6日目のフィードバック

ちょっとだけ feedback
生成文法(初級)
具体例を通して学ぶ考え方と方法論の基本
奥 聡
Day 06
・生成文法研究の特徴の1つとして「理想化」の話が出てきましたが、東京の人が理想化し
た日本語、大阪の人が理想化した日本語、福岡の人が理想化した日本語が、同一であるとい
うのはどのように保証されるのでしょうか。直感的には違う気がするのですが。
(加藤伸彦)
*それぞれの言語を話している話者の言語能力には、共通点も相違点もありますね。例えば、
頭の中に持っているレキシコン(脳内辞書)内の語彙を比較すれば、2 人の人の間で全く同
一であるということはおそらくないでしょう。一方で、文を組み立てる仕組みに注目してみ
ると共通点もたくさんあると思われます。例えば、(A)「太郎はリンゴを食べた」(B)「リン
ゴを太郎は食べた」では、発音される語順が異なっているにもかかわらず、(A)(B)どちらに
おいても「リンゴを」が「食べた」の直接目的語として解釈されるという仕組みを持ってい
るという点は、「どの日本語話者においても共通である」ということが想定できると考えま
す(「保証」はされません。全ての日本語母語話者に尋ねたわけではないですから)。ここで
注意すべきは、この想定が本当に正しいかを確認する術がないのだから、このような想定の
もとに研究を進めるのは意味がない、という方向で考えるのではないということです。その
ような想定をすることで、人間言語の興味深い特性の一部が明らかになりそうな見込みがあ
ると研究者が判断すれば、その想定でどこまでいけるかを徹底的に追及するというのが、根
本的な姿勢です。これは「万有引力の法則」が本当に正しいかどうかを確かめる術がないの
だから(全ての物体に関してこの法則が当てはまるかどうかを確かめることは不可能。よっ
て、全ての物体に当てはまるということを「保証」することはできません)といって、
「万
有引力の法則」を想定した物理研究を進めることには意味がないとは考えませんね。見込み
のありそうな想定がある場合、(その想定が誤りであるという強い証拠が出てこない限り)
それを前提に研究を進めるというのは、自然科学の研究ではごく普通であると思います。
(当
然、最終的にその「想定」が誤りであるということが、研究を進めていくうちに明らかにな
るということもあります)
「理想化」という言葉に関して、1つ注意は、これは自然科学における専門用語の1つで
すので、(倫理的な価値判断において良いことである、というような)日常におけるこの単
語の意味に引きづられないようにしなければなりません。特定の研究を進めていく上で、明
らかにしようとする本質ではない、様々な外的要因を捨象するという意味です。この場合も
もちろん、何が本質で何が外的要因かは「先験的に」わかっているわけではありません。生
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成文法では、例えば、特定の個人の特定の発話時における、「疲労感」「注意力」「記憶力」
などの影響といった要因を、その人の言語能力の本質とは想定せず、捨象して考えるという
理想化を行っています。(そのような要因が人の言語能力の本質であるという想定のもとに
研究を進めることももちろん可能です)。日本語母語話者の言語能力の共通の特性を明らか
にすることを目指すのであれば、方言間の違いを捨象して考えるのが合理的な想定であると
するわけです。(これも、方言間の違いそのものを明らかにするというタイプの研究を想定
することももちろんできます)
・「TA が 1 人どの教室にも施錠しています」とすると、分配読みしか生まれないと思いま
すが、動詞のアスペクトも関係しているかもしれないと感じました。(水谷仁美)
*とても興味深い観察ですね。アスペクトの要素が、どのような形でこのような現象に関係
しているかはとても重要な研究課題だと思います。「今、施錠していることころです」とい
う解釈では、分配読みが強く出るというのは正しい観察だと思います。興味深い点は、例え
ば、コントロール室からボタンひとつで、どの教室にも施錠できるという(近未来的な)状
況を想定すると、この文でも「特定 TA 読み」が可能になるかもしれません。するとやはり、
語用論的な知識が量化表現の作用域の解釈に、大きな影響を与えているということかもしれ
ませんね。
・日本人の幼児が「昨日、お父さんとケーキを食べた」というべきところを「昨日、ケーキ
とお父さんを食べた」と言っているのを聞いいたことがあるのですが、膠着言語の場合、ス
クランブリングでの項のかき混ぜににおいて、機能語の「と」「を」だけが実質語から切り
離され、かき混ぜ前の位置に残るということは珍しくないんでしょうか。(百瀬みのり)
*これは、興味深い観察ですね。このような実例において観察された「誤り」の扱いに関し
ては注意が必要であると思います。つまり、この発話をした幼児の文法が本当に大人の文法
と異なる状態なのか、あるいは単なる「言い間違い」(slip of tongue)なのかを区別する必要
があるかもしれません。このような要素の一部入れ替え現象は、音韻論では大人の発話でも
よく観察される現象で、
「音位転換 metathesis」と呼ばれています。
「テレビ terebi」=>「テ
ベリ teberi」(子供によく見られる)。「山茶花(さんざか)」=>「さざんか」(転換形が歴
史的に定着した例)。「雰囲気(ふんいき)」=>「ふいんき」(現在進行中?の転換)。上記の
幼児の例が、「音位転換」の例かどうかは慎重に確認しないといけないかもしれませんが、
その可能性もあると思います。
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