8-1 8.置換基の電子的性質−誘起効果と共鳴効果 8.1. 誘起効果 Inductive Effect (I効果) σ結合を通じて伝わる極性結合と隣の結合との相互作用 電気陰性度の差が重要 1) 陰性の原子(置換基)による場合(-I効果) δδδ+ C δδ+ C C C δ+ C C δ− X X X: Halogen, OH, OR, NR2, COR, NO2 .... 電気陰性度大:-I効果大 2) 陽性の置換基による場合 (Li, B, Mg. Al etc.)(+I効果) 例) δδ− δ− C C δ+ BR 2 電気陰性度小:+I効果大 3) 炭化水素基(R, Phなど)の場合:結合相手の状況により電子を与えられたり 引っ張られたりする。 C C R R 特徴 ・距離と共に減少:結合を三本挟むと影響なし ・ σ結合を経由:単結合だけでなくあらゆる結合を通して伝わる 8-2 8.2. 共役系 Conjugated System と電子の非局在化 delocalization of electrons 共役系 Conjugate System: π結合、非共有電子対 Lone Pair 、空の p軌道が1個の単結合 �と交互に並ぶ。 �電子の非局在化 delocalization が起こる。 1)�非局在化エネルギー delocalization energy:非局在化による安定化の大きさ モデル)pentadienesの水素化熱 Heat of Hydrogenation a) 1,3-butadiene CH2 CH CH + 2H2 CH2 -28 kJ mol -1 1,4-pentadiene 非局在化エネルギー + 2H2 -254 kJ mol-1 1,3-pentadiene -226 kJ mol-1 pentane b) benzene 非局在化した構造 モデル)cyclohexeneの水素化熱 Heat of Hydrogenation 1,3,5-cyclohexatriene (仮想的な構造) cyclohexene + 3H2 -119 x 3 = -357 kJ mol-1 -151 kJ mol -1 非局在化エネルギー + 3H2 benzene + H2 -119 kJ mol-1 -206 kJ mol-1 cyclohexane 2) その他の共役系 a) 非共有電子対 lone pair H 2C C H allyl anion CH2 三中心4π電子系 δ H 2C C H δ CH2 非共有電子対の非局在化→負電荷の非局在化 b) 空のp軌道 vacant p orbital H 2C C H allyl cation CH2 三中心2π電子系 δ H 2C C H δ CH2 空軌道の非局在化→正電荷の非局在化 8-3 8.3. 共鳴 Resonance 古典的な構造式を用いてπ電子の非局在化を半定量的に表現する 1)共鳴式:古典的な構造式の集合体 共鳴式 表す構造 各構造式は限界構造式 Canonical 実際の電子構造は限界構造式 Canonical Structures を足し合わせたようなもの(共 Structure( π結合や電荷が完全に局 在化した仮想的な構造式) 鳴混成体 Resonance Hybrid) (a) 1,3-butadiene CH2 CH CH (i) CH2 CH2 (ii) CH (i) CH CH2 CH CH CH2 (ii) CH2 2) 共鳴式の描き方 CH2 CH CH CH2 重要 (1) 電子を動かすことにより生まれる電荷(形式電荷 Formal Charge)は○で囲んで表す。 (2) 各限界構造式の間は一本の両矢印でつなぐ。 (3) 限界構造式全体を角カッコで囲む(しばしば省略される)。 (4) 電子の移動を表すときは曲がった矢印を用いる。 3) 共鳴式を描くときのガイドライン (1) 共役系 Conjugate System: π結合、非共有電子対 Lone Pair 、空の p軌道が1個の単結合 �と交互に並ぶ (2) 原子核やσ結合の位置は変化しない (3) 原子の混成状態は変化しない (4) 価電子殻に収納可能な電子数を超えない(第2周期原子は8個) (5) π電子と非共有電子対の電子数の和は変わらない 8-4 (b) naphthalene (他の限界構造式を描いてみよ) (c) 電荷をもつ場合 2-propenyl = allyl δ CH2 CH CH2 CH2 CH CH2 CH2 δ CH CH2 allyl cation δ CH2 CH CH2 CH2 CH CH2 CH2 δ CH CH2 allyl anion 練習問題 (1) CH2 (2) + (3) CH2 C CH2 CH2 (4) CH2 (5) CH2 (6) CH CH2 8-5 8.4. 共鳴効果 Resonance Effect(R効果) π電子の分布の偏りの非局在化(「π電子系の共鳴による」と考えた名残り) a) 陰性原子を含む基 (−Rの置換基) δ− δ+ CH2 CH X δ+ CH2 CH Y CH2 δ+ δ− X Y CH X Y C CH2 C X CH X Y δ+ C C C C C δ+ δ− X Y C C C X C C C Y δ+ δ− (左を上から見た図) 陰性原子にπ電子が引っ張られる。 正電荷が非局在化 C Y C C X C Y C X Y X=Yにあてはまる官能基: NO2, COX, COR, SO3H, ...... O π電子求引基 π-Electron-withdrawing Groups O C O X C R S OH O 例)nitrobenzene O O N N O O 2 O N δ− O O δ+ δ+ N δ− O: O O N N O O δ+ N O O オルト位とパラ位に正 電荷が非局在化 δ+ 8-6 b) 非共有電子対を持つ基 (+R基) Unshared Electrons CH2 CH δ− Z CH2 CH Z δ+ CH2 CH Z δ+ δ− 非共有電子対はπ分子軌道に流れ込む。 注意:Z原子による(-I)誘起効果と混同しな いこと! 負電荷が非局在化 C C Z: C C Z C C C C Z C C C C Z NR2, OR, Halogen πオービタルに対する電子供与基 Electron-donating Groups 例)aniline H N H H H N N H N H H H H δ− N δ+ オルト位とパラ位に負 電荷が非局在化 H δ− δ− c) 共鳴効果 Resonance Effect の特徴(重要!) 1) 一原子おきに効果が及ぶ 2) 効果を及ぼす基からの距離に影響されない:πオービタル間の相互作用大きいため (補足)非共有電子対を持つ原子の混成状態 amines carbanions: C− N 通常はsp3 π電子系と共役するとsp2 N 8-7 8.5. 共鳴構造 Resonance Structures から実際の電子状態を知る 共鳴構造:実際の電子状態(共鳴混成体)に対する寄与の大きい限界構造式 1) 二重結合の数が多い:電子の非局在化大 2) 電荷の非局在化大:形式電荷が離れて存在 3) 負の形式電荷が陰性原子に CH2 CH2 CH2 寄与大 CH2 CH2 CH2 寄与なし 寄与なし CH CH CH2 CH2 寄与大 CH2 CH CH CH2 CH2 CH CH CH2 寄与小 寄与小 ..... 寄与大 CH2 寄与大 O CH2 CH2 O CH CH2 O CH 寄与大 CH O CH2 寄与小 O 2 N 寄与大 O N N ..... 寄与小 寄与小 H N N H H ..... 寄与小 寄与の大きな限界構造式の数が多い π電子の非局在化大きい CH O O H CH 寄与やや大 O O 寄与大 O 寄与なし 寄与小 CH 寄与なし 寄与小 CH2 寄与大 ..... 重要 π電子系の安定化大きい O (資料 8-7 の補足) 各限界構造式の、実際の構造(π電子の非局在化した分布)に対する「寄与」 共鳴の考え方では、共役系をもつ分子の実際の構造(π電子や電荷の分布)は、各限界 構造式が混ざり合った(重ね合わせて平均した)ような構造(共鳴混成体)であると考え る。しかし、このとき混ざり合う割合は同等ではないことが多い。 もし同等だと考えるとどのような不都合が起こるか。たとえば 1,3-ブタジエン(上から 2つ目の式)では、描かれた3つの限界構造式のうち右の2つでは、C-2 と C-3 の間に二 重結合があり、C-1 と C-2 の間、C-3 と C-4 の間に二重結合がある限界構造式は1つしか ない。もし同等に混ぜ合わせるとすると、4個のπ電子のうち半分が C-2 と C-3 の間に分 布し、C-1 と C-2 の間や C-3 と C-4 の間よりも多く分布することになる。これは言うまで もなく実態と合わない。実態に合うようにするには、共鳴混成体を考える時に、二重結合 が数多く存在する左側の構造の方がより大きな割合で混ざり合うように(結果として、左 側の構造の方により近くなるように)する必要がある。このように、実際の構造(共鳴混 成体)がどうであるかを考える時に、より大きな割合で混ざり合う(実際の構造により近 い)限界構造式を「寄与の大きい」限界構造式という。限界構造式のうちから寄与の大き いものを見つけ出すための基準が、3〜5行目に記されている。 実際の構造(π電子や電荷の分布)を考える際には、まず寄与のもっとも大きい限界構 造式(たいていは古典的な構造式そのもの)を出発点として選び、これに、その次に寄与 の大きい構造式(複数のこともある)の影響を少し付け加える。ほとんどの場合は、これ だけで実際の構造を半定量的に(ある程度の正確さで)表すことができる。たとえば、2プロペナール(上から5つ目の式)では、もっとも寄与の大きい左端の限界構造式に、2 番目に寄与の大きい右端の限界構造式の影響を付け加えると、C-1 と C-2 のπ電子が少し 分布することや、C-3 がδ+であることになり、これは実態に合っている。C-1 もδ+であ ることは、左端の限界構造式で結合の極性を考慮に入れれば(あるいは真ん中の限界構造 式の影響を付け加えれば)説明できる。 (補足)共鳴の考え方の限界 共鳴の考え方では、たとえ寄与の大きさを数値化したとしても実際のπ電子の分布をさ らに正確に求められるようにはならなかった。また、ベンゼン以外の環状共役π電子系が 示す芳香族性(シクロデカペンタエンなど) ・反芳香族性(シクロブタジエン、シクロオク タテトラエンなど)を区別できなかった。このため、理論的により正確な Hückel(ヒュッ ケル)分子軌道法に取って代わられた。これについては3年次の「分子設計」で学ぶ。 それでも、極性基をもつ比較的簡単な有機化合物の性質を定性的に理解するには十分に 有効なので、共鳴の考え方は、極性効果・誘起効果などと共に、有機電子論の一部として (限界を理解した上で)現在も使われている。 8-8 演習問題 反応中間体と共鳴:次の各化学種の共鳴式を描き、電荷の非局在化の様子を示しなさい。 (1) CH2 CH (2) (3) (4) CH2 CH2 CH 3 O ClCH2 CH2 CH (5) CH CH2 Cl H (6) Cl H 3CO H (7) O Cl C H H CH 3 (8) CH2 C O (9) N(CH 3)2 (10) (11) H C H 3C OC2H 5 C C O O H 3C H CH C OH (12) CH 3 H 2C CH C O
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