神話から物語ヘー井上光晴﹁地の群だの演劇化 柿谷 浩一 井上光晴﹁地の群れ﹂は、昭和三八年の発表当時﹁本年度最高の収穫﹂とまで絶賛され、その年の下半期芥川 賞最終候補にもエントリーされた氏の代表的長編小説である。この小説は、昭和四二年、脚色・竹内敏晴、演 出・程島武夫のもと、いち早く劇団演劇座によって演劇化されたが、その内容は、小説テクストから大きな改変 加 が え ら れ た も の で あ っ た 。 後 年 、 文 学 座 や 劇 団 青 俳 な ど も 演 劇 化 を 手 が け て い る が 、 そ れ Gら ︶と較べても、テク ストの異同は際立っている。また、すでに別稿で、熊井啓監督による同作の映画化にともなうテクストのモチー フ変化を考察したが、問題はこれよりも深いものがあるように思われる。 幸いなことに、この劇団演劇座による演劇化を検証する資料として、実際に現場で使用された台本の一冊が、 現在、早稲田大学演劇博物館に所蔵されている。本稿では、この現存する台本の分析を通じて、原作の小説テク ストと演劇テクストとの異同に着目し、そこにある葛藤を明らかにすることで、脚色をどのように読むことがで きるか、考察を試みたい。それは、ひいては小説﹁地の群れ﹂の本質の再考にもつながるものと考えられる。ち 五二 161 なみに、右に挙げた有名劇団による﹁地の群れ﹂の演劇化は、それぞれ反響が小さくなかったにもかかわらず、 当時の簡単な時評類を除けば、今日までまとまった学術的研究はないに等しい。こうした現状から、本稿の考察 が﹁地の群れ﹂の演劇化をめぐる基礎研究の側面を持つことにも留意しながら、論を進めていくこととする。 一、小説テクストにおける﹁母の否定﹂ テクスト﹁地の群れ﹂のあらすじを紡ぎ出すほど、リアリズムの問題の観点から非生産的−この問題について は後の章で検討するIなことはないが、本論の入口として、大まかに示しておけば、次の通りである。 舞台は被爆地・長崎佐世保。主人公格の医師・宇南親雄は、﹁原爆病﹂と思しき少女・家弓安子を往診で診て いるが、母の家弓光子は被爆の事実をことさら隠蔽しようとする。それは、佐世保の片隅にある﹁海塔新田﹂と いう被爆者ばかりが集まる﹁部落﹂の住人と思われることを恐れるためだ。この宇南親雄も、爆心地を歩いた経 験を持つ被爆者であるらしい。そのほか彼には、母が﹁被差別部落﹂者だったかもしれない過去、さらには少年 期に朝鮮人の少女を妊娠させておきながら責任を取らなかったことで、相手が自殺してしまった事件への負い目 があり、妻の英子に密かに中絶薬を飲ませて子どもを持つことから逃れようとしている。ある日、﹁被差別部落﹂ 出身の福地徳子が強姦の証明書を求めてやってくる。当初犯人と目されたのは、﹁海塔新田﹂に住み、浦上天主 堂のマリヤ像にいたずらをする不良の津山信夫だった。だが、事件の真相を探っていくと、真犯人は﹁海塔新 田﹂に住む別の宮地真という男であることが分かってくる。そこで福地徳子は単身、宮地の家を訪れ暴行を問い 質すがらちがあかない。すると次は、母の福地松子が単身、宮地家を非難に向う。そこで﹁海塔新田﹂と﹁被差 神話から物語へ 五三 160 五四 別部落﹂という二つの部落間にある相互差別が露わになり、福地松子は﹁海塔新田﹂の人々から投石を浴び死ん でしまゝつ。 以上が物語の大筋だが、これら原爆、被爆者、被差別部落、強姦事件、中絶、石打ちによる殺害事件のほか、 共産党の細胞活動の話なども加わり﹁この作品にはさまざまな人物が登場し、さまざまに事件が重畳され﹂﹁加 害者が同時に被害者であり、被害者がまた何者かを加害する重層的な罪の構造﹂が描き出されている。遠藤周作 の﹁主題そのものよりも無秩序な未整理な構成が先きに眼にうつ﹂るとした言葉に代表されるように、多くの批 評家は、物語の複層的構造について、その分かりづらさを難点として取りあげている。これを簡潔に整理し、物 語の筋を分かりやすく仕立て直したのが、演劇テクストである。 演劇テクストは二部構成からできている。第一部は主人公格の宇南親雄を中心とした物語、第二部はもう一人 の主要登場人物である津山信夫を軸とする物語というかたちで、それぞれがまとまりを持って筋が展開するよう になっている。そうすることで、テクストは物語の明晰さを獲得しているといえる。だが、その反面で、テクス ト内の重要なモチーフを大きく変転させてしまった。それが、キリスト教をめぐるモチーフである。 小説テクストでは、被爆したマリヤ像の首を津山信夫が打ち砕く場面と、暴行を受けた福地徳子の母・福地松 子が﹁海塔新田﹂に乗り込み﹁石打ち﹂に会い殺害される場面とが、物語空間のなかで最も鮮烈なシーンとし て、考察の関心が向けられてきた。 川西政明は、二つのシーンについて、次のような解釈を示している。 マリヤ像の首を打ち砕いたのは、一番崩れ、二番崩れにつながる浦上の歴史を撃つためである。すべてを許 159 すという日本の母の幻像を打ち砕くためである。浦上の歴史、神の下ですべては許されてあるという絶対的 な神の神話をも井上光晴は打ち砕く。地の群れの手で、地の群れの母が殺されるのである。地の群れが、す べてを許す日本人の母という神話を殺してしまう。 ﹁地の群れ﹂の舞台の一部をなしているのは浦上地区である。そこは、いうまでもなく隠れキリシタンの地と して宗教的な歴史を背負った地域である。仮に、隠れキリシタンの性格を一言で表すとすれば、遠藤周作がいう ように、それは﹁転び者﹂としての信徒が﹁きびしい﹃父﹄のかわりに、自分たちをゆるし、その傷を感じてく れる存在を求め﹂﹁やさしい母親を必要とした﹂、言わば﹁﹃母﹄の宗教﹂ということができるだろうか。その地 において、津山信夫は聖母マリヤ像の首を粉砕し、さらに福地松子というひとりの母親殺しにも直面してしま う。そこでは、なぜ原爆から浦上の地が守られなかったのか、という宗教としての﹁母﹂に向けられた問いかけ が、被差別部落をめぐる差別の問題と絡みあうかたちで主題化されている。これまで﹁求め﹂信じ続けてきた ﹁すべてを許す﹂存在としての﹁母﹂は、もはやこの被爆後の浦上の地では、信仰されるべき対象ではなくなっ ている。その象徴としての﹁母の否定﹂こそが、﹁地の群れ﹂という小説テクストが描き出した特異なモチーフ であった。 福永武彦は、このキリスト教をめぐるモチーフにふれて、次のように述べている。 要するに津山信夫の亡くなった母親に対するコンプレックス、あるいは母親を奪った人間に対するコンプ 58 五五 レックスとして浦上の天主堂の聖母像に対する怒り、こういうところは結局説明できないもので、﹃なぜ急 神話から物語へ 五六 にマリヤ像の首が醜いものになったのか、なぜその小豆と識をまぜあわせるようなぶつぶつした髪の毛が、 母親ではなく、母親を奪ったものにみえるのか、彼ははっきりつかむことができなかったからである。﹄こ ういうふうに意識の中でわけのわからないものが出てくる描写方法をぼくは非常に信じる。そういう意味で マリヤ像を彼がなぜ砕いたかという理由が書かれていなくてもかまわないと思う。 説明しがたい被爆者の錯綜した心理や、自分自身でも﹁わからない﹂感情というものの表象について、一定の評 価をしているのが分かる。これはマリヤ像の場面に限ったものではない。同様のことは﹁石打ち﹂の場面にも見 てとることができる。母・福地松子が﹁海塔新田﹂の人々から裸を投げられる場面において、津山信夫の描写 は、次のように締めくくられている。 福地松子の裂くような悲鳴を、津山信夫は自分の耳ではなく、人の耳できくような感じできいていた。︵中 略︶彼は握りしめていた石を地面に落した。その石が初めてつかんだものか、すでにひとつを投げ終えて二 度目につかんだものか、はっきりわからぬような気がした。 ここで重要なのは、津山信夫がひとりの母親の殺害に立ち会ってしまったことそれ自体ではない。石を投げて非 難する強い衝動にかられながらも、何故そのように思ってしまうのか、またそれは何に対する怒りなのか、その 実体が充分﹁わからない﹂内面のありようこそが、この場面では問題にされていると見るべきである。引用した 以上の情報がないのも、津山信夫が、実際に投石に加担したかどうかは分からないままにする小説テクストの意 15Z 匠だといえよう。﹁母の否定﹂というモチーフは、そうした﹁わからない﹂被爆者の内面とともに存在している のだ。 川西政明が指摘するように﹁マリヤ像の首を打ち砕いた手﹂が﹁石を握って福地松子に向って投げた手でも あった﹂かもしれないという、津山信夫という一登場人物を介する相関と、さらには、マリヤ像を粉砕する場面 に見られる﹁つまずく石﹂と、福地松子が遭遇する﹁石打ち﹂の﹁石﹂とが、聖書の文脈として記号的に連関し ていること。これらによって、マリヤ像と石打ちという隔たった二つのシーンは暗示的に接続している。津山信 夫はもとより、他のどの登場人物も、この象徴的な二つの場面のつながりを知ることはない。すなわち、充全に 組織化されることのないテクスト構造によって、﹁母の否定﹂というモチーフは、言語では捉え切れない不気味 な形相を伴い、立ち現われることに成功している。そこには、容易にひとつの意味への収斂を許さない曖味さの なかに、津山信夫をはじめとする被爆者の説明困難な屈折した﹁内面﹂を描出し、同時にその背後に、誰も認識 しえていないこの地における﹁内面﹂の底にある本質を浮かび上がらせようとする、重層化した巧妙な主題設定 が施されていたのである。 かつて河盛好蔵は、津山信夫の﹁カトリックに対する反感のようなもの﹂が、物語のなかで明瞭さを保たずに ﹁途中で消えてしま﹂うことを弱点に挙げたが、それは文字通り﹁ようなもの﹂であることによって意味をなし ている。そうすることで、戦後世代である津山信夫の存在は、原爆以後のこの地で、何を根拠に生きていくこと 156 ができるのか、という戦後の出発点ともいうべきアクチュアルな問題を、﹁母の否定﹂というモチーフを通し、 体現していたのである。 神話から物語へ 五 七 二、演劇化によるモチーフの転換 それでは、脚色された演劇の方はどうだろうか。小説テクストに対し、演劇テクストでは、前章で見た﹁母の 否定﹂というモチーフは、すっかり後景化してしまっている。代わりに際立っているのは、﹁海塔新田﹂に定着 化する新たなキリスト教の光景である。 じいさまは雪を肩に、ばヽさま乳飲児を抱き、 金の十字架の見守る前を海へ流された百年の昔に。 かくれキリシタン、われらのおやは。 わたしらは火にやかれ、くずれおちたマリアさまの顔を背に 岩かげにかくれ、野にかくれる。 遠く。神の目からさえ遠いところに。 これは、原爆の被害を受けた浦上天主堂が登場するシーンで、津山信夫の祖母がうたう歌の﹁歌詞大意﹂だ。こ の歌は、小説テクストには存在せず、演劇テクストで新たに書き込まれたものである。歌からは﹁かくれキリシ タン﹂の信仰が、テクスト前面に打ち出されているのが確認できる。そこには、﹁百年﹂の長きにわたる宗教的 な歴史をこえて、原爆とそれ以後の戦後における隠れキリシタンの特殊な信仰精神のありようが現れていること 五 八 155 に注目しなければならない。 ﹁神これを立て、神これをこぼれたもう﹂すべては神の御心ですけん。︵立ちあがりながら︶ですけんこぼれ た天主堂はお守りせねばなりまっせん。人間がすててしまうとはゆるされんことですたい。ですけん天主堂 はちゃんとうつしてお守りしてありますけんな。この海塔新田に。 この津山信夫の祖母の台詞にある﹁これ﹂とは、浦上天主堂のことである。現実の浦上天主堂は、原爆で倒壊し 炎上した後、その翌年には仮聖堂が建てられ、信徒たちの強い要望をうけて、昭和三四年に旧聖堂跡地にその外 観を踏襲した本聖堂が再建された。だが、ここで﹁これ﹂と名指しされている浦上天主堂は、そうした実際の歴 史とは相いれない代物である。引用にある通り、ここでの浦上天主堂は、元跡地ではなく、﹁海塔新田﹂という 別の場所に﹁うつして﹂建てられた歴史的文脈とは異なる、まさに仮構のものである。それを中心にして﹁海塔 新田﹂の人々は、共同体に天主堂を移輯させることで、被爆者という自分たちの位置から、独自に浦上キリシタ ンの復興を始めようとしているのだ。それは、川西政明の表現を借りていえば、物語が生んだ﹁日本のどこにも ない﹂被爆者たちが集い形成された﹁虚﹂の共同体で実践される、おそらく﹁日本のどこにもない﹂隠れキリシ タン信仰の再建という戦後の風景というべきものである。 ﹁海塔新田﹂の人々が、移転させてまで﹁こぼれた天主堂はお守りせねば﹂ならないと思うのは、単なる信仰 心の強さのためではない。そこには、小説テクストには描かれていなかった信者のある精神がある。それを顕著 54 1 に示した一箇所がある。 神話から物語へ 五九 六〇 海塔新田の入口で﹁あれが天主堂だ﹂という津山信夫の言葉に対して、その存在を知らないと思しき福地徳子 が、即座に理解できず﹁天主堂?・﹂と聞き返す場面がそうだ。津山信夫は次のように説明を続ける。 海塔新田の聖堂だ。一一一一・・長崎のやけあとから、レンガの石像のカケラだのこっそり運んで来て⋮⋮信者達は みんなほんものの信仰はこっちに移ったんだというとるからねI今の浦上はあらア、観光地になり下っ た。⋮⋮金持ちのIアメリカにだまされとる連中のなぐさみもんだ。まやかしもんたい。いつか裁きの日 がきて俺たちの信仰の正しさがあらわれよると信じるけんねえ。 ここで明らかなのは、﹁海塔新田﹂の人々は、自分たちこそが﹁ほんものの信仰﹂を持っていると考えているこ とだ。この信仰の正当性というモチーフ設定は、小説テクストには存在していない。それどころか、小説テクス トにおいては、海塔新田とキリスト教信仰との間には、はっきりとした結びつきは用意されていなかった。それ が演劇テクストになると、キリスト教信仰は、海塔新田を軸に、﹁ほんもの﹂と﹁まやかし﹂という真偽のもと に分裂するかたちで立ち現われるのである。そして、この﹁ほんもの﹂と﹁まやかし﹂の構図のなかに、演劇テ クスト特有の信仰精神のありようが潜んでいる。 第二部の冒頭、津山信夫の祖母がうたいながら登場してくるが、彼女は海塔新田を代表する存在として現れて いるといってよい。その歌は、台本のト書によれば﹁一種の讃美歌だが、御詠歌にも聞え、ニグロスピリチュア ルのような雰囲気もある。ようするに土俗化したI正確にいえばしつつあるIカソリック信仰の歌﹂とあ る。祖母の姿とこの歌は、マリヤ像の首を砕く場面と、福地松子が石打ちにあう場面に至るまで、その後、テク 153 ストの随所で繰り返し出現してくる。石打ちのシーンに近づくと、祖母は﹁黒衣をまと﹂つて﹁黒衣の聖歌隊﹂ の先頭でうたい始める。 ソロ ︵大意︶神は大いなる火を下したまえり。われら選ばれし民の上に コーラス われら選ばれし民の上に。かたまれ、かくれろ、石のかげへ、火とやかれくずれた石のかげへ、 逃げるな光の方へ、神の御囲からさえ遠いところへ、ひそめ息を殺してもくれ、そこでまつのだ。昔からわ れらの祖先がしてきたごとくにまつのだ。神がさがしに来て下さる日のことを、その日岩がわれ、光がわれ らをうちわれらよろこびのうちに死に、そして神の中に生きるI この歌が鳴り響くなか、石打ちの悲劇が起きる。これによって、演劇テクストにおける石打ちは、鮮明にキリ スト教的意味合いを持った出来事として読むことができる。いや、そのように読むことしかできないというべき かもしれない。それは、小説テクストのように、マリヤ像の首の破壊に潜在的に接続しながら、川西政明かいう ところの﹁浦上の歴史﹂﹁絶対的な神の神話﹂にひびを入れるものではなくなっている。それは、被爆という受 難とともに、原爆以後の浦上のキリスト教信仰を﹁われら﹂のものとして正当化し受容することで、﹁浦上の歴 史﹂を被爆者の心理と共存させていこうとする意志そのものなのである。ここには、小説テクストが特徴とした ﹁母の否定﹂に象徴されるキリスト教への懐疑というモチーフは存在せず、書き換えられてしまっている。 歌詞にある﹁祖先がしてきたごとくにまつ﹂という志向性は、一見すると、これまでの隠れキリシタンの思考 52 1 を継承するようだが、その宗教性は大きく変異していると捉えるべきだろう。海塔新田の人々は﹁いつか裁きの 神話から物語へ 六一 六二 日がきて俺たちの信仰の正しさがあらわれよる﹂こと、﹁神がさがしに来て下さる日﹂を祈っている。それは。 遠 藤 周︵ 作1 の8 い︶ う よ う な ﹁ 神 だ け が か く れ 切 支 丹 の 過 去 を 知 っ て お り 、 審 判 の 日 、 そ れ を 裁 く か も し れ な か っ た 。 1 51 かくれ切支丹にとってデウスは怒る神、罰する神となるかもしれなかった﹂と思うために﹁母親の愛を求めた﹂ ﹁負い目をもつ者の信仰﹂ではない。海塔新田の被爆者たちは、自分たちだけが生き残ってしまったとか、原爆 という現実を前に神を信じられなくなったといった﹁負い目﹂を持っているのではない。彼らが強力に持つの は、原爆とそれを落とした加害者、さらには原爆後、被爆という事実から目を背け﹁まやかし﹂の方へ信仰を曲 げてしまった﹁われら﹂以外の信者たちのうえに、﹁審判の日﹂が訪れることへの希望である。そこには、単に 神が﹁かくれ﹂る自分たちを見つける日のこと以上に、旧約聖書的な﹁怒る神﹂=デウスに向けられた裁きに対 する期待があるのだ。それは、許す存在としての﹁母の否定﹂をこえた、﹁父の絶対化﹂﹁父の肯定﹂というモ チーフの方向性であるといえよう。 演劇テクストになって追加された﹁司教﹂﹁司祭﹂の登場も、このモチーフ変化を示す徴のひとつと考えられ る。津山信夫は、マリヤ像の首にいたずらをし、司教と信徒に叱責を受ける。叱りを受けること自体は、小説テ クストと変わらない。だが、その糾弾の背後にある思想が異なる。演劇テクストで司教は﹁原爆の廃墟は無残な 過去につながりすぎます。神は愛をもて人をみちびき、憎しみをしりぞけたもう。憎悪をかきたてるだけのこの ような建物は一日も早く取りこわした方がよろしいのです。そして、再び、神の栄光をほめまつる、新しき神の 幕屋を建てようではありませんか﹂と語る。これと同じ言葉は小説テクストにもあるが、それは天主堂の撤去問 題をめぐり、大浦天主堂の司教が発した一見解に過ぎなかった。それが演劇テクストでは、浦上天主堂の意向を 代表するかたちで呈示されている。だが、この司教とその考えは、あくまで対立軸として存在している。いまI 度、台本のト書を見れば、海塔新田の﹁天主堂﹂は﹁浦上よりうつした天主堂の模型−かなり崩れているI﹂ とある。浦上天主堂の司教らが﹁憎悪をかきたてるだけ﹂だとし、是が非でも回避しようとしている天主堂がこ れである。﹁ほんものの信仰﹂を掲げる海塔新田の人々は、いわば天主堂問題を先取るかのように、信仰を実現 しているのだ。そこには、旧態の信仰性に留まろうとするものと、原爆以後を新たな再生として生きて行こうと するものとの、決定的に対立するキリスト教の実態が描出されている。司教たちは、神が﹁愛をもて人をみちび き、憎しみをしりぞけ﹂ると考え、許す﹁母﹂を未だ信じ続けている。だが、津山信夫と彼が属する海塔新田の 人々が向き合っているのは、そのような﹁母﹂ではなく、その先にある旧約聖書的な﹁父﹂=デウスなのだ。 このことは、石打ちの場面で、裸を投げる加害者側の宮地の父にも象徴的に表れている。ト書きに従えば、宮 地の父は、現場において、皆から﹁一人だけ﹂離れて﹁司祭であるかように立っている﹂とある。それは、﹁ほ んものの信仰﹂を主張する海塔新田において、﹁父﹂というモチーフを強調し、神=デウスへの対象化を強く印 象づけるものとして機能していると見ることができるだろう。 このように﹁司教﹂と﹁司祭﹂という存在は、キリスト教の一体的なありようではなく、原爆以前には一定の まとまりを持っていたであろうキリスト教信仰が、演劇テクストにあっては、海塔新田を中心に分裂と破綻をき たし始めていることを表徴しているのだ。 演劇テクストが前景化しているのは、小説テクストにあった﹁浦上の歴史﹂﹁神をめぐる神話﹂に対する弾劾 とは反対のもの、すなわち﹁浦上の歴史﹂の再編、﹁神という神話﹂の再構築とでも呼ぶべき現象である。しか も、それは海塔新田という共同体に﹁土着化﹂するかたちで、被爆者固有の宗教として、被爆者の心理と直結し て存立する特色を持っている。その意味で、演劇テクストのクライマックスで、津山信夫が首から下げた十字架 神話から物語へ 六三 150 六四 を引きちぎるのは、単純なキリスト教的世界︵観︶ への反撥などでは決してない。十字架は旧態依然の信仰を代 象するものとして自覚的に破棄されるのであり、海塔新田に生まれ土着化しつつある﹁ほんものの信仰﹂を選び とる象徴的行為、神=デウスへの忠誠をあらためて示しなおす、戦後の地で新たに再生しつつある隠れキリシタ ン信者の﹁内面﹂の表れに他ならないのである。 かつて高橋和巳は、﹁地の群れ﹂の物語空間を﹁神なき機土﹂と評したが、演劇テクストにあるのは、原爆以 降の戦後という時間のなかで、隠れキリシタンが被爆者たちの生活に再び根づいていく宗教存立をめぐる特異な 相貌に他ならない。それは、言い換えるならば、浦上地区におけるキリスト教信仰の戦後化そのものを描出した ものであるといえよう。 三、背後にひそむリアリズムの問題 ここまで見てきた通り、演劇化にともなって、演劇テクストでは隠れキリシタン信仰をめぐるモチーフが新た に創出された。だが、演劇化の作業には、モチーフ転換をこえる、さらに本質的な問題が関与している。 演劇テクストは、小説テクストにあった物語の分かりにくさを解消し、主題を鮮明にした点で、演出面で充分 な効果があったと考えられる。だがその一方で、演劇化か、ある種の﹁分からなさ﹂や﹁あいまいさ﹂のなかに 展開していたテクストにおけるモチーフの特性を消失させてしまったのも確かである。演劇テクストで﹁海塔新 田﹂なる共同体が、原爆以後の隠れキリシタン信仰と特異なかたちで結びつき表象されたことは、演劇テクスト が実現したひとつのモチーフとして、個別評価されてしかるべきである。ここで問題としたいのは、モチーフの 149 中身ではなく、そのあり方についてだ。小説テクストにおける被爆者に巣くう﹁わけのわからない﹂﹁内面﹂を 整除する演劇化の営為は、単にどのモチーフを顕在化させるかという脚色上のイデオロギーの問題をこえて、モ チーフが何により支えられ、成り立ちうるかということ、言い換えるならば﹁物語をどう描くか﹂﹁物語とは何 か﹂というリアリズムの問題そのものを孕んでいることに留意したい。 奥野健男は、小説﹁地の群れ﹂は﹁原爆というものを外面的、公式的にとらえず、深層心理的に内面からとら え﹂﹁被災者が怒りをどこに向けようもなく孤立し心理的に屈折し、ついに恥じるようになる。それを部落民の 問題と重層させることにより問題の所在をいっそう明らかにしよう﹂としたと述べて、被爆者の屈曲した﹁内 面﹂の主題化に評価を示した。だが他方で、﹁暗い事件を重層的に描く﹂﹁素材偏重の傾向﹂によって、﹁結局作 者は何を言おうとしたのか、その肝心なモチーフが薄れてしまって﹂いるとも批判している。 よく似た指摘は、遠藤周作にも確認できる。遠藤周作は、﹁原爆が今日も人々の精神にどのような傷を与えて いるかを描﹂こうとした点を評価しながらも、﹁わからない点が幾つかある﹂といい、物語の﹁構造﹂、とりわけ ﹁並列的形式という手法﹂に﹁内容的必然性﹂がなく﹁読者を疲れさせる﹂だけだと指摘した。 この二人に共通するのは、爆心地の人々の﹁内面﹂を主題とすることへの是認と、並列的な物語構造の意義が 理解できないということに集約されるだろう。そこでは、両者のつながりは重視されてはいない。端的に言え ば、二人にとっては、被爆者の﹁内面﹂を表象するにあたって、物語が複雑である必要はなく、演劇テクストの ように﹁秩序﹂化されている方が好ましいのだ。遠藤周作は同じ文章で、﹁私は氏と文学観がちがうのだろう。 文学観がちがう以上、私はこの作品をどこまで消化しえたか、やはり責任ある時評を書こうとすると甚だ苦痛に 48 なってくる﹂と述べているが、仮にこの﹁文学観﹂が、いわゆるリアリズムに当たるとすれば、二人のリアリズ 神話から物語へ 六五 六六 ムとは、﹁内面﹂と﹁物語構造﹂の秩序という問題は、別個のものとして認識されているといえよう。 こうした立場と正反対にテクストを捉えたのが森川達公である。氏によれば、小説﹁地の群れ﹂は﹁最初から リアリズムを方法としていない。というよりは、リアリズムを破壊しているというべき﹂作品だという。そこで は﹁実体を持った特定の主人公や、それらが現実の秩序と、内面的な必然性に従って繰り拡げる事件の全体が崩 壊・否定され﹂るために、﹁読者は、自ら、この相互に対立したり否定しあったりする作品の諸契機のなかへ捲 きこまれ︵アンガジエ︶ていき﹂﹁自分なりに作品をくみたてて行く他はない﹂と考えた。森川達也は、こうし た方法を﹁一人の人間を主人公として設定し、その在り方と生き方を時間、空間、内面的必然性といった客観的 な秩序に従ってありの鐙に写す﹂旧来の一般的なリアリズムに対して、﹁反リアリズム﹂の文学、﹁反リアリズ ム﹂の手法と規定した。また、森川の理念にきわめて近い存在に、笠原伸麺の名があげられる。笠原伸夫は、 ﹁崩壊してゆく人間の内面﹂を捉えるためには、﹁リアリズムをつき崩す方法﹂すなわち﹁︿物語性﹀と訣別する﹂ ことが必要だと主張した。 あらためていうまでもなく﹁地の群れ﹂が舞台とする地は、原爆投下により﹁現実・人間の持つ秩序・価値・ 意味等々の絶対性﹂が一度完全に無効となった場所である。そして、そこに置かれた被爆者の﹁内面﹂とは、 ﹁崩壊してゆく人間の内面﹂以外の何物でもない。その意味において、爆心地とそこにいる人々の実相を真に描 こうとするとき、従来のリアリズムの方法が通用せず、代わりに﹁反リアリズム﹂が要請されるという森川達也 らの見識は妥当であったと考えられる。 だが、先の奥野健男と遠藤周作の二人は、このようには考えなかった。彼らは、あくまで﹁内面﹂と﹁物語の 方法﹂を峻別し認知していた。それは、二人が既存のリアリズムに立脚していたことの証左に他ならない。その 147 ため、二人はテクストを﹁秩序﹂優位とする視座に立つために、﹁重層﹂﹁複層﹂といった﹁秩序﹂を逸脱する物 語構造を否定的に捉え、その﹁必然性﹂を非難したのである。 それでは、森川達也の理論により沿って、小説/演劇テクストを見てみるとどうだろう。 二人の登場人物を主人公格に見立てテクストを二部に分朧、第一部では宇南親雄に、第二部では津山信夫に焦 点を絞り物語が整理された演劇テクストは、明らかに﹁秩序﹂を重要視する旧来的なリアリズムに基づいている ということができる。他方、そうした整除を施さなければならないほど﹁無秩序﹂なまでにデータが重層する小 説テクストは、反リアリズム的な性格を持つということができる。このように考えると、前章で検討した、演劇 テクストにおける被爆者特有の﹁内面﹂心理を核とした隠れキリシタン信仰のモチーフは、演劇化という﹁秩 序﹂運動のなかで、小説テクストの反リアリズム性を抑制、排斥することで成立したものと考えられる。言い換 えれば、演劇テクストのモチーフの背景には、森川達也らが重視した、被爆者の﹁崩壊してゆく人間の内面﹂ が、リアリズムの観点上、置き去りにされている問題があったと考えられるのだ。 そうした面が顕著に現れた部分こそ、隠れキリシタンのモチーフ生成の場にあたる第二部に対置する第一部で ある。第一部では、カットや訂正、ト書も含めて、さまざまな苦心の跡が台本に見える。例えば、小説テクスト では、突然三人称だった語りが家弓安子=﹁私﹂という一人称の語りに変化し、その﹁私﹂が宇南親雄の声が父 の声に似ていると感じるところに、宇南親雄と安子の父という別の二人が、奇妙に重なり合って現出してくる場 面がある。そこで二人は、ともに被爆者に対し偏見を持たない人物として、﹁私﹂の視線に捉えられることに成 功している。しかし﹁私﹂が、この二人の﹁内面﹂性を理解し認知しているわけではない。二人が﹁無秩序﹂に 重なり合い出現することで、その言語化し難い戦前・戦中世代の被爆者の﹁内面﹂が、﹁私﹂という戦後世代に 神話から物語へ 六七 146 六八 よって偶発的にとらえられる瞬間が、そこには表象されている。同じ局面を演劇テクストも何とか再現しようと 努力する様子が、ト書の﹁︵宇南が父を演じる方法が考えつけば一番いいと思うが、その場合の処理と文体未解 決︶﹂といった箇所に見てとれる。 この﹁内面﹂の問題を考えるにあたって、もっとも重要なのは、第一部のなかで小説テクストから著しい変化 が見られる部分だ。それは、宇南親雄の抱える問題が一元化されているという面である。宇南親雄について、か つて平野誕は﹁主人公格として自立させるために、医者の過去・現在にあまりに特殊な運命をになわせているの が、この力作の小さなからぬ欠点となっている﹂と指摘した。この﹁運命﹂には、青年期に朝鮮人女性を暴行し 自殺に追いやった過去や、共産党山村工作隊同志の死、さらには母親が﹁部落出身者﹂だったらしいということ や、自分自身も長崎を歩いた被爆者であることなど、さまざま含まれる。これらすべてに連関していそうで、し ていない、危うい﹁接点﹂となっているのが、妻・英子にひそかに中絶薬を飲ませ子供を持つことを拒む宇南親 雄の一面である。いま挙げたそれぞれの運命的要素は、宇南親雄が﹁子﹂を拒否する理由としての資質を持ちな がらも、小説テクストでは﹁秩序﹂立って組織化されてはいなかった。繰り返しになるが、そうすることでこ そ、宇南親雄の﹁内面﹂は、被爆者のそれとして、あるいはそれ以上のものとして、自身でも捉えきれないその 様相を表象し得ていた。しかし、演劇テクストにおける宇南親雄の﹁内面﹂は、あまりに読みとりやすい短絡的 な方向へと転換されてしまっているのだ。 例えば、演劇テクストでは、山中で病死した共産党の同志・森次を回想するシーンで、次のような英子の台詞 が新たに加えられている。 145 ︵英子と同時︶死にかかっている病人に山芋をくわせるなんて、何ということをするんですか。 ︵今泉と同時︶あなたは医者の卵でしょう。その位のことが判らないなんて⋮⋮ これに続けて妻・英子は﹁殺したのね﹂とつぶやく。ここで明らかなのは、宇南親雄が﹁医者として﹂の生き方 について問われているということだ。それはここに限るものではない。福地徳子が男に暴行された証明書を書い て欲しいと来院するシーンには、宇南親雄が、親の許可と経緯説明がなければ﹁医者としてカルテのかきようも ない﹂と彼女を突き放しておきながら、後で﹁ブラクだろうとなんだろうとからだは同じだ。医者にとっては﹂ と自分の行動を自問していきり立つ場面がある。また、被爆の後遺症に苦しむ家弓安子を往診する場面に現れる 謎の男は、﹁看護婦さんになりたいといいくらしていてねえ。あの子は。看護婦さんになれば自分の痛みが止め られると本気でそう思いこんでしまったんですよ﹂と話す。ここにも家弓安子を救うことができないことをめ ぐって、宇南親雄の医学的無力さが浮き彫りにされている。 このように、演劇テクストの宇南親雄の身辺は、彼を﹁医者として﹂という枠組で問題化しようとしてやまな いのだ。妻・英子を中絶させようとするシーンにも、それはよく現れている。小説テクストでは、妻・英子は中 絶薬を飲まされていることを知りつつも﹁このジュース、何だか変な昧ね﹂というだけで、宇南親雄も﹁君の口 のせいじゃないか、別になんともないよ﹂と返すだけだった。それが演劇テクストでは、はっきりと﹁あたしが 知らないと思ってるの。この間からあんたが飲ませてくれるジュースやビールに、あんたがこっそりなにをまぜ ているか、あたしが気がついてないとでも思ってるのI・﹂と宇南親雄を真っ向から追及する言葉が浴びせられ る。さらに、台本ではカットとなっているが、﹁親雄はとっぜん立上り、クスリの包みさがしだしコップにふり 神話から物語へ 六九 144 貪 英 子 七〇 こむ﹂という中絶を仕組む露骨な描写まで予定されていたのが見える。宇南親雄の行動を、疑惑ではなく、事実 として鮮明に見せようとする﹁秩序﹂化する脚色上の工夫のひとつと思われるが、ここにも﹁医者として﹂行っ てはならない倫理的非道が宇南親雄に強く押しつけられているのが見て取れる。 先の平野謙の言葉を借りれば、演劇テクストの宇南親雄は、﹁主人公格として自立﹂するため、あらゆる﹁運 命﹂が﹁医者として﹂という一点につなぎとめられるように整理されているのである。このとき、もはやそこに は、爆心地に置かれた被爆者の彼が持つ固有な﹁内面﹂の動態は希薄化してしまっているといわざるを得ない。 例えば、小説テクストでは、原爆体験を語るとき﹁彼ではない、もう一人のアルコール漬になった彼が﹂話すよ うな感触にともなう無意識や、被爆事実をことさら隠そうとする家弓光子に対して﹁どうしようもない憤怒﹂を 起こす感情の機微といった諸相が各所に散見されたが、演劇テクストではすっかり見えなくなっている。 演劇化された第一部の宇南親雄は、﹁医者として﹂失格した存在として、その人物造形の輪郭は明瞭になった ものの、第二部における隠れキリシタンのモチーフとは有機的な連関を持つこともなく、結局のところ、その ﹁内面﹂は、個々の筋の﹁秩序﹂の代償として単純化された末、モチーフ面での相互性まで断たれてしまってい るのだ。 さらに、問題はこれに留まらず、いっそう厄介なのだ。というのも、リアリズムに基づき形成された﹁秩序﹂ 立った宇南親雄の存在が、皮肉にも、逆説的なかたちで、リアリズムが本来のり越えるべき課題を露見させてし まっているからである。 小説﹁地の群れ﹂にふれて、かつて高橋和巳は﹁井上光晴は自然主義的である﹂と表現した。そこで氏は、テ クストは﹁すべておこってしまったもの﹂﹁その大前提が作品の枠組になっているのだが、その枠そのものは動 143 くことがなく﹂﹁さいしょに設定した枠組の常識性がつき破られる﹂ことがないことを指摘し、その自然主義的 リアリズム性を批判した。これとほぼ同じ趣旨の言及は、堀田善衛にも見られる。堀田善衛は、テクストは﹁閉 鎖概念で終るんじゃなくて、打破った概念をつかみ得て終る﹂べきであり、そのためには小説全体が﹁うまく完 結できなくてもいいじゃないか﹂と述べている。 この﹁枠組﹂なり﹁概念﹂を突破するものとして、基本となるのは、登場人物のあり方と考えて差し支えある まい。実際、高橋和巳は﹁作品の最初と最後に意識をあたえられ、全体を客観視しうる能力をそなえた人物とし て設定されている医師の宇南親雄﹂が、﹁たとえ境遇上に変化はなくても、精神的に動いていなければならない﹂ のに、﹁小説がはじまった時から終る時まで、まったく動いていない﹂と非難している。しかし、演劇化という ﹁秩序﹂化の作用を受けた宇南親雄は、﹁医者として﹂という枠組を強調的に付与され、いっそうその﹁固定性﹂ から抜け出すことができない存在と化してしまっているのだ。テクストのなかで、﹁医者としての﹂自己に対し て宇南親雄本人が懐疑を向ける箇所やそうした契機となる目立つ要素はない。まだ小説テクストの方が、宇南親 雄が背負う問題ひとつひとつが危うい﹁接点﹂で結ばれる形態ではあったが、それゆえに、ひとつの動きが連鎖 を起こすかたちで衝撃を持ち展開しうる局面が、テクストに潜在的に含まれていたと思われる。 例えば、それは、被爆の事実をことさら隠そうとする家弓光子との対話のなかで﹁どうして原爆には何も関係 なかとに、原爆病なんていわれたら、もう安子の一生かめちゃくちゃになってしまうとですから⋮⋮﹂という言 葉を聞いた途端、宇南親雄は﹁どうして娘さんの一生がめちゃくちゃになるのですか﹂と言いながら、﹁そう だったんだ、それなのだと思﹂う場面などに現れていた。このとき彼が認識するのは、単に隠蔽の原因が娘への 配慮に関係しているという一面的なものではない。そこでは、被爆者に対する世間の偏見の強さや、自身が持た 神話から物語へ 七一 142 七二 ない母親という存在がなす役割などが、宇南親雄自身も被爆者で、母親が被差別部落者であったかもしれないと い う 背 景 と 不 気 味 に 関 わ り な が ら ヽ 彼 の な か で 現 象 し て く る ・ ゜ そ う ﹂ ゛ そ れ ﹂ と い う 発 見 の な か に は ヽ 明 確 な 言 1 4 1 語にはならない、宇南親雄のそうした精神的な動きが表現されている。それは﹁枠組﹂や﹁概念﹂をこえうる運 動の兆しのようなものとして評価されてよい。その意味で、高野斗志美が、﹁宇南が、額廃を自己の運命として 引き受け、それを実現することで逆に頚廃を突き破るという自由をまだ手にいれず、なおまだそのなかに挫折し ている﹂点を肯定的に捉え、彼が﹁内在的に告発﹂する力を備えているとした解釈は正しいといえるだろう。 高橋和巳や堀田善衛が指摘した登場人物の﹁固定性﹂という問題は、反リアリズム的な小説テクストをリアリ ズム的に仕立て直す演劇化を通して、克服されるどころか、より強固な﹁医者として﹂という﹁枠組﹂を第一部 の宇南親雄に付与した。これによって、小説テクストが元来抱えていた自然主義的リアリズムの弱点は、そのま ま反リアリズム性を持った演劇テクストに、宇南親雄を通し露呈するかたちとなってしまった。演劇テクストに おける宇南親雄は、﹁医者として﹂という鮮明な﹁枠組﹂を打ち出したが、その存在はそれ以上でも以下でもな い。そこでは、第二部におけるモチーフの獲得と引き換えにするようにして、リアリズムの問題が、解決されな いまま表面化するという難点が見られるのである。 以上、﹁地の群れ﹂の演劇化について、その脚色にともなうモチーフ転換とそれをとり巻く問題を中心に検討 してきた。 演劇化を通じ、小説テクストにおける﹁浦上の歴史﹂﹁絶対的な神の神話﹂﹁母という神話﹂の瓦解、それらキ リスト教信仰にまつわる神話に対する懐疑というモチーフは、演劇テクストでは、原爆以後の戦後に存在し得た かもしれない、被爆者心理に根ざした独特な形態による隠れキリシタン信仰の再生と復興という光景に変転し た。それは言い換えるならば、﹁神話﹂をめぐる問題から、実際には存在しないが、あっても不思議ではない現 実の側面を、﹁物語﹂の創造によって描出しようとするモチーフ展開であったともいえよう。だが同時に、この ﹁神話から物語へ﹂としての演劇化には、﹁秩序﹂化としてのそれが及ぼした作用もあった。元来﹁反リアリズ ム﹂的である﹁︿物語性﹀と訣別﹂した小説テクストを、リアリズム的な﹁物語らしい物語﹂の演劇テクストへ と仕立てる、文字通り﹁物語へ﹂向かう演劇化の営みは、被爆者の心理を分かりやすくすることを可能にした。 だがその基底では、リアリズムでは捉え切れない被爆者の﹁内面﹂が充全に描出されず、さらには主人公格の宇 南親雄は単一の﹁枠組﹂によって主題化されてしまうという、既存のリアリズムが持つ弱点が、演劇テクストに 強く露顕したのだった。これらは、演劇化あるいはモチーフ生成と深くかかわる、テクスト内部で起こった極め ﹁地の群れ﹂論−﹂︵﹁映像演劇学2009﹂第1集、平 て本質的な問題として看過できないものといえるだろう。 二二・三︶。 七三 ︵6︶川西政明﹁原爆文学﹂︵﹁昭和文学史中巻﹂平一三。 ︵5︶遠藤周作﹁秩序と調和﹂︵﹁文芸﹂昭三八・八︶。 ぶ︶。 じた。寄贈の詳細については不明︵以下﹁台本﹂と呼 る。キャスト一覧によれば、宇南親雄の祖母アマネを演 ︵4︶B5版、簡易製本。見返し部に﹁竹田都﹂の署名があ 注 テクストの引用はこれを用いた。初出は﹁文芸﹂昭三 ︵1︶井上光晴﹃地の群れ﹄昭三八、河出書房新社。以下、 八・七。 ︵2︶劇団青俳座による公演は昭和四四年︵脚本演出・木村 光こ、文学座による上演は昭和四六年︵脚色・木村光 一、演出・岩村久雄︶。 ︵3︶拙稿﹁神をめぐる主題︱井上光晴原作・熊井啓監督 神話から物語へ 140 講談社︶。 て﹂︵﹁文芸﹂昭四二・こ。 ︵7︶遠藤周作﹁父の宗教・母の宗教−マリア観音につい 昭三八・八︶。 ︵8︶河盛好蔵・福永武彦・青柳瑞穂﹁創作合評﹂︵﹁群像﹂ ︵9︶川西政明﹁マリヤ像の首﹂︵﹁文芸﹂ 一九九二秋号︶。 七四 ︵23︶森川達也﹁近代ヒューマニズムの超克−井上光晴﹁地 の群れ﹂の世界I﹂︵新日本文学︶昭三八・九︶。 の研究﹂昭四九・四︶。 ︵24︶笠原伸夫﹁小説的虚構の意味﹂︵﹁国文学 解釈と教材 昭三八・八︶において、テクストが﹁二つの部分に分裂 ︵25︶針生一郎﹁﹁原体験﹂は存在するか﹂︵﹁新日本文学﹂ ︵26︶︵8︶と同。 してわたしの眼に映る﹂と早くに指摘されている。 ︵11︶︵8︶と同。 ︵27︶台本 I−三七頁。 ︵10︶︵3︶を参照。 ︵12︶台本 2−一頁。 ︵28︶平野謙﹁原爆被災者が犯した殺人﹂︵﹁週刊朝日﹂昭三 ︵15︶台本 2−四七頁。 ︵30︶台本 1−七頁。 ︵29︶台本 ︱−二二頁。 八・一〇・一八︶。 ︵13︶台本 2−一〇頁。 ︵16︶台本 2−一頁。 ︵31︶︵20︶と同。 ︵14︶︵9︶と同。 ︵17︶台本 2−五四頁。 ︵32︶堀田善衛・久保田正文・小林勝﹁作品合評﹂︵﹁新日本 ︵33︶高野斗志美﹁井上光晴論﹂︵昭四七、勁草書房︶。 文学﹂昭三八・八︶。 ︵18︶︵7︶と同。 ︵19︶台本 2−四八頁。 ︵20︶高橋和巳﹁本格小説の可能性I﹁地の群れ﹂の方法を 中心にI﹂︵新日本文学︶昭三八・九︶。 ︵21︶奥野健男﹁井上光晴論﹂︵﹁現代日本文学大系87﹂筑 摩書房、昭四七︶。 ︵22︶︵5︶と同。 139 Transforming “Christian” Motifs: Mitsuharu lnoue’ Chi lV’o M14?・e and lts Theatre Adaptation KAKITANI Kouichi Mitsuharu lnoue’s nov吐Chi No Mz4γewas published in 1963; four years later in 1967, it was made into a play by the drama company Engekiza.This essay investigates how the nove1, which is considered t one of lnoue’s most important works and which experiments with a mode of writmg that nlustrates the confusion and challenges faced by Chris in the Urakami district of Nagasaki after the devastation by the nucl bomb,was adapted for the stage. The essay discusses two aspects of th adaptation: changes in motif and mode of writing・ Engekiza’s performance script invents a new motif for the theatre. The new motif in the drama text exp10res spiritua1 survival and regeneration of fith in God for Kahye Kiyishitn kClandestine Christia while the central motif in the novel problematizes faith in the myth mother in the context of Christianity, which alludes to lnoue’s chall of the authority of ‘History of the Urakami DistrictヅMyths of Abs01ut Deity’,and ‘Myths of Mother’. Replacement of motif in theatrical adaptation accompanies changes i mode of expression. Whereas the nove1 complicates existing modes of novelistic realism to present the topic from multi−faceted dimensions theatre script tends to undo such complications so that it works, at in terms of the order of events and the implication of the motif, wit accepted practice of theatrical realism. Therefore,a comparison of texts between the novel and theatre adaptation in turn reveals that the novel goes beyond accepted modes realism to capture the ineχplicable internal elements of A−bomb victi whose eχperience and feelings cannot easily be woven into a linear 七 五 narrative.ln other words, the theatrical adaptation retums to conventi representation of theatrical realism by simplifying the narrative str in terms of the order of time and the point of view. 138
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