ワイヤレスセンサーネットワーク技術動向調査 石油エネルギー技術センター 千代田化工建設株式会社 内田 鈴木 充 裕晶 1.調査の背景、目的 近年、石油プラントにおいては、設備事故とトラブルの削減、省エネの促進について 強い要請がある。また、設備老朽化によるトラブル要因が増加し、それに伴うエネルギ ー原単位の低下も問題となっている。 一方、半導体技術を応用した MEMS(*)技術の進歩によって、小型・安価な革新的なワイ ヤレスセンサが実用化される兆しがある。MEMS 技術を利用したワイヤレスセンサネット ワーク(以下、WSN)が導入された新しい設備管理・運転管理が設備トラブルを未然に防 止し、更にオンタイムデータを利用した運転管理等による省エネ効果が期待されている。 WSN を用いた、設備管理手法はトラブル低減等に有効とされているが、センサの小型 化・無線化・電力供給法などの課題により予想されていた程の普及には至っていないと 評価されていた。しかしながら、最近では無線通信機能・自立電源機能・超低消費電力 機能等を付与した革新的センサの技術開発が進み、WSN が実用化されようとしている。 ワイヤレスセンサ技術開発は NEDO プロジェクト、産業総合研究所などでも進行中であり、 主要各国と比べても我が国の優位性がある分野であると言われている。 これらのワイヤレスセンサ技術は、製油所での設備管理・省エネ・運転管理に利用す る事により大きな効果が期待され、WSN 普及促進にも有効であるが、センサ開発プロジ ェクトと製油所での現場活用の連携が行われていないため、製油所での実用性を考慮し た研究開発・実証研究が不十分である。 そこで、現状の MEMS を利用した WSN 関連技術の研究開発動向を把握し、製油所での WSN の現場適用性と WSN に求められる技術要素について調査し、今後の技術開発・実証 に向けた取組計画を明らかにする事を目的とした。 (*) MEMS(Micro Electro Mechanical Systems) 2.調査の内容 最新の MEMS センサ技術ならびに WSN 周辺技術の動向と適用可能性調査を実施し、実用 化に向けた課題や問題点を抽出することによって、WSN システムの技術開発ロードマッ プ案を策定した。調査項目は以下の(1)~(4)の 4 項目である。 (1)WSN システムの技術開発動向 (2)プラント分野での WSN システムのニーズ調査 (3)WSN システムの課題・問題点 (4)プラント分野における開発ロードマップ案の策定 1 3.調査結果 3.1 WSN システムの技術開発動向 <WSN を利用したプラント設備管理イメージ> 製油所の保全作業で現在行われている日常点検や定期点検作業は WSN を利用すること によって、より効率的に安全な設備管理作業に改善される可能性がある。図 1 に WSN を 利用したプラント設備管理のイメージを示す。 クライアント・プラント 監視 機器 センサノード センサノード センサノード ・センサチップ ・電源 ・マイコン ・LAN LAN ・構内ルータ Wi-Fi ZigBee 制御室 (オプション) WAN 図1 ・傾向管理 ・異常検知 ・運転支援 ・ソリューション 原因分析 構造・材料変更 運転変更 業務変更 など クラウド サービスプロバイダ WSN を利用したプラント設備管理イメージ WSN を利用したプラント設備管理は、小型で安価なセンサを広範囲に設置することに よって、全体管理、常時モニタリング、技術伝承における暗黙知の形式知への助成が実 現できる可能性を秘めている。WSN では、最初に図 1 に示すように監視対象の機器にセ ンサを設置する。製油所におけるセンサの計測物理量は温度、振動、湿度などが考えら れるが、それ以外でも適宜選択することが可能である。センサは計測物理量に合った MEMS センサチップと電源、マイコン、LAN などから構成されていて、複数のセンサから のデータを無線で製油所構内に数箇所設置した中継ルータに転送する。構内の複数の中 継ルータからのデータは、制御室に集約される。制御室では、それらのデータの経時変 化を直接デジタルで記録、管理することができるので、機器の傾向管理や異常兆候など を把握し、場合により運転の調整などによりトラブルの回避ができる。従って、WSN を 利用することによって、常時モニタリングが可能となり、突発的な異常検知にも対応す ることが可能となる。また、センサは小型なので、原則的には設置箇所を選ばないため、 対象機器を増やせば全体監視も現実的な視野に入る。更に、作業員のアプローチが困難 な高所や狭隘な箇所にも、センサを一度設置してしまえば継続的な管理が可能となる。 センサの寿命は概ね電池寿命に律速されるが、定期改修周期の 4 年以上の稼動が実現さ れつつある。 一方、WSN で収集されるデータ群は全てデジタルデータであるので既存のインターネ ット環境によって容易にデータ転送が可能である利点を活かして、プラントユーザは外 部のエンジニアリング会社、技術調査会社、技術コンサルティング会社などのサービス プロバイダの豊富な技術サービスを利用することができる。 <WSN 構成機器サプライヤのビジネスレイヤー> WSN 構成機器サプライヤは概ねチップレベル、モジュールレベル、システムレベル、 ソリューションレベルの 4 階層のビジネスレイヤーで構成される(図2)。 2 ソリューションレベル システムレベル ワイヤレスセンサシステム 複数センサ ソフト ワイヤレスセンサノード センサ製造 モジュールレベル チップレベル 図2 データ解析 提示方法 アルゴリズム サービスプロバイダ センサチップ LAN 電源 マイコン WSN 構成機器サプライヤの業界構造 製油所において WSN を効果的に活用する具体的な開発体制を構築する為には、上記の 4 つの階層のサプライヤによって構成されることが好ましい。一方、円滑な開発体制構 築には各階層の利益率の違いを考慮すべきだと考える。最も利益率が高いのはソリュー ションレベルであり、下層ほど利益率は低くなり、チップレベルは薄利多売の価格競争 に晒されているのが実情である。しかしながら、製油所での WSN では、既に利用実績が 報告されている屋内の環境計測分野とは異なり、今までに無い苛酷な計測環境や高い計 測精度を MEMS センサチップやセンサモジュールに求める場合も想定される。更に、製油 所で求められる WSN のセンサは安価であることを仮定すると、チップレベルやモジュー ルレベルの利益率を考慮しなければ円滑な開発は遂行できないと想像される。そこで、 製油所への WSN 導入初期の開発においては、4 階層のサプライヤが相互協力して妥当な 利益配分となるような横断的なビジネスモデルを構築する必要性があると考える。 <ワイヤレスセンサの種類と技術概要> WSN に用いられるセンサの構造は多種多様であるが、概観すると概ねに図 3 示すような 構造となっている。主体となる感受部はセンサ部と呼ばれ、目的とする振動や温度とい った物理量を測定するように設計された MEMS チップである。 アンテナ 無線LSI 電源 マイコン センサ 図 3 ワイヤレスセンサの代表的な構造 センサ部には、単独の物理量を計測するものもあるが、MEMS チップが非常に小さいので、 3 複数のセンサを集積して複数の物理量を計測できる構造も多い。代表的なものに BEMS(ビルエネルギーマネジメントシステム)で用いられる、温度、湿度、照度を同時に 計測するセンサ部がある。一方、マイコンは省電力タイプのものが開発されており、セ ンサによって計測されるデータの収集タイミングやデータの閾値、データ長などセンサ を利用する目的に合わせてセンサを制御する。同時に、マイコンは無線 LSI の通信プロ トコルの制御も行う。無線 LSI の中には通信制御に特化したマイコンを独自に内蔵して いるものもある。そして、センサ、マイコン、無線 LSI への電源供給のために電源を内 蔵する。一般にはリチウムイオン電池のようなエネルギー密度が高く、ボタン型で小型 のものが用いられる。試験的な利用に限られているが、太陽光や振動、環境熱などを発 電に利用する環境発電を電源とするセンサも開発が進められつつあり、環境発電を利用 するには、整流・昇圧、パワーマネジメントの機能部品も必要となる。 MEMS センサチップ MEMS センサの計測物理量には、様々なものが開発されている。代表的なものは、下記 の通りである。 ①圧力(気圧)、②加速度、③変位、④画像(赤外画像)、⑤ひずみ、⑥触覚、⑦振動、 ⑧流量、⑩温度、⑪湿度、⑭傾斜、⑮音響(超音波)、⑯磁気、⑰ガス、⑱ジャイロ センサチップは、十分に小さな数ミリ角程度の大きさで開発・市販されており、これ らのセンサチップは単体あるいは複数のセンサを集積させ、信号回路も同じ基板上に工 作された小指の上に乗る程度の小さなワンチップ化が実現されている。但し、いずれの センサチップも精度、ダイナミックレンジの点でプラント状態監視用センサとしては更 なる開発の余地が見受けられる。 無線 LSI と周波数帯域 WSN を利用したプラント設備管理では、前出の図 1 に示したように状態監視対象の複 数の機器にセンサノードを設置し、プラント構内の無線ルータまでセンサノードで得た 計測データを無線送信することでネットワークを構築する。図4に一般的なネットワー ク構成(ツリー型)を示す。その他に、子機同士が無線で通信することでネットワーク を冗長化させて通信品質を上げるメッシュ型などがある。 センサノード(子機) 構内無線ルーター(親機) 計測室、制御室 図4 一般的なワイヤレスネットワーク構成 4 センサノードと無線ルータの間の無線ネットワークは一般に LAN(Local Area Network)と呼ばれ、通信プロトコルにも数種類のものが実用化されている。無線通信プ ロトコルの選択には、周波数帯域と通信速度と信頼性(通信エラーが少ない)などに着 目するのが一般的。代表的な 3 種類の無線通信プロトコルの特徴を簡単に以下に示す。 ①WiFi:パソコンやスマートフォンに広く利用されている。 周波数帯域:2.4GHz 通信速度:高速 特徴:データ量が大きくできるが、干渉電波が多い。 工業用無線として ISA100 やワイヤレス HERT が実用化 ②ZigBee:WSN などの遠隔監視を目的に開発 周波数帯域:920MHz 通信速度:低速 特徴:電波干渉に強く、比較的長距離通信 ③Bluetooth:携帯電話の音声通信用に開発。ヘッドホンなどで利用 周波数帯域:2.4GHz 通信速度:中速 特徴:短距離通信向け 無線 LSI はいずれの無線通信プロトコルでも小型(1cm 四方程度)の製品が提供され ている(図5)。センサノードにおいて、最も電力を消費するのは無線 LSI と言われてお り、今後ますますの低消費電力化の無線 LSI の登場が期待される。 東京コスモス電機製 DiGi 社製 図5 エアマイクロ製 市販されている無線 LSI の例 電源 WSN では多くのセンサノードをプラント内に設置して、設備状態の情報を常時収集す る。センサノードの設置場所は、数が多いうえに普段作業員がアクセス困難な場所であ ることが予想される。従って、センサノード自体の寿命は長い程好ましく、少なくとも SDM 周期の 4 年以上は稼動する事が求められる。センサノードの寿命はほとんどが電源 に依存するとされており、現状では高エネルギー密度のボタン型のリチウムイオン電池 が利用されることがほとんどである。しかしながら、数年に一回は電池を交換する必要 からユーザーに負担がかかり、WSN の普及には環境発電と呼ばれる技術が不可欠ではな いかと議論がなされている。 5 環境発電技術とは、周りの環境から微小なエネルギーを収穫(ハーベスト)して、電 力に変換する技術のことで、別名「エネルギーハーベスティング技術」と呼ばれている。 光・熱(温度差) ・振動・電波など様々な形態で環境中に存在するエネルギーを電力に変 換する環境発電は、充電・取り替え・燃料補給なしで長期間エネルギー供給が可能な電 源として WSN の分野で注目されている。現状の市販されている環境発電モジュールは発 電量が小さいため利用に制限があるが、センサノードのセンサ部、無線部、マイコンな どの省電力化が進んでおり、環境発電技術の改良も進められている事から、近い将来に は実装される可能性がある。 3.2 プラント分野でのセンサネットワークシステムのニーズ調査 センサーのイメージを、 「ペットボトルの蓋程度の大きさ[小さい]、数千円程度の価格 [安価]、複数の物理量をワイヤレスでモニタリング[常時監視]」と仮定し、石油精製プ ラントで喫緊の課題となっている「設備の高経年化」と「熟練技術者の減少(技能継承 の困難化)」の観点から WSN のニーズを石油会社からのヒアリングで調査した ヒアリング調査結果から、WSN に求められる要求事項は下記のように要約される。 □WSN 全般 ・プラント機器の日常パトロールは主に目視によって実施されており、目視に代わ る常時監視技術を導入する場合、異常検知精度が高いことはもちろんのこと、計 測装置の設置工事も含めた導入コストが安価であることが求められる。 ・高経年化により日常パトロールにおける異常見落としリスクが高まっている。例 えば、わずかな劣化でも寿命影響、運転条件変更で当初想定より低寿命化が起き ており、同一地区の同一設備でも、設備状況・環境などで劣化速度は変化してい る。そのため、全体検査、オンラインモニタリングでの対策が必要とされている。 ・監視ポイントは数千点と非常に多く、保温材付き機器や埋設機器、高所設置機器 などへの WSN 適用ニーズが高い。特に腐食検知が可能であれば、直接的に事故削 減に貢献できる可能性がある。また、腐食検知に AE 等を利用する場合、データ解 析が複雑になるため、分析には専門技術が必要なこともあり、WSN による外部サ ービスプロバイダの活用も有効である。 □動機器への適用 ・一日に数回程度、軸受の温度や振動によって健全性評価を実施している動機器も あり、日常点検の代替として有効。 ・振動計測は計測ポイントの管理やノイズ除去技術が必要となる。 □配管への適用 ・長距離で広範囲に敷設されているため、網羅的な検査が困難である事に加え、高 経年化に伴い、特に CUI の発生が危惧されており、精度の高い検査装置・手法が 求められている。 ・高い配管ラック部や地中埋設部があるため、検査の付帯工事費を削減する為にも 6 常時モニタリングは有用な分野と考えられる。 ・計測物理量は配管肉厚、温度分布、腐食の程度などがある。 □静機器(配管以外)への適用 ・加熱炉の温度計測や腐食点検等を行っているが、検査コストは高額。腐食計測ポ イントが多数な為に代表点計測を行っているが、全数検査が求められている。 □技能伝承への適用 ・熟練技術者のリソース不足により、プラント稼働率の低下が懸念されている。熟 練技術者はパトロールで得られる莫大な情報を処理して異常箇所を検知している が、そのロジックは暗黙知となっている。 ・WSN の活用によって、多数の計測点の膨大なモニタリングデータが得られるが、 そのデータ処理技術の開発が肝要であり、暗黙知を形式知と変換するようなツー ルとして構築できるかが鍵となる(五感センサー、センサーデータの解析技術)。。 3.3 WSN システムの課題・問題点 ワイヤレスセンサを中心とした WSN を構成する技術要素の開発状況と石油精製プラン トを対象とした WSN のニーズより、石油精製プラントの減災や保全高度化を目的とした WSN 技術開発に関して、予想される技術的課題・問題点を整理した。 MEMS センサチップの計測精度 WSN の主要なメリットは小型で安価なセンサを多数設置して網羅的な情報に基づ いて設備の状態監視する事にある。背景に半導体製造プロセスの一種である MEMS 技術によるセンサチップは低コスト化が期待できることがある。しかしながら、MEMS センサチップは自動車の衝突時のエアバック起動用スイッチング部品のような大き な物理量の変化の検知や、環境モニタリングのような比較的マイルドな変化の計測 等を目的にしてきた開発経緯から、プラントの非破壊検査用センサのような微弱な 信号を精度良く計測するような科学計測分野への適用はあまり検討されて来なかっ た。そのため、計測の感度、分解能、ダイナミックレンジなどに関しては一層の開 発が必要と思われる。 一方、既存の MEMS センサチップの性能をそのままに利用して各種検査用センサと して流用できるか否かを検討することも有効だと考える。既存品を利用できれば、 センサコストは大幅に削減できる。 新規 MEMS センサチップの開発費用 既存の MEMS センサチップの計測精度の限界により、新規に MEMS センサチップを 開発する場合には開発費用が課題となると予想される。現状の MEMS 製造装置(ファ ウンドリと呼ばれる)は、クリーンルームなど大規模な製造ラインが必要であり、1 ラインあたり数千億円の建造費がかかる。また、12 インチのシリコンウェア上に非 常に小さな MEMS センサチップを形成するので、1 枚のシリコンウェア上に数百~数 7 千個の MEMS センサチップを製造することになる。このような背景により、大手メー カーが新規 MEMS センサチップの開発に着手する場合は数十億円規模の市場が必要 になる。中小メーカーでも数億円市場が必要と言われている。つまり、通常の半導 体製品が小品種大量生産であるが故に製造ライン収支が保たれているのに対し、多 品種少量生産を必要とする MEMS センサチップ開発は費用の問題が生じる。 しかしながら、多品種少量生産の MEMS チップのコスト削減を目指して、ファウン ドリ機能をコインランドリのように複数の開発者が共同して使用する機関や MEMS チップを委託製造のみを行う企業などが登場している。更に、大型のクリーンルー ムを不要とし、1/2 インチの小さなシリコンウェア上に MEMS センサチップを形成す るミニマルファブという技術開発が産総研を中心に進められている状況にある。ミ ニマルファブが実用化されれば、開発費用の課題解決が期待される。 MEMS センサモジュールメーカーの不在 WSN のビジネスレイヤーはチップレベル・モジュールレベル・システムレベル・ ソリューションレベルと4層構造(3.1 参照)になっている。その中でモジュー ルレベルの企業が他のビジネスレイヤーと比べて少ないと思われる。特に石油精製 プラントのような屋外の環境で使用するセンサには耐環境性が必要とされるが、そ のようなセンサはほとんど見られなかった。屋内の環境計測用のセンサは幾つかの 企業が製造・販売していたが、堅牢性が求められるようなセンサは少ない。防水構 造の箱の中にセンサモジュールを入れて計測する機構のセンサは存在したが、防水 構造を有し、センサモジュール要素であるセンサチップ、電源、マイコン、無線チ ップを一体化したセンサは見当たらなかった。屋外型センサは屋内型センサより技 術的ハードルが高いこと、また現状では屋外型センサの市場が醸成されていない事 が原因の一つであると考える。 今後、石油精製プラントのような屋外環境で堅牢性が求められる構造のセンサを 開発・普及する為には、センサ市場の醸成を併せて検討していく必要がある。 MEMS センサモジュールの低廉化 上記のように MEMS チップの開発費用が高額で、センサモジュールメーカーが不在 の現状では、センサモジュールの低廉化は大きな課題となる。既存の MEMS チップや 他の構成要素を用いればセンサモジュールのコストも抑えることができると考えら れるが、市場との関連性も考える必要がある。ビジネスレイヤーの4層構造は最上 部のソリューションレベルの利益率は高いもののセンサが供給されなければ市場が 開かれない。一方、ビジネスレイヤー下層部のチップレベルは薄利多売が求められ ている為、ソリューションレベルの市場開拓に関する矛盾が生じる。 そこで、チップレベルやモジュールレベルの企業も製品販売を提供するのではな く、ビジネスレイヤー4 層がプラント向けの WSN ビジネスに向けて JV やコンソーシ アムのような体制を組む事によってソリューションサービスを提供するような形態 を取る事が MEMS センサの低廉化の一つの方法と考えられる。 8 MEMS センサモジュールの防爆性 石油精製プラント構内には防爆エリアが多数存在する。WSN の構成機器の内、無 線中継ルータは防爆認定を受けた市販装置があるが、小型のワイヤレスセンサで防 爆認定を受けているセンサは無い。防爆エリアは火災・爆発を防止するために、労 働安全衛生法(厚生労働省所管)、消防法(総務省所管 各自治体消防署)、電気事業 法(経済産業省所管)の3つの法律で規制されている。ワイヤレスセンサも電気機 器であるので、防爆認定をクリアする必要があり、非常に大きな課題である。ワイ ヤレスセンサでも耐圧防爆構造(点火源を耐圧性の容器に入れ、たとえガスが浸入 して爆発が起きても、周囲の危険ガスに爆発が波及しないようにした構造)で防爆 認定を受けた市販センサはあるが、構造上センサの大きさが 10cm 立方以上の大きな ものになり、小型ワイヤレスセンサで可能になる狭隘部のモニタリングは難しい。 小型ワイヤレスセンサを防爆エリアに設置する為には、点火源と見なされない機 器(定格電圧 1.2V 以下、定格電流 0.1A 以下、定格電力 25mW 以下)の構造とするか、 防爆認定をクリアしなければならない。様々な防爆構造があるが、センサの小型化 を目的とする場合には樹脂充填防爆構造(電気機器の点火源となるおそれがある部 分に熱硬化樹脂等の樹脂を充填することによって点火しない様にした構造)などが 有効であると言われている。 MEMS センサモジュールの耐熱性 モニタリング対象機器には高温機器も多く、表面温度は 300℃程度の機器もある。 しかしながら、シリコン単結晶のウェハ上に形成された MEMS センサチップは耐熱性 が百数十度程度である。シリコンカーバイドのウェハを用いれば 300℃程度の耐熱 性を持つ事ができるが、シリコンカーバイドの MEMS センサの研究開発は始まったば かりである。また、センサチップ以外の電源、マイコン、無線チップの耐熱性も併 せて向上させる検討が必要である。 MEMS センサモジュールの無線通信距離 ワイヤレスセンサモジュールは内蔵されたマイコンと無線チップによって計測し たデータをデジタル変換して無線通信で計測装置へ転送する。無線周波数帯域は 2.4GHz 帯か 920MHz 帯であるが、いずれの周波数帯域も見通しの良い場所であれば 100m以上の通信距離を実現しているが、プラント構内では障害物の影響で通信距離 が確保できなくなる可能性が危惧される。特に、金属と液体は強い電波障害になる ので、液体が入っている配管や塔槽類は影響が大きい。 センサ配置には電波強度などを十分に事前調査して、無線中継ルータなどの配置 を決めて、効率的な WSN を構築する必要がある。 3.4 プラント分野における開発ロードマップ案の策定 石油精製プラントを対象に WSN の技術開発を実施するにあたり、開発テーマをいくつ か提案し、各々のテーマの開発仕様と予想される開発ロードマップ(開発期間 5 年間を 想定)を検討した。 9 <振動/温度計測による回転機器の軸受状態モニタリング> 開発目標 回転機器軸受けの故障は即設備停止に繋がる場合もあり、補機がある場合でも軸 受け損傷からの油漏洩に伴う火災などの危険性も考えられ、日常点検によって状態 監視が実施されている。しかしながら、回転機器の基数は多い為に全数検査は難し く重要機器の点検に限られること、ベテラン保全員減少に伴って従来の五感による 異常検知が難しくなってきていること、振動計測器が高価なうえに取扱や評価に技 量が必要なこと等の課題がある。そこで、小型で安価な振動ワイヤレスセンサを用 いた WSN によってこれらの課題を解決する。また、振動計測に温度計測を併用する 事によって異常の検知精度を向上させる。 計測原理と評価原理 振動計測による回転機器の軸受評価は十分に実績のある手法が提案されており、 ISO によって評価基準も制定されている。振動の振幅によって劣化の程度など簡易 診断を、振動の周波数分析によって精密診断を行うものである。これらの既存の評 価手法が内蔵されているハンディタイプの振動計測器も多数市販されている。ここ では、既存の計測/評価手法を利用し、定量評価まで含めた検査技術としての WSN システムの構築を目標とする。また、回転機軸受けの異常は潤滑油の温度上昇も伴 う為、振動計測と併せて温度計測も行うことにより、異常検知精度の向上を試みる。 ワイヤレスセンサの開発スケジュール案(開発期間5年を想定) 1 2 3 4 ①計測/評価原理 ②センサ ③WSNシステム ○実証試験 5 <湿度/温度計測による配管 CUI モニタリング> 開発目標 高経年化した石油精製プラントでは、保温材付き配管の外面腐食(CUI)による漏 洩事故が近年顕在化し、喫緊の課題となっている。CUI の検査技術として、ガイド 波法やパルス渦流探傷法など数種類の非破壊検査方法が提案され、一部は現場に供 されている。しかしながら、いずれの検査方法も一回で計測できる範囲や検査コス ト、検査精度等により、必ずしもプラントオーナーの満足を得られていないのが現 状である。そこで、WSN のセンサを多数設置することで広範囲に検査できる事、常 時モニタリングする事で検査精度向上が見込める事、検査方法を工夫することで保 温材を撤去しないセンサ設置方法が期待できる事などの特徴を活かして、CUI 検査 の課題を解決する。 計測原理と評価原理 CUI の発生プロセスは大気中の酸素による配管表面の腐食であり、外装板の損傷 部等から流入する雨水や海塩粒子、配管の運転温度などが腐食を加速する。この様 10 な CUI の発生・加速要因から、濡れ乾燥の繰り返しと運転温度の影響が捉えられれ ば、CUI の劣化予測ができる可能性がある。運転温度 60℃~120℃が最も劣化が厳し く、更に間欠運転があるほど劣化は進行すると報告されている。そこで、画鋲型の 温度・湿度を計測するワイヤレスセンサによって保温材外装板の内部の温湿度をモ ニタリングする事と降雨などの気象データ、間欠運転の記録などによって CUI の発 生している可能性が高い配管をスクリーニングする WSN の構築を目標とする。図6 にイメージ図を示す。 保温材 湿潤雰囲気 配管 CUI センサ センサ 配管サポート 図6 配管サポート 温度/湿度計測による CUI スクリーニングのイメージ 保温材外装板表面にφ数 mm の穴を開け、その穴を通すように温湿度の受感部を差し 込み、センサ本体は外装板にマグネット設置する。一定の間隔で設置されたセンサか ら配管の環境雰囲気の温湿度を一日数回計測して傾向管理を行う。得られた経時変化 と降雨などの気象情報や運転記録と比較し、濡れ乾きの回数と 60℃~120℃の環境だ った時間を計測することから CUI のスクリーニングを実施する。 温度計測によって CUI をスクリーニングする試みは、温度分布計測型の光ファイバ ーセンサを用いた事例があったが、長距離の設置方法に課題があった。湿度計測によ る CUI のスクリーニングの事例は未だ無い。ワイヤレスセンサによって、簡単な設置 で長距離の配管の温湿度分布計測が可能になるが、温湿度計測による CUI スクリーニ ングの前例は無く、センサ間隔や評価方法等の技術課題は多い。 ワイヤレスセンサの開発スケジュール案(開発期間5年を想定) 1 2 3 4 ①計測/評価原理 ②センサ ③WSNシステム ○実証試験 5 <AE/温度計測による配管 CUI モニタリング> 開発目標 前記の <湿度/温度計測による配管 CUI モニタリング>と同じ。 計測原理と評価原理 プラント配管の CUI は、高経年化した保温配管表面に水分浸入・海塩粒子・運転温 度が作用して発生し、大気腐食と比較して局所的かつ高速な腐食減肉となる。腐食減 11 肉は配管表面の錆が体積膨張し、錆の生成と剥離が繰返す事によって配管の肉厚を削 っていく。錆の剥離の際には超音波帯域の弾性波である AE(Acoustic Emission)が発 生し、AE を分析することによって CUI を評価できる。CUI を AE で検知する試みは複数 報告がなされているが、いずれも環境ノイズが少ないラボ試験による報告である。腐 食に伴う AE は非常に微弱であり、実プラントでは様々な環境ノイズの混入が予想され る。図7に AE/温度計測による配管 CUI モニタリングのイメージを示す。 保温材 配管 CUI AE波 AE波 センサ 配管サポート 配管サポート 図7 AE/温度計測による CUI スクリーニングのイメージ 本手法の開発では、CUI の発生プロセスを考慮して AE 波の特徴を把握すると共に、 保温材を撤去せずに簡便にセンサを設置できる配管サポート部と AE 伝播経路の減衰 などの特性、さらにプラント現場環境で混入が予想される様々なノイズ信号の特徴を 把握する必要がある。これらの技術課題を克服することによって、AE 法がプラント現 場での実運用に耐えうるロバストな CUI 評価技術となる。 高経年化した保温配管は、程度の差異はあってもほとんどの配管で外面腐食は存在 すると予想される。AE は外面腐食の活性度に反応するため、補修不要な軽微な外面腐 食も検知してしまう可能性がある点が危惧される。国内の製油所では、配管肉厚や腐 食速度などで補修の必要性の有無を評価する基準がある。そこで、複数の現場試験の AE 計測の結果と肉厚測定などの開放検査結果を比較することで双方に相関を見出し、 評価基準を定める。多数のワイヤレスセンサを用いれば一回の計測で広範囲の配管の 腐食活性度を評価できるが、腐食減肉量を直接求める事は原理的に難しい。しかしな がら、この開発する評価基準を用いることで、対象とした広範囲の配管の中から保温 材撤去して補修が必要な配管を高精度に抽出するスクリーニング技術を目標とする。 また、併せて配管近傍の温度分布を計測し、既に報告されている CUI 発生可能性が高 い温度域か否かを推定することで、AE 法による評価の信頼性を向上させる。 ワイヤレスセンサの開発スケジュール案(開発期間5年を想定) 1 2 3 4 ①計測/評価原理 ②センサ ③WSNシステム ○実証試験 12 5 4 まとめ WSN の製油所への適用に向けた技術開発当たっては下記の点を考慮して取進める事が 必要である。 技術開発は、①開発ターゲットの選定、②開発実現性の検討、③開発体制構築、④開 発スケジュール設定、⑤開発事業推進、⑥開発成果の普及の 6 ステップで進められると 想定される。 ①開発ターゲットの選定では、開発成果がプラントオーナーの抱える課題解決に直接 結びつき、安全・安心が向上することはもちろんのこと、開発成果の導入コストと課題 解決の経済効果(減災による稼働率向上や保全費削減など)を比較検討して投資対効果 の大きい開発ターゲットを選定することが肝要である。そのため、可能な限り開発成果 の導入コストや課題解決の経済効果を予め試算しておく必要がある。一方、新規に MEMS センサチップの開発が必要な場合は、石油精製プラントで開発コストに見合うセンサ数 (市場)が確保できる開発ターゲットが好ましいが、石油精製プラント以外への適用性 が高い開発ターゲットも検討し、開発技術の汎用性を担保しておく事が有効である。 ②開発実現性の検討においては、定められた開発ターゲットに対し、検査/評価、ワイ ヤレスセンサ、ネットワークの各々の技術要素の側面から十分に検討する事が必要であ る。特にワイヤレスセンサに関しては、感度や分解能、周波数特性、電池寿命、耐環境 性、防爆性などについて、製造工程も含めて詳細に協議する必要がある。開発事業に時 間的制約がある場合は、開発スケジュールについても併せて開発実現性を検討する。ま た、評価について、プラント運転データや気象データなどがセンサ収集データ以外に必 要な場合は、当該データが入手可能か確認しておく。 ③開発体制構築については、前述した①および②について共同で検討したメンバが含 まれていることが望ましいが、開発ターゲットの選定や実証試験場所の提供、関連デー タの提供、開発成果の評価などを石油精製プラントオーナー、計測/評価手法開発は検査 会社やエンジニアリング会社、センサやネットワーク開発は大学、研究機関、WSN 関連 メーカー等が担当し、更に開発事業の全体統括ならびに評価を行う機関により実施する 事が望ましい。 13
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