著作権(1)

誌
座
学
上法 講
第
8
著作権法を知ろう ― 著作権法入門・基礎力養成講座
著作権(1)
−複製権−
回
野田 幸裕
Noda Yukihiro
弁護士、弁理士
N&S 法律知財事務所設立所長。著作権法・商標法等の知的財産関連のビジネスコンサル・契約・訴訟等が専門。
前東京都知的財産総合センター法律相談員、一般社団法人日本商品化権協会正会員等。講演・著作等多数。
コピー機で複写したり、音楽を録音したり、映
著作権とは何か
画を DVD に焼き直したりなどの行為が想起され
ところで著作権とはそもそもどのような権利
るかと思います。この点、著作権法では
「複製」
でしょうか。著作権法には
「著作物」
や
「著作者」
を
「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法
の定義は明記されていますが
(法2条1項)
、直
により有形的に再製すること」と定義していま
接、「著作権」の定義は明記されていません。そ
す
(法2条1項 15 号前段)
。特に、脚本などの演
の代わり第3款「著作権に含まれる権利の種類」
劇用の著作物については、演劇用著作物が上演
という項目があり、複製権
(法 21 条)
、上演権・
や放送などされたものを録音・録画することが
演奏権
(法 22 条)
、上映権
(法 22 条の2)
、公衆送
演劇用著作物の複製に該当するとされており、
信権等(法 23 条)
、口述権
(法 24 条)
、展示権
(法
また建物の著作物については、建築図面に従って
25条)、頒布権(法26条)
、譲渡権
(法26条の2)
、
建物を完成することが建物という著作物の複製
貸与権(法26条の3)
、翻訳権・翻案権
(法27条)
、
に該当すると注記されています
(同号後段イロ)
。
二次的著作物の利用に関する原著作者の権利
(法
ポイントは
「有形的再製」
が複製に該当すると
28 条)
といった具体的権利が列挙されています。
いうことです。
「有形」
とは書籍をコピー機で複
つまりこれらの具体的権利の総称が
「著作権」
で
写するなど、可視化される場合だけでなく、デ
あり、著作権とはこれらの具体的権利を束にし
ジタルデータ化された音楽や映画を CD や DVD
たものということになります。そこで重要なの
に録音・録画するなど、そのデータ自体は可視
は、個々の具体的権利の内容ということになり
化されるものではありませんが、記録媒体を再
ますが、わが国の著作権法は複製権をその基礎
製すれば音楽や映画が再製できるので、このよ
においており、権利者に無断で著作物を複製す
うな場合も有形的再製に含まれるため複製に該
れば、原則的には複製した段階で権利侵害にな
当します。
ります。そこでまず
「複製権」
から解説します。
もっとも有形的再製といっても元の著作物と
再製されたものとが完璧に同一になるデッドコ
複製権
ピーされた場合
(例えばコピー機で複写したり、
デジタルデータをコピーペーストする場合)
だけ
●
「複製」とは何か
でなく、多少の加減修正があっても元の著作物
しょうか。具体的には書籍や写真や絵画などを
ば、
裁判例等では複製の範囲内とされています。
と、実質的に同一といえる程度の類似性があれ
では「複製」とはどのような行為をいうので
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誌上法学講座
●複製権と無形的再製
に類似したに過ぎないならば依拠性はないので
複製権侵害にはなりません。
有形的再製に対しては無形的再製という概念
が想起されますが、例えば ①脚本に従い舞台で
しかし、通常、A と B の2つの著作物が偶然
劇を上演したり、ホールで楽曲を演奏する ②映
に類似するということは非常にまれな出来事で
画を映画館で上映する ③テレビ番組を放送する
す。そのため著作権侵害事件として訴訟沙汰に
④詩を朗読する ⑤絵画を展示するなども典型的
なった場合、原告側は、被告が原告に無断で複
な著作物の利用行為の1つですが、すべて著作
製したと主張する被告側の著作物 B が、原告側
物の有形的再製はないので複製権では保護され
が作成した著作物 A に類似していることを立証
ません。そこで ①は上演権・演奏権(法 22 条)
すれば、被告が原告著作物 A に依拠して被告著
②は上映権
(法 22 条の2)③は公衆送信権
(法 23
作物 B を無断で作成したことについて事実上の
条)④は口述権(法 24 条)⑤は展示権
(法 25 条)
推定を受けることになります。そのため被告側
など、複製権とは別の具体的権利
(法 22 条〜 26
としては、被告が作成した著作物 B が原告側の
条の3)として別途、保護されているのです。
著作物 A に依拠して作成されたものではないこ
とを積極的に反証する必要に迫られることにな
ります。
複製権の侵害
つまり本来なら複製権侵害の事実について立
複製は前記のとおり
「有形的再製」
をいいます
証責任を負うのは原告なのですが、前記のよう
が、この点、判例はさらに詳しく
「著作物の複製
な事実上の推定が働くと、あたかも立証責任が
とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形
原告側から被告側に転換されたかのような効果
式を覚知させるに足りるものを再製することを
が発生することになるのです。被告側としては
いう」
としています
(最高裁昭和 53 年9月7日判
「著作物 B が著作物 A に依拠していない」という
決、裁判所ウェブサイト)。すなわち ①元の著
不存在の事実について積極的な反証に成功しな
作物との
「依拠性」
と ②元の著作物を覚知できる
いと裁判に負けてしまいかねないので、依拠性
程度に再製され元の著作物と
「類似性」
があるこ
についてどのような事実があれば原告側が事実
とが「複製」の要件であり、元の著作者の承諾な
上の推定を受けることができるのかは訴訟の勝
く複製するときは原則的には複製権の侵害にな
ち負けに大きな影響があります。
この点、裁判例では依拠性の推定に関する要
ります。
素として、①原告被告双方の著作物 AB の類似性
要件① 依拠性
まず複製の要件としての依拠性とは、裁判例
(特徴的部分の実質的同一性)
や ②時間的先後性
では
「他人の著作物に現実にアクセスし、これを
(原告側著作物 Aと被告側著作物 B の創作の先後
参考にして別の著作物を作成すること」とされ
性)
、③被告側が著作物 B を創作する経緯の説
ています(大阪地裁平成 21 年3月 26 日判決)
。
明の説得力、④原告側と被告側との関係の密接
つまり先行して存在する著作物 A を見聞するな
性を挙げていますが
(東京高裁平成7年1月 31
ど接触(アクセス)
してそれに触発されて後行の
日判決、
『判例時報』1525 号 150 ページ)
、特に
著作物 B を作成する場合、先行する著作物 A に
① ②が重要です(知財高裁平成 24 年3月 16 日
アクセスすることが依拠です。
決定、
『判例時報』
2152 号 112 ページ)。
逆から言えば、仮に後行の著作物 B が先行の
依拠性が問題となった場合、被告側の争い方
著作物 A と類似していても著作物 B が偶然に A
としては、前記の要素から逆に、①時間の先後
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●類似性について争われた裁判例
を争う(実は被告側著作物 B の方が原告側著作
物 A よりも早い時期に創作されていた)、②依
複製権侵害ではなく翻案権侵害の例ですが、
拠した対象が異なるとして争う
(原告側著作物
裁判で争われた具体例で説明します。
Aはさらに先行して創作された第三者 Z の著作
黒澤明監督の
「七人の侍」
という著名な邦画が
物 C と実質的に同一であり、被告側著作物は B
ありますが、その脚本家の遺族が原告となり原
ではなく C に依拠して作成した。その C はその
告側脚本を著作物として、NHK 製作の大河ドラ
著作権保護期間が経過しているので著作権侵害
マ
「武蔵 MUSASHI」の第1回放送の脚本と番組
は問題にならないとか
(②−1)
、A は C の機械的
が翻案権を侵害したとして NHK と前記放送の
模写であり実質的に同一であって A には創作的
脚本家を被告として放送の差止等を争った事件
表現がなくA には著作物性が認められない
(②−
です。
2)
などと争う)ことが考えられます。
結論から言いますと地裁判決
(東京地裁平成
●依拠性について争われた裁判例
16 年 12 月 24 日判決、裁判所ウェブサイト)
も知
争われた実際の裁判例は、被告が上記②−2 の
裁判所ウェブサイト)でも被告側の勝訴となり
争い方をしたケースです。この裁判では、A は
ました。
財高裁判決
(知財高裁平成 17 年6月 14 日判決、
江戸風俗画を参考に制作された絵画の複製が
C の機械的模写ではなく創作性がある別個の著
裁判ではストーリー全体のほか、原告と被告
作物であること、A と B は酷似しBが A に依拠
の著作物のさまざまなエピソード等を対比しつ
しない限り B を創作できるとはおよそ考えられ
つ、地裁判決では
「原告脚本には、村の男たちは
ないなどとして依拠性も認め、複製権侵害等を
全員戦闘訓練に参加しているはずであるのに、
肯定しました
(東京地裁平成11年9月28日判決、
これに参加していない男を見つけた勝四郎が、
その者を追いかけて取り押さえたところ、胸に
『判例時報』1695 号 115 ページ)
。
手が触れて女であることに気づくという場面が
要件② 類似性
ある。一方、被告脚本には、関ヶ原の合戦後、
次に複製権侵害について
「類似性」
の肯否が問
戦場付近で遭遇した怪しい者を武蔵が追いかけ
題となるケースについて検討します。
裁判では、原告側は被告側著作物 B が原告側
て取り押さえたところ、その者の胸に手が触れ
著作物 A と実質的に同一であるとして、類似性
て女であることに気づくという場面がある。
(中
の立証のため、AB の類似箇所を対比する一覧
略)
原告脚本と被告脚本とを対比すると、怪しい
表を作成して複製を立証するのが一般的です。
者を取り押さえたところ、胸に手が触れて女で
これに対し被告側では、①そもそも AB は類似
あることに気づくという点で共通するが、両者
せず逆に相違点がある箇所を対比したり、
②
(仮
の間の共通点としてとらえられる上記の点はア
に AB 間に類似箇所があっても)A の当該箇所の
イデアにとどまるものであり、また、男性の身
表現はごくありふれたものであり、創作性が認
なりに扮装していた女性の胸に手を触れること
められない表現であるから、A の該当箇所には
によって、女性であることに気づくという場面
著作物性が認められないとか、③
(仮に AB 間に
は、他の作品にも見られるものであり、このよ
類似箇所があっても)当該箇所は表現とは言え
うな設定自体をもって原告脚本独自のものとい
ず、単なるアイデアに過ぎないなどとして争う
うことも困難である」
。
また
「原告脚本と被告脚本とを対比すると、
ことになります。
侍の技量を確かめるために、戸口で不意に打ち
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かかるという点で共通する。
(中略)
このように、
類似性がある箇所はあるものの、それは単なる
戸陰から打ちかかることによって侍の技量を確
アイデアの類似にとどまることや、あるいは双
かめようとしたところ、武芸に秀でた侍は攻撃
方の表現の相違性から翻案権侵害を否定し、知
の気配をあらかじめ察し、相手に攻撃の機会を
財高裁もその判断を支持したわけです。
与えないという場面設定自体は、江戸期の武芸
者の逸話に少なからず見られるものであり、時
複製権侵害の判断
代劇において達人の技量をはかる手段としてし
ばしば用いられる手法ということができる。そ
著作物には小説や脚本など文字で表現される
こで、上記のような場面設定において、試され
著作物もあれば、放送番組・劇場映画・ゲーム
る侍が具体的にいかなる対応をしたのかという
など映画の著作物もあれば音楽の著作物などさ
点を見るに、
(中略)
原告脚本と被告脚本とでは、
まざまな著作物がありますが、複製権
(翻案権)
技量を試された侍の反応やその発する言葉は相
侵害が問題になるケースは著作物ごとにあり得
違している」。
ます。
また
「原告脚本と被告脚本とを対比すると、当
さまざまな著作物ごとに他人の著作物に類似
該場面における具体的な描写は異なっているも
し複製したといえると判断するときは
「B とい
のの、乱戦の中で攻めてきた野武士が退却する
う著作物は A という著作物と似ている」という
という点では共通する。
(中略)原告脚本には、
感覚が根本にあります。問題は
「何がどう似て
降りしきる雨の中を、13 騎が一団となった真っ
いるのか」
です。著作物 B が著作物 A のデッドコ
黒い固まりが村に攻め寄せ、乱戦となる場面が
ピーなら複製が認められることは明白ですが、
ある。一方、被告脚本には、雨の中の死闘が続
①似ている箇所が表現そのものとは言えず、単
き、武蔵らが足を滑らせながらも戦い続け、最
なるアイデアならば著作権侵害にはならないし、
後には武蔵が辻風典馬と向かい合って斬り合い、
②似ている箇所が表現部分でも A の表現部分が
武蔵が勝利するという場面がある。原告脚本と
ありふれた表現で誰が表現しても似たり寄った
被告脚本とを対比すると、当該場面における具
りする程度のものだったり、全体としての筋立
体的な描写は異なっているものの、最後の戦い
てが類似していてもその筋立てがありふれたも
が雨中の乱戦であるという点で共通する。前記
のならば、いずれの場合も著作物性が否定され
(中略)の各点は、いずれも、野武士との抗争場
るので類似箇所があっても複製権侵害にはなり
面に関するものであるところ、
『雇われた侍に
ません。よって、単に漠然と似ていれば直ちに
よって一度は野武士が撃退され、野武士と侍と
複製権や翻案権侵害になるわけではないので注
の間の最後の決戦は雨の中で行われる。
』
という
意が必要です。しかし
「アイデアか表現か」
「表
点で共通する。しかしながら、前記共通点であ
現がありふれているのか否か」の判断は微妙な
るところの、攻撃側が騎馬で攻め込んでくるこ
ケースが少なくなく頭を痛めるところです。
と、攻撃を受けていた側に加勢が入ることによっ
て、攻撃側が退却を余儀なくされることや雨中
において戦いが行われること自体は、場面設定
としてアイデアにとどまるものといわざるを得
ない」などとして翻案権侵害を否定しました。
つまり本裁判例では原告被告双方の著作物に
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