社会学研究科教授/大瀧友里奈

大瀧友里奈
Yurina Otaki
社会学研究科教授
研 究 室 訪 問
chat in the den
生活で使用する水の実態調査と
水スマートメータの
インターフェース及び計測技術の開発
私は水と人との関わりを中心に、環境に関連す
る研究を行っています。特に「水」を切り口とし
て、生活の中でどのように・どのくらいの量の水
を使っているのか、その行動はどのようにして決
まっているのか、国内外を対象に、さまざまなア
プローチを行っています。現在の具体的な研究テ
ーマは、大きく二つ。生活の中で使用する水の実
態調査と、水スマートメータのインターフェース
及び計測技術の開発です。
まず生活の中で使用する水の実態調査ですが、
家庭における用途別の水使用量(トイレ、洗濯、
シャワー等、日常生活で使用する用途毎の水使
用量)の実測や、使用行動、意識などについて
調査を行っています。これまでは、タイ(チェン
マイ、コンケン)
、ベトナム(ハノイ)で研究を
行ってきました。調査のプロセスで、水スマート
メータのアイデアが生まれたのですが、それは後
(環境科学実験室にて撮影)
文理を超えた新しい知見を見出したい
述します。
「水リテラシー」がなければ地域にあった多様なや
り方は成り立ちません。
人間は誰でも、豊かで快適な生活をしたいと思
うものです。この研究が、
「地域の特性にあったシ
水スマートメータ研究は、各家庭の水使用量を
どのように「見える化」すると水使用行動が変化
するのか?ということを探るものですが、それと
ステムこそが豊かで快適なもの」という社会にし
ていくための礎になれば、と私は考えています。
同時に計測技術の開発研究も進めています。
「水リテラシー」を通して
水スマートメータによる
したらいいかを把握し、施設整備や水源確保を考
は、どれくらいの質の水を、どれくらいの量用意
が多いのが実情です。水のインフラを整備するに
水道があっても限られた時間しか水が出ない地域
アジアの国々では、水道が普及していなかったり、
水使用の実態調査については、先述のようにタ
イやベトナムで計測を行い、研究を重ねています。
やデータをもっと有効に使えないだろうか、とい
データを積み重ねていくわけです。このプロセス
を取り外して……ということを延々と繰り返して、
測機器を取り付けて、水の量を測って、計測機器
夢はとても大きいのですが、水使用の実態調査
自体はとても地道なものです。用途毎の蛇口に計
水を使う人の行動をどう変えるのか
豊かで快適な生活の可能性を探る
える必要があり、そのための基礎データをとるこ
う思いの中から「水スマートメータ」という発想
使用量の「見える化」は
とがこの研究の目的の一つです。
「水のシステム=水道による水のシステム」とい
うスキームを変え、地域にあったやり方こそが豊
しろ先進的である、と私は考えています。
かしていくことが重要ですし、実はそのほうがむ
えば洗濯水には雨水を使うなど──は積極的に活
よって水の質や量を使い分けるシステム──たと
ろ、 現 在 の 東 京 で は 失 わ れ て し ま っ た、 用 途に
いだけでなく、必要なことではありません。むし
簡単そうでいて実はとても難しいのです。
うことをリアルタイムで正確に把握することは、
結論から言えば、現段階では水で同じシステム
をつくるのは技術的に難しいです。家の中のどの
約にもつながるシステムです。
どれくらいかが簡単に分かり、節電にも家計の節
どの場所で、どの家電を使っているか、消費量は
電気のスマートメータはすでに多くの人が知っ
ていて、一般家庭への普及も進んでいます。家の
が出てきました。
かなシステムである、ということを示すべく「水
しかし、すべての地域に、今われわれが東京で
使っているようなインフラを導入することは難し
リテラシー」という概念を提案しました。水を使
そこで、水スマートメータ本体の開発を目指し
ながら、スマートメータのインターフェースにつ
う すい
う人間の意識や行動も含めた水システムをうまく
いて研究を進めることにしました。つまり、どの
蛇口からどのくらいの量の水が出ているか、とい
動かしていくには水リテラシーが必須で、豊かな
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chat in the den
くらい水を使っているのかという情報を、どのよ
うな方法で使用者に「見える化」すると、水の使
い方に変化が生じるのか(あるいは生じないのか)
を調べる研究です。
使用量を測る機器が、目の届く範囲に置かれて
いたらどうなるか。水を流すとどんどんメータが
回る様子を見たら、人はどう思うか。それは、最
初の数日間と2か月後では、同じなのか、変化し
に持っていますね。
キームのアイデアは、私よりも学生のほうが豊富
得ることが多いのです。特にビジネスモデルやス
はもちろん、学生の皆さんからも新しいヒントを
領域で最先端の研究がなされているので、先生方
知見が重要になってきます。一橋大学はこれらの
マーケティング、行動経済学、認知心理学などの
言えます。この研究には、計測技術だけではなく、
めの試みです。自分の研究について異分野の人に
交流を通して、さまざまな力を身につけていくた
「水」について違うアプローチをしている学生間の
いう取り組みを行っています。これは「環境」や
文理の枠を超えるという意味ではもう一つ、お
茶の水女子大学・環境工学研究室との合同ゼミと
境だと思います。
枠を超えて学びあうことのできる、素晴らしい環
分かりやすく説明する力。相手の専門領域をある
程度理解したうえでディスカッションする力。そ
ter supply and sanitation (co-author),
ていくものなのか──。情報のプレゼンテーショ
たとえば最近注目を浴びている「水ビジネス」
について、私が提供できるのは主に水処理技術に
して、多様性を受容する力──。こういう力は企
Water–Global views on community wa-
ンが水の使い方に与える影響を観察し、その時の
関する情報です。一方で学生からは、
「途上国で水
業で働くうえで重要ですし、一橋大学の学生にこ
Vuorinen (ed.) Environmental History of
水資源状況に合わせた行動につながる最適なイン
ビジネスを成立させるなら最適なモデルは……」
そ身につけてほしい力です。事前の勉強会では「難
S. Juuti, Tapio S. Katko & Heikki S.
ターフェースを考えていくわけです。この研究は、
「料金の徴収方法は……」
「行政・専門家・市民が担
しい……」とつぶやいていた学生たちですが、フ
教授に就任、現在に至る。主な著書にPetri
工学、認知科学、科学技術社会論の研究者ととも
う役割は……」などのアイデアが出てきます。着
タを開けたら、いつも学内で行っているゼミとは
学院社会学研究科准教授に就任。のち同
に、まさに文系・理系の境界をまたぐコラボレー
眼点が違うので、お互いに情報交換しつつ文理の
課程修了。東京大学大学総合教育研究セン
ションとなっています。
違う角度からの鋭い質問やディスカッションがで
きて、お互いに大きな成果を得られた実感があり
ター特任助教、准教授を経て、一橋大学大
文理の枠を超えた研究や
ます。
株式会社入社。社会人経験を経て東京大
交流ができる一橋大生が
学生時代から、文理の枠を超えた研究や交流が
できる。そんな一橋大生を羨ましいと思いますし、
学科卒。同大学大学院工学系研究科都市
とても羨ましいし、期待もしています
将来的には企業人としても研究者としても、もっ
学大学院学際情報学府修士課程、同博士
ともっと良いものを生み出してくれるはず、と期
工学専攻修士課程修了後、日本たばこ産業
一橋大学という環境は、私の研究にとって不可
欠なものです。たとえば海外で水使用の実態調査
学際情報学博士。東京大学工学部都市工
待しています。
(談)
大瀧友里奈(おおたき・ゆりな)
をする場合、現地の大学や研究機関との連携が必
社会学研究科教授
要になります。一橋大学には、フィリピン、スリ
つ
ランカ、中南米など、さまざまな地域の研究をさ
て
れている先生方がたくさんいらっしゃいます。伝
IWA Publishingがある。
手やつながりを活かせるという意味で、とても助
かっています。何よりも、私の研究を面白がって、
「一緒にやりたいですね」と関心を示してくださる
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ことが嬉しいです。
水スマートメータの開発についても同じことが
「水」を切り口に、