経験知に学ぶ - 技術・技能教育研究所

技術・技能教育研究所 代表取締役
第8 回
森 和夫
経験知に学ぶ
るドライバーとなったのでした。
で、曖昧さはないほどよいのです。
さて、この段階になると「ある
そして、これを達成するための環
ベテランは長い期間を仕事に打
もの」が生まれてきます。それは
境は整っているか、作業者は具体
ち込むことによって、ある熟練の
技術でも技能でもない、仕事のと
的にはどのように運動しなければ
レベルに到達します。もちろん彼
らえ方、取り組み方です。これを
ならないか、時間との関係でどう
らにも新人の時代がありました。
「作業概念」と呼んでいます。は
計画化するか、が明瞭になってい
この間の経験は何を生み出したの
じめのころの一つひとつの経験は
ることです。
でしょうか。
消えて、諸経験を総括する「もの
熟練者の仕事ぶりをこれらの点
はじめは OJT で仕事を覚え、
の見方、考え方」ができてくるの
から確かめてみますと、どんな仕
やがて試行錯誤しながら、さまざ
です。
事にも通用することに気づきま
経験が生み出すもの
まな試練を乗り越えてきたことで
作業概念とは
す。サービス労働でも、ものづく
しょう。失敗や無駄なことも多く
あったのではないでしょうか。
じつはベテランらしさは作業概
タクシーの運転手で考えてみま
念にあります。どれだけ確かな概
しょう。
はじめてお客を乗せて走っ
念がつくられているかが、仕事の
た経験は新鮮だったに違いありま
質を決定づけます。概念が仕事の
ベテランの技術・技能を学ぶと
せん。数カ月が経過し、多くのお
コントロールタワーとなっている
いうと、表面的なことばかりに注
客を乗せて運びました。彼はある
のです。
目しがちですが、それは本命では
地域を任されていたので、いつご
作業概念を「その作業を概括的
ないのです。どうも本筋を見誤っ
ろ、どのコースを通過し、どこで
に示したもの」と定義しましょう。
て教育をしていたようです。
待機すれば、売上げが上がるかが
明瞭で精緻な作業概念をもってい
技術・技能が完成するころに概
わかるようになってきます。また、
ると、これまでに経験しなかった
念を身につけるのではなく、日々
客質や客のニーズなどもつかめる
仕事にも対応できます。経験した
このような方向で学べば、早期に
ようになってきました。もちろん
ことのない重大な事故が発生した
学習できます。1 つのテーマ、課
嫌なお客もいました。運転手仲間
ときに、過去の経験から推測して
題を練習したら、
「目標は何、環境
との会話も参考になります。
いたのでは新しい発想や打開策は
は何、動作は、段取りは」と、振
やがて1年が過ぎるころから、
出てこないでしょう。時間的にも
り返ることが大切だったのです。
仕事がつかめてきます。仕事の面
急を要する場合が多いのです。こ
登山では、山頂から見下ろす景
白さと難しさがわかるようにも
のときに発揮する力のよりどころ
色ばかりでなく、途中で振り返り
なってきました。さらに数年が経
が作業概念です。
ながら見る景色も大切なもので
過して、豊富な経験をもつように
作業概念は 4 つの内容から構成
す。それと同じように、学習の途
なります。いまでは、どのような
されています。①到達目標、②環
中で適宜振り返ることで概念を
お客にも優しく、かつ行き届い
境・状況、③運動・行動、④段取り、
獲得できます。
[経験→振り返り]
た配慮ができるようになっていま
の 4 つです。つまり、作業のねら
が作業概念をつくり上げるといっ
す。安全運転はもちろんのこと、
いとする目標がどのようであるか
てよいでしょう。実習日誌を書く
お客さまの快適な旅をも演出でき
を明瞭に承知していることが必要
ことは良い方法といえます。
り労働でも、あてはめることので
きる普遍的な事柄です。
学び方、取り組み方
企業と人材 2016年8月号
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