G08 生物と有機物の地球化学

日田市地域の筑後川水系における泡状物質のバイオマーカーに
関する地球化学的研究
2C01
○井上源喜 1,日朝菜摘 1,村山理紗子 1,川野田實夫 2、大上和敏 2
(1 大妻女子大学社会情報学部、2 大分大学教育学部)
大分県の日田市は温泉地で水郷と呼ばれている観光地であるが,1987 年頃より筑後川(三隈川)
に泡状物質が漂い景観を損ね問題になっている.中善寺湖,四万十川,宇治川などでも大量の泡状
物質が観測されている.泡状物質の原因としては水生植物や陸上植物の落葉などから溶出する多糖
類が関与しているとされている.また,南極マクマードドライバレーの湖沼でも夏期の湖岸に顕著
な泡状物質がみられ,バイオマーカーの特徴より湖岸などに広く分布するシアノバクテリアに由来
.最近,登別温泉の大湯沼(水温 49.8℃)
することが報告されている(Matsumoto et al., 1985)
の湖岸にも泡状物質がみられ,分岐脂肪酸がかなり多く含まれ真正バクテリアの寄与が大きいこと
が明らかになった(井上ら,2014;井上,2014)
.本研究では日田市地域の筑後川水系(三隈川水
系)における泡状物質の起源を明らかにするために,調査を行い泡状物質を採取し,それらに含ま
れる脂質バイオマーカーの分析を行い,それらの特徴を明らかにし起源生物の解明を試みた.
日田市地域の筑後川水系の三隈川,大山川,玖珠川および高瀬川における現地調査を,2015 年 8
月および 12 月等に実施し,泡状物質と浮遊藻類試料を採取した.試料採取はステンレスパイプを
つけたヒシャク等を用い,ガラス瓶(100 mL)に採取し冷凍保存した.泡状物質は実態顕微鏡によ
り観察を行った.バイオマーカーの分析は Matsumoto et al. (1979,1982, 2003)の方法に準じて
行った.泡状物質よび藻類懸濁物を含む試料は塩酸酸性(pH<2)にし酢酸エチルで抽出した.酢酸
エチル抽出液はケン化(80℃,2 時間)後,シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより,ヘキサ
ンで炭化水素画分,酢酸エチルで極性画分(脂肪酸,ステロール等)を得た.極性画分は脂肪酸メ
チルエステル,ステロールトリメチルシリル(TMS)誘導体にした.これらの測定は JEOL JMS 1000
GC/MS で行った.
非環式炭化水素は奇数炭素優位の n-アルカンが卓越し,分岐アルカンと一部の試料では
unresolved complex mixture of hydrocarbons(UCMH)がみられ,生物起源の炭化水素と石油関連
物質による汚染性の混合物であることが明らかになった.トリテルパンおよびステランは熱変性を
受けた一連の化合物が検出され,UCMH の存在と合わせて石油関連物質による汚染性の炭化水素がか
なり多いと判断される.脂肪酸は短鎖の n-アルカノイック酸(n-C16)および/または n-アルケノ
イック酸(n-C16:1, n-C18:1)が主成分で,少量の長鎖 n-アルカノイック酸と分岐脂肪酸が検出され,
藻類の寄与が大きく,維管束植物と真正バクテリアの寄与は少ないとみることができる.ステロー
ルは C27~C29 ステノールおよびスタノールが検出されたが,コレステロールのみが主成分で,藻類
(珪藻を除く)の寄与が大きく維管束植物や珪藻の寄与は小さかった.これらの結果より,泡状物
質の生成には藻類の寄与が大きく,維管束植物や真正バクテリアの寄与は小さいと考えられる.今
後はさらに光合成色素やカロチノイド等の色素による藻類群組成の解明を行い,泡状物質の消失お
よび水質の改善の糸口になればと期待している.
本研究の一部は大分県の委託事業として調査した.また,試料採取に際しては大分県生活環境部,
西部保健所,および日田市市民環境部の職員の皆様の援助を受けたので感謝します.
Geochemical study on biomarkers in foam samples from the Chikugo river system in the Hita-shi
area, Oita Prefecture.
*G. I. Matsumoto1, N. Hiasa1, R., Muyrayama1, T. Kawano2 and K. Oue2 (1Sch. Social Inform. Stud.,
Otsuma Women’s Univ., 2Fac. Educ., Oita Univ.).
2C02
アルゼンチン Neuquén 盆地 K/Pg 境界堆積岩中の有機分
子分布と大量絶滅事変の影響に関する地理的比較
○赤井真道 1、薮田ひかる 1、池原実 2(1 阪大理、2 高知大)
【序論】約 6600 万年前の生物大量絶滅と地球環境変動は、世界各地で発見されている白亜紀/第三
紀(K/Pg)境界粘土層中の古生物学・地球化学的記録に証拠づけられている。例えば、大量絶滅の原
因として有力な巨大天体衝突説を支持する Ir 濃集(e.g., Alvarez et al. 1980)はほぼ全ての K/Pg 境界層
に共通して見出されている。しかし、全有機炭素量(TOC)等の分布が各境界層で異なる原因につい
ては言及されていない。本研究では、当時の地球環境変動が生命に及ぼした影響の地域的差異とそ
の要因を理解するため、北半球に比べ研究の少ない南半球のアルゼンチン K/Pg 境界層に着目し、炭
素・硫黄含有量および数種の生物指標分子の分布を解明することで、他地域との比較を行った。
【実験】試料には、アルゼンチン Neuquén 盆地 Bajada del Jagüel セクションの K/Pg 境界層とその上
下層で採取された深度の異なる 15 種の堆積岩粉末(2-145mg)を用いた。3N 塩酸を滴下して炭酸塩を
除去した試料を有機炭素分析に用意した。各試料の TOC、全硫黄量(TS)を高知大学海洋コア総合研
究センターの CHNS 元素分析装置(Flash EA 1112)で測定した。また、各堆積岩の可溶性有機成分
をジクロロメタン/メタノール混合溶液で超音波抽出し、窒素噴霧下で 100μl に濃縮後、ガスクロマ
トグラフ質量分析計(GC-MS)で測定した。有機分子の同定にはマススペクトルのライブラリデー
タベースを用いた。また、各化合物のピーク面積を用いて相対深度分布を調べた。
【結果と考察】TOC は白亜紀層(0.3-0.4wt%)から境界層(0.1-0.2wt%)にかけて減少し、第三紀層で
再び回復した(0.4-0.5wt%)。生物大量絶滅を反映するこのような分布傾向は、TOC が境界層で高い
スペイン・カラバカ(Kaiho et al. 1999)、TOC が境界層と上下層で一定である北海道川流布(Mita et
al. 1996)とは対照的であった。この違いは、南半球で森林火災の影響が少なく煤の寄与が低かった
ためと考えられる。一方、TS は白亜紀層で検出限界以下であったが、境界層(0.3-5.0wt%)で増加
しその上部で最大値を示した後、第三紀層(0-0.3wt%)にかけて再び減少した。このような分布は
川流布(Kajiwara and Kaiho, 1992)やアメリカ・ドギークリーク(Maruoka et al. 2002)でも報告され
ており、硫酸還元菌の活動による硫化物生成の原因として考えられている酸性雨が地球規模であっ
た可能性を支持する。また、各堆積岩からは n-アルカン(C12-C35)、プリスタン(Pr)、ファイタン(Ph)、
飽和脂肪酸 (C8-C30)の他、フェナントレン、コレステノン、陸上植物由来のカダレン、デヒドロア
ビエチン酸等を同定した。特に、白亜紀層の一試料で Pr/Ph 比が1程度であるのに対し、古第三紀層
の一試料で 0.6-0.7 であったことから、大量絶滅前に酸化的であった海洋が大量絶滅前後に還元的環
境へ変化したと考えられる。本結果は川流布の硫化物(Kajiwara and Kaiho, 1992)やチオフェン類
(Katsumata and Shimoyama, 2001)の記録とも調和的である。
Biomarkers compositions in K/Pg boundary sediments, Neuquén basin, Argentina: Geographic
comparison of the massive extinction effects
*M. Akai1, H. Yabuta1, M. Ikehara2 (1 Dept. Earth and Space Science, Osaka Univ., 2 Center for
Advanced Marine Core Research, Kochi Univ.)
2C03
泥炭中で不均質に進行する有機物の分解過程
―顕微フーリエ変換赤外分光法(顕微 FTIR)の応用―
○森下瑞貴 1、川東正幸 1
(1 首都大学東京大学院 都市環境科学研究科地理環境科学域)
【背景】 泥炭の分解過程に関する研究は、土壌圏における炭素循環を把握する上で重
要である。この点において、フーリエ変換赤外分光法(FTIR)は、植物体細胞壁の主成
分であるリグニンやセルロースなどの変成を定性的に判定できるため、泥炭の分解度評
価に有効な手法である。しかしながら、土壌の微細環境はきわめて複雑かつ多様である
ため、泥炭の分解過程は局所的に進行すると考えられる。これを考慮すると、FTIR を
含む従来の泥炭の分解度分析では、バルク試料を扱うため、本質的な泥炭の不均質性状
の評価や分解過程を追跡できない。そこで本研究では『微細スケールにおける分解度の
多様性』を新たな指標として捉え、顕微フーリエ変換赤外分光法(顕微 FTIR)を用い
ることで、不均質な土壌性状に則した泥炭の分解過程を検討した。
【手法】 相模平野、九十九里平野、仙南平野に分布する水田地帯から採取した埋没泥
炭(12 試料)を使用した。いずれの地点も農地排水の影響を受け、表層に近い層位ほ
ど有機物分解が進行していた。微細構造に着目した分解度を検討するにために顕微
FTIR を適用し、試料ごとに 40~100 泥炭粒子の赤外吸収(IR)スペクトルを取得した。
各微細泥炭片の IR スペクトルのうち、特徴的な赤外吸収の相対強度を変数として主成
分分析を行った。これにより算出された第一主成分得点は従来の分解度指標と高い相関
関係を示したため、各微細泥炭片の分解度とした。さらに、取得した各試料断片の分解
度を尺度として、試料中の粒子の分解度分布を表現することで、各試料中の有機物の分
解度の多様性を比較した。
【結果および考察】 顕微 FTIR と主成分分析により得られた各試料断片の分解度は、
値が減少するにつれ、飽和脂肪族炭化水素の減少と芳香族炭化水素の残留富化を意味す
る。各泥炭試料の分解度分布は、試料の分解度に応じた粒子の分解度の多様性を表す。
とくに、分解度の低い繊維質泥炭および分解度の高い腐朽質泥炭は粒子の多様性が低か
ったことに対し、両者の中間的な分解度を有する泥炭試料は高い多様性を示した。この
結果は、泥炭中の微細環境に応じた有機物の分解過程の不均質性を示唆している。また、
各試料の分解度分布をそれぞれの理化学性と併せて解釈することで、農地利用や津波堆
積物の混入といった、各地点の堆積環境に応じた泥炭の分解過程も示された。
The evaluation of heterogeneous process of peat decomposition using Fourier Transform
Infrared micro-spectroscopy.
*M. Morishita1 and M. Kawahigashi1 (1Dept. of Geography, Tokyo Metropolitan Univ.)
2C04
ラマン・蛍光スペクトルによる石油根源岩の熟成度評価 ○ 渡邉真央 1、鍵裕之 1、荻原成騎 1、纐纈佑衣 2、奥村文章 3、
岩野裕継 3、早稲田周 3
(1 東大・院理、2 名大・院環境、3 石油資源開発)
はじめに
石油根源岩に含まれるケロジェンの構造は、熟成が進むにつれてグラファイト構造へと
近づく。ケロジェンの熟成度評価のひとつにビトリナイト反射率 (Ro) があり、広く用
いられているが、一般的には空間分解能が 10 µm と低く、試料の前処理に手間がかかる
という問題がある。本研究では、空間分解能が 1 µm と高く、近年炭質物の熟成度評価
法として広く利用されているラマン分光法 (e.g. Quirico et al., 2005, Kouketsu et al., 2014)
に着目した。ラマン分光法での熟成度評価法の確立に加え、多角的な分析手法を併用す
ることによりケロジェンの構造変化を追うことを目的とした。
実験方法
秋田県で石油探査のために掘削された 2 坑井 (新鮎川 AK-1; 1050-2700 m、MITI 由利沖
中部; 600-4900 m)より得られたカッティングスを粉砕して試料とした。フッ酸及び塩酸
で抽出されたケロジェンを樹脂に埋め込み研磨し、ビトリナイト反射率ならびにラマン
スペクトル (入射波長 514.5 nm, 0.2 mW) を測定した。幾つかの粒子はより広い波長範
囲で蛍光スペクトルも測定した。またケロジェンの赤外吸収スペクトルから熟成による
官能基の変化を観察した。さらに試料を溶媒 (ジクロロメタン:メタノール = 93 : 7) に
よって抽出し、GCMS により吸着分子 (炭化水素) の熟成による変化を調べた。
結果と考察
ラマンスペクトルの D1-, D2-バンドの強度
と蛍光スペクトルの強度の比 R/F (武田、
1988) をとることで、ビトリナイト反射率
との相関を見出した(図 1)。しかし低熟成
度の試料では蛍光が強く観察され、ラマン
スペクトルが観測できず、ラマン分光法の
利用には限界が見られた。一方、蛍光強度
は Ro = 0.2 %で最大となり、Ro = 0.25-0.4 %
で強度が大幅に減少した。蛍光強度が低下
した領域は、赤外吸収スペクトルでのアミ
ド結合由来の吸収が観測されなくなり、複
素環由来の MS スペクトルが顕著に観察さ
れる領域と一致した。蛍光強度の変化には、
窒素原子を含む構造の変化が関わる可能
性が示唆された。本研究により蛍光スペクトルとラマンスペクトルを併用することで、
幅広い熟成度領域の試料を評価できることがわかった。
Maturity evaluation of source rocks using Raman and fluorescence spectroscopy
*M. Watanabe1, H. Kagi1, S. Ogihara1, Y. Kouketsu2, F. Okumura3, H. Iwano3 and A. Waseda3
(1Grad. School Sci., Univ. Tokyo, 2Grad. School Env., Nagoya Univ., 3JAPEX)
2C05
火成岩貫入による泥岩中有機物の組成変化とその熱履
歴に関する研究
○北岡元気 1、西田民人 1、奥村文章 2、Simon WALLIS1、森本宏 1、
三村耕一 1
(1 名大院環境、2 石油資源開発(株)技術研究所)
本研究では、1)熱変質を受けた黒色頁岩中の有機物の特徴を把握し、2)統計的手法に
より有機物組成と熱指標の関連性を見出すことを試みた。研究対象試料は、中新世に熱
的イベントであるマグマの貫入を経験した鹿児島県甑島列島、中甑島白崎地区の露頭か
ら採取された泥岩を用いた。岩石試料を洗浄・粉砕したのち、ソックスレー抽出器にて
ジクロロメタンで抽出し、のちに n-ヘキサンで溶媒置換を行い、分析試料とした。カラ
ムクロマトグラフィーにて 3 画分(脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、レジン成分)に分
画、各画分について GC-MS 分析により有機物の定性・定量分析を行った。
定性・定量された 3 画分に含まれる有機物について 3 つの熱指標(ビトリナイト反射
率温度(Sweeney and Burnhum, 1991)、ラマン炭質物温度(Koketsu et al., 2013)、熱拡散モデ
リング温度(Spear, 1993))との関連性を統計的手法により、熱指標を目的変数とする簡
易モデルを作成した。
階層的クラスター分析により、泥岩中有機物の空間分布は、脂肪族炭化水素成分と芳
香族炭化水素+レジン成分の二つに大別されることが分かった。自己組織化マップ
(SOM)を用いて、熱指標-有機物間の関連性をミクロ及びマクロの両面から視覚化した。
その結果、炭素数 10~22 の直鎖アルカンを含むクラスターⅠと、バイオマーカーとして
広く知られている分枝状アルカン Pristane, Phytane を含むクラスターⅢに分けられ、こ
れらのクラスターに含まれる脂肪族炭化水素の分布は熱指標の特徴を反映していた。す
なわち、クラスターⅠ及びⅢは各熱指標と強度な正相関がみられ、有機物の空間分布が
その熱履歴に大きな影響を受けていることが示唆された。得られた分子レベルの情報の
回帰分析により、各熱指標に対して有意水準 5%を満たす重回帰モデルを開発した。熱
拡散モデリング温度とビトリナイト反射率温度に対しては Dodecane が、ラマン炭質物
温度に対しては 2-methyl Hexadecane がそれぞれ 0.91 以上の相関係数を示し、各モデル
に与える影響度が有機物組成の中で最大であった。地球化学データを用いて、有機物の
熱変質から熱指標の数理モデルを導出し、黒色頁岩の熱履歴を統計的に解析することの
有用性が実証された。
Statistical application of compositional changes of organic matter in black shale heated by
igneous intrusion.
*G. Kitaoka1, T. Nishida1, F. Okumura2, W. Simon1, H. Morimoto1 and K. Mimura1 (1Graduate
School of Environmental Studies., Nagoya Univ., 2JAPEX Research Center)