マルホスクエア No.17

バイタルサイン
実践講座
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バイタルサインをどう活かすか:炎症編
ファルメディコ株式会社 代表取締役社長
医師・医学博士
狹間研至
先生
その対処方法も念頭に浮かび、治療方法についても理
はじめに
解することができるのではないでしょうか。
薬剤師が患者さんの状態をアセスメントするために
まず、何らかの炎症が起これば、様々な炎症性生理
は、解剖学や生理学の知識と薬理学や薬物動態学の
活性物質(inflammatory mediator)が肥満細胞や白
知識を組み合わせて、薬剤師が自ら調剤した薬剤を服
血球などから放出されます(表2)。
これにより、毛細血管
用した患者さんの状態を時系列に効果や副作用を念頭
の拡張、局所の血流増加が起こり、炎症部位の発赤・熱
に置きながらフォローしていくことが重要です。
感につながります。次に、
白血球を炎症部位に到達させ
今回は、
日常業務の中で遭遇することの多い「炎症」
を
るために血管の透過性亢進が起こり、血液成分が炎症
テーマに、薬物治療とバイタルサインの変化、
そしてそれ
部位に漏れ出すと組織の浮腫が起こり、炎症部位に腫
らを踏まえたフィジカルアセスメントについて解説します。
脹を来します。
さらに、臓器の膜や皮膚で囲まれた組織
の腫脹は組織圧の上昇をもたらし、疼痛や機能障害に
炎症の5兆候
至ります(図1)。
患 者さんが 不 具 合を訴える原 因の多くは、炎 症で
なお、体内で炎症が起こった場合には、血液検査では
す。
日常業務の中でも、
「消炎鎮痛」を目的とした薬剤
白血球数やCRPの上昇がみられます。
また、炎症が局
を扱われることも多いのではないでしょうか 。炎 症に
所にとどまらず全身性に拡がった場合には、体温の上
は、外から見て分かる特徴があります(表1)。
昇、脈拍の上昇といったバイタルサインの変化を参考に
たとえば、消炎鎮痛薬を服用している高齢者でよく膝
して、病状や治療経過を判定します。
の痛みを訴えられることがあります。そのようなときには、
炎症の原因と対処方法
「ちょっと拝見してもよろしいですか?」
と了解を得て、是
非、両膝を目で見て、手で触れてみていただきたいので
炎症が起これば、
そのあとは「ドミノ倒し」のようにいろ
す。患者さんが痛みを訴える関節は、肉眼的にも腫れて
いろな反応が起こります。その原因は表3に示すように
おり、場合によっては皮膚の紅潮も見られ、触ってみると
図1. 炎症のメカニズム
明らかに痛みを訴える側の膝が熱を持っていることが
ほとんどです。左右を同時に触れてみるとよく分かりま
急性炎症
す。
また、痛みもあるためか、膝の屈曲・伸展に不具合を
毛細血管の拡張
発赤・熱感
局所の血流増加
生じていることがほとんどです。今から2000年近く前に
血液成分の滲出
示された「炎症」のサインは今も健在です(表1)。
組織の浮腫
炎症のメカニズム
腫脹
組織圧の上昇
局所の圧迫
一方、近代医学の進歩は、炎症のメカニズムを明らか
疼痛
機能障害
にしてくれています(図1)。
これを復習しておくと、
自然と
表1. 炎症の5兆候
組織、
白血球、肥満細胞、MΦから放出される
●
発赤
●
熱感
発痛物質
ブラジキニン、
セロトニン、
ヒスタミン
●
腫脹
プロスタノイド
プロスタグランジン、
ロイコトリエン
●
疼痛
サイトカイン
インターロイキン、TNF-α、PAF
●
機能障害
フリーラジカル
活性酸素、NO
(ガレノス:紀元前129∼200年)
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表2. inflammatory mediator
MΦ:マクロファージ、PAF : 血小板活性化因子、NO:一酸化窒素
表3. 炎症の原因
●
打撲
●
熱
●
化学物質
●
感染
● 自己免疫機序
様々ですが、薬局店頭や病棟で遭遇する炎症について
具体例をあげて考えてみます。
図2. 症状の変化はトレンドでみる
高
SpO2
1.打撲、熱、化学物質
打撲や熱、化学物質などの外的要因によっても、炎症
は起こります。打撲部位は赤く腫れ、何となく熱っぽい感
体温
じがして痛みを生じます。手指の関節などでは、痛みと
脈拍
腫脹により可動域制限もみられます。
このような場合には、冷却が有効です。冷却によって
NSAIDs
低
抗生物質
拡張した毛細血管の収縮が起こり、炎症のドミノ倒しが
時間
複数のパラメータでみる
軽 減されます 。また、局 所 の 腫 脹 や 疼 痛に対しては
NSAIDsが用いられます。投与方法には内服や外用が
ありますが、外用薬では物理的な冷却も期待できるパッ
リンパ球や白血球による細胞障害で始まるのですが、そ
プ薬が用いられることが多いです。
の後の炎症の流れは共通です。
2.感染
治療としては、炎症の消退や機能障害の回復を目的
細菌やウイルスが細胞に感染すると、炎症を惹起する
とした対症療法的なものに加えて、根本的な原因である
要 因になります 。このような場 合には、対 症 療 法 的な
免疫の過剰反応の抑制も行われます。
NSAIDsの投与だけでなく、炎症の原因となる感染のコ
たとえば、
アトピー性皮膚炎では、皮膚の発赤、痒み
ントロールのために、抗生物質や抗ウイルス薬が投与さ
(弱い疼痛)、腫脹(膨疹)、滲出液の漏出などが、炎症
れます。
の結果としてみられます。皮膚の炎症を抑えるための抗
細菌性の肺炎などでは、原因となる菌に対する抗菌
炎症薬が内服、外用で用いられます。程度が弱ければ
薬、発熱に対するNSAIDsが投与されるとともに、気道
非ステロイド性の薬剤が用いられますが、病状に応じて
粘膜の血管透過性亢進に伴う粘膜浮腫に対する吸入
適切な量とランクのステロイド薬(外用薬を中心としなが
ステロイド薬や気道分泌物喀出のための喀痰調整薬な
ら場合によっては内服薬)
も併用します。皮膚の炎症は
どが投与されます。
発赤や腫脹の程度などのように肉眼的に見ることができ
理学的所見では、咽頭部の発赤、扁桃腺や頚部リン
るものも多いのですが、炎症の程度のチェックやアレルギ
パ節の腫脹を、咽頭炎という細菌感染に伴う
「炎症」
とし
ーの原因追究などを目的に血液検査も並行して行われ
て認めます。
また、バイタルサインにおいては、聴診にて
ます。
気管支粘膜浮腫や喀痰に伴う気道の狭窄による笛声
音や湿性ラ音が認められます。喀痰が気道を閉塞すれ
おわりに
ば換気面積が減少し、酸素の取り込みが低下するた
今回は炎症について、その基本的なメカニズムや治
め、指先で測定するSpO(経皮的動脈血酸素飽和度)
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療について概説しました。処方箋に準じて調剤するだ
が低下します。
また、感染の拡大に伴う体温の上昇のほ
けでなく、その後の経過をみるうえで炎症の概念を理解
か、状態によっては脱水に伴う脈拍の増加、血圧の低下
しておくと、新しい視点が開けるのではないでしょうか。
などが認められる場合もあります。
特に自らが調剤した薬剤の薬理作用を考えたときに、そ
調剤した薬剤による薬物治療が奏効すれば、
これら
れが炎症のドミノ倒しを止めたり、原因を除去するとい
の異常所見は改善していくはずですし、治療効果はこ
うメカニズムで用いられていることを知ることは、
これか
のような理学的所見やバイタルサインの変化によって知
らの薬剤師職能の拡大のみならず、チーム医療の実践
ることができます。その際には、図2のように、症状の変化
の際にも重要です。
を治療と照らし合わせながらトレンドでみると分かりやす
一方、
日常のマイナーな健康トラブルでも、炎症を伴っ
くなります。
ていることが多くあります。本稿で示した炎症の原因や
3.自己免疫機序
メカニズムの理解が深まれば、一般用医薬品の適正使
一般にアレルギーと呼ばれる反応でも炎症が起こりま
用と適切な時期での受診勧奨が可能になります。
す。気管支喘息やアトピー性皮膚炎などのほか、
甲状腺
それほど難しい概念ではありませんし、非常に「使え
疾患や肝炎など自己免疫性に引き起こされる炎症は意
る」考え方ですから、バイタルサインへの理解も深めつ
外に多くあります。通常、免疫機構をスタートさせなくても
つ、是非、実践していただきたいと思います。
よい自己の細胞に対して、免疫調節機能の変調により、
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