違いだけでなく流 下場所の違い(河川,運河,浸水区域)について,時間 的な変動として,採水時期の違いだけでなく浸水タイミ ングの違いについても注目した。 Survey Report 約 1.8 倍を記録し,近年稀に見る大雨が流域を襲ったと 言える 9)。 2.2 洪水の拡大過程 2011 年に発生した洪水の拡大過程を以下にまとめる が, 詳 細 な 分 析 に つ い て は 小 森 ら(2012 )2)や 中 村 ら (2012 )9)を参照されたい。チャイナートからバンコクに かけての氾濫流の拡大過程を Fig. 1 に示す。 ナコンサワンで合流する 4 河川のうち唯一治水施設の ないヨム川流域で,8 月上旬から氾濫が始まった。 9 月中旬から下旬にかけて,ナコンサワンからアユタ ヤの間で十数か所の水門や堤防が洪水流により破壊さ れ,周囲の土地が浸水した。ここでの浸水は,上流から 流下してきた氾濫流及び河川からの直接の氾濫流によっ て発生した。なお,破壊された水門や堤防は,調査で明 らかなものに限れば 2 週間から 1 か月後に締め切られて おり,それまでに氾濫した総流量は左岸側のみで約 50 億 m3 と推計された。 10 月上旬にアユタヤ市街地で浸水が始まったことか ら,9 月中旬に発生したチャオプラヤ川の左岸側の破堤 による氾濫流が約 3 週間かけて約 100 km 南下し,アユ タヤに到達したことが分かる。また,アユタヤ市街地の 北部に位置するサハ・ラタナナコン工業団地は 10 月 4 日に,南東部に位置するロジャナ工業団地は 10 月 9 日 に浸水が始まった 10)。 2.タイ洪水の概要 2.1 チャオプラヤ川流域 本調査の対象流域はタイ王国のチャオプラヤ川流域 (Fig. 1, 浸 水 域 は 2011 年 10 月 18 日 現 在 9)) で あ り, 流域面積は約 160,000 km2 である。上流域では,ピン川, ワン川,ヨム川,ナン川が流下し,ナコンサワンで合流 する。下流域では, チャイナートでターチン川が分流し, アユタヤでパサック川が合流する。標高は,チャイナー ト周辺が海抜 15 m,アユタヤ周辺が 7 m,バンコク周辺 が 5 m であり,チャオプラヤ川の河川勾配は日本の河川 と比べて極端な緩流河川である 2)。気候は熱帯性に分類 されモンスーンの影響が大きく,雨季(5 ∼ 10 月)と 乾季(11 ∼ 12 月, 1 ∼ 4 月)の区別が明瞭である。また, 灌漑のために運河が縦横に巡らされており,北から用水 として取水し南へ流している。し尿排水については,都 市部では各家庭の地下に設置されたセプティックタンク によりまず処理され,その後下水処理場へ送られて処理 されている。 チャオプラヤ川流域における 2011 年の 5 月∼ 10 月 (雨 季)の降雨状況を過去 21 年間(1982 ∼ 2002 年)の平 均と比較すると,総降雨量は約 1.4 倍,7 月の降雨量は 188 Fig. 1 Chao Phraya River basin with the inundation situation 9) (as of Oct. 18 th 2011). 水環境学会誌 Journal of Japan Society on Water Environment 2 段組:初校 2011年タイ王国チャオプラヤ川大洪水の氾濫流の流下に着目した水質調査 そして,10 月下旬から 11 月上旬にかけて首都バンコ ク周辺で浸水が始まった。10 月下旬に大潮を迎えてチャ オプラヤ川が氾濫した際を除くと,バンコクではチャオ プラヤ川からの直接の氾濫は確認されておらず,ここ での浸水は上流から流下した氾濫流によるものであっ た(なお,大潮によるチャオプラヤ川の氾濫は数日でひ いたことが住民への聞き取り調査により分かっている) 。 アユタヤより下流は,非常に勾配が緩く広大なデルタ地 形を形成しており,浸水域は極端に広域となった。 以上より,ナコンサワン以南において氾濫流は,アユ タヤ以北でのチャオプラヤ川の破堤により両岸に溢れ, チャオプラヤ川の左岸と右岸に分かれて南へ流下したと 言える。 3.調査方法 3.1 採水地点 チャオプラヤ川下流域(チャイナート周辺,アユタヤ 周辺,バンコク周辺)において,河川,運河,浸水区域 の表層の水を採取した。サンプル採取期間は 2011 年 11 月 4 ∼ 9 日と 12 月 2 ∼ 6 日の 2 回である。サンプル採 取地点の地図と写真をそれぞれ Fig. 2,3 に,各採取地 点の詳細を Table 1 に示す。 11 月の調査では,河川水を 3 地点,運河水を 8 地点, 浸水区域の氾濫水を 6 地点,合計 17 地点で採取した。 河川の 3 地点は,チャオプラヤ川の 2 地点(Rc1,Rc2 ) とターチン川の 1 地点(Rt1 )であり,Rc1 はチャオプ ラヤ川とパサック川の合流地点である。運河の 8 地点 は,チャオプラヤ川左岸の 3 地点(Ce1 ∼ Ce3 )と右岸 の 5 地点(Cw1 ∼ Cw5 )である。左岸の Ce2,Ce3 は東 西に延びる同一運河上で採取した。右岸の Cw3 は東西 に延びる運河で水は西から東のチャオプラヤ川へ,Cw4 はターチン川につながる運河で水は東から西のターチン 川へ,Cw5 は南北に延びる運河で水は北から南へそれ ぞれ付近のポンプにより排水されており,Cw2 は東西 に延びる運河で付近にポンプはなかったが,水は西から 東へ流れていた。浸水区域の 6 地点は,チャオプラヤ川 左岸の 5 地点(Ie1 ∼ Ie5 )と右岸の 1 地点(Iw1 )であ る。左岸の 5 地点のうち,Ie1,Ie4 はチャオプラヤ川と 堤防を兼ねた道路(チャオプラヤ川と並行して走る)の 間の土地で浸水深は約 0.5 m であり,Ie2,Ie3 は水田で 浸水深は約 1.5 m で,各水田の中央部でボートから水を 採取した。左岸の Ie5 は南北に延びる幹線道路のすぐ隣 りを並行に走る道路であり,浸水深は約 0.3 m であった。 右岸の浸水区域である Iw1 は住居や商店が並ぶ道路で あり,この辺りは住民への聞き取り調査によりサンプル 採取日の数日前に浸水が始まったことが分かっており, 採取時の浸水深は約 0.3 m であった。また,11 月調査時 において,アユタヤやバンコク,Ce2,Ce3 の運河の付 近は全域が浸水しているわけではなく,所々が大きな水 溜まりのように浸水していた。なお,Fig. 1 の浸水域は 2011 年 10 月 18 日現在のものであるため,まだバンコ クが浸水域に入っていない。 12 月の調査では,河川水を 3 地点,運河水を 4 地点, 浸水区域の氾濫水を 2 地点,合計 9 地点で採取した。河 川の 3 地点は,パサック川の 1 地点(rp1 ) ,チャオプラ ,ターチン川の 1 地点(rt1 )であり, ヤ川の 1 地点(rc1 ) rc1,rt1 はそれぞれ 11 月調査時の Rc1,Rt1 と同地点で ある。運河の 4 地点は, チャオプラヤ川左岸の 3 地点 (ce1 ∼ ce3 ) と右岸の 1 地点 (cw1 ) である。左岸の ce1 はロジャ ナ工業団地の運河であり,サンプル採取時には運河以外 では水がひいていた。ce3 は 11 月調査時の Ce3 と同地 点である。右岸の cw1 は 11 月調査時の Cw4 と同地点で Fig. 2 Sampling location. Ie1 (Inundated area) Rc2 (Chao Phraya River) Iw1 (Inundated area) Cw4 (Canal) ce1 (Canal) iw1 (Inundated area) Fig. 3 Photographs of some sampling points. Vol. 35 No. 11(2012) 189 2 段組:初校 調査報告 Survey Report Table 1 Outline of sampling. Date Location Water temperature [C㺴] pH Situation of inundation Rc1 Nov. 9th River 31.4 7.1 Ayutthaya was inundated in places. Rc2 Nov. 6th River 30.4 7.0 Bangkok was inundated in places. Rt1 Nov. 4th River 31.2 6.9 This area was not inundated. Ce1 Nov. 9th Canal 31.8 7.2 This area was inundated in places. Ce2 Nov. 6th Canal - - This area was inundated in places. Ce3 Nov. 6th Canal - - This area was inundated in places. Ie1 Nov. 8th Inundated area 33.8 7.8 The water depth was about 0.5 m. Ie2 Nov. 9th Inundated area - - The water depth was about 1.5 m. Ie3 Nov. 9th Inundated area - - The water depth was about 1.5 m. Ie4 Nov. 8th Inundated area - - The water depth was about 0.5 m. Ie5 Nov. 7th Inundated area - - The water depth was about 0.3 m. Cw1 Nov. 8th Canal - - This area was inundated in places. Cw2 Nov. 6th Canal 30.8 7.0 This area was inundated in places. Cw3 Nov. 5th Canal 28.0 6.8 This area was not inundated. Cw4 Nov. 4th Canal 30.8 6.7 This area was not inundated. Cw5 Nov. 5th Canal 29.4 6.7 This area was not inundated. Iw1 Nov. 5th Inundated area 32.4 7.7 The water depth was about 0.3 m. rp1 Dec. 6th River 28.0 7.9 Floods had subsided in this area. rc1 Dec. 8th River 28.5 7.6 Floods had subsided in Ayutthaya. rt1 Dec. 4th River 29.9 7.3 This area was not inundated. ce1 Dec. 2nd Canal - - ce2 Dec. 6th Canal 29.0 7.3 This area was inundated in places. ce3 Dec. 6th Canal 29.0 7.3 This area was inundated in places. cw1 Dec. 4th Canal 28.6 7.3 This area was not inundated. iw1 Dec. 4th Inundated area 29.7 8.3 The water depth was about 0.5 m. iw2 Dec. 4th Inundated area 29.9 7.3 The water depth was about 0.5 m. ある。浸水区域の 2 地点(iw1,iw2 )は住居が並ぶ幹 線道路沿いであり,約 0.5 m 浸水していた。また,12 月 調査時にはアユタヤでは完全に水がひいていたが,ce2, ce3 付近は所々水が溜まっている箇所があった。 なお, 氾濫水はアユタヤ以南において運河を経由して, 主にチャオプラヤ川の左岸では東のバンパコン川へ,右 岸では西のターチン川へ流されていたことが現地調査に より確認された(ただしチャオプラヤ川近辺ではチャオ プラヤ川へ,南の海岸付近ではタイランド湾へ排水して いる箇所も存在した) 。 3.2 分析方法 pH・水温はポータブル測定器 (AP-20, A&D・標準温度計・ U-52,堀場製作所)を用いて現地で測定した(Table 1, ただし全地点では測定できていない) 。その他の項目に ついては,サンプルを日本へ輸送後,全有機炭素(TOC) は NPOC 法(TOC-V,島津製作所) ,全窒素(TN)は 熱分解法(TOC-V,島津製作所) ,全リン(TP)はペル オキソ二硫酸カリウム分解法,大腸菌数はクロモカルト 190 Floods had subsided in Rojana Industrial Park. コリフォーム寒天培地法,ウイルス(ノロ GI ウイルス, ノロ GII ウイルス,エンテロウイルス,アイチウイルス, ただし 11 月調査分のみ)はリアルタイム PCR 法,重金 属類(Zn,Cd,Pb,Cr)は ICP 質量分析法により測定 した。サンプル採取から分析まで重金属以外は約 10 日 間,重金属については約 1 か月の間隔があったが,極力 低温で保存(採取したサンプルは車中では氷を入れた保 冷バッグ内に保存し,困難な場合はホテルに戻る直前に 採取して直射日光の当たらない場所に保存し,ホテルに 戻り次第冷蔵庫に入れ替えた。そして,保冷バッグや新 聞紙に包み水温の上昇をできる限り抑えて日本へ輸送 し,空港から実験室へはクール便により輸送し,その後 直ちに冷蔵庫にて保存した。 )した。 3.3 統計解析方法 11 月調査,12 月調査のそれぞれの結果を用いて階層 別クラスター分析,主成分分析を行った。階層別クラス ター分析では,距離測定法には標準化ユークリッド距離 を,クラスター連結法にはウォード法を用いた。主成分 水環境学会誌 Journal of Japan Society on Water Environment 2 段組:初校 2011年タイ王国チャオプラヤ川大洪水の氾濫流の流下に着目した水質調査 Table 2 Concentration of TOC, TN, TP, E. coli, viruses and heavy metals. TOC TN [mgC L-1] [mgN L-1] TP E. coli [mgP L-1] [CFU mL-1] Noro GI Virus [copies mL-1] Aichi Zn Virus [ȝg L-1] [copies mL-1] Cd [ȝg L-1] Pb Cr [ȝg L-1] [ȝg L-1] Rc1 3.9 0.41 less than 0.06 19.5 ND 1.4 1.0 0.0002 ND 0.09 Rc2 5.4 0.50 less than 0.06 11.5 ND ND 2.5 0.001 0.02 0.07 Rt1 9.3 0.93 0.15 8 ND ND 3.6 0.001 ND 0.15 1 ND ND 1.1 0.006 0.02 0.09 Ce1 3.7 0.35 less than 0.06 Ce2 10.1 0.54 0.08 1.5 ND ND 1.7 0.000 ND 0.09 Ce3 10.1 0.56 0.08 4 ND ND 1.3 0.001 ND 0.13 ND ND ND 2.8 0.0002 ND 0.03 Ie1 3.9 0.27 less than 0.06 Ie2 4.3 0.23 less than 0.06 0.5 ND ND 0.8 0.0004 0.001 0.06 Ie3 4.3 0.24 less than 0.06 ND ND ND 0.7 0.001 ND 0.03 Ie4 4.7 0.26 less than 0.06 1.5 ND ND 1.0 0.001 0.005 0.05 Ie5 6.4 0.98 0.11 65.5 ND 0.8 8.6 0.001 0.01 0.14 2 ND ND 0.9 0.002 0.002 0.04 Cw1 3.8 0.45 less than 0.06 Cw2 10.8 1.00 0.25 36.5 ND ND 13.4 0.006 0.01 0.58 Cw3 6.1 3.47 0.25 63 ND 33.7 3.1 0.003 0.02 0.20 Cw4 11.1 1.73 0.21 23 ND 0.2 22.4 0.008 0.09 0.76 Cw5 12.4 2.43 0.40 220 ND 0.6 19.5 0.008 0.05 0.54 Iw1 15.2 3.86 0.38 685 13.4 0.3 31.5 0.018 0.17 1.19 rp1 4.2 0.88 less than 0.06 ND 㸢 㸢 1.6 0.002 ND 0.06 rc1 6.8 0.71 less than 0.06 ND 㸢 㸢 0.7 0.001 0.11 0.08 rt1 9.0 0.93 0.14 6.5 㸢 㸢 15.7 0.001 ND 0.15 ce1 8.1 1.44 0.13 ND 㸢 㸢 5.8 0.001 0.03 0.39 ce2 10.0 1.02 0.06 ND 㸢 㸢 4.5 0.001 0.02 0.08 ce3 7.5 1.15 0.10 0.5 㸢 㸢 4.7 ND ND 0.12 cw1 12.6 1.81 0.28 8 㸢 㸢 27.5 0.002 ND 1.05 iw1 8.8 0.72 0.12 ND 㸢 㸢 2.9 0.0004 ND 0.07 iw2 8.3 0.78 0.15 ND 㸢 㸢 3.4 0.002 0.02 0.13 分析では,固有値が 1 より大きい成分を採用することと した。 4.結果および考察 水質分析結果を Table 2 に,また 11 月調査時,12 月 調査時のそれぞれの水質分析結果を地図上にプロットし たものをそれぞれ Fig. 4,5 に示す。なお,ノロ GII ウ イルス・エンテロウイルスは全地点で不検出であった。 Fig. 4 において,ウイルスはアイチウイルスの結果のみ を載せる。また,クラスター分析の結果を Fig. 6 に,主 成分分析の結果を Table 3,4,Fig. 7 に示す。 なお, 重金属は 2010 年のタイ王国中央部の河川(チャ オプラヤ川,ターチン川,パサック川を始めとする 12 河川)について,亜鉛,カドミウム,鉛,クロムはそれ ぞれ不検出∼ 0.63 mg・L-1,不検出∼ 0.004 mg・L-1,不検 出∼ 0.04 mg・L-1,不検出∼ 0.014 mg・L-1 と報告されて おり 11),今回調査した地点の値は全てこれらの範囲に含 まれることが分かった。 Vol. 35 No. 11(2012) 4.1 11月調査時の水質 11 月調査時の水質分析結果を,氾濫流の流下に注目 して,河川,チャオプラヤ川左岸,チャオプラヤ川右岸 に分けてまとめる。 河 川の 水 質(Rc1,Rc2,Rt1)に つ い て,TOC,TN, TP で は タ ー チ ン 川(Rt1) が チ ャ オ プ ラ ヤ 川(Rc1, Rc2)よりやや高い値を示した。大腸菌,アイチウイル スではアユタヤでのチャオプラヤ川(Rc1)の値が高く, これらの値はアユタヤの北側の浸水区域(Ie1 ∼ Ie4)や 運河(Ce1,Cw1)より高い値を示した。また大腸菌はバ ンコクでのチャオプラヤ川(Rc2)においてもアユタヤと 同程度の値を示した。大腸菌は糞便による汚染を受けて いない環境に存在することはまれであり 12),アイチウイ ルスも下水から検出され 13),アユタヤ周辺でし尿排水が チャオプラヤ川に流入していた可能性が考えられる。重 金属は 11 月調査の 17 サンプル内で低い値を示した。 チャオプラヤ川左岸の水質(Ie1 ∼ Ie5,Ce1 ∼ Ce3 ) について,アユタヤより北側においてはアユタヤ以南に 191 2 段組:初校 調査報告 a) TOC b) TN mgC L -1 d) E coli mgN L -1 a) November c) TP -1 e) Aichi Virus CFU mL Survey Report mgP L 㻦㼚㻖 㻦㼚㻘 㻦㼚㻗 㻦㼚㻕 㻬㼚㻔 㻵㼆㻕 㻬㼈㻔 㻵㼆㻔 㻬㼈㻗 㻬㼈㻖 㻬㼈㻕 㻦㼚㻔 㻦㼈㻔 㻵㼗㻔 㻦㼈㻕 㻦㼈㻖 㻬㼈㻘 -1 f) Zn copies mL -1 μg L -1 b) December g) Cd h) Pb μg L -1 㼆㼚㻔 㼆㼈㻖 㼌㼚㻔 㼆㼈㻕 㼌㼚㻕 㼆㼈㻔 㼕㼗㻔 㼕㼆㻔 㼕㼓㻔 i) Cr μg L -1 μg L -1 Fig. 6 Hierarchical dendrogram for clustering of the samples. Table 3 PC1 TOC 0.834 TN 0.867 TP 0.909 E. coli 0.892 Cr 0.970 Zn 0.954 Cd 0.945 Pb 0.924 Aichi Virus 0.085 Contribution ratio 74.2% PC: Principal component Fig. 4 Water quality distribution in November. a) TOC b) TN mgC L -1 c) TP mgN L -1 mgP L -1 Table 4 d) E coli e) Aichi Virus CFU mL f) Zn μg L -1 g) Cd h) Pb μg L -1 i) Cr μg L -1 Fig. 5 Water quality distribution in December. 192 -1 μg L Parameter loadings for two principal components in November. PC2 -0.158 0.487 0.212 -0.062 -0.132 -0.178 -0.132 -0.098 0.990 15.2% Parameter loadings for three principal components in December. PC1 TOC 0.790 TN 0.840 TP 0.931 E. coli 0.875 Cr 0.940 Zn 0.975 Cd 0.419 Pb -0.403 Contribution ratio 64.2% PC: Principal component PC2 -0.331 -0.003 -0.071 0.045 0.149 0.003 0.819 0.486 13.1% -1 比較してどの項目も低い値を示したが,アユタヤ以南に おいては北側に比べて値の高い地点が見られた。大腸 菌,アイチウイルスは上記で述べたように,北側の浸水 区域や運河(Ie1 ∼ Ie4, Ce1 )に比べてアユタヤでのチャ オプラヤ川(Rc1 )が高い値を示したが,大腸菌,アイ チウイルス以外の項目ではアユタヤより北側の浸水区域 や運河(Ie1 ∼ Ie4,Ce1 )とアユタヤでのチャオプラヤ 川(Rc1 )の値は同程度であり,11 月調査の 17 サンプ 水環境学会誌 Journal of Japan Society on Water Environment 2 段組:初校 2011年タイ王国チャオプラヤ川大洪水の氾濫流の流下に着目した水質調査 a) November 㻳㻦㻕 㻙㻑㻓 㻦㼚㻖 㻗㻑㻓 㻕㻑㻓 㻦㼚㻘 㻓㻑㻓 㻦㼚㻕 㻐㻕㻑㻓 㻐㻔㻓 㻓 㻔㻓 㻳㻦㻔 㻳㻦㻕 㻔㻑㻓 㻬㼚㻔 㻦㼚㻗 㻕㻓 㻵㼆㻔 㻓㻑㻓 㻬㼈㻘 㻬㼈㻔 㻦㼚㻔 㻵㼗㻔 㻬㼈㻖 㻵㼆㻕 㻦㼈㻖 㻬㼈㻕 㻬㼈㻗 㻦㼈㻕 㻦㼈㻔 㻖㻓 㻦㼚㻕 㻐㻔㻑㻓 㻐㻘 㻓 㻳㻦㻔 㻘 b) December 㻳㻦㻕 㻕㻑㻓 㼕㼓㻔 㼕㼆㻔 㻔㻑㻓 㼆㼚㻔 㼌㼚㻕 㻓㻑㻓 㼆㼈㻔 㼕㼗㻔 㼆㼈㻕 㻐㻔㻑㻓 㼌㼚㻔 㼆㼈㻖 㻐㻕㻑㻓 㻐㻘 㻓 㻘 㻳㻦㻔 Sampling location River Canal 㻔㻓 㻔㻘 Inundated area Fig. 7 Principal component scores. ル内で低い値を示した。しかし,アユタヤの南の浸水区 域(Ie5 )ではアユタヤでのチャオプラヤ川(Rc1 )より, TOC,TN,TP,Zn はやや高い値を示し,大腸菌,アイ チウイルスはアユタヤで,TOC,TN,TP,Zn はアユタ ヤより南側でチャオプラヤ川や氾濫流への流入があった ことが予想された。大腸菌,アイチウイルスではアユタ ヤの南の浸水区域(Ie5 )はアユタヤでのチャオプラヤ 川(Rc1 )と同程度の値を示し,この浸水区域はアユタ ヤでのチャオプラヤ川(Rc1 )と同程度のし尿排水によ る汚染を受けていたことが示唆される。また,アユタヤ の南の運河(Ce2, Ce3 )は, 浸水区域(Ie5 )より大腸菌, アイチウイルスや TN,TP,Zn の値が低く,チャオプ ラヤ川と同程度の値を示しており,氾濫流が用水により チャオプラヤ川と同程度まで希釈されていたことが予想 される。TOC については運河 (Ce2, Ce3 ) が浸水区域 (Ie5 ) より高い値を示しており,希釈を上回る流入が運河まで Vol. 35 No. 11(2012) にあったことが予想される。 チャオプラヤ川右岸の水質(Iw1,Cw1 ∼ Cw5 )につ いて,アユタヤ以北に比較してバンコク周辺で値の高 い地点が多数見られ,氾濫流の南下に伴う値の増大が 確認された。アユタヤの北の運河(Cw1 )は,全ての項 目でチャオプラヤ川左岸の浸水区域や運河(Ie1 ∼ Ie4, Ce1 )と同程度の値を示した。アユタヤ以南においては, TP,アイチウイルス以外の項目で浸水区域(Iw1 )が最 も高い値を示し,TP も浸水区域(Iw1 )は最も高い運 河(Cw5 )と同程度の値を示したが,この浸水区域付近 はサンプル採取日の数日前から浸水が始まったエリアで あることが分かっており,ファーストフラッシュの影響 である可能性が高い。また,ノロ GI ウイルスはこの浸 水区域でのみ検出された。なお,日本の水質汚濁に係る 環境基準である「人の健康の保護に関する環境基準」の 中で,カドミウム・鉛・六価クロムの基準値がそれぞれ 0.003 mg・L-1,0.01 mg・L-1,0.05 mg・L-1 以下と定められ ているが 13),最も値の高いこの浸水区域もこれらの基 準は超えていなかったことが分かった。また,バンコク 周辺の 4 運河(Cw2 ∼ Cw5 )は項目によって値の大小 が異なり,各項目の流入が様々な場であったことが示唆 される。バンコク周辺では浸水区域の値が最も高く,運 河が次ぎ,河川水の値が低い傾向が見られ,浸水区域の 氾濫水が運河,そして河川へ流れ,その過程で希釈され ていたことが予想された。 クラスター分析を 11 月調査時の結果に用いたところ, 大きく 2 つのクラスターに分かれた。上部のクラスター には,チャオプラヤ川右岸におけるアユタヤの南側の運 河(Cw2 ∼ Cw5 )や浸水区域(Iw1 )が含まれ,チャオ プラヤ川とターチン川の間に位置し,ファーストフラッ シュの影響を受けている可能性が高い浸水区域とそのよ うな氾濫水が流れ込んでいる可能性のある運河により形 成されていることが分かる。それ以外の地点は下部のク ラスターに含まれ,チャオプラヤ川(Rc1,Rc2 )とター チン川(Rt1 ) , アユタヤより北側に位置する浸水区域(Ie1 ∼ Ie4 )や運河(Cw1,Ce1 ) ,アユタヤの南側でチャオ プラヤ川左岸の浸水区域(Ie5 )や運河(Ce2,Ce3 )に より形成されている。タイランド湾に近いチャオプラヤ 川やターチン川にもファーストフラッシュの影響を受け ている氾濫水が流れ込んでいることが予想されるが,十 分希釈されることでアユタヤ以北の地点と似た水質傾向 を示していると推測される。 主成分分析を 11 月調査時の結果に用いたところ,2 つの主成分が得られ,これらの主成分は全体の 89.3%を 説明できている。第 1 主成分は全体の 74.2%を説明し, アイチウイルス以外の有機物,栄養塩,重金属,大腸菌 と高い相関を示しているため,ウイルス以外の総合的な 汚染度を表していると考えられる。このウイルス以外の 総合的な汚染度が最も高い地点は,チャオプラヤ川右岸 におけるアユタヤの南側の浸水区域(Iw1 )であり,周 辺の運河(Cw5,Cw4,Cw2,Cw3 )が続き,その他の 地点は汚染度が低く,差も比較的小さい。また,クラス ター分析の上部のクラスターは,この汚染度の高い地点 により形成されていることが分かる。第 2 主成分は全体 の 15.2%を説明し,アイチウイルスと高い相関を示して おり,ウイルスの汚染度を表していると考えられる。こ 193 2 段組:初校 調査報告 のウイルスの汚染度が最も高い地点はチャオプラヤ川右 岸におけるアユタヤの南側の運河(Cw3 )であり,その 他の地点は低く,差は比較的小さい。 4.2 12 月調査時の水質 12 月調査時の水質分析結果を 11 月の調査結果と同様 に,河川,チャオプラヤ川左岸,チャオプラヤ川右岸に 分けてまとめる。 河 川 の 水 質(rp1,rc1,rt1 ) に つ い て,TOC,TN, TP,大腸菌,Zn はターチン川(rt1 )がチャオプラヤ川 (rc1 )に比べてやや高い値を示した。Cd,Cr は 3 河川 で同程度の値を示した。Pb はチャオプラヤ川(rc1 )の みが他地点と比べて非常に高いため,一過性の流入(例 えば,自動車用のバッテリーやはんだ,メッキ 15)の周辺 への投棄)があったことが示唆される。なお,Zn につ いてはターチン川(rt1 )が他の河川や 11 月調査の河川 より高い値を示したが,日本の水質汚濁に係る環境基準 である「生活環境の保護に関する環境基準」の河川の基 準(0.03 mg・L-1 以下)14)を超えてはいなかったことが分 かった。 チャオプラヤ川左岸の水質(ce1 ∼ ce3 )について, 全ての項目で多少の差はあるが,Pb のチャオプラヤ川 (rc1 )を除くとパサック川(rp1 )やチャオプラヤ川(rc1 ) と同程度の値であった。ロジャナ工業団地は採水時に水 がひいていたため,ce1 は用水が流れていたことが示唆 され,ce2,ce3 は周辺に浸水している箇所があったた め氾濫流が流入していた可能性が考えられるが,そうで あったとしても用水により川と同程度まで希釈されてい たことが予想される。 チャオプラヤ川右岸の水質(cw1,iw1,iw2 )につい て,TOC,TN,TP,大腸菌,Zn,Cr では浸水区域(iw1, iw2 )より南にある運河(cw1 )の方が高い値を示した。 この運河(cw1 )とこれらの浸水区域(iw1,iw2 )の間 に値の高い浸水区域があったこと,そしてその氾濫水が 運河(cw1 )に流入していたことが示唆される。 クラスター分析を 12 月調査時の結果に用いると, ター チン川の近くの運河(cw1 )とそれ以外の地点の大きく 2 つのクラスターに分かれた。この運河が他の地点とは 異なる水質傾向を示していたと言える。 主成分分析を 12 月調査時の結果に用いたところ,2 つの主成分が得られ,これらの主成分は全体の 77.2%を 説明できている。第 1 主成分は全体の 64.2%を説明し, 有機物,栄養塩,Cd と Pb 以外の重金属,大腸菌と高い 相関を示しているため,Cd と Pb 以外の総合的な汚染度 を表していると考えられる。この Cd と Pb 以外の総合 的な汚染度の最も高い地点は,ターチン川近くの運河 (cw1 )であり,その他の地点では汚染度は低く,比較 的差も小さい。また,この汚染度の高い運河(cw1 )が, クラスター分析の上部のクラスターを形成していたこと が分かる。第 2 主成分は全体の 13.1%を説明し,Cd と 高い相関を示しており,Cd の汚染度を表していると考 えられる。この Cd の汚染度は,アユタヤ以北のアユタ ヤでのチャオプラヤ川(rc1 )やパサック川(rp1 )がや や高く,チャオプラヤ川左岸の運河(ce3 )や右岸の浸 水区域(iw1 )がやや低い。 4.3 11 月調査時と 12 月調査時の水質の比較 河川の水質を 11 月調査時と 12 月調査時で比較すると, 194 Survey Report 大腸菌では,アユタヤでのチャオプラヤ川の値が 11 月 に比べて 12 月で値が低くなっており,それはアユタヤ 周辺で 11 月調査時には浸水している箇所が見られたが, 12 月調査時には水がひいており,し尿排水の流入が止 まったことに起因すると考えられる。また,TOC,TN, TP は 11 月調査時と 12 月調査時の両時期においてター チン川がチャオプラヤ川より高い値を示した。 チャオプラヤ川左岸については,11 月調査時の運河 (Ce2,Ce3 )と 12 月調査時の運河(ce3 )は同一運河で あるが,これらは大腸菌以外では同程度の値を示した。 大腸菌では 12 月調査時が 11 月調査時より低い値を示し, アユタヤ周辺でのし尿排水の流入有無がこの運河にも影 響していたと考えられる。 チャオプラヤ川右岸については,全ての項目で 11 月 の 浸 水 区 域(Iw1 ) に 比 べ て 12 月 の 浸 水 区 域(iw1, iw2 )は低い値を示した。11 月の浸水区域は採水数日前 に浸水が始まったエリアであり,12 月の浸水区域は 11 月の浸水区域より北にあるため採水時までに少なくと も 1 か月は浸水していたことが予想され,これらの値の 相違は浸水のタイミングの違いを表していると考えられ る。また,12 月の浸水区域(iw1,iw2 )は,採取まで に約 1 か月間浸水していた地点と推測される 11 月の左 岸の浸水区域(Ie5 )と,大腸菌以外の項目で同程度の 値を示したことが分かる。 5.まとめ 2011 年 8 月から 12 月にかけて発生した,タイ王国の チャオプラヤ川流域での大規模な洪水において,11 月 と 12 月にチャイナートからアユタヤ,そしてバンコク にかけて,氾濫流の流れに沿った面的な水質変動と流れ の状況の変化に伴う時間的な水質変動を把握すること を目的として水質調査を行った。その結果,氾濫流が南 下しアユタヤを過ぎるとアユタヤの北側より高い値を示 す地点の存在が確認され,11 月調査時にサンプル採取 数日前に浸水が始まったバンコクの浸水区域において ファーストフラッシュの影響を受けていたことや,アユ タヤ周辺で 11 月の浸水時にはし尿排水の流入の可能性 が示唆されたが 12 月には水がひいてし尿排水の流入が 止まったことが予想された。 ただし今回の調査は,大洪水で混乱した中での調査で あり,サンプル数が限られ,各地点の表層の水質を調査 したに過ぎず,汚濁発生源の特定までは十分にできてい ない。しかし,チャオプラヤ川流域では,規模は異なる が毎年洪水が発生しており,氾濫流は大部分が処理され ないまま最終的に海へ流下するため,今後,例えば風間 (2007 )16)のような洪水モデルを利用して,面的及び時間 的な水質変動を予想した上でサンプリング場所等を設定 し,汚濁発生源の特定を行うなどのさらなる調査が期待 される。 謝 辞 本調査は,国際協力機構(JICA)と科学技術振興機 構(JST)の地球規模課題対応国際科学技術協力プロ ジェクト(SATREPS)である「気候変動に対する水分 野の適応策立案・実施支援システム構築プロジェクト (IMPAC-T) 」 の 下 で 行 わ れ た。 ま た, 同 じ SATREPS 水環境学会誌 Journal of Japan Society on Water Environment 2 段組:初校 2011年タイ王国チャオプラヤ川大洪水の氾濫流の流下に着目した水質調査 で あ る「 熱 帯 地 域 に 適 し た 水 再 利 用 技 術 の 研 究 開 発 (WateR-InTro) 」の協力によるものであり,ここに謝意 を表する。 (原稿受付 2012 年 4 月 13 日) (原稿受理 2012 年 8 月 21 日) 参 考 文 献 1) タイ王国内務省防災局(2011)ハリケーン,洪水,地滑りに関す る報告(タイ語)http://disaster.go.th/dpm/flood/news/flood_lastnews. html(2012 年 4 月時点) . 2) 小森大輔,木口雅司,中村晋一郎(2012)2011 年タイ国チャオ プラヤ川大洪水の実態および課題と対策,河川,786,18-25. 3) 森谷直子,藤井滋穂,Piyaporn SONGPRASERT,田中周平,滝 沢智,黒倉寿,Wanpen WIROJANAGUD(2006)熱帯河川上流域 における水質分布特性に関する検討,環境衛生工学研究,20(2) , 9-14. 4) 吉永育生,濱田浩正(2007)東北タイの塩類集積地帯における 表層水と地下水の水質環境,水環境学会誌,30,637-642. 5) Thaipichitburapa, P., Meksumpun, C. and Meksumpun, S.(2010) Province-based self-remediation efficiency of the Tha Chin river basin, Thailand, Water Science and Technology, 62, 594-602. 6) Wongsupap, C., Weesakula. S., Clementea, R. and Das Guptaa, A.(2009)River basin water quality assessment and management: case study of Tha Chin River Basin, Thailand, Water International, 34, 345361. 7) Meksumpun, C. and Meksumpun, S.(2008)Integration of aquatic ecology and biological oceanographic knowledge for development of area-based eutrophication assessment criteria leading to water resource remediation and utilization management: a case study in Tha Chin, the most eutrophic river of Thailand, Water Science and Technology, 58, 2303-2311. 8) 都筑良明,タマラット・クータテップ,MD マフィツァー・ラー マン(2009)河口付近の水質遷移を中心とするバンコク,ダッカ 周辺河川・運河の感潮域の水質分布,水環境学会誌,32,47-52. 9) 中村晋一郎,小森大輔,木口雅司,西島亜佐子,山崎大,鈴木聡, Jeanne FERNANDEZ,梯滋郎,Cherry MATEO,岡根谷実里,恒川 貴弘,湯谷啓明,川崎昭如,沖一雄,沖大幹(2012)2011 年タイ王 国チャオプラヤ川洪水における水文及び氾濫の状況,水文・水資 源学会誌,印刷中. 10) 日本貿易振興機構(2011)洪水発生および発生可能性がある工 業団地, http://www.jetro.go.jp/world/asia/th/flood/complex.html(2012 年 4 月時点) . 11) Pollution Control Department, Ministry of Natural Resources and Environment, Thailand,(2012)Thailand State of Pollution Report 2010, p.B-9, Pollution Control Department, Bangkok. 12) 松尾友矩(1999)水環境工学,p.47,オーム社,東京. 13) Kitajima, M., Haramoto, E., Phanuwan, C. and Katayama, H. (2011) Prevalence and genetic diversity of aichi viruses in wastewater and river water in Japan, Applied and Environmental Microbiology, 77, 2184-2187. 14) 環境省(2012)水質汚濁に係る環境基準について,http://www. env.go.jp/kijun/mizu.html(2012 年 4 月時点) . 15) 武田育郎(2010)よくわかる水環境と水質, p.12, オーム社, 東京. 16) 風間聡(2007)カンボジアにおける洪水と感染症, モダンメディ ア,53(6) ,148-154. [論 文 要 旨] 2011 年 8 月から 12 月にかけて,タイ王国を南北に流れるチャオプラヤ川の流域で大規模な洪水が発生し た。この洪水で,約 150 億 m3 の水が氾濫し,関東平野とほぼ同じ面積の農地が浸水被害を受けたとされて いる。著者らは 11 月と 12 月にチャイナートからアユタヤ,そしてバンコクにかけて,氾濫流の流下に着目 して面的な水質変動と時間的な水質変動を把握することを目的として水質調査を行った。その結果,氾濫流 が南下しアユタヤを過ぎるとアユタヤの北側より複数の分析項目で高い値を示す地点の存在が確認され,サ ンプル採取数日前に浸水が始まったバンコクの浸水区域においてファーストフラッシュの影響を受けていた ことや,アユタヤ周辺で 11 月の浸水時にはチャオプラヤ川へのし尿排水の流入の可能性が示唆されたが 12 月には水がひいてし尿排水の流入が止まったことが示唆された。 キーワード:洪水;タイ王国チャオプラヤ川;氾濫流;水質 Vol. 35 No. 11(2012) 195
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