ちょっとだけ feedback 生成文法(初級) 具体例を通して学ぶ考え方と方法論の基本 奥 聡 Day 03 ・ダミーdo は最後の手段ということですが、強調などのある種の表現等にも使われる場合 もあることを考えると、その文にとって必要である要素、様々に対応可能なものと、考えて よいのでしょうか。それとも今日学んだような do と強調の意味の do は、別物と考える方 が適切なのでしょうか。(百瀬みのり) *ダミーdo は、時制と φ 素性の具現を担うという機能しか持っていないという意味で、それ 自体の意味内容はゼロと考えてよいでしょう。一方、強調の do はそれ以上の意味機能を持 っているので(「強調」という意味をどのように理解して、どのように統語表示に表すかは とても重要で、難しい問題ですが)、他の助動詞同様、ダミーの do とは別物と考える方がよ いかもしれません。 ・手話の文法記述はどこまで進んでいるのでしょうか。(榎原実香) *生成文法理論にのっとった研究が、近年少しずつ出てきているようです。これからさらに 活発になっていくのではないかと期待しています。自然言語のひとつとしての手話という考 え方に関しては、テキスト p.30 の斎藤道雄(2016)をご覧ください。また、より言語学的 な視点からの考察としては、松岡和美(2015)『日本語手話で学ぶ手話言語学の基礎』(く ろしお出版)がとても参考になります。 ・冠詞と名詞の一致が必要な言語がありますが、その場合、講義で触れたような主語と動詞 の一致のような仕組みに準じた方法でなされるのでしょうか。(主濱祐二) *とても興味深い質問です。GB 理論の時代には、名詞句の中の冠詞や形容詞がその主要部 の名詞と「一致」変化をする場合、素性の percolation という考え方で、主要部名詞の φ 素 性が、形容詞や冠詞に「浸透」することで、素性共有がされると考えられていました。しか し、これは「言語事実」を理論的な用語を使って述べ直したにすぎない(sheer theoretical restatement of the fact)という批判を免れないでしょう。現在のミニマリストプログラム のパラダイムで、こうした名詞句内部での「一致」現象をどのように記述・説明すべきなの かは、大きな研究課題であると思います。 ・do-support でダミー動詞 do が挿入されるということですが、なぜ他の動詞ではなく、do 1 が使用されるのでしょうか。(加藤伸彦) ・近代英語へ移行する際に、do-support が必要となったのは、従属節中の定形2位の消失 と関係があるのでしょうか。(平野那奈) *これはどちらも大変興味深い質問です。ダミーdo の他に[do homework]や[Let’s do it]の ような本動詞としての do もあるわけですから、なぜ do という単語がダミー動詞として選 ばれたのか、ということは難しい課題ですね。ダミーdo は、本動詞 do が持っている agentive な語彙的意味が「脱色」されて無くなっています。したがって、ダミー動詞の候補としては、 do ではなく、go でも see でも他の本動詞でも良いはずです。また、ダミーdo の歴史的な出 現の経緯に関しては、現代の多くの German 系の言語に見られる V2 現象が、近代英語では 見られなくなっていくということと何らかの関連がある可能性は十分にあると思います。こ の辺りの事実は、本動詞 do からダミー動詞 do への歴史的変遷のデータを丹念に調べてい くと何かヒントが得られるかもしれません。 ・「T は時制を持っている」とのことですが、言語表現に時制が現れない言語の構造におい ても T は存在するのでしょうか。(日下部直美) *とても重要な問いです。考え方のひとつは、ある言語で形態的に現れる文法的な特徴があ るなら、それが形態的に現れない言語であっても抽象的なレベルで全て存在する、という考 え方です。つまり、全ての言語の文構造の基本的な骨格は同じで、T という機能範疇が常に 述語部分の一番上にあり、それがどのような形態で具現されるか(あるいは特定の音声的具 現形を持つか持たないか)は、表面的な音声形態上の違いに過ぎないという考え方です。別 の考え方としては、形態上現れていない機能範疇はその言語には存在しないという考え方で す。そのような言語の話者であっても、現在の出来事、これからの出来事、過去の出来事と いう意味概念の区別は理解できるはずですから、その場合の文の構造表示と意味解釈の関係 がどのようになっているかは、丁寧に検討する必要がある重要な課題となるでしょう。 2
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