著作権法を知ろう ― 著作権法入門・基礎力養成講座 座 誌 学 上法 講 第 6 回 野田 幸裕 Noda Yukihiro 著作者と著作権者 (2) 弁護士、弁理士 N&S 法律知財事務所設立所長。著作権法・商標法等の知的財産関連のビジネスコンサル・契約・訴訟等が専門。 前東京都知的財産総合センター法律相談員、一般社団法人日本商品化権協会正会員等。講演・著作等多数。 前回に引き続き著作者と著作権者について検 ついて相互に問題点を指摘・検討し相互の 討します。今回は 「共同著作物」 を中心に説明し すい こう 議論の成果を踏まえ推 敲を重ねる方法や、 ます。 最初に問題点などを議論したうえで担当範 共同著作物とは何か 囲を執筆し、その後も原稿を持ち寄り、意 見交換をして推敲する方法で執筆する場合。 外観上、1個の著作物を制作するのに複数人 が関与するケースがありますが、そのなかでも 4すべて A が執筆するが、B がその原稿の 色々なパターンがあります。例えば 「消費者問 過誤を指摘したり、意味の分かりづらい箇 題」 という解説書を A・B の2人が執筆したとし 所を校正したりする場合。 ます。その場合、以下の1から4のパターンが 考えられます。 2のパターンの著作物は 「結合著作物」 といわ れるものです。結合著作物とは、外観上は1個 1上下巻の2冊として A が上巻、B が下巻 の著作物が複数の著作者により作成されますが をおのおの単独で執筆し、執筆者間での検 複数の著作者間での共同創作性が無い場合です。 討や調整等はしない場合。 典型例としては1個の楽曲の 「作詞」 と 「作曲」な 1の場合、上巻は A の単独の著作物、下巻は どです。この場合、各自がそれぞれの著作物に B の単独の著作物となります。 ついて単独の著作権者となり、前述の例では A これに対し、1冊の本を A・B 2人で執筆す が前半、B が後半の単独の著作権者となり構造 る場合としては以下の3つがモデルパターンと 的には前述の1と同様です。 なります。 これに対して3のパターンの著作物が今回、 問題とする 「共同著作物」 です。 2各担当分野を決めて前半の第1章から第 共同著作物とは著作権法に定義づけされてお 3章までは A が、後半の第4章から第6章 り 「二人以上の者が共同して創作した著作物で までは B が担当し、1と同様の方法で執筆 あつて、その各人の寄与を分離して個別的に利 する場合。 用することができないもの」 をいいます (法2条 1項 12 号) 。つまり、複数の著作者による 「共同 3 2と同様、A が前半を、Bが後半を担当し 創作性」と著作物の 「不可分利用性」が要件とな て下原稿を執筆するが、その内容や表現に ります。典型例としては 「座談会」 などです。こ 2016.9 40 誌上法学講座 の場合は、各自が著作物全体について寄与度に 共有者は、正当な理由がない限り、第一項の同 応じた持分権を有することになります。 意を拒み、又は前項の合意の成立を妨げること 4のパターンは、B には著作物に対する創作 ができない。 」 と定めています。要するに他の共 的表現の寄与が認められないパターンです。こ 有者からの持分の処分や権利行使を拒否するに の場合は、A のみが著作物全体の単独の著作権 は 「正当な理由」 を必要とするというハードルを 者となり、B は単なる「補助者」に過ぎないので 設けたわけです。 何ら著作権法上の権利が認められません。A の ●具体的な裁判例 執筆に対して単にアイデアやヒントだけを提供 裁判で争われた事案としては、 「XY が2分の したり、執筆のため資料の収集整理をしたり、 1ずつ持分権を有する共同著作物があり、X が 素材の提供にとどまる場合や、原稿の加除訂正 破産したので、その破産管財人が X の持分権を 等をするにとどまる場合も、補助者の例といえ A に売却しようとしたところ Y が反対した」 とい るでしょう。 う事例において、概ね元々、その共同著作物の利 用について営業窓口が X にあったので A は X か 共同著作者の権利行使 らライセンスを受けたことでその利用に問題は それでは当該著作物が仮に共同著作物である ないと判断したことは自然であること、また Y と認定された場合、その著作権の権利行使はど は X の持分権を買い受ける機会があったにもか のように行われるのでしょうか。 かわらずそのチャンスを逃がしていたこと、X この点、著作権法は 「共同著作物の著作権そ の持分権の売買契約につき A や X の管財人がそ の他共有に係る著作権 (以下この条において 「共 の協議や契約締結の事実を Y に知らせるべき必 有著作権」という。)については、各共有者は、 要はないことなどを理由に Y の拒絶には 「正当な 他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲 理由」 はないとして、Y は X の持分売却に同意す 渡し、又は質権の目的とすることができない。 」 べきであると判示しました (東京地裁平成 11 年 と規定しています (法 65 条1項) (ルビは筆者) 。 10月29日判決、 『判例時報』 1707号168ページ)。 要するに著作権の共有者間の連帯性を確保する 共同著作物の著作者人格権の権利行使につい 趣旨により、共同著作物の著作者全員の同意が ても、このような共有著作権の権利行使の定めと ないとその持分を売却するなどの処分行為はで 概ね同様となっています (法 64 条1項・2項) 。 きません。また処分行為だけではなく、同2項 ●共同著作物の持分割合と権利侵害 かか では「共有著作権は、その共有者全員の合意に また共同著作物の持分割合については、著作 よらなければ、行使することができない。 」 と定 権法上の特段の規定がない限り、共同著作物の めています。例えば、共同著作物である本に出 権利関係は民法の 「共有」 の規定が準用されます 版権を設定して出版に利用するにも全員の合意 ので (民法 264 条) 、共有者の持分についても、 が必要となります。 持分割合の合意や寄与分の証明ができない場合 このような定めにより共有者間の連帯性は確 には、各共有者の持分は相等しいものと推定さ 保されますが、逆からみると持分権を有してい れます (民法 250 条) 。 ても他の共有者から反対されると処分も利用も 共同著作物の保護期間については、共同著作 できなくなるので持分権者の利益との調整が必 者中、最終に死亡した著作者の死後 50 年までと 要となります。 なります (法 51 条2項) 。 そこで同3項では 「前二項の場合において、各 また共同著作物の権利侵害に関しては、権利 2016.9 41 誌上法学講座 侵害を排除することは共有者全体の利益になる Y 単独で執筆する作りになっています。 保存行為であることから、各持分権者は自らの このような事案において裁判所は、AB 部分は 持分権に基づき単独で著作物全体について、侵 XY の共同著作物、C 部分は Y の単独著作物とし 害行為の差止を請求できます。損害賠償請求や て認定しました。この B 部分については、①具 不当利得返還請求についても単独で請求できま 体的な口述部分は X ② X は抽象的に書いて欲し すが、金銭給付請求は可分なので各共同著作者 い事柄を指示しただけで、Y が自分で文章化し は自らの持分割合の範囲内でしか請求できませ た部分や X の意思を推測して Y が執筆した部分 ん(法 117 条1項) 。 は Y ③ Y が書いた文書を X が点検して補充訂正 このように、ある著作物が共同著作物と認定 した部分は XY が創作した部分であること、し されると、その権利行使や効果などに大きな影響 かし B 部分のどの文章が XY のどちらの創作性 を及ぼしますので多くの裁判で争われています。 を働かせたかは不明で、関与の態様毎に区分す そこで裁判で問題となった事例を紹介します。 ることはできないとして、B 全体が双方の共同 創作であり不可分利用性が認められるとして B 共同著作物に関する 具体的な裁判例 全体が共同著作物であると認定しています。 ⑵翻訳書の共同著作物性 次に、外国人 X と日本人 Y による平家物語の ●共同著作物性が肯定されたケース 英語版翻訳書が両者の共同著作物とされた裁判 ⑴患者の闘病記を基に執筆された書籍の共同著 作物性 例があります (大阪高裁昭和55 年6月26日判決、 まず、肝臓移植を受けた患者の闘病記の部分 裁判所ウェブサイト) 。この事例の骨子は、Y が が、口述した患者 X と、その口述に創作的要素 平家物語を英訳するに際し外国人 A の協力によ を加えて文章化した看護人 Y との共同著作物で り約4%ほど英訳したが A が帰国することになっ あるとした裁判例があります (大阪地裁平成4年 たので、X に協力してもらい約 50%を英訳し、 8月 27 日判決、裁判所ウェブサイト)。この闘 その後 Y は外国人 B らの協力を得て一応、英訳 病記は概ね病気の進行に従い3部分 (ABC) に分 を完成しました。X は原典の理解能力はなく、 かれており、A 部分は患者 X が口述し Y がほぼ 翻訳の作業と関与は、概ね Y が平家物語の原典 口述どおりに文章化しました。その際、単に重 を英訳して X が英文の過誤を訂正する、ぎこち 複部分を削除したり、趣旨不明の点を聞き直し ない部分や堅苦しい部分は X が適切な英文に変 て書き改めるほか、Y が当時の X の心境や読者 更して変更部分は XY が再検討する、最終的に の興味をひく出来事を聞き、取捨選択して文書 は Y が原典と照合して訳文を決定するというも を作成し、X が点検して補充訂正する作りに のでした。 原審は 「翻訳に関与したものの役割を評価す なっている部分です。 B 部分は X の病状が進行して口述できなくな るに当たっては関与者の原典の理解力、移し換 り、X が書いてほしい事柄を口頭で Y に伝え、 える国語の精通性が重要な要素となるところ、 Y がその指示とそれから推測される事柄を、そ X の寄与は Y には難しいぎこちなさの除去、リ れまでの X との体験等や X にも当時の心境等を ズムの調整という質的に高い部分を含んでいる 聞いたことで補充しながら文章化し、これを X が、 これをもって翻訳ということは相当でない。 が点検・補充訂正する作りになっています。 X の寄与行為は校訂というのが一番ふさわしい」 として共同著作物性を否定しました (京都地裁 C 部分は X の死亡後に、Y が自分の記憶や日 記や生前の X が残したメモ等を資料として X に 昭和 52 年9月5日判決、裁判所ウェブサイト)。 関する部分はその意思に沿うように留意しつつ、 ところが、控訴審では逆転して、前述の事実関 2016.9 42 誌上法学講座 係においても、X には英語版翻訳書全体につい 部分にあり、単に決められた色を塗ったり輪郭 て創造的活動があったとして Y との共同著作物 線の仕上げは補助作業であって著作物の創作行 性を肯定しました。翻訳文の著作物性は移し換 為とはいえないと判示されています (東京高裁 えた言語(英語) の著作物に認められるものであ 平成 11 年 11 月 17 日判決・東京地裁平成 10 年 り X に平家物語原典の読解能力がなくても Y に 3月 30 日判決) 。 その能力があれば共同翻訳は可能ですから、こ ⑷雑誌のインタビュー記事の共同著作物性 の点においては控訴審の判断が妥当と考えます。 また雑誌のインタビュー記事に関し、概ね、 しかし、控訴審で注目すべきは、① X の関与 執筆者が口述者の口述内容を逐語的に文書化し 終了後に、Y が B と翻訳した約 50%の部分と、 たり、口述内容に基づいて作成された原稿を口 ② X が翻訳に関与する前に Y が A と翻訳した約 述者が閲読し表現を加除訂正して文書を完成さ 4%の部分のいずれもが、すべて X と Y との共 せたような場合は口述者が著作者といえます。 同著作物として認められた点です。控訴審での これに対して、本件のように、あらかじめ執筆 判決理由は、概ね①の部分については、X の英 者側で用意した質問に口述者が回答し、執筆者 訳に関する創意工夫は Y の創造的精神活動に作 側がインタビューの企画や方針に沿って回答を 用し X の関与なしに行われたその後の Y の翻訳 取捨選択し、表現上の加除訂正をするような場 にも引き継がれ、あるいは強い影響を及ぼした 合は、口述者は雑誌記事の素材を提供したに止 と推認できること、②の部分については、分量 まり補助者でしかないので著作者ではない旨、 が少ないことに加え、X が Y からその翻訳原稿 判示されています (東京地裁平成 10 年 10 月 29 を手渡されて閲読し批評を加えていたことから、 日判決、 『判例時報』 1658 号 166 ページ) 。 ① ②の部分を他の部分と機械的に分離せず、英 どのような場合に 共同創作性は肯定されるのか 語版翻訳書全体を X と Y の共同著作物として認 めたわけです。 しかし、少なくとも全体の半分を占める①の このように複数人が関与した著作物の共同創 部分については、X は Y の英訳に直接関与して 作性の認定は困難ですが、一応の判断要素とし おらず、X の具体的な意見が Y の翻訳表現に反 ては、①表現への直接的関与性 ②表現への具体 映しているわけでもありません。X の関与後の 的関与性 ③関与の量 ④表現への影響力 ⑤表現 影響があるとすれば、それはその後の翻訳のコ の決定権などが挙げられ、これらの総合評価に ンセプトないし方法論にとどまるのではないで より判断されると考えます (① ②は直接性・具 しょうか。仮にそうであるなら少なくとも①の 体性が認められるほど、③は量が多いほど、① 部分では、X との共同著作物性は認められるべ ② ④は影響力が強いほど、⑤は決定権があるほ きではなかったように思われます。 ど共同創作性が肯定されやすい方向に働くとい ●共同著作物性が否定されたケース えるでしょう) 。 前述の2件の裁判例は共同著作物性が肯定さ したがって、仮に単なる補助者ではなく共同 れた事案ですが、関与者が単なる補助者であり 著作者であることを裁判で争う場合、何といっ 共同著作物性が否定された裁判例を次に紹介し ても事実関係がものをいいますので、会議録や ます。 打ち合わせメモ、作成工程表や作業メモ、中間 ⑶絵本の共同著作物性 成果物などの証拠から上記の要素がどのように 総合評価されるかがポイントになるでしょう。 まず絵本に関し、概ね、創作的表現の核心部 分はテーマやストーリーを構想し、具体的に表 現する絵柄・配置・配色の決定および文字記述 2016.9 43
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