第7回 著作者人格権

誌
著作権法を知ろう ― 著作権法入門・基礎力養成講座
7
著作者人格権
座
学
上法 講
第
回
野田 幸裕
Noda Yukihiro
弁護士、弁理士
N&S 法律知財事務所設立所長。著作権法・商標法等の知的財産関連のビジネスコンサル・契約・訴訟等が専門。
前東京都知的財産総合センター法律相談員、一般社団法人日本商品化権協会正会員等。講演・著作等多数。
著作者人格権
氏名表示権
著作者には著作者人格権という権利がありま
次に氏名表示権
(法 19 条)
とは、著作者がその
す。著作権が著作者の経済的利益を保護する権
著作物について著作者名を表示するか否か、仮
利であるのに対して、著作者人格権とは著作者
に表示するとして実名か変名かどのように表示
の人格的利益を保護する権利です。著作者人格
するかという表示方法を著作者が自由に決定す
権の具体的内容としては、公表権
(著作権法 18
る権利をいいます。原著作物の著作者の氏名表
条)、氏名表示権
(法 19 条)
、同一性保持権(法
示権は二次的著作物にも働きます
(同条1項後
20 条)および声望保持権(法 113 条6項)があり
段)
。
ます。
しかし他方では、過度に著作物の利用が制限
されないように氏名表示権には一定の制限が加
公表権
えられています。例えば、行政機関の長などが
まず公表権(法 18 条)とは、著作者がその著
公衆に著作物を提供するなどした場合などは、
作物を公表するか否か、仮に公表するとしてど
氏名表示権は適用されません
(同条4項各号)。
のような方法によるか
(小説か、漫画か、脚本
また氏名表示権は
「著作物の利用の目的及び態
かなど)、公表するとしていつ、どのような条件
様に照らし著作者が創作者であることを主張す
で公表するかなどについて著作者が自由に決定
る利益を害するおそれがないと認められるとき
する権利をいいます。公表権を保護する反面、
は、公正な慣行に反しない限り、省略すること
過度に著作物の利用が制限されないよう公表権
ができる」
(同条3項)とされており権利は制限
には一定の制限が加えられています。例えば未
されています。
公表の著作物の著作権を譲渡するときは公表権
例えば、ホテル等の館内や飲食店などで優雅
の行使に同意があったものと推定されます
(法 18
で落ち着いた雰囲気を演出するため、バックグ
条2項各号)
。なぜなら著作権を譲渡しても著
ラウンドミュージックとして複数の楽曲をメド
作物を公表させないなら譲渡する実益はないか
レーで演奏する場合がありますが、この場合に
らです。また未公表の著作物を行政機関に提供
氏名表示を省略しても氏名表示権は働きませ
する場合や、未公表の著作物を行政機関の長な
ん。なぜなら慣行的に、楽曲ごとに著作者とし
どが公衆に提供するなどした場合など適用除外
ての作曲家の氏名を館内放送するなどして氏名
条項が設けられています
(同条3・4項各号)
。
を表示すれば逆にうるさく感じられることにな
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るでしょうし、そのような館内放送をしなくて
の増改築等、3号はプログラム著作物のコン
も、作曲者が氏名表示する利益は楽譜や記録媒
バージョン、バグ取り、バージョンアップのた
体のレーベル等の印刷物や配信案内への記載等
めの改変、4号では前各号に定めるほか
「著作
で知らせる機会があるので作曲家の利益が害さ
物の性質並びにその利用の目的及び態様に照ら
れるおそれもないからです。しかし、作詞作曲
しやむを得ないと認められる改変」については
には演奏権(法 22 条)が働くとともに前述の例
同一性保持権は働かない旨が定められています。
では間接的な営利目的である演奏といえますの
同一性保持権については、裁判でもよく争わ
で
(法 38 条1項)演奏権について許諾を得るな
れるので具体的に検討しましょう。
ど権利処理が別途、必要になります。
●論文の著作物
同一性保持権
まず著作物の変更について著作者の黙示
の承諾や同意があったかどうかが問題にな
次に同一性保持権とは、
「著作物及びその題
る場合があります。この点、論文の著作物
号」について「その意に反してこれらの変更、切
について、著作者から事前の承諾を受けな
除、その他の改変」を受けない権利をいいます
いで、
編集者側で勝手に読点を切除したり、
(法 20 条)。その趣旨は、著作物の表現が勝手
中黒を読点に変更したり、改行を省略する
に改変されると著作者がその著作物で表現しよ
ことは、著作者の黙示の承諾があるとはい
うとした思想や感情が受け手に伝わらなかった
えません。裁判例でも論文という言語の著
り誤解されるなど、人格権が侵害されかねない
ので著作物の同一性を保護することにあります。
「その意に反する変更、切除その他の改変」
と
作物において、著作者として文書のどこで
区切るか
(読点の存否と位置)
、ひとまとま
りの単語の並列か文書の区切りか
(中黒か
は、
「著作者の意に反して、著作物の外面的表現
読点か)
、改行してどこでひとまとまりの
形式に増減変更を加えられないこと」をいいま
文章とするか
(改行の位置)
には著作者の表
す
(東京高裁平成3年12月19日判決、
裁判所ウェ
現上の意図があるから勝手に変更すること
ブサイト)。表現形式に増減変更が加えられて
も著作者がその変更を承諾していれば
「その意」
に反しないので同一性保持権は侵害されません。
例えば、言語の著作物において編集者側で著作
は許されず、上記の例では後記の
「やむを
得ないと認められる改変」
(法 20 条2項4
号)にも当たらないとして同一性保持権の
侵害が認められています
(東京高裁平成3
者から事前に承諾を受けないまま誤植を訂正し
年 12 月 19 日判決、裁判者ウェブサイト)。
たとしても、著作者としてもこの誤植に気づい
ていればあらかじめ訂正していたでしょうから、
著作者の黙示の承諾があったと考えられます。
つまり意に反した改変はないので基本的には同
●絵画の著作物
次に絵画や映画といった著作物ではどう
でしょうか。まず絵画の著作物に関し、建
築家が建造物を設計する際にその構想をフ
一性保持権の侵害はないと思われます。
リーハンドで描くエスキースというスケッ
●同一性保持権の制限
チの著作物について、建築家の遺族の承諾
同一性保持権も過度に著作物の利用が制限さ
がないまま書籍として発行された事例にお
れないようにする趣旨から一定の制限が加えら
いて、①当該エスキースが色調の濃度を大
れることがあります
(法 20 条2項)
。すなわち同
幅に薄くして掲載され、かつ②上下左右の
項1号は学校教育目的上の改変、2号は建造物
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一部が帯状に削除され、その削除幅は左右
れており、これらを総合して
「やむを得な
下部においては全体の縦横の長さの 50 分
い改変」
(法 20 条2項4号)に当たるとし
の1以下、上部は全体の縦の長さの 20 分
て同一性保持権の侵害を否定しました。
の1以下、上部では建築物屋根の柱状構築
エスキースの例では、削除された程度が
物の先端が一部切除されて掲載されたとい
僅かであったため
「やむを得ない改変」
に当
う事例があります。裁判例では ①の点では
たるか否かを検討するまでもなく実質的な
同一性保持権侵害を認めたものの、②につ
「改変」
(法 20 条1項)はなかったとして、
いては切除部分が全体に比べるとごく僅か
同一性保持権侵害は否定されており、エス
であり、社会通念上、著作者の名誉感情が
キースと映画の上記2件の削除について同
害されるほどの表現上の変更には当たらな
一性保持権が侵害されないという結論は同
いとして同一性保持権の侵害を否定しまし
じでも理由は違っています。
わず
確かに
「改変」には評価を含む要素があ
た(東京地裁平成 12 年8月 30 日判決、裁
判者ウェブサイト)
。
り、程度の幅もあるので、改変がごく僅か
●映画の著作物
な場合は物理的には変更が加えられていて
次に映画の著作物に関しては、劇場用映
も改変には当たらない領域もあり得るで
画(縦横比1:1.85)をテレビ放送およびビ
しょう。しかし前述の論文著作物に関する
デオグラム化する際になされたトリミング
判決のように、読点の変更など比較的軽微
(縦横比1:1.33)の同一性保持権の侵害が
と見られかねない変更でも同一性保持権の
争われた事例があります。裁判所は法 20
侵害が肯定される場合もあり得るので、変
条1項の改変には当たるが、同2項4号の
更の程度のみを問題として侵害の有無を判
「やむを得ないと認められる改変」
に当たる
断することは危険です。もっとも改変が進
として同一性保持権の侵害を否定しました
み、著作物の表現を換骨奪胎する程度まで
(東京地裁平成7年7月 31 日判決、裁判所
に至ればもはや改変後の著作物から原著作
ウェブサイト・東京高裁平成 10 年7月 13
物の本質的な特徴を直接感得することはで
日判決、裁判所ウェブサイト)
。
きない程度に至っているので、改変された
かんこつだったい
先のエスキースの例よりも切除割合は多
著作物は原著作物とは異なる著作物と評価
かったのですが、同一性保持権の侵害は否
され同一性保持権違反の問題が生じること
定されています。本裁判例では当時、劇場
はありません。
用映画がテレビ放送されるときにはトリミ
●俳句の著作物
ングされていることが多く、トリミングさ
法 20 条2項各号の明文で定める同一性
れずにテレビ放送されることは稀であった
保持権の制限事由のほかにも、著作物を改
ことのほか、原告の映画監督も本劇場用映
変することが事実としての慣習により認め
画がテレビ放送やビデオグラム化されるこ
られる場合も同一性保持権の侵害が否定さ
とを承諾していたこと、本映画の製作総指
れるケースがあります。
まれ
揮者として編集等を行った者が何種類かあ
この点に関し、選者が投稿句を添削して
るトリミング方法の中から左右を調整する
添削された句を雑誌へ掲載した場合、添削
方法を選択して実施していたことが認めら
前の俳句の著作者の同一性保持権が侵害さ
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ける客観的な評価、すなわち社会的声望名誉を
れるかが争われた事案があります。本掲載
指すものであつて、人が自己自身の人格的価値
誌には俳句の募集に際し選者が添削するこ
について有する主観的な評価、すなわち名誉感
とがあることは明記されておらず、投稿者
情は含まれない」
( 旧法につき最高裁昭和 61 年
も投稿に際し添削を承諾したり拒否するな
5月 30 日判決、裁判所ウェブサイト)とされて
どの意思表示はしていませんでした。しか
います。例えば、女性を描いた芸術絵画を風俗
し本掲載誌は俳句の初心者ないし中級者を
店の客引き看板として展示すればその画家の声
対象とした学習用の性格を持つ雑誌であ
望保持権を侵害することになります。
り、選者が添削して入選句欄に掲載するこ
著作者人格権の行使
とがあり得ることを前提に俳句を募集して
いたこと、また古来、俳句の世界では選者
●救済方法
による添削が当然のこととされてきたこ
前述した著作者人格権が侵害された場合、著
と、掲載当時、各新聞・雑誌の俳句投稿で
作者は侵害者に対する差止請求権
(法 112 条)、
は選者による添削がされて掲載されるのが
故意又は過失ある侵害者に対する損害賠償請求
大多数であったが添削されて掲載され得る
権、その損害賠償請求権に代え又はそれととも
ことを明記しているものがなかったことな
に名誉回復措置を求める権利
(法 115 条)が認め
どから、本投稿当時、選者が必要と判断し
られています。
たときは添削して掲載することができると
●死亡した著作者の著作者人格権の保護
する事実たる慣習があったと認め、この慣
また著作者人格権は、いずれも著作者の一身
習につき投稿者が知らなくても、この慣習
専属の人格権なので相続の対象とはなりません
に従わない旨の意思が表明されていない限
(法 59 条)
。なお例外的に著作者が死亡後も著
り、この慣習に従うものとして
(民法 92 条)
作者の人格的利益を保護する制度として
「著作
同一性保持権は侵害されないと判示しまし
物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著
た(東京高裁平成 10 年8月4日判決、『判
作物の著作者が存しなくなった後についても、
例時報』1667 号 131 ページ)
。
著作者が存しているとしたならばその著作者人
格権の侵害となるべき行為をしてはならない。
声望保持権
ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情
最後に声望保持権ですが、
「著作者の名誉又
その他によりその行為が当該著作者の意を害し
は声望を害する方法によりその著作物を利用す
ないと認められる場合は、この限りではない」
る行為は、その著作者人格権を侵害する行為と
(法 60 条)
との規定があります。本規定について
みなす」とされています(法 113 条6項)。その
は死後 50 年間などの著作権の保護期間のよう
趣旨は、
「著作物を創作意図を外れた利用をさ
な期間制限はありませんが
(法 51 条2項)
、永久
れることによって、その著作物の価値を大きく
に保護するわけにもいかないので、侵害が疑わ
損ねるような形で利用されること」を防ぐこと
れる行為の性質など諸事情を総合考慮して実質
にあります
(東京高裁平成 14 年7月 16 日判決、
的に侵害の有無を判断しようとしているわけで
裁判所ウェブサイト)
。この趣旨から著作者の
す
(法 60 条但書)
。死者の著作者人格権が侵害
「名誉又は声望」
とは、
「著作者がその品性、
徳行、
され、遺言などがない場合には一定の順で遺族
名声、信用等の人格的利益について社会から受
が権利行使することになります
(法 116 条)。
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