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BCP策定・BCM運用解説
地震などの大災害が発生したときに、防災計画を備えていれば、ある程度は被害を抑えること
ができるでしょう。しかし、災害自体が落ち着いた後にもしばらく続く、ライフラインの停止や
原材料の在庫切れ、そして従業員の出勤不能など、企業の活動を妨げるさまざまな問題に対して、
防災計画が有効といえるでしょうか。
災害等の緊急事態で企業やその利害関係者が被害を受けたときに、活動を早期に復旧させて事
業を継続していくためには、あらかじめBCP(事業継続計画)を策定しておき、それを有効に
活用していくことが重要です。
ちなみに、中小企業庁の発行する広報冊子では、BCPについて以下のような説明がされてい
ます。
企業等が緊急事態(自然災害、大火災、感染症・・・)に遭遇した場合において、事業資産の損
害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするため、平時に行う
べき活動や、当該緊急非常時における事業継続のための手法、手段などをあらかじめ取り決め、そ
れを文書化したもの
(『中小企業BCPの策定促進に向けて』中小企業庁 事業環境部 経営安定対策室 2012年11月)
わかる人にはわかるのでしょうが、これだけではイメージがつかみづらいのではないでしょう
か。そこで、大まかなイメージをつかんでもらうために、少し具体的な話をしてみます。
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BCPのイメージ
1.災害直後
いきなりですが、大規模な地震が発生し、ご自分の企業の周辺では震度6弱の揺れであったと
仮定してください。そのとき、次のような問題が出てくる可能性があります。
・資料や事務用品が置いてある棚が激しく揺らされる。
・停電によりデータの保存や情報収集ができなくなる。
・外回りに出ている従業員と連絡が取れなくなる。
こうした問題に対して、何も計画がない状態、いわば「無計画」であったとしたら、ひじょう
に混乱した状況になってしまうことでしょう。一方で、耐震グッズや無停電電源装置(UPS)を
導入し、安否確認の仕組みも構築している組織であれば、このような問題にも比較的落ち着いて
対処できるはずです。これらの装置や仕組みについては、「防災計画」に策定している組織も多い
のではないでしょうか。
2.災害発生から数時間後
防災計画のおかげで被害を最小限に抑えられたとしても、まだまだ安心するのは早いです。災
害発生から数時間後には、新たな問題が生じてくることでしょう。
・複数の得意先から状況確認の連絡が来ている。
・仕入先が壊滅的な被害を受けたとの情報が入った。
・出張中の経営者との連絡が取れない。
貴社の防災計画には、このような問題への対応策が盛り込まれているでしょうか。
3.災害発生から数日後
災害発生から数日が経過すると、自社だけでなく取引先や地域社会に関する被害状況などの情
報も、ある程度は整理されてくるはずです。いつまでも事業を停止しているわけにはいきませんか
ら、そろそろ復旧に向けて動き出さなければなりません。しかし、そうなると、新たな問題が出
てくるわけです。
・本社のあるビルが閉鎖され解除まで1週間以上かかる。
・各部門から人員も物資も足りないとの情報が入る。
・取引先から復旧の時期についての問い合わせが入る。
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このあたりになると、防災計画だけで対応するのは、かなり難しいのではないでしょうか。こ
ういった問題にも対応できるように策定しておくのが、「事業継続計画」つまりBCPというわ
けです。
4.その後
さらに時間が進むと、次のような問題が出てくることも考えられます。
・生産ラインは復旧したが流通業者がいない。
・売上が減ったのに修繕費等が増えてしまった。
・他社より早く復旧して激増した注文に対応しきれない。
このように、災害発生直後だけでなく、災害が落ち着いた後にも様々な問題が発生してきます
ので、BCPには復旧までに出てくる問題に対応するための指針を決めておく必要があります。
逆にいうと、災害発生から平常営業まで復旧する間に出てくるであろう問題に対する行動基準
などを全社員が把握しているのであれば、わざわざ事業継続計画を立てる必要はないのかもしれ
ません。
原因より結果、文書より文化
今回は、イメージしやすいように被害の原因を「震度6弱の地震」と設定してみましたが、こ
の原因にこだわると、他の災害には対応できなくなってしまう可能性があります。そのため、B
CPを策定するときには、「地震」「台風」「大雪」といった原因よりも、「電気が来ない」「社
員が出社できない」「必要な資源を用意できない」といった結果を重視するべきだといわれてい
ます。
また、いくら分厚くて立派な計画書を策定したとしても、それが緊急時に役立つとは限りませ
ん。それよりも、組織内部の人たちが自分の役割を理解していて、緊急時でも自主的かつ組織的
に行動できるような文化を根付かせることが重要です。そのため、BCPを策定した後には、計
画を用いて机上演習や模擬演習などの訓練を実施し、計画の欠点や改善点を検証していきます。そ
して、検証結果を反映して計画を改善し、改善された計画を用いてさらに訓練をして検証……。こ
のように、いわゆるPDCAサイクルを回していくことによって、BCPそのものが洗練されてい
くのはもちろん、従業員個人の対応力だけでなく、組織としての対応力も向上していくことになる
でしょう。
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BCPに定めること
中小企業庁をはじめとした行政機関や各種の業界団体からBCPのガイドラインが発表されて
いますので、ご自分の組織が具体的にどのようなBCPを目指すべきなのかは、それぞれの資料
を参考にしてください。こちらもイメージ優先で、BCPに定めておくべき内容について説明して
みます。
1.方針
まずはBCPの策定と運用の方針をしっかりと定めておきましょう。一般的な例としては、「顧
客と従業員の生命を最優先とする(サービス業)」や「一刻も早く事業を立ち上げてインフラの
復旧を目指す(建設業)」といったものがあります。
この方針が定まっていれば、策定の際に判断の基準となるのはもちろん、有事の際には行動の
基準にもなります。
2.災害そのものへの対応
災害時の被害を最小限に抑えられるよう、耐震や防火といった、災害そのものへの耐性を高め
ておくことも重要です。また、災害直後は携帯電話がつながりにくくなるのはもちろん、固定電話
にも通話規制がかかることがあります。そのため、従業員とその家族の安否を確認する仕組みを、
なるべく複数用意しておくことが求められます。そして、電気・ガス・水道といったライフライン
の停止も起こり得ますので、発電機の導入や飲料水の備蓄なども考えておかなければなりません。
さらには、帰宅困難者となった従業員や近くにいた従業員の家族などが会社に泊まる可能性もあ
りますから、そのための用品も備えておきたいところです。
これらについては、従来の防災計画で対応できている組織も多いのではないでしょうか。
3.組織体制
防災計画にも、「応急救護」や「初期消火」などの役割が決められているはずです。BCPで
は、災害が落ち着くまでの混乱期でも組織的に動けるように、「情報集約」や「外部渉外」など
の担当者を決めておく必要があります。そして、各係について予備の人員を確保しておくのはもち
ろん、その係の長についても、出社できない場合などに備えて代行者を定めておかなければなり
ません。
また、優先的に復旧させて継続していく事業に集中する担当と、全体的な復旧に向けて活動す
る担当を分けておくことも重要です。
4.連絡すべき関係者
事業を継続していくためには、従業員の安否確認だけでなく、仕入先や流通業者といった取引
先の状況も確認しておく必要があります。顧客から注文を受けている商品の納入が遅れる場合な
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どは、その顧客に対する連絡も必要です。また、行政と防災協定を結んでいるのであれば、その
確認も必要になってくるはずです。
災害時において連絡すべき相手方と、その連絡の手段についても、BCPに定めておきましょ
う。
5.優先して復旧する事業
いわゆる「中核事業」というものです。災害後の限られた資源で優先的に復旧させる事業をあ
らかじめ定めておきます。利益率の高い事業を復旧させて資金面での早期復旧を目指すのが一般
的なのではないでしょうか。もちろん、自社のブランドの根幹となっている事業や地域への貢献
度が高い事業などの復旧を優先するのも一つの考え方ではあります。BCP策定の目的にも大き
く関わってくる部分ですので、経営者が中心となってしっかり定めておくべきでしょう。
6.復旧までの目標時間
こちらはRTO(目標復旧時間)といわれるものです。一般的には、「これ以上遅れたら取引
先や顧客が我が社から乗り換えてしまう」と考えられる時間を予測し、その時間までに中核事業
を復旧させるための計画を練っていきます。
ここで気をつけていただきたいのですが、「資材が入ってくるまで2週間かかるので、目標復
旧時間もそれに合わせる」というのでは、あまり意味がありません。そうではなく、「相手は1
週間しか待ってくれないのだから、間に合うように在庫の備蓄や代替品の確保を検討する」とい
う流れで考えてください。
ちなみに、医療や建設に携わる人たちは、災害の直後からけが人の治療やがれきの撤去などに
対応する必要があるため、目標復旧時間の定め方は特殊なものになってきます。また、これらの
業種においては、災害直後に需要が増加するのも特徴です。
7.復旧に必要な資源
中核事業を復旧させるために必要な資源と、並行して組織全体の復旧を目指すために必要な資
源を検討しておきます。資源については、「ヒト・モノ・カネ・情報」で考えるのが一般的です。
BCPのセミナーなどでよく聞く話に、「東日本大震災の直後、納豆の生産はできたがパック
内の薄いフィルムが入ってこなくて1か月ほど出荷できなかった」というものがあります。このフィ
ルムのような、事業の継続を阻む「ボトルネック資源」が出てこないよう、現場の人たちも協力
して不可欠な資源を細かく洗い出しておく必要があるでしょう。
8.災害後の資金繰り計画
建設業者や医療機関などを除いて、災害発生後は受注量が落ちるのが一般的です。しかし、人
件費や賃料などの固定費については、容赦なく支払期限がやってきます。そのような厳しい状況に
あっても、資金繰りを回していかなければなりません。大災害の後には「東日本大震災復興緊急
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融資」のように被災者向けの緊急融資制度が設けられることも考えられますので、そのような場
合に順調な活用ができるように、平常時から金融機関との関係を築いておくとよいのではないで
しょうか。
9.その他
定めておくべきことは他にもいくつかあります。今回の解説はあくまでもイメージですので、
実際に策定するときには各種ガイドライン等を参考にして、その組織にとって必要な要素を盛り
込んでいきましょう。
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BCP策定のメリット
BCPを策定するためには、費用と労力、そして時間もそれなりにかかります。それでも策定
する企業が増えているのは、それに見合う効果があるからにほかなりません。BCP策定による
メリットについて、代表的なものをいくつか挙げてみます。
1.災害に強くなる
BCPには防災計画的な部分も含みますので、策定して目標に近づけていく過程で、耐震構造
化や安否確認システムの構築など、災害への備えが強力になっていきます。また、日ごろからいざ
というときのことを想定しておくことによって、組織の人たちが緊急時でも落ち着いて的確な行動
を選択できるようになる可能性があります。
2.業務の効率化が図れる
中核事業を選定する際には、各事業の利益率や必要な資源について分析することになります。
その際に、重複している作業や共通化できる資源などが見つかれば、それを改善することによっ
て効率的な運営につなげていくことができます。また、専門家などの外部の人間が分析に加わる
ことによって、それまで気づいていなかった組織の強みが発見されるかもしれません。
3.個人の意識が向上し、組織の結束が強くなる
組織の危機的な状況を想定することによって、各個人が組織とのつながりをより深く考えるよ
うになります。そして、災害時には地域社会に貢献できる組織であることを知った人は、自分が所
属する組織への誇りを強くすることでしょう。
また、緊急事態を想定して話し合いや訓練を重ねることによって、組織の結束が強くなる効果
も期待できます。BCPは組織全体で取り組む必要がありますので、みんなで同じ目標に進んでい
くときの一体感を味わうことができるのではないでしょうか。
4.利害関係者からの信頼が増す
これも大きな効果の一つです。BCPを策定しておくことによって、「緊急時でも事業を継続
していける可能性の高い組織」として評価されます。従業員は安心して働くことができ、顧客や取
引先も安心して関係を続けていくことができます。また、「あそこは災害時に頼れる」というイメー
ジが定着すれば、地域との関係も良好なものになっていくことでしょう。
5.その他
この他にも、在庫の見直しによって資金繰りが改善したり、代替品の生産を検討したことによっ
て事業の領域が拡大したりと、BCP策定がきっかけとなって組織の安定や成長につながった話
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を聞くことがあります。「BCPなんて面倒なだけでは……」と消極的になってしまう気持ちもわ
かりますが、得られるメリットもそれなりにあるのではないでしょうか。
BCP策定の必要性
少なくとも中小企業においては、BCPを策定済みの企業はまだ少数派です。しかし、東日本
大震災を機に、大企業を中心にBCPを活用する動きが進んできています。そして、BCPを策定
する際に、自社だけでなく仕入先や外注先などの復旧予測をしておくのは、当然のことといえるで
しょう。そのため、下請業者はもちろん、川上や川下にいる取引先との付き合い方を検討する際
に、その業者がBCPを策定しているかどうかというのは、ひじょうに重要なポイントになって
きます。
そのようなわけで、中小企業においても、BCPを策定する必要性はますます高まっていくと
考えられます。
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BCP事業継続達成度チェック
現時点で質問のすべてにチェックが付くのであれば、貴社の事業継続レベルはかなり高いとい
えるのではないでしょうか。
□ 器具の固定や設備の補強といった地震対策をしていますか?
□ 停電時でも確実に情報収集できる設備を用意していますか?
□ 安否確認方法と発動する基準を全社員が把握していますか?
□ 災害時における自分の役割を全従業員が理解していますか?
□ 本社が使用不可となった際に拠点となる施設はありますか?
□ 災害時に連絡するべき関係者のリストを用意していますか?
□ 災害時の限られた資源で優先的に復旧する事業は何ですか?
□ 優先事業を復旧するために必要な資源を把握していますか?
□ 復旧までの予測時間を取引先に即答することができますか?
□ 被災と復旧の状況を発表するためにHPを更新できますか?
□ 取引先が被災して機能しない場合の対策は考えていますか?
□ 災害により発生した修繕費の支払期限を把握していますか?
□ 一時的に売上が減少した際に資金繰りを回していけますか?
□ 競合より早く復旧したことによる受注増に対応できますか?
□ 災害が落ち着いた後に従業員のメンタルケアができますか?
BCPを策定して検証と改善をくり返すことによって、これらの項目すべてに自信を持って
チェックが付けられるような体制を整えたいところです。
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