森林総合研究所 第 3 期中期計画成果集 津波で失われた海岸林を再生するために 東北支所 坂本 知己、中村 克典、野口 宏典、小野 賢二、八木橋 勉、 小谷 英司、篠宮 佳樹、相川 拓也、久保田 多余子 森林微生物研究領域 明間 民央 林業工学研究領域 山田 健、落合 幸仁 立地環境研究領域 平井 敬三 気象環境研究領域 安田 幸生 関西支所 市原 優 青森県産業技術センター林業研究所 木村 公樹 石川県農林総合研究センター林業試験場 小倉 晃 要 旨 津波で失われた海岸林の再生を科学技術面から支援するための調査研究を行いました。 津波被害軽減効果を期待できる海岸林を造成する場合も、海風の強い場所ではこれまで通 りクロマツの植栽が推奨されます。コンテナ苗を用いることで、植栽可能期間を長くでき る上、確実かつ効率的に植えられます。雨によって自然に塩分が抜けているのでとくに除 塩は必要ありませんが、将来の津波による塩水害に備えるためには、排水のよい凸地形や 排水溝の造成が有効です。適切な防風対策を施すことで、標準的な植栽本数(10,000 本 / ha)を半分以下にできます。クロマツ林の密度管理は、津波被害軽減効果の点からも重要 です。クロマツの下層に広葉樹を導入するとより効果的です。 震災復興に欠かせない海岸林の再生 東日本大震災では、多くの海岸林が津波によって失わ れ、海岸林が果たしていた飛砂、潮害、津波や高潮など を防止または軽減する働きや、憩い・安らぎの場が失わ れました。被災地の復興に当たって、失われた海岸林を 速やかに再生することが欠かせません。その際、これま でより津波に強く、その被害を軽減する海岸林が求めら れています。 どのような海岸林にするか 植栽試験地での生育状況から、海風の厳しい植栽地で はこれまで通りクロマツを植栽することがよいと分かり ました。さらに、津波が入り込んで塩水害を受けた場所 であっても、雨などで自然に塩分が抜けるのでクロマツ の植栽が可能であること、塩水害を避けるために植栽地 に入り込んだ海水が抜けやすいように溝を掘ることや凸 地形にすることの有効性を明らかにしました(図 1) 。 水路実験、引き倒し試験に基づく数値シミュレーショ ンによって、樹木が津波に耐える力や津波を弱める力を 計算した結果、過密林の方が津波の力を弱めるものの、 津波が大きくなると被害を受けやすいことから、これま で通り成長に合わせて植栽木を間引き、適正な密度のク ロマツ林に仕立てることが現実的です。また、クロマツ 林の下層に広葉樹を導入することで、津波をいっそう弱 められることも分かりました(図 2) 。 効率的で確実な海岸林造成のために 短期間に大面積を植栽するに当たっては、効率的で確 実な植栽方法が求められます。柵などによる防風対策を 適切に施せば、植栽本数を標準(10,000 本 /ha)の半 60 分以下に減らせることを明らかにしました。 このことは、 苗木不足の解消やその後の本数調整作業の軽減に役立ち ます。また、コンテナ苗を用いれば、植え付け可能期間 を長くできるだけでなく、作業効率が高くなります(図 3) 。なおクロマツの場合、水平根の発達の点から、コ ンテナは内面リブ式よりサイドスリット式が適している ことが分かりました(図 4) 。 津波で海岸林が失われても、クロマツ苗木の活着・生 育を助ける菌根菌が生き残っていることを確認しまし た。一方、山砂で造成された盛土には、菌根菌がほとん ど存在しないことから、少ない手間で菌根菌付きコンテ ナ苗を作る技術を開発しました。 今後の課題 津波によって根返りした樹木の多くをみると、地下水 位が高いため根の発達が不十分でした。そこで、海岸林 の再生事業では、根が深くまで張れるように盛土をして 植栽しています。しかし、盛土は造り方によっては、根 の生育に硬過ぎたり、水が溜まって根腐れを起こしたり する恐れのあることもわかりました。そのため、これら の課題を解決する研究に新たに取り組んでいます。 本研究は、森林総合研究所交付金プロジェクト「東日 本大震災で被災した海岸林の復興技術の高度化」による 成果です。 詳しくは以下の文献をご覧下さい。 野口宏典 他(2012)海岸林学会誌,11,47-51 小倉晃・坂本知己(2015)海岸林学会誌,14(1) ,21-26 小野賢二 他(2014)森林立地,56,37-48 FFPRI 2011 年 4 月 5 日 2012 年 11 月 19 日 図 1 生存木の立ち枯れ 津波後、クロマツの針葉は緑色で、健全な状態と考えられました(左:津波から約1ヶ月後:H23.4.5)が、 夏ころから針葉が赤褐色に変り、その後枯死し針葉が脱落しました(右:約 20 ヶ月後:H24.11.19) 。必ずし も海側の林が枯れたわけではなく、微地形の関係で入り込んだ海水が残りやすいところが枯れました。 2012 年 7 月 19 日植栽 図 2 林型による波力減殺効果の違い(海岸線から 100 ∼ 300 m の位置に幅 200 m の海岸林を 想定した場合) 津波が海岸林を通過することで津波の破壊力は過密林 の方が大きく低減します。ただし、過密林は小さい津波 でも被害を受けて機能しなくなります。これに対して、適 度な混み具合の海岸林は、幹が太く折れにくく、より大き い津波に対しても機能します。また、クロマツ林の下に広 葉樹を導入することで、津波が小さいときの低減率を高 めることができます。 2015 年 10 月 15 日 図 3 コンテナ苗の植栽試験の様子 梅雨明け直後の植栽にも関わらず根付き、順調 に生育しています。 図 4 コンテナ種類による根系形状の違い リブ式のコンテナで作った苗の根のほとんどがコン テナの底面で空気根切りされるのに対して、スリット 式の場合には側面でも空気根切りされるため、水平根 が発達しやすいと考えられました。 スリット式 リブ式 61
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