4日目のフィードバック

ちょっとだけ feedback
生成文法(初級)
具体例を通して学ぶ考え方と方法論の基本
奥 聡
Day 04
・生成文法における「仮説」「規則」「原理」「理論」の用語の使い分けについて教えてくだ
さい。色々な用語が出てきますが、どのようなルール(考え?)で使われているのでしょう
か。(加藤伸彦)
*自然科学の分野によっては、上記の用語をある程度厳密に区別している場合もあるかもし
れませんが、経験科学である以上、実質的には全て「仮説」であって、絶対に誤りのない「原
理」や「法則・規則」ではありません。一般的なイメージとしては、一部の研究者が提案し
たばかりの試案を「仮説」と呼び、その分野の多く人に受け入れられている仮説を「理論」
と呼び、その仮説をとりあえず正しいものとして、それに則ってその先の研究を進めていく
ようなものを「原理」と呼ぶ、というものもあるかもしれませんが、全く実質的な区別では
ありません。(経験科学では全てが「仮説」です)。生成文法の世界に限って言えば、1980
年以前は、特定の言語の特定の構文に当てはまる「規則」から、共通の特性を抽出して言語
普遍的な「原理」として再定式した、という事情から、「原理」と呼ばれているものが多く
あった、という事情があるかもしれませんが、基本的には、ある仮説に「原理」
「規則」
「理
論」「仮説」という名前が付いているのは、偶然に過ぎないと思います。つまり、呼び方の
違いには、特に実質的な区別が反映されているわけではないので、あまり気にしなくても良
いのではないかと思います。
・MP 以前の理論で用いられていた用語、例えば、
「sister 関係」
「c-command」は、MP で
も理論上説明する時に用いられますか。Argument/adjunct という概念の扱いはどうなって
いますか。(平野尚美)
*sister 関係や c-command は文中の要素間の基本的な構造上の関係で、現在でもその関係
を述べるときには(便宜上)用いられます。ただし、このような構造上の基本関係を primitive
な概念として別途規定する必要はないのかもしれません。例えば、sister 関係は、x と y が
併合した時に必然的に出てくる x と y の間の構造上の関係です。C 統御も同じように考える
ことができるかもしれません。Argument と adjunct の区別も、記述的な事実としては必要
な概念でしょう(動詞と選択関係にある必須項としての目的語と統語上はあってもなくても
良い副詞句との区別)。その違いを統語上、句構造の違いとしてどのように表示するかは、
大きな研究上の課題です。つまり、最も単純な併合しかなければ、動詞と目的語名詞句の併
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合(study [syntax])と動詞と副詞句の併合(study [abroad])とは、統語上区別できませ
んね。
・そもそも実際のメンタルな作用において非常に大きな lexicon から単語を拾いだし、syntax
操作で移動や変換をいちいち行うというのはあまり現実的ではないのではないか。疑問文と
いうパターンを覚えていて、それをメンタルな引き出しから取り出して使うというのが現実
的ではないのか?(竹谷純一郎)
*これは何を以って、どのような判定基準によって、「現実的」と判断するのかという問題
になるのかもしれません。つまり、ある特定の判断基準を設定すれば、後者が前者より「現
実的」ということになり、また別の特定の判断基準を設定すれば、前者が後者よりも「現実
的」ということになるでしょう。大切なことは、頭の中の直接見えない言語能力に対してど
のようなモデルを提案することが、研究全体を興味深いものにし、研究を先に進める推進力
になるのかということであると思います。
・John will recommend him.で、文脈に Bill が出現していて、him が Bill を指すという解
釈が可能だと思うのですが、このような文が現れる場面の情報などの語用論的情報は、検証
のさいにどのように反映させれば良いのでしょうか?(百瀬みのり)
*代名詞類の解釈に関して、談話情報・語用論情報は重要な役割を果たすと思います。そう
した中で講義で紹介した束縛条件 B は、代名詞が統語構造上指すことができない要素を規
定するだけもので、では最終的にその代名詞が何を指すのかということ関しては何も述べて
いません。談話文法の研究などが、そのような情報をどのように反映させれば良いかについ
て検討しているのではないかと思います。
・
「代名詞は同じ単文内で自分を C 統御する名詞句を先行詞とすることはできない」とあり
ましたが、例えば、John loves his daughter のような文で、代名詞の所有格になると文と
して成り立つようい思います。これをどう扱えば良いでしょうか。(柳原志穂)
*とてもよい質問ですね。昔からずっと議論されてきた問題です。考え方のひとつは、代名
詞の局所領域の定義を工夫することです(例えば、束縛条件 B の中で、「his の局所領域は
それを含む最小の名詞句」という規定が合理的にできれば、束縛条件 B の違反にはならな
くなります。1980 年代にはさまざまなやり方で、この方向が検討されていたと思います)。
別の考え方では、英語の his は「代名詞」と「再帰代名詞」の二種類があり、上の例文で、
his が John を指す場合は、その his は再帰代名詞であり、his が John 以外の人を指す場合
は「代名詞」であるという考え方です。Chomsky (1981)でもこの考え方が論じられていま
す(英語には再帰代名詞専用の属格 himself’s がないから his がその機能も持つ)。ちょっと
アドホックな感じもしますが、ある言語では属格の代名詞と属格の再帰代名詞が別の単語で
表されるものも(セルボクロアチア語など)あるので、あながち的外れな主張ではないかも
しれません。この問題も含め anaphora 表現に対する研究に興味がある人は、Reinhart
(1983) Anaphora and Semantic Interpretation (Croom Helm)を是非一度は読んでみると
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良いでしょう。
・束縛条件 A, B は、英語以外の言語獲得一般にはどのようなことがいえるのでしょうか。
例えば、他の言語では束縛条件 A, B が適用できないことが分かった場合、
「言語ごとに異な
る」という結論には持って行きたくないはずだと思います。一見相反する事象を包括的に説
明出来る理論を求めることになると思いますが、もしそのような例があれば教えていただけ
れば幸いです。(関谷弘毅)
*一般的な考え方としては、束縛条件 A, B は言語普遍的な条件であり、個別言語ごとにそ
の条件の対象となる語彙項目(どの単語が束縛条件 A の対象となるのか、など)にバリエ
ーションがあるという考え方をすると思います。例えば、日本語の「自分自身」や「お互い」
は英語の再帰代名詞・相互代名詞と(ほぼ)同じ、局所性条件に従いますが、「自分」はそ
の先行詞を同一の単文内に限定しなくても良い(長距離照応形)と考えられます。
・束縛条件 A : 再帰代名詞は同じ単文内で自分を C 統御する性数人称が同じ名詞句を先行
詞としなければならない。この説明の際、先生は MP では「同じ単文内」という条件をな
くしたいというようなことを仰ったと思うのですが、具体的に MP では束縛条件 A をどう
解釈するのですか。(大谷修樹)
*束縛条件 A は、大雑把に言えば、himself のような local anaphor と呼ばれる要素が、統
語構造上「近い」位置に先行詞を求めるという性質を捉えようとするもので、その局所領域
(つまり、統語構造上「近い」とはどのようなこと?)をどうやって規定するかが研究上重
要な課題になります。統語構造は、必ず解釈部門(発音の側と意味解釈の側)に送り出され
る必要がありますが(そうでなければ統語構造は伝達手段として使用不可能)、MP ではそ
の送り出す単位として(束縛条件 A とは独立に)phase という単位を規定したモデルを提
案しています。もし、再帰代名詞を解釈する際の局所領域が phase という単位であるなら、
束縛条件 A 専用に(「同じ単文内で」のような)局所領域を別途指定する規定を設ける必要
はなくなりますね。具体的な提案としては、Seminar Handbook の斎藤先生のところで紹
介されているキコリの論文が参考になるでしょう。
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