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解答のヒント
昨今、建築デザイナーによって設計された個性的な意匠をもつデザイナーズ物件や、動
物を飼うことを念頭に設計された物件など、コンセプトに基づく付加価値をもった住宅が
人気を集めています。そのような状況のもと、今回の課題文となる記事は「コミュニティ
ー賃貸」について紹介するものです。
○記事の読み取り
ではさっそく記事の内容を整理してみましょう。今回の記事で紹介されているのは、
「入
居者同士の人間関係がつくりやすい」というコンセプトのもとに売り出された賃貸物件、
「コミュニティー賃貸」です。記事によると、共有スペースを設けたり、共同のイベント
を開催したりといった取り組みで住民相互の交流を促進しています。さらに、町内会への
加入や地域のイベントへの参加を勧めたり、敷地や施設を地域住民に開放したりと、入居
者同士の交流にとどまらず、つながりをさらに外へと広げていくような例も見られます。
記事ではコミュニティー賃貸について、地域の人たちに子どもを見守ってもらえる、体
験が豊かになる、愛着がわき長く住むことにつながる、などの利点が挙げられている一方
で、場合によっては近所付き合いを負担に感じる人もいる、と注意を喚起しています。
○解答を考える
・着想
記事の内容を一通り整理できたら、解答の方向性を考えていきましょう。
私はこの記事を読んで、まず近隣の人とのつながりというものは、わざわざ手助けを受
けてつくり出すものなのだろうかという疑問を感じました。近隣の人同士の交流は、自然
にできるものなのではないかという意識があったのです。しかし、このことは逆に言えば、
外部からの手助けを受けなければ、地域の人同士のつながりを築けなくなってしまってい
る現状の表れなのではないか、と考えるようになりました。
「無縁社会」という言葉が表すように、現代社会では人間関係の希薄化が大きな問題と
なっています。では、そのような状況のなかで、コミュニティー賃貸のような、人間同士
のつながりを結びなおす取り組みが人々の注目を集めているのは、一体なぜなのでしょう
か。今回は、このような着想を出発点として考えを進めたいと思います。
・近代以前のコミュニティーについて
まず現代人が、以前までは当然のものであったはずの地域の人同士のつながりをつくり
だすために、外部にきっかけを求めなければならなくなったことについて考えてみます。
そもそも、日本人は古来より定住、農耕を生活の基本とし、
「和」を重んじる文化をもつ
とされてきました。農耕を営むには人との共同作業が必須であり、ここから村落共同体が
形成されていったと言われています。このような共同体においては、近隣の人々とのつな
がりは必然的なものだったと考えられます。
・近代以降の個人化
しかし、近代になると西洋から「個人」や「自由」という概念を重要なものとする新た
な価値観がもたらされ、徐々に社会に浸透していきます。それに技術の発達や社会制度の
整備も相まって、以前のように地域で集団をつくり、助け合う関係をつくらなくても経済
的に自立することができるようになりました。現代ではこのようにして選択の自由が大幅
に広がったことにより、核家族や単身世帯の増加、地方からの人口流出など人々の生活が
大きく変化し、地域の人同士の結びつきは弱くなっていくことになります。
さらに、もともと地域のコミュニティーというものは、人間にとって良い効果ばかりを
もたらすわけではありません。地域性や人々の結びつきが強くなりすぎると、自分の生活
と直接関わる人々だけで完結する閉鎖的なコミュニティーをつくったり、外部から来る人
を締め出すような排他性をもつこともしばしばあります。また、そのような閉じたコミュ
ニティーではそのなかだけで通用する固定的な価値観に縛られ、個人の自由が制限される
ことも考えられます。前近代のコミュニティーが少なからずもっていたこのような性格は、
「ムラ社会」という言葉が否定的な意味をもつ言葉として用いられることに端的に表れて
います。
・コミュニティーの再評価
このように個人化が進み地域とのつながりが崩壊すると、新たな問題が起こってきます。
冒頭で述べたように、現代社会では人と人とのつながりが希薄化した現状を「無縁社会」
と呼び、それが大きな社会問題となっています。地域社会のつながりが当然のものではな
くなると、他者とうまく関係を築くことができず、孤独感を抱え込む人が増えていきまし
た。また、けがや病気、災害などの事態に直面したときに助け合うネットワークがないこ
とや、主に高齢者だけの世帯での「孤独死」も問題となっています。
近年のコミュニティーの価値を再評価する動きはこのような状況のなかで起こったもの
と考えられます。いざというときの助け合いや互いに見守り合う防犯の効果など実用的な
機能はもちろんですが、記事を見ると、子どもの体験が豊かになる、愛着がわくなどの情
緒的な機能にも焦点があてられることになったように思えます。
しかし、このようにコミュニティーが再評価され、いざ地域のつながりを取り戻そうと
しても、いったん崩壊してしまったネットワークを築きなおすのは個人の力では難しいで
しょう。人々はつながりをつくりあげるきっかけを外部に求め、その需要に応えて生まれ
たのがコミュニティー賃貸なのではないでしょうか。コミュニティー賃貸の取り組みによ
って近隣の入居者同士のつながりを築くことができれば、その地域への愛着が増し、関心
を強めていくことにもなるでしょう。そこから交流の取り組みをさらに外へと進めていく
ことで、地域のつながりを広げていくことができます。地域への関心が高まれば、地域を
良くしようという町おこしや自治につながる可能性も出てきます。そして、地域にあたた
かな相互交流が生まれれば、そのようなつながりを求める人が新たに移り住んでくること
も期待できます。コミュニティー賃貸は、地域のつながりを築きなおす足がかりになると
言えるでしょう。
・これからのコミュニティーのあり方
しかし、地域の人間関係を取り戻すといっても、単に従来の地域コミュニティーを復活
させるだけではうまくいきません。現代社会では依然として個人や自由の概念は非常に重
要なものと考えられています。このような状況では、コミュニティーのもつ閉鎖性や排他
性、束縛性などの問題点がすぐにまた表れてくるでしょう。これを乗り越えるためには、
いったいどうしたらいいのでしょうか。
この問題の発生を防ぐには、盲目的に他者に同調することなく個人としての意識を大切
にしつつ、常に外へ開かれた視点をもち、価値観を固定化させないことが必要となります。
そのようなあり方を考えるうえで、記事で紹介されている、敷地や施設をカフェスペース
やレンタルスタジオなどとして開放する取り組みがヒントになります。これらの取り組み
のように、コミュニティー賃貸が人々の集まる場所として機能することは、近隣の住民は
もちろん、さらにその外へとつながりを広げていく可能性をもっていると考えられます。
私たちは近代になって手に入れた個人としての価値観を大切にしながら、広く他者との交
流を重ねることで、多様な価値観に触れ、刺激を受けることができるでしょう。コミュニ
ティー賃貸の取り組みはそのきっかけになりうるのではないでしょうか。
○解答の構成
以上の内容を整理したものが、今回の解答例です。第一段落で記事の内容をまとめると
ともに問題提起をし、第二段落、第三段落で問題に対する答えを探っていきます。そして
第四段落で問題提起に対する答えを出し、第五段落でその答えを踏まえ、新たなコミュニ
ティーのあり方を提起し、結びとしています。
○終わりに
小論文では、賛成や反対といった立場を明確にして論を展開していくものが多く、今回
のテーマもそのような方向で書くこともできるでしょう。しかし、今回の解答例では賛成
や反対の立場に立つのではなく、取り組みの意義や背景について考える方向で書いてみま
した。小論文では様々な問い方がされますので、異なる切り口でいくつかのパターンを考
えてみることは、小論文の良いトレーニングになります。この講座が数多くあるアプロー
チのヒントになれば幸いです。
(須田 若菜)