1 医療事故発生時の警察への届け出について 髙 井 和 江 1999年2月に発生した東京都立広尾病院の消毒 に行う見直し規定の中に「医師法第21条による届 剤誤注入事件で看護師2人が業務上過失致死容 出と医療事故調査制度による報告のあり方」が含 疑、主治医と院長が医師法第21条違反で起訴され まれている。2016年6月がこの見直しの期限であ たことを契機に、医師法第21条の解釈をめぐって り、自民党の「医療事故調査制度の見直し等に関 医療界はかつてない混乱に陥った。 するワーキングチーム」は日本医師会や法務省、 それまで、第21条は犯罪捜査の端緒を警察に提 警察庁からヒアリングを行った。 供するという公益性の要請から医師に課されたも 2016年2月に日本医師会の医事法関係検討委員 のとする解釈が一般的であったと思われる。 会から「医師法第21条の規定の見直しについて」 厚生省は2000年8月国立病院に出した通知書 提言が公表された。現行の条文を一部改正し、 「医 「リスクマネージメントマニュアル作成指針」 で、 師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して 医師法第21条を引用して「医療過誤によって死亡 犯罪と関係ある異状があると認めたときは、24時 又は傷害が発生した場合又は発生した疑いのある 間以内に所轄警察署に届け出なければならない」 場合には、施設長は速やかに所轄警察署に届出を と改め、届出義務の対象とするのは、犯罪と因果 行うこと」を指導した。これを受けて当院の「医 関係がみられる場合にするよう求めている。一方、 療安全管理指針」でも「医療事故発生時の対応」 法務省は、医療関連死にも犯罪の可能性があり、 として「明らかな医療過誤またはその疑いがある 犯罪の見逃しを防止する観点からも現行の第21条 死亡事例が発生した場合には、速やかに所轄の警 は必要だと主張している。警察庁もほぼ同様の見 察署に届け出る」と規定してきた。 解を示しており、残念ながら医療界が期待する改 2004年都立広尾病院事件の最高裁判決では「検 正には程遠い感がある。 案して外表に異状を認めた時には、21条に基づき 当院では、院長が「医療事故発生時は組織の責 報告する」との判断が出され、結局院長は有罪と 任として対応し、職員は守る」と明言し、速やか なった。本事件は過誤ではあるが故意の犯罪では なインシデント報告を求めているが、現行の規定 なく、この解釈にも違和感を覚える。 では医療過誤の疑われる死亡事例は警察へ届け出 医療事故を警察に届け出た時点から、 警察は 「業 ることになり、職員を守ることは難しい。医師法 務上過失致死罪被疑事件」として、個人責任の追 第21条の改正は、業務上過失致死罪の医療への適 及の視点から捜査を開始する。警察に医療内容の 用問題と深く関連しており、これを議論するには 当否の判断は不可能であり、組織として負うべき 医療界に対する社会の信頼回復が必須である。 責任を個人に転嫁し、医療事故の原因解明と再発 医療過誤と認識した場合には、 組織として患者・ 防止には全く寄与しないことが再三指摘されてき 家族に速やかに説明・謝罪し、民事対応を誠実に ている。国立国際医療研究センターで発生した造 進めて、刑事化を避ける。一方専門家集団として 影剤誤注入による死亡事件でも、事故発生の背景 自律的に医療事故の原因究明と再発防止に努め、 には、組織としてのシステム上の問題、指導体制 より安全な医療を構築するために、医療事故調査 など複数の要因があり、医師個人の刑事責任とし 制度がその役割を十分に果たし、社会からの信頼 た判決や組織の対応に多くの批判が寄せられた。 を回復することが何よりも求められている。 2014年6月「医療介護総合確保推進法」が成立 (県医理事) し、政府が公布後2年以内(施行後8か月以内) 新潟県医師会報 H28.9 № 798
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