5.1.1 全天 X 線監視装置 - 玉川高エネルギー宇宙物理研究室

5.きぼう利用研究
5.1.1 全天 X 線監視装置
1.はじめに
全天X線監視装置(MAXI : Monitor of All-sky X-ray Image)は理化学研究所が中心となり、全国の
関係研究者の共同研究プロジェクトとして平成8年に国際宇宙ステーション
(ISS)
のきぼう船外実験プ
ラットフォームの初期利用ミッションとして提案された。宇宙開発事業団
(NASDA)
の選定委員会の審
査を経て平成9年度に宇宙開発委員会により承認され、NASDAに全天X線監視観測ミッションチーム
が組織され今日まで開発業務を行ってきた。ミッションチームはNASDAの職員のほか常勤・非常勤の
招聘研究員と博士研究員等十数名で構成されている。招聘研究員は大学院生の参加も得て研究と教育
も行ってきた。MAXIは全天X線監視装置としてはこれまでに比べ世界最高の装置となることを目標に
提案された。特にこれまでのモニター観測で手薄だった銀河系外のたくさんの活動銀河等を長期連続
観測できる装置となる。全体で2000個程度のX線源が対象となる。
ミッションチームと関係メーカによる定例会議を1∼2ヶ月に1回の割合で開催し設計を進め、平
成11年度には概念設計を完了し、平成13年度までに部分試作と各種の基本的な試験を行った。平
成13年度には基本設計審査を完了した。平成14年度には熱構造モデル(T M M :T h e r m a l
Mechanical Model)
を製作し機械的・熱的な環境試験を実施し、ミッション系の詳細設計審査とフェー
ズ0/1NASA安全審査を行った。搭載前の試験作業が多いミッションセンサーについては平成14年度
から搭載品の製作を開始した。平成15年度にはシステム系の詳細設計審査を完了し搭載装置の製作
に進む予定である。
2.ミッションの意義と目的
全天X線監視観測(ASM : All Sky Monitor)は宇宙からのX線観測が始まった1960年代から各国
で実施されてきた。主観測装置のX線望遠鏡に対し、ASMは予測できない変動するX線源をモニターす
る役割としてこれまで、副観測装置として小型の機器が使われてきた。それでもほぼ10年毎に感度が
上がりX線新星をはじめ不規則変動するX線源をすばやく捉え通報して主観測装置や地上の望遠鏡での
精しい観測を喚起し、多くの成果をあげてきた。MAXIは2000年代にASMの役割を果たすため、
これまでのASMに比べ感度が最高となるように設計された全天X線監視装置である。MAXIが対象と
する天体を図5.1.1-1に示した。この図には横軸を天体までの距離、縦軸をX線強度とし、これまで観測
されたX線源のデータをプロットした。これまでのASMは我が銀河系の天体が主な観測対象であった
が、MAXIでは桁違いに多い銀河系外の天体も観測の対象となることが分かる。
MAXIの科学的意義をまとめると次のようになる。
● ブラックホールや活動銀河核など動的宇宙の長期監視。
● 多波長分野の他のミッションと連携した継続的な観測と情報交換。
−爆発天体、新星、変動天体の観測結果を全世界に速報。
−観測データの公開、アーカイバルデータベースの作成。
● 宇宙の大構造マップの作成、銀河系内の熱いガス分布から元素の分布を探る。
251
5.きぼう利用研究
図5.1.1-1 X線源の距離とMAXIで観測可能な強度レベル
図中のプロットは各X線源で、左よりに銀河系内のX線源
(Galactic Objects)を、右よりに銀河系外のX線源(Extra
Galactic Objects)
が分布する。LMC、SMCは大・小のマゼ
ラン星雲にあるX線源を示す。目ぼしいX線源名が図中に
記入してある。左端の説明でMAXIの感度レベルを示した。
縦軸のミリクラブ単位は、かに星雲のX線強度の1/1000を
意味する。
3.装置の基本仕様と原理
まず、MAXIの設計思想は次のようにまとめられる。
● ISSのきぼう船外実験プラットフォーム搭載装置としての特徴を生かす。
● 史上最高の全天X線監視観測の実現を目標におく。 ● 検出面積と観測X線エネルギー範囲を最大限に確保する。 ● 角度分解能を0.1 °以下に目標をおく。
● 変動X線源の通報システムの速報化を計る。
● ISS-きぼう計画のスケジュールの不確定性に耐える計画と体制つくりに努力する。
具体的な装置の主な仕様は次のようになる。
● 2種類のスリットカメラを採用
GSC(Gas Slit Camera):比例計数管 全面積 5,300 cm2, 視野 160 °×1.5 °。
SSC(Solid-state Slit Camera):X線CCD 全面積 200 cm2, 視野 90 °×1.5 °。
● 観測エネルギー範囲
GSC:2∼30 keV エネルギー分解能 18 %@6 keV 位置分解能 1 mm@6 keV。
SSC:0.5∼10 keV エネルギー分解能 2 %@6 keV 位置分解能 24 μm。
● 検出限界
単位:mCrab(かに星雲のX線強度の1/1000)
GSC:1 mCrab @week, SSC 3 mCrab @week。
● 通報システム:ISSの1周回のデータを自動的に即時に解析し世界に通報。
MAXIはきぼう船外実験プラットフォームの初期利用ミッションとして一つのポートに取り付けられ
て、障害物のない天空を観測できるように設計された。MAXIはこれまでのASMではなかった全天に
わたるX線源の強度のマップを描くことができる。この原理は図5.1.1-2に示すようにISSの軌道の進行
方向に対して直角のスリットカメラを設置し、ISSの1周回で全天を走査しマップを描く。このスリッ
トカメラはスリットに垂直の方向に位置分解能をもつX線検出器であり、これにより入射X線の方向を
知ることができる。一方、スリットの方向は走査する狭い視野にコリメートしてあるので天空方向を
知ることができる。スリットに垂直の方向の分解能も走査方向の分解能も 1.5°の精度
(視野の半値幅)
に設計してある。新X線源の位置決定精度の標準値は0.1 °
であるが、強度に依存して位置決定精度は
変わる。
比例計数管の前に置くスリットの視野は160 °×1.5 °をもち、天頂と水平の2方向を見るスリットカ
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5.きぼう利用研究
メラが搭載される。これらは南大西洋の放射線異常領域
(SAA : South Atlantic Anomaly)
を通過する
ときX線検出器は機能しないため、スリット視野内の天空は観測できないが、2方向あればSAA通過前
後で観測できなかった天空を互いに補完観測することができ、160 °
スリットカメラで天空を走査可能
となる。ISS座標の北極と南極の10 °
の領域は観測できないが、全天の1.5 %に過ぎないし、ISS軌道面
の歳差運動(∼60日)と軌道傾斜角 51.6 °のため1週間程度でこの部分も補完できる。
X線CCDカメラのスリットの視野はCCDの冷却能力のため搭載数を減らしたため90 °×1.5 °となっ
た。90 °
の視野は、同じく天頂と水平の2方向のカメラを設置する。
図5.1.1-2 (左図)全天走査の原理 (右図)MAXIスリットカメラの原理
(右図)
スリットから入ったX線の方向は位置検出器
(position sensitive counter)
で決められる。
(左図)
天頂方向(zenith)
と水平方向(horizon)
のスリットがISSの1周回で全天を走査する。スリットの視野
(FOV: Field of View)
は両方向ともに160 °
(GSC)
と90 °
(SSC)
である。図中のISS moving direction
はISSが周回する方向を意味する。
4.システム装置
(1)構成
MAXIの概観を図5.1.1-3に示す。2種類のスリットカメラをきぼう船外実験装置の標準的サイズ
におさめてある。MAXIはX線光子検出毎に0.1 °
以下の精度で位置決定をする必要があるためレーザー
ジャイロを搭載し絶対的な姿勢は星姿勢計で校
正する。排熱システムはきぼうから供給される
能動的熱制御システム
(ATCS:Active Thermal
Control System)の冷媒を通して行うほか、X
線CCDの冷却のため、ペルチェ素子からの排
熱がループヒートパイプ(LHP: Loop Heat
Pipe)を通してX面とZ面の放熱板から行われ
る。LHPについては5節で説明する。現段階
での質量 485 kg、電力は 380 Wであり規定以
図5.1.1-3 MAXIの概観と搭載機器の構成
内に納まる見通しが得られている。
253
5.きぼう利用研究
(2)熱・機械的環境と試験
MAXIの設計は詳細部分までほぼ終わり、図
5.1.1-4のような熱構造モデルを製作し、平成1
4年6月∼15年2月にかけて機械的、熱的な
試験を行った。搭載機器に与える熱・機械的環
境条件のデータ取得のほか、X線カメラの一部
にエンジニアリングモデル
(EM :Engineering
M o d e l )機器を装着して搭載機器の製作への
データを取得した。熱構造モデルの試験結果と
数学モデルによる数値シミュレーションとの比
図5.1.1-4 音響試験室に設置されたMAXIの熱構造
較を行い、プロトフライトモデル(P F M :
モデル
(TMM)
Proto Flight Model)製作に必要なデータが得
られ、各サブシステムへの条件を設定した。また、X線CCDのエンジニアリングモデルをSSCカメ
ラに取り付けLHPと放熱板を組んだシステムの熱真空試験を行った。この結果CCDは搭載条件でほ
ぼ必要な温度(−60 ℃)に冷却可能との見通しがついた。
5.ミッション装置
(1)GSC(Gas Slit Camera)
ASMは面積×立体角が大きいほど宇宙の広い領域を深く観測できる。MAXIは大面積X線検出器
として図5.1.1-5に示すガス比例計数管を採用した。比例計数管についての仕様と性能と開発の経緯
について下記に整理する。
● 入射窓材料:100 μm Be 膜、有効面積:441 cm2/detector。
2
%)、1.4 気圧封入、開発中に異常増幅現象を発見し対策。
● ガス:Xe(99 %)、CO(1
● 多芯線比例計数管とし、1次元検知のため10 μmφ のカーボンワイヤ(1 kΩ/cm)を採用し、
電荷分割方式で約1 mm
(@6 keV)の位置分解能をもつ。
● 検出エネルギー範囲:2-30 keV; エネルギー分解能:18 %(@6 keV)。
● 搭載する比例計数管の全数は12台、168アナログ出力を処理するため、HIC
(Hybrid Integrated
Circuit)
を新たに開発した。耐放射線特性などの環境条件を試験し使用部品選定とシールド対
策でクリアできる見通しが得られている。
● エネルギー分解能、位置分解能について全有効入射面に対する一様性の試験を0.15 mmφ の
X線ビームで2 mm 間隔で2次元分布を取得し、現在入手しているEM検出器については±10
%以内で一様であることを確認。
● エネルギー分解能と位置分解能は、入射エネルギーと入射X線エネルギーに依存。搭載前まで
にこれらの校正データを取得し検出器の応答関数を作成予定。
ここで、GSC開発途中に得られた比例計数管におけるガス異常増幅についての成果を述べる。ガ
ス比例計数管は60年以上の歴史をもった検出器であるが、大面積が得やすいため現在もしばしば使
われる。MAXIでは1次元検知型比例計数管を用いる。位置分解能を高めるため通常の比例計数管
よりガス増幅率を高めて制限比例領域より少し上げて動作させる。このため、これまでほとんど知
られていなかったガス異常増幅現象の詳細を開発段階で見つけ精しい研究を行った。
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5.きぼう利用研究
一次元位置検知型比例計数管
X線CCD
図5.1.1-5 MAXIの2つのX線検出器素子
比例計数管は入射X線がガス中で吸収されX線エネルギーに比例して電子が放出される。この電
子は細い陽極線に向かってドリフトし陽極線近傍で電子雪崩で増幅される。陽極線に印加する高電
圧が制限比例領域内の場合はX線が吸収される場所に依存せず一様な増幅率が得られる。一方、制
限比例領域を越えて印加すると場所に依存して増幅率が変化する現象が現れる。図5.1.1-6は位置分
解能の性能を生かして、窓面から垂直に測った深さと増幅率
(=単色X線のパルス波高)
の実験結果
を示す。この現象はガス比例計数管にみられる一般的な現象である。これは電子雪崩のときに出る
紫外線の量、電子雪崩時の空間電荷効果、電子のドリフト開始位置などによる。異常増幅現象は位
置分解能には影響しないが、カウンター全面で積算したときのエネルギー分解能の悪化をもたら
が多いほど大きい異常増幅現象がみられ
す。MAXIの封入気圧では紫外線吸収ガス
(GSCではCO2)
る。一方、紫外線吸収ガスを少なくすると、紫外線の吸収が減るため、紫外線がカウンターの壁に
当たって出す光電子によるアフターパルスが発生する。MAXIでは最適な混合比を実験的に調査
し、1 %のCO2を用いることにした。これらの基礎研究は理化学研究所チームが中心になって進め
てきた。
図5.1.1-6 ガス異常増幅率の陽極電圧依存性
単色X線
(17.5 keV= MoKα)
を使用。上図はX線光子を窓か
ら入射したとき陽極印加電圧 1400 V, 1500 V, 1600 Vで
検出器の深さ(縦軸)に対し横軸の信号のパルス高さ
(PH:
Pulse Height)
の変化を示す。1400 Vまでの陽極電圧では
場所によらず一定の増幅率
(PH値)
が得られ、これを超え
た電圧
(1500 V、1600V)
ではX線の吸収される場所で増幅
率が変わる。1ドットは1X線光子に相当する。下図はそ
れぞれの陽極印加電圧で得られる波高分布で、横軸は波
高値
(Pulse Height)
、縦軸はX線のカウント値である。エ
ネルギー分解能が悪くなると分布が広がる。陽極電圧が
高くなると矢印方向が出っ張ってくる。
255
5.きぼう利用研究
(2)SSC(Solid-state Slit Camera)
MAXIはX線検出エネルギー領域を広げるため軟X線検出器として図5.1.1-5に示すX線CCDを開発
した。X線CCDはSi半導体素子としてエネルギー分解能が優れX線天文衛星では広く使われている。
これまで国産品のX線CCDがなかったため、MAXIの搭載を契機に将来性も考えて浜松ホトニクス
で新しく開発した。これはペルチェ素子をCCDに直に付ける新型のもので、性能は世界的レベルの
ものが開発された。サイズは1インチ角、ピクセル数は106 個であるが、MAXIではこれを1次元デー
タ取得用として使う。なお、CCDの開発の基本的資金は大阪大学から得られたものである。この
CCDは他に比べ冷却効率が優れているが、きぼう船外実験プラットフォーム部での排熱の難しさの
ため32個のCCD(全排熱:32 W)の搭載に制限した。
CCDの動作時に生じる空乏層はX線が信号として有効に吸収される厚さに相当する。この空乏層
の厚さがどれだけエネルギーの高いX線まで検出可能かという目安になる。MAXIで開発したCCD
の空乏層は60−80 μm あり世界最大級となった。
半導体素子は放射線の被曝で特性が劣化する。放射線損傷による格子欠陥部分に信号電子がト
ラップされるからである。MAXIチームではISSの軌道で予想される放射線のうち特に強い低エネ
ルギー陽子と電子を加速器による照射実験を行った。この結果、図5.1.1-7に示すように放射線のエ
ネルギーに依存するCCDの劣化特性を初めて定量化できた。開発されたCCDはMAXIのミッション
寿命では殆ど劣化せずに動作する見通しが得られた。加えて、CCDの構造の改良で放射線損傷に強
いCCDの開発も行なった。これらの基礎研究は主として大阪大学のチームで進められた。
図5.1.1-7 エネルギーの高い陽子と電子の照射による
CCDの劣化特性を横軸の全照射強度
(Fluence)
に対し
て縦軸のCTI(Charge Transfer Inefficiency:電荷転送
効率)
で示した。CTIは有効な電子がトラップされる量
に相当する。陽子ビームのエネルギーは図中に示す
4.0 MeV 他5種を使い、電子ビームは 1 MeV のエネ
ルギーを使った。電子は陽子に比べ3桁ほど影響が少
ないことがわかる。CTIが2×10-5以下ならば劣化は問
題なく、MAXIでは3.5年程度の照射に相当する。
(3)ミッションサポート機器
(LHPRS、VSC、RBM等)
(a)LHPRS(Loop Heat Pipe Radiation System)
LHPRSはX線CCDを冷却するペルチェ素子からの熱を宇宙空間に排熱する装置で図5.1.1-8に示
す。放熱板はZ面とX面にセットされるが放熱条件はISSの軌道にともない両面で異なる変化を示
す。LHPはペルチェ素子からの熱が排熱可能な放熱板に流れ排熱不可能な放熱板へは遮断される
バランサーをもっている。このLHPRSはMAXIのような熱設計条件では開発要素が多く、地上実
験試験機による試験とエンジニアリングモデルによる熱真空試験を行い、ほぼプロトフライトモ
デルの設計の見通しができた。エンジニアリングモデルの熱真空試験は平成15年1∼2月に静
的条件
(軌道熱条件の1周の平均値)
で外部の熱環境を変えた試験を行った。CCDを搭載したSSC
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5.きぼう利用研究
と組み合わせた試験の結果、殆どの条件でCCDを−60 ℃以下に冷却できる見通しがついた。こ
れらの基礎開発はNASDA技術研究本部の協力も得て進めてきた。
図5.1.1-8 LHPと放熱板
(Radiator Panel)
システムの
概観図。CCDのペルチェ素子の排熱部をLHPの蒸発部
(Evaporator)
に接触させる。Evaporatorでできた蒸気
(プロピレンガス)は放熱板にうめた液化用パイプ
(Condenser Line)
に送られ放熱により液化する。この
液はAccumulator と呼ぶ容器に送られる。Evaporator
にはAccumulator から液が供給され、これをペルチェ
素子からの熱で気化する。このループが自動的に起こ
る仕組みになっている。
(b)
VSC(Visual Star Camera)とRLG(Ring Laser Gyroscope)
MAXIの姿勢は0.1 °以下で決める必要がある。このため相対的な姿勢をRLGで連続的に取得
し、これを絶えず校正するため星姿勢系(VSC)を備えた。VSCは視野18 °×13 °をもつ口径1イ
ンチのカメラで9等星まで観測可能である。方向決定精度はMAXIの搭載条件で0.1分角である。
デンマーク工科大学の開発したものを採用し迷光や散乱光等をさえぎるバフル
(Baffle)
をMAXI
用に設計した。
(c)RBM(Radiation Belt Monitor)
0.5 cm角サイズ、厚み 0.2 mm のシリコンPINダイオード2個(入射窓は0.05 mm Al)をGSCの
保護を目的にGSCのコリメーターの先端に取り付け、電子、陽子等の放射線をモニターする。
RBMシステムは東京工業大学で開発している。
(d)
GPS(Global Positioning System)
MAXIはミリ秒パルサーの観測等でミリ秒の絶対時間の精度を狙うためGPSを1台搭載し、正確
な時間の情報を得る。ISS自身が管理する時刻はMAXIの機器に配信されるまでに0.4秒ほどの遅
延とそれに伴う絶対時刻の誤差が生じるためである。
(e)コリメーター
MAXIではX線が入射する視野を決めるのは板状のコリメーターを用いる。コリメーターの精
度は入射の有効面積とX線源の位置決定精度に影響するため機械的精度が要求され、かつ出来上
がったコリメーターは全てX線ビームを使って校正される。板状のコリメーターでは軟X線領域
で全反射の影響が無視できないため、素材の板面
〔材料:燐青銅〕
は化学的に粗してある。更に、
SSCのコリメーターは光の反射を避けるため黒色メッキを施した。コリメーターのエンジニアリ
ングモデルは完成しX線ビーム試験を行っている。 257
5.きぼう利用研究
6.データ処理装置
(1)機上DP(Data Processor)
MAXIはシステム及び各種のミッション機器のデータを制御しデータ処理をするた4台のCPU
(Central Processing Unit)をパラレルに使う機上データ処理装置を備えている。CPUは25MHzの
処理能力をもち、VME Bus(Versa Module Europa Bus)を介して情報のやり取りを行う。試作・
設計段階での3台のCPUではデータ処理が追いつかなかったため、エンジニアリングモデルでは
CPUを4台に増やし、現在第2版(リリース2)ソフトウェアを使って試験を実施している。平成1
5年度前期に試験を終了しプロトフライトモデルの設計を固める予定である。
(2)地上解析装置
MAXIの地上データ処理の上流はきぼうの運用部門により共通機器とソフトウェアが準備されて
いる。しかし、2節で述べたようにMAXIの観測データは世界の関係者に即時に公開することが重
要且つ必要であるため、特別なデータ処理システムを備える必要がある。きぼう運用部門が提供す
る標準的なデータ処理システムの思想とMAXIが必要とする処理システムの調整が今後必要であ
る。さらに、データ解析はMAXIのミッション機器の地上校正データを使って行う必要があり、理
化学研究所が中心となってユーザーに便利な地上解析装置
(ソフトウェア)
を提供できるように検討
中である。
7.シミュレーション
MAXIのハードとソフトの設計や性能を知る観測シミュレーションの開発を行ってきた。図5.1.1-9に
MAXIの設計をシミュレートした装置で観測をした場合に得られる予想データを示した。今後はこのシ
ミュレーションのソフトウェアを観測後の解析ソフトウェアに発展させるべく準備中である。
図5.1.1-9 実際の装置を仮定して計算機上で観測を行った全天観測結果の2例
ISSの一周(90分)のGSCの観測データ
(左)
と2ヶ月とったGSCの観測データ
(右)
を全天球図にプロットし
た図。図の1ドットはX線光子
(バックグラウンドは粒子成分も含む)
の1個に相当する。濃い点の集まった部
分がX線源で強度は濃さに対応する。
8.今後の問題とスケジュール
MAXIの提案当初には平成15年度(2003)に打上げが実現する予定であったが、各種の事情で
遅れている。全天X線監視装置は1960年代からほぼ10年毎に発展が見られ、MAXIは2000年代
のASMを担う予定であった。国際的にみて2000年代に幾つかの提案がされているが予算が認めら
れたものはMAXI以外にない。一方、MAXIの開発は提案時の目標から殆どはずれることなく順調に進
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5.きぼう利用研究
んできた。従って、MAXIが早く実現すれば国際的にもASMとしては他の波長との共同観測、変動天
体の速報では独走態勢がとれる可能性がある。英国が中心となりLobster-ISSというESAがISSColumbusモジュールに載せるASMプロジェクトが平成21年以降に実現する準備が進んでいる。
Lobster-ISSは観測エネルギーが0.2-3 keVと低くMAXIとは相補的ではあるが感度は一桁上回るもので、
速報データについてMAXIはこれと競合する可能性がでてきた。現在のMAXIの打上げは平成20年の
予定であるが、科学的意義と装置の新鮮味からもこの時期の打上げが限界であろう。
MAXIの開発で残された大きな技術的問題は、速報性を厳しくは考慮していないISS・きぼうの通信
系と運用系を少しでもMAXIの要求に近づけるための技術調整であろう。
9.MAXI メンバー (2003 年 5 月現在)
宇宙開発事業団 :松岡勝、川崎一義、上野史郎、冨田洋、倉又尚之、横田孝夫、磯部直樹、
片山晴善、[永井大樹(協力者)]
理化学研究所 :三原建弘、小浜光洋、桜井郁也 +大学院生
大阪大学 :常深博、宮田恵美 +大学院生 東京工業大学 :河合誠之、片岡淳 +大学院生
日本大学 :根来均
青山学院大学 :吉田篤正、[山岡和貴(協力者)]
+大学院生
システムメーカー :NEC東芝スペースシステム
ミッション系メーカー:明星電気
10.参考文献
, 555-562., M.Matsuoka et al. SPIE 3114(1997)
, 4141) [MAXI 全般]N.Kawai et al. SPIE 2808(1996)
, 387-396. 他
421.; T.Mihara et al. AIP 509(2001)
, 5181-5192.; K.Torii et al. SPIE 3765(1999)
, 636-644.,
2) [GSC 関係]I.Sakurai et al. SPIE 4140(2000)
, 173-186.; T.Mihara et al. SPIE 4497(2002),73-179.他
T.Mihara et al. SPIE 4497(2001)
3) [SSC関係]E.Miyata et al. NIM A 346(1999),91-95.; H.Tomida et al. SPIE 4012(2000), 178-185.;
H.Tomida et al. SPIE 4140(2000),304-312.; E.Miyata et al. NIM A 459(2001),157-164.; E.Miyata
et al NIM A 488(2002),184-190.; E.Miyata et al. SPIE 4497(2002),11-17.; E.Miyata et al. JJAP 41
(2002),7542-7549.; H.Tomida et al. SPIE 4851(2003),993-1001.; E.Miyata et al. SPIE 4851(2003),
1080-1091.他
nl. Conf. Environ. Symp. 2002, pp2505-2610. 他
4) [LHPRS関係]M.Muto et al. 32nd Internat’
5) 単行本(Proceedings):“All Sky X-Ray Observations in the Next Decade”eds. M.Matsuoka &
ed. T.Mihara, 1998, RIKEN & NASDA.;“MAXI
N.Kawai, 1997, RIKEN.;「全天X線監視シンポジウム」
Workshop on AGN Variability”eds. N.Kawai, H.Negoro, A.Yoshida & T.Mihara, 2001, RIKEN.
6) 博士論文:田中勲「ISS搭載全天X線監視装置の開発」総合大学院大学(平成13年度).
7) 学士論文、修士論文、国内学会、国内外の研究会の発表は略す。MAXIのこれまでの発表論文リス
トの詳細は次のMAXIのホームページ参照のこと:
http://www-maxi.tksc.nasda.go.jp/~www-maxi/maxi/maxi_j.html.
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