ちょっとだけ feedback 生成文法(初級) 具体例を通して学ぶ考え方と方法論の基本 奥 聡 *とても有意義な質問やコメントをたくさんいただきました。少しだけ feedback をします ので参考にしてください。(時間的な理由と私の能力の問題から、全ての質問や感想にはコ メントできませんが、ご了承ください) Day 01 ・Q1: 「移動」とはコピー&併合で、上のコピーのみが発音される結果そう見えるというこ とですが、日本語の語順が自由なのはコピーを許す項(?)/要素(?)が多いということでしょう か。(近藤優美子) *A1:これは現在、とても重要な研究課題の1つであると思います。内的併合(「移動」) という操作そのものは、「併合」が言語表現を組み立てる必須の仕組みであるなら、自然な 帰結として存在する操作です。そうであれば(内的)併合という観点から見れば、どの言語 でもどのような要素の「移動」も可能であると考えられます。しかし、実際は「移動」には さまざまな「制限」があります。その制限が多くの(全ての)言語で共通であれば、その制 限の特性を明らかにしていくことで、言語表現を組み立てる仕組みの普遍的な特徴を明らか にしてゆくことにつながるでしょう。一方、「移動」に対する「制限」に関して、言語間で 差異がある場合は、その差異がどこから出てくるのかが研究課題となります。 ・Q2:動物の「言語」との対比に言及することについてですが、ジュウシマツのさえずり の(有限状態文法で記述できるとする)研究などもあるので、「要素を組み合わせて無限に 新しい表現を生み出す」という述べ方だけで人間と他の動物を綺麗に区別できるかは微妙に なってきているようにも思います。この違いを特徴づけるには階層性への言及が先に必要な 気がします。 *A2:とても良いコメントですね。鳥のさえずりの研究やある種の猿の研究でも、特定の 決まった表現が固定されているだけではなく、いくつかの要素を組み合わせてより大きな表 現を作り出すという特徴を持つものが見つかっているようです。しかし、それでも人間言語 のように原理的に無限に新しい表現を作ることができるようになっているかは、まだ明確に 確認されてはいないのではないかと思います。また、無限の表現を可能にする統語上の仕組 みが併合の繰り返し適用であると仮定すると、階層性はその必然的な帰結として出てくる特 1 性であるので、併合を繰り返し適用する能力が、やはり人と他の動物のシステムとの決定的 な違いで、「無限の新しい表現が生み出される」のも言語表現が「階層構造」をなしている のも、併合の帰結(そうならざるを得ない結果)であるというのが今のところの私の理解で す。 ・Q3:併合操作とは「2つのものを1つにする」ことであるということでしたが、なぜ「複 数」ではなく「2つ」なのでしょうか。現実には3つ以上の要素が等位接続され合うことも あるでしょうし(1)、また、述部中に多数の要素が存在する場合(2)、それぞれの要素間 に優劣はなく、したがって、(3)のように分析した方が合理的であるように思われます。 (1) (2) (3) John, Mary, Mike, and Bob want to the park yesterday. I met him in the station at 9 o’clock. I met him in the station at 9 o’clock (手塚進) *A3:とてもよい質問ですね。これは、言語事実と理論の両面から丁寧に検討する必要が あります。まず、理論的な簡潔さの点から考えると、3つ(以上)のものを一度にひとまと めにする操作 algorithm は、2つを1つにする操作よりも、計算の負荷がものすごく大きい と考えられます。しかし、いくら理論的にそうではあっても、言語事実がそれとは異なると いうことになれば、3つ(以上)の同時併合も必要かもしれません(Jackendoff は実際に そのような主張をしています)。次に、言語事実を丁寧に見ていくと、3つ以上のものが等 位接続されている構造は、本当にその3つ(以上)が同時に併合されていると考えてよいの かを検討する必要があります。2つのものの併合の繰り返しで、3つ以上の等位接続構造が 出来ている可能性はどうでしょうか。この可能性を否定するのも簡単ではないかもしれませ ん。さらに、(2)の3つの要素間に「優劣はない」というのは、客観的に論拠を示すことが できるかを慎重に検討する必要がありますね。したがって、(3)のような構造の方が「合理 的である」と本当に主張できるか、しっかりとした議論の積み重ねが必要なようです。 ・Q4:内的併合と外的併合には常に、外的à内的という前後関係があると考えてよろしい ですか?(笠間) *A4:いいえ。内的併合(移動)が起こった後の構造に、さらに辞書から要素を加える(外 的併合をする)ことは可能です。両者に特に前後関係はないと考えてよいと思います。 例:内的併合(移動)でできた[who John visited]という構造に、辞書から動詞を併合して、 [wonder [who John visited]]とすることができます。 ・Q5: 「学生を先生が職員室で3人しかった」で、生成文法では「学生を」が後ろの位置か 2 ら前に出てきた要因については考えないのでしょうか? (日下部直美) *A5:よい質問ですね。生成文法における「移動」研究の歴史の中で、 「移動」には必ず理 由があり、理由のない「移動」はしてはならない(「移動」は Last Resort)と考えていた 時期がありました。一方、 「移動」は基本的に自由で、何をどこに動かしても構わない(Move α) 、そして、移動の結果おかしな文ができた場合は、何らかの独立の原理でそれが排除され るという方向を探るという考え方もありました。前者の考え方は、「移動」そのものに条件 を課していくという方向性で、できるだけ規則を簡潔にしていこうという最近の考え方とは 相性が良くありません。後者の考え方では、移動の結果、移動しなかった場合と比べ何から の意味解釈上どのような効果があるか(つまり意味解釈のインターフェイスにどのような影 響を及ぼすか)ということは重要な検討課題となっていますが、「そのような意味解釈上の 効果を得るために」移動が起こるという「目的論」的な考え方を取らないのが、「移動」現 象に関する、最近の一般的な方向性だと思います。 ・Q6: 「太郎は次郎が自分のことを好きだと思っている」では「自分」は太郎でも次郎でも 良いので両方の解釈がありますが、John thinks Bill likes himself の himself は必ず Bill を指さなければなりません。英語の再帰代名詞は局所性を求められますが、日本語の「自分」 は比較的自由に先行詞を取ることができるということでしょうか。(安里仙華) *A6:これは古典的な日英の対比事実ですね。この違いを出来るだけ簡潔な道具立だけで どのように説明することが可能かということが、現在の興味深い研究課題の1つだと思いま す。 ・Q7:内的併合(「移動」)は言語一般についても言えることなのでしょうか。 ・Q7’:〜〜語では、どうですか? *A7:この講義では、具体例として主に日本語と英語の例を用いています。そして、どち らかというと日本語と英語の表面的な違いよりも、共通点を意識した例文と論調になってい ると思います。日本語と英語にもたくさんの違いがありますが、それが文法上の体系的な違 いであると考えられる場合は、その違いがどのような仕組みによって出てきているのかが、 興味深い研究課題となります。また、英語と日本語に共通に当てはまる文法上の特徴(例え ば、内的併合がある)が、他の言語でも成り立つのかというのは当然出てくる質問ですね。 その言語を少し丁寧に見てみると、講義で紹介したものと同じ統語上の特性を持っているこ とがわかる場合もあるでしょう。また、ある特定の言語では、見られないと思われる特性も あるでしょう。後者のような場合も、その違いがどこから出てくるのかが、大切な研究課題 となります。 ・Q8:類型論と生成文法はどのように違うのでしょうか。(那波理絵) *A8:とても根本的な問いです。生成文法とはどのようなものであるかは、この講義全体 を通して、おおよそのイメージをつかんでみてください。それに対して「類型論」とはどの ようなものかということ関しては、かなり広い解釈ができそうで、人によっても捉え方が大 3 きく異なるかもしれません。Greenberg 的な考え方の基本は、さまざまな言語をその表面 的な特徴(例えば、語順が SVO か SOV かそれ以外かなど)に基づいて、分類整理してい くという考え方だと思います。これは、言語データを整理していく上で、重要な作業となる 場合も少なくありません。ただし、生成文法で明らかにしようとする人の頭の中の仕組みに 関しては、それを解明するためのデータとしては不十分であると考えられます。詳しくは、 Day04 の講義を聞いてみてください。 ・Q9:言語の不思議な現象に反応するきっかけやコツはあるでしょうか。(金森雅弥) *A9:これは難しいですね。まずは純粋な「好奇心」でしょうか。私が、北大の1年生に 対していつも言っていることは、受験勉強も終わったのだから、「成績」や「点数」あるい は他人との比較・競争のことは忘れて、純粋に知的好奇心を追求すること、そして物知りに なるための勉強ではなく、「なぜ」を探求する癖を早く身につけることが、充実した大学生 活を送るヒントになる、ということです。 4
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