持続可能な不動産投資 -パリ協定を実行するため

●特集 環境不動産考察
特
集
環 境 不 動 産 考 察
「持続可能な不動産投資
-パリ協定を実行するための
行動フレームワーク」の紹介
伊藤 雅人
三井住友信託銀行株式会社
不動産コンサルティング部 審議役
環境不動産推進チーム長
(ARES マスター M0903147)
1.はじめに
2015 年 12月、国連気候変動枠組条約第 21 回締
約国会議( COP21 )
において「パリ協定 」が採択さ
図1「持続可能な不動産投資-パリ協定を実行するための
行動フレームワーク」表紙
れ、世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べ
て2℃より十分低く抑えること等が目標として掲げられ
た。
世界のエネルギーの約 40%を使用し、その年間の
温室効果ガス排出量の約 30%を占める建築分野に
おいては、パリ協定の実行における役割が大きく、こ
れを含めたESG(環境・経済・ガバナンス)
の課題に取
り組むことが、資産価値の向上やリスクの回避という
観点から今後ますます重要になるものと考えられる。
このような認識のもと、ESGに配慮した持続可能な
金融への転換を目指すネットワークである国連環境計
画金融イニシアティブ( UNEP FI )、責任投資原則
( PRI )
等は、不動産投資のステークホルダーがESG
及び気候変動リスクを意思決定のプロセスに統合す
るためのフレームワーク「 持続可能な不動産投資-
パリ協定を実行するための行動フレームワーク」( 図
1 、以下、本フレームワーク)
を作成し、その普及啓発
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を世界各国で進めている(日本における普及啓発イ
ト・ガバナンス委員会からの新しいレポーティングガイド
ベントについては、末尾記載の「グリーン建築推進
ラインや規制と合わせて、社会 、環境上の問題など、
フォーラム第3回シンポジウム」参照 )
。
持続可能性の問題に対処するための適切な措置を
本稿では、本フレームワークの概要を紹介するとと
もに、これを日本国内の不動産投資に適用していく場
取ることを上場企業に求める日本のコーポレートガバ
ナンス・コードが紹介されている。
合の考え方について述べることとしたい。
2.ESG 及び気候変動リスクを
投資判断に組み入れること
の重要性
本フレームワークにおいては先ず、ESG 及び気候
変動リスクをなぜ投資判断に組み入れる必要がある
3.本フレームワークの全体像
本フレームワークは、不動産投資関係者が体系的
にESGおよび気候変動リスク要因を投資プロセスに
統合できるようなステップ・バイ・ステップの業務フレーム
ワークとして構成されており、次の3つのステークホル
ダーを対象としている。
かについて、次のような記載がなされている。
“ 我々が、建築環境を構築している不動産を管理
するにあたり、どのような選択をするかは、経済的にも
資産保有者 、信託会社と投資助言・代理
業者
社会的にも非常に重要である。不動産投資への
ESGおよび気候リスク統合により、実質的な資産価値
の向上と長期的なリスク削減を限られたコストで実現
不動産直接投資家 、不動産会社と不動産
コンサルタント
することができる。
”
そして、ESGや気候変動リスクを考慮した不動産
の投資価値向上に関し、数多くの調査結果があるこ
エクイティ、債券 、ローン投資家とその投資
助言者
とを示している。これに関しては、米国のグリーンビル
認 証 で あ るLEEDや エ ネ ル ギ ー 認 証 で あ る
ENERGY STAR 、オーストラリアのグリーンビル・エネ
クル全体に及ぶ5つの重要なステップ( 戦略 、実行 、
ルギー認証であるNABERS 等の認証結果が賃料や
連携 、繰返しのフィードバック、市場への関与 )
をもと
不動産価値に与える影響を示した論文と合わせて、
に構築されている。各ステップにはステークホルダー
日本のCASBEE( 建築環境総合性能評価システ
ごとに、実行すべき明確なアクションが列記されてお
ム)
の評価ランク等が賃料に与える影響に関する報告
り、それぞれのステップの行動に関し参考とすべき文
( ARES 不動産証券化ジャーナルVol.26「不動産の
献も記載されている。
サステナビリティ向上とその付加価値について( 拙
稿)
」参照 )
も紹介されている。
また、企業や投資ファンドがESG 課題を考慮に入
れることへの社会の期待が高まっている例として、EU
非財務情報開示指令による統合報告とESG・気候リ
スクの開示推進 、ASIC(オーストラリア証券投資委
員会 )
とASX(オーストラリア証券取引所 )
コーポレー
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本フレームワークは、投資ポートフォリオのライフサイ
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。
次頁に本フレームワークの全体像を示す(図 2 )
図 2 本フレームワークの全体像
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4.不動産直接投資家 、不動
産会社と不動産コンサルタン
トが取るべき行動
不動産に関する具体的な行動が記載されている「不
動産直接投資家 、不動産会社と不動産コンサルタン
ト」における、
「戦略 」
「実行 」の各ステップについて、
概要を説明することとしたい。
前述の通り、本フレームワークにおいては「資産保
有者 、信託会社と投資助言・代理業者 」、
「 不動産
( 1 )戦略の策定
直接投資家、不動産会社と不動産コンサルタント」と
不動産直接投資家 、不動産会社と不動産コンサ
「エクイティ、債券 、ローン投資家とその投資助言者 」
ルタントが戦略の策定に関して推奨される行動は、以
のそれぞれについて、重要なステップにおいて取るべ
。
下のように整理されている(表1 )
き行動を列記しているものであるが、本稿では、現物
表1 不動産直接投資家、不動産会社と不動産コンサルタントが戦略の策定に関して推奨される行動
リスク・
機会評価
行うべきこと
不動産の戦略的資産配分と投資戦略において、主要な ESG・気候リスクが考慮されているか、疑問を持ち評価
する。
投資助言者に、以下のような点に関する見解を求める。
・不動産投資期間中の持続可能な政策や規制の変化が及ぼす影響
・格付会社、規制当局、法律顧問と、その他のステークホルダーが ESG・気候リスクのマテリアリティ(重要課題)
について言っていること
・ポートフォリオ期間において未だに考慮されていない重要なリスク
・不動産の耐用年数に亘って ESG・気候リスクが不動産価格に与える影響
・ESG・気候リスク要因による不動産の「老朽化」あるいは座礁資産化
・ESG・気候要因に関する経済的価値をより重視する社会的風潮が、ファンドの年数に亘って不動産とその戦略
に与える影響
できれば行いたいこと
関連情報源を明らかにし、ESG・気候リスク評価手法を定例化する。
ESG の 気 候 行うべきこと
変動に関する ESG・気候リスク評価プロセスが戦略的不動産資産配分や投資運用に及ぼす影響を考慮して、ESG・気候リス
戦略の策定
クを投資フレームワークに組み込む施策や戦略を策定し定期的に更新する。
できれば行いたいこと
変化のスピードが速まるように、投資助言・代理業者および資産運用者のトレーニングを支援や普及といった面で
先導的な役割を果たす。
目標設定
行うべきこと
質的・量的観点においてポートフォリオ内の環境面・社会面・ガバナンス面の問題を管理するため、適切かつ検
証可能な重要な目標を設定する。
目標には、以下の事項を含める :
・ESG・気候リスクを組み込んだ投資・資産管理プロセス・手段を整備するための質的目標
・一定期間においてエネルギー使用量、CO2 排出量、水使用量や廃棄物量を削減する量的かつ具体的な目標
・一定期間におけるポートフォリオの環境・資源利用量を計測し、関連するベンチマークと比較した上で設定した
削減目標水準
・ポートフォリオによる地域社会への影響に取り組むような質的・量的目標
・グリーンリース条項の組入れに関する量的目標
・クリーンエネルギーよって電力を供給され、エネルギー効率が高く、最低限のリノベーション要求を満たし、あるい
は資源利用面で「最高品質」である不動産の割合に関する目標
・一定期間毎の目標の進捗状況に関する報告
できれば行いたいこと
ポートフォリオにおいて、最先端のエネルギー・CO2 削減技術と運用手順が導入された不動産の割合が増加する
よう、プロパティ・マネージャー、運営者及び維持管理者と協力する。
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( 2 )戦略の実行
不動産直接投資家、不動産会社と不動産コンサル
タントが戦略の実行に関して推奨される行為は、以下
。
のように整理されている(表 2 )
表 2 不動産直接投資家、不動産会社と不動産コンサルタントが戦略の実行に関して推奨される行動
行うべきこと
投資戦略:
投 資 利 回り 全ポートフォリオにおいて、個々の資産価値に持続可能性がどのように影響するのか明確にする。
計算や査定 ・ 評価の専門家と協働し、価値評価に ESG・気候リスクへの配慮を組み込む社内の投資モデルを取り入れる
・不動産に関するサステナビリティ特性の情報を価格査定人に提供する
できれば行いたいこと
ESG や気候リスク情報を、不動産投資とポートフォリオの価値評価に関するディスカウントキャッシュフローモデルに
組み込む。
行うべきこと
投資戦略:
取り引きや資 ポートフォリオの価値を高め確かなものするため、新たな資産の買取や資産のライフサイクルを通じてサステナビリティ
産 選 定 にお リスクを評価し、環境負荷軽減の戦略を明らかにする。
ける ESG
できれば行いたいこと
・新規買取予定物件のサステナビリティ特性に関する情報を、契約にもとづいて、売り手や売買・賃貸仲介業者
に求める
・ディスカウントキャッシュフロー分析に改修コストと特定されたリスクを組み込む
投資戦略:
グリーンビル
認 証 や ベン
チマーク
行うべきこと
ファンドのサステナビリティに関する実績を運用・モニタリングの面で改善するため、専用のサステナビリティベンチ
マークと報告ツールを作成する。
グリーンビル認証とエネルギー認証を資産レベルで評価しモニタリングする。
できれば行いたいこと
再生可能エネルギー割合、ニアリー・ゼロ・エネルギー・ビル等、ESG や気候の特定のテーマに関連したアプロー
チの相対的パフォーマンスを、残りのポートフォリオに対してベンチマークし計測する手法を確立する。
アクティブ運用: 行うべきこと
プロパティ・マ ESG・気候関連に積極的なプロパティ・マネジメントにより、継続的な実績をもたらし、持続可能性の改善や入居
ネジメント
者の満足度・健康向上等、ポジティブな影響を高めていく。
できれば行いたいこと
建物一つ一つのレベルで、ESG・気候関連に積極的なプロパティ・マネジメントに着目する。
・月次あるいは四半期ベースで ESG や気候リスクに関する実績を建物レベルでモニタリングし分析する
・ポートフォリオの目標に沿った個別ビルの目標を定め、資産投資戦略とも整合させる
アクティブ運用: 行うべきこと
持続可能な開 すべての開発および改修において ESG・気候リスク改善を考慮し、リノベーションを進める機会を探す
発と改修
できれば行いたいこと
低炭素やサステナビリティに関する新たな技術や取り組みを導入する資産の開発や改修を率先して実現する。
サプライチェー
ンの統合:
テナントとの協
働
行うべきこと
そのプログラムを通じて環境目標を達成するために、ESG・気候リスク管理の協働プログラムに合意する方法を見
出すよう、テナントに働きかける。
運用に関するデータを共有し、また、家主に不動産運用費用の削減を図るインセンティブを与え、「グリーンリース」
の主要な契約要素に賃貸借契約条項が整合するよう、テナントと協働する。
できれば行いたいこと
・入居者の意見交換を強化するための適切なツール提供
・入居者からの ESG や気候の目標の達成度や関連データの収集
サプライチェー
ンの統合:
コミュニティと
の協働と社会
への影響
行うべきこと
地域のステークホルダーや不動産コミュニティと協働する。
できれば行いたいこと
コミュニティ内のステークホルダーやコミュニティ計画と協働し、効果のモニタリングや ESG 負荷軽減手法の形成
を共同で行う。
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サプライチェー
ンの統合:
従業員及び請
負業者の要求
事項の組み込
み
行うべきこと
資産運用者が管理権限と影響力をもっているサプライチェーン全体に ESG・気候リスク管理に関する要求事項を
組み込む。
適切な労働活動・労働条件・人権原則を含む、コンプライアンスや成功事例の実現に責任があることを、全従業
員に確認する。
できれば行いたいこと
知識があるか、不動産運用・開発・リノベーションプログラムにおいて取り入れられるかを確認するために、ESG
や気候リスクに関する議論に、サプライチェーンや請負業者を含める。
5.その他のステークホルダー
が取るべき行動
( 1 )戦略の策定における検討例
リスク・機会評価に関しては、環境規制として既に
施行されている東京都大規模事業所排出量総量規
以上 、
「 不動産直接投資家 、不動産会社と不動
制や、施行が翌年度に迫っている建築物省エネ法に
産コンサルタント」が「戦略 」「実行 」の各ステップ
もとづく省エネ基準適合義務化等への対応に加え
について取るべき行動について述べたが、本フレー
て、パリ協定を受け2016 年 5月に閣議決定された地
ムワークにおいては、前述の通り、
「資産保有者 、信
球温暖化対策計画に基づく規制の強化や、自主的
託会社と投資助言・代理業者 」
と「エクイティ、債券 、
な取組への要請の高まり等を勘案する。
ローン投資家とその投資助言者 」についても、重要
目標設定に関しては、東京都大規模事業所排出
なステップにおいて取るべき行動が列記されている。
量総量規制や省エネ法対象事業所の削減努力義
これらの行動は「 不動産直接投資家 、不動産会社
務にもとづく目標に加えて、地球温暖化対策計画に
と不動産コンサルタント」について列記されたものと
おける各部門の削減目標や業界自主行動計画にもと
同様の内容であるが、それぞれのステークホルダー
づく目標を勘案する。
の特性に応じた記載がなされている。詳細に関して
にある本フ
は、UNEP FIの公開ページ(7.参照 )
レームワークの原文を参照されたい(日本語訳につい
ても本年中に公開予定 )。
( 2 )戦略の実行における検討例
投資利回り計算や価格査定において、省エネの
取組による水道光熱費の削減効果等 、予測可能な
要素を盛り込む。このほか建物の環境性能評価結
6.本フレームワークの適用に
ついて
果が賃料に及ぼす影響(2.参照 )や不動産 ESG
日本の不動産セクターにおいて本フレームワークの
留意する。これらの中には現在の価格査定に直ちに
適用を検討する場合 、先ずは既にESG・気候リスク
反映できないものもあるが、不動産の環境配慮に関
に関して取り組んでいる事項を整理し、追加的に取
する意識の高まりの中で、価格形成要因としての動
組可能な事項を検討し、実施事項を順次増やしてい
向を注視する。
くのが有効と考えられる。これに関しては以下のよう
な検討例が考えられる。
投資に関する投資家の認識(日本不動産研究所第
34 回不動産投資家調査・特別アンケート等参照 )
に
グリーンビル認証やベンチマークに関しては、環境
総合性能評価システムとしてのCASBEE- 不動産
( 本号「 環境問題を巡る動向と環境総合性能評価
システムの活用について」参照 )
や、エネルギー評価
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ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
●特集 環境不動産考察
認証としてのBELSの活用を検討する。
テナントとの協働に関しては、
「グリーンリース・ガイ
ド」
を参照してグリーンリースの導入を検討する(本号
『「グリーンリース」
と「不動産のESG 投資 」』参照 )。
Sustainability Metrics: Translation and
Impact on Property Investment and
Management:
企 業 不 動 産 サステナビリティ・マネジメント
( CRESM )
システムのためのフレームワークを提案
7.参考となる文献について
し、その実現のための実践的アプローチとして、24
の推奨事項を提示している。
本フレームワークでは、各ステークホルダーのステッ
プ毎に、参考となる文献が紹介されている。これらの
うち、以下の文献については日本語訳も公開されて
いる。
Unlocking the energy efficiency retrofit
investment opportunity :
省エネルギー改修の投資機会や経済効果の大き
( UNEP FIの公開ページ:http://www.unepfi.
org/publications/property/ )
さを示し、取組にむけた7 つのステップを紹介してい
る。
グリーン建築推進フォーラム 第 3 回シンポジウム
パリ協定を受けて不動産分野に求められる ESG 投資
本稿にて紹介した、サステナビリティに配慮した不動産投資のためのフレームワークを作成した UNEP
FIとPRI の代表者を国内外から招き、同フレームワークの内容を紹介するとともに、国際機関や国内不
動産業界の関係者がパリ協定等を受けてどのような検討・取組を行っているかについて理解を深めてい
ただく機会を提供します(同時通訳付き)
。
【日 時】
2016 年 11 月 22 日(火)13:20 ~ 16:30(予定)
【場 所】
建築会館ホール(東京都港区芝 5 丁目 26 番 20 号)
なお、詳細の内容及び申し込み方法については、
2016 年 10 月上旬に建築環境・省エネルギー機構(IBEC)ホームページに公開予定です。
いとう まさと
1983 年住友信託銀行(現:三井住友信託銀行)入社。2005 年
東京都不動産鑑定士協会十周年記念論文『不動産に関する「環境付
加価値」の検討』にて、最優秀賞を受賞し、現在に至る。国土交
通省サステナブル建築物等先導事業評価委員会専門委員、グリー
ン建築推進フォーラム運営委員、CASBEE 研究開発委員会委員
(CASBEE と不動産評価検討小委員会幹事)、スマートウェルネス
オフィス研究委員会委員(経済効果調査 WG 主査)、国連環境計画
金融イニシアティブ不動産ワーキンググループ(UNEP FI PWG)
メンバー等を兼任。
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