はじめに 犬の慢性腎臓病(CKD;Chronic kidney disease)は高齢の犬で一般的な疾患であり,日常臨床でしばしば遭遇する. 従来,犬のCKDは主に高窒素血症を検出する血液化学検査に依存していたが,高窒素血症は腎臓機能の約75%が喪失するまで認められないため, 早期診断とは言い難いものであった.また血中尿素窒素(BUN)は肝不全や食事,消化管出血,脱水など腎前性疾患の影響を受け易く,クレアチニンは 筋肉量の増減に影響を受けやすい.腎臓機能評価のゴールド スタンダ ードは糸球体濾過率(GFR)の測定であるが,一般の臨床現場における実施は非 現実的である.近年,犬および猫においてSDMAの上昇が GFR低下と高い相関性を示すことが明らかとなり,腎臓機能の新しいバイオマーカーとして注 目されている. 今回,犬の慢性腎臓病の治療モニタリング指標として一般的なBUNとCreと同時にSDMA(IDEXX SDMA™)を測定し,その有用性および予 後因子としての役割を検討および考察した. プロフィールおよび臨床検査所見(慢性腎臓病診断時) 症例 1) 症例 3) • 15 歳齢 避妊雌 シー・ズー(体重:5.00kg BCS 3/ 5 ) • 15 歳齢 避妊雌 ミニチュア・ダックスフンド (体重:7.64kg BCS 4/ 5 ) • 主訴:食欲不振 • 主訴:抜歯の術前検査 • 既往歴:椎間板ヘルニア • 併発疾患:なし ◎ 血液化学検査 ◎尿検査 BUN(mg/dl) Cre(mg/dl) PH 5.5 SG 1.014 UPC 0.10 42 1.8 ◎ IRIS CKD Stage 2 • 既往歴:なし • 併発疾患:僧帽弁閉鎖不全症 ◎ 血液化学検査 Pro ± UPC** + Sed 著変なし BUN(mg/dl) Cre(mg/dl) ◎尿検査 PH 5.5 SG 1.010 UPC 0.19 68 2.1 ◎ IRIS CKD Stage 3 Pro − UPC** − Sed 著変なし 症例 2) 症例 4) • 14 歳齢 避妊雌 ミニチュア・ダックスフンド (体重:6.08kg BCS 3/5 ) • 15 歳齢 避妊雌 雑種(体重:8.28kg BCS 2/ 5 ) • 主訴:嘔吐,食欲不振 • 主訴:頸部腫瘤および乳腺腫瘤切除の術前検査 • 既往歴:なし • 併発疾患:膵炎 • 既往歴:子宮蓄膿症,細菌性膀胱炎 ◎ 血液化学検査 ◎尿検査 ◎ 血液化学検査 BUN(mg/dl) Cre(mg/dl) SDMA(μg/dl)* 44 1.4 31 PH 6.0 SG 1.020 UPC NA Pro − UPC** − Sed 著変なし ◎ IRIS CKD Stage 2 症例1 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 Cre mg/dl 4.5 4 3.5 3 2.5 2 1.5 1 0.5 0 BUN SDMA Cre PH 6.0 SG 1.015 UPC NA 34 2.7 19 Pro ± UPC** − Sed 著変なし 症例2 Cre mg/dl 2 1.8 1.6 1.4 1.2 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 BUN mg/dl SDMA μg/dl 症例3 Cre mg/dl 35 30 25 20 15 10 5 0 1 29 57 BUN mg/dl SDMA μg/dl 86 120 症例4 BUN SDMA Cre 1 29 57 72 73 76 78 80 81 82 83 84 85 87 Day 評価 症例1及び2診断時,IRIS CKD Stage2 であり,治療経過として点滴治療開始 と共に BUN,Cre 低下が認められ,治療期間中良好なコントロールを示し ているように見えるが, SDMA 20μ g/dl 以上と高値を示し続けていたこと で ある.また実際臨床症状も食欲低下および廃絶が認められ, BUN,Cre モニタリング結果と矛盾して,悪化一途をたどり,2例とも死亡する約1-2週 間前にSDMAの急激な上昇『グラフ矢印』 (SDMA>45μ g/dl) を示した. 症例3及び4は診断時,IRIS CKD Stage3であったが, 良好なコントロールを維持 し,BUN,Creも良好に推移すると同時にSDMAも25μ g/dl以下を維持している. 1 1.85 1.8 1.75 1.7 1.65 1.6 BUN 1.55 SDMA 1.5 Cre 155 Day Cre mg/dl 40 35 30 25 20 15 10 5 0 1 3 4 5 6 7 8 9 10 11 19 26 33 26 33 Day 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 BUN(mg/dl) Cre(mg/dl) SDMA(μg/dl)* * SDMAはアイデックス・ラボラトリーズ・ジャパンのIDEXX SDMA™を使用したIDEXX SDMA™の参考基準値は 0〜14μg/dl である **UPCは半定量検査及び定量検査を行った すべての症例において,慢性腎臓病診断時からアンギオテンシン変換酵 素阻害剤の投与を行い,Creの上昇(> 1.8mg/ dl)を認めた時点から,皮下 点滴療法(入院管理下の場合は静脈点滴)を行った.グラフはBUN,Cre及 びSDMAの同時測定を開始した時点から記録を行った. BUN mg/dl SDMA μg/dl ◎尿検査 ◎ IRIS CKD Stage 3 治療と評価 BUN mg/dl SDMA μg/dl • 併発疾患:なし 3 2.5 2 1.5 1 0.5 0 11 16 32 40 46 BUN SDMA Cre 71 Day 主治医の意見 すべての症例において治療期間中(末期を除く)のBUN,Creは数値上,比較 的低値で推移したが,症例1,2 と症例3,4 では全く異なる予後をたどった. SDMAはBUNやCreと異なり,腎臓以外の因子の影響を受けにくく,GFRの低 下と高い相関を示すとされている. 点滴治療はCKD治療の主軸であるが,モ ニタリング指標と してのBUN,Creは点滴治療によって低下する.真の治療効 果はGFRの回復にあるため,SDMAをモニタリング指標とする方が理にか なっている.今回,4 例ではあるが,実症例においてBUN,Creと同時にSDMAを 継時的にモニタリング する機会を得たことで早期に正確な予後予測が可能 となった.SDMAは腎臓機能の新しいバイオマーカーとしてCKDの早期診断 を可能とするだけでなく,CKDの治療モニタリング 指標および予後判定因子 としても有用である可能性が 示唆された.
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