研究所REPORT - NTTソフトウェアイノベーションセンタ

研究所 REPORT
世界に伍するオープンソース開発によりコ・イノベー
ションを加速するソフトウェアイノベーションセンタ
ソフトウェアイノベーションセンタ 所長 鈴木 光
1.はじめに
る技術開発領域は、技術革新のスピードやその技術が
ソ フ ト ウ ェ ア イ ノ ベ ー シ ョ ン セ ン タ(S I C)は、
キャッチアップされるスピードが非常に速いため、自
2012年に、それまで複数の研究所で行われていた情報
社のみによる技術開発では競争優位な状況を長く維持
系技術に関する R&D を集約し、ソフトウェア技術の
することが難しくなっています。そこで SIC では、世
研究から基盤ソフトウェアの開発、運用・保守までを
界中の技術者がコミュニティを形成し、力を結集して
一元的に実施する組織として新設された研究所です。
開発を進める OSS 開発に着目し、有望な OSS に対し
組織名称に使用している「センタ」は、自前技術の
てコミュニティへの積極的な貢献を通じた技術開発
R&D に加え、オープンイノベーションにも積極的に
や、自ら開発したプロダクトをOSS化し、コミュニティ
取り組んでいくことや、サービス提供後の技術支援な
を形成しながらの技術開発に取り組んでいます。
ど事業会社に対するサポート機能を強化していくこと
本稿では、SIC の最近の研究開発状況とあわせて、
SIC が推進する OSS 開発への取り組みについて紹介し
等を踏まえて命名したものです。
現在 SIC では、クラウド基盤技術、ビッグデータ基
ていきます。
盤技術、ソフトウェア開発技術、OSS(Open Source
Software)活用技術の 4 つの領域( 4 本柱)を中心に
2.SIC が現在取り組む研究開発 4 本柱
研究開発に取り組んでいます。これらを推進する上で
現在 SIC では、大きく 4 つの領域に注力して研究開
SIC ならではの大きな特徴の 1 つに、OSS 開発への積
発を推進しています(図 1 )。本章では、各領域にお
極的な取り組みが挙げられます。ソフトウェアにかか
ける研究開発の最近の取り組みを紹介します。
④ OSS活用技術
図1:SICが現在取り組む研究開発の4本柱
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2.1 クラウド基盤技術
NTT グループのクラウド事業を支える技術を実現
すべく、クラウド管理基盤(OpenStack)、PaaS 基盤
開発や、年間2,000件に迫る N T T グループ内からの
OSSに関する問合せへの対応や技術サポートなどに取
り組んでいます。
(Cloud Foundry)
、ネットワーク仮想化(Ryu SDN
Framework/GoBGP)、ストレージ仮想化(OpenStack
Swift、Sheepdog)等のクラウドの構成要素となる
OSS を対象に、コミュニティと連携した開発を推進し
3.OSS 開発への取り組み状況
本章では、SIC が推進する OSS 開発への取り組みに
ついて紹介します。
ています。OpenStack や Cloud Foundry は、NTT コ
ミュニケーションズがグローバルに展開する
「Enterprise Cloud」サービスを支える基盤として利用
3.1 OSS 開発への取り組みのねらい
OSSは、そのOSSに興味を持った世界中の技術者が、
されており、また OpenStack Swift は、NTT ドコモ
インターネット上でコミュニティを形成し、各々が新
の SP モード1800万加入を支える基盤として利用され
機能やバグ修正のプログラムを作成 / 提案することで
ています。
開発が進められていきます。そのため、ソフトウェア
開発のスピードが非常に速いことと、フリーであるが
2.2 ビッグデータ基盤技術
データ分析基盤技術の COE(Center of Excellence)
ゆえに利用の敷居が低く、次々と改善のフィードバッ
クが加えられることで使い勝手が向上していくという
化を目指し、主に、大規模データ処理、データ分析ア
特徴があります。SIC が取り組む情報処理の基盤技術
ルゴリズム、並列分散処理基盤の研究開発に取り組ん
は、プログラムが大規模になることや、多くのユーザ
でいます。データ分析アルゴリズムの研究では、藤原
の支持があってはじめて使われる技術となることか
靖宏 特別研究員を中心に、AAAI 等の AI/ 機械学習
ら、一企業が単独で開発に取り組むよりも、OSSコミュ
に関するトップレベルの国際会議に多数の成果が採択
ニティ等の外部の力を活用したオープンイノベーショ
され、存在感を高めています。またその成果をソフト
ンにより開発することの方が、スピード、コスト、普
ウェア実装した Grapon の活用による交通流分析や、
及展開等においてメリットになるケースが多いと考え
リアルタイムオンライン機械学習分散処理基盤
ています。そこで SIC では、OSS 開発に積極的に取り
Jubatus を活用したシステム故障の予兆検知等、応用
組むことで、これらのメリットを享受しつつ、NTT
研究にも積極的に取り組んでいます。
グループの事業方針に沿った機能追加や、商用に耐え
うる品質を確保するための取り組みをあわせて推進し
2.3 ソフトウェア開発技術
ています。
NTT グループのソフトウェア開発の安定化 / 生産
性向上に向けて、先進的ソフトウェア開発技術の研究
3.2 攻めの OSS と守りの OSS
開発およびその普及展開に取り組んでいます。OSS の
SIC では取り組む OSS を、大きく「攻めの OSS」と
Spring フレームワークをベースとしたソフトウェア
「守 り の O S S」に 分 類 し て い ま す(表 1 )。
「攻 め の
開発フレームワーク(Macchinetta)や関連開発ツー
OSS」とは、研究期にあるプロダクトを積極的に OSS
ルを整備するとともに、これらについて、NTT デー
化したり、普及期前にある既存の OSS のコミュニティ
タのシステム開発総合ソリューション
(TERASOLUNA)
活動に積極的に参画し、事業に適用する際にキーとな
をはじめ、NTT グループ内への展開を推進しました。
るオープン API 等の主要な仕様をおさえ、先行者利
また、斎藤忍 主任研究員を中心にソフトウェア工学
益の獲得を狙う OSS を指しています。一方、
「守りの
の基礎研究にも注力しており、本年はソフトウェア工
OSS」とは、Linux や Java などの普及期から安定期に
学の最高峰国際会議(ICSE)に論文が採録されるな
入った OSS を指しています。SIC では、積極的に「攻
ど、
次の先端技術創出にも並行して取り組んでいます。
めの OSS」を開拓しつつ、事業会社が OSS を安心して
利用していただくための「守りの OSS」にも OSS セン
2.4 OSS 活用技術
OSSを中核とする安定利用可能なソフトウェアの開
発およびそのサポートサービスを NTT グループへ提
供 し て い ま す。 ベ ン ダ 固 有 の D B M S か ら O S S の
DBMS(PostgreSQL)への移行を促進するための機能
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タを中心に力を入れて取り組んでいます。
表 1 :SICが現在取り組む主なOSS
攻めの OSS
守りの OSS
のソフトウェア群であり、現在、全世界で130カ国、
③ ソフトウェア開発技術
④ OSSサポート技術
12,200名以上の開発者が参加する非常に大規模で注
OpenStack
Linux
目を集める OSS のソフトウェア開発/保守運用
1 つです。OpenStack のコミュ
CloudFoundry
PostgreSQL
ニティでは、年 2 回、大規模な会議
(OpenStack
・設計
試験 保守・運用
Ryu SDN Framework ★ Pacemaker
GoBGP ★
HeapStats ★
Sheepdog ★
UltraMonkey
Docker
Tomcat
Jubatus ★
JBossEAP
Hadoop
OpenJDK
Spark
TUBAME ★
Hivemall
WildFly Swarm
Namazu ★
etcd
Spring
★は SIC 発の OSS
要件定義
製造・
導入・
サービス
開発・検証環境 O p e n S t a c k
S u m m iNTTグループ
t)が行われており、昨年の
サービス/アプリ
Summit では、これまでの SIC を中心としたコミュ
/アプリ
ニティ貢献や NTT グループでの先進的な活用等が
評価され、各回で最も優れた OpenStack ユーザを
① Superuser
クラウド基盤技術
表彰する OpenStack
Award に NTT グ
[1]
ループが輝きました(図 2 )
。また、昨年から今
ユーザ拠点
年にかけてOpenStackの主要機能のコアディベロッ
近傍クラウ
パに SIC から 3 名の研究者(露崎浩太 研究員、室井 ド
雅仁 研究員、市原裕史 研究員)が就任し[ 2 ]、また
日本国内の OpenStack ユーザ会においても SIC から
水野伸太郎
主幹研究員が会長に選任されるなど、
図 1:SIC が現在取り組む研究開発の
4 本柱
国内外に存在感を高めています。
3.3 戦略的なコミュニティ貢献
OSS の開発では、世界中から個人や企業等の様々な
技術者が、それぞれ貢献の想いを持って参画している
ことから、新機能や改善機能の開発の優先度付けや仕
様策定においては、常にコミュニティ内で調整が必要
となってきます。コミュニティには、プロジェクト全
体を管理、運営する P M C(P r o j e c t M a n a g e m e n t
Committees)や、ソースコードの修正や新規追加に
責任を持つコミッタと呼ばれる役割(※呼び名はコ
ミュニティによって異なる場合がある)のメンバが存
在しており、上記のような調整はこれらのメンバが実
施しています。ここで、NTT の研究開発方針や事業
方針等を踏まえてコミュニティとのオープンイノベー
ションを進めるためには、上記調整において一定の影
響力を持つことが必要であり、PMC やコミッタのポ
ジ シ ョ ン を 確 保 す る こ と が 重 要 と な っ て き ま す。
PMC やコミッタは、コミュニティに継続的に大きな
貢献をし、コミュニティからの支持がなければ就任で
きないポジションであるため、SIC では、積極的かつ
戦略的にコミュニティへの貢献を継続し、コミュニ
ティの信頼を勝ち取る努力を続けています(2016年 8
月現在、14のコミュニティにおいて延べ27名の PMC/
コミッタが SIC から就任中)。
図2:OpenStack Superuser Award受賞シーンとトロ
図 2:OpenStack
Superuser Award 受賞シーンとトロフィー
フィー
⑵ Apache Hadoop
表 1:SIC
が現在取り組む主な
OSS
Apache
Hadoop
は、全世界で約3,000名が開発に
攻めの OSS
守りの OSS
関与するビッグデータ処理を支える代表的な並列分
OpenStack
Linux
散処理ミドルウェアです。
SICの小沢健史
研究員は、
CloudFoundry
PostgreSQL
NTT
データのメンバとともに本コミュニティの中
Ryu SDN
Framework ★
Pacemaker
GoBGP
★
HeapStats ★
心的存在として、2015年上期にはレビュー件数世界
Sheepdog ★
UltraMonkey
1 位の貢献を果たすなどした結果、今年、PMC(2016
Docker
Tomcat
年Jubatus
8 月現在66名で構成)
に日本で初めて選任され、
★
JBossEAP
[3]
更なる活躍を続けています
。
Hadoop
OpenJDK
Hivemall
TUBAME
★
⑶ Ryu SDN Framework/GoBGP/ ホワイトボックス
Namazu ★
WildFly Swarm
スイッチ
etcd
ソフトウェア制御で必要な時に必要な構成のネッ
Spring
ト★は
ワ ーSIC
クを
容易
に 構 築 可 能 と す る た めの技術は
発の
OSS
SDN(Software Defined Network)技術と呼ばれ、
現在注目の技術の 1 つとなっています。SIC では早
3.4 最近の主なトピック / 取り組み内容
本節では、OSS 開発にかかる最近の主なトピックを
くからこの SDN 技術に取り組んでおり、藤田智成
特別研究員を中心に開発し、OSS 化した Ryu SDN
紹介します。
Framework や GoBGP は、世界にその技術が高く評
⑴ OpenStack
価されており、世界中で広く利用されています。
OpenStack はクラウド環境を構築、管理するため
サー
/ア
また、この SDN の技術、知見を活かして、ホワ
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ク
イトボックススイッチの普及拡大にも、石田渉 研
4.おわりに
究員を中心に力を注いでいます。ホワイトボックス
本稿では、SIC の現在の研究開発内容と、SIC の特
スイッチとは、ネットワークベンダではない汎用の
徴的な取り組みである OSS 開発について紹介しまし
ハードウェアベンダが製造するネットワーク機器に
た。SIC の取り組みは、公式ホームページ(http://
OS を載せて利用するスイッチのことで、大きなコ
www.sic.ecl.ntt.co.jp)にて随時公開しておりますの
スト削減や柔軟なネットワーク制御が可能となるこ
で、あわせてご覧いただければ幸いです。今後も SIC
とから、Google 社や Facebook 社等の大規模なイン
は、OSS コミュニティや他社とのコ・イノベーション
フラを持つユーザ企業を中心に利用が急拡大してい
を積極的に推進し、NTT グループが提供するサービ
ま す。 大 規 模 な ネ ッ ト ワ ー ク イ ン フ ラ を 抱 え る
スの競争力の源泉となる革新的な情報処理基盤技術を
NTT グループにおいてもこの分野での最先端技術
創出し続けていきたいと考えております。
を押さえるべく、Facebook 社等と連携した Ryu
SDN Framework に対するホワイトボックススイッ
チ制御機能の強化や、国内におけるホワイトボック
参考 :
[ 1 ]OpenStack Superuser Award 受賞関連記事 :
ススイッチユーザ会の発足を主導するなど、この分
http://superuser.openstack.org/articles/and-the-
野でのトップランナーとして取り組みを加速させて
superuser-award-goes-to-e7207daf- 6 e31- 4 fc 6 -
[4]
[5]
います
。
⑷ Namazu/etcd
Namazu は分散処理を行うソフトウェアを対象に
96b 8 - 0 c6108ada47a
[ 2 ]OpenStack コアディベロッパ就任関連記事 :
http://www.ntt.co.jp/topics/swift/index.html
テストとバグ検出を行う、SIC 三嶽仁 研究員、須
http://www.ntt.co.jp/topics/openstack/index.html
田瑛大 研究所員を中心に開発した OSS です。
(2)
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/070501980/?top_
で紹介した Apache Hadoop や分散システムで設定
nhl&rt=nocnt
情報を共有するための分散型 Key-Value ストアであ
[ 3 ]Apache Hadoop PMC 就任関連記事
る etcd などの分散処理を行う OSS に適用した結果、
http://www.ntt.co.jp/topics/hadoop2016/index.
これまで検出できなかった数多くのバグを検出でき
html
たことから大きな注目を集めています。特に etcd
[ 4 ]Facebook 社等との連携関連記事
においては、そのバグ修正等の貢献をコミュニティ
http://www.bigswitch.com/press-releases/2015/10/07/
を主導する CoreOS 社に高く評価され、三嶽研究員
open-network-linux-onl-unifies-open-compute-project-ocp-
が現在 6 名のみで構成されているメンテナに就任す
network-operating
るなど、有望な OSS に対しては積極的に開発の中
枢に入り込んで影響力を高めています。
[ 5 ]ホワイトボックススイッチユーザ会関連記事
http://www.publickey1.jp/blog/15/post_255.html
瀬戸 勝
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