JST プロジェクト「高齢社会(略称)」の主旨とその社会実装化 伊福部達(東京大学/北海道科学大学) 1 . プ ロ ジ ェ ク ト の主 旨 超 高 齢 社 会 に 向 け て 、「 労 働 者 人 口 」 の 減 少 と 「 社 会 保 障 費 」 の 増 加 の 問 題 に 加 え て 、「 老 後の生きがい」をどこに求めるかが、わが国の大きな課題となっている。現在、産学官が一 体となって、元気な老人には「社会への参加」を促し、虚弱な老人には「自立した生活」を 支 え る こ と に よ り 、 マ イ ナ ス 面 を プ ラ ス に 転 換 さ せ る 道 を 模 索 し て い る 。 こ こ で は 、 演 者が JST の 領 域 代 表 と し て、 2010 年 か ら 取 り 組 ん で き た プ ロ ジ ェ ク ト 「 高 齢 社 会 を 豊 か に す る 科 学・技術・システムの創成」の主旨を述べ、その中の課題「自動運転知能システム」が経済 効果と社会参加を促進させる上で大きな期待が寄せられていることを示す。 2.課題の絞り込み 超高齢社会に伴い介護を必要とする虚弱な高齢者はいうまでもないが、元気高齢者の割合 も急速に増えている。高齢者の就労や社会参加は「生きがい」や「健康維持」に繋がり、結 果として「労働者人口」と「社会保障費」の問題にも一つの解決策を与えることになる。 こ の よ う な 観 点 か ら 、プ ロ ジ ェ ク ト「 高 齢 社 会 」で は 、図 1 に 示 し た よ う に 、元 気 な 高 齢 者 に は 「 心 身 を 支 援 し な が ら 社 会 参 加 ・ 就 労 を 促 す 」 に 重 点 を お い た 。 そ こ で 開 発 さ れ た支 援 技 術 ・ シ ス テ ム を 発 展 さ せ る こ と で 、 虚 弱 に な っ た 高 齢 者 の 「 QOL の 向 上 と 介 護 負 担 な ど の軽減を図る」に生かすこととした。さらに、その技術やシステムが新しい産業の創出に結 びつけるという道筋を立てた。 ま た 、遂 行 す る 課 題 は 、多 く の 企 業 が 参 画 し や す い よ う に 、薬 事 法 、 人権、倫理などの問題にできるだ け抵触しない範囲のものが現実的 であると考えた。 支援する技術・システムの対象 と し て 、ノ バ ー ト・ウ ィ ナ ー が 1948 年に提唱したサイバネティックス の 概 念 を 参 考 に し て 、「 感 覚 」、 「 脳 」、「 運 動 」 の 身 体 機 能 を あ げ た 。ま た 、2001 年 の WHO( 世 界 保 健 機 構 )の 提 唱 に 基 づ き 、コ ミ ュ ニ テ ィで社会参加をする上で必要な 「 情 報 獲 得 」、「 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 」、 「 移 動 」の 生 活 機 能 を 支 援 す る 図1 社会参加と介護支援が「生きが い」の増加と産業創出にも結びつく と い う 立 場 を と っ た 。 さ ら に 、 最 近 、 著 し い 進 歩 を 遂 げ て い る ICT と IRT( 情 報 ロ ボ ッ ト 技 術 )を 生 か す こ と が 、我 が 国 の 産 業 発 展 に も 貢 献 す る と 考 え て 、図 2 に 示 し た よ う な 5 つ の 課題に絞り込んだ。 す な わ ち (a) 「 ウ ェ ア ラ ブ ル ICT」、 (b) 「 イ ン フ ラ ICT」、 (c) 「 労 働 支 援 IRT」、 (d) 「 移 動 支 援 IRT」、 (e)お よ び 「 脳 機 能 支 援 ICT・ IRT」 の 5 課 題 で あ る 。 ここで、全ての支援を機器やサービスに委ねるのではなく、あくまでもユーザの負担を軽 減 す る「 道 具 」、ま た 、社 会 参 加 を 促 す ツールを開発するという立場をとるこ と に し た 。さ ら に 、そ れ ら が ユ ー ザ や 社 会 に 受 容 さ れ る 上 で 必 要 に な る PL 法 、 道路交通法、薬事法などの法制度の見 直しを提言してもらうことにした。 ただし、従来から障害者や高齢者を 支援する工学分野は、ニーズや基礎科 学が曖昧なまま進められていることが 多 く 、成 功 例 は 極 め て 数 少 な い 。そ の た め本プロジェクトでは高齢者施設など の現場と必ずタイアップし、そこでの ニーズを最優先することとした。 ま た 、図 3 に 示 し た よ う に 、プ ロ ジ 図 2 ICT と IRT を 利 用 し た 5 つ の 課 題 ェ ク ト は 、① 高 齢 者 の 認 知・行 動 と ニ ー ズ の 把 握 、② 機 器・サ ー ビ ス の 開 発 と 改 良、③社会実装による評価と産業化の 3 つのステージに分けて進めることにした。なお、こ の 3 つ の ス テ ー ジ は 図 中 の 下 に 示 し た 「 科 学 」、「 技 術 」、「 シ ス テ ム 」 に 対 応 す る 。 本 年 度 で ステージⅡを終え、来年度からⅢの社会実装の段階に入る。 3.課 題 「 自律 運転 知能シ ステ ム( 略 称 )」 につい て 多 く の 提 案 が あ っ た が 、結 果 的 に「 イ ン フ ラ ICT」、「 労 働 支 援 IRT」、「 移 動 支 援 IRT」、 「 脳 機 能 支 援 ICT・ IRT」 の 4 課 題 を 遂 行 す る こ と に し た( 図 4 )。な お 、 「 労 働 支 援 IRT」 の 「 軽 労 化 ス ー ツ ( 略 称 )」は 実 用 化 の 段 階 に入ったので、既に卒業している。以下で は 、ICT に 関 連 す る 3 課 題 の 内「 自 律 運 転 知 能 シ ス テ ム ( 略 称 )」に つ い て 、 こ れ ま で に 得られた成果の要点を述べ、社会実装への 道筋を考察する。 最近、 「 自 動 運 転 車 」の 実 用 化 が 話 題 に 上 図3 研究開発の 3 つのステージ るようになったが、これも社会の高齢化が 一つの要因といえる。今のところ色々な制 約はあるものの、高齢者の行動範囲を広げるのに生かされるので、社会参加や就労の範囲を 広げる上で有用である。本課題では、上記の完全自動運転車との違いを明確にしながら用途 を絞り込んだ。全てを自動運転にすると運転の楽しみが減ったり、注意とか反応の機能が弱 ってしまったりする恐れもあり、事故の増加と楽しみや心身機能の維持とはトレードオフの 関係にある。 そこで、必要な時のみに運転に介入する「自律運転知能システム」を提案し、自動運転車 とは異なる立場をとることにした。本課題の目的は「必要な時」は何を手掛かりに、どのよ 図5 図4 自律運転知能システムの概要 4課題のタイトル(略称) うに決めるか、そしてどのように「運転に介入」するかという問題に答えを出すところにあ る。その答えは本シンポジウムで紹介されるので省略するが、現在、介入すべきと判断する 手 掛 か り を 得 る た め の ①「 セ ン サ フ ュ ー ジ ョ ン 」と ②「 リ ス ク ポ テ ン シ ャ ル 」、お よ び 介 入 す る た め の ③ 「 熟 練 者 モ デ ル 」 の 3 つ の 技 術 開 発 が 並 行 し て 進 め ら れ て い る ( 図 5 )。 た だ し 、 日 本 に お け る 社 会 的 な 受 容 性 を 鑑 み 、 適 用 範 囲 を 低 速 度 に 限 定 し 、 特 定 の 地 域で 利用することを当面の目標としている。そこでの評価を基に、利用範囲を拡大したり高機能 化を進めたりしながら、道路交通法の変更や他の自動車メーカとの整合性をとり、本システ ムを早期に社会に導入するアプローチを考えている。 4.おわりに JST プ ロ ジ ェ ク ト の ス テ ー ジ Ⅲ で は 、 3 課 題 が 積 極 的 に 情 報 共 有 と 連 携 を 進 め 、 社 会 実 装 しながら本プロジェクトを評価する段階に入る。また、各地域の特色や課題を考慮し、開発 さ れ た 技 術 を 地 域 に 合 わ せ る こ と で 、 全 国 展 開 に 繋 げ る 。 さ ら に 、 JST プ ロ ジ ェ ク ト で 生 ま れた成果を、諸外国の風土やニーズに合わせて修正・改良しながら、国際標準化を目指し、 全世界に波及させるという道筋を立てている。 < 参 考 > 伊 福 部 達 「 福 祉 工 学 の 基 礎 」( コ ロ ナ 社 、 2016)
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