大学生の社会的資質・能力に関する近年の研究動向

早稲田大学大学院教育学研究科紀要 別冊 24 号―1 2016 年9月
大学生の社会的資質・能力に関する近年の研究動向(井芹)
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大学生の社会的資質・能力に関する近年の研究動向
国内における心理測定尺度に注目して―
―
井 芹 ま い
【問題と目的】
中央教育審議会(2011a)によると,学校教
の手がかりとして,近年「人間力(内閣府,
2003)」,「 若 年 就 職 基 礎 能 力( 厚 生 労 働 省,
2004)」,「社会人基礎力(経済産業省,2006)」,
育段階における若者の職業に関する能力・態度
「学士力(中央教育審議会,2008)」,「基礎的・
の教育不足が課題となり,高等教育段階におけ
汎用的能力(中央教育審議会,2011b)」など
る若者の社会的自立を目指した資質・能力の育
の能力目標が各省から提唱されている。松下
成の必要性が指摘されているという。これを受
(2014)はこれらを“新しい能力”と呼んでお
け,大学の正課活動では,受動的な講義形式が
り,知識・技能だけでない人格全体をその「力」
主流だった大学授業から学習者中心へのパラダ
の中に含んでいること,学校だけでなく社会や
イム転換により,アクティブラーニング型の授
仕事との接続にも関心が向けられていること,
業が推奨されつつある(松下,2015)。授業を
資格や学位の認定と結びついていること,生涯
おこなうための基本的な学び合いの方法論や技
にわたって求められていること,などを特徴と
法の工夫などがまとめられ(安永,2012),学
して挙げている。傾向としては,1 人で専門的
生の資質・能力向上を目標とした自律的・協同
な作業をする力に比べ,仲間とうまくやってい
的な学びに関する研究が進められている(皆
くといった関係性調整能力への比重が大きいこ
川,2015;太幡,2016)。一方,大学の正課外
とが考えられる(Table 1)。
活動では,活動からどのような資質・能力が身
しかしながら,提唱された多面的な能力目標
についたのかという研究が進められており,活
は縦割り行政的な見解(寿山,2007;2012)と
動集団に所属する心理学的意義や(新井・松
いう意見や,基準が大学ごとに定まらず,スキ
井,2003),学びと成長に関する知見が蓄積さ
ル間の関連性,階層性についてもデータに基づ
れ て い る( 溝 上,2009; 山 田・ 森,2010; 時
くエビデンスが示されていない(子安,2011)
任・久保田,2013)。知識基盤社会となった今
ということが問題視されている。この問題の背
日,高等教育段階における大学生の社会的資
景として,たとえば,安達(2013)はソーシャ
質・能力に関する研究への注目が集まっている
ル・スキルを三層構造に整理して説明してい
といえよう。
る。具体的には,①他者に対する働きかけ以前
大学生が社会的自立に向けてどのような能
力を身に付ける必要があるか,という問いへ
(1)
の,要素的で,対自的
な,他者にとっては
「意味」の分かりづらい行動,②他者に対する
大学生の社会的資質・能力に関する近年の研究動向(井芹)
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Table 1 能力目標の整理<国立教育政策研究所(2011)より抜粋,一部加筆修正>
基礎的・汎用的能力
人間力
人間関係形成・
社会形成能力
コミュニケーションスキ
ル,リーダーシップ,公
共心,規範意識,他者を
尊重し切磋琢磨しながら
お互いを高め合う力
自己理解・
自己管理能力
就業基礎能力
学士力
コミュニケーショ
意思疎通,協調性, 働きかけ力,発信
ンスキル,チーム
自己表現力,社会 力,傾聴力,柔軟
ワーク,リーダー
人常識,基本的な 性, 情 況 把 握 力,
シップ,市民とし
マナー,責任感
規律性
ての社会的責任
「基礎学力」「専門的な知
識・ノウハウ」を持ち,
向上心・探求心
それらを継続的に高めて
いく力,忍耐力
主体性,ストレス 自己管理力,倫理
コントロール力
観,生涯学習力
実行力,課題発見
問題解決力
力,計画力
課題対応能力
キャリア
プラニング能力
社会人基礎力
自分らしい生き方や成功
職業意識・勤労観
を追求する力
基 礎 学 力, 専 門 的 な 知 読 み 書 き, 計 算,
識・ノウハウ
数学的思考
論理的思考力
創造力
数量的スキル,情
報リテラシー
創造力
論理的思考力
働きかけであり,他者にとって「意味」のある
素の関連が曖昧となっていると考えられるので
行動,③(単に話しかけるのではなく)その場
ある。以上より,各省からの能力目標の最大公
に適切な話題を提供するなど,他者への働きか
約数を検討するためには,③「状況・文化的ス
け方を微調整する行動,行動の「意味」を微調
キル」と①「基礎スキル」②「実用スキル」と
整する行動,である。そして,研究者の人間観,
の違いを明確にし,相互の関連性を明らかにす
価値観に影響を受けやすく抽象的・理想的な人
ることが必要になってくると考えられる。
間像に近づくことを目的とした③の層を想定せ
ところで,心理学領域において,社会的資
ず,①の「基礎スキル」(e.g., 自分の気持ちを
質・能力は行動面だけでなくさまざまな側面か
表情で表現する,自分の気持ちをコントロール
ら多面的に定義されている(安達,2013;飯
する,相手の気持ちを読み取る),②の「実用
田・石隈,2003;島本・石井,2006)。たとえ
スキル」(e.g., 自己主張する,声をかける,友
ば安達(2013)はソーシャル・スキルについて,
達の悲しみを想像する)に限定して検討がなさ
「直接的コミュニケーションに必要な基礎的行
れている。③の層(以下,「状況・文化的スキ
動から,まわりから受け入れるために必要な実
ル」とする)は三層の中でも高次のスキルであ
用的行動までを含む対人コミュニケーション行
ることから,近年の各省における能力目標も同
動を適切に行うために必要な,認知的,感情的,
様の層までを想定しているのではないかと予想
行動的技能」と定義し,ソーシャル・スキル教
される。つまり,スキルが状況や文化によって
育(SSE)の効果測定に有効な国内の心理測定
左右され,それぞれの立場や価値観に影響を受
尺度に関して整理をしている。また,島本・石
けるために抽象的となり,個々のスキル構成要
井(2006)はソーシャル・スキルよりも広義な
大学生の社会的資質・能力に関する近年の研究動向(井芹)
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概念であるライフスキルに注目し,「効果的に
1990)ため,今後は多面的な能力要素の精選と,
日常生活を過ごすために必要な学習された行動
さらなる体系化の必要性が考えられるだろう。
や内面的な心の働き」として,ライフスキル向
以上のことから本研究では,高等教育段階に
上を目的としたプログラムの開発や,学生相談
おける大学生の資質・能力研究として,近年の
室の利用を促すこと,学生の自殺予防策として
国内の測定尺度を概観し,整理した上で明らか
尺度を活用することなどの可能性を指摘してい
となる課題を抽出することを目的とした。
る。多次元の尺度を用いて自己のスキルの状態
を客観的に理解することは,自分はどのような
【方法】
ことを得意とし,また不得意としているのかを
大学生の社会的資質・能力に関する近年の心
明確にし,普段抱いている悩みや不安が自分の
理測定尺度を概観し,その動向と課題を明らか
どの側面に起因しているのかを理解する上で非
にする。文献検索は「大学生」
「スキル」
「尺度」
常に重要(飯田・石隈,2003)とされており,
をキーワードに 1980 年から 2016 年までの学会
今後は多次元の尺度を用いて個々の心理・社会
論文を検索した。研究雑誌は,教育心理学研究,
的発達を支援していくことが期待されている。
発達心理学研究,パーソナリティ研究,カウン
しかし,これまでのスキル研究を概観する
セリング研究,社会心理学研究,実験社会心理
と,飯田・石隈(2003)は中学生を対象に,安
学研究であった。1980 年~ 2016 年までの研究
達(2013)は小学生から高校生までを対象にし
で,68 本が該当した。この中から医療・健康,
て尺度の整理を行っており,大学生を対象にし
語学,スポーツに関する特定のスキルを除いた
た尺度の整理が未だなされていない現状があ
ところ,その数は 14 本に絞られた。また,こ
る。スキルの発達的視点を考えれば,高次に該
れらの研究雑誌以外でも研究動向を把握するた
当するスキルに踏み込んで検討がされていない
めに必要だと考え,紀要論文,および紀要で引
ことは課題である。また,スキルは学習の結
用されている論文についても文献研究の対象と
果,獲得され修正される(小林,1990)が,発
した。
達段階はいまだに明らかにされておらず,どの
分類方法については安達(2013),飯田・石
年齢の段階でどのようなスキルを教えればよい
隈(2003),和田(1991)を参考に,大きく分
かの明確な基準が設定されていない(小野寺・
けて(1)スキルの単一的な側面に焦点化した
河村,2003)。そのため,現在の日本における
尺度,および(2)スキルを包括的に捉えてい
大学生を対象とした尺度の文献を整理すること
る尺度,の 2 つに分類し,(1)においては,安
で,大学生の段階でどのようなスキルが想定さ
達(2013)で検討されていた ①基礎スキルお
れているのか,ということへの大まかな基準を
よび ②実用スキルの観点から,(2)において
作る一助となり,意義があると考えられる。な
は,①基礎スキルから ③状況・文化的スキル
お,スキルは幅広い領域で研究が行われてお
までの観点から尺度が整理された。
り,その定義や構成要素については多くの議論
がある(相川,2000;Gresham,1986;堀毛,
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【結果】
(1)スキルの単一的な側面に焦点化した尺度
認知スキル尺度においては,共感性や社会的自
己制御,全般的社会的スキルと正の相関,聴く
行動スキル尺度においては,共感性や全般的社
① 基礎スキルとしての“ノンバーバル・スキル”
会的スキルとは正の相関があったものの,社会
ノンバーバル・スキルとは,「コミュニケー
的自己制御尺度の「感情と欲求抑制」とは有意
ションにおいて,符号化(encode)されたも
な相関が得られなかったこと,そして,男子よ
のを符号解読(decode)する能力」のことで
りも女子の方が聴くスキル尺度の得点が高いこ
ある(和田,1991)。和田(1991)は,ノンバー
とを示している。
バル行動によって自分の伝えたいことをうまく
次に,ノンバーバル感受性としては,「共感
表せる能力(ノンバーバル表出),相手が何を
性」が考えられる。角田(1994)は,「能動的
伝えたいのか,あるいはどのような感情状態に
または想像的に他者の立場に自分を置くこと
いるのかを読み取る能力(ノンバーバル感受
で,自分とは異なる存在である他者の感情を体
性),ノンバーバル行動を意識的に統制する能
験すること」という定義に基づき,共感経験尺
力(ノンバーバル統制)を含んだノンバーバ
度改訂版を作成した。因子は「共有経験」「共
ル・スキル尺度を作成した。結果,ノンバーバ
有不全経験」の 2 因子であり,女子は共有経験
ル・スキル感受性は男性よりも女性の方が優れ
が高く,男子は共有不全経験が高いこと,共有
ていること,恋人がいる者の方がいない者より
経験の高さが私的自己意識と関連を持つことな
も,ノンバーバル感受性を除いたすべてのスキ
どが明らかとなった。近年,共感性は多次元
ルで優れることを明らかにしている。
の視点(登張,2000)や包括的プロセスモデ
つづいて,ノンバーバル・スキルの 3 要素に
ル(葉山・植村・萩原・大内・及川・鈴木・
関連した研究を概観する。まずノンバーバルな
倉住・櫻井,2008)の視点が取り入れられつつ
表出として,スキルの中でも基本中の基本(相
あり,今後の発展が期待される。
川,2000)といわれるのが,「聴くスキル」で
さらに,ノンバーバル統制としては,「感情
ある。藤原・濱口(2011)は,
「相手に注意を
統制」が考えられる。杉若(1995)は日常生活
向け,話の内容を正確に理解・記憶し,共感的
で観察されるセルフ・コントロール行動の個人
に聴き,聴いていることを反応として相手に示
差を評価する尺度を作成し,「調整型(ストレ
す,一連のプロセスを踏まえた話の聴き方」と
ス場面において発生する情動的・認知的反応の
して大学生版聴くスキル尺度を開発している。
制御)」と「改良型(習慣的な行動を新しくて
具体的には,聴く認知スキル尺度(「共感」「記
より望ましい行動へと変容していく)」,およ
憶の保持」「理解」
「会話への集中」「客観性の
び「外的要因によるセルフ・コントロール」の
維持」
「判断の遅延」
「他者視点の考慮」および,
3 因子からなる尺度を作成した。男女差はみら
聴く行動スキル尺度(「相手への応答」「定位」
れず,自己効力感に関する尺度と「外的要因に
「話を遮らない」「手をとめて聴く」「前傾」「寄
りかからない」の 2 つの尺度を作成した。聴く
よるセルフ・コントロール」とに負の相関が見
られた。
大学生の社会的資質・能力に関する近年の研究動向(井芹)
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以上より,基礎スキルに分類されるノンバー
もとに主張性尺度を作成し,「権利の防衛/要
バル・スキルは表出・感受性・統制の 3 つの能
求の拒絶場面における他者配慮」「意見の表明
力から構成され,それぞれの視点から尺度作成
場面における他者配慮」「情動制御」「主体性」
が蓄積されていることが明らかとなった。
「素直な表出」の 5 因子構造が想定されること
② 実用スキルとしての“ソーシャル・スキル”
を指摘している。また,主張性が含まれる行動
菊池(1988)は,ソーシャル・スキルを「対
特性としてリーダーシップが挙げられる。野
人関係を円滑にするスキル」と定義したうえ
上(1997)は,学生の運動部集団において,主
で,ソーシャル・スキル全般を測定する尺度
将のリーダーシップ効果が部員の学年,技能
(Kiss-18)を作成した。1988 年の公表以降,信
水準,自律性および種目によりいかに規定さ
頼性・妥当性の高い尺度として多くの研究が蓄
れるかを三隅(1978)の PM リーダーシップ
積されている(菊池,2004)。またソーシャル・
論
スキルには,コミュニケーション・スキル,主
効果が異なることを指摘している。豊田・生
張性,適応性などもその一つとして含まれる
田(1998)は,大学生を対象に男性リーダーお
(藤本・大坊,2007;和田,1991)と考えられ
よび女性リーダーの特徴を自由記述する調査を
ている。
(2)
をもとに検討し,属性の違いで P や M の
行い,PM リーダーシップ論の考察から,男性
まず,狭義のソーシャル・スキル(藤本・大
リーダーには P 機能,女性リーダーには M 機
坊,2007)とされるコミュニケーション・スキ
能を求める傾向があることを明らかにしてい
ルの尺度について概観する。藤本・大坊(2007)
る。以上のリーダーシップ研究を概観すると,
は,コミュニケーション・スキルの中でも“表
特定の役割や属性から研究がされているという
出系”“反応系”“管理系”という 3 系列からな
印象があるが,近年,リーダーシップを発現さ
る,
「自己統制」
「表現力」
「解決力」
「自己主張」
せるために有効なフォロワーシップ研究の流れ
「他者受容」「関係調整」の 6 因子構造の尺度を
が主流となり(波頭,2008),すべてのメンバー
作成し,能力要素ごとの関連性や階層性,およ
がリーダーシップを発揮する(河村・武蔵,
び性格特性との関連(外向性と「表現力」「自
2015)といった考え方も広まりつつある。この
己主張」「関係調整」,神経症的傾向と「自己統
ようなリーダーシップ像に基づく尺度の開発が
制」)を示している。また畑野(2010)は,「意
今後は期待される。
図伝達」「意図抑制」「意図理解」の 3 因子から
さらに,ソーシャル・スキルの側面としての
なる「コミュニケーションに対する自信」尺度
適応性に関する尺度について概観する。社会適
を作成し,多次元自我同一性尺度の「心理社会
応を視野に入れ,原田・吉澤・吉田(2008)は
的自己同一性」と関連があったことを明らかに
「社会的場面で,個人の欲求や意思と現状認知
している。
との間でズレが起こった時に,内的基準・外的
つづいて,ソーシャル・スキルの側面として
基準の必要性に応じて自己を主張するもしくは
の主張性に関する尺度について概観する。渡
抑制する能力」と定義して,「自己主張」「持
部・松井(2006)は,主張性の 4 要件の理論を
続的対処」「感情・欲求抑制」3 因子からなる
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大学生の社会的資質・能力に関する近年の研究動向(井芹)
社会的自己制御尺度を作成した。衝動性尺度
されている。対人的敏感さ,抑うつと「前向き
と「持続的対処」「感情・欲求抑制」には負の
な思考」
「自尊心」とに負の相関,孤独感と「計
相関,アサーティブチェックリストと「自己主
画性」「対人マナー」「自尊心」とに負の相関,
張」に正の相関,そして,脳科学的基盤が仮定
現状満足感,存在価値,意欲と「対人マナー」
された自己制御概念との関連も示された。原田
を除いたすべての下位尺度とに正の弱い相関が
ら(2008)は,ソーシャル・スキルと自己制御
あることを明らかにしている。
の両者は異なる概念と指摘しているが,重なる
面も多く,統一見解は得られていない。
佐藤(2009)はストレス下において,包括
的に個人の内的機構を測定するために,「ソー
以上より,実用スキルに分類されるソーシャ
シャルサポート」「自己充足的達成動機」「異性
ル・スキルは,コミュニケーション・スキル,
との親和性」
「競争的達成動機」
「運動の有能感」
主張性,適応性の側面や,基礎スキルの側面が
「身体的脆弱性」「心理的脆弱性」「問題焦点対
含まれる形で尺度が作成され,研究が進められ
処」「情動焦点対処」「自尊心」からなるストレ
ていることが明らかとなった。
ス自己統制評定尺度を作成し,ストレスが高い
個人では限られた要素の変化が他の多くを一度
(2)スキルを包括的に捉えている尺度
最後に,スキルを包括的に捉えている尺度を
概観する。
に変化させる一極集中的な構造だが,低い個人
では多面的・相補的にその量を補い合う構造で
あることを指摘している。
平山・楠見(2004)は「自分の推論過程を意
山田・森(2010)は,「学習者が学習期間終
識的に吟味する反省的な思考であり,何を信
了時に知り,理解し,できるようになることが
じ,主張し,行動するかの決定に焦点を当てる
期待される能力」として「批判的思考・問題解
思考,および自分の意見と一致しない場合で
決能力」「社会的関係形成力」「持続的学習・社
あっても,その気持ちを介入させることなく推
会参画力」「知識の体系的理解力」「情報リテラ
論する思考」として,
「思考への自覚」
「探求心」
シー」「外国語運用力」「母国語運用力」「自己
「客観性」「証拠の重視」からなる批判的志向態
主張力」からなる汎用的技能尺度を作成し,正
度尺度を作成し,
「探求心」が重要であること
課・正課外の汎用的技能の差異について検討し
を明らかにしている。
ている。
島本・石井(2006)は,「日常生活で生じる
北島・細田・星(2011)は,
「職場や地域社
さまざまな問題や要求に対して,建設的かつ効
会の中で多様な人々とともに仕事を行っていく
果的に対処するために必要な能力」として,
「親
上で必要な基礎的な能力」として「アクション」
和性」「リーダーシップ」「計画性」「感受性」
「シンキング」「チームワーク」からなる 3 因子
「情報要約力」「自尊心」「前向きな思考」「対人
12 要素の階層的構造の社会人基礎力尺度を作
マナー」からなる日常生活スキル尺度を作成し
成し,学年差・性差が見られること,自己調整
た。これらは“個人スキル”と“対人スキル”
学習方略における「モニタリング方略」と特に
に分類され,2 因子 8 要素構造が階層的に仮定
関連がある(北島,2013)ことを指摘している。
大学生の社会的資質・能力に関する近年の研究動向(井芹)
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相川・高本・杉森・古屋(2012)は,特定の
互評定尺度および社員自身の自己評定尺度の結
チームに限定されない個人のチームワーク能
果,EQI(知性を推測する検査)の「コミュニ
力を構成する下位能力として「コミュニケー
ケーション能力」「チーム志向能力」「状況判断
ション能力」「チーム志向能力」「バックアップ
知性」との間で相関が見られたことを明らかに
能力」「モニタリング能力」「リーダーシップ
している。
能力」の 5 つの尺度を作成し,「コミュニケー
益子(2013)は,「日常的な対人葛藤におい
ション能力」を規定とする階層構造のモデルを
て個人が用いる,葛藤当事者双方がお互いに納
示している。また,大学生の部活動に関する
得・満足して葛藤を解決するためのスキル」と
データでは,チームワーク能力が高い者と低い
して,「丁寧な自己表現」「粘り強さ」「受容・
者とでは「チーム志向能力」「バックアップ能
共感」「統合的志向」からなる統合的葛藤解決
力」に差が見られたこと,ビジネスの現場で働
スキル尺度を作成し,社会的スキルと「丁寧な
く社員を対象にしたデータでは,社員同士の相
自己表現」,友人満足感と「粘り強さ」,対人葛
Table 2 スキルを包括的に捉えている尺度
開発者
尺度
下位尺度
批判的思考・態 「思考への自覚」「探求心」「客観性」「証拠の
度尺度
重視」
平山・楠見(2004)
スキル内容
基礎 実用 状況
階層性
●
○
×
「親和性」「リーダーシップ」「計画性」「感受
日常生活スキル
性」「情報要約力」「自尊心」「前向きな思考」 ●
尺度
「対人マナー」
●
●
「ソーシャルサポート」「自己充足的達成動機」
ストレス自己統 「異性との親和性」「競争的達成動機」「運動の
●
制評定尺度
有能感」「身体的脆弱性」「心理的脆弱性」「問
題焦点対処」「情動焦点対処」「自尊心」
○
●
●
●
○
×
北島ら(2011)
「アクション(主体性・働きかけ力・実行力)」
社会人基礎力尺 「シンキング(課題発見力・計画力・創造力)」
●
度
「チームワーク(発信力・傾聴力・柔軟性・情
況把握力・規律性・ストレスコントロール)」
●
○
●
相川ら(2012)
個 人 の チ ー ム 「チーム志向能力」「バックアップ能力」「モニ
ワークを測定す タリング能力」
「リーダーシップ能力」
「コミュ
る尺度
ニケーション能力」
●
●
○
●
益子(2013)
統合的葛藤解決 「丁寧な自己表現」「粘り強さ」「受容・共感」
○
スキル尺度
「統合的志向」
●
○
×
谷田(2015)
地域社会への責
「連帯・積極・責任引受」
「地域社会への効力感」 任感尺度
○
●
×
島本・石井(2006)
佐藤(2009)
「批判的思考・問題解決能力」「社会的関係形
成力」「持続的学習・社会参画力」
「知識の体
山田・森(2010) 汎用的技能尺度
系的理解力」「情報リテラシー」
「外国語運用
力」「母国語運用力」「自己主張力」
※●メイン ○サブ
100
大学生の社会的資質・能力に関する近年の研究動向(井芹)
藤方略スタイルの「統合」と「丁寧な自己表現」
「粘り強さ」「統合的志向」とに有意な相関が見
られたことを明らかにしている。
り,共通して抽出される因子があったりするこ
と(藤本・大坊,2007)が指摘されている。し
かし,個人の状況によってどのくらいの数のス
谷田(2015)は,「地域社会の一員として他
キルを身に付けた方がいいのか,などの統一的
者の幸福のために自ら進んでしなければならな
な見解は検討しにくいと考えられる。このよう
いという利他的な感覚を含み,地域の共同生活
な現状を踏まえて提案できることとして,たと
の人間関係において期待され要求されることを
えば能力の獲得プロセスを規定する試みが考え
進んで引き受け果たして,共通の幸福の実現を
られる。近年の感情心理学の動向によると,日
目指す態度」として,「連帯・積極・責任引受」
常生活における行動,推論,意思決定に感情が
「地域社会への効力感」からなる地域社会への
大きな影響を与えるという指摘がある(渡辺,
責任感尺度を作成し,ボランティア活動への関
2014)。また,社会的資質・能力の中でも感情
与と「連帯・積極・責任引受」とは中程度の正
的要素である“共感性”は,ソーシャル・スキ
の相関,その他は弱い相関があることを明らか
ルなどと同列に尺度に含まれるか,あるいは
にしている。
個別に測定されるべきか,という議論(鈴木,
以上より,スキルを包括的に捉えている尺度
2006)もなされている。今後は個々の能力要素
は,探求心,前向きな思考,自尊心,社会参画
を独立して検討していくことで,基礎スキルか
力,アクション,チーム志向性,統合的志向な
ら状況・文化的スキルまでの能力要素の因果や
ど,個人あるいは対人において幅広いスキル内
階層性を明らかにすることが可能となるのでは
容を含んでおり,またこれらのスキルにおい
ないかと推測される。藤本・大坊(2007),相
て,①基礎スキルから③状況・文化的スキルま
川ら(2012)の尺度のように,能力要素を独立
での内容を整理したところ,③までを網羅して
させたうえで階層構造を検討している研究や,
いる尺度は近年増加しているが,階層性に関す
実践研究により因果やプロセスを示す試み(太
る検討は少数にとどまっていることが明らかと
幡,2016;西村・村上・櫻井,2015)が参考と
なった(Table 2)。
なるだろう。
【考察】
さらに,大学生が社会的資質・能力を獲得す
るような自律的・協同的学びを考える際,個人
大学生の社会的資質・能力の国内における文
がそれぞれの学びをどのようなバランスで体験
献を概観して,以下の課題が抽出された。それ
し,最終的に包括的な資質・能力として獲得す
は,2010 年以降の包括的・多面的な尺度は安
ればよいのかという見解はいまだ得られていな
達(2013)の指摘する状況・文化的スキルが想
い。状況・文化的スキルは,その個人が所属す
定されており,階層性に関する検討が少数にと
る集団や環境に影響を受けると予想され,大学
どまっているということである。スキルの要素
生以前の集団での経験がその後のスキル獲得に
は多領域を網羅しているものと絞り込んだもの
影響すると予想されるのである(保坂・青木,
があるが,多くの因子が概念的に重複していた
2013)。たとえば,学力を伸ばすことに重きを
大学生の社会的資質・能力に関する近年の研究動向(井芹)
101
置いている進学校の集団において適応してきた
の激しい変化に適応し続けるプロセスとして説
個人は,自律的な学びの成果として学業成績や
明している。例えば,組織が生き残っていくた
学歴を獲得することを重視する可能性がある。
めの戦略として,過去の成功体験に引きずられ
ることなく古くなった知識やパターンを捨てる
しかし,学歴が高いことやケース問題がすらす
(経営学)ことや,人生の転機のような過渡期に
ら解ける,といった頭の良さ,すなわち,なん
おいて,新しい自分を見つけるために過去の自
でもそつなくこなせる優等生型の人材を疑問視
する声がある(伊賀,2012)ように,知識だけ
分と決別する(キャリアデザイン論)ことなど,
unlearn は様々な場面で見受けられるという。
の学びが評価されない場合も存在する。また,
引用文献
協働的な学びの成果としては,授業における学
安達知郎(2013).子どもを対象としたソーシャル・
習以外の大学生活の過ごし方が授業での知識・
技能の獲得に効いている(溝上,2009)という
指摘があり,構成された場面での学習だけでな
く,過去に学んだことをいったんほどき,必要
(3)
に合わせて編み直すという意味での unlearn
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新井洋輔・松井 豊(2003).大学生の部活動・サー
上より,今後は大学生がそれ以前にどのような
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集団に所属し,どのような体験をして今に至っ
たのかなどの状況を詳細に聞き取ることで,学
びに関する質的な側面からの更なる検討が求め
られているといえよう。
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注⑴
安達(2013)はスキルの中でも,
「声の大きさ」
「視線」などの微細で単純な行動を『要素的な行
動』,
「自分の気持ち(認知,感情)をコントロー
ルする」,「自分の気持ちを非言語で表現する」
など,自分への働きかけ行動を,
『対自的な行動』
と定義している。
⑵
三隅(1978)は,集団における機能を「①集
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In P. Strain, M. Guralnick.,& H. Walker(Eds.)
,
別した。そのうえで,集団の P 機能,M 機能を
C h i l d r e n ’s s o c i a l b e h a v i o r : D e v e l o p m e n t ,
強化する個人のリーダーシップ行動を「PM 型」
assessment and modification. Academic Press,
「Pm 型」「pM 型」「pm 型」の 4 種類に分類して
いる。
⑶
松下(2014)は,いったん学習したことを意
図的に忘れ・捨て去ることを「unlearn(学習棄
却,学び捨てる,学びほぐす)」とし,現代社会
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