新・地方自治ニュース 2016 No.12 (2016 年9月 25 日) 自治体経営進化のための公的債務概念の再構築 増分主義は、米国の公共政策を専門とする政治学者 C. E. Lindblom が、政策変化が漸進的に生じ ることを指摘し、現実性の高いモデルとして将来の自治体経営や政策の姿を過去の自治体経営や政策 の延長上に捉えることを基本とすることを整理した考え方である。戦後日本の右肩上がり経済社会を 背景とした政策展開も漸進的変化の増分体質を現実的に抱え、今日に至っている。増分体質の自治体 経営は、現実が抱える課題の特徴と状況の複雑性を政策選択肢の抽出に先行して認識し、その認識を 前提として新たな政策選択肢の可否を思考する。このため、増分主義の下で自治体経営を支える情報 は、①既存政策に対する過去の投資のストックの継続を財政面から正当化することを前提とするため、 施設建設や過去の政策等ストックの是非を認識し検討する視点に欠けること、②毎年度予算の確保等 フローの視点を重視し、フローの政策を実施するために財源的に不足する点は将来の負のストック (債務)に転嫁する姿勢が強いこと、③将来に向けた不確実性やリスク、さらには将来確実に必要と なる再投資のための原価償却引当や退職給与引当、将来の維持・管理費等将来を見ない性格が強いこ と、などの特性を持ってきた。 しかし、少子高齢化、グローバル化、ICT(情報通信技術)革命等の構造的環境変化が進む中で、 自治体経営の進化における公的債務の認識は、①従来の国債・地方債等の借金はもちろんのこと、会 計的な②原価償却費や維持管理費用、退職給与、金利負担等の将来的に不可避な費目のほか、③景気 変動、人口減少等の将来の発生が一定の確率で認識できるリスクとそれに伴って発生する負担、④地 震等の将来の発生を確率的にも認識が困難な不確実性事項のうち、自治体経営の持続性に対して決定 的な影響を与える事項に予防的準備するための負担、⑤人口減少等も加わり過剰投資となった施設の 廃止・再編、使用料金の抑制等先送りしてきた住民負担など累積している将来負担を積極的に認識し 構成する必要がある。もちろん、会計面からの公的債務への認識の充実は、公会計改革による地方自 治体の財政情報の質的改善からこれまでも取り組まれている。しかし、住民の地方財政、財政情報さ らには公会計への関心が改善しているかは極めて疑問といえる。財政は「数字に凝縮された住民の運 命」ともいわれる中で、住民の運命への関心は改善していない。こうした原因は、公会計改革の成果、 地方財政情報の可視化は進んでも、見える化が進んでいないことにある。可視化とは、地方財政にす でに関心を持っている人々に必要な情報を提供することであり、見える化とは地方財政等に関心のな い人々の目に晒して、理解を求めるのではなく認識を形成してもらうことを意味する。自治体経営に おいて、会計的側面に加え住民の運命として持続性確保に必要な公的債務概念の再構築が必要となる。 2000 年頃から、新自由主義による市場メカニズム重視の流れがもたらしたコスト主義の過熱やセ ーフティネットの劣化等、様々な NPM(New Public Management)のデメリットが指摘された。 それらのデメリットを克服しつつ、市場だけでなく住民参加等の民主的手続きを組み込む中で政策を 形成し展開する流れが生じている。NPS(New Public Service)では住民、地縁団体たる自治会、NPO 組織など多様な主体が異なる価値観の下で参加し、市場だけでなく民主的な決定を展開することを基 本とする。そして、NPM 段階から進んだ民間化とその後の官民パートナーシップに関して、市場原 理ではなく民主主義の視点から住民への奉仕者としての視野を重視し、事業モデルを形成しようとす る NPG(New Public Governance)として表現されている。 NPS は以上の課題を克服するために、スリム化・効率化を最優先とするのではなく、民主的な政 策決定を重視し、公共サービスのあり方を役割と責任を分担しつつ議論するものである。こうした NPS を一歩進め、国や地方自治体が住民等とネットワークを形成し、公共サービスだけでなく財政 等も含めた広範な意思決定を行うことを重視するガバナンス議論が NPG の類型である。地方自治体 等は民主的政策決定を重視し、住民参加等官民協働のネットワークの機能によって集団的繋がりにお いて意思決定等が行われるパートナーシップの仕組みといえる。こうした仕組みの充実にも、公会計 改革、公的債務の見える化が不可欠である。 © 2016 FUJITSU RESEARCH INSTITUTE
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