超イオン導電体

物理科学実験 IB 実験テキスト
藤代担当テーマ
AgI の超イオン導電相相転移の観測
1. はじめに
ヨウ化銀 AgI は、室温で立方晶系閃亜鉛鉱構造(or 六方晶系ウルツ鉱構造)を有する絶縁体で
ある。約 149 ºC で AgI は I−イオンが作る体心立方格子中の複数の等価なサイトに Ag+イオンが
ランダムに位置する超イオン導電体の相へと相転移する。本実験では、この絶縁体‐超イオン導
電体相転移を導電率測定によって観測し、相転移現象について考察することを目的とする。
2. 実験理論
Conductivity  (S/cm)
2-1 AgI の結晶構造
T (ºC)
AgI は常圧・室温下では閃亜鉛鉱型構造(AgI)が安定
150
100
50
0
10
相であるが、六方晶系のウルツ鉱型構造(AgI)や積層
AgI
-1
欠陥を含んだポリタイプ構造が準安定相として存在する。
10
-、AgI は、Ag-I 結合による四面体構造の積層順序が
-2
10
わずかに違うだけであるため、通常の AgI 試料では両相
-3
10
が混在していることが多い。しかしながら、いずれの相も
-4
バンドギャップが 3 eV 程度であるため、電気的には絶縁
10
体である。一方、高温安定相であるAgI は、I−イオンが
-5
10
作る体心格子中の等価なサイトに Ag+イオンがランダム
-6
10
に存在し、その Ag+イオンが各サイト間を移動することで
2.4
2.6
2.8
3.0
3.2
-1
1000/T (K )
固相でありながら溶液中のイオン伝導並みの高い Ag+イ
オン伝導特性を示す。また、-AgI 相転移は一次相転
図 1 AgI の導電率測定の結果。150 ºC
付近で超イオン電導相へと相転移し、導
移であるため、相転移時に潜熱や体積変化、電導度曲
電率が急激に増加。
線上にヒステリシス(履歴曲線)を示す。
物質の格子定数等の結晶構造に関する情報は、X 線回折(X-ray diffraction: XRD)により知
ることができる。これは照射する X 線の波長が結晶面の間隔と同程度であることによるものであり、
以下の Bragg の式に従い、面間隔に依って特定の方向に反射 X 線が観測される。
2𝑑ℎ𝑘𝑙 sin𝜃 = λ …(1)
ここで、dhkl は結晶内の hkl 面の面間隔、は回折角(実際には 2を測定する)及び、は照射 X
線の波長である。測定している物質の結晶系が明らかな場合は、適当な数の反射 X 線の回折角
から dhkl を求め、その値と hkl(ミラー指数)の組み合わせより格子定数の計算が可能である。
2-2 電気抵抗と導電率
電気抵抗とは物質中の電気の流れにくさを表す物理量である。ある抵抗体に電圧 V をかけたと
き電流 I が測定されたとすれば抵抗 R は、
𝑉 = 𝑅𝐼 …(2)
で表される(Ohm の法則)。抵抗 R は抵抗体の長さ l に比例し、断面積 S に反比例する。従って、
物理量として試料のサイズに依存しない抵抗(比抵抗)を導入すれば、
𝑙
𝑅 = 𝜌 𝑆 …(3)
-1-
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となる。一方、電流を流しやすい物質(電気伝導体)として物質を考える際には、電気伝導度(導電
率)を以下の式で定義する。
1
𝜎 = 𝜌 …(4)
従って、式(3)、(4)よりは、
1𝑙
𝜎 = 𝑅 𝑆 …(5)
ここで、R を[]、試料サイズを[cm]単位で表すと、は[S/cm]となる(S(ジーメンス)=[1/])。つまり、
導電体についても、電気抵抗測定よりその物性を知ることができる。
3. 実験方法及び考察
110()
220()
20
30
35
40
2 (deg. [CuK])
45
201()
103()
112()
311()
25
200()
…(6)
102()
𝑎2
𝑙2
) + 𝑐2
101()
𝑑ℎ𝑘𝑙 2
4 ℎ2 +ℎ𝑘+𝑘 2
= (
3
100()
1
X-ray intensity (arb. unit)
六方晶系の格子定数
002()
111()
3-1 結晶構造について
AgI 試薬(三津和化学薬品(株)、純度:99.9%)の XRD パターンを、粉末 XRD 装置(RINT2200、
Rigaku)を用いて、測定条件:2 = 20−50º、 = 0.02º、t = 1 [s]で行う。X 線の波長は =
1.54056 [Å]である。得られた回折パターンより、試料がAgI のみからなるとして格子定数を計算
すること。なお、六方晶系の格子定数 a 及び c は式(6)でそれぞれ計算できる。また、各ピークの
Miller 指数は図 2 に示した値を用いること。
50
図 2 室温での AgI の XRD パターン。相と相が混在
しており、各相で同じ長さの面間隔をもつとき、それら
の面間隔に対応するピークは同じ角度に観測される。
次に、AgI の 3 つの相の結晶構造を、表 1~3 に示した各相の結晶構造データをもとに VESTA
を用いて描画し、それぞれの結晶構造の違いについて考察せよ。レポートには、作成した各相の
図を貼り付けること。
表 1 AgI の結晶構造パラメータ*
AgI(平均構造) 立方晶系 空間群:𝐼𝑚3̅𝑚 (No. 229)
格子パラメータ
a = 5.062 Å
= 90º
 = 90º
 = 90º
x
y
Ag(1)
Wycoff
notation
12d
0.25
0
Ag(2)
24h
0
I
2a
0
原子
分率座標
z
占有率
熱振動
因子
0.5
0.3
1.0
0.385
0.385
0.7
1.0
0
0
1.0
1.0
*M. J. Cooper and M. Sakata, Acta Cryst. A35 (1979) 989.
-2-
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表 2 AgI の結晶構造パラメータ*
AgI(ウルツ鉱型構造) 六方晶系 空間群:𝑃63 𝑚𝑐 (No. 186)
格子パラメータ
a = 4.592 Å c =7.512 Å
= 90º
原子
Ag
I
 = 90º
 = 120º
分率座標
Wycoff
notation
x
y
z
2b
0.3333 0.6667 0.3810
2b
0.3333
0.6667
0
占有率
熱振動
因子
1.0
1.0
1.0
1.0
*B. R. Lawn, Acta Cryst. 17 (1964) 1341.
表 3 AgI の結晶構造パラメータ*
AgI(閃亜鉛鉱型構造) 立方晶系 空間群:𝐹4̅3𝑚 (No. 216)
格子パラメータ
a = 6.496 Å
= 90º
 = 90º
 = 90º
x
y
z
占有率
熱振動
因子
Ag
Wycoff
notation
4a
0
0
0
1.0
1.0
I
4c
0.25
0.25
0.25
1.0
1.0
原子
分率座標
*B. R. Lawn, Acta Cryst. 17 (1964) 1341.
VESTA は物質・材料研究機構の泉富士夫氏及び R.A.Dilanian 氏による構造解析ソフトウェア
VENUS の一部であり、東北大学の門馬綱一氏によって製作された構造可視化ソフトである。使
用するときは、『K. Momma and F. Izumi, “VESTA 3 for three-dimensional visualization of
crystal, volumetric and morphology data”, J. Appl. Crystallogr. 44 (2011) 1272-1276.』を
参考文献として引用すること。
3-2 導電率について
この実験では LCR メータを用いた交流インピーダンス法により試料の抵抗値 R を温度 T の関
数として測定する。昇温速度は試料セルに巻きつけたリボンヒーターに電圧を適当に加えながら、
なるべく一定になるように調整すること。測定は、室温から 135 ºC までは 5 ºC 間隔で、相転移温
度付近(~150 ºC)では 1~2 ºC 間隔で行い、160 ºC 程度まで昇温させること。その後、電圧を徐々
に下げ降温させていき、1 次相転移によるヒステリシスを確認するまで測定を続けること。得られ
たデータから、log ( [S/cm]) vs1000/T [1/K]のグラフを作成せよ(Arrhenius plot)。試料のサイ
ズは、厚さ l ~1 [mm]、断面積 S = 1.327 [cm2]である(実験時に教員に確認すること)。また、グラ
フ よ り 相 転 移 温 度 𝑇trs を 求 め、 AgI か ら AgI へ の 相 転 移 に よ る エ ン ト ロ ピ ー 変 化 ∆trs 𝑆
[J/K∙mol]を計算せよ。ただし、本相転移時のエンタルピー変化∆trs 𝐻は 6.15 [kJ/mol]である。
4. 挑戦課題
電気伝導は荷電粒子が外部からの電場により Coulomb 力を受けて生じるが、この力だけでは
時間の増加とともに加速度が増していくため、定常電流は得られない。実際には物質中で荷電粒
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子が移動する際、その方向とは逆の「抵抗力」を受けるために𝑡 = ∞の極限では電流値が定常状
態に落ち着く。1 個の荷電粒子が速度𝑣(𝑡)で運動するとき、電荷を𝑞、有効質量を𝑚、外部電場を
𝐸(一定)、「抵抗力」を−𝛾𝑣(𝑡) (γ > 0)として運動方程式を立てよ。さらに、その式を𝑣(𝑡)について
解き𝑡 = ∞での定常電流𝑖static = 𝑖(∞)を求めよ。ただし、電流密度𝑖(𝑡)と𝑣(𝑡)との間には、荷電粒
子の数密度𝑛を用いて𝑖(𝑡) = 𝑛𝑞𝑣(𝑡)の関係がある。これにより、Ohm の法則が導かれる。
参考書
・花村榮一、『固体物理学』、裳華房 (1986)、ISBN:4785320257
・C. Kittel(宇野良清他訳)、『固体物理学入門』第 8 版、丸善 (2005)、ISBN: 4621076531
・工藤徹一、笛木和雄、『固体アイオニクス』、講談社 (1986)、ISBN:4061396617
・長岡洋介、『電磁気学Ⅰ』、岩波書店 (1982)、ISBN:4000076434
など
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