グリーンレポートNo.568(2016年10月号) ●巻頭連載 : 「農匠ナビ1000」の成果(農業経営者が開発実践した技術パッケージ) 第7回 水田センサによる水稲水管理の可視化と改善 ∼収量・品質の向上と省力化をめざして∼ 国立大学法人 九州大学 農学研究院 大学院教授 ㈱AGL 代表取締役社長 ㈲フクハラファーム 取締役常務 南石晃明 髙 克也 福原悠平 水稲の収量はさまざまな条件によって決まるが、古く 圃場用の水田センサの改良・開発に活かした。 から特に重要なものは格言として語り継がれている。代 図−1は、九州大学と㈱AGLが関連企業の協力を得 表的なものでは、苗づくりの重要性を説いた「苗半作」 て試作したフロート式水田センサである。この水田セン や、収穫前の秋の天候の影響の大きさを示す「秋場(秋日 サは、機器全体が一体型となっており①設置が簡単であ 和)半作」などがよく知られている。田植後の栽培管理に る(支柱が不要)②通信料金のかからないスマートネッ ついては、水管理の重要性を説く 「水見半作」がある。 「米 トワーク技術に基づく最新通信モジュールを内蔵してい 作日本一」農家の知恵から生まれた「水のかけ引き」が、 当時の水稲「1tどり」の技を支えたともいわれている。 通信部 アンテナ 今号では、収量・品質の向上と省力化をめざして、水 田センサによる水稲水管理の可視化技術と、この技術を 水位 センサ (赤外線 測距モジ ュール) 活用した水管理改善の可能性について紹介する。 水位計測と水管理の可視化 水管理技術を次世代へ伝承し、さらに改善するために フロート 温度 センサ① は、まず、営農現場で日々行っている水管理の現状を可 視化することが必要になる。具体的には、日々の水位の 変化を計測し、水管理の実態をほかの水田や農場と正確 に比較できるように、数字(帳票) 、グラフ、地図などで 温度 センサ② 表示することが求められる。 「農匠ナビ1000」プロジェ クトでは、これを水管理の可視化と呼んでいる。可視化 によって、目標としていた水管理と実際の水管理との差 や関係を知ることができ、改善に向けての出発点となる。 図−1 フロート式水位計測技術を用いた水田センサ 1000圃場の水管理を可視化 アンテナ (ほかの水田センサ や基地局と最大2㎞程度の距 離で通信) 「農匠ナビ1000」では、プロジェクトに参画した稲作 経営4農場の合計1,000圃場に水田センサを設置し、実 センサBOX (センサ・通信制 御基板、計測データ保存メモ リ、電池など内蔵) 際の営農現場での水管理を可視化することに挑戦した。 こうした大規模な現地実証は、今まで関連学会でも報 告・論文が見当たらず、世界的にも例をみない試みとい える。 現場で水 位や水温 が確認で きる液晶 表示部 研究を開始した当時、1,000圃場での水位計測に活用で きる実用的な水田センサは市販されていなかった。この ため、プロジェクトでは、独自仕様の水田センサの研究 開発を行った。水位計測にはいくつかの方法があるため、 フロート式や水圧式といった方式の水田センサの試作・ センサヘッド (水圧・水温計測) 試験を繰り返し、これらの試験結果を比較検討して1,000 自動給水器 (市販) 写真−1 水圧式水位計測技術を用いた水田センサ 2 グリーンレポートNo.568(2016年10月号) ㈲フクハラファームの現地実証(水稲作付面積 157ha)では、可視化によって水管理の違いと米の収量 の関係性が明らかになった。図−3は、㈲フクハラファ ームが水管理の参考にしているJAの栽培暦と、実際の 水位の変化を示したものである。図−3の上部は、水管 理担当者が異なる2つの圃場(品種は同じ)の水位変化 を可視化したグラフである。A圃場(田植5月21日、収 穫8月28日、収量486㎏)とB圃場(田植5月16日、収 図−2 水位データのFVSクラウドシステムでの地図表示例 穫8月26日、収量564㎏)を比較すると、A圃場では中 る③水面と水田底の水温が同時に計測できる、などの特 干しが不十分であり、落水前に湛水状態になっていたこ 徴がある。 とがわかる。両圃場は水管理担当者が異なるため、実際 写真−1は、九州大学が関連企業の協力を得て完成さ の水管理に違いが生じ、それが収量差の一因となったと せた1,000圃場用の水田センサである。この水田センサは、 考えられる。同社では、水管理の可視化によって、栽培 上記の最新通信モジュールと、農研機構および協力企業 暦と実際の水管理の違いや、圃場ごとの水管理の違いを が試作した水圧式水位センサを組み合わせた構造になっ 詳細に分析し、水管理ノウハウの共有化を進めている。 ている。 普及に向けた課題と今後の研究開発の方向 計測したデータは、九州大学が運営するFVSクラウド システムに蓄積され、帳票、グラフ、地図などで可視化 今回紹介した「農匠ナビ1000」の成果を活用した水田 することができる。また、水位や水温があらかじめ設定 センサは、既に市販されているが、導入にあたっては、 した値になれば、警告メールを送信する機能もある。図 費用対効果の向上が課題になっている。また、市販の自 −2は、多くの圃場の水位状態を鳥瞰できる地図表示の 動給水器では省力化・節水化効果が認められているが、 例である。 全国的な普及には至っていない。 今後は、水管理可視化技術と自動給水技術を融合し、 水管理可視化技術の活用 省力化・節水化とともに、収量・品質の向上に貢献する プロジェクトに参画した農場のひとつ、㈱AGLの現地 稲作技術パッケージとして確立することが期待されてい 実証(水稲作付面積21ha)では、圃場別の水位・水温 る。水管理の改善は各稲作経営の課題でもあるが、次世 計測データに基づいて水回り作業を実施したところ、水 代の水田管理情報の基盤整備は地域全体で取り組むべき 回りの頻度をこれまでの半分程度まで削減することがで 課題でもある。わが国の水田247万haのうち、開(オー きた。こうした作業の効率化は生産費低減にも効果があ プン)水路整備済み165万ha(66.8%) 、パイプライン整 り、玄米1㎏当たり2∼3円程度の経費削減効果がある 備済み42万ha(17.0%) 、未整備40万ha(16.2%)といわ と試算されている。 れている。こうした現状を考えると、パイプラインとと もに、開水路を A圃場水位 センサ 設置 B圃場水位 対象にした関連 技 術 の研 究 開 水位 ︵㎜︶ 120 110 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 発の重要性が高 まっているとい える。 8月 8月 8月 日 日 日 日 日 日 日 8月 7月 日 8月 7月 日 8月9日 7月 日 12 14 16 19 21 参考文献 登熟期 成熟期 乾 燥・調 製 収 穫 病害虫本田防除 ②畦 畔 草 刈 中晩生穂肥 ①畦 畦 草 刈 早 生 穂 肥 中晩生追肥 溝 切 り 中 干 し 早 生 追 肥 幼穂形成期 穂ばらみ期 出穂期 8月7日 7月 日 8月4日 7月 日 11 13 16 18 21 23 25 28 30 8月2日 7月 日 7月 日 日 6月 日 日 6月 日 7月 6月 日 7月 6月 日 7月8日 6月 日 え 浅水 7月6日 6月 日 植 除草剤散布 田 活着期 7月3日 6月 11 14 16 19 21 24 26 29 7月1日 6月 6月9日 日 浅水代かき 6月7日 日 田植期 6月4日 5月 種 苗 水管理 濁 水 対 策 浅水代かき 育苗期 播 育 主な作業 ステージ 6月2日 5月 28 30 出典:水稲栽培暦 (水管理部分) は『JA東琵琶湖平成28年産水稲施肥設計書』から抜粋 3 著] 『TPP時代の稲 ート農業̶営農技 落水 図−3 水稲栽培暦(水管理部分、下図)と水管理可視化の事例(上図) 佑・松江勇次[編 作経営革新とスマ 間断かんがい 湛水管理(出穂前後各3週間)間断かんがい 中干し 南石晃明・長命洋 術パッケージと ICT活用̶』 (養賢 堂、2016年)
© Copyright 2024 ExpyDoc