平成27年度 発電用原子炉等利用環境調査 (原子力産業動向調査)

平成27年度
発電用原子炉等利用環境調査
(原子力産業動向調査)
2016 年 3 月 31 日
要約
今後の原子力産業政策・原子力技術開発のあり方を検討に資するため、福島第一原子力発
電所事故後の国内外の原子力産業の動向を調査した。
1.国内外の原子力産業動向
(1)各国の動向
まず、海外主要国の原子力開発動向を調査した。調査の対象は米国、ロシア、中国、ベト
ナム、UAE、韓国の7か国である。特に着目すべき情報として以下が挙げられる。
 米国においては、安全保障上の理由により「外国人または外国政府等により所有、支
配されている者への原子炉や濃縮施設等の許認可発給を禁止する」(原子力法第 103
条)としてきたが、産業界からの要請もあり、これを見直す動きがある。2015 年 5
月 4 日には、法律・規制は変更せず、審査文書の見直しと規制ガイドラインの策定
を決定した。 また、米国 DOE のアニュアル・エネルギー・アウトルック 2015 の
レファレンスケースでは、新設 5 基、運転プラントの寿命 80 年までのばすことで、
原子力発電量は微増するとされている。

中国は、2015 年時点で、建設中と計画中を合わせると 60 基以上とされており、原
子力を強力に推進している。 また、中国は、原子炉の輸出を国家戦略と位置付けて
おり、国産の原子炉(華龍 1 号、CAP1400)の輸出に向けて、各国と交渉を進めて
いる。

ベトナムは原子力の導入準備を進めてきており、2010 年には日本がニントァン第二
の協力パートナーに選定されたが、
その直後に福島第一原子力発電所事故が発生した。
その影響もあり、ニントァン第 2 サイトについては、2013 年には炉型選定の議論、
2015 年には地質専門家などからの異論がでるなど、計画は大幅に遅れている。

UAE では、2008 年に政府が原子力の平和利用を宣言して以降、制度の整備やプラン
ト建設が着実に進行しており、2015 年 3 月 26 日には 1~2 号機の運転許可申請が行
われた。

韓国の原子力は、発電容量は LNG ガスを下回るが稼働率が高いので発電量としては
最も大きい。2015 年時点で 24 基が運転されており、4 基が建設中で、4 基の建設計
画がある。なお、Kori(古里)1 号機については、廃止措置を決定し、その準備を進
めている。また、使用済燃料問題については、これまであまり議論されてこなかった
が、2013 年に公論化委員会が発足し、本格的な議論が始まっている。2020 年までに
地下研究所の敷地を選定し、2030 年からは実証研究を始める計画である。
(2)核燃料サイクル
核燃料サイクルについては、その歴史的な経緯を調査した上で、高レベル廃棄物処分や中
間貯蔵の課題についても調査した。特に着目すべき情報として以下が挙げられる。
 高レベル廃棄物処分について、最も進んでいるフィンランドでは、すでにオルキルオ
トに候補地を確定し、将来の処分場の一部となりえる形で研究施設が作られている
(オンカロ)。 選定の際の環境影響評価では、単に自然環境に対する保護ということ
ではなくて、その地域の経済とか社会にどんな影響を与えるか、また景観といった価
i
値にどう影響を与えるかといったような総合的な評価が行われた。オルキルオトは原
子力発電所があり、もともと住民の原子力に対する受容性が高かった上、この環境影
響評価をつくる過程で、地元住民とのコミュニケーションというのが非常に進んだ。

再処理や最終処分が順調に立ち上がらない中、中間貯蔵の重要性が増してきている。
海外においても中間貯蔵の重要性が認識されており、IAEA では福島第一原子力発電
所事故を受けて、貯蔵安全指針(No.SSG-15:Storage of Spent Nuclear Fuel)に
ついて、設計基準を超える事象や 2 つ以上の起因事象の組み合わせを考慮するよう
勧告が出された。また、米国では、DOE の検討報告書において、2021 年にパイロ
ットスケールの中間貯蔵施設を作り、2025 年に大容量中間貯蔵施設を運開させ、
2048 年には処分施設を運開させる計画が出されている。
(3)その他(廃止措置、核不拡散、核セキュリティ等)
国内でも新たに5つのプラントが廃止措置を決定したことをうけて、廃止措置重要性が増
してきている。
また近年、
原子力の途上国への拡大や核テロリズムの脅威の拡大などにより、
核不拡散、核セキュリティの重要性が増してきていることから、これらに関連する調査、及
びチェルノブイリに関する調査を行った。特に着目すべき情報として以下が挙げられる。
 チェルノブイリ原子力発電所の周辺は現在でも立入禁止区域となっている。
立ち入り
禁止区域については、当初は単なる避難区域であったが、近年では、廃棄物処分に関
わる施設やバイオマス焼却炉を誘致するなど、積極的な利用が進められている。
2.原子力の次世代技術
原子力の次世代技術として、安全性の向上に向けた取り組みや、将来を見据えた開発目標
について調査をした。主特に着目すべき情報として以下が挙げられる。
 サイバーセキュリティ対策も重要である。以前はネットワークに接続されていないた
め安全と考えられていたが、今後それだけで不十分なことは明らかであり、以下のよ
うな攻撃等に対する対策を進める必要がある。
 原子力施設の運転制御系システムを破壊するサイバー攻撃
 原子力施設や核燃料サイクル施設の機能に影響を与える破壊行為
 原子力の機密情報を収集し悪用するサイバースパイ行為
3.原子力を巡る環境変化
原子力をめぐる環境変化には様々なものがあるが、
ここでは再生可能エネルギーの大量導
入にともなう電力需給調整力と電力自由化の実情を中心に調査を行った。前者については、
電力モデルによる分析、火力・原子力の調整力について調査した。後者については米国の現
状及び容量市場の動向、ドイツ原子力法の近時の動向について調査した。中でもドイツ原子
力法については以下のような知見が得られた。
 ドイツにおいては、これまでは社会に受容されていた低発生確率のリスク(いわゆる
残存リスク)についても規制で取り扱おうとする動きや、バックフィット制度の導入
に向けた動きなどがある。これらについては、学説上の一致は得られていない。

福島第一原子力発電所事故をうけて、政府がモラトリアム政策を出したが、それに対
ii
する訴訟が行われた。その結果、モラトリアムに至る手続きについても内容について
も違法であると判断され、最終的に連邦行政裁判所でも結論が支持されている。
4.原子力の社会受容性
福島第一原子力発電所事故を経て、
原子力の社会受容性に関わる課題の重要性が増してき
ている。この点に関連し、正しい知識教育、正確な情報発信のあり方、福井県を事例とした
原子炉と地域経済との関係に関連する調査を行った。特に着目すべき情報として以下が挙げ
られる。
 原子力学会においては、初等・中等教科書の内容を精査し、誤った印象を与える記述
があればその改善を促す活動が行われてきている。
例えばある教科書にはチェルノブ
イリについて、
「事故後 5 年以上たっても白血病や甲状腺ガンなど深刻な後遺症に苦
しむ人々を増加させている」という記述があるが、白血病が増えた事実は公的機関か
ら報告されていない。
最近の活動成果は平成 27 年 3 月に提言としてとりまとめられ、
文部科学省、教科書協会、医者等に提出・送付された。このような記述を粘り強く指
摘し、正しい知識を教育していくことは原子力の社会受容性の向上に重要である。

1970~80 年代、多くのプラントが建設され、地域経済への大きな期待があった。し
かし、現実には効果はそれほど大きくなく、かつ一過性のものであった。1990 年代
は、複数基が立地され、自治体の経済のかなりの部分を占めるようになった。地域経
済としては、
原子力からの収入があるうちに原子力に頼らない経済を構築するのが理
想であったが、
現実にはそのビジョンを描く前に福島第一原子力発電所事故が起こり、
縮小期を迎えてしまった。今後新たなビジョンを構築していく必要がある。
原子力の社会受容性を考えていく上では、他分野のリスク管理を参考にすることも重要で
ある。原子力とも共通点があると考えられる以下の2分野について調査を行った。
 化学産業:化学産業は 1970 年以降事故を繰り返し起こしており、そのたびに原因究
明、対策、規制強化などが行われてきている。規制対応に加えて、レスポンシブル・
ケア活動といった自主的な取り組みが社会受容性向上に寄与している。

航空産業:航空機は第二次大戦前、航空サービスに利用されていた折にはパイロット
の平均余命が 4 年で、確率にすると 80 回に 1 回の死亡事故を起こしているという状
況であった。その後様々な改良により、現在は 100 万回当たり世界平均で 0.5 件と
なっている。近年の事故を分析すると、実は技術の頂点、いわゆる最先端の技術で起
きているのではなく、ほとんどが最先端の技術を支える中間、底辺や裾野の領域で起
こっている。その意味で、どんなに技術が進んでも、基本作業、つまり基本手順をき
ちんと守ることの重要性は共通していると考えられる。
5.他のエネルギーにおける状況との対比に関する事項について
他のエネルギーに関する調査のうち、産業向けのIoT(Internet of Things)の活用事例
として、General Electric社(GE)のインダストリアル・インターネットについて調査した。
 IoT は、産業用機器やインフラにセンサーを取り付け、そこから出てくるデータを収
集し、ソフトウエアを駆使して分析し、それをワークフローに展開するというもので
iii
ある。取り扱うデータは一般に膨大であり、かつ高度なセキュリティや高速応答性が
必要となる。GE では、航空機エンジンやウィンドファーム、火力発電用ガスタービ
ンなど製造メーカーとしての強みがある分野において、事業展開を進めている。
iv
目次
1. はじめに .......................................................................................................................... 1
1.1 目的 ............................................................................................................................. 1
1.2 内容 ............................................................................................................................. 1
2. 国内外の原子力産業動向 ................................................................................................ 2
2.1 世界の原子力事業の現状............................................................................................. 2
2.1.1 アメリカ ...................................................................................................................... 2
2.1.2 ロシア ......................................................................................................................... 7
2.1.3 中国 ........................................................................................................................... 10
2.1.4 ベトナム .................................................................................................................... 14
2.1.5 UAE ........................................................................................................................... 18
2.1.6 韓国 ........................................................................................................................... 21
2.2 核燃料サイクルの現状 .............................................................................................. 25
2.2.1 日本の再処理技術の歩み .......................................................................................... 25
2.2.2 高レベル放射性廃棄物処分の現状と課題 ................................................................. 27
2.2.3 使用済燃料貯蔵の現状と課題 ................................................................................... 32
2.3 原子力発電所の廃止措置の現状................................................................................ 36
2.3.1 国内外の動向............................................................................................................. 36
2.3.2 チェルノブイリの廃止措置 ....................................................................................... 39
2.4 核不拡散・核物質防護の現状 ................................................................................... 43
3. 原子力の次世代技術...................................................................................................... 48
3.1 原子力施設の安全性向上........................................................................................... 48
3.1.1 軽水炉の安全の考え方 .............................................................................................. 48
3.1.2 安全性の向上に向けての研究 ................................................................................... 51
3.1.3 サイバーセキュリティ .............................................................................................. 55
3.2 新型炉開発の動向について ....................................................................................... 60
3.2.1 次世代軽水炉............................................................................................................. 60
4. 原子力を巡る環境変化 .................................................................................................. 64
4.1 発電設備等の需給調整力の向上への取組み ............................................................. 64
4.1.1 再生可能エネルギー大量導入と需給調整力 ............................................................. 64
4.1.2 火力発電の需給調整能力 .......................................................................................... 68
4.1.3 原子力発電の需給調整の可能性................................................................................ 71
4.2 電力自由化における電気事業 ................................................................................... 75
4.2.1 アメリカの電気事業の現状 ....................................................................................... 75
4.2.2 容量市場について ..................................................................................................... 79
4.2.3 ドイツ原子力法の近時の動向 ................................................................................... 82
5. 原子力の社会的受容性 .................................................................................................. 87
v
5.1 初等中等教育段階における原子力教育 ..................................................................... 87
5.2 ジャーナリズム・メディアの原子力報道 ................................................................. 93
5.3 立地地域の現状 ......................................................................................................... 96
5.4 他分野の安全から学ぶ .............................................................................................. 99
5.4.1 化学プラント............................................................................................................. 99
5.4.2 航空機 ..................................................................................................................... 102
6. 他のエネルギーにおける状況との対比に関する事項について.................................. 107
6.1 太陽光発電 .............................................................................................................. 107
6.2 燃料電池自動車 ........................................................................................................ 111
6.3 産業向けの IoT 活用事例 ..........................................................................................116
6.4 畜電池の需給調整能力 .............................................................................................119
7. おわりに ...................................................................................................................... 123
vi
1. はじめに
1.1
目的
平成 26 年 4 月にエネルギー基本計画が閣議決定され、原子力は重要なベースロード電源
と位置付けられ、原発依存度は省エネルギー・再生可能エネルギーの導入や火力発電所の効
率化などにより、可能な限り低減させることとされた。従って、同計画の実現に向け検討を
進めていく必要がある。
今後の原子力産業政策・原子力技術開発のあり方を検討するに当たり、福島第一原子力発
電所事故後の国内外の原子力産業がどのように変化しているか、原発依存度が低減する中、
事業者がどのようなリスクに直面し、どのように対応していくべきなのか、海外の原子力政
策がどのように変化しているのか、などについて、他のエネルギーにおける状況との対比な
どマクロな視点での基礎的な情報収集・分析を行うとともに、各国における原子力産業の位
置付け、体制等に関する情報収集を行う必要がある。
本調査は、
国内外の原子力産業の状況変化を把握し、
課題について調査分析を行うことで、
今後の我が国の原子力産業政策の立案に役立てることを目的とする。
1.2
内容
国内外の原子力産業・政策の状況に関連して、下記項目を中心に、関係者、有識者への
ヒアリング調査及び勉強会を実施した。
① 国内外の原子力産業の動向
・世界のエネルギー安全保障について
・原子力事業・電力事業体制について
・世界の原子力政策について
② 原子力の次世代技術
・新型炉開発の動向について
・安全技術について
・核燃料サイクルについて
③ 原子力を巡る環境変化
・規制、金融、事故リスクについて
・電力自由化と原子力について
・地球温暖化対策、低炭素戦略と原子力
④ 原子力の社会的受容について
・地域とリスクコミュニケーションについて
・メディアと社会的受容性について
⑤ 他のエネルギーにおける状況との対比に関する事項について
・電気事業(発電、送電、小売)について
・化石燃料の調達について
※本文中の図は、勉強会資料から講師の許可を得て記載したもの
1
2. 国内外の原子力産業動向
国内外の原子力産業の動向として、海外主要国の動向を把握することは重要である。2.1
節では、アメリカ、ロシア、中国、韓国における原子力産業の現状と課題を示す。2.2 節で
は、核燃料サイクルの現状として、国内の核燃料サイクルの歴史的経緯や、中間貯蔵、高レ
ベル放射性廃棄物処分など、使用済燃料問題に関わる課題について述べる。2.3 節では廃止
措置に関わる課題として、国内外の動勢と、チェルノブイリの状況をのべる。2.4 節では核
不拡散・核物質防護について述べる。
2.1
2.1.1
世界の原子力事業の現状
アメリカ
(1) 米国の原子力発電プラントの国内新設状況
米国においてはスリーマイル島(TMI)原子力発電所事故(1979.3)以降、30 年にわたり
新設が滞っていた。近年、官民を挙げて原子力の復興を目指し、
「原子力ルネッサンス」と
よばれる時期もあったが、以下に見るように必ずしも順調とはいえない状況にある。
1)米国原子力界の停滞と原子力ルネッサンス
米国では、TMI 事故(1979.3)によって、規制要求が厳格化し、同時に巨額の建設コスト
も電力のインセンティブを抑制、100 以上の新設計画が頓挫した。結果として以降 30 年間
の新設不在をもたらすことになった。新設に代わって“稼働率向上、供用期間延長及び出力
向上”による原子力発電量の増加を積極的に行ったが、新設 7 基分相当の設備容量を生み出
したに過ぎなかった。そこで、原子力ルネッサンスを目指し官民挙げた“ニュー・スタート・
プログラム”として、DOE 資金の投入も含む電力共同研究(“パッシブ安全系”の開発推進)
を立ち上げ、ウェスティングハウス社の AP1000 と GE 社の ESBWR 新設プロジェクトが
始動した。
NRC も“標準型式認定”(DC: Design Certification)及び”建設・運転一括認可”(COL:
Combined Operating License) 審査方式を導入した。
2)ボーグル、VC サマーの誤算
米国企業の 30 年に亘る新規建設の不在は、一つは審査員レベルを未成熟にし、AP1000
は当初申請から 8.5 年を要した。二つは、機器製造能力の海外流出を背景としてリスク回避
のビジネススキームが過度になり、EPC コストの不必要な高騰と建設工程の遅れを招いた。
これに、シェールガスの出現が加わったことにより原子力の相対的経済優位性が後退した。
結果として、電力事業者のインセンティブは低下した。
DOE ローンギャランティーは、
長時間の手続きと過重な制約条件があり、実態としては、
ボーグル 3、4 号の当初建設費 96 億ドルが、今は 110 億ドルになり、VC サマー2、3 号も
総工費 12 億ドルぐらいの増加で認可されている。
2
3)GE 社の ESBWR 審査の現実
ESBWR の審査は 2005 年 8 月に申請されたが、審査には時間を要していた。2009 年に
ESBWR が、UAE 商談で韓国に敗退した原因は、商談アプローチの相違もあるが、当時
DC が未取得であり「NRC のお墨付き」という有利性を発揮できなかったことも一因であ
った。そのこともあって、ESBWR の審査方式は輸出を意識した方式へと切り替えられ、
申請から約 9 年後の 2014.10.6 に DC 取得に至った。フェルミの COL は、2015.4.30 に認
可発行された。
4)海外原子炉メーカーの型式申請(DC)への参入と苦杯
Areva(EPR)、三菱重工業(USAPWR)
、東芝(ABWR)にも、DC 審査の大幅な遅れ
が出ている。Areva(EPR)は 2015.3.27 に審査中断した。最近、STP (South Texas Project)
向けの ABWR については、NRC は 2016.2.9 に COL 発給認可を承認する評決を行った。
NRC は電力不在を理由に韓国の APR1400 申請受理を先延ばしていたが、その審査も開始
された。
5)海外資本電力の建設・運転一括認可(COL)申請への障壁
原子力法(AEA)第 103 条(商業用許認可)d 項「外国人または外国政府等により所有、
支配されている者への原子炉や濃縮施設等の許認可発給を禁止する」は、安全保障上の懸念
に根差すものである。しかし、原子力産業界(NEI)は、外国資本は資金調達上重要でこと
あるから、
国家セキュリティに反する出資でなければ自動的に禁止すべきではないと主張し
ている。NRC は外国支配に関するガイドラインを見直した結果、2015 年 5 月 4 日に、法
律・規則は変更せず、審査文書の見直しと規制ガイドラインの策定を決定した。
(2) 米国のエネルギー予測と原子力発電への政策支援
1)米国特有の原子力発電所の経済性と廃炉との相関
シェールガスの出現によって原子力の相対的経済優位性が低下したうえ、
総建設コスト高
騰による企業採算悪化と経済リスク増大している。
米国特有の電力料金体系により原子力経済性に極端な差がある(地域差、O&M コストの
プラント差、規制電力事業と非規制電力事業)が、各電力は O&M コスト低減に努力し、
多くのプラントは経済性を維持し運転を継続中である。
図 2.1.1- 1 の左側のグリーンの棒グラフは、発電所の発電単価であって、プラントによっ
て大きな差があることを示す。例えば一番高いグループは、60$/kWh 以上ある。これは、
小さいプラントを 1 基しか持っていないところである。他方、一番左の 30$/kWh 以下のと
ころは、4 ループ PWR を複数基も持っているような大きな州である。左側の横軸の赤い線
は、売電単価である。上の線 2 本は東側のエリアであり、バージニアや、カロライナの辺
では売電単価が 40$/kWh 超えている。このような州で、発電単価を 30$/kWh などにすれ
ば、大きな収益を生む。逆に、インディアナ、パロベルデ、ヒューストンやテキサスなどの
中央から西の辺は電気料金が非常に低く 30$/kWh 程度なので、効率良く運転しても赤字と
3
なってしまう。
右のグラフの赤い棒は、それぞれ、天然ガス価格が MMBtu あたり 3.5 ドル、5 ドル、6
ドルの場合の発電単価を示している。現在の、天然ガス価格は MMBtu あたり 3 ドル程度
であり、発電単価は 40$/kWh 程度ある。これが MMBtu あたり 6 ドルを超えてくることに
なれば、発電単価は 60$/kWh を超え、原子力の発電単価を上回ることとなる。
図 2.1.1- 1 米国の発電コストと電力価格の構造
2)廃炉の最近の全般状況
1979 年 3 月の TMI 事故以降、運転プラントと同等数の新設計画がキャンセルされた。
福島第一原子力発電所事故を受けての NRC からの追加安全対策の要求はコスト増の要因
になるとの危惧があり、2013 年から改良計画 5 件・新設計画 6 件がキャンセルになった。
エネルギー需要の伸び悩みと天然ガス価格低下により、
先ずは中西部で古い石炭火力の廃止
が続出し、原発についても、地域により採算が悪いものは廃炉にすることとなり、5 基が恒
久停止となった(クリスタル・リバー3(フロリダ州)、キウォーニ(ウィスコンシン州)、
サンオノフレ 2&3(カリフォルニア州)
、バーモントヤンキー(バーモント州))。
3)DOE のエネルギー予測と原子力関連数値の裏側
DOE アニュアル・エネルギー・アウトルック(AEO)2015 のレファレンスケースでは、
原子力発電量は微増、比率は微減するとされている。新設は、5 基であり、運転中プラント
の運転期間を 80 年まで延ばして対応している。
4)DOE の債務融資保証プログラムと開発予算
債務融資保証 (2005 エネルギー政策法)は、2008 年第 1 回募集に 185 億ドルと決まり、
規制電力事業であるボーグルには、2010 年に 83.3 億ドル、2014 年に 65 億ドルが発行さ
れた。第 2 回募集は 2014 年にあり、原子力発電 106 億ドルのうち、ボーグルへの融資保証
の残額 18 億ドルが発行されている。
DOE 開発予算(2016 年会計年度要求予算:2015 年 10 月~2016 年 9 月)総枠 300 億ド
ル(2015 年会計年度成立予算の 9.2%増)の中でエネルギー技術は 50 億ドルである。これ
に含まれる原子力研究開発(原子力局)は 8.9%増の 9.08 億ドルである。
4
(3) 小型炉の状況
小型炉のそもそもの狙いとは、大型プラントの大規模な建設費のリスクを回避し、電力会
社への新設インセンティブを与えることであった。開発研究予算の確保(国立研究所、産業
界)
、原子炉メーカーの技術力・リソース維持、原子炉機器の米国内作化(内作可能な小型
原子炉機器の採用)は、米国主義にも沿っている。EPZ(非居住境界)を小さくできること
により候補地の制約を緩和でき、石炭炉代替(敷地境界が非居住境界)という特徴があり、国
立研究施設や軍の電源としても適切な規模であるといえる。
B&W 社の mPower が、2012 年 11 月、許認可技術支援(LTS)プログラムの第1回資金
提供公募(FOA)に選出された(5 年で 1.5 億ドル)。続いて、NuScale 社の NuScale が 2013
年 12 月の第 2 回資金提供公募に選出された(5 年で 2.17 億ドル)。
小型炉は、総建設費規模は縮小するけれども、出力当たり建設費は上昇し、既設原子力プ
ラントの代替とする為には複数ユニットの建設が必要というのが実態である。結局、民間の
電力事業者はあまり積極的ではなく、TMI-2 事故を起こした B&W 社のみが、陸用炉の市
場へ再進出の好機と捉えていた。
(4) 米国の原子力界の仕組み
1)規制(NRC)の仕組みと安全思想の基軸
NRC は第三者機関であり、その運営については、国会立法府が聴聞委員会を設けチェッ
クしている。NRC の審査内容の技術的側面については、第三者機関としての技術諮問委員
会(ACRS)に諮問する。NRC は運営にあたり徹底した公開性、透明性を維持している。
コミッショナーと審査実務スタッフは役割を明確に分担、コミッショナーを支える専門スタ
ッフ(法律と技術)を配置している。
規制に際しては、“コスト・ベネフィットのバランス”による判断が基本となる。決定論的
安全基準をベースとしつつも、リスク・インフォームド手法による残余のリスクの定量評価
と改善を志向している。この点について、アポストルキス・コミッショナー(当時)は「決
定論では、設計想定を超える事態が起きた途端、新たな設計想定を決めねばならぬ堂々巡り
の自己矛盾に陥る可能性がある。しかし、リスクアプローチは必要だが PRA も分からない
ものは分からず、魔法の玉手箱ではなく限界を知る必要はある」と発言している。
2)規制と産業界及び産業会内部の仕組み
福島第一原子力発電所事故の後、NRC は運転中のプラントを停止させなかった。その理
由はオステンドルフ・コミッショナーの発言に現れている。

TMI 事故及び 9.11 テロ以降、着実に対策を実施してきた

福島第一原子力発電所事故時も、先ず INPO がサイト訪問を実施、対策を自主的に
講じてきた(NRC と INPO の相互依存関係)

NRC の規制上の対応は、INPO の活動の後追いに過ぎない

今後も安全向上策を継続的に施すことで良い。
5
実際、福島第一原子力発電所事故後、INPO,NEI,EPRI は即座に分担を決め活動開始
した。INPO のエリス・プレジデント&CEO の発言は以下のとおりである。

INPO は Public Acceptance のために活動したことは一度もない

INPO は Public Acceptance を意識して発言したことも一度もない

INPO は発電プラントの”Operational Exelence”の為のみに活動している。
NEI は、NRC・DOE・DOS 等の政府、議会とのカウンターパートであり、NRC の新し
い規制制定や DOE の予算策定、DOS やホワイトハウスによる核不拡散や輸出規制等に対
等に対応している。
3)原子炉メーカーの生き残り戦略
ウェスティングハウス社は、民生企業として国内新設・海外輸出のメインプレイヤーを狙
っている。総合電機メーカーであり、かつては原子炉機器専用工場を保有し(蒸気発生器
(SG)、炉内構造物等)
、保守サービス、燃料製作・供給・交換も実施してきた。しかし、
TMI 事故後、長期にわたり新設ビジネスがなく、機器工場を閉鎖した。防衛については、
艦船特に空母の原子炉設計の主役であったが、防衛部門はノースロップ・グラマン社に売却
した(1996 年)
。Combustion Engineering(CE)社原子力部門を 2000 年に買収し、一時
期、元 CE 社幹部をウェスティングハウス社幹部に登用した。AP1000 の大型 SG は CE 社
のシステム 80+(1997 年 5 月 21 日 DC 取得)のコンセプト由来と考えられる。民生原子
力部門は英国 BNFL、後に東芝に売却した。原子炉機器は海外へ発注(AP1000 の大型 SG
は韓国 Doosan で製作)した。米国との良好な関係国市場に対し、海外ベンダーと組み輸出
へ活路を見いだそうとしている。
GE も、海外輸出のもう一つのメインプレイヤーを狙っている。総合電機メーカーであり、
タービン製作、保守、燃料の製作・供給・交換(Global Nuclear Fuel)も実施している。防
衛 分 野 で は 、 艦 船 特 に 原 潜 の 原 子 炉 設 計 の 主 役 で あ っ た が ( Knolls Atomic Power
Laboratory に委託)、NAPL はその後ベクテルグループの傘下になっている。民生用原子力
は日立と組み GEH、HGE を設立し、日立の製造技術に期待をしている。GE のビジネス戦
略から見て、国内新設ビジネスに踏み切るか疑問の声もある。米国との良好な関係国市場に
対し、海外ベンダーと組んで輸出活動を展開している。しかし、UAE での韓国への敗北教
訓をどう生かせるかがポイントといえる。
B&W は、小型炉旗手として原子力ビジネスの復権を狙っている。総合エンジニアリン
グ・重機械企業であり、蒸気ボイラー製造と保守が事業の中核。第二次大戦では米軍艦船の
ボイラーの主役であった。原子力産業には戦後参入し、PWR を主体に陸用・艦船用の原子
炉を製造した。ただし、事故を起こした TMI-2 号炉の原子炉メーカーであるため、事故以
降は、地歩が低下した。燃料供給ビジネス(Nuclear Fuel Service 社)は継続しているが、
原子力プラント供給からは撤退している。現在は小型炉開発に参入することにより、陸上炉
で復権する好機と位置づけている。
6
2.1.2
ロシア
(1) 原子力開発の特徴
原子力開発は戦後すぐに開始され、開発当初より、クローズド燃料サイクル路線で、高
速増殖炉開発を促進している。旧ソ連の崩壊により、一時的に原子力開発は低迷したが、
21 世紀に入り再び活発化し、原子力サプライチェーン全体を傘下に所有している国営原
子力企業「ロスアトム」が原子力全体を統括して強力に推進している。国内では、原子力
発電を拡大しており、現在の原子力発電シェアは 17%(運転中 34 基、約 2500 万 kW)
を、2030 年に 25~30%とする目標である。国際的には原子力輸出を政府首脳外交として
展開しており、人材育成、基盤整備、燃料サイクル、資金調達、時には軍事協力などを合
わせて行うトータルソリューションで対応している。
(2) 原子力行政体制
図 2.1.2-1 にロシアの原子力行政体制を示す。
図 2.1.2-1
ロシアの原子力行政体制
天然資源・環境省の下にある「環境・技術・原子力規制庁」(Gosnadzor)が、ロシアの安
全規制を監督する機関であり、原子力以外の規制も担っている。代表的な研究機関として、
ロシア国立センター「クルチャトフ研究所」があり、他の研究機関と違って省庁に近い立
場をもっている。また「国営原子力企業ロスアトム」は、ロシアの原子力産業を統括して
いる国営企業で、官庁レベルの組織となっている。
ロスアトムは、原子力の平和利用、軍事利用を一手に引き受けており、一般的な民生用
は「アトムエネルゴプロム」が一括で管轄している。アトムエネルゴプロムでは、技術面
のみならず、人材育成にも力を入れている。
「中央継続教育訓練研究所」
(SCICET)では、
発展途上国に原子力発電所を導入する際に、途上国から人材を招へいして、教育機関での
7
教育だけでなく現場での訓練を活用した人材育成を行っている。また、ロスアトムは、企
業でありながら、外交権限を持っており、他国との原子力協定などを結べる立場にある。
(3) 原子力産業動向
① 原子炉開発
ロシアの原子炉開発の将来ビジョンを図 2.1.2-2 に示す。
図 2.1.2-2
ロシアの原子炉開発
ロシアの熱中性子炉では VVER が中心で、新たに開発された VVER-TOI の国内外での
建設が予定されている。また、既設炉については、15~25 年の寿命延長が随時進んでお
り、原子力発電の拡大が進んでいる。
高速炉については、原子力の開発当初より推進してきており、現在でも積極的に進め
ている。原型炉 BN-600(出力:600MWe)は 1980 年の臨界以来 30 年以上の運転実績
であり、実証炉 BN-800(出力:800MWe)は 2014 年 6 月に初臨界に達している。また、
実証炉 BN-1200(出力:1200MWe)の計画も進められている。さらに、Na 冷却以外の
高速炉(Pb 冷却、Pb-Bi 冷却、マルチ(Pb、Na 等の使用が可能)冷却)の開発も進め
られている。
その他、浮揚型原発(KLT-40、現在建設中)、新たな原子力砕氷船の開発など、多彩な
原子炉開発を行っている。
② 燃料サイクル(フロントエンド)
8
フロントエンドでは、採鉱、転換・濃縮、加工のすべてを行っている。企業別のウラン
生産量では、ロシアの ARMZ-Uranium One(Uranium One はカナダのウラン資源企業
であるが、ARMZ が過半数株を取得)で世界シェアの約 14%を占めている。燃料の転換・
濃縮、加工では、ロシアの燃料企業であるトゥベルが大きな役割を果たしおり、ロシア、
欧州、アジアの 16 ヶ国の原発計 76 基に燃料を供給している。トゥベルは 2030 年にフ
ロントエンド部門の世界シェア 30~32%を目標にしている。
③ 燃料サイクル(再処理)
ロシアの再処理政策を図 2.1.2-3 に示す。現在は貯蔵中心であるが、資源の有効利用を
念頭におき、将来的には再処理を行う方針である。
図 2.1.2-3
ロシアの再処理政策
ロシアの再処理施設を表 2.1.2-1 に示す。
1971 年から、マヤクの再処理工場で、
VVER、
高速炉の燃料を含めた様々な燃料の再処理が行われている。RT-2 は、チェルノブイリ事
故の影響もあり中断していたが、新計画が進行中である。また、鉛冷却高速炉
(BREST-300)用の再処理工場を建設しようという動きもある。
表 2.1.2-1 ロシアの再処理工場
④ 原子力発電の輸出展開
ロシアは原子力発電の輸出戦略として、原発を建設するだけでなく、プラント寿命中
の運転管理サポート(燃料供給、保守、改修)、規制・インフラ整備、人材育成、原子力
9
産業の支援、資金面の支援など、幅広いサポートを行っている。
ロシアでは、29 基の海外プロジェクトが進行中であり、また、入札及び交渉中のもの
が 31 基と、積極的な原子力発電の輸出が展開されている。(図 2.1.2-4 参照)
図 2.1.2-4
2.1.3
ロシアの原子力国際展開
中国
(1) 原子力事業の概況
図 2.1.3-1 に中国の原子力事業の流れを示す。1 つ目の転換点は、計画経済下での行政と
企業の分離による競争構造の導入であり、核工業総公司の 3 分割(国家原子能機構(開発
行政)
、核工業集団公司(原子力開発)
、核工業建設集団公司(土木建設)
)が行われた。2
つ目の転換点は、2007 年の原子力中長期計画の策定であり、多数の企業が参入し競争がよ
り促進された。その後の四川地震からの復興やリーマンショック対応があり、生産設備の投
資が拡大されていった。しかし、福島第一原子力発電所事故の影響で原子力開発は減速傾向
となり、設備過剰状態となったため、合従連衡が進み、現在は輸出攻勢をかけている状況で
ある。
10
図 2.1.3-1 中国原子力のあゆみ
(2) 原子力開発計画と建設状況
福島第一原子力発電所事故後、原子力の長期的な目標や方針を示した各計画の中で、
「原
子力安全規制能力が原子力発電開発のスピードに見合っていない」、
「新規に建設される原子
力発電所は、世界でも最高の安全を要求し、第三世代炉の安全基準に適合しなければならな
い。
」
、
「第 12 次 5 ヵ年計画中(2011~15 年)は内陸での原子力発電所を着工しない」とい
った内容を盛り込むなど、中国では安全性に重点を置く姿勢がみられている。
「第 13 次 5 ヵ年」期(2016-2020 年)では、飛躍的な拡大を目指し、凍結されていた内
陸部での着工が、核安全法の成立を前提として開始される予定であり、広核集団有限公司で
は、今後 10 年間、毎年 1000 万~1500 万 kW の運転を開始する計画がある。中国では、2050
年の原子力発電設備容量を 4 億 kW とする計画を立てており(図 2.1.3-2)
、2015 年時点で、
建設中、計画中は 60 基以上となっている。今後も拡大路線が進んでいくものと考えられる
が、前述したように計画が規制に追いついていない、内陸部では住民の了解が得られていな
いなどの問題点もある。
11
図 2.1.3-2 原子力発電中長期見通し
(3) 原子力事業体制
原子力プラントの製造は、国家核電技術公司、核工業集団公司、広核集団有限公司の 3
社が行っている。3 大事業者はそれぞれ海外から導入した原子炉をベースに第 3 世代の大型
PWR を開発している。国家核電技術公司はウェスティングハウスの技術をベースとした
CAP1400、核工業集団公司及び広核集団有限公司は、フランスの技術をベースとして、そ
れぞれ、ACP1000、ACPR1000+を開発している。ACP1000 と ACPR1000+は中国政府
の主導で、設計統合され、
「華龍 1 号」が誕生、国内で 6 基が建設もしくは計画中である。
(図 2.1.3-3 参照)
図 2.1.3-3 各事業者の原子炉開発状況
12
主要な機器製造メーカーとしては、3 大原子力設備メーカー(上海電気集団、東方電気集
団、ハルビン電気集団)と 2 大重工(第一重型機械、第二重型機械)がある。特に、上海
電気集団及び東方電気集団は、圧力容器、蒸気発生器、炉内構造物、制御棒駆動装置など幅
広い機器について製作能力を有している。第一重型機械及び第二重型機械は、大型設備の製
造を行っている。現在、第二世代改良型及び第三世代原子炉の国産化率は 80%を超えてお
り、陽江 5、6 号機(ACPR1000)では、国産化率が 85%となっている。輸入しているの
は大口径の調節バルブや安全計測装置等の設備である。
(4) 核燃料サイクル
中国では、ウラン採鉱、転換・濃縮、燃料加工、再処理と、核燃料サイクルのすべてを実
施している。
ウラン採鉱については、核工業集団系、広核集団系が争いながら、海外への権益拡大を進
めている。また、国内のウラン資源は確認資源が 26.5 万トン U、潜在資源が数百万トンと
されている。ウランの転換・濃縮については、2200tSWU(2013 年時)の濃縮能力をもっ
ており、
将来の大幅な需要増加を考慮して、この能力は増強される予定である。
燃料加工は、
海外技術を導入し国産化しており、国内需要を賄うことができる設備容量を有している。商
業用の再処理は Areva の技術を導入しようとしており、2010 年より、年 50 トン規模のパ
イロットプラント(Purex 法)が運転されている。2025 年には、800 トン/年の商業プラン
トが運転を開始する予定である。
(5) 原子力輸出
2013 年 10 月の「原子力発電企業の科学発展を支える強調活動メカニズム実施計画」の中
で、原子力輸出を国家戦略として位置付け、その後、2014 年 1 月に、3 大事業者を中心と
して「中国原子力発電技術設備輸出産業連盟」が設立された。3 大事業者は、現在以下のよ
うな国と交渉を進めている。
核工業集団公司:
「華龍 1 号」
(輸出名は「HPR1000」
)
パキスタン、アルゼンチン、ブラジル、エジプト、イラン(ACP100)等
広核集団有限公司:
「華龍 1 号」
イギリス、タイ、マレーシア、ルーマニア、ケニア等
国家核電技術公司:
「CAP1400」
南アフリカ(広核集団有事公司と提携)
、トルコ等
13
2.1.4
ベトナム
(1) ベトナムの概要・電力動向と原子力開発経緯
1)ベトナムの概要、歴史、原子力開発背景
、
ベトナムは、人口(約 9,073 万人)
、国土(面積約 33 万 km2、南北に長い 1,650km)
国民性、コンセンサス社会(米作り、村社会)など、日本との類似点が多い。20 世紀後半
には仏・米・中ほかとの戦争により疲弊した。政治は集団指導による共産党一党支配だが、
大衆の意見がかなり通るといわれている。中越戦争が 1991 カンボジア和平パリ協定で終結
後、
工業立国を目指しており、
経済は順調に伸びている。
GDP の伸び率は 2015 年実績 6.55%
で、今後も 6.5~7%を目指す方針である。日本との関係は、東遊(ドンズー)運動(日本へ
習え、1905~08 年)などもあり、好感が持たれている。ロシアは、1945 年建国以来国つ
くりを全面支援しており、また各国との戦争時に軍事面の支援をした「大恩人」ともいえる
存在である。
ベトナムは、1975 年南北統一と同時に IAEA に加盟した。1996 年の原子力発電検討(可
能性研究)が開始されるまでは、ロシアの支援により 1000 人弱の原子力専門家がロシアに
行っている。
2) 原子力発電の開発ステップと国会決議
2001 年、首相・副首相会議にて「プレ FS (Feasibility Study)」実施を決定し、指示され
た工業省は日本へ協力を打診し、日越間で調整があった。約 1 年後日越間で「プレ FS 協力
覚書が締結」され、2003 年 11 月「プレ FS」報告書が、大部分日本の協力で完成した。以
降、日本は、ベトナム内部承認のため、法整備、人材育成などにも協力している。プレ FS
の後は、政府承認(2007)、党承認(2008)、国会承認(2009)を経て、原発推進が最終的に国家
決定となった。2009.11.25 国会決議により、ニントァン(Ninh Thuan)省の第 1 サイト(トァ
ン・ナム県フック ディン Phuoc Dinh 村)にロシアが、また第 2 サイト(ニン・ハイ県ビン・
ハイ Vinh Hai 村)に日本が、それぞれ 100 万 kW 級の原子炉を 2 基ずつ建設することにな
った。その他の決議内容は、①炉型は FS 作成時、最も先進的で絶対的な安全が保証され、
実績および経済性のある軽水炉、②建設面積は適切に利用し、また出来るだけ節減、③投資
総額予算は 200 兆ドン(2008 年第 4 四半期時点)
、などであった。
3)原子力発電建設推進体制の整備
2009 年 11 月のプレ FS 承認後、ベトナムは 2010 年 2 月から、新しく組織を作り、推進
体制の確立などを行った。具体的には、科技省内に原子力庁設立(2010 年 2 月)、国家原子
力安全評議会(NSC)設立と電力公社内にニントァン NPP プロジェクト管理委員会(NPB)
(2010 年 4 月)、ニントァン原発国家指導委員会(Steering Committee)設立(2010 年 5 月)、
国家原子力エネルギー応用評議会設立(2010 年 5 月)、2030 年までの原子力開発計画制定
(2010 年 6 月)、原子力分野の人材育成・開発提案の首相承認(2010 年 8 月)、商工省内にエ
14
ネルギー総局設立(2011 年 4 月)が進められた。
4)中期開発計画と第 7 次電力マスタープラン
推進体制をつくると同時に、2010 年 6 月の首相決定として、2030 年までに後続 14 基を
つくる計画を出した。具体的には、ニントァンでは、第 1 及び第 2 サイトの計 4 基以外に、
さらに 4 基をつくり、合計 8 基とする計画であった。これを反映したものが、2011~2020
年の計画で、2030 年までも見込む、第 7 次電力マスタープランであった。
(2) ベトナム原子力計画の進展と各国の競争
この計画をうけて、諸外国は非常に激しい売り込み競争を行った。具体的には、フランス
(最初 EPR だったが、2013.5 以降は三菱重工と連携で ATMEA1)、韓国(挙国体制で
APR1400)、ロシア(VVER1000 改良型)、米国(AP1000)及び日本が名乗りをあげ、最終的に
はロシアと日本が選ばれた。
ロシアに対して、ベトナムはプレ FS が承認される前の 2009 年春以降、ベトナム首脳、
党幹部が訪ロし、協議を重ねた。2009 年 12 月ロシアのニントァン第 1 の受注が内定(プ
ーチン首相-ズン首相会談)し、ロシアがニントァン第 1 のパートナーとなることに基本合
意した。この両首相の戦略的な協議ではまず軍事技術設備購入で合意、また石油・ガス共同
開発でも合意、さらにズン首相がプーチン首相にニントァン原発の協力を申し入れ、プーチ
ン首相も応諾した。この時ロスアトム(ロシア国営原子力企業)と EVN(Vietnam Electricity
Holding Co.ベトナム電力会社)も協力文書に調印した。
日本では、2005 年までの民間主導による第 1 段階で、プレ FS 協力実施(日本プラント
協会・原産が窓口)
、法整備協力(保安院)、人材育成協力(原子力委員会)に対応した。
2006 年から官民連携の第 2 段階に入り、2006 年の安倍首相‐ズン首相会談(東京にて戦
略的パートナー、原子力平和利用協力合意)
、2008 年 METI-ベトナム商工省間で原子力協
力覚書締結(副大臣調印)
、2009 年原子力国際協力センター(JICC)設立。原産ハノイ事
務所をベトナム側の要求で開設した。
日本は 2009 年 9 月に政権交代があったが、2010 年初めから強力な売り込み活動を行っ
た(新成長戦略でのインフラ輸出、2 月鳩山首相レター、5 月インフラ協力ミッション(仙
谷戦略相)
、8 月原子力売り込み官民ミッション(直嶋経産相)
、10 月 JINED(国際原子力
開発(株):産革機構、9 電力及び 3 メーカーから構成)設立等があり、2010 年 10 月 31 日
菅首相はハノイを訪問、ズン首相との共同声明の中で日本をニントァン第 2 の協力パート
ナーとする合意を発表した。日本は FS の遂行と 6 項目(低金利融資、安全・先進技術の提
供、技術移転と人材育成、廃棄物処理協力、燃料等安定供給)への協力を表明し、2011 年
1 月には、日越原子力平和利用協定を調印した。
(3) 日本パートナー決定後の大変化
日本がパートナーになることが決定し、国内体制を確定し、始動しようとした頃に、福島
第一原子力発電所事故が起きた。これは、ベトナムでの原子力建設プロジェクトにも大きな
影響を与えた。
15
1)影響(2011 年 3~5 月)
ベトナムは事故の約 1 ヶ月後、原発計画続行と決定した。その理由は、①福島とベトナ
ムは全く違う(ベトナム地震・津波大きくない、ベトナムは安全性の高い最新炉採用)、②
ベトナム経済成長にはエネルギーが必要で長期的には原子力必要。ただし、安全第一で慎重
にやる(急がない)ことになった。なお、タイ、マレーシア、インドネシアは、原発計画を
ストップした。
2)影響(2011 年 5~11 月)
日本はニントァン第 2 のパートナーを続行できるか疑問であり、韓国、オーストラリア
他は、日本の原発輸出は不可になったと主張した。2011 年 5 月には、韓国大統領が日本の
代替を申し入れ、7 月には韓越総合協力委員会を設立した(原子力 WG 設置し協力開始)。8
月に日本政府はベトナムへの協力続行を申し入れ、ニントァン第 2 のパートナーは日本で
あるということが再確認された。その後、10 月にズン首相と野田首相が原子力協力協定に
調印した(東京)
。
代替を申し入れた韓国へは 11 月サン大統領が訪韓し李大統領と会談し、第 3 サイトにつ
いて協力すると決定し、第 3 サイトのプレ FS を実施した。2015 年には、第 3 サイトプレ
FS 報告会を経て次の段階へ進む事を提案中である。VARANS(ベトナム放射線・原子力安
全制御局 Vietnam Agency for Radiation and Nuclear Safety & Control)や VINATOM(ベ
トナム原子力研究所 Vietnam Atomic Energy Institute)と韓国 KINS(韓国原子力安全研究
所 Korea Institute of Nuclear Safety)ほかが協力し、覚書を締結した。
3)影響(2012 年~)
ベトナム内での反対意見が台頭し、
また日本メディアや反対派からのネガティブ情報が拡
散したため、推進派(ズン首相、クァン科技大臣ほか)も慎重になり、スケジュール遅れの
一因になった。原子力発電所概念についても、静的安全システムが良いという考えもあり
AP1000 支持の拡がりがある。また、津波対策で高地(標高 15m 以上)設置に計画を変更
した。さらに、日本の原子力関連組織のベトナム協力の変化や、日本政府の原子力政策の変
更も大きく、ベトナムへの支援にも大きな影響を与えている。
(4) ベトナム原子力発電計画の現状と課題
ニントァン原発プロジェクト実現ステップを図 2.1.4-1 に示す。ニントァン第 1 原発に関
しては、2016 年に FS を首相が承認後に Technical Design を開始し、2020~22 年頃には
EPC 契約・着工、2026~28 年頃には運転開始する予定である。ニントァン第 1 はロシア
から遅れを厳しく追及されており、回復すべく促進中である。遅れの最大要因は法整備や審
査・レビュー体制の遅れである。
ニントァン第 2 原発に関しては、2013 年 5 月に原電 FS ドラフトが完了して、EVN に提
出したが、サイト調査、炉型選定(日本は ATMEA1 推奨)にベトナム側から異論がつき議
論となった。2014 年1月に FS ドラフトが、科技省に提出されたとの事である。2015 年
10 月、予定のサイト追加調査などは終了したが、ベトナム地質専門家などからまたも異論
16
が出たため、さらに追加調査を行うことを決定した。今後の課題は、日本が原発推進国であ
る事をベトナム側にさらに認知させること、原電 FS 最終版(サイト再追加調査、炉型選定
合意)の提出と承認、ベトナムへの支援体制、プロジェクト支援体制の強化である。
第 7 次電力マスタープラン改訂案(2015/12)では、原発は大幅遅れの計画で、ニントァ
ン第 1 が 2028 と 2029 年運開、ニントァン第 2 は 2029 と 2030 年運開と当初マスタープ
ラン(2011 年制定)から 8~9 年の遅れとなっている。
図 2.1.4-1 ベトナム原子力発電プロジェクト実現ステップ
ニントァン第 2 原子力発電所への日越協力体制とベトナム政府の原子力推進体制はそれ
ぞれ、図 2.1.4-2、3 のようになっている。
図 2.1.4- 2 ニントァン第 2 原子力発電所への日越協力体制
17
図 2.1.4- 3 ベトナム政府の原子力推進体制
2.1.5
UAE
(1) UAE 原子力開発の概況
アラブ首長国連邦(United Arab Emirates; UAE)は、アラビア半島の東南に位置して
おり、人口は約 920 万人、面積は約 77,000km2 である。主な輸出は石油と天然ガスである。
電力需要は着実に増加している一方、発電所の増強計画は需要見通しに追いついておらず、
原子力の導入も検討してきた。
2008 年、
政府は原子力の平和利用を宣言し、
IAEA のガイダンスに沿って、
規制庁(FANR)、
原子力発電事業者(ENEC)を設立した。準備-建設-運転を進めるのと並行して、教育プ
ログラムも戦略的に実施している。
原子力発電所のサイトである Barakah は、西寄りの海沿いであり、ここに韓国の
APR1400 を 4 基建設中である。
(2) 原子力規制の枠組み
UAE は、IAEA のガイドラインにそって原子力導入のための準備を進めた。国際的な枠
組みに対しては、IAEA の統合保証措置を受け入れるとともに、原子力安全協定、使用済燃
料や放射性廃棄物の安全管理についての協定、物理的防護についての協定、ウィーン協定な
どに加盟した。
2009 年には原子力法を発行した。そこでは、

平和目的で原子力の開発や管理を行うこと

原子力安全やセキュリティ、放射線防護を確保すること

UAE 国内で濃縮や再処理を実施しないこと
が示された。原子力法は 11 章 72 項目からなり、規制庁の役割、許認可、検査、廃止措置
などについても定めている。
18
(3) 許認可の状況
原子力発電所を建設・運転するためには、サイトの選定、建設前準備、建設施設の運転開
始の各段階で許認可が必要となる。すでに 1~4 号機については、サイト選定からの建設許
認可まで 4 つの文書を発行済みであり、運転開始の許認可を準備中という段階である。
許認可プロセスにおいては、
プラント輸出国における規制機関も重要な役割を果たしてお
り、その機関は Regulatory Body for Country of Origin(RBCoO)と呼ばれている。UAE は
後発国であり、基本的には、当該国で許認可を受けているということが、プラントを選定す
る条件となっている。今回の場合は、FANR は韓国の規制機関から新古里 3 号機の建設許
可文書を入手し、それに基づいて評価を行った。評価に際しては、最初からレビューするも
の(カテゴリー1)と、当該国の安全評価を確認するもの(カテゴリー2)に分類し、カテ
ゴリー1を重点的に審査した。カテゴリー1に属するのは、新技術、新知見、リスクの大き
いもの、サイト固有のものなどがある。サイト固有の問題としては、高温、砂嵐、海への油
流出などがある。また、周波数の違い(50Hz と 60Hz)
、航空機衝突対策なども考慮された。
さら FANR は、欧米の TSO(Technical Support Organization)と契約して、レビュー
を依頼している。このように UAE では、海外の知見を活用しつつ、許認可を進めている。
APR1400 については、採択されたのが 2009 年 12 月であり、まず予備的安全評価報告書
(PSAR)が提出された。これは 21 章 9000 ページおよぶ文書である。その中では地震・
火災等のハザードやシビアアクシデント対策も評価されている。その後、1599 におよぶ質
問が FANR から出され、それに対する回答が出された。審査期間中に福島第一原子力発電
所事故が発生したため、その教訓も反映された。最終的に FANR は原子力発電事業者
(ENEC)から出された書類は、規制要件を十分に満たすと判断し、建設許可を発行した。
そこまでの流れを図 2.1.5-1 にまとめて示す。なお、この段階においては、いくつかの課題
は残されており、それを期限内に解決することを前提とした「条件付き合格」という位置づ
けであった。
図 2.1.5-1 Barakah1、2 号機の建設許認可の流れ
19
建設許認可を受けて、建設が着実に進められ、2015 年 3 月 26 日には 1~2 号機の運転許
可申請が行われた。申請の際には最終安全報告書(15,000 ページ)と個別の報告書が提出
された。個別の報告書には、福島第一原子力発電所事故の教訓対応、シビアアクシデント対
策、緊急計画、廃止措置など 8 つが提出された。審査は進行中であり、2016 年 7 月には許
認可が発行される予定である。
(4) 検査と管理
FANR は計画的で体系的な検査プログラムを実施している。
検査対象は、事業者(ENEC)
、
主契約者、ベンダー、建設現場であり、予告または非予告にて検査を実施している。また、
異常が発生したら速やかに検査を実施している。
建設時においては、5 人の検査官がサイトに常駐するとともに、本部にも検査チームが設
置され、下記の観点から検査が行われた。

安全機器や系統が、規制要件通りに設置されているか

事業者の品質管理のシステムや手順が適切で、要件を確実にするものになっているか

建設された安全機器や系統が設計通りになっているか

安全解析で仮定されたように運転が可能であるか
(5) 教育プログラム
UAE は人材育成にも力を入れている。経験 3 年以内の若い人に対しては、1 年間の基本
教育プログラム、経験 3 年を超える人に対しては、専門教育プログラムを準備している。
さらに、技術の専門職や、マネージャを育成するためのプログラムも準備している。
(6) 国際機関との協力
UAE は人材育成にも力を入れている。経験 3 年以内の作業員に対しては、1 年間の基本
教育プログラム、経験 3 年を超える作業員に対しては、専門教育プログラムを設けている。
さらに、技術の専門職や、マネージャを育成するためのプログラムも設けている。
(7) まとめ
UAE は 2008 年の政府の決定から、原子力法の整備、規制庁の創設、プラントの選定、
建設許認可、建設まで急速に進めてきている。その間、IAEA のガイドラインや、プラント
輸出国の許認可(この場合は韓国が古里 3 号に対して行った許認可)の文書を活用することな
どにより、効率的な対応を行ってきている。初号機の建設は 84%まで終了しており、運転
に向けた許認可が審査中である。
20
2.1.6
韓国
(1) 電気事業全般
韓国は、2001 年度から電力自由化が始まり、韓国電力公社(KEPCO)一社の独占体制
から発電部門を 6 つの発電会社に分社化した。しかし、配電部門の自由化の議論は 2008 年
に中断している。韓国の電力市場は、発電会社、IPP などが発電したすべての電力を韓国電
力取引所(KPX)に入札し、そのすべてを KEPCO が買い取り、一般の顧客に販売する構
造となっている。(図 2.1.6-1 参照)電気料金は、政府が政策的に決定するので原価を下回
る料金となっており、韓国の平均料金(111 ウォン/kWh)は、日本と比較すると 1/2 程度
である。2014 年における設備容量は約 9300 万 kW である。
図 2.1.6-1 韓国の電力市場構造と電力産業の部門別役割
2008 年より政府が国会の承認を受け中長期の国家エネルギー基本計画を策定している。
この基本計画では、国家エネルギー政策のビジョンの提示、20 年間の長期計画の策定を行
っており、5 年ごとに改正することになっている。最近策定された第 2 次国家エネルギー基
本計画によると、2035 年のエネルギー消費構成は、電力が約 27%、石油+石炭が 52%、
ガスが 15%、そして、再生可能エネルギーが約 5.5%となっている。
電力需給計画ついて、国家エネルギー基本計画により、電力部門が 2 年毎に策定するこ
とになっている。この計画は、有識者で構成した電力政策審議会で決定される。これに基づ
き、政府は 20 年間の電力需要の見通し、需要管理目標、適正な予備率、電源ミックス、再
生可能エネルギーの割合、そして原子力の建設計画などの政策の方向性を提示する。発電事
業者は、基本計画の需給見通しおよび設備計画に基づいて、原子力発電所の建設などの計画
を立てることになる。第 7 次電力需給基本計画(2015 年末に発表)による電源構成比率の
見通しでは、2029 年の電源構成比率は、原子力および石炭の割合は、現在と大きく変化は
ないものの、LNG ガスおよび石油の割合は下がり、再生可能エネルギーの割合は増加して
いる。
(図 2.1.6-2 参照)
21
図 2.1.6-2 電源構成比率の見通し
(2) 原子力発電全般
① 原子力産業の体制
韓国の原子力産業は、原子力発電事業は、韓国水力原子力株式会社(KHNP)が中心に
なり、設計から製作、施工、整備、燃料供給まで行っており、技術開発は、韓国原子力研究
所(KAERI)が中心に行っている。安全規制は、原子力安全技術院(KINS)が行っている。
② 原子力発電の歴史と現状
韓国での原子力発電の導入は 1970 年度から始まり、米国のウェスティングハウスから導
入した Kori1 号機が、1978 年から商業運転を始めた。世界的なオイルショック以後、1980
年代に入って本格的に導入を行い、様々な炉型の原子炉が導入された。1980 年代後半から
は、国産化に本格的に着手し、米国の原子炉を基盤とする韓国型原子炉開発に成功した。続
いて、次世代原子炉の開発を行い、初号機である新 Kori3 号機が 2016 年 4 月から商業運転
を開始する予定である。2015 年現在、韓国の原子力発電所は、24 基が運転され、4 基が建
設中、4 基の建設計画がある。新規に建設する原子炉は、全て韓国で設計した 1400MW の
次世代原子炉である。さらなる計画として、2029 年に 4 基の建設計画が国家エネルギー基
本計画にあるが、まだサイトは確定していない。
韓国の設備利用率は、2014 年は約 85%であり、世界平均利用率を上回っている。2011
年の福島第一原子力発電所事故以前は、9 割以上であったが、安全設備補強のための長期間
の稼働停止の影響を受け、2012 年は 82%、2013 年は 75%と減少している。2014 年の利
用率では回復傾向がみられている。故障などによる発電所の計画外の停止については、2012
年が一番多かったが、それ以降は減少し続け、非常に低い水準で維持している。これは、設
備の信頼性強化と運営能力強化が要因と考えられる。
2011 年の福島第一原子力発電所事故以降、韓国でも様々な安全性強化対策を実施してい
る。地震発生時の自動停止装置を設置し、Kori の場合は、津波発生を想定して海岸障壁を
設置している。原子力発電所内にも電源喪失に備えて移動可能な電源車を配備した。また、
使用済燃料貯蔵の安全性向上、水素爆発への対策、放射性物質漏えい対策に対する設備補強
も実施している。さらに、手順改善の措置も行われている。
22
③ 韓国型次世代軽水炉と原子力発電輸出
韓国型次世代原子炉 APR-1400 は、100 万 kW 級の韓国型標準原子炉である OPR-1000
に続いて 2002 年に開発に成功した、140 万 kW の新型軽水炉である。APR-1400 は、安全
設備が強化され、現在韓国で 4 基が建設されている。新 Kori3 号機は、2016 年 1 月に最初
の発電を開始し、4 月から商業運転が始まることになっている。
原子力発電輸出については、UAE 原子力公社から発注を受け、2009 年 12 月に UAE 原
子力公社と契約している。事業規模は 400 億ドルで、契約範囲は設計・建設、そして、60
年間の運営・保守である。現在、4 基の APR-1400 が建設中で、竣工目標は、1 号機が 2017
年で、それ以降毎年 1 基ずつが竣工する予定である。現在、KEPCO と KHNP を合わせて
2000 名以上の技術者が UAE の現場で働いている。この UAE 事業は、KEPCO/KHNP が
主要契約者として、設計、建設、運営、整備等に他数の企業が参加している。(図 2.1.6-3
参照)
図 2.1.6-3 原子力発電輸出の体制と経済効果
④ 原子力発電所の廃止措置
韓国で最も古い発電所である Kori1 号機は 2017 年に恒久停止することが決まっている。
1977 年に運転許可を受け、1978 年から商業運転開始し、運転から 30 年経った 2007 年、
規制機関の運転延長の承認を受けて 10 年間運転が延長されることとなった。その後、2 回
目の運転延長の方針の決定する時期となったが、2015 年に、運転を延長しないことを決め
た。安全性評価の結果、運転の継続に問題はなかったが、政府は、長期稼働運転の不透明な
経済性と将来の原子力発電所の解体産業の育成を考慮し、地方自治体、市民団体、そして、
学界などの意見を集約した。この結果、政府は、KHNP に 1 号機の廃止措置を勧告、KHNP
は、理事会で 1 号機の廃止措置を決定した。
韓国ではこれまで商業炉の解体経験がないため、政府は、Kori1 号機の廃止措置を基盤に
して、原子力発電所の解体産業の育成をする計画を立てている。基本方針は、2017 年まで
に解体に関する基本設計、2022 年までには技術的な準備を完了する予定である。第一段階
23
で標準解体技術モデルを開発し、第二段階は事業の適用技術の開発、最終の第三段階は、解
体技術を高度化する計画を立てている。
⑤ 使用済燃料管理
韓国では、使用済燃料の再処理施設または処分施設はない。したがって、毎年約 700 万
トン以上の原子炉から取り出された使用済燃料は、各サイト内に一時的に貯蔵されている。
これに関して、2013 年に公論化委員会が発足、使用済燃料管理政策についての本格的な公
論化に着手した。公論化委員会は、人文社会・技術工学分野の専門家、立地地域の代表、そ
して、一般の市民団体代表者で構成されている。委員会は、公聴会、世論調査等、様々な公
論化プログラムを進め、2015 年、議論の結果を政府に勧告した。その内容は、政府は 2051
年までに処分施設を建設して運営する必要があり、
このため処分施設サイトやそのサイトと
同様の条件を持つ地域に、地下研究所サイトを 2020 年までに選定して、2030 年から実証
研究を開始することが望ましいというものである。
24
2.2
核燃料サイクルの現状
平成 26 年 4 月のエネルギー基本計画においては、核燃料サイクルの推進を継続する事が
明記された。本節では、まず原子力の黎明期から現在に至るまでの経緯を紹介したのち、使
用済燃料の貯蔵および最終処分にかかわる課題を整理する。
2.2.1
日本の再処理技術の歩み
(1) 原子炉黎明期における核燃料サイクル
原子炉の始まりは、1942 年、イタリアのエンリコ・フェルミというノーベル賞学者が指
揮をとって、シカゴ大学の構内作った「CP-1」であった。この原子炉の主目的は原爆用の
プルトニウム生産の原理実証であった。
これと並行して原子炉でできるプルトニウムを回収
する技術の研究も始まり、それが再処理の原点になった。
第二次大戦後、原子力の平和利用の研究が始まったが、当初は、天然ウラン自体が非常に
希少資源とみなされていた上、そのウランの 99.3%は、ウラン 238 という非核分裂性の物
質であり、核分裂を起こすウラン 235 というのは 0.7%しかないため、ウラン 238 を原子炉
の中でプルトニウムに変換して、そのプルトニウムを使っていくということが、原子力利用
の極めてオーソドックスな考えであった。
世界で初めての原子力による発電は、1951 年、EBR-1 という高速増殖炉であった。これ
は、小さいタービンで、電球を4個つけたという程度の規模であった。もっと本格的な原子
力発電所については、ソ連のオブニンスクというところで、1954 年に動かしたというのが
最初であった。これは、チェルノブイリ型の小さいものであった。
1953 年にアイゼンハワーが「Atoms for Peace」という演説をして、それを受けて、1955
年 8 月に「第 1 回ジュネーブ会議」が開催された。これは国連主催の会議で、78 カ国が参
加し、
平和利用に向けて世界的に技術を共有しようとするセレモニー的なイベントであった。
日本は当時まだ国連に参加しておらず、本来参加する権利はなかったが、申請中ということ
で特別に参加が許可された。そこで超党派特別顧問団として、4 人の政治家が参加した。そ
の中の1人が中曽根康弘氏であった。
(2) 日本の原子力利用の始まり
上記ジュネーブ会議を契機として、日本の原子力が始まった。昭和 29 年の予算審議の最
終日近くに、中曽根康弘議員が、原子力予算を上程し、原子力予算が成立した。それに端を
発して、翌年、原子力基本法の制定、原子力委員会発足、日本原子力研究所の設立、原燃公
社の設立が行われた。初めての原子力長計が昭和 31 年にできた。この時も閉じた核燃料サ
イクルは基本路線であり、高速増殖炉開発も含まれていた。
昭和 48 年に第一次オイルショックをうけて、
「総合エネルギー対策閣僚会議」が開設さ
れ、石油代替エネルギーの重要な柱のひとつとして、積極的な原子力の推進ということが前
面に出てきた。原子力を積極的に進める場合、それを支えるサイクルの方も必要ということ
で、
「核燃料サイクル問題懇談会」も開設され、官民の役割分担の大枠が議論された。
25
(3) 核不拡散の高まりと日本への影響
これまで述べてきた通り、プルトニウムリサイクルに向けた努力が、特に先進国を中心に
強烈に進められてきていたが、1974 年のインドの核実験により状況は一変した。これは、
カナダが供給した CANDU の小型炉に、米国が提供した重水を使用し、研修生が米国で習
得した再処理技術によりプルトニウムを回収し、原爆の製造に成功したものであった。これ
らの技術は平和利用という名目で提供されたものであったが、結局、核兵器開発に利用され
ることになった。これで世界が一挙に、核不拡散問題に目覚める契機となり、その後の原子
力供給国のロンドンガイドラインの制定および 1977 年の米国の原子力の劇的な政策変更へ
とつながっていった。
米国では、1977 年に民主党が政権をとって、カーター大統領が登場し、核拡散のリスク
を非常に重視した原子力政策に転じて、
それまで米国が大々的に進めてきた再処理計画およ
び高速炉計画を一気に停止することになった。そのベースになったのは、米国には石炭がた
くさんあるから、原子力の核拡散リスクがどうしても避けがたいのだったら、やめてもいい
というような考え方であった。
米国の路線変更をうけて、日本側としては、当時の宇野宗佑科学技術庁長官と通産大臣、
外務大臣の 3 者がタッグを組んで、挙国一致体制で日米交渉を行い、結果的には 1977 年 9
月に、米国の合意を得て、1977 年 9 月から東海再処理工場のホット試験が始まった。
(4) サイクル路線の推進
そういう状況下ではあったが、民間事業立ち上げ準備は着々と進められ、1980 年に日本
原燃サービスが設立された。これは、再処理のみを行う会社であった。これとは別に、低レ
ベルの廃棄物とウラン濃縮のみを行う組織として、日本原燃産業が設立された。1985 年に
青森県において、濃縮と廃棄物事業と再処理を行うことを、当時の北村知事が了解し、1992
年、原燃産業と原燃サービスが合体して今の日本原燃という形になって、1993 年に六ヶ所
再処理工場は着工された。
当時、フランス、イギリスにおいて大型の再処理工場の建設が順調に進んでいて、六ヶ所
工場は 1990 年に運開したフランスの UP3 という大型の再処理施設をモデルにしたもので
あった。1988 年、日米原子力協定の改定があって、包括同意方式がそこで入り、米国に細
かい了解をとらなくていい状況がつくられた。
そういう中で、原子力委員会の新計画策定会議において、直接処分を含む 4 つのシナリ
オの総合比較が行われた。2004 年 11 月に出された中間とりまとめにおいては「再処理に
比べて直接処分の方が 0.5~0.7 円/kWh 安価ではあるが、エネルギーセキュリティ、環境
適合性、
政策変更コストなどを考慮すると総合的には再処理の方が有利」と結論付けられた。
この結論を踏まえ、2005 年 10 月の原子力大綱にサイクル事業の着実な推進が明記され、
同年 12 月に六ヶ所再処理工場のウラン試験が開始された。
2005 年には、
「再処理等積立金の積み立て・管理に関する法律」が制定され、資金、財政
的にも安定化する基盤が作られた。さらに、2006 年には「原子力立国計画」が策定され、
高速増殖炉計画も国家基幹技術のひとつに位置付けられた。
26
2.2.2
高レベル放射性廃棄物処分の現状と課題
(1) 地層処分について
① 世界における地層処分の歴史
地層処分という発想が最初に出てきたのは 1950 年代である。当時米国においは、
「マ
ンハッタン計画」によって発生した非常に放射能レベルの高い廃液をタンクに貯蔵して
いたが、これが漏れ出して環境に著しい影響を与え始めていた。そこで、米国科学アカ
デミー(NAS)が 1955 年会議を開催し、岩塩層にこれを固形化して処分するアイデア
が出された。
1970~1980 年代は、使用済燃料あるいはガラス固化体を安全に処理・処分する対策
の見通しを示すための検討がいくつかの国で開始された。1980 年代の初めに、米国、ス
ウェーデン、スイスで、地層処分概念の基本的なシステムが提示された。これが「多重
バリア」といわれる天然の地層と人工のバリアを組み合わせたシステムである。また岩
塩層という特定の岩種ではなく、安全性を確保する条件を満たせばいろいろな岩種が適
用可能であろうとされた。
1990 年代からは、地層処分で技術的にも概ね大丈夫であるという合意が国際的に広が
り、地層処分を事業として具体化しようとする動きが各国で開始された。その一方、社
会との関係が非常に重要な問題になり、NIMBY(Not in My Back Yard)の観点から細
部が決まらない状況になっている。
高レベル放射性廃棄物(HLW)や使用済燃料について数万年、数十万年という長期の
安全性を論ずる場合、人間が継続的にその監視を続けることを保障するのが非常に難し
い。そこで、人間の監視がなくなったとしても、安全が維持できるシステムというもの
を構築する必要があり、それを地層に委ねるという基本的な考え方が国際的に受け入れ
られた。
社会にこの技術がどうやったら受け入れられるかという点についてもさまざまな議論
が行われている。将来世代の選択の自由を奪わないことを前提に、意志決定プロセスの
公平性や公開性を維持し、最終的に人間の監視がなくてもよい受動的なシステムに移行
できるかということをきちんと論じておく必要があるといわれている。
地層処分は、天然の地層と人工のバリアを組み合わせた多重バリアシステムであり、
処分に適切な地質環境を選ぶという作業が、非常に重要である。例えば安全性に著しい
影響を及ぼすような自然現象(火山等)はあらかじめ回避し、空気がなく腐食が起こり
にくくものが溶けにくいという性質が備わっているようなところを選定することになる。
地層処分の進め方については、事業の中にいくつかマイルストーンを設け、その段階
ごとに様々な意思決定をしながら、計画を着実に進めることが重要である。意思決定に
関しては、透明性を持って行うことが、社会の関係で非常に重要になる。非常に遠い将
来の話であるため不確実性というのはある程度残ることが、意思決定の中で許容できる
かどうかが問題である。そこで様々な意思決定のための基準を、あらかじめ社会との合
意の下に用意しておいて、それに適合すれば、次の段階に進むというようなメカニズム
をつくっておかなければいけない。各意思決定のポイントで、事業の安全性を確認して
いく場合に、すべての情報がそろっているわけではないので、不確実性を残しながら、
その不確実性を次の段階でどういうふうに調べるかというような計画を同時に示して、
27
次の段階への許可を得るということになる。そのときに安全性を示す内容を一般に「セ
ーフティケース」と呼んでいる。セーフティケースの中には、その地質がいかに安全性
を確保する条件を満たしているかという地質を選ぶための説明、それから、地質の特徴
を説明するということが必要になる。それに応じたデザインが、なぜそういうデザイン
になっているのかを説明する。その地質とデザイン等が合わさったシステムが、将来ど
ういう記録をするのかということを、地下で起こるさまざまな現象を元にシミュレーシ
ョンしてやる安全評価の結果等を一貫して説明する必要がある。
(2) 海外における貯蔵の現状と課題
①
諸外国における地層処分の進捗状況
基本的な流れは、まずサイトを公募して文献調査を実施し、その後実際にそのサイト
に行って調査を実施し、さらに詳しい調査をして、最終的には許認可をするというプロ
セスとなる。許認可申請を実施したのは、米国とスウェーデンとフィンランドである、
2008 年に米国は許認可申請をしたが、民主党政権に代わって現在中断している。スウェ
ーデンとフィンランドは、2012 年に許認可申請を実施しており、フィンランドは、昨年
(2015 年)の 2 月に安全規制当局から安全性については満たすと考えられるという答申
が出て、それをフィンランドの経済産業省が受け、政府が発給手続きを実施し、2015 年
11 月に建設許可が下りた。これは世界初である。次のレベルにあるのはフランスで、実
際に調査をするのは、ビュールの地下研究施設であり、その近傍での調査を進みつつあ
る。日本は、まだ特定のサイトは決まっていない。
各国の処分計画と進展状況を図 2.2.2-1 に示す。
図 2.2.2-1 諸外国における地層処分計画と進捗状況
②
フィンランド
フィンランドの総発電電力量の中に原子力の占める割合は約 30%である。非常に寒い
国で、電力事情が悪くなるとすぐ死に繋がるという危機感が国民全体に行き渡っており、
その観点で原子力を許容するという考え方が醸成されていると考えられる。
28
1970 年代から原子力発電所と最終的な使用済燃料あるいはガラス固化体の対策とい
うものが論じられるようになり、この時期に地層処分のフィージビリティ調査が開始さ
れた。1983 年に政府が処分場サイト選定プロセスとスケジュール等を原則決定した。
1987 年に 5 サイトを選定し、その後 3 サイトに絞られ、最終的にはオルキルオトに決ま
った。1999 年に「Posiva(ポシヴァ)社」という実施主体が、そこが原則決定手続きを
する対象サイトとして決定した。2000 年に政府が原則決定をして、2001 年に議会が承
認し、自治体の議会も承認したことによって最終処分地が決定した。
地下特性調査施設の「ONKALO」の建設は 2004 年から開始、2008 年にはオルキル
オトの 4 号機の導入計画に基づいて、使用済燃料の処分量を当初は 6000t程度としてい
たが、9000tまで拡張する原則決定申請書を政府に提出した。2010 年に原則決定が実
施されている。ロヴィーサの原子力発電所 3 号機の導入計画に基づいて 12000tまで拡
張しようとしたが、これは 3 号機の導入計画が認められなかったこともあり、原則決定
は否定された。2012 年に建設許可申請書が政府に提出されて、2015 年 2 月に「STUK」
という安全規制機関が安全審査の結果を公表し、建設許可の発給に至った。操業は 2022
年に予定されている。
図 2.2.2-2 にフィンランドにおける地層事業の実施体制を示す。
図 2.2.2-2 フィンランドにおける地層事業の実施体制
「原則決定の制度」は、原子力法で定められたフィンランド特有の制度で、1987 年の
改正によって導入された。重要な原子力施設の導入に関しては、事業者が事業計画の実
施可否について政府に原則決定を申請する。これを受け政府がフィンランドの社会全体
の利益に合致するかどうかを判断することになる。この判断の前には、立地予定の自治
体が、受け入れに好意的であるということを確認することが必要である。また、安全面
から支障がないということを STUK に見解を求めて、これが得られなければならない、
こうしたもので原則を決定するということであるが、政府が決めた原則決定については、
議会の承認が必要になる。地層処分の計画もこの原則決定という制度に基づいて、事業
者が申請しては政府が認めるという繰り返しで進められていくことになる。
図 2.2.2-3 に承認プロセスを示す。
29
図 2.2.2-3 原子力法における原子力施設導入計画の承認プロセス(原則決定手続き)
政府の原則決定が行われる前に、TVO 社による研究計画に基づいて総合的な地質調査
が地質調査所という公的機関によりその要請に基づいて実施された。その結果全体的に
結晶質岩がほとんどであり、有望だろうと判断された。1983 年に原則決定に基づく調査
が開始され、面積 100km2 以上の地域ブロック 327 を処分可能なブロックとして抽出し
た。その後 5 段階分類によって 61 ブロックを抽出した。61 ブロックの中からさらに小
さい破砕帯に着目し、134 の調査エリアを評価した。この中からさらに詳細に調査し 101
カ所を選定した。オルキルオトは当初はこの中には入っていなかったが、岩盤ブロック
が存在する可能性があるということを別途調査して合計で 102 カ所を選定した。その後
の調査により 5 カ所に絞り込まれ、現地調査が実施された。この結果 3 カ所に絞り込ま
れたが、ロヴィーサ原子力発電所が立地されているハーシュトホルメンも対象となり、4
カ所に対して、詳細調査が実施された。最終的にはオルキルオトが選定され、1999 年に
Posiva 社が申請した。その際に安全性、処分場を設計できるかというような実現性の観
点に加えて、
「環境影響評価書(EIA)」というものを申請書に付けて提出した。1994 年
に環境影響評価手続法を制定しており、環境影響評価というのは、単に自然環境に対す
る保護ということではなくて、その地域の経済とか社会にどんな影響を与えるか、また
景観といった価値にどう影響を与えるかといったような総合的な評価を行うものである。
EIA の取りまとめは、監督官庁である雇用経済省が行う。地元住民の意見表明の機会や
他の機関の意見だけでなく、環境評価をしたものについて、一緒に申請書に添付するこ
とを求めている。この環境影響評価をつくる過程で、地元住民とのコミュニケーション
というのが非常に進んだということである。
オルキルオトに決定した要因としては、原子力関連施設の住民の受容性が高いという
ことと、オルキルオト原子力発電所の使用済燃料の貯蔵量が多く、立地を考えた際に輸
送の面からいうと非常に有利だということが挙げられる。
経済的メリットとしては公的には固定資産税に優遇措置がある。その他、地元雇用効
30
果、インフラ整備とメリットというものが考えられる。また、Posiva 社はヘルシンキか
ら、本社をこのユーラヨキ自治体に移した。歴史的建造物を整備し、その賃貸料を地元
に支払うなど、さまざまな形で経済保障をしている。また、電力会社も自治体の事業開
発資金を提供するといったような貢献をしている。
③
地下特性調査施設 ONKALO
最終処分地を決定するひとつ前の精密調査の段階で地下に施設をつくって、そこで詳
細な試験をするのが精密調査であるが、そのための施設が ONKALO である。ONKALO
では以下のような試験を実施している。

サイトの適切性を確認するための調査と試験

処分技術の原位置試験

処分場の建設・操業の方法や手順の開発

処分場の建設に必要となる適切な岩盤の空間的拡がりの特定

処分場の詳細設計と安全評価,建設計画の対象として想定される母岩の特性調査

品質マネジメントのプロセスと手続きの開発

将来的には地層処分施設の一部として利用される予定
この設備は、2004 年 6 月に建設開始され、2010 年 6 月に処分深度(-420m)まで掘
削された。 2012 年 8 月現在:坑道全長約 5 ㎞、深度 455m、掘削量 340,000m3 で
ある。図 2.2.2-4 にオンカロにおける調査・試験を示す。
図 2.2.2-4 オンカロにおける調査・試験
④
フィンランドにおける回収可能性
廃棄物の回収可能性については、1999 年「使用済燃料処分の安全性に関する政府の決定」
において「回収可能性が維持されるように計画されなければならない」とされ、2001 年の
STUK YVL 8.4「使用済燃料処分の長期安全性の指針」においては、
「廃棄物キャニスタの
回収は~(中略)~実施可能でなければならない」と位置づけられた。しかしながら、2008
31
年の原子力廃棄物の処分における安全性に関する政令においては、回収可能性に関する記述
削除され、1999 年政府決定は廃止された。また、2013 年 11 月に YVL 8.4 は ”YVL D.5
Nuclear Waste Disposal(原子力廃棄物の処分)”に改正(使用済燃料+低中レベル廃棄物)
されたが、ここにも回収可能性に関する記述はなされていない。このように、フィンランド
においては、現在回収可能性を規制要件とはしていない。ただし、オルキルオトにおける処
分場建設の原則決定の文書(2000 年 12 月)では回収可能性の維持を要求している。
(3) 地層処分の課題
現在直面している地層処分の課題は、いかにこの技術を社会が受容できるかということ
である。そのためには、さまざまなステークホルダーの信頼獲得、そのための情報公開と
対話の重要性が、強く認識されている。常に新しい技術というものが出てくるため、地層
処分の選択が本当に合理的かどうかというのは、常に問われ続けなければならない。それ
と共に、地層処分の安全性についても、最新の科学技術的な知見を考慮して、常にチェッ
クしていくということが必要であるということがいえる。
2.2.3
使用済燃料貯蔵の現状と課題
(1) 我が国における貯蔵の現状と課題
使用済燃料貯蔵方式には、①水プール方式、②金属キャスク方式、③コンクリートキャス
ク方式、④サイロ方式、及び⑤ボールト方式の 5 つの方式がある。このうち、日本では①
及び②が実用化しており、③は開発途上にある。④はアメリカで実用化しているが、日本で
は未着手であり、⑤は日本では高レベルガラス固化体の貯蔵で実用化している。
貯蔵方式の技術開発の歴史をみると、最初は湿式のプール貯蔵が行われ、その後、イギリ
スでボールト、カナダでサイロ、アメリカで金属キャスク、続いて、アメリカのコンクリー
トキャスク、ドイツの金属キャスクと進展している。アメリカでは約 9 割がコンクリート
キャスクあるいは横型サイロというコンクリート系の貯蔵方式であり、ドイツでは 100%金
属キャスクで貯蔵され、スペインでは両方が採用されている。日本はこれらの動きを参考に
しながら、貯蔵能力の多様化や増強が必要である。従来のプールと金属キャスクのコスト評
価では、金属キャスクのほうが割安となる。また、金属キャスクは輸送・貯蔵を兼用できる
ため、貯蔵後、すみやかに搬出を実施するサイトではメリットがある。さらに、金属キャス
クは自然空冷貯蔵であり、保守・管理しやすいというメリットもある。
図 2.2.3-1 に金属キャスクとコンクリートキャスクの概念図を示す。金属キャスクには、
「閉じこめ機能」
「遮蔽機能」
「臨界防止機能」
「除熱機能」という 4 つの安全機能の維持が
求められる。大きさは高さ 5m、直径 2.5m、貯蔵中はキャスクそのもので遮蔽されており、
人が近づいて触っても大丈夫な状態になっている。また、金属キャスクは輸送・貯蔵を兼用
できるため、貯蔵後、すみやかに搬出を希望するサイトではメリットがある。一方、コンク
リートキャスクは、
容器直径が大きく使用済燃料を入れるキャニスタが溶接密封されている
ことが特徴である。冷却空気がコンクリート容器の内側を下から入って、使用済燃料を除熱
する。コンクリートキャスクの長所は、金属キャスクより経済的で比較的短期間に製造でき
ること、処分が比較的簡単で放射化が少ないこと、縦横の寸法比が小さく地震でも転倒しに
32
くいことなどが挙げられる。なお、コンクリートキャスクは金属キャスクと異なり輸送には
適さないというデメリットがあるが、逆に、輸送重量の制限を受けない、貯蔵時の遮蔽設計
の自由度が大きいといった長所にもなりえる。さらに、製造に関して、金属キャスクはほと
んど専用の工場で製作するが、コンクリート打設は地元業者ができるため、地元産業を活用
できるというメリットもある。
図 2.2.3-1 金属キャスクとコンクリートキャスク
コンクリートキャスク貯蔵にかかわる日本固有の課題として、
海岸立地を想定しなければ
ならないということがある。ステンレス鋼製のキャニスタが溶接密封されているため、潮風
環境によって、いわゆる応力腐食割れ(SCC)の要素(材料、環境、残留応力)を満たす
場合がある。長期貯蔵する場合は、この密閉機能を喪失する懸念があるため、SCC の発生
条件の解明や空気中やキャニスタ表面の塩分濃度の測定技術など SCC を防止するための技
術開発を進めている。さらに、50 年間閉じ込め機能を維持するためのモニタリング技術も
開発している。万一 SCC による亀裂が発生した場合の検査技術も課題である。現在、実験
室レベルでこれらの課題の解決が図られている。SCC の発生に対しては、限界塩分濃度が
あるため、表面に付着する塩分濃度を把握することは重要な対策となる。このことから、長
時間無人計測可能な気中塩分濃度測定装置やレーザーを利用した非接触の表面塩分濃度測
定技術が確立されている。SCC 防止に対しては、ショットピーニング等によって、溶接部
残留応力を処理する技術が確立している。閉じ込め機能のモニタリングに対しては、閉じ込
められているヘリウムの漏えいによってキャニスタ内の温度分布が変わるので、
これを検知
する手法が開発されている。実験室レベルでこれらの要素技術は開発されており、今後は実
規模キャスクによる確証試験や規格の改訂が必要である。
(2) 海外における貯蔵の現状と課題
① IAEA の動向
IAEA の貯蔵安全指針(No.SSG-15:Storage of Spent Nuclear Fuel)について、Storage
of Spent Nuclear Fuel 改訂のコンサルティング会合より改訂の勧告がされている。一つ目
は、
福島第一原子力発電所事故ではプールの水位や温度が分からなくなったことを踏まえて、
重要な安全機能のモニタリング機器は設計基準事故を超える事象でも稼働していることを
施設運転者が確認することである。二つ目は、安全規制を強化して、起因事象の組合せとし
て(例えば、地震と津波)
、2 つ以上の事象を組み合せることである。最後は、設計基準事象
を超える事象への対処も考えておくことである。
33
IAEA は、貯蔵を世界共通の課題と考えており、
「共同研究計画(Coordinated Research
Program)」で、各国の研究を IAEA の場に集めて議論・情報共有を行っている。その一つ
が、
「長期貯蔵時健全性実証試験研究」である。貯蔵の新たな挑戦として、高燃焼度、高濃
縮度、MOX 使用済燃料、100 年以上の長期貯蔵、貯蔵後輸送というテーマについて議論す
るとともに、15 年あるいは 20 年貯蔵したものを観察する最も確かな確認方法として長期貯
蔵時の健全性実証試験の計画についても、
アメリカ、
日本等の研究者を集めて議論している。
二つ目は、
「使用済燃料健全性評価研究(フェースⅣ)」で、特に長期貯蔵時の燃料健全性に
着目した研究をしている。三つ目として、50 年、100 年、アメリカならば 300 年まで視野
に入れて、長期貯蔵に必要な研究を先取りして進めている。日本は 50 年、長くとも 60 年
を視野に安全指針が作られているが、50~60 年貯蔵するための実力を評価する上でも、使
用済燃料の長期貯蔵時の経年劣化管理が重要である。
② アメリカの動向
アメリカは多くの原子力発電所を有し、使用済燃料貯蔵技術が最も進んでいる。使用済燃
料を直接処分するユッカマウンテン計画は頓挫したが、現在、様々な計画が進行している。
計画の一例として、DOE の検討報告書では、2021 年にパイロットスケールの中間貯蔵施
設を作り、2025 年に大容量中間貯蔵施設を運開させ、2048 年には処分施設を運開させる計
画を立てている。
規制側での使用済燃料管理の現状としては、貯蔵期間の許認可更新、貯蔵キャスクの型式
承認(2014 年には 7 件)などの動きがある。また、規制機関である NRC 自身も貯蔵につ
いての研究を進めており(高燃焼度使用済燃料の輸送貯蔵の試験研究、貯蔵キャスクの伝熱
性能の試験研究、燃焼度クレジットの研究等)、報告書を発行している。
使用済燃料政策については、主に以下のような動きがある。
 敷地外中間貯蔵への確かな兆しとして、
テキサスやニューメキシコの州知事が立地提
案を支持する新しい動きがある。
 議会上院では、超党派が中間貯蔵を支持している。
 DOE 長官 Moniz は、軍事廃棄物と商業廃棄物は区別して、別々の処分場を作ったほ
うが効率的だという考えを打ち出しているが、産業界は反対している。
 ユッカマウンテン計画について産業界はあきらめていない。
下院はユッカマウンテン
計画の継続に注力し、軍事廃棄物の独立した処分場を探すことに反対を表明してい
る。また、議会はユッカマウンテン計画に 1.75 億ドルの支出承認をした。
 産業界は使用済燃料管理戦略として以下の 6 項目を提案。
 使用済燃料管理と処分の新たな機関を設立
 目的遂行のため廃棄物基金管理権限を付与し、議会の監督の下、年間予算承認の過
程に依存しない
 ユッカマウンテン処分場の許認可審議を完了させる
 総合的な使用済燃料貯蔵施設を建設する
 直接処理という政策を持ちながらアメリカ産業界としては燃料サイクルを閉じる
先端技術の研究開発と実証研究は推進する
 NRC の長期貯蔵規則を支持し、最終的には、国家環境政策法の規制から除外する
34
決定を支持する
アメリカは中間貯蔵に非常に注目している。研究予算も豊富に注ぎ込まれており、NEUP
(Nuclear Energy University Programs)や ESCP(Extended Storage Collaboration
Program)といった研究プログラムがある。NEUP(Nuclear Energy University Programs)
は大学関係に DOE が資金を供給して研究を行うプログラムであり、ESCP(長期貯蔵研究
プログラム)は国の研究機関に資金を供給して研究を行うプログラムである。また、NRC
も国の研究機関を使い研究を行っている。ESCP の研究は、フェーズⅠ、Ⅱ、Ⅲとあり、フ
ェーズⅠでどういった課題が残っているかを洗い出した後、
フェーズⅡで実験室レベルでの
細かい研究をしている。現在、フェーズⅢに移ろうとしている。一番大きな問題は使用済燃
料の長期健全性であるが、貯蔵期間 100 年、300 年の時に、特に高燃焼度の燃料が健全性
を保てるかを実際にキャスクに使用済燃料を入れて定期的に調べることがフェーズⅢで行
われる。
アメリカでは、使用済燃料を原子炉の許認可期間を超えて貯蔵する場合、NRC が環境影
響評価(NUREG-2057)を実施し、貯蔵が安全であることを評価しなければならない。乾式
貯蔵に対しては、短期貯蔵(運転期間 40 年+最初の更新 20 年)
、長期貯蔵(100 年)
、無
期限という 3 つのシナリオを考えて、環境影響を評価している。
この環境影響評価において、裁判所は、NRC の長期貯蔵の安全性評価を無効とする判決
を出している。その中で、ユッカマウンテン計画が進捗しなかった場合の環境影響を再評価
すること、
燃料貯蔵プール漏えいやプール水がなくなって火災が起きた場合の安全性が評価
することを求めている。NRC は、これに対する安全評価書を出しているが、裁判は今も継
続している。但し、この安全評価書を出したことで中間貯蔵は前進している。
一方、NEI の McCullum は、長期貯蔵は特に問題がないという見解を示している。アメ
リカでは、湿式から乾式にできるだけ早く移したほうがいいという議論があり、これに対し
て、EPRI や NRC は、燃料プール自身が危ないことはなく、逆に、燃料プールから乾式に
移すことによって被ばくが増えることなどを考慮すると、
特に乾式に早く移さなければなら
ないことはないと技術的評価をしている。
③ ドイツの動向
ドイツでは全ての原子力発電所を 2022 年度までに廃炉にすることになっている。中間貯
蔵に対しては、最初、日本の「むつ」のような集中的な貯蔵施設をつくったが、様々な問題
が起きて、現在は各サイトでの金属キャスク貯蔵が行われている。最終処分場の選定につい
ては、まだ進んでいないのが現状である。既にドイツでは、1000 基程度の金属キャスクが
貯蔵されている。
ドイツでは使用済燃料貯蔵施設は増加しており、貯蔵期間も長期化する見通しである。こ
れまでの貯蔵期間中、意図的あるいは非意図的な変化があり(施設、運営組織、法的枠組み、
近隣施設等)
、その結果、当該貯蔵施設及び他の貯蔵施設における運転への影響、経年劣化
による施設全体の安全性への影響等が報告されている。このため、2010 年に、ドイツ廃棄
物対策委員会(ESK)及び環境省(BMU)が、10 年毎に定期安全レビューを実施する「中
間貯蔵施設のレビュー実施指針勧告案」を取りまとめた。現在、本勧告の施行前に 2 つの
使用済燃料貯蔵施設(ゴアレーベン中間貯蔵施設、リンゲン原子力発電所内貯蔵施設)に試
験的に適用して、勧告案を改善する取り組みが行われている。
35
2.3
原子力発電所の廃止措置の現状
福島第一原子力発電所事故後、すでに 5 基のプラントが廃止措置に移行しており、その
円滑な実施は重要な問題となっている。ここではまず、原子力発電所の廃止措置についての
概要を説明し(2.3.1 節)
、その上で、参考事例としてチェルノブイリの動向を紹介する(2.3.2
節)
。
2.3.1
国内外の動向
(1) 廃止措置とは
廃止措置(Decommissioning)とは、役割が終了した原子力施設を規制上の管理から解
除するために取られる行政上及び技術的措置である。その実施にあたっては、作業の安全を
確保することと、環境への影響に配慮することが重要である。また、資金の確保も重要な問
題である。
発電炉の廃止措置の方式については、米国(NRC)の場合、1) SAFSTOR(安全貯蔵)、
2) DECON(即時解体)
、3) ENTOMB(永久埋設)の 3 つがあり、SAFSTOR の後、解体
を行うケースが多い。IAEA の場合は、即時解体(Immediate Dismantling)と遅延解体
(Deferred Dismantling:一定期間の安全貯蔵後に解体)を選択肢としている。日本では、
標準工程(商業炉)が昭和 60 年に策定され、その後一部修正されてきている。
(2) 海外における発電炉廃止措置の動向
世界で廃止措置中の発電炉は、終了、準備中あわせて 130 基(3 万 kW 以上)程度であ
る。このうちの多くが安全貯蔵の段階であり、廃止措置が終了した炉は 11 基である。
廃止措置の実績が最も多いのは米国であり、世界の廃止措置が終了した炉(11 基)のう
ち 10 基が集中している。これらは、1990 年代からの 14 年間に実施されており、これは第
一の波とよばれる。現在、60 万から 100 万 kW クラスの大型炉 5 基が解体中、安全貯蔵中
(含準備中)の炉は 14 基になっており、これは第二の波と呼ばれる。
廃止措置では、使用済燃料と放射性廃棄物の処理が大きな課題となる。米国の場合、使用
済 燃 料 は 、 主 に 中 間 貯 蔵 施 設 ISFSI ( イ ス フ シ Independent Spent Fuel Storage
Installation)にて乾式貯蔵している。放射性廃棄物は、レベルが低い方から順に、A, B, C,
GTCC (Greater than C)とクラス分けして管理している。A-C の廃棄物の処分場は、バーン
ウエル及びリッチランドしかないという時期があったが、その後ユタ州のクライブに A 処
分場ができ、廃棄物を全州から引き受けることになった。最近は、テキサス州の浅地処分場
で A-C を全州から引き受けている。GTCC については、多くの場合、ISFSI の中に燃料と
ともに貯蔵されている。
最近、廃止措置専用会社によって新しい廃止措置ビジネスモデルが提示されている。
ZION-1,2 号機においては、”License Stewardship”として、廃止措置専用会社がライセンス
を収得して、資金を引き継いで廃止措置を実施するということが行われている。跡地は 10
年間後に事業者に返還し、事業者はそれを有効活用することとされている。
ドイツの廃止措置方式は、基本的に即時解体である。ニーダーライヒバッハは廃止措置が
36
完了し、既にグリーンフィールドになっている。その他、解体中 12 基、安全貯蔵中 2 基、
廃止措置準備中 8 基(2011 年停止となったもの)という状況である。使用済燃料は一部再
処理され、他は中間貯蔵されている。放射性廃棄物は一部処分(モルスレーベン処分場。現
在は閉鎖され廃止措置段階)されたが、現在は、中間貯蔵を経て 2022 年運開予定のコンラ
ッド処分場で処分されることになっている。
英国の Magnox 炉の廃止措置方策としては、国の機関 NDA (原子力廃止措置機関)が、60
~80 年間安全貯蔵後に解体することにしている。現在、安全貯蔵・準備中の炉は 25 基であ
り、AGR 炉(ウィンズケール)1 基がデモンストレーションとして解体中である。その他
にも 2 基が解体中である。使用済燃料は再処理し、放射性廃棄物は一部処分(ドリッグ)さ
れて中間貯蔵中である。
フランスについては、安全貯蔵・準備中 7 基、その他解体中 2 基という状況である。使
用済燃料は再処理し、放射性廃棄物は処分場(モルビーユ、オーブ)に処分するが、低レベ
ル廃棄物のグラファイトの処分は未定であり、ガス冷却炉(GCR)は安全貯蔵中である。
(3) わが国のこれまでの取組
1)わが国における原子力発電炉の廃止措置
動力試験炉(JPDR 沸騰水型 1.25 万kW、1963-1976 年運転)は、すでに廃止措置が
終了している(1986-1996 年)
。現在廃止措置中の炉は、東海発電所(GCR 炭酸ガス冷却
16.6 万 kW)
、ふげん(ATR 圧力管型、重水減速・軽水冷却、沸騰水型 16.5 万 kW)
、浜岡
1 号(BWR 54.0 万 kW)
、浜岡 2 号(BWR 84.0 万 kW)である。さらに、福島第一原子
力発電所は、2012 年に特定原子力施設に指定されている。また、敦賀 1 号、美浜 1、2 号、
玄海 1 号、島根 1 号の廃止措置が決定されている。
2)わが国の廃止措置に向けた取組
原子力発電施設の廃止措置を安全かつ円滑に実施するためには、①法整備、②技術開発、
③廃棄物管理、④資金確保など様々な面での準備が必要である。これらについて、30 年以
上かけて、着実に準備が進められてきている。
① 法整備
廃止措置の手続きは、原子炉等規制法(昭和 32 年)に記載されているが、単に、運転停止
後に廃止届、解体着手前に解体届を出すだけという、やや実情に合わないものであった。平
成 17 年の部分改正により廃止措置規制手続きが変更され、廃止措置計画の認可と、廃止措
置終了の確認が要求されるようになった。あわせてクリアランスの制度化が行われた。ここ
で、規制当局による廃止措置終了の確認基準は、IAEA の指針 WS-G-5.1 の場合、以下の
ようになっている。なお、国内ではクリアランス制度の議論が優先されており、サイト開放
基準についてはまだ十分な議論が行われていない。

制限無しのサイト開放: 300μSv/y 未満の最適化された線量基準

制限付きのサイト開放:制限付きで 300μSv/y 未満の最適化された線量基準及び制
限が機能しなくなっても、1mSv/y 未満となる線量基準
37
廃止措置の標準工程は、安全規制上の法的要件ではないが、実質的に規制力がある。国内
においては、1985 年に原子力部会の報告書で標準工程が示され、1997 年には同部会が
JPDR の実績に基づく検証を行った。さらに 1999 年には、解体廃棄物の処理・処分費用の
試算が行われた。現在の標準工程は、燃料搬出後、5~10 年安全貯蔵を行い、その後解体撤
去を実施し、30 年程度で完了するというものとなっている。
② 技術開発
廃止措置を実施するにあたっては、①インベントリ評価、②除染、③解体、④遠隔操作、
⑤廃棄物管理、⑥放射線安全(計測)といった要素技術が必要となる。JPDR の解体実施試
験や原子力発電技術機構(NUPEC)確証試験の結果を踏まえつつ、2007 年に廃止措置ハ
ンドブックがまとめられ、109 の技術アイテムが示された。
技術的課題としては、炉心部解体技術、有害物質対応(アスベスト、鉛、PCB など)、情
報・記録(記憶を含む)の保存 (関係職員の退職等による図面等にない情報の喪失を避ける)、
そしてこれらの集約と共有(公開と継承が重要)がある。この中で、炉心部解体については、
実施経験は多くないものの、既存技術で対応可能と考えられ、効率良く実施する方策の検討
が課題となる。
③ 廃棄物管理
廃止措置の最大の問題の一つが廃棄物の管理である。廃止措置に際しては、比較的短期間
に大量の廃棄物が発生するが、その大部分は放射性物質ではない廃棄物である、従って、放
射性として取り扱う必要がないものの再利用、再使用が極めて重要になると考えられる。ま
た、以下のレベル区分に応じた処分の道筋と見通しも必要になる。
L1:放射能レベルの比較的高い廃棄物
⇒
余裕深度処分。技術基準に関する検討を実施中。
L2:放射能レベルの比較的低い廃棄物
⇒
コンクリートピット処分。運転中廃棄物の処分を六ヶ所埋設センターで実施中。
L3:放射能レベルの極めて低い廃棄物
⇒
トレンチ処分。東海発電所の廃止措置等で発生する廃棄物のための L3 埋設の許
可申請が 2015 年 7 月に提出されている。
④ 資金の確保
廃止措置費用については様々な検討が行われてきているが、2013 年資源エネルギー庁の
検討では以下の値が提示されている。

小型炉:360~490 億円程度

中型炉:440~620 億円程度

大型炉:570~770 億円程度
これらは標準工程に基づく見積もりである。今後廃炉を具体的に進めるためには、見積も
りの精度を高めるとともに、その資金の手当てについて具体的な検討を進める必要がある。
(4) 今後の展望と課題
従来の標準工程では、廃止措置を開始する前に使用済燃料をプラントから搬出する必要
38
があったが、改正炉規制法では使用済燃料を炉心から取り出せば廃止措置の開始が可能と
なった。そのため、サイト内に使用済燃料の中間貯蔵施設を設置する必要とする可能性が
高くなっている。
我が国の放射性廃棄物の処理・処分に関連する制度は、以下に見るように、発生源、発
生者、実施主体別に検討されている傾向がある。これらについて、全体で調整を図り、俯
瞰的に推進していくことが必要であると考えられる。

発生源別の廃棄物の分類:再処理、発電所、福島第一原子力発電所事故、研究炉、
RI 利用、核燃料サイクル、有害物質混入がある廃棄物

廃棄物を規制する法律:原子炉等規制法、障害防止法、特別措置法、廃掃方、医療法
等

処分の実施主体:NUMO、原燃、環境省、JAEA の基盤研究
また、地域とのコミュニケーションを強化し、人材を確保・育成していくことも重要で
ある。
2.3.2
チェルノブイリの廃止措置
(1) 事故概略と事故後の対応
チェルノブイリ原子力発電所 4 号機の事故は、1986 年 4 月 26 日に発生した。事故の爆
発により、炉と建物は完全に破壊され、その後、約 10 日間火災が続いた。その間の放射性
物質の放出は、一日当たり 1×1017 ベクレルを超え、汚染はヨーロッパのほぼ全域に及ん
だ。消火活動と並行して住民の避難が進められ、チェルノブイリ原子力発電所の周辺に立
入禁止区域が設定された。
事故後 10 日程度で、火災と放射性物質の大量放出はおおむね収束した。次の目標は 4
号機を安定化させることと、1~3 号機の運転を早期に再開することであった。4 号機につ
いては、炉のふたや燃料が散在している状況であったため、石棺(Sarcophagus)を迅速
に作製する計画を立案した。ただし、石棺といっても破壊を免れた構造を利用してふたを
するだけのものであり、長期安定的なものではなかった。石棺は 1986 年 11 月に完成し、
再起動については、1 号機は同年 10 月、2 号機は 11 月、最も遅れた 3 号機も 1987 年 11
月に実施された。
石棺の作成、および 1~3 号機の運転にかかわる作業者を防護するため、サイト周辺の除
染が進められた。また、周辺の住民のために、スラブチチ(Slavutich)という新しい街を
作り、チェルノブイリで働いている人を含めて約 3 万人が居住することとなったが、その
居住地域や通勤ルートの除染も必要であった。これらの作業で発生する放射性廃棄物を管
理するため、以下の施設が作られた。

放射性廃棄物処分施設「RWDS」
(Radioactive Waste Disposal Sites)
:燃料デブリ
や燃料の放射性降下物等の比較的線量の高い廃棄物を保管するため 3 か所設置され
た。

廃棄物中間貯蔵サイト「RWTSP」
(Radioactive Waste Temporary Storage Places)
:
サイト周辺の除染によって集められた廃棄物を処分するため、9 か所設置された。こ
の設備には特段の障壁はなく、安全評価も行われておらず、実質的には単に埋めただ
けというものであった(図 2.3.2-1 参照)
。
39

除染廃棄物貯蔵施設「DWSF」
(Decontamination Waste Storage Facilities)
:立入
禁止区域周辺の除染によって発生した廃棄物を処分するものである。49 か所設置さ
れた。
図 2.3.2-1 RWTSP のイメージ
(2) 国際プロジェクト
前述のとおり、事故後速やかに石棺を設置したが、この処置は長期安定的なものではな
かった。旧ソ連は安定化に向けた対策を十分に実施できないまま 1991 年に崩壊し、その
対応はウクライナに引き継がれることになった。ウクライナは「国際社会」の協力を得て
対応を進めた。主要な動きを以下に示す。
1991 年:ソ連が崩壊し、ウクライナは共和国になった。
1992 年:初の国際的アイデアコンペディション(キエフコンペティション)
。EU サポー
トの入札が焦点。
1995 年:ウクライナは、G7 および EU と覚書。
1996 年:G7 と EC のプロジェクトが始まる。
1997 年:デンバーサミットの G7 合意で「シェルタープロジェクト」が始まる。欧州復
興開発銀行からの融資百万ドル程度で「チェルノブイリシェルター基金」をつく
り、国際企画会議で何億ユーロ等を集めた。本プロジェクトは、遅くとも 2018
年初に完了予定。
国際プロジェクトの開始時の主要な課題は、短期的なリスクを軽減することであった。
石棺は破壊されている建物の上にある蓋のようなもので(高放射線作業環境のため、建物
の屋根に丸いチューブを置きその上に鉄のプレートである蓋を載せているだけ)、その下の
状況は事故後のままである(溶けている燃料などが有り、水浸しの状況)
。1996 年当時は、
丸いチューブが載っている壁が動いていたため崩壊が懸念される状況となっていた。そこ
で、崩れそうな部分を補修する作業を実施し、2008 年に完了した。
長期安定的な状況に移行するため、種々の案が検討された。結局、4 号機を囲むように
新シェルターを作成し、その内部で解体作業を進める案が採択された。新シェルターは
2010 年から作成を開始し、すでにほぼ完成している(図 2.3.2-2 参照)
。解体するために
必要なクレーン等の機械を搬入し、2017 年末には、新シェルターを 4 号機の上に移動する
予定である。その後、4 号機を上方から解体し、燃料取出し作業等を開始する予定である。
40
図 2.3.2-2
新シェルター概念図
(3) サイトの廃棄物管理施設
ウクライナの廃棄物はその 90%がチェルノブイリの立入禁止区域内に存在している。残
りは、他の 13 基の原子力発電所のからの廃棄物等である。従って、立入禁止区域内に廃棄
物管理施設を建設し、国内の全ての廃棄物を管理するのが合理的といえる。
4 号機の解体が進めば、燃料デブリを含む様々な廃棄物が運び出されることになる。そ
の対応を進めるため、固体廃棄物管理統合施設(ICSRM)及び液体廃棄物処理プラント
(LRTP)が建設された。ICSRM はすべてを遠隔操作により対応が可能な最新鋭の施設で、
2 年前に試運転に入り、現在、廃棄物の貯蔵を開始している。LRTP は、高放射線の蒸発
濃縮物 約 13000m3 をセメント化するプラントで、2015 年から稼動している。
事故時に製作したプールタイプの使用済燃料を乾式貯蔵保管するための使用済燃料安全
中間貯蔵「ISF2」も建設した。燃料が湿っていると、乾式貯蔵保管中の爆発事故が発生す
るリスクがあるため、燃料を乾燥させるための工場も建設した。乾燥後に切断するための
遮蔽施設(ホットセル)を建設中である。
中低レベルの廃棄物については、
「VEKTOR Site」という新廃棄物管理施設を建設する
計画がある。このサイトは、国内の全ての中低レベル廃棄物を処分できる容量を持ち、統
合的な安全評価も実施されている。
1~3 号機は、2000 年に停止し解体に入ったが、黒鉛減速原子炉タイプのためグラファ
イト処分に課題(C14 の問題)があることから、炉の解体は 50 年程度先とされている。
(4) チェルノブイリ立入禁止区域(管理 & 経済)
立入禁止区域は、元々は、事故後に高放射線エリアができたため安全確保のために設定
したものであったが、その活用方法は、徐々に変化してきた。これまで述べて来たとおり、
立入禁止区域内には、固体廃棄物管理統合施設
(ICSRM)
、液体廃棄物処理プラント(LRTP)
、
「VEKTOR Site」
、ISF2、などが建設され、放射性廃棄物に関する拠点となりつつある。
また、2015 年には国際資金でバイオマス焼却炉が建設された。これは、汚染されたバイオ
マスを使うので、灰は全部密閉されてドラム管に移動し、排気ガスも放射能が除去される。
41
(排気ガス中のセシウムは活性炭パウダーを吹き付けサイクロンで移動し灰と一緒に保管
する。
)2 メガワット程度の熱源となる。
安全評価も着実に実施されている。ここで、最も危険な事故は森林火災であり、2015 年
も火事が 1 件あった。火事は、汚染土壌や廃棄物が熱で舞い上がって飛散する問題が生じ
る。
このようにウクライナは、チェルノブイリ立入禁止区域を科学・経済・工業活動に積極
的に活用している。
42
2.4
核不拡散・核物質防護の現状
原子力は重要なエネルギー源である一方、
核兵器や核テロ等のリスクもあるいわば諸刃の
剣である。特に最近は、イラン、パキスタン、北朝鮮などの核開発や、テトリストの暗躍な
ど、核拡散や核テロについての脅威が増大している。ここでは、核不拡散・核物質防護につ
いて、その定義を明確にした上で、その促進に向けた、多国間・二国間の取り組みの現状と
課題を整理することとする。
(1) 核不拡散、核セキュリティとは
1)定義と問題点
「核不拡散」は国家を対象とする概念であり、核兵器保有国の増加の防止する水平不拡散
と、核兵器保有国が保有する核兵器の数の増加や能力の向上を防止する垂直不拡散がある。
狭義には前者の水平不拡散のみを「核不拡散」と称する。本稿でも狭義の定義に基づくこと
とする。一方、核セキュリティは、非国家主体及びテロリストを対象とする概念であり、テ
ロリスト等が核物質等を使用して、妨害破壊行為、不法移転等の悪意のある行為を行うこと
を防止、検知及び対応するという概念である。
湾岸戦争の際、イラクにおいて未申告の施設で秘密の核兵器開発をしていた事が判明し、
IAEA は 1990 年代の初めから後半にかけ、保障措置の改善措置をとった。その 1 つが「保
障措置協定の追加議定書」である。これまでは、包括的な保障措置として、主権国家からの
申告に基づきその申告が正しいということを IAEA が検認していたが、この方法だと申告
されていない核物質を発見することができない。そこで、申告が正しいということ「正確性:
correctness」に加え、間違いなくすべての核物質が申告されているというと「完全性:
completeness」
、の両方をしっかりと検知し確認することが必要とされた。そのための追加
手段として、IAEA に提出する情報量の拡大、IAEA のアクセス権限の拡大と環境サンプリ
ングの実施といったことが追加的に実施されるようになった。図 2.4-1 に IAEA 保障措置の
変遷を示す。
図 2.4-1 IAEA 保障措置の変遷
43
2)日本における核不拡散の現状
日本は原爆が実戦利用された唯一の国であり、一方で原子力の平和利用は積極的に推進す
るという体制を長く採っている。これは福島第一原子力発電所の事故後においても、2014
年のエネルギー基本計画の中で「原子力発電は重要なベースロード電源」、
「核燃料サイクル
政策は推進」とされるなど、原子力利用を継続するというところには変化はない。
原子力の平和利用と核不拡散条約(NPT)の体制では、核兵器保有国が 5 カ国(米、露、
英、中、仏)あり、さらに NPT の外にいる 4 カ国(インド、パキスタン、イスラエル、北
朝鮮)が核兵器を保有している。核兵器を所有しない NPT 国の中において、日本は商業用
の再処理施設を持ち、濃縮技術を持ち、さらに原子力発電所も多く保有しているため、非常
に特異的な立場にある。日米協定の中でも、日本と EURATOM だけが、再処理、遠心分離
機を使った濃縮技術開発を実施できるという特権を与えられている。
(2) 燃料供給体制構築に向けた多国間協力
燃料供給保証とは、既存の市場のバックアップとして、核不拡散以外の政治的な理由(技
術的もしくは商業的な理由を除く)により核燃料の供給が途絶した場合に、代替の核燃料の
供給を受けられるようなシステムを事前に構築しておくことである。こうすることで、自国
での濃縮、再処理能力の開発を自制するインセンティブが与えられ、核不拡散に寄与するこ
とが期待されている。
1970 年代からそのような概念はあったが、2003 年ぐらいに、当時 IAEA のエルバラダ
イ事務局長が、この「燃料バンク構想」を掲げ、その際に様々な提案が出された。現在でも
残っているのが、米国の備蓄、IAEA のバンク、ロシアのバンクの 3 つの提案である。米国
とロシアについては、すでに核燃料が備蓄された状態にあり、IAEA のバンクについてはカ
ザフスタンに設置することが決定しており、準備作業が進められている。
表 2.4-1 に燃料供給保証に係る主な提案の概要を示す。
表 2.4-1 燃料供給保証:燃料供給保証に係る主な提案の概要
提
六ヶ国(仏、独、
案 米 提 案 : LEU 備 蘭、露、英、米)
名 蓄
提案:マルチラテ
ラル・メカニズム
NTI提案:
IAEA核燃料バ
ンク
ドイツ提案:
ロシア提案:
英国提案:
日本提案:
多国間管理による
アンガルスク国際 核燃料保証
IAEA核燃料供給 濃縮サンクチュア
ウ ラ ン 濃 縮 セ ン (旧濃縮ポンド提
登録システム
リー・プロジェク
ター(IUEC)
案)
ト(MESP)
項目
2006 年 9 月
2006年9月 IAEA 2006 年 9 月 IAEA
IAEA 特 別 イ ベ
2006年1月
特別イベント時 特別イベント時
ント時
2007年6月 濃縮ボ
ンド
2009年3月 核燃料
保証
発端
2005年9月
目的
・核燃料市場の
核燃料サイクル
機微技術(濃縮、
透明性・予測可
機 微な 技術や 施
施設を建設しな
能性の向上
再処理)の拡散防
設の拡散防止
いことを選択し
止
・フロント・エ
た国への支援
ンド全体が対象
概要
・ 解体 核起源 の
17.4 ト ン の HEU
を 希 釈 し て LEU
を備蓄
・IAEAの供給保
証 メカ ニズム を
バ ック アップ す
るもの
備考
米 国 、 ノ ル
17.4トン HEUは IAEA事務局長報告
通常の濃縮役務供 濃縮サービスと出
ウェー、UAE、 六ヶ国提案を補
六ヶ国提案を補完(
希 釈 さ れ 、 290 ( 2007 年 6 月 ) の
給に核燃料バンク 資、燃料バンクを
EU 、 資 金 拠 出 完
第2層に相当)
トンのLEUに
ベース
も加えるもの
組合わせたもの
表明
2006年5月
・3層からなる供給
保証体制
第1層:市場原理に
よる供給
第 2 層 : IAEA の サ
ポートを伴う濃縮
事業者のバック
アップ
第3層:各国/ IAEA
によるLEU備蓄
・ IAEA 核 燃 料
バンク創設に5
千万ドルを拠出
条件1:IAEAが
2年以内に必要
な行動を起こす
こと(後に1年
延長)
条件2:他の加
盟国等から1億
ドル(or相当の
現物)拠出
拡散防止と核燃料
への確実なアクセ
スの確立のための
核燃料サイクルの
多国間管理化
濃縮を含めた核燃
料サイクル・サー
ビスを提供する国
際的なセンターの
創設
エネルギー安全保
障に合致した原子
力平和利用の推進
及び導入の支援
・天然ウラン、
LEU 、 転 換 ・ 濃
縮・燃料製造等、・どの国の主権も
供給能力を登録 及ばない非主権地
・以下の三つの 帯 を 設 け 、 IAEA
レベルを明示
が管理する多国間
レベル1:輸出し ウラン濃縮施設を
ていない
建設
レベル2:輸出し ・核燃料バンクも
ている
設置
レベル3:供給可
能な余裕あり
・露アンガルスク
に国際ウラン濃縮
セ ン タ ー
(IUEC)を設置
・参加国は濃縮役
務の優先的オプ
ション
・120tのLEUを備
蓄
供給国、受領国、
IAEAとで予め協定
を締結しておき、
供給途絶が起こっ
た場合、IAEA保障
措置の適用・原子
力安全・核物質防
護等の要件を満た
していることを前
提にIAEAの承認の
もとで供給
44
(3) 二国間協力をめぐる現状と課題
1953 年に米国のアイゼンハワー大統領が、原子力の平和利用(Atoms for Peace)という
演説を行い IAEA が発足した。当初は米国が原子力技術を独占していたが、様々な国が原
子力開発を実施するようになった。その国から、さらに各国に原子力技術が拡散していくこ
とを懸念し、原子力を平和利用するものの、不拡散を担保するような二国間協定というもの
が作られた。すなわち、二国間協定というのは、原子力平和利用だけではなく、核不拡散と
いうものも背景としている。
図 2.4-2 二国間原子力協定をめぐる世界の動向と時代区分
出典)玉井他、原子力平和利用の国際的な協力における核不拡散の確保と主要国の核不拡散
政策に関する分析、JAEA-Review2014-029
図 2.4-2 に二国間原子力協定をめぐる世界の動向と時代区分を示す。
最初の「黎明期」では、主に米国より、研究炉の技術の移転ないしは支給が実施された。
その後、原子力発電所が世界に拡大していく「拡大期」になったが、1974 年のインドの核
実験以降、米国は急速に核不拡散への舵を切り、
「規制の強化・差別化導入期」に入った。
米国では 1978 年に「米国核不拡散法」が成立し、それまでの二国間協定に核不拡散要件を
さらに強化したものを追加していく改定作業というものが開始された。2000 年代になると
「多様化期」となり、これまでの米、ソ、英、仏だけではなく、日本も原子力資機材の供給
国となり、さらに、中国、韓国とか、いろいろな国が供給国になるといったように状況は複
雑化してきた。今後、韓国が再処理、濃縮を希望しており、さらに複雑化されると考えられ
る。
図 2.4-3 に 規制強化・差別化導入期の二国間協定締結状況を示す。
45
図 2.4-3 規制強化・差別化導入期の協定締結状況
出典)玉井他、原子力平和利用の国際的な協力における核不拡散の確保と主要国の核不拡散
政策に関する分析、JAEA-Review2014-029
(4) 日米原子力協定の変遷と米国核不拡散法による改定
日米原子力協定は 1955 年に初めて署名され、以後数回にわたり更改されている。最新の
協定は 1987 年 11 月に署名された 1988 年協定である。この協定のポイントは、20%未満
の濃縮であれば日本の中で可能となったことである。核物質の防護については、第 7 条に
「核物質防護の規定」があり、
「適切な防護措置を、最低限この協定の付属書 B に定めると
ころと同様の水準において維持」することが求められている。なお、IAEA による「核物質
防護勧告」があり、現在は Rev.5 ある。また、再処理、再処理後に出てくるプルトニウムの
貯蔵、
使用済燃料を第三国に移転すること等については、
米国の事前同意が必要であったが、
包括的事前同意となることで、
あらかじめ決められた施設で実施する事に関しては米国の許
可を取る必要が無くなったことも大きな変更点であった。
(5) 米国の二国間協定
①
米-UAE(アラブ首長国連邦)原子力協力協定
UAE の原子力政策としては、
国内では濃縮、再処理を禁止することを表明していたため、
2008 年 4 月に「原子力平和利用協力に関する了解覚書(MOU)
」に署名し、2009 年 1 月
15 日に協定に署名した。オバマ政権時代に内容の見直しが行われ、米-UAE の協定 7 条に
「濃縮、再処理を放棄する」という内容が含まれてより強い協定となった。これを「ゴール
ドスタンダード」呼ぶ。議会の中でこの後の協定はすべてゴールドスタンダードとする動き
が出てきた。
②
米-中原子力協力協定
また、再処理、再処理後に出てくるプルトニウムの貯蔵、、使用済燃料を第三国に移転す
ること等については、米国の事前同意が必要であったが、包括的事前同意となることで、あ
らかじめ決められた施設で実施する事に関しては米国の許可を取る必要が無くなったこと
も大きな変更点であった。
46
③
米-韓国原子力協力協定
韓国は日本と同様、濃縮、再処理の実施を米国に要求していた。
2015 年 6 月に、米韓原子力協力協定に署名したが、内容に関しては、基本的には濃縮、
再処理ができるとしているが、附属書のⅠからⅢまでに書かれた施設においてとしている。
その附属書に施設を追加するためには、米韓の間で開催するハイレベル二国間委員会にて、
合意された施設をあげるということなっている。結果的には、10 年間、米韓で共同研究を
実施しそれを踏まえて入れるということになっているが事実上先延ばしたことになる。
④
米国の原子力協力協定のまとめ
米国政府の動向として「フレキシブル」なアプローチを選択していると考えられる。

中東地域の新興の原子炉導入国等に対しては、ウラン濃縮、再処理の禁止すなわち「ゴ
ールドスタンダード」を適用する。

中東地域以外の新興の原子炉導入国に対してはゴールドスタンダードに固執しない
が、政治的なコミットメントを要求する。これを「シルバースタンダード」とする。

非核兵器国、原子力発電を実施し、しかしウラン濃縮及び再処理施設を保有しない国
に対しては、米国が合意しない限り実施は出来ず、将来の選択肢となる。

核兵器国、ウラン濃縮/再処理施設を有する国では、基本的にウラン濃縮、再処理を
実施する場合に事前同意を付与する。
47
3. 原子力の次世代技術
原子力を継続して利用していく場合、短中期的には既設軽水炉の安全性の向上が重要な課
題となる。3.1 節では、安全の考え方を整理の上(3.1.1 節)
、その向上に向けた研究開発の
動向を紹介する(3.1.2 節)
。また、最近重要性が増しているサイバーセキュリティについて
も現状と課題を概説する(3.1.3 節)
。なお、原子力の安全については、昨年や一昨年の原子
産業動向調査でも取り扱われてはいたが、ここでは、深層防護の独立性や安全研究の具体的
な内容についてより詳細な調査を実施することとした。
原子力を中長期的に利用していく場合には、新設あるいはリプレースが必須となる。そこ
で、3.2 節では新型炉の開発動向を紹介する。
3.1
3.1.1
原子力施設の安全性向上
軽水炉の安全の考え方
(1) 深層防護の基本的な考え方
深層防護とは、ある目標、目的を持ったいくつかの障壁(以後、防護レベル)を用意して、
あるレベルの防護に失敗したら、次のレベルで防護するという「概念」である。概念である
ため、人によって解釈が異なる。例えば IAEA では、下記の 5 層を提示している。

レベル 1:異常運転や故障の防止

レベル 2:異常運転の制御及び故障の検知

レベル 3:設計基準内への事故の制御

レベル 4:事故の進展防止及びシビアアクシデントの影響緩和を含む過酷なプラント
状況の制御

レベル 5:放射性物質の大規模な放出による放射性影響の緩和、IAEA では図に示す
ような構成を提示している。
(出所)原子力学会標準員会「原子力安全の基本的な考え方について
第 I 編
別冊
深層防護
の考え方」
軽水炉の安全性を高めるためには、各深層防護レベルの厚みを強化することと、レベル間
の独立性を高めることが重要である。各防護レベルの厚みの強化に当たっては、
「多重性か
つ独立性」または「多様性かつ独立性」をもたせることが重要である。ここで、独立性とは、
二つ以上の系統または機器が、想定される環境条件及び運転状態において、物理的方法とそ
の他の方法により、それぞれ互いに分離することにより、共通要因または従属要因によって
同時にその機能が損なわれないことをいう。
ここで、
「共通要因」とは、二つ以上の系統または機器に同時に影響を及ぼすことにより
その機能を失わせる要因であり、例えば、火災や溢水などのいわゆる内部ハザードや地震や
津波といった外部ハザードなどがある。このようなハザードに対して、安全上重要な機器や
系統が同時に機能を失いわないようにするには、①隔壁によって区画を分離する、②共通の
区画に設置する場合、なるべく距離を離す、③ローカルバリアの設置により複数機器への影
48
響を避ける、といった方策がある。
「従属要因」とは、単一の原因によって確実に系統または機器に故障を発⽣ させること
となる要因をいう。例えば、配管、弁、ポンプ、熱交換器、フィルタ等の共用、冷却設備、
電源設備、空調設備、⽔ 源等の共用といったものである。これに対する対策は、機能達成
のために要求される設備(直接関連系を含む)を含めて分離するということになる。
各深層防護レベルの厚みやレベル間の独立性を高めることにより、事故を避けることが極
めて重要であるが、それでも事故が起きてしまった場合に備え、防災についても考慮する必
要がある。IAEA の深層防護ではこの階層をレベル 5 としている。
(2) 既存軽水炉の安全対策
1 つの判断ミスだけでは致命的な事故に至らないようにするというのが、そもそもの深層
防護の発想であることを考慮すると、福島第一原子力発電所においては、想定を超えた津波
に対する深層防護そのものが不十分であったと言わざるを得ない。防護レベルの厚み、1 層
から 5 層について見ていくと、今、一般にいわれている「想定津波高さ」が不十分だった
ということに対して、防水扉といった浸水対策がとられていなかった。それから、長期の電
源喪失に対しての防止対策も不十分であった。そういったことが実際に起こったときのアク
シデントマネジメントの対策も、避難計画も不十分であった。各防護レベル間の独立性とい
う観点では、一度にすべての電源が失われるということで、各レベルで使っている電源の独
立性が不十分だったということが挙げられる。
既存軽水炉の主要な安全対策を図 3.1.1-1 に示す。今回の事故の主要な原因であった津波
対策の強化として、例えば防潮堤の高さを津波対策として高くするとか、それを超えて水が
入ったときにも、
それが建屋内に浸水しないように水密扉などを設けるといった対策が行わ
れている。それから、炉心の防護対策ということでは、電源車を用意するとか、あるいは、
外から大容量の送水ポンプ車を設置するといったことが行われている。さらに、PCV の防
護、放出の抑制ということで、今回、格納容器が破損して、放射性物質で土壌汚染等が発生
してしまったが、
そういったことの影響を緩和するために、フィルターベントということで、
放射性物質をできるだけ除去してから放出するというような仕組みが設けられている。
さらに規制の範囲にとらわれず、さらなる安全性向上に向けた技術開発(例えば薄型コア
キャッチャーの開発)
、海外事例を踏まえたアクシデントマネジメント策の強化、過酷事故
シミュレータによる訓練の強化なども実施されている。
49
図 3.1.1-1
既存軽水炉の主要な安全性向上対策
(3) 各国の安全規制を踏まえた軽水炉の安全設計(シビアアクシデント対策を中心に)
シビアアクシデント対策については、福島第一原子力発電所の事故の前から、各国で様々
な検討が行われてきていた、アメリカにおいては、1979 年のスリーマイル事故を契機とし
て継続的な研究が行われてきている。スリーマイル事故の原因に、運転員の判断ミス、操作
ミスというものがあったことから、アメリカは、EPRI 等に資金を出して、抜本的な、新し
い炉を開発する動きを進めた。それで開発されたのが、いわゆる「パッシブ炉」というもの
で、今では AP1000 TM、ESBWR という形になって、建設が実際に始まっている。
各国の安全規制の特徴をみると、アメリカの場合は、1980 年代から、長期の電源喪失や
水素制御対策が個別にとられてきている。2000 年代に入ってからは、9.11 を契機に、大規
模損壊への対応も検討された。これはテロ等の不測の破壊行為に対して、柔軟にモバイル機
器等を使って、対応していく対策である。
欧州の規制については、
古くからフィルターベント等の設置や航空機衝突に対しての対応、
あるいは、ヒートシンク等の対応など、いわゆるシビアアクシデント対応は、昔から行われ
ている。
(4) まとめ
軽水炉安全の基本的を確保するためには、深層防護が重要である。すなわち、単一の完璧
な防護策は存在しないことから、
その防護が破れたその次の備えを着実に準備しておく必要
がある。また、その実装においては、複数の防護レベルが同時に喪失することがないよう、
防護策の独立性を確保することが重要である。
現在、既存の原子力発電所においては、福島第一原子力発電所の問題点、すなわち想定の
津波高さが不十分だったことに加えて、
想定を超える津波に対する深層防護が不十分だった
ということを踏まえ、新規制基準を満足するように深層防護を強化しているところである。
なお、欧米では、福島第一原子力発電所事故の前からシビアアクシデントが規制要求されて
おり、とくに新設炉については、設計段階からシビアアクシデント対策を考慮する必要があ
る。
50
さらに、単に規制基準を満足するようするだけではなく、常にプラントの脆弱性を評価し
て、自主的・継続的に事業者自らが、安全性を向上していくということも重要である。
3.1.2
安全性の向上に向けての研究
(1) 安全研究の概要
安全研究とは、
「安全性の継続的改善」を進めようとしている事業者及びこれを監視・評
価する規制行政が、
安全上の課題に対して大きな脆弱性を残さないように課題の重要度を踏
まえて研究を進め、継続的にこれらに刺激を与えることを目的としている。このため、安全
研究を行う研究機関においては、

プラントの安全確保の実力と改善の効果を評価する手法の整備

新たな対策や評価結果を反映した基準・判断指標類の整備

安全を俯瞰した上で、これらの課題に対応できる人材の育成
などを進める必要がある。国内においては、日本原子力研究開発機構が主要な役割を担っ
ている。
安全研究のこれまで経緯を図 3.1.2-1 にまとめて示す。1970 年ごろから ECCS(非常用
炉心冷却系)が本当に機能するのかを検証する試験が開始された。それにあわせて、通常時
や事故時の燃料挙動、配管の信頼性といった研究が進められた。シビアアクシデントに関す
る研究は、スリーマイル島原子力発電所事故後、しばらく重点化して行ってきたが、アクシ
デントマネジメント整備がある程度終わった段階で、予算的なサポートが得られないという
理由から縮小された。代わりに、軽水炉の高度化、出力アップデート、燃料の長期利用等に
対応する研究、あるいは、プラントの高経年化に対応する研究等が中心になり、原子力安全
委員会の指針や原子力安全・保安院が規制判断に使う報告書のデータを提供してきた。再処
理プロセスや廃棄物に関しても、やや遅れて研究が始まり、プロセス試験などを実施してき
た。これらの研究成果は、原子力安全委員会の指針類などに反映されてきている。
51
出典:中村秀夫(JAEA)「安全研究センターにおける研究の概要」平成 27 年度安全研究センター報告会
図 3.1.2-1
安全研究の経緯概観
(2) 福島第一原子力発電所事故を踏まえた見直し
基本的には事故前からシビアアクシデントを含んだ研究が行われてきてはいるが、
前述の
通り、アクシデントマネジメントの対応が決まった以降、資金がなかったということもあっ
て、
設計基準事項を超える事象については研究が十分行われていなかった。
そこで事故後は、
設計基準を超えた炉心溶融の防止、放射性物質の放出抑制、公衆被ばくを抑制する原子力防
災の研究が強化されている。ただし、シビアアクシデント対応だけで安全が確保されるわけ
ではなく、幅広い分野の技術を磨き続け、人材を含む総合力を確保していくことが重要であ
る。
図 3.1.2-2 に安全研究の対象分野をまとめて示す。原子力施設に対応した燃料安全、熱水
力安全、材料・構造、燃料サイクル、放射性廃棄物、環境などの研究と、全体のリスクを評
価するための研究が実施されている。さらに、保障措置、放射線防護、モニタリング、核セ
キュリティに関しても、今後、基盤となる研究開発を進めていくことにしている。
図 3.1.2-3 に、日本原子力研究開発機構における安全研究予算の推移を示す。全体的には、
福島第一原子力発電所事故前減少傾向だったが、事故後増加に転じている。例えば、運営交
付金は、平成 26 年度は 10 億円弱であるが、これには施設の運転費用も含まれているため、
研究そのものに使っている予算は、2 億円程度である。それ以外の規制側の支援をするため
の予算は、26 年度では約 40 億で、大多数はその予算に頼っている状況になっている。
52
出典:中村秀夫(JAEA)「安全研究センターにおける研究の概要」平成 25 年度安全研究センター成
果報告会
図 3.1.2-2
図 3.1.2-3
安全研究対象分野
日本原子力研究開発機構における安全研究予算の推移
53
(3) 安全研究に必要な要件と特徴
安全研究においては、幅広い分野をカバーして、弱点をつくらないことが重要である。短
期的な課題の浮き沈みにより、一部の分野を実施する能力を喪失してしまうと、安全性維持
に禍根を残す恐れがある。また、基準や規制判断を作るには、エンジニアリングジャッジが
必要となってくることもあり、単に科学的に現象を研究するだけではなく、総合試験、要素
実験、解析コードを組み合わせて、バランスのとれた判断ができる力をつけていく必要があ
る。
また、事故・トラブルというものを学問的に全部予見するということは不可能でり、研究
すべき課題の多くは現場、プラントにおける経験から抽出していく必要がある。そういう意
味で安全研究は一種の事故/トラブルの模擬体験の場という側面がある。すなわち継続的な
安全研究の実施は人材育成の観点からも極めて重要である。
安全研究を進めるためには、事業者やメーカーから燃料・構造物などの実機の機器・材料
の提供をうけるとともに、設計、製造、運転、トラブルなどに関する詳細な情報提供をうけ
ることが重要となる。その一方、メーカーや事業者に過度に依存した成果では、社会に受け
入れられない。社会に受け入れられるようにするためには、研究機関が研究成果について、
事業者やメーカーの妨げを受けることなく公表・評価できることが必要となる。そのため、
研究機関には組織的な独立性、
契約の対等性、
成果の共有と評価の自由の確保が必要となる。
(4) 緊急時支援
日本原子力研究開発機構は、緊急時対策に関連し、下記の役割を担うことが求められてい
る。

災害対策基本法及び武力攻撃事態対処法
 指定公共機関に指定

防災基本計画第 12 編原子力災害対策編(平成 26 年 1 月 17 日中央防災会議決定)

国民の保護に関する基本指針(平成 26 年 5 月 9 日閣議決定)
 指定公共機関として、原子力機構は、緊急時の専門家の派遣、資機材の提供、こ
のための体制整備の義務

原子力災害対策マニュアル(平成 24 年 10 月 19 日原子力防災会議幹事会決定、平成
26 年 10 月 14 日一部改訂)
 原子力緊急時支援・研修センターの具体的役割を提示
これらに対応するため、茨城県ひたちなか市に緊急時支援・研修センターが設置され、災
害対策本部や現地対策本部と情報のやりとり、専門家の派遣などの支援活動ができる体制に
なっている。支援・研修センターは、緊急時のモニタリングや被ばく評価といった特別な技
術が必要となるため、
そういった技術を普段から訓練するとともに、
例えば、
有事の際には、
航空機のモニタリングが行えるよう活動を強化している。
(5) まとめ
福島第一原子力発電所事故をうけて、シビアアクシデント関係の研究開発が強化されてい
るところではあるが、事故を起こさないためには、通常の安全・安定に不可欠な燃料、材料、
水化学等の研究も重要である。安全研究において重要なことは弱点を作らないことであり、
54
幅の広い分野の研究を継続的に実施することが重要である。このことは、直接的な研究成果
を蓄積するだけではなく、研究の実施により事故/トラブルについての疑似体験を蓄積する
ことにもなり、人材育成にも大きく寄与することが期待される。
3.1.3
サイバーセキュリティ
(1) サイバーセキュリティとは
サイバーセキュリティ基本法の定義によると、サイバーセキュリティとは、
『
「電磁的方式」
によって記録・発信・伝送・受信される情報の漏えい・滅失・毀損の防止などその安全管理
のために必要な措置および情報システム・情報通信ネットワークの安全性・信頼性を確保す
るために必要な措置が講じられ、その状態が適切に維持管理されていることをいう。
』とさ
れている。国内のサイバーセキュリティ基本法は、サイバーセキュリティに関する施策を総
合的かつ効果的に推進するために、基本理念、国・地方公共団体・重要社会基盤事業者など
の責務、サイバーセキュリティ戦略本部の設置などを規定(H27年施行)している。
重要社会基盤事業者とは、
「国民生活及び経済活動の基盤であって、その機能が停止し、
又は低下した場合に国民生活又は経済活動に多大な影響を及ぼすおそれが生ずるものに関
する事業を行う者(基本法第 3 条)
」であり、具体的には「情報通信」「金融」「航空」
「鉄
道」「電力」
「ガス」「政府・行政サービス(地方公共団体も含む)」
「医療」「水道」
「物流」
「化学」
「クレジット」
「石油」などの事業者が該当する。
サイバー攻撃(cyber attack)は、特定の国家、企業、団体、個人のコンピューターやネ
ットワークシステムに不正にアクセスし、悪意をもってデータを盗み見たり、破壊したりす
る行為であり、政治的理由等に基づき、社会に混乱をもたらしたり、安全保障を脅かしたり
することを目的とする破壊活動は、特にサイバーテロともいう。このサイバーテロの手口に
は、以下がある。
(IT 用語辞典バイナリ)

膨大な量、又は、大規模なデータ量の添付ファイルをつけたメールを送付。

ウェブサイトに侵入(クラッキング)してデータを改竄。

ユーザーを偽の Web サイトへ誘導し(フィッシング)、悪意あるプログラム(マルウ
ェア)をダウンロードさせる(ガンブラー攻撃)
。

トロイの木馬を利用して(バックドアを設置し)他のユーザーの PC を遠隔操作可能
にし(ボット化)
、それを多数用意して(ボットネット)
、特定の Web サイトに一斉
にアクセスすることで機能不能にする(DDoS)など。
また、サイバーテロの事例としては、以下がある。

2009 年 7 月、韓国首相官邸(青瓦台)をはじめとする韓国の主要な銀行、E コマー
スサイトなどが一斉に DDoS を受けて麻痺状態に陥り、大混乱に陥った。

2010 年 11 月には告発サイト「WikiLeaks」が DDoS によるサイバーテロ被害を受
けた。

2009 年から 2010 年にかけて、中国人民解放軍の陸水信号部隊が米国の政府・軍機
関や民間企業に対して頻発にサイバー攻撃を行ったとされる(2010/7 米国の調査機
関メディアス・リサーチ報告)
。

2012 年 6 月、ハッカー集団アノニマスが日本の違法ダウンロードの刑事罰化に抗議
55
し、財務省、自民党、日本音楽著作権協会等のウェブサイトをダウンさせた。
以上のようなサイバー攻撃への対策の 3 本柱(CIA)は以下となる。
機密性:重要な情報の防護、高い機密性が求められる。
完全性:データの内容が完全であり、信頼できるものであることを保証するため
完全性の確保が必要である。
可用性:必要な人に確実に情報が提供され、アクセス可能であるよう可用性も重要。
(2) サイバー脅威と民生原子力<脅威の変化>
近年、ネットワークに接続されていないため安全と考えられていた産業制御システム
(ICS)をターゲットとしたサイバー攻撃が増加している。これまでで最も重大な攻撃は、下
記の STUXNET である。

イラン原子力施設がターゲットとなり、ネットワークに接続されていない ICS が感
染することにより、ウラン濃縮施設の遠心分離機が制御不能となり、最終的に破損し
た。
現在、世界中にインターネットと接続された ICS が存在しており、2014 年にもドイツの
製鋼所の ICS が STUXNET のコピーに感染し、溶鉱炉が故障するという事件が発生してい
る。
上記を踏まえると、リスクシナリオとして、原子力施設を狙ったサイバー攻撃は、 以下
のようなものが考えられる。

原子力施設の運転制御系システムを破壊するサイバー攻撃

原子力施設や核燃料サイクル施設の機能に影響を与える破壊行為

原子力の機密情報を収集し悪用するサイバースパイ行為(出典:CONTEXT 社)
また、チャタムハウスの最新報告書では、以下の理由から原子力施設のサイバー攻撃対策
強化の必要性を指摘している。

他の重要社会基盤に比して原子力産業のデジタル化は遅く、規制要件も不十分

これまで核物質防護に力点が置かれ、サイバーセキュリティ対策に遅れ

デジタル・システムへの依存増加、既成品ソフトの利用の増加で、脆弱性が増加

攻撃の技術が高度化
我が国の原子力施設に対する規制要件(核物質防護規制の一環)は、下記の「実用発電用
原子炉の設置、運転等に関する規則」である。

第九十一条 法第四十三条の三の二十二第二項の規定により、
発電用原子炉設置者は、
次の表の上欄に掲げる特定核燃料物質の区分に応じ、それぞれ同表の下欄に掲げる措
置を講じなければならない。
(中略)

十八 発電用原子炉施設及び特定核燃料物質の防護のために必要な設備又は装置の操
作に係る情報システムは、
電気通信回線を通じて妨害行為又は破壊行為を受けること
がないように、
電気通信回線を通じた当該情報システムに対する外部からのアクセス
を遮断すること。

十九 前号の情報システムに対する妨害行為又は破壊行為が行われるおそれがある場
56
合又は行われた場合において迅速かつ確実に対応できるように適切な計画
(第九十六
条第一項において「情報システムセキュリティ計画」という。)を作成すること。
(3) 海外の状況
英国の「CONTEXT 社」
「EDF Energy 社」、ハンガリーの「HAEA」
(Hungarian Atomic
Energy Agency)
、フィンランドの「STUK」
(Radiation and Nuclear Safety Authority)
の状況を以下にまとめる。
1)サイバーセキュリティの規制体系
ハンガリー、
フィンランドにおいては、
IAEA の NSS-17 に準拠した規則を制定している。
ここで、NSS-17 は、原子力施設における計装制御システムの設計・運用・管理を行う職員、
情報システム及びネットワークに関する指針であり、以下のことを定めている。

システム・ネットワークに対する妨害破壊行為(sabotage)や内部脅威に力点をお
いて、脅威とこれに対応する脆弱性を特定し、評価する方法を示す。

セキュリティ情報及び計装制御システムの構成、防護、管理に関する最良慣行を示す
ことによって、潜在的な攻撃の防止・探知について論じる
英国においては、重要インフラに対するサイバーセキュリティ対策の一環として、政府方
針(HMG SPF;英国政府セキュリティ方針フレームワーク)
、規則(NISR 2003/2006; 英
国 原 子 力 産 業 セ キ ュ リ テ ィ 規 則 )、 評 価 手 法 ( HMG IS1 )、 指 針
(Communications-Electronics Security Group、情報リスク管理体制確立のための指針)
などが整備されている。
情報リスク管理体制確立のための指針(10 のステップ)においては、
トップが方針を示すことが重要性を示した上で、9 項目のサイクルを示している(図 3.1.3-1
参照)
。
57
図 3.1.3-1 英国 CESG による情報管理体制 10 のステップ
2)組織体制
情報管理を実施していく上では、しかるべき組織体制を構築する必要がある。EDF の場
合は、運転本部長直轄の原子力セキュリティ主任が全発電所を横断的に監督し、また、ONR
の要請で情報セキュリティ担当役員、セキュリティ主任、情報セキュリティ主任、セキュリ
ティ内部監査人(Internal Regulator)を配置している。さらに従事者に対して、情報管理
トレーニング受講の義務化、ポスター、冊子、スクリーンセイバーなどによる情報伝達、年
1 回のセキュリティ巡視、自宅や職場におけるセキュリティへの注意喚起などが行われてい
る。
3)設計基礎脅威
サイバーセキュリティの対策を具体的に検討する場合、
どのような脅威を想定するかが重
要となる。核テロ対策の場合では、その国の治安状況を勘案しつつ、想定すべき脅威につい
て、攻撃者の人数、所持している武器の種類、内部通報者の有無といったこと具体的に定め
ているが(DBT:Design Basis Threat;設計基礎脅威)
、サイバーセキュリティについて
も同様のものを設定する必要がある。HAEA、STUK では、すでに DBT の検討が進められ
ている。また、DBT を超える事象の対応については、「原則国家が対応するが、DBT を若
干上回る程度の脅威に対しては事業者の対応にも期待する」という方針も示されている。さ
らに、攻撃防止措置だけではなく、監視とサイバー事象発生時の対応能力の強化が重要であ
るという意見もある。なお、具体的な DBT の具体的な内容は機密事項であり、本調査の範
58
囲外である。
4)監視体制
HAEA では、セキュリティ計画にセキュリティ監査を規定し、その実施のためにコンピ
ュータ・セキュリティ監査人を配置している。STUK では 4 年に 1 度、外部専門家による
監査を義務付けるとともに、外部資源にも監査を実施することを義務づけている。ONR は
内 部保障 プログ ラム (internal assurance program )の構 築、内 部規制 人( internal
regulator)の配置の奨励、検査の実施を行っている。
下請け管理、契約管理も重要である。CONTEXT においては、調達先へセキュアコーデ
ィングやセキュリティテストの証拠を要求している。提出しない場合は、セキュリティ教育
や、次回以降契約しないなどの措置を行うことも検討に含める。また納品物について疑わし
い場合は、アプリケーションやデバイスの独自試験を行い、確証を得ることとしている。
HAEA や STUK についても概ね同等の措置が行われているようである。
5)具体的な対策
サイバー攻撃の経路は、外部ネットワーク、外部記憶媒体、内部従事者の 3 通りが考え
られる。このうち、外部ネットワークを通した攻撃に対しては、以下のような対策がある。

ICS と社内ネットワークの分離(Air Gap)
、ファイヤーウォールの設置

ICS 内の重要度分類とデータダイオードの設置

侵入検知/防止システム(IDS/IPS)の導入
EDF Energy と CONTEXT は、上記のすべての対策を導入していた。HAEA は 2 つめの
データダイオードの設置を行っていた。
外部記憶媒体、特に USB ポートを通した脅威については、USB ポートの利用制限や施
錠、アップロード手順の徹底、監視カメラの設置などが行われている。
内部の脅威に対しては、監視カメラ等による監視や、職員の相互監視が基本的な対策とな
る。各機関の内部脅威に対する対応状況は以下のとおりである。
 CONTEXT:職員の境遇の変化に注意し、定期的に職員をスクリーニングする。例え
ば、境遇が変わった際に、機微なシステムへのアクセスを制限する措置
などを実施する。また、疑わしい行動については上司に報告することを
促し、報告がなされた場合には、必ずより詳細な調査を実施することと
する。さらに、攻撃の機会と影響を減らす対策として監視カメラの設置
を行う。その他、特権を付与する人数を最低限とすること、共有アカウ
ントは使用禁止にすること、ユーザーとシステムの監視を併せて実施す
ることが推奨されている。

STUK:
従事者の信頼性確認や行動観察を行うとともに、二人ルールにより相互
監視を行うこと、さらに、健康状態の確認などの必要性が指摘された。
ただし、健康状態については、プライバシー保護の関係で健康診断の結
果の提示を求めるのは難しいとされている。
 EDF Energy:信頼性確認に基づくアクセス管理を行う。相互監視による不審挙動抑止
を行う。
59
3.2
新型炉開発の動向について
国内における原子力の中長期計画はまだ見通せない状況ではあるが、
今後数十年にわたっ
て原子力を継続して利用するのであれば、国内においても新増設が不可欠になる。
ここでは、
新型の軽水炉の開発の現状の開発動向について示す。
3.2.1
次世代軽水炉
(1) 世界の原子力発電の見通し
世界の原子力発電は、2012 年の 392GW から、2040 年には 624GW まで成長すると言
われている。現在でも新興国の新規建設の勢いは衰えておらず、建設が進められている状
況で、今後、アジア地域、特に中国やインドでの新規建設が見込まれている。
原子炉の規模としては、100 万 kW 級の中型炉のニーズが非常に多くなっている。(図
3.2.1-1 参照)これは、新興国では電気の需要がそれほどなく、送電網が弱いこともあり、
大型炉が難しいことが 1 つの要因として考えられる。ただし、原子力先進国では、130 万
kW を超える大型炉のニーズも非常に大きいこともあり、世界的には、中型炉が主流、大
型炉も期待されているマーケットになっている。
図 3.2.1-1
原子炉の出力分布
(2) 世界の新型炉
図 3.2.1-2 に世界の新型炉を示す。電気出力は、100 万 kW 級の中型炉、130~140 万 kW
級の大型炉、150 万 kW 以上の大型炉に分けることができる。安全システムについては、
動的、静的、その中間のハイブリッドの 3 つに分けることができる。
60
図 3.2.1-2
世界の新型炉
国内最新 BWR と主な新型炉の特徴を以下に示す。
 ABWR
・ 大型 BWR で、日本で豊富な運転・建設実績
・ アメリカで許認可対応済
 ESBWR
・ 静的安全システムを備えたフルパッシブ・超大型 BWR
・ NRC から炉型認証(DC)及び建設運転許可(COL)を取得済
・ プラント建設は未定
 AP1000TM
・ 静的安全システムを備えたフルパッシブ・中型 PWR
・ NRC から炉型認証(DC)及び建設運転許可(COL)を取得済
・ アメリカで 4 基、中国で 4 基建設中
 EPR
・ 動的安全システムによる超大型 PWR
・ 欧州で建設許可取得済(運転許可未取得)
・ 欧州で 2 基、中国で 2 基建設中
 ATMEA1
・ 動的安全システムによる中型 PWR
・ 日仏共同開発中
・ 仏規制当局が、高耐震に適合した炉型認証を提供予定
 APR1400
・ 動的安全システムによる大型 PWR
・ アメリカの PWR をベースに、韓国が改良
61
・ 韓国、UAE で建設認可取得済(運転許可は未取得)
・ 韓国で 2 基、UAE で 2 基建設中
 VVER-TOI
・ ロシア型 PWR の改良型標準炉(中型 PWR)
・ 動的安全システムをベースに、Non-LOCA 用の静的炉心冷却システムを追加
・ ロシア国内で十数基、海外ではインドで 2 基、トルコで 4 基が建設予定
 華龍一号
・ 仏型 PWR をベースに、中国が自主開発
・ 動的安全システムと静的炉心冷却システムを組合せ
・ 中国で 6 基建設予定
・ 海外への輸出戦略を展開中
(3) 世界の原子力発電の課題
新型炉を含めて、世界では今後も原子力発電の導入は進んでいくと考えられる。一方で、
電力自由化により安定的な電力収入が見通せないこと、固定価格買取制度での再生可能エ
ネルギー大量導入による電力価格低下の懸念等があり、初期投資の大きい原子力発電の新
規導入が難しくなっている側面もある。また、技術面では、福島第一原子力発電所事故を
受けてさらなる安全性向上が求められている。
このような背景を踏まえて、世界の原子力発電に対する課題を以下にまとめる。

福島第一原子力発電所事故を考慮した安全性の向上

原子力発電の経済性が相対的に低下(天然ガスの価格低下、風力・太陽光の発電コス
ト低下)
 建設費のさらなる低減(建設性の向上、工期短縮)
 政府等の支援(電力買取、差額補填、低利率ファイナンス)

高額な建設費を負担する投資家のリスクが過大
 原子炉建設/運転リスクのミニマム化が必須

使用済燃料・放射性廃棄物への対策
 使用済燃料処分(ワンスルー)または燃料サイクルの構築

高地震地域の設置に向けた設計変更
 世界標準は 300Gal 相当。高地震地域への高耐震、免震技術の導入。
(4) 次世代軽水炉の技術開発
次世代軽水炉開発のための要素技術開発は平成 20 年度より行われている。これまでの主
な成果は以下のとおりである。
 免震設計・評価手法の確立
・ 各種評価方法の構築
・ 民間指針へ反映(JEAG、原子力学会基準等)
62
 静的格納容器冷却系(PCCS)の開発
・ 事故時システム挙動試験により PCCS モデルの検証
・ 既設炉から次世代軽水炉まで適用可能な評価手法の確立
 静的デブリ冷却システムの開発
・ 耐熱材の高温浸食試験、高温物性試験等による浸食モデル構築
・ 実機評価手法の確立
今後、国内建設の再開の準備もしくは海外展開の基盤を構築する上でも、次世代軽水炉
技術の開発は継続して推進していく必要がある。これからの国内での次世代軽水炉の技術
開発としては以下のような項目が考えられる。
① 事故時耐性材の適用
SiC 材チャンネルボックス、被覆管の開発。シビアアクシデント時の水素発生抑制、
炉心材料の軽量化により耐震性の向上が期待、既設炉への適用も可能。アメリカでも
DOE が主導して同様の研究開発を実施。
② 軽水炉による使用済燃料の環境負荷低減
Pu サーマル高度化による対応:軽水炉の高減速化により Pu 発生量を低減
軽水炉による高速炉代替化
:軽水炉の低減速化により Pu、MA を消費
③ リスクマネジメント(PRA)の活用
プラントの相対的な脆弱点の抽出と、合理的な安全設計・深層防護強化のために活用
(特に外的事象のリスク低減)。現状、国内では、プラント運転時、停止時、地震、
津波に限定されているが、アメリカではこれに加え火災、溢水、竜巻等、幅広く外部
事象までを対象。
④ 高精度シミュレーション技術の活用
大規模試験を代替し、複雑現象の解明のために活用。アメリカの DOE では、シミュ
レーション技術を活用して仮想原子炉を構築する CADL プロジェクトを実施中
(CADL:The Consortium for Advanced Simulation of Light Water Reactors)
。
(5) まとめ
国内建設の再開に向けた準備、将来の海外展開の基盤を構築する上で、次世代軽水炉の技
術開発を積極的に推進していくが必要である。また、国内建設が再開するまでの間は、国内
の原子力産業を維持し、
育成していくという点において、
海外への展開が必要になってくる。
プラントメーカー等が、次世代軽水炉の技術開発を積極的に推進していく一方で、海外展開
のためには国の支援も必要であり、官民一体の取り組みで、国内原子力産業のビジネス機会
を創出していくことが必要である。
63
4. 原子力を巡る環境変化
原子力を巡る環境変化には様々なものがあるが、ここでは、再生可能エネルギーの大量導
入にともなう電力需給調整力(4.1 節)と、電力自由化(4.2 節)に着目して調査・検討を
行った。
4.1
発電設備等の需給調整力の向上への取組み
再生可能エネルギー、
特に出力の変動が大きい太陽光発電や風力発電を大量に導入する場
合、
既存の発電設備による出力変動調整や、蓄電池の大規模な導入などの対策が必要となる。
ここでは、その導入規模を検討するモデル計算の結果を示すとともに(4.1.1)節、火力及び原
子力の出力変動の可能性(4.1.2 節、4.1.3 節)や、蓄電池開発の現状と課題(4.1.4 節)に
ついて概説する。
4.1.1
再生可能エネルギー大量導入と需給調整力
(1) 再生可能エネルギー導入状況
日本では、2012 年 7 月に固定価格買取制度が開始され、2014 年 11 月時点で、新たに運
転を開始した設備は約 14.9GW で、制度開始前と比較して約 7 割増えている。そのうち、9
割以上を太陽光発電が占めており、認定容量でも 9 割以上を占めている。
(図 4.1.1-1 参照)
出典:総合資源エネルギー調査会 長期エネルギー需給見通し小委員会(第4回会合)資料2
図 4.1.1-1 再生可能エネルギー発電設備の導入状況
各電力会社の系統受入状況をみてみると、北海道電力、沖縄電力においては、2013 年か
ら、既に再生可能エネルギー発電設備の受入れが困難な状況になっており、2014 年には、
東北電力、四国電力、九州電力においても、再生可能エネルギー発電設備の導入量と申込量
64
の合計が低負荷期の電力需要を超過する状態となっている。
このため、
これらの電力会社は、
一定規模以上の再生可能エネルギー発電設備の接続申込みへの回答を保留すること等を公
表する事態となっている。
(図 4.1.1-2 参照)
再生可能エネルギーの新規導入の大部分を占める太陽光発電、風力発電は、変動するエネ
ルギー源であるため、その導入にあたっては、電力システムの全体の運用を踏まえて考える
必要がある。電力システムは、変動する太陽光発電、風力発電に加えて、需給を調整するた
めの火力発電や水力発電、
安定した電気を供給する原子力発電等のバランスで成り立ってお
り、このバランスが崩れると安定した電力供給が困難となってしまう。
出典:総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会 新エネルギー小委員会 系統ワーキ
ンググループ(第 1 回)資料 3
図 4.1.1-2 電力各社の再生可能エネルギー発電設備の系統への受入れ状況
(2) 需給調整力不足の課題
固定価格買取制度開始後、運転開始済量は認定容量のうち約 20%(2014 年 11 月現在)
であることから、再生可能エネルギーである太陽光発電、風力発電設備の運用は今後増加し
ていくことが予想され、それに伴い電力システムでは、需給調整の問題が発生すると考えら
れる。その主な理由は以下に示す。

再生可能エネルギーの発電量の変動による、変動要素の増加

火力発電などの従来系統の需給調整を担う発電方式の運用量の減少
電力システムは、
経済活動や市民生活等による変動する電力需要を供給側でバランスをと
ることで成り立っている。太陽光、風力発電は天候や時間によって出力が変動する一方で、
それ自身の調整能力は現状ではあまり期待できない。これらの発電設備の大量導入により、
変動要素が増加することになり、
さらに、
これまで需給調整力を担ってきた火力発電所等が、
稼動率低下、もしくは、廃止に追い込まれ、結果として、電力システム全体の需給調整が困
65
難となる。この電力システムの供給側の需給調整力の低下は、世界共通の課題である。
(3) 需給調整力の向上への取り組み
需給調整力不足の問題に対しては、足元の現状から、将来のニーズと可能性を見通して、
設備と運用の双方による段階的な対応が必要かつ有効である。以下、需給運用における柔軟
性向上の体系を図 4.1.1-3 に示す。
図 4.1.1-3 需給運用における柔軟性向上の体系
需給運用の柔軟性向上と変動性低減の対策として、まずは、従来電源の火力、水力発電が
持っている需給調整量を最大限活用することが挙げられる。

火力発電の最低運転出力の低減、負荷調整能力の向上、起動時間短縮

揚水の積極運用、可変変化による揚水運転時の調整力向上

水力の運用の高度化
また、変動する再生可能エネルギーへの直接的な対策として、その発電を抑制する以下の
対策も挙げられる。

風力発電のピッチ角制御などによる出力抑制、発電制御

太陽光発電のインバータ制御の高度化
さらに、長期的な視点に立った対策としては、以下のような対策が考えられる。

民生・業務の建物、PHEV/EV の充電需要に分散型の電力貯蔵を含む需要の能動化

送電線、
系統連系の拡充によるならし効果と電力システムの柔軟性資源の最大活用の
環境設備

太陽光発電、風力発電などの出力の変動する再生可能エネルギー発電の出力把握・予
66
測を含めた運用の高度化と最適設備形成による電力システムの進化
(4) 電力需給解析
2030 年における、需給調整能力を考慮した日本全体の連系させた電力需給解析の結果を
図 4.1.1-4 に示す。シナリオ及び電源の想定は、2014 年度までの各電力会社の供給計画、
2015 年 3 月までの国のエネルギーミックスに関する議論等を考慮している。以下に評価結
果をまとめる。

経済負荷配分のもと、連系線のない単独系統(Ei_PV108)から連系線でエネルギー
融通する(Ee_PV108)ことで、抑制率は減り、燃料量も大幅に低減される。

経済負荷配分のもと、連系線でエネルギー融通(Ee_PV108)に加えて調整力を融通
する(Eb_PV108)ことで、抑制率と燃料費はさらに低減される。

優先給電を行うこと(Pe_PV108)で抑制率は若干低減できるが、燃料費は大幅(2000
億円/年など)に増加する。

太陽光発電の導入分布を需要比例から偏在させた場合、抑制率、燃料費とも大幅に増
加する。
2030 年の太陽光と風力の発電抑制量
PV Prop.
PV Biased
Ei PV108
Ee PV108
Eb PV108
Pe PV108
2030 年の全国燃料費
:太陽光発電を需要比例させた場合
:太陽光発電を FIT 制度後の偏在を考慮して分布させた場合
:経済負荷配分、単独系統
:経済負荷配分、連系線でエネルギーを融通
:経済負荷配分、連系線でエネルギーと調整力を融通
:再エネ優先給電、連系線でエネルギーを融通
出典:荻本ら, 我が国の 2030 年の電力需給解析-再生可能エネルギー導入と柔軟性- エネルギー資源学
会研究会(2015.6)
図 4.1.1-4 電力需給解析結果
(5) まとめ
変動する再生可能エネルギーである太陽光発電、風力発電が大量導入される中で、電力の
需給バランスを確保して、安定的な 電力供給を維持することが求められる。まずは、既存
電源の需給調整力を最大限活用できるようにすることが最も有効な手段ではあるが、
それに
加え、太陽光発電、風力発電に対する出力抑制技術の導入、広域な系統連系による電力及び
調整力の融通、さらには需要側のネットワークへの取り込み等、今後は、システム全体を視
野に入れた取り組みにより、システムを安定して運用していくことが必要になる。
67
4.1.2
火力発電の需給調整能力
(1) 電力システムの需給調整とは
電力需要の変動には、瞬時から年間まで様々なものがある。需要側の変動に対して、供給
側で調整を行うことによって、
需要と供給力をバランスさせ、
周波数を 50Hz もしくは 60Hz
に維持することである。需要と供給力のバランスのイメージを図 4.1.2-1 に示す。
図 4.1.2-1 需給調整のイメージ
以前は需給調整においては「設備予備力の量」を確保することが重要視されていたが、再
生可能エネルギーの大量導入により急激な需要変動が発生することが想定されることから、
今後は「スピード(変化速度)」の重要性が増してくることになる。
(2) 系統内での火力発電の運用の現状
前述した需要変動に対して、主体的な役割を担ってきたのが火力発電である。需要変動に
対応した火力発電の運用の現状を表 4.1.2-1 に示す。
表 4.1.2-1 火力発電の運用の現状
火力発電の需給調整機能としては、系統需要の変動周期により以下の 4 段階の機能があ
る。
(図 4.1.2-2 参照)
68
図 4.1.2-2 火力発電の需給調整機能
① 発電機の慣性エネルギーによる自己制御(10 秒以下):
瞬時の負荷が小さい変動に対しては、電力系統につながっている発電機の回転エネルギ
ー保有する慣性力よる自己制御する。
② 火力発電保有エネルギーよるタービンガバナフリー制御(~3 分程度):
発電機の回転数が下がった場合(電力需要の増加にあたる)、
「カバナ」と呼ばれるコン
トロールバルブ(CV)を開き、プラントが持っている内部エネルギーを蒸気タービン側に
放出、発電機の出力増加、周波数が維持することで制御する。CV の調整でなく蒸気圧力
を変化させることで出力を調整する方法もある。前者は、調整しろをとるため、効率を落
とす必要があるが(例えば 90%程度で運用するなど)、後者と比べると応答性が良いため、
一般的に日本では前者方法で運用している。
③ プラント制御による周波数制御(AFC/LFC)
(~30 分程度)
:
電力系統全体をみている中央給電指令所からの自動的な周波数制御指令によってプラン
トの出力増減を制御する。
④ 出力指令に基づく出力制御(EDC)
:
想定される一日の需要カーブ等にもとづく大きな需要変動に対応するもので、中央給電
指令所から各プラントへの出力増減指令によって行われる。
(3) 火力発電の需給調整機能の向上
太陽光発電、風力発電が増加すると、火力発電の寄与は相対的に減少する一方、求められ
る需給調整量は増加する。そういった状況の中で、火力発電については、柔軟性をより高く
するための技術開発を行っていく必要がある。
以下にそれぞれの柔軟性向上に向けた取り組
みの特徴について簡単に述べる。
① 最低出力の低減(LFC 運用帯の拡大)
最低出力の低減により、系統につながるタービンの数を増やすことができ、慣性力を高
めた上、予備力を多く持つことができるようになる。さらに、最大出力時と同様の LFC
を備えることで、微小の需給バランスにも対応することが可能となる。ただし、定格出力
時よりも効率が低下してしまう。特に GTCC では定格の 50%で 85%程度に、25%で 3 分
69
の 2 程度に落ちるため、改善が必要である。
② 出力変化速度の向上(LFC・DPC 対応速度)
出力変化速度が改善することで、急な需要変動への対応能力が向上する。日本の石炭火
力では 3%/min 程度であるが、欧州では 5~8%/min 程度を目標に開発が進んでいる。
③ 起動時間の短縮
石炭火力に比べて GTCC は起動時間が速いため、必要な需要が発生したら、すぐに系統
への電力供給を可能とするために、GTCC の起動時間短縮の技術開発は各メーカーで進ん
でいる。
電力自由化が進んでいる欧州では、系統運用者からの要求や卸電力価格の低下により、火
力発電事業者は最低出力の低減などの運用性の向上をせざる得ない状況にある。その中で、
石炭については、最低出力を下げることで系統へ接続状態を維持すること、さらに出力変化
速度を上げることで、発電の機会を損失しないようにすることが行われている。GTCC に
ついは、より厳しい状況であり、性能向上をしないと生き残れないような状況にある。この
ような状況を踏まえ、図 4.1.2-3 に、日本が今後目指すべき、火力発電の需給調整機能の目
標を示す。
このような技術開発や需給調整を実施していく上では、費用が必要である。火力発電の需
給調整能力向上や蓄電池の導入などにより、
システム全体としての調整機能を高めていくと
ともに、需給調整に適切な対価が与えられるようなシステムを検討していく必要がある。
図 4.1.2-3 火力発電の目指す需給調整機能
70
4.1.3
原子力発電の需給調整の可能性
(1) 負荷追従運転と PWR プラント
負荷追従運転とは季節的あるいは、
時間的なさまざまな要因によりたえず変動する電力系
統の負荷に対して、送電系統の安定化のため、発電所の発電機出力を変動させる運転方法で
ある。例えば、日本国内であったら、電力需給が夏場の方が冬よりも高いとか、昼間は工場
などが動いているので電気が必要であるが夜はあまり要らないといった変動があるため、
何
らかの調整が必要となる。
不可追従運転の方法は、大きく分けて、日負荷追従運転と、周波数制御運転がある。日負
荷追従運転は、
1日単位の電力需要にあわせて計画的に発電機出力を変動させるような運転
である。一方、周波数制御運転は、秒~分単位の比較的小幅な出力調整を行う運転であり、
中央給電司令所からの出力要求あるいは系統周波数の変動に応じて、
比較的短周期で発電機
出力を調整するものである。周波数変動運転は、さらに Automatic Frequency Control
(AFC)運転とガバナフリー(GF)に大別される。この整理は 4.1.2 節で述べた火力発電
と同様である。
始めに結論を述べてしまうと、PWR プラントは、負荷追従運転に対応可能な制御能力を
有しており、実証試験を含めて、負荷追従運転を実施できることが確認されている。以下こ
の点についてやや詳細に説明していく。
(2) PWR プラントの負荷追従運転性能
図 4.1.3-1 に PWR の構成の概念図を示す。PWR プラントは、「タービン主・原子炉従」
という言い方が一般的にされており、タービン発電機の出力に応じて、1次系が追従する形
をとっている。例えば、タービン発電機が 90%出力から 100%に上がると、1次系として
は、初期が 90 だったのが、2次系負荷が上がったという信号を受けてから追従する。2次
系負荷が下がったら、また追従するという設計になっている。すなわち、基本的に負荷追従
が可能な設計になっているといえる。
このような性能を実現にあたり、蒸気発生器(SG)の存在が重要と言われている。例え
ばガバナ弁が急激に開くと、タービンに入る蒸気量が急増するが、その元となる水は2次系
内にあり、一次系に直接の影響は与えない。一次系への影響は、SG での除熱量の変化を通
して、いわばワンクッション入った形で発生することになる。出力を急減させる場合も同様
である。
71
図 4.1.3-1
PWR の概略
国内 PWR プラントは、基本的に以下の負荷変動に対応できるように設計されている。

10%ステップ状の負荷変動 (定格出力の 15%から 100%の範囲内)
 例えば 100%出力から 90%に瞬間的に1次系から2次系への除熱が悪化しても、
1次系、原子炉系は、原子炉トリップすることなく、安定に追従できる能力を有
しているという意味である。逆に、90 から 100%に瞬間的に負荷が上昇しても
追従可能である

5%/min のランプ状の負荷変動 (定格出力の 15%から 100%の範囲内)
 1分間に5%のレートでずっと負荷上昇していったときでも、一次系としては追
従できる

大幅なステップ状負荷急減(タービンバイパス容量に応じて、50%~95%負荷減少)
 何らかの系統側の外乱が入って、ガバナ弁を急激に絞る(タービンに入る上記流
量を絞る)場合に、制御棒が入って一次系の出力が落ちるまでの間、タービンを
介さないこの緑色のライン、このタービンバイパス弁を使って直接SGでできた
蒸気を、復水器にダンプさせることによって、蒸気をある程度抜きながら出力を
下げること。タービンバイパス容量はプラントによって差があり、比較的容量が
小さいプラントでは 50%減、大きいプラントでは 95%減まで耐えられる。
このように、PWR はタービン主、原子炉従」、すなわち、タービン負荷に応じて原子炉
の出力を制御する方式であり、負荷追従に対する優れた追従性を有している。現在実機にお
いてはベースロード運転が行われているが、これは主に経済性の観点である。
(3) 原子炉運転上の管理事項
PWR プラントでは、安全上の目的で、軸方向出力分布の歪みを一定範囲に維持するとい
う「アキシャルオフセット一定運転」、一般的には CAOC;Constant Axial Offset Control
とよばれる運転を採用している。これは、負荷追従運転中も保持する必要がある。負荷変動
時は、基本的には、制御棒クラスタの挿入/引抜により原子炉出力を制御するが、この方法
72
は、軸方向出力分布への影響が大きい。CAOC 制限値を逸脱することを防ぐため、必要に
応じて、ほう素濃度の濃縮/希釈による調整という方法との組合せによって、出力を制御し
ていくことになる。
負荷追従運転を実施する場合、なるべくほう素濃度調整に頼らない制御が望ましい。その
ための改良制御系はすでに開発済である。また、制御棒駆動時の軸方向出力分布への影響を
軽減できるグレイロッドの設置も行われている。
なお、日常的に日負荷追従運転を実施する場合、制御棒クラスタや加圧器スプレイ弁の作
動回数及び一次系温度変化による熱過渡が増大し、機器耐力への配慮が必要となる。しかし
ながら、国内の PWR プラントでは、主機の耐力評価において、一日一回の日負荷追従運転
を考慮して実施しているため、機器耐力の問題は、日負荷追従運転を実施するにあたっての
課題とはならない。
周波数制御運転についても、同様に機器耐力への考慮が必要である。一部のプラントは、
すでに周波数制御運転を考慮して主機の耐力評価を実施し認可されているので、
追加の評価
は不要である。認可されていないプラントについては周波通制御運転実施に先立って、耐力
評価を行う必要がある。なお、周波数制御運転中の主機の繰り返し駆動を低減するための専
用の制御系についてもすでに開発済である。
(4) 海外における負荷追従運転の現状
米国においては、次世代の軽水炉に対する要求事項(URD)の中で、下記の性能を要求し
ている。

日負荷運転に対応できること(12-2-8-2 100%→50%→100%;図 4.1.3-2 参照)

ほう素の濃縮/希釈無し

周波数制御運転 ±5%出力(出力変化率 2%/分)

日負荷追従運転との同時運用

運転頻度 35 回/日
図 4.1.3-2
日負荷変動イメージ(12-2-8-2 100%→50%→100%)
同様に欧州における次世代軽水炉への要求(EUR)の中では

日負荷運転に対応できること(100%→○%→100%)(数値は明記されていない)

ほう素の濃縮/希釈無し

AFC
 ±10%出力(出力変化率 1%/分)
 日負荷追従運転との同時運用

GF 運転
73
 ±3%出力
 日負荷追従運転との同時運用
という条件が示されている。欧州、米国とも今後建設される軽水炉については、負荷追従
への対応を明示的に要求している。
一方、既設プラントにおける実績としては、フランスにおいて、1980 年代半ばから深津
中運転が実施されてきている。
(5) 国内の状況
国内では以下のプラントにおいて負荷追従運転実証試験が実施されている。

四国電力・伊方2号で 1987 年、1988 年に日負荷追従運転試験実施。

関西電力・美浜3号で 1984 年、1985 年に周波数制御運転試験実施。
試験は、計画通り順調に実施され、以下の通り良好な結果を得ている。

日負荷追従運転中の主要パラメータの変動は微小であり、各種制御系の働きにより、
所定の管理範囲内で安定に制御されることを確認。

運転員によるほう素濃度の手動調整についても十分対応可能な範囲で問題ない。

日負荷追従試験中及び試験後において、パトロールを実施した結果、プラント設備全
般について異常なし。
周波数制御運転実証試験については、
出力変動幅は±2.5%~±3.5%出力で AFC 運転試験、
GF 運転試験、AFC 運転と GF 運転の重ね合わせが行われた。その結果、周波数制御運転
中の主要パラメータの変動は定常変動範囲内に収まっており、問題なく周波数制御運転を実
施できることを確認した。
このように実証試験では良好な結果が得られたが、国内では実運用は行われていない。
(6) まとめ
国内の PWR プラントは、基本的に負荷追従運転に対応可能であり、実証試験においても
良好な結果を得ている。また、日負荷追従運転については全てのプラント、周波数制御運転
については一部のプラントが、負荷追従を前提とした耐力評価を実施している。
今後再生可能エネルギーの大規模導入などにより、火力発電だけではなく、原子力につい
ても電力系統を安定させるための調整運転が求められる可能性があるが、PWR はその要求
に柔軟に対応する能力を持っているといえる。
74
4.2
電力自由化における電気事業
4.2.1 アメリカの電気事業の現状
(1) 米国の電力事業の特徴および概要
米国の電気事業は事業者の数が非常に多いという特徴がある。現在、民営事業者は 200
社程度、公営事業者は連邦営 9 社および地方公営 2000 社程度、協組営事業者は 900 社程度
であり、これらとは別に IPP やマーケッターが存在している。
このように事業者が非常に多くなった理由は、「民営事業者の統合を妨げる制度」が存在
したことにある。そもそも電気事業は州による規制を受けるため、州を越えた企業合併自体
が困難であった。1920 年代には、民営電気事業者の 8 割(発電電力量ベース)が持株会社
の傘下に入るなど、実効的に統合が進んだが、大恐慌を受けたニューディール立法により、
持ち株会社は規制されることになった。その頃に制定された公益事業持株会社法(Public
Utilities Holding Company Act、以下「PUHCA」)では、複数州で事業展開をする電気
事業会社を傘下に持つ持株会社は証券取引委員会への登録が必要となり、
州を越えた形で電
気事業持株会社グループを形成することは事実上不可能になった。この状況は 1995 年に改
正されるまで継続し、民営事業者の統合に対する大きな制約となった。このような民営事業
者の統合が妨げられた余波として、北東部を中心とした Power Pool の形成がなされ、系統
の統合の流れとなり、ISO/RTO 化の遠因になった(ISO:Independent System Operator;
独立系等運用者、RTO:Regional Transmission Operator;地域送電機関)。
(2) 米国での電気事業制度改革の動き
連邦レベルの制度改革(発電の競争と送電の分離)の動きは次のとおりである。1978 年
の公益事業規制政策法(Public Utility Regulatory Policy Act)は、適格認定施設からの電力
購入を電気事業者に義務付け、原油依存度を低下させることが目的だったが、結果として発
電部門の競争を促進した。1992 年のエネルギー政策法(Energy Policy Act)は、適用除外卸
発電事業者制度の導入と卸託送制度の整備により、卸電力市場の競争を促進した。1996 年
の FERC 指令 Order Nos.888/889 は、送電事業の独立と非差別的なオープンアクセスの義
務付け、独立系統運用者(Independent Transmission Operator)の設立促進、送電網への
アクセス料金等の諸条件を定める約款を設定した。1999 年の FERC 指令 Order No.2000
は、地域送電機関(Regional Transmission Organization)の設立を促進した。
送電の分離は ISO の形で行われている。これは、「機能分離」であり、送電線の所有主
体と運用主体が異なった場合の問題点がある。つまり、設備を所有しない運用主体が設備を
作りたい時に、資産のない運用主体が資金調達することはできないという点である。米国で
ISO 方式が採用されたのは、「民営事業者の合併・統合が難しい」なかで、系統運用を共
通化するための仕組みとして導入された Power Pool の考え方(New England, NY, PJM)
「系統運用者の独立性を高める」動きと結びついたものである。
州レベルの制度改革の動き(小売の競争と発電の分離)は次のとおりである。
小売自由化の背景は、州間での電力価格に大きな差が存在していたことであり、背景とし
75
て電源構成の差がある。
産業の他州逃避を避けるためには、電力価格を下げる必要があるが、
FERC による卸電力の競争促進等の動きがあり、隣に安い電気があるならば、それを持っ
てくれば価格を下げられることから、それに伴う競争が始まり、古い電源が駆逐され、高効
率の電源が新設された。
元々電力価格が安い州からすれば安い電気を他州に持って行かれて
しまうことになり、自由化に消極的な州の存在もあった。1990 年代後半に小売自由化が相
次いで実施されるが、2000〜2001 年にはカリフォルニア電力危機、2001 年にはエンロン
崩壊があり、自由化の機運は一気にしぼんだ。
州規制当局は、小売部門の競争の実効性を確保するためには、既存事業者が州内の電源の
多くを握っている状態は良くないため、既存事業者に対し、発電設備の分離を求めたいと考
えている。その一方、民営の事業者に対し、発電設備の所有権分離を強制することは、私有
財産権収用にあたるので、補償が必要との考え方が存在する。結果、規制当局と事業者との
交渉の中で、
事業者が任意に発電設備の売却を実施するような流れが作り出された。つまり、
競争導入により発生するストランディドコストの回収を認める代わりに、
発電設備の売却を
求める(=売却価格と帳簿価格の差をストランディドコストと認定)というものである。
発電部門に対する分離の取り扱い
所有権の分離への対応(法律・規則)
州
自由化実施時点で全事業者に強制
メイン、(ニューハンプシャー)
自由化実施時点で市場支配力の問題があれば強制
(アーカンソー)
自由化実施後に市場支配力の問題があれば強制
デラウェア、ニュージャージー
選択
完全分離か容量への入札を事業者が選択
ミシガン、テキサス
推奨
完全分離の実施を推奨
禁止
規制当局に完全分離を命じる権限がないことを明記
強制
カリフォルニア、ニューヨーク、
オレゴン
メリーランド、モンタナ、ペンシ
ルベニア、バージニア
このような分離強制を巡るニューハンプシャー州の事例を以下に示す。

1997 年 2 月
州規制当局は、制度改革実施にあたり「送配電事業と発電・小売供給事業は兼業で
きない」旨を決定。既存事業者である PSNH 社に対し、送配電部門と発電・売供給
部門の所有権分離の実施を要求。規制当局の立場は、所有権分離の実施は公共の利
益に適合するので、送配電事業の許可条件として、「発電・小売供給事業を所有し
ないこと」を求めることは、既存州法の枠内で可能というものであった。PSNH 社
は、規制当局による制度改革全体を不服として連邦裁判所に提訴。

2000 年 4 月
州と PSNH 社の間で和解成立、発電・小売供給部門については自由化実施後に分離
することで合意(とともに、ストランディドコストの回収を認める)

2001 年 5 月
カリフォルニア電力危機を受けた新法成立。PSNH 社に対し、発電設備の第三者へ
の譲渡を禁止。
76
(3) 米国の電気事業の課題
小売自由化の成果を早期に全需要家にいきわたるようにするため、
積極的に供給者を変更
しない需要家の料金を、自由化実施直前の規制料金で固定化、あるいは一定割合の引き下げ
を行った上で固定化するようにした。理想は、
凍結・引き下げをしている間に競争が進展し、
より安い料金が供給者から提示されることであったが、現実は、燃料費高騰などを理由に市
場価格が上昇し、凍結・引き下げられた料金が最安値になった。その結果、需要家は競争料
金に移行せず凍結・引き下げられた料金に留まり、供給者は卸価格の高騰分を小売価格に転
嫁できない状況となった。さらに事業者に対して発電設備売却を求めたため、事情は一層深
刻になった。
家庭用需要家に対する Standard Offer Service
(自由化実施時点で積極的に供給者を選択しなかった需要家への供給)
州
提供主体
料金規制
終期
オハイオ州
既存事業者
あり(Freeze)
あり(延長)
カリフォルニア州
既存事業者
あり(Freeze)
あり
コネチカット州
既存事業者
あり
当初はあり
既存事業者の関連会社
あり(Price to Beat)
料金規制は終了
既存事業者
卸価格連動
なし
既存事業者・一部入札
あり(Freeze)
Freeze にはあり
既存事業者
あり(Freeze)
あり
競争入札により決定
卸価格連動
なし
テキサス州
ニューヨーク州
ペンシルベニア州
マサチューセッツ州
メイン州
メリーランド州の事例では、小売自由化に伴い、既存事業者に発電設備の分離を求める代
わりに既存事業者が提供する Standard Offer は一定期間料金凍結され、凍結期間中には、
卸電力価格が高騰し、既存事業者には逆ざやが発生した。料金凍結期間終了後、Standard
Offer 価格は、入札で調達した卸電力+α の価格になり、値上げ幅が 100%を超える結果と
なった。これは、政治介入により値上げ幅を圧縮したが、自由化実施当時の知事は次期知事
選で敗退した。
テキサス州の事例は、Price to Beat 制度であり、Standard Offer 価格は、燃料費調整等
を織り込んで常に変動し(テキサス州の電源は(風力大量導入までは)ガスが中心)、ガス
価格の上昇は、Standard Offer/競争価格の双方に効くため、新規参入者は、常に Standard
Offer 価格との比較で、一定の価格差(headroom)を確保することが出来る。この結果、
新規参入者は増えるが、(少なくとも当初は)価格は上がることになる。これに対して、規
制当局は「競争を進展させることが第一」との考えを示している。
77
家庭用需要家に対する Default Service
(日本の「最終保障約款」に相当する制度)
州
提供主体
料金規制
最低滞留期間
最長滞留期間
オハイオ州
既存事業者
なし?
12 か月
なし?
カリフォルニア州
既存事業者
あり?
なし?
なし?
コネチカット州
既存事業者
なし
12 か月
なし?
競争入札により決定
あり
なし
なし
ニューヨーク州
既存事業者
なし?
なし?
なし?
ペンシルベニア州
既存事業者
なし
なし
なし
マサチューセッツ州
既存事業者
卸価格連動
なし?
なし?
競争入札により決定
卸価格連動
なし
なし
テキサス州
メイン州
小売自由化後の需要家が行う契約
テキサス州タイプ
ニューヨーク州タイプ
●競争的小売事業者と電気の供給に
ついて契約する(⇒電線の利用契
約は競争的小売事事業者が行う)
●配電事業者(電線の利用)と競争的
小売事業者(電気の供給)の双方と
契約する(⇒供給者変更をしない場
合は送配電事業者が提供)
●配電事業者に「電線の利用」「電気
の供給」の双方の分を支払い、配電
事業者から競争的小売事業者に「電
気の供給」分を渡す or
●配電事業者に「電線の利用」分を、
競争的小売事業者に「電気の供給」
分をそれぞれ支払う
●料金を配電事業者に一括して支払
う方式にした場合、需要家からの見
え方は従来とほぼ変わらない
●上記の場合、既存の料金請求システ
ムを活用し易い
●「需要家からの見え方が変わらな
い」こと自体のデメリット
●新規参入者の参入は容易か?
契約の方法
●競争的小売事業者に「電線の利用」
「電気供給」の双方の分を支払い、
競争的小売事業者から配電事業者
に「電線の利用」分を渡す
料金の支払い
●競争的小売事業者は「需要家の戸
口前まで運んでもらった電気を販
売する」者と整理可能
●新規参入者と既存事業者が同じ立
場で競争可能
●小売電気事業者が個別に料金シス
テムを作る必要?
●事故時には誰に連絡すればよい?
メリット
デメリット
(4) 送電線の計画とコスト配分についての規則 Order No. 1000
これまでは、Order No. 888(送電線の計画についての最低限の規定、計画手続きやコス
ト配分についての規制なし)、Order No. 890(計画についての原則の策定)、Order No.1000
(計画の具体化、コスト配分方法の原則の策定)が制定された。送電線の計画は、地域での
送電線の計画、
公共政策目的での送電線の必要性、
地域をまたぐ送電線の計画が重要である。
コストの配分方法は、6 つの原則を策定し、利益を受ける者が、できるだけ利益に応じて負
担、地域をまたぐ計画におけるコストの配分が重要である。
78
4.2.2 容量市場について
(1) 容量市場の必要性
電力自由化では、電力(kWh)の取引は競争に委ねられている。そのようにすることで、
発電事業者に十分な供給力(kW)を確保する義務を負わせなくても、電力の価格シグナ
ルが供給力を最適な水準に導くと考えられていた。しかし、自由化初期のアメリカにおい
ては、卸電力市場の様々な制約から、実際には電力の価格だけでは固定費が回収できずに、
十分な供給力が確保できなくなる懸念が生じた。加えて、近年、欧州では、固定価格買取
制度による再生可能エネルギーの大量導入、それに伴う電力市場価格の低下が起こり、既
設の火力発電の稼働率は減少、収益も減少し、固定費の回収が難しい状況が起こっている。
これまで電力システムの調整能力を担ってきた火力発電が、十分な収入を得ることがで
きないため、廃止に追い込まれれば、再生エネルギー電源の出力減少が生じた時に供給力
不足に陥ることが懸念される。
(図 4.2.2-1 参照)このこめ、供給力を確保しておくこと、
すなわち発電容量(kW)の価値を認め、その価値に対して報酬を与える「容量市場」の
導入が検討され、制度の導入が進んでいる。
図 4.2.2-1 火力発電等の既存電源廃止による供給力不足のリスク
(2) 容量市場の概要
① 容量市場の分類
容量市場を創設するには、容量(kW)を買うことを小売事業者に義務付け、強制的に
需要を作る必要がある。そこで、政府や送電機関が、電気を売る小売事業者に、需要に
応じた必要な容量(kW)を確保することを義務付ける。一方で、発電事業者は、発電所
の容量(kW)に応じて容量を登録し、政府や送電機関がその容量に対してクレジットを
付与し、そのクレジットを小売事業者との間で取引する。容量市場はこのようにして成
79
立する。
この容量市場は、大きく分けると「集中管理型容量市場」と「分散型容量市場」があ
る。
 集中管理型容量市場
政府や送電機関が設定した需要曲線に対し、一斉入札を行うことで市場価格を決定す
る。需要曲線は、新規の発電所を建設するコストなどを考慮して決められる。
メリット :市場透明性が高い。取引費用が小さい。
デメリット:価格変動の影響が大きい。市場運営のコストが高い。政府(規制)の介入
度合が高い。
 分散型容量市場
需要を満たす容量を確保できない場合のペナルティのみを決め、容量の確保・取引は
事業者に委ねる。取引は、主に、小売事業者が発電事業者と直接交渉して調達する相
対取引である。
メリット :市場運営コストが低い。政府(規制)の介入度合が低い。
デメリット:市場の透明性が低い。取引費用が大きい。小規模事業者に不利となる可能
性がある。
②
容量市場の制度設計
容量市場の制度設計には事前に決めなければいけいない要素が多く、結果的に複雑な制
度になる。主に以下のような項目を設定する必要がある。

系統全体で確保する容量及び確保時期の設定

小売事業者に対する確保義務の設定

発電事業者やデマンドレスポンス(DR)の参加資格・クレジットの設定

容量クレジットの取引方法、契約期間

確保期間中の容量不足に対するペナルティ

確保期間中の供給力の確認方法・ペナルティ
また、再生可能エネルギーの大量導入によって、単なる供給力だけでなく、柔軟な運転・
停止が可能な供給力が求められているが、このような電源は割高であり、容量(kW)価
値のみを評価する容量市場では十分に確保できない懸念が生じている。このため、電源能
力別に分割された需要曲線を設定した容量市場や柔軟性の高い電源のみ対象とした容量市
場などが提案されている。
(3) 欧米の容量市場
① アメリカ PJM
アメリカの PJM では、
集中型容量市場を導入している。
制度の概要を図 4.2.2-2 に示す。
PJM では、容量市場を導入したことにより、新規に建設された電源などの容量が廃止され
た容量を上回り、目標以上の供給力が確保されている。ただし、DR を積極的に入れる方
針であったため、新規導入のかなり部分を DR が占めていた。この結果、容量市場の価格
が下がり、発電事業者からの反発を招き、DR の量を絞る方向となっている。
前述したように容量市場の制度設計は複雑であり、なかなか制度が安定しない。このよ
80
うなこともあり、アメリカの容量市場は乱高下の大きい市場となっている。容量市場は、
新規電源を投資しやすくするために創設された市場であるが、価格変動が大きいと、安心
して投資するための懸念材料となる。PJM エリアのメリーランド州、ニュージャージー州
の政府は、容量市場があるにもかかわらず、安定供給上の問題を懸念して、長期間価格を
保障する契約で電源の建設支援を実施している。しかし、これにより、PJM の容量市場の
価格低下を招くことが懸念され問題となっている。
図 4.2.2-2 アメリカ PJM の容量市場の概要
②
イギリス
イギリスの容量市場のタイムスケジュールを図 4.2.2-3 に示す。イギリスでは、需要曲
線の基準を政府が示し、その基準の基づき送電事業者が作成した需要曲線によりオークシ
ョンを実施する。
2014 年末に第 1 回のオークションが実施され、目標価格 49 ポンドに対して、落札価格
は 19.4 ポンド、落札された電源のうち、新規電源は 5%程度であった。
(既存の原子力発
電はすべて入札に参加、すべてが落札された。)これは、既存電源が安い価格で入札した結
果で、新規電源が既存電源に対抗できなかったことを意味している。イギリスでは、この
段階ですでに、見直しの議論が始まっているところである。
81
図 4.2.2-3 イギリスの容量市場のタイムスケジュール
(4) 日本への導入
電力システム改革で市場機能の活用を目指しつつ、固定価格買取制度で再生可能エネル
ギーの導入を増やしていくと、日本においても容量市場の必要性は高まると考えられる。
その際、制度設計は慎重に行う必要があり、海外の経験、そのときどきの状況などを踏ま
え柔軟に進めていく必要がある。例えば、「集中管理型容量市場」の場合、需要曲線など
事前に決めることが多く、導入は一定時間が必要となり、導入後も試行錯誤が続き、混乱
も予想される。
「分散型容量市場」は比較的導入しやすい一方で、透明性が低いため、最
終的な形としては受け入れられない可能性も高く、容量不足の際のペナルティ額の設定に
よっては、十分な供給力が確保できない可能性がある。さらに、今後の再生エネルギー増
加を踏まえ、電源運用の柔軟性を評価するような工夫が必要とされる。
容量市場のあり方は一様でなく、全体的な枠組みと移行過程(例えば、
「分散型」から「集
中管理型」への移行)などを考慮した導入計画の検討が必要である。
4.2.3
ドイツ原子力法の近時の動向
(1) リスク規制をめぐる近時の状況
ドイツ警察法では、伝統的に、そのまま何も手を加えず状況を静観していると被害が顕在
化するであろうという状況のことを「危険」としてきた。それに対し、発生する損害の規模
とその発生確率との積が一定のレベル以上のものを「リスク」としてきた。発生する損害の
規模が大きい事象であっても、
発生確率が低く、
およそ起こり得ないような損害については、
残余のリスク(残存リスク)として、社会的には受容されなければならないと考えられてき
た。しかしながら、近年、原子力に関連して、リスクと残存リスクの区別を放棄するような
82
動きがみられる。
①
リスク規制の新たな展開(1)
:2008 年連邦行政裁判所係属のブルンスビュッテル原子
力発電所事件(BVerwGE 131, 129)
同原子力発電所において、事業者が敷地に(使用済燃料の)中間処分施設をつくろうとし
たのに対し、原告は「アメリカの 9.11 テロのような原子力発電所を標的とするテロ行為に
対しては、この中間処分施設は相応の防御措置をとっていない」として、取り消し訴訟を提
起した。
連邦行政裁判所は、
これまで構想外事象とされてきた航空機によるテロ行為は現在もなお
構想外事象と位置付けつつ、他方で、意図的な侵害行為としての航空機の墜落は法 6 条(中
間処分施設の設置・運転の許可)2 項 4 号および法 7 条(原子力発電所の設置・運転の許可)
2 項 5 号によるリスク規制の対象となるとして、同要件に第三者保護規範性も認めた。
これは、以前は発生確率の低い、いわゆる残存リスクとして位置づけられていた航空機に
よるテロ行為についても、リスク規制の対象になるということを示している。この判決につ
いて、ドイツの学説上意見の相違がみられ、従来のリスク規制、すなわち危険、リスク、残
存リスクの区分を変更するようなものだととらえる意見がある一方で、判例を変更したわけ
ではなく、残存リスク規制の捨象を問う点に裁判所の意図があると捉える意見がある。
②
リスク規制の新たな展開(2)
:実効的なバックフィットの実施
ドイツの原子力法の 2010 年の第 12 次改正により 7d 条が新設された(2011 年 1 月 1 日
施行)。これは、事業者の配慮義務として、7 条 2 項 3 号のリスク規制の要求に加え、さら
なる事前配慮への寄与を求めている。
7d 条:リスクに対するさらなる事前配慮(事業者の配慮義務)
商業用発電の目的で核燃料物質を分裂させるための施設の運転許可を保持する者は、
7 条 2 項 3 号(リスク規制の根拠規定)の要求に加えて、公衆へのリスクに対するさら
なる事前配慮への寄与がわずかなものにとどまることのないよう、その都度発展し適切
で均衡的である安全確保措置がとられることを、発展した科学と技術の水準に応じて配
慮しなければならない。
これに関しては、見解の差がある学説が以下のように 4 件ほどある。リスク規制の根拠
規定である 7 条 2 項 3 号と、事業者に対してさらなる事前の配慮を求めるという 7d 条の相
互関係というのが問題になっており、学説上一致していない。

従来のリスク規制の定式(危険、リスク、残存リスク)を維持し、同条は残存リスク
を対象とするものである。

「古典的な(klassisch)
」危険防御とリスク事前配慮を義務付ける 7 条 2 項 3 号とは
異なり、7d 条は「さらなる事前配慮」を要求する動態的な(dynamisch)リスク規
制の法的根拠となるが、
同条の果たす保護水準は基本法上求められる保護水準を下回
り、結果として第三者に対する基本権侵害に至る。
①同条は単に事業者の配慮義務を定めるにすぎない点。
②公衆保護を目的とする同条には第三者保護規範性が認められていない点。
③同条の適用にあたりその都度の最新の科学と技術の水準に基づく義務がない
点。
83

同条の新設は既存の規制権限行使規定に関与しない点(BT-Drs. 17/3052, S. 13)、
レベル 4 に分類されるような事象への対処は法 7 条 2 項 3 号ないし 5 号によってカ
バーされてきていた点、同条の動態的性格からの批判。ただし、同条の独自の意義は
大きくないとみる。

7 条 2 項 3 号が、原子力発電所の設置・運転による損害に対して「科学と技術の水準
に基づき必要とされる」リスク規制を要求していることから、7d 条が要求するのは、
7 条 2 項 3 号に基づき「必要」とはされなかったリスクに事業者自身が対処
(2) モラトリアム決定について
連邦政府は、2011 年 3 月 11 日に発生した東北地方太平洋沖地震に起因する一連の福島
第一原子力発電所事故を受けて、2010 年の原子力法第 11 次改正によって法定された運転
期間延長を 3 か月間不適用とする旨を決定した(モラトリアム)
。最終的には、すでに運転
が長期にわたっている 7 つの原子力発電所(および事故のため運転停止中であったクリュ
ンメル原子力発電所)の運転を一時停止要求した。本調査の対象とするビブリス原子力発電
所(ヘッセン州)を設置・運転している RWE(ライン・ヴェストファーレン電力)株式会
社に対しても、モラトリアム命令が発せられた。
その後、同年 7 月の原子力法第 13 次改正では、上記 7 原子力発電所およびクリュンメル
原子力発電所をそのまま運転停止とし、その他の原子力発電所も 2002 年の原子力法改正に
基づく残余発電量を尽くすか最長でも 2022 年を期限として運転停止とする旨が定められた。
モラトリアム命令については、
その法的根拠および適法性が学説上論じられてきたところ
であり、
最終的に連邦行政裁判所にまで係属しているが、
より実質的に判断をしているのは、
その州の行政裁判所になる。ヘッセン州カッセル行政裁判所 2013 年 2 月 27 日判決では、
まさにモラトリアム命令の適法性が争点となった。
同判決においては、
モラトリアム命令が、
①手続法上適法である(手続き的な瑕疵がない)か否か、また、②実体法上適法である(実
態的な瑕疵がない)か否か、という 2 つの側面から判示が展開され、この命令は違法だと
して、最終的に連邦行政裁判所でも結論が支持されている。
① モラトリアム命令の適法性が論じられる際のひとつの論点
モラトリアム命令の適法性が論じられる際のひとつの論点として、その発給手続の履践の
在り方がある。なぜならば、連邦行政手続法およびヘッセン州行政手続法 28 条 1 項によれ
ば、侵害的な行政行為の発給前には、その決定につき重要な事実関係について聴聞(討議)
する機会が付与されなければならないとされており、モラトリアム命令の発給に先立って、
電力事業者に対して同項に基づく機会が付与されていなかったことが問題視されたためで
ある。結果として、ヘッセン州カッセル行政裁判所は、ヘッセン州行政手続法 28 条 1 項で
要求される聴聞実施の義務を果たしていない(連邦・州間の政策協議や原子力事業者を含め
てのプレス会議の実施は、同項が要求する聴聞には該当し得ない)として、モラトリアム命
令には手続面で違法があると判示した。
②
モラトリアム命令の適法性が論じられる一要因
モラトリアム命令の適法性が論じられる一要因は、その根拠規定の理解の仕方にある。モ
ラトリアム命令は、上記のとおり、連邦政府(連邦首相)の意思に端を発するものであるが、
84
具体的に法的効力を有する命令として発せられるためには、管轄行政庁による行政行為(行
政処分)の形によらなければならない。そこで、基本法(Grundgesetz, GG)85 条 3 項か
ら連邦政府の決定に基づき、具体的には各州の管轄行政庁がこの命令を原子力法 19 条 3 項
に基づいて電力事業者に対して下しているという説明がされている。しかしながら、ここで
問題となるのは、こうしたモラトリアム命令が原子力法 19 条 3 項の要件(具体的な危険が
あった場合に、原子力発電所の運転停止などを求めることができる)を充足するものであっ
たか否かである。同項は、電離放射線が生命、健康または財物に危険を及ぼす状態(1 文後
段)を取り除く旨の命令、特に原子力発電所等の設置・運転を一時停止できる旨の命令を授
権しており(2 文)
、1 文後段の要件の充足には具体的な危険(または具体的な危険の疑い)
の存在が必要とされているが、
福島第一原子力発電所事故の発生は当該要件やドイツでの事
実状況に変化をもたらしたわけでもなく、その意味では単に抽象的・潜在的な危険が存する
にとどまるため、上記要件を充足しない上記命令は違法とならざるを得ないからである。事
実、ヘッセン州カッセル行政裁判所判決は、この点を理由として、また、裁量行使の違法性
および比例原則違反を理由として、
モラトリアム命令が違法であったとの判示を下している。
(3) (高レベル)放射性廃棄物処分の現状・制度
①
前提:放射性廃棄物処分の現状・制度
後述のように、立地選定法ができたが、放射性廃棄物の処分(Entsorgung)
、特に使用済
燃料等の高レベル放射性廃棄物の最終処分については、
最終的に明確な解決に至っていない
のが、現状である。図 4.2.3-1 に放射性廃棄物処分の現状を示す。
低・中レベル放射性廃棄物
 アッセ 2 およびモアスレーベン等の各施設
で中間貯蔵。
 現行法上、原発事業者は、敷地内またはそ
の近辺に中間処分施設を設置するよう配慮
(法 9a 条 2 項 3 文)
。
 2019 年以降に操業開始予定のコンラート立
坑で最終処分予定。
高レベル放射性廃棄物
 ゴアレーベンかアーハウスの各施設または
各原発近辺で特別の貯蔵庫 CASTOR で中間
貯蔵。
 安全確保・最終処分施設の設置義務は連邦
(法 9a 条 3 項。法 23 条 1 項 2 号:同施設
の設置・運転は放射線防止庁が管轄)
。
 連邦政府は、1977 年からゴアレーベンの適
性を調査するも、4 大電力事業者との協定を
経て、最終的に立地決定を断念。
 原発の設置・運転と中間貯蔵の土地空間が
合致することで、受益者と(潜在的)被害
者との間の不均衡が生じる(環境正義
。
(Umweltgerechtigkeit)の問題)
 長期にわたる最終処分期間、科学的不確実
性、連邦内で一施設のみである点から、社会
的 受 容 性 お よ び 環 境 正 義
(Umweltgerechtigkeit)の問題が生じる。
図 4.2.3- 1 放射性廃棄物処分の現状
②
立地選定法の制定(2013 年 7 月 23 日)とその関連組織
「高レベル放射性廃棄物最終処分場の立地の探査および選定のための法律」
(通称:立地
選定法)が、2013 年 7 月 23 日に制定され、施行(2014 年 1 月 1 日、一部は 2013 年 7 月
27 日に施行済み)された。立地選定法の制定と同調して、原子力法の改正、連邦核技術処
分庁設置法の制定、原子力法の費用規定の改正のための法律(原子力法費用規定改正法)の
改正も行われた。
85
立地選定法を支える 3 本の柱とは、①科学に根差した手続において安全性を優先するこ
と、②透明で公正な手続の原則、③原因者負担原則、である。
この法律に関連する組織およびその管轄を表 4.2.3-1 に示す。
表 4.2.3- 1 立地選定法関連組織と管轄
組織
高レベル放射性廃棄物
処分委員会
(Kommission
Lagerung hoch
Radioaktiver
Abfallstoffe)
事業案主体
(Vorhabenträger)
[立地選定手続の実施
者(申請者)]
立地選定手続の監督者
[独立の上級官庁]
構成
33 名の構成員:委員長、科学
界から 8 名、
環境団体から 2 名、
宗教団体から 2 名、経済界から
2 名、実業界から 2 名、連邦衆
議院から 8 名、連邦政府から 8
名
連邦放射線防止庁
(Bundesministrium für
Strahlenschutz, BfS)
管轄
2015 年 12 月 31 日までに報告書の
内容の全員合意(または少なくとも
構成員の 2/3 の合意)を目指す
地方の選定と調査対象地の提案、15
条 1 項および 18 条 1 項に基づく立
地の調査プログラムと審査基準の
定立、決定された立地の地上・地下
調査の実施、その都度の暫定的な安
全性調査、18 条 4 項に基づく最終処
分場立地の連邦核技術処分庁への
提案など。
連邦核技術処分庁
15 条 2 項および 18 条 2 項に基づく
(Bundesamt für
調査プログラムと審査基準の決定、
kerntechnische Entsorgung) 立地決定についての完成作業と提
案、原子力法 19 条 1 項~4 項(国
による監督)に準じた立地選定手続
の執行など。
86
5. 原子力の社会的受容性
福島第一原子力発電所の事故を経て、原子力の社会受容性に関わる課題の重要性が増して
きている。社会受容性を高めていくためには、正しい知識教育(5.1 節)
、正確な情報発信
(5.2 節)が重要である。また、地域経済への影響という観点も重要である(5.3 節)
。さら
に、リスクと向き合うという観点では、他産業の動向も参考になる。ここでは、化学プラン
ト(5.4.1 節)
、航空機(5.4.2 節)を取り上げる。さらに、IT を利用した新たな保守管理の
可能性としてインダストリアルネットワークについても紹介する(5.4.3 節)
。
5.1
初等中等教育段階における原子力教育
原子力の理解を高める上で、中高生への教育が果たす役割は大きい。ここでは、中高生の
教科書について、原子力関係の誤った記述やあいまいな記述、誤解を与える表現、根拠が不
明確な記述、
出典が不十分な記述を抽出し、教科書業界に対して提言していく活動について、
その現状と今後の見通しを述べる。
(1) 教科書調査活動の概要と背景
① 調査の概要
日本原子力学会の「原子力教育・研究特別専門委員会」等の中に 初等・中等教科書調査
WG が設置された。WG は同委員会メンバーの他、初等・ 中等教育に関心を持っている
学会員有志(8~15 名)が中心である。
調査結果は、平成 8 年 5 月、16 年 12 月、17 年 8 月、21 年 1 月、22 年 1 月、23 年 1
月、24 年 3 月、25 年 3 月、27 年 3 月に公表されている。このうち福島第一原子力発電所
事故後の教科書の調査については、平成 24 年から再開し、特に教科書に事故や福島の状
況についての調査を実施した。各年度の調査対象を表 5.1-1 に示す。
表 5.1-1 調査内容一覧
年度
学校
H17
高校
H21
中学校
H23
小学校
H24
中学校
現代社会、歴史、地理、政治経
24
理科
総合理科、物理、科学
8
社会
理科
社会
理科
社会
-
-
地理、公民
第1分野
現代社会、歴史、地理
2
1
13
15
68
理科
国語
総合理科、物理
-
33
1
社会
理科
社会
-
-
地理、公民
4
3
18
理科
総合理科、物理、科学
18
87
新学
習指
高校
社会
備考
導要
H22
記述点数
旧学習指導要領
小学校
調査対象科目(教科書)
H25
高校
H27
高校
社会
世界史、日本史、地理、倫理、
44
理科
その他
社会
物理、化学、地学、
国語、保健体育、外国語、家庭、
世界史、日本史、地理、倫理、
35
40
56
調査箇所は、以下のとおりである。平成 24 年以降の調査では、これらに加えて、福島
第一原子力発電所の事故の関連記述についても調査した。
1) 地球的視野から捉えた環境問題、エネルギー問題、原子力利用、新エネルギーの活用
2) 人類が直面する地球世界の環境問題,地球温暖化、大気汚染、持続可能な社会の実現
3) 自然災害事例の研究,東日本大震災
4) 科学技術の発達による光と影の両面に対する考察の深化
5) 核兵器と人類の生存の探求,科学技術の利用の在り方、原子力の平和利用
6) 歴史的事象、資料の選択における不公平な取扱の有無
調査の視点は以下のポイントに置かれた。
1)
誤った記述:文章記述だけでなく、図表の誤り、写真のキャプションの誤り等も含む
2) 曖昧な記述:あいまいで不正確な語句や表現、あるいは言葉足らずで意味不明な記述
3)
誤解を与える記述:極端な事例、誇張された言い回しなど、誤解させてしまう恐れの
ある記述
4)
根拠が不明確な記述:根拠が不明確あるいは誤って伝えられた海外のエネルギー事情
等図表と文章の整合性がない記述
5)
②
出典が不十分な記述 本文やコラムなどの記述の根拠となる出典が不確かなもの
調査に至る経緯
原子力基本法が成立し(1955)
、日本原子力研究所が設置されて(1956)まもなく、
「日
本原子力学会」が発足した(1959)
。原子力学会は現在会員数約 7000 名、支部が8ブロッ
クに分かれそれぞれ活動している。
その後「原子力教育研究特別専門委員会」が主に当時大学において原子力教育をやるべ
きか、或いは標準的なカリキュラムといったことを検討するということが「教育研究」で
あるとし、
「教育に関する研究を行うという委員会」として発足した(1978 年)
。
原子力の実用化に伴い様々なトラブル等も起き、国内では「むつ」の放射線漏れ事故等
(1974)
、海外ではスリーマイル島事故(1978)、チェルノブイリ事故(1986)が起こり、
原子力の安全性に関する問題が認識されるようなった。この研究特別専門委員会は、単に
大学主として高等教育における教育だけではなく初等中等教育についてさらに検討する必
要があることで、この活動が始まった。
原子力学会は、副読本「原子力がひらく世紀」を第 3 版まで出版し、オープンスクール
の開催(市民、学生・生徒への原子力理解促進活動)し、その後高等学校教科書の原子力
に関する記述の調査 社会系(公民,地理)、理科系(物理,化学,総合理科)を実施した。
1996(平 8)に 調査報告書の公表し、その後断続的に調査を実施した。
88
(2) 学習指導要領
①
学習指導要領と許可書検定
学習指導要領は、
「こういうことに関してこう書く」と簡潔に述べているもので、その内
容を必ず教科書は書かなければいけない。学習指導要領は 10 年ごとに変わり、5 年で中程
度の改訂が行われる。
教科書の検定では、指導要領との対応関係を確認する。ただし検定は、教えるべきこと、
すなわち学習指導要領に書かれていることが、教科書にきちんと書かれているかというこ
とを調べることが目的であり、上乗せした部分については、間違えていないかぎりは認め
るというような方針である。特に原子力等に関していえば、書き方に問題がある場合があ
る。
②
教科書改訂
教科書を書く際には、まず学習指導要領とその解説書に従い、教科書会社が教科書の原
案を作る。それに対して検定を行い、検定を通った教科書の中から、各教育委員会が翌年
どれを採択するかを決める。その後注文に応じて教科書会社が印刷をする手続きを踏む。
例えばある年に学習指導要領が変わると、その翌年に新指導要綱に準じた教科書が作成
され、検定される。検定の際には修正など様々な段階があり、それを経て検定済みの教科
書となり公開される。その後、各都道府県の教育委員会が使用する教科書を決め、翌年の
春から採用となる。このように学習指導要領の改定から数えると 4 年目にして初めて教科
書が使われ始めることになる。
③ 新学習指導要領のエネルギー・原子力・放射線に関する内容例
1) 小学校:平成 20 年制定 平成 23 年 4 月からの教科書に適用
エネルギーに関連した項目の中で最初に学習するのは、
「電気の利用」である。
2) 中学校:平成 21 年制定 平成 24 年 4 月からの教科書に適用
エネルギーという定義が記載される。社会科では風力発電、太陽光発電等の記述がある。
理科では、
原子や分子といった概念が記載され、さらにエネルギー資源に関連して、
火力、
水力、原子力等の記載がある。理科の第一分野(物理、化学)には、
「原子力発電では、
ウランなどの核燃料からエネルギーを取り出していること、
核燃料は放射線を出している
ことや、放射線は自然界にも存在すること、それから、この放射線は透過性などを持ち、
医療や製造業などで利用されていることにも触れる」と学習指導要領に書かれた。原子力
発電については以前からあったが、放射線については 30 年ぶりに復活した。ただし、教
える側の先生は学生時代に全く教育を受けていないため、放射線等を教えることに、とま
どいを感じている人が多いというのも実情である。
3) 高等学校:平成 21 年制定 平成 25 年 4 月以降の教科書に適用
高校では、中学校で学んだことを、もう少し詳しくした内容となっている。
【社会】資源エネルギーの問題、核兵器との関連、エネルギーを使うことによる環境問
題や地球温暖化、大気汚染等が世界史、日本史、それから地理等で出ている。
【理科】物理の中では放射線等は様々な形、単位などまで含めて教えるようになってい
る。学習指導要領の中では「核融合発電などの新しいエネルギー開発なども書
89
いてもよい」とあるが、実際に書いている教科書は見られない。原子力エネル
ギーについては、物理以外の理系の教科書のほとんどは取り上げていない。
(3) 関連記述の例
平成 8 年度の報告書の例
①
1) 曖昧でイメージを損なうような語句
「しかし、核分裂により生ずる「死の灰」の処理など、安全性をめぐる問題が他の代替
エネルギーとは異なる点であり、
・・・」
(新高校現代社会、一橋出版、p.11)
→原子炉の中に死の灰が蓄積するというような書き方をしている。
2) チェルノブイル事故に関して
「事故後 5 年以上たっても白血病や甲状腺ガンなど深刻な後遺症に苦しむ人々を増加さ
せている」
(現代社会、三省堂、p.76)
→甲状腺がんが数百人規模で増えたということは明らかに事実であるが、白血病が増
えたというようなことは公的な機関でも報告も事実も出されていない。
3) 放射線に関しては生物で少し教える程度であり、高校でもほとんど教えていないとい
うことが明確になった。
② 平成 24 年以降の事例
1) 「原子炉から発電機までのエネルギー変換の説明図」
平成 24 年報告書 p.29、中学校「大日本図書 理科の世界 3 年 (p.269)
」
→熱交換器(蒸気発生器)が描かれていながら、原子炉の制御棒が下部からの挿入と
なっており、2 種類の原子炉(PWR と BWR)が混在した説明図となっている。
2) 「1986 年のチェルノブイリ事故以来、欧米では新規立地が止められていたが、日本
では開発を進め、現在 54 基の発電所を持っている。原発を推進する理由は他のエネル
ギーに比べて発電コストが安いことや、安全・安定で大気汚染物質や温室効果ガスを出
さぬことであった。しかしこの“安全神話”は完全にやぶれた。原発は国の財政援助が
大きく、危険なために大都市以外のへき地に立地交付金などの“迷惑料”を出して開発
をすすめたのであって、これらを入れればコストは安くない。使用済み核燃料などの放
射性廃棄物は、超長期にわたって放射能を排出するが、この安全な処理やリサイクルの
技術は完成していない」
。
「太陽光、風力、地熱などの再生可能エネルギーへの転換をす
すめ、省電力経済をつくるべきであろう」
平成 27 年報告書 p.140 「実教出版 高校政治・経済 政経 303(p.164)
」
コラム:エネルギー問題(原子力から再生可能エネルギーへ)
→事実と異なる記述。チェルノブイリで、欧米で新規立地が止められているというこ
とはない。原発は財政補助が大きく、コストが安くないという試算は出されていな
い。極論が前面に出すぎていて、根拠を示さず、政治への不信感や原子力への恐怖
心などを増幅する記述となっている。立地交付金に関して「迷惑料」という言葉を
公式の教科書で使用しており、地元に対しても非常に失礼ではないかと考える。
90
(4) 「エネルギー関連技術に関する調査と提言」
①
提言の内容
毎回の調査は「エネルギー関連技術に関する調査と提言(以下「提言」とする)」として
報告書にまとめてきている。平成 27 年 3 月の提言は以下の機関に配布、適宜説明等を実
施した。
文 部 科 学 省 :次官、関係個所に提出・報告し、教科書改善の参考として欲しい旨説明。
教 科 書 協 会 :提出、説明。
「提言」等を参考に改善して欲しい旨申し入れ。
各教科書会社:送付。
「提言」等を参考に改善して欲しい旨要望。
マスメデイア:上記に合わせ記者会等で説明、随時対応。
学
②
会:原子力学会ホームページ、他学会等での発表。
中学校教科書への提言の例
【平成 24 年報告書】
1)福島第一原子力発電所事故の正確・公正な記述、2)エネルギー・環境関連用語の適切
な使用、3)最新の図表の使用、4)資源可採年数に関する最新データの参照、5)主要な発
電原理と長所,短所の公正な記述、6)最新の科学的知見を踏まえた放射線利用及び健康影
響の記述、7)放射性廃棄物の処分に関する公平・適切な記述 8)自然・再生可能エネルギ
ー等に関する公正・正確な記述
③
高校教科書への提言
【平成 25 年報告書】
1)福島第一原子力発電所事故の正確・公正な記述、2)福島第一原子力発電所事故後のわが
国および世界各国のエネルギー・原子力利用に関する状況・政策の正確・公正な記述、3)
主要な発電原理と長所、短所の正確・公正な記述、4)放射性廃棄物の処理・処分に関する正
確・公正な記述、5)環境・エネルギー関連用語の適切な使用、6)最新のデータに基づく図
表などの使用、7)最新の科学的知見を踏まえた放射線の健康影響の記述および放射線利
用の記述、8)新エネルギー・再生可能エネルギーに関する正確・公正な記述
【平成 27 年報告書】
提言1:福島第一原子力発電所事故の記述
記述するに当たっては、国や公的な諸機関の報告書に基づき、できるだけ正確で公正な
ものにして欲しい。
1) 政府、国会、日本学術会議、日本原子力学会、民間の
「事故報告書」
を参考として欲しい。
2) 国会事故調を除くどの報告書も事故原因を「地震に伴い発生した津波による」として
いる。最新の見解は「津波が原因」が正しい。
提言 2:福島第一原子力発電所事故による放射線被ばくの影響に関する記述
客観的に判断できるよう、最新の科学的データに基づくものとして欲しい。
1) 国連科学委員会(UNSCEAR)の調査結果では地域の住民の放射線被ばく量は健康に
影響するレベルをはるかに下回っていると推定している。
2) 政府事故調、国会事故調の中に「放射線を正しく怖がる知識を持つことを目指す」と
の主旨の記載がされている。
91
提言 3:わが国および世界各国の原子力利用の状況に関する記述
原子力利用については、放射線被ばく事故や放射性廃棄物の管理が重点的に取り上げら
れている。一方で、地球温暖化防止やエネルギーの持続性など、地球規模の優位性もあ
る。利点と欠点の両面について学べる、できるだけ正確な記述として欲しい。
「世界の原子力利用状況」
1) 安全を確保して引き続き利用を継続・拡大するとしている国(米、加、メキシコ、英、
仏、フィンランド、中、韓、印、台、越、トルコ、UAEなど)
2) 順次廃止、再開中止するとしている国(独、スイス、伊、ベルギー)
提言 4:エネルギー利用及び発電方式の記述
エネルギー利用の基礎的な知識の涵養のために、
代表的な発電方式
(火力、原子力、水力、
太陽光、風力、地熱など)について、技術的・社会経済的特徴ほかを紹介して欲しい。
「紹介して欲しい事項」
1) 発電原理および運転目的(ベースロード、ミドル、ピークロード対応)
2) 資源問題・・・ 資源量、輸入先、貯蔵性など
3) 長所と短所 発電コスト、廃棄物、発電所面積、社会的受容性、地球温暖化対応など
提言 5:用語および資料・データの取扱い
誤用、曖昧な表現、誤解を招く記述、根拠の不確かな記述等を避け、資料およびデータ
はできるだけ公的なものを使ってほしい。
1) 望ましい記述例
・
「原発」→「原子力発電」
、 「福島原発事故」→「東京電力福島第一発電所事故」ま
たは「福島第一発電所事故」
・
「放射能障害」→「放射線障害」、「放射能被曝」→「放射線被ばく」、
「放射能汚染」
→「放射性物質による汚染」
・
「安全神話は崩れた」→「過酷事故は起きないという安全に対する考えは根底から覆
された」
2) 使ってほしい公的資料・データ例
・担当省庁のエネルギーや環境技術の動向に関する白書
・国際原子力機関(IAEA)
,放射性防護委員会(ICRP)、国連科学技術委員会
(UNSCEAR)などの国際機関のデータ
92
5.2
ジャーナリズム・メディアの原子力報道
メディアは世論形成に大きな影響力をもつため、
その対応は社会受容性向上のキーポイン
トの一つとなる。ここでは、まずメディアの性格を整理の上、その対応のあり方を示す。
(1) 言葉の整理
近年「ジャーナリズム」という言葉があまり使われなくなり、「マスコミ」という言葉が
本来の
「マスコミュニケーション」
という定義を離れて一人歩きしているような傾向にある。
本節においては、以下のような整理で議論を進めることとする。

ジャーリズム:時事的な事実や、時事的な問題を報道し、そして解説・論評をするこ
とである。いわゆるニュースを収集し、選択し、分析し、一刻も早く、新聞、雑誌、
ラジオ、テレビ、インターネット等のメディアを通し、広く伝える。

ジャーナリスト:主体的・積極的に現実(事実)を把握し、解釈し、表現することを
任務としている。国民一人一人が有する知る権利と同じ権利を有し、それ以上でも、
それ以下でもない。

マス・メディア:情報の送り手と受け手を結ぶ媒体であり、新聞、ラジオ、テレビ、
インターネットなどがある。なお、
「マスコミ」という言葉は、元々マスコミュニケ
ーションの略であるが、日本ではマス・メディアの意味で使われている場合が多い。
(2) ジャーナリズムの性格とその対応
ジャーナリズムの原点は、事実を事実として伝えるところにあると考えられるが、その一
方で、一部のテレビキャスターのように、自分の頭で考えた解釈をニュース番組で報道する
ということも行われている。いずれにしても、ジャーナリズムは、
(1)で定義したとおり、
「いわゆるニュースを収集し、選択し、分析し、メディアを通して広く伝える」ものである
から、完全な中立ということはあり得ない。
「発表ジャーナリズム」といって、官庁や民間企業などのニュース・ソースが出した情報
をそのまま報道するものがあり、この場合にはジャーナリストの分析は含まれないが、その
情報には官庁や民間企業の分析・戦略が含まれているため、やはり中立なものではない。
このように考えていくと、情報を出す側が、積極的に情報を収集し、その正誤を見極め、
自分なりの解釈をし、そして表現していくこと。情報を受ける側も、情報の収集、分析、理
解、選択、決断能力を身につけていくこと。この双方が重要であるといえる。
(3) ジャーナリズムの双方向化
パブリック・ジャーナリズムは、お互いに意見を交換しながら、あるいは人間も入れ換え
しながら、記事や放送番組を膨らませていくという手法である。
例えば、原子力発電に対して、反対の意見を持つ人と、賛成の意見を持つ人が同じ場所に
いて、
公衆の前で討論し合うというようなことである。観衆からも意見が出る場合もあるし、
また、その姿が報道されることにより、その場にいなかった人が、テレビなりラジオなりを
聞いたり、新聞記事を読んだりする。そのようにして情報を入れていくことで、更に議論
93
が深まっていくことになる。
現在、若者達を中心に、SNS 等を利用して一般市民が意見を言うということもかなり増
加している。「ものを言う」ということは、自分の頭で考えて言うことである。中には驚く
ような意見も入ってくることもある。それらの発言内容を、広報等がまとめて受け取り、該
当する部署等に伝える。そういう作業はすでに実施していると考えられるが、その後どう生
かしていくかという点がポイントになる。
(4) 暴く報道への対応
ジャーナリストは、
「国民一人一人が有する知る権利と同じ権利を有し、それ以上でも、
それ以下でもない」と述べたが、現実には、下記のような暴く報道が増加する傾向にある。

調査報道[investigative reporting]:
 警察・検察にたよらず、隠そうとする問題を、意識的、主体的に調査し、あばく
ジャーナリズム。

パック・ジャーナリズム[pack journalism]:
 寄り合い報道、報道軍団のことで、例えば、大スターの結婚や、原子力事故とい
った場合には、多くのメディアが駆けつけて大騒ぎとなり、ともするとテレビの
ワイドショーを始めとする過剰報道につながる。

キーホール・ジャーナリズム[keyhole journalism]:
 かぎ穴から内情をさぐり回るような行為や.張り込みジャーナリズムを言う。

イエロー・ジャーナリズム[yellow journalism]:
 大見出し、センセーショナル、わいせつな表現、でっちあげ等で構成(イエロー
ペーパー)
。

フォト・ジャーナリズム[photo-journalism]:
 写真で事実を報道する。
今後、これらの報道から国、企業、一般の家庭をどうやって守っていくのかが課題になっ
ていくと考えられる。インタビューを求められ発言した場合、ともすると都合の悪い部分の
みを切り出されて報道されてしまう場合があるが、
発言内容の著作権はインタビューされた
人にあるので、その点を自覚し、公開前に確認を求めるということも必要である。
また一方で、このような暴く報道が存在することにより、不正が抑止されるという効果も
あると考えられる。
(5) メディアトレーニングの必要性
メディアに対する対応を誤ると、
「自分の意図しない自分」が創り出され、予想もしない
結果をもたらしてしまう場合がある。メディアに捉えられた無意識の一言あるいは、表情、
目の動き、態度・振る舞いといったことが、結果として全く信頼を得られないような状況を
生み出すこともある。
メディアトレーニングとは、いつでも、メディアに対してベストメッセージを伝えること
ができるようになるためのトレーニングである。
実際にカメラの前で話すトレーニングから
始め、いつでも、カメラは自分を撮ることがある、と意識することで、自分を客観視できる
冷静さが、自分を創っていくことになる。起業家や政治家など責任ある立場の人は、このよ
94
うなトレーニングを受けることで、自分の言動がどんな結果をもたらすか、信頼を失ってい
ないか、客観的に自分をチェックする機会を持つことが重要である。
95
5.3
立地地域の現状
(1) 原子力発電と地域の歴史
原子力発電と立地地域との関係は、日本初の商用炉である東海発電所の建設(運転開始は
1966 年)から数えると、約半世紀となった。この歴史は、大きく分けると 3 つの時代、1970
~80 年代の建設・増設期、1990 年代~震災前までの集積・安定期、震災後~の縮小・転換期
に区分して考えることができる。
① 1970~80 年代
原子力発電の建設において地域経済へ波及効果に対する期待はかなり大きいものであっ
たが、実際には、
「一過性」
、
「限定的」であった。この要因としては、経済面では、建設費
のほとんどは機械・電気設備であるため、地元に落ちる額は 1~2 割程度であったこと、建
設時をピークに雇用が低下傾向を示していることが挙がられる。また、財政面では、その当
時電源三法交付金が建設時にしか交付されなかったこと、固定資産税は運転開始とともに発
生するものの、数年立てば大きく減ってしまうことが挙げられる。
② 1990 年代~震災前
1990 年代から、原子力発電所の建設・増設が各地で行われ、複数基の原子力発電所がひと
つの立地地域に集積し、
運転が継続される安定期となった。地域経済に対する影響について、
福井県の各市町村の純生産に占める電気・ガス・水道業の割合でみてみると、県全体平均が 2
~3%であるのに対して、原子力発電所が集積し、人口規模が小さいおおい町や高浜町では
7~8 割とかなり高く、美浜町で 5 割前後、人口が多く他産業も多い敦賀市でも 10~20%と
なっている。また、財政面では、固定資産税の増収(図 5.3-1 参照)
、交付金制度の改訂も
あり、原子力発電所が与える影響は大きくなっていった。このような経済、財政面の安定に
より、増設の必要性は低下したと考えられ、国内外の原子力発電所の事故などで増設に対す
る不安が高まったこともあるが、90 年代後半には増設は急減した。
③ 震災前~現在
長期停止による地域経済に影響が現れている。例えば、福井県における震災後の人口推移
をみてみると、震災後に一旦再稼動した大飯原発のあるおおい町、最近再稼動となった高浜
原発の高浜町と違い、
敦賀市と美浜町については、
立地地域以外の人口減少割合と比較して、
下回る傾向がみられている。
(図 5.3-2 参照)また、福井県の県内総生産に占める電気業の
割合は、製造業全体よりは低いものの、繊維や眼鏡といった地場産業を大きく上回っていた
が、震災以降の 2011、12 年では比率が大きく低下している。(表 5.3-1 参照)
96
12,000,000 千円
敦賀市
美浜町
高浜町
おおい町
立地以外の市
立地以外の町
10,000,000
8,000,000
6,000,000
4,000,000
2,000,000
0
年度
1965 67
69
71
73
75
77
79
81
83
85
87
89
91
93
95
97
99
01
03
05
07
09
11
資料:福井県「市町村財政要覧」より作成
図 5.3-1 固定資産税(償却資産)の大規模化
資料「福井県の推計人口」より作成
図 5.3-2 人口の推移(平成 23 年 3 月=100)
表 5.3-1 福井県の県内総生産に占める電気業の割合低下
年
電気業
製造業
うち繊維
うち精密機械
2001
1 4 .0
21.3
3.4
1.3
2002
1 4 .0
21.6
3.1
1.2
2003
1 3 .6
22.2
3.0
1.1
2004
1 1 .6
23.2
3.2
1.1
2005
1 2 .6
22.9
3.0
1.2
2006
1 1 .9
23.0
2.9
1.0
2007
1 1 .7
23.2
2.6
1.0
2008
1 1 .7
21.8
2.4
1.0
2009
1 2 .9
20.7
2.3
0.9
2010
1 2 .5
22.3
2.2
0.8
2011
8 .0
24.2
2.4
0.9
(単位:%)
2012
3 .7
25.4
1.9
0.8
福井県民経済計算より作成
97
(2) 今後の展望
原子力発電に頼らない立地地域のあり方については、
「地域社会と原子力発電所」(日本原
子力産業会議 1984) の中で、
「建設による活力や財政力のあるうちに構築する必要がある」
と述べられている。しかしながら、集積・安定期における経済面、財政面の安定がこのまま
続くのではという思いもあって、そのビジョンを十分に描ききれないまま、急な依存度低下
に直面した状態にあると考えられる。今後は、国のエネルギー政策がより明確になることを
前提に、そのエネルギー政策を踏まえた長期ビジョンを持つことが必要となってくる。
新たな局面への対応として、以下のようなものが考えられる。

廃炉ビジネスへの展開

原子力以外の電源開発

電源以外の原子力活用
98
5.4
他分野の安全から学ぶ
原子力の安全性向上やリスク管理の検討を行うには、他分野から学ぶべきところも多い。
特に化学産業や航空産業は、確率は低いものの、ひとたび事故が起こると大規模な被害が発
生するという点で原子力との共通点があると考えられる。ここでは、その両者について安全
確保の考え方を概説する。
5.4.1
化学プラント
(1) 化学産業発展の歴史と事故
化学プラントは、1970 年代から今日まで事故を繰り返され、事故後、原因を究明して、
再発防止策を講じることで、プラントは再稼動されてきた。社会は、化学プラントの事故を
許容しているわけではないが、爆発火災事故のような重大事故を起こさない限り、存続を許
容していきた。国内外の化学産業の歴史を図 5.4.1-1 に示す。
図 5.4.1-1
国内外の化学産業の歴史
表中の 1984 年のインドの例は、
アメリカの大手製薬会社の子会社が起こした事故であり、
化学史上最大の事故と言われている。この事故により、化学産業そのものの存続が問われる
ことになった。これを受けて、カナダでは自主的な取組みとしてレスポンシブル・ケア(RC)
活動(製品のすべてのライフサイクルにおいて、健康・安全・環境に配慮することを経営方針
のもとで公約し、自主的に環境安全対策の実行、改善をはかっていく活動)が導入された。
この活動は、続いてアメリカでも導入された。このように。化学産業は従来の法・規制への
対応に加えて、産業界の自主管理を行うことにより、安全性の向上を図ることで信頼を回復
していった。
国内でも、事件、事故のたびに法・規制体系が強化される一方で、RC 活動の導入(1995
年に導入、2010 年時 加盟 94 社)
、PRTR 制度(化学物質の環境への排出量・移動量を把
握し、公衆に公表する制度)により自主的努力も進められた。こうして、法・規制体系と自
主的努力によって、安全を確保するという考え方が根付いていった。
99
(2) 保安事故の背景と課題
2011 年~2014 年にかけて、日本では化学プラントに関わる大きな事故が 5 件発生してし
た。この背景としては、しばらくの間(1)で述べたような取組みにより、大きな事故がなく
運転されてきたことから、今の管理方式で良いとしてしまっていること、さらにトラブル対
応経験の減少した点などが挙げられる。また、事故から見える課題として、以下の 3 つの
点が考えられる。

設計上の問題
 いくつかの事故は、
設備能力の余裕を利用した現場での設計変更が原因となって
いる。
これは、
直接的には運転員の判断であるが、
背景には設計上の問題がある。
設計では必ず安全率をみているが、余裕が過剰であると、現場での設計変更の呼
び水となり、設計範囲を超えた運用が事故の要因となり得る。
 事故の 1 つは、反応器が大型で多くの危険物が溜まる設計となっていたことが
原因であった。事故が起きても被害を最小化するために、危険物保有量を最小限
とする設計にするなど、設備の本質安全設計が必要である。

変更管理
5 つの化学プラントの事故のすべてで変更管理が関わっている。変更管理の課題は以
下の 2 点が挙げられる。
 製造現場での変更は数多くあり、ほとんどが製造現場のライン長等によりその可
否が判断される。以前は、経験のあるスタッフも多く、ライン長をサポートでき
る体制であったが、
効率化でスタッフも減りライン長自身の判断が求められてい
る。適切な判断をするための組織のサポート(ガイドライン等)が必要である。
 1 つ 1 つの作業や基準値の意味を理解しないと変更が安易に行われ、ルールが遵
守されない。設計基準やルール設定の根拠の継承、
「なぜ、必要か」を話し合い、
理解することが必要である。

アラームマネジメント
いくつかの事故の共通点として、関係者が異常事態に直前まで気づかず、
「アラームシ
ステム」がプラントの異常を的確に伝えていなかった。課題は以下の 3 点が挙げられる。
 設計段階におけるアラームの目的・設定理由を明確にし、優先的に対応すべき重
要アラームと通常アラームを層別する。
 重要アラームを、数多くのアラームの中に埋没させないため、通常アラームを削
減する。
 アラーム設計に対する日本と欧米の考え方の違い。
欧米ではアラームに対して運
転員が必ず対処する一方で、日本はアラームの状況を運転員が判断して対処する。
(3) これからの安全目標
団塊の世代は、時間をかけて、自分が体験したトラブルから事故防止のノウハウを身に付
けてきた。
一方、
現在では、
そのような努力を積み重ねてきたことによりトラブルが減少し、
トラブルを経験する機会が格段に少なくなっている。そのため、座学、技術伝承といった方
法には限界がある。また、他の事例から学ぶことは有効であるが、他の事例からの知見もあ
る程度の知識と経験があって初めて生かすことができるものである。
このような時代にどの
100
ように安全を確保するかが問われている。
①
日本と欧米の安全の考え方の違い
図 5.4.1-2 に日本と欧米の安全の考え方を示す。欧米では、安全か安全ではないかという
考え方でなく、受入れ不可能な領域、ALARP 領域(得られるメリットに対して、そのコス
トが著しく大きければ我慢する領域)、広く受入れ可能な領域に分けて考える。日本の場合
は、極端に言えば、ゼロでなければ安全ではないという考え方である。この違いは、以下の
ような基本的な考え方の違いが影響している。
日本:災害は努力すれば 2 度と起こらないようにできる。管理体制を作り、人を教育訓練
し、規制強化により安全を確保できる。
欧米:災害は努力しても技術レベルに応じて必ず起きる。人は必ず間違いを犯すもので、
技術力向上なしに安全は確保できない。
基準値 B
基準値 A
図 5.4.1-2 日本と欧米の安全の考え方の違い
このような考え方の相違の結果、災害発生率については、日本は非常に少なくなっている
一方、重大事故(死亡災害率)は必ずしもそうなっていない(図 5.4.1-3 参照)
。すなわち、
すべての事故を防止することが重大事故を防ぐという考え方が、
必ずしも成り立たないと考
えられる。ハインリッヒの法則による、小さな事故の副産物として重大事項が減少するとい
う考え方がある一方で、ハインリッヒの「産業災害防止論第 5 版」では、
「重傷と軽傷とは
危険源が同じでなく、重傷の発生を抑制しようとすれば、それが発生する状態を予見する必
要がある」とも述べている。すべての小さな事故に対して対処していくことが重大事故防止
につながるのか、もう一度考えるべきである。
101
図 5.4.1-3 日本と欧米の災害発生率の比較
② 化学プラントの安全目標
図 5.4.1-4 に化学プラントの安全目標をまとめる。重大事故は、労働災害の観点だけでな
く、社会的影響、経済的影響、環境を含めて評価する必要があり、基準値 A(図 5.4.1-2 参
照)を超えるような重大事故は、設計段階から防止を考慮して、発生確率が低くとも起こさ
ない。基準値 A~B の範囲のリスクは、優先順位をつけて低減していく。さらに、事故が起
こった場合でも影響が及ぶ範囲を極小し、敷地外に影響を及ぼさない。これがこれからの安
全目標になると考える。
図 5.4.1-4 化学プラントの安全目標
5.4.2
航空機
(1) 航空機の歴史
今から約 100 年前、1903 年に動力飛行機の初飛行がライト兄弟によってなされた。その
ときの飛行距離は僅か 36m、高さ 3m、時間にして 12 秒であった。飛行機は、第一次世界
大戦で活躍したが、大戦後には、用途がなくなった。アメリカではパイロットの失業対策の
一環として郵便サービスに航空機を利用することとした。当時の事故記録によると、最初は
102
パイロットの平均余命が 4 年で、40 人のパイロット中で 31 人が事故死、確率にすると 80
回に 1 回の死亡事故を起こしているという状況であった。飛行機の歴史はこのような状況
から始まったが、その後様々な改良によって飛躍的に安全な乗物になった。その改善に大き
く寄与したのは、残念ながら、戦争と事故である。
戦後になると状況はかなり改善したが、図 5.4.2-1 に示すとおり、1960 年代は 100 万回
当たり 30~40 回の死亡事故があった。これが、現在は 100 万回当たり世界平均で 0.5 件と
なっている。0.5 件とは、例えば年に 100 回乗っても、死亡事故に遭遇するまで 2 万年とい
うことであり、飛行機は極めて安全な乗り物になったといえる。
図 5.4.2-1 航空機の年間事故割合
(2) 過去の主要な航空機事故
戦後の代表的な航空機事故について例を挙げて示す。

1954 年に連続して発生した英国コメット機の空中分解:コメット機は離陸時に非常
に縦安定が難しい飛行機であり、地中海で空中爆発、胴体の疲労破壊が連続して発生
した。このような連続的な事故はほかのジェット機では珍しい。新技術を導入する際
には様々な問題が起こりえるいうことがいえる。

1972 年のイースタン航空(当時)ロッキードトライスターの事故:飛行機がマイア
ミ空港に着陸しようとした時に、前脚のインジケーションライトが点灯しなかったた
め、一度着陸を断念し、ゴーアラウンドとした。その間、全乗員 3 名が故障探求に
没頭し、自動操縦が外れたことに気が付かず、高度が低下した。管制官はそれに気づ
いたが、単に、
「イースタン航空、何かありましたか」としか問いかけず、機長の方
は、脚の問題を聞いてきていると思い込んで、「問題ありません。もうすぐ旋回して
戻ります」と答えた。墜落の 7 秒前になって、副操縦士が高度の低下に気が付いた
時には、すでに時遅く、事故となった。この事故の主因は 3 名の乗員が職務をきち
んと分担せずに皆一点に集中してしまったことと、
管制官と機長のコミュニケーショ
103
ンエラーである。

1977 年 3 月、カナリア諸島テネリフェで発生した事故:事故当時、誘導路が使用で
きなかったため、滑走路を誘導路に使用していた。KLM オランダ航空のジャンボ機
が、先に待機をしていたが、管制官は効率をよくするためにパンナム機も滑走路に出
そうとした。パンナム機がまだ滑走路上を移動している状態で、KLM 機が離陸滑走
を始めてしまい正面衝突した。この事故で、両機合わせて 583 名が死亡した。これ
は今でも世界最大の事故である。その原因は、以下のように悪条件が重なったことに
あった。
 KLM 機は、本来の目的地が爆発騒ぎにより空港閉鎖されたため、臨時にこの空
港に降りた。
 この空港は小さな空港であり、普通の駐機場だけでは飛行機が収まらずに、誘導
路などの様々な場所に駐機せざるを得なかった。
 パンナム機、KLM 機両機とも早く出発したいという事情があった。
 霧のため、視界が非常に悪かった。
 管制官は大型飛行機の誘導に不慣れであった。
 特に KLM 機の機長が管制官の言葉を都合よく受け取ってしまった。

1985 年 8 月に発生した日本航空の事故:この事故は、その 7 年前に起きた尻もち事
故の際の後部圧力隔壁修理ミスが原因であった。修理する際に、寸法不足があること
が分かり、
その部分に板を挟むという指示書を実際の修理では指示図通りにしていな
かったために、強度不足となり、その部分から一気に破壊されたものであった。

1986 年 1 月に起きたスペースシャトルチャレンジャー号の爆発事故:胴体の横につ
いている 2 本の固体燃料ブースターの「O リング」は、低温下では硬化して機能を
果たせなくなることから、製造元の技術者は打ち上げ延期を主張していた。それにも
かかわらず、NASA は 1 週間以上も打ち上げが遅れていたことや、過去にはもっと
低温でも打ち上げた例をたてに製造会社の副社長に同意を迫り、
同意させてしまった。
打ち上げの統括責任者は、
こういった議論をしていたことを全く知らされていなかっ
た。巨大組織における、コミュニケーションエラーという例である。

2003 年、コロンビア号の大気圏突入時の空中分解:スペースシャトルは水素燃料タ
ンクの断熱のために、多くの断熱材が使用されている。これが打ち上げのときに少し
ずつ剥がれ、
剥がれたものが主翼の一番大事な断熱しなければならない断熱タイルを
傷つけてしまった。NASA のマニュアルでは、断熱材が剥がれてはいけないとされ
ていたが、実態としては、断熱材のはく離自体は、コロンビア号だけではなく、最初
から全ての機体で発生していた。はく離しても大丈夫という経験が蓄積され、「結果
オーライ」という意識が強まったところで、何らかの偶然により大事なタイルに損傷
が発生し、事故につながった。
「結果オーライ」は、リスクを高めることがあっても、
安全を高めることはないという点に注意すべきである。
このように見ていくと、航空機の事故は、実は技術の頂点、いわゆる最先端の技術で起き
ているものはほとんどない。図 5.4.2-2 に示すように、ほとんどが最先端の技術を支える中
間、底辺や裾野、いわゆる既存の領域で起こっている。ここで綻びが生じて結果的に大事故
に至っている。どんなに技術が進んでも、基本作業、つまり基本手順をきちんと守ることの
重要性は共通していると考えられる。
104
図 5.4.2-2 航空機事故の特徴
これを一般化すると、昔のシステムは全て独立系のものを寄せ集めていたが、最近のシス
テムは非常に複雑で、しかも統合して巨大になり、全て繋がっているため、どんな結果が出
るか分からないということである。つまり、個々の部品の故障でも、この繋ぎ合わせやシス
テムの整合性というところで事故が起きていることが大きな特徴である。
部分最適の集合体
が全体最適ではなく、少し別の見方をしなければ、統合系の巨大エネルギーシステムの事故
は防げないのではないか。
当然それを結び合う、整合をとるインターフェース・エンジニア、
あるいは大きな組織などはシステムをきちんと見られる技術者を育てていかなければ、これ
から大きなものを作っても、気が付いてみると、結構バラバラなシステムになってしまうの
ではないか。ここをどうするかを、考えていかなければいけない。
そこで、航空機の特徴を 5 項目にまとめてみた。

飛行機というのは軽量化が大命題である。とにかく軽くしなければいけない。逆にい
うと、柔なものしかできない。これは地上の設備とは大きく異なる特徴である。

制作者は余裕がなく作っていることを認識しているので、壊れることが前提になって
いる。それ故に、壊れたときにどうするという準備が認証の段階から行われている。
また、設計、製造、メーカーだけではなく、世界の航空会社も集まって、全体で事故
に至らないように情報を共有している。

高い信頼性が求められるため、成熟した技術を使用することを原則としている。飛行
機の認証はあらゆることを想定しなければいけないので、認証に 4、5 年はかかる場
合もある。その間に、技術は進歩するが、それでも非常に安定した技術を使うことが
前提となっている。

飛行機の安全をどう担保しているかという観点から、世界で情報を共有し合って事故
を防ぐようにしている。

カナダモントリオールにある国際機関「ICAO」が、航空のルールの統一を図ってい
る。
飛行機も様々な事故が起きており、決して順調な歴史を歩んでいるわけではない。結局、
何かルールをつくるということは、何か事故があったからである。コメット機が造られた時
には、構造の造り方の要件はあったが、
「運航中に構造部材が破壊しないように設計する。」
としか言っていなかった。それが、事故が起きた後に「フェール・セーフ」
、例えば、主要
な部材が壊れても残りの部材できちんと着陸まで持っていくというルールになった。
さらに、
そこから何十年後にまた事故を起こしているが、現在、様々な損傷が致命的になる前に、ど
うやってそれを発見するのか、
検査プログラムをきちんと作りなさいというところまできて
いる。そのため、今の飛行機は完成したらそのまま就航するのではなく、国の認可を受ける
105
ときに単なる飛行機の性能だけではなく、検査プログラムを提出しなければ認可を受けられ
ないことになっている。その際、破壊モード(疲労、腐食、偶発損傷など)を考慮して、適
切なプログラムを組むことが求められている。
このように航空業界は、非常に広い範囲で過去の事故や経験を元に、壊れることを前提と
した検査プログラムを作成している。一方、原子力は壊れること自体が大変な問題であり、
その先までは考えていないのが実態であったのではないか。3.11 のときに堤防を越えるよ
うな津波が起きたが、堤防の高さや津波が予想できたかどうかを論じるだけではなく、津波
が想定を超えたときに、
どうやってその事故の被害を最小限に抑えるのかといったところま
で備えておくことが必要と考えられる。
106
6. 他のエネルギーにおける状況との対比に関する事項について
将来の低炭素電源を中心とした電源構成を考える場合、
太陽光発電はポテンシャルが大き
く、
かつ国産の分散エネルギーであることから、重要な候補であると考えられる。本章では、
まずその開発の現状について NEDO の「太陽光発電開発戦略“NEDO PV Challenges”
」
の内容を中心に紹介する(6.1 節)
。また、太陽光発電や風力発電は出力が不安定であるこ
とから、大規模に導入するためには出力変動対策が必須となる。その一つの候補である、水
素利用について、燃料電池車の開発を中心に紹介する(6.2 節)
。これらの技術を IT 技術を
用いて統合的に管理する技術、特にその産業への応用について紹介する(6.3 節)。最後に蓄
電池についての紹介を行う(6.4 節)
6.1
太陽光発電
(1) 「太陽光発電開発戦略」策定の経緯
昨年 9 月、NEDO から「太陽光発電開発戦略“NEDO PV Challenges”
」という新しい
太陽光発電技術開発のロードマップ、技術開発の指針を策定・公表した。
NEDO はオイルショック後、新エネルギー技術の開発を実施する機関として設立された。
「サンシャイン計画」
「ニューサンシャイン計画」を実施する機関として、太陽光発電の技
術開発をしてきたが、これらの計画が
終了後、NEDO は自らが今後、どのよ
うに技術開発を進めていくべきかと
いうことをまとめ、公表するためのプ
ロジェクトマネジメントを始めた。
2004 年 に ロ ー ド マ ッ プ と し て 、
「PV2030」を策定・公表し、その 5
年後、
「2030+」、そのロードマップを
改定する形で新しいロードマップを
公表した。2014 年 9 月、サンシャイ
図 6.1-1 太陽光発電開発戦略の策定経緯
ン計画開始から 40 年ということで、
シンポジウム等を開催した。この 5 年
毎というのは NEDO の技術開発プロジェクトの期間が 5 年であることに対応している。
2004 年の「2030」から 2009 年の「2030+」に至る間にも大きな変化があったが、そこか
ら 2014 年までにはより大きな変化があった。具体的には、日本の太陽光発電、太陽電池産
業が弱くなったこと、固定価格買取制度が 2012 年に開始され、太陽光発電が大量に導入さ
れる社会というものが現実的なスコープに入ってきたことが挙げられる。
これまでのサンシ
ャイン計画、ニューサンシャイン計画以降進めてきた戦略・技術開発の指針は、基本的に「い
かに太陽光発電を普及させるか」ということに目的意識があったが、今回の太陽光発電開発
戦略は、
「普及がある程度進んだ社会をいかに支えていくのか」という問題意識の下での検
討となった。
107
(2) 太陽光発電にかかわる課題
図 6.1-2 に太陽光発電大量導入社会の課題をまとめて示す。固定価格買取制度の下で普及
する太陽光発電は、賦課金によって支えられており、これは電力を使うユーザーすなわち国
民の負担である。よって、発
電コストの低減によって賦
課金を下げることが必要と
なる。また、太陽光発電は、
20 年、30 年と使われるシス
テムであり、それを長期安定
的に発電することを、技術的
に確保し、それをユーザーに
も理解してもらい、信じても
らうことが必要である。さら
図 6.1-2 太陽光発電大量導入社会における 5 つの課題
に、2013 年、2014 年の段階
から立地制約の顕在化も重
要なイシューとして取り上げてきた。これは、適地が減ってくることに加えて、系統側の受
け入れ制約も顕在化してくることが課題となるためである。さらに、大量に導入されれば、
いつかは大量に廃棄されることになるため、太陽光パネルの廃棄物対策も課題となる。最後
に、価格が安くなればなるほど儲からなくなるので、これをどのように魅力ある産業にして
いくか、コモディティ化が進めば、海外企業との競争も激化し、これにどのように対応して
いくか、ということも課題として挙げられる。
(3) 太陽光発電の導入状況
2015 年 1 月末で太陽光
は約 22GW の発電システム
が稼働している。固定価格
買取制度が始まる前、日本
の太陽光発電システムは住
宅に設置されているものが
大半を占めていた。住宅向
けのいわゆる「ルーフトッ
プ」と呼ばれるものに対し
て補助金が出ていた。それ
に対して、固定価格買取制
度が始まって以降、住宅よ
図 6.1-3 固定価格買取制度による再生可能エネルギー導入量
りも、10kW 以上の規模の
非住宅のシステムの割合が
急速に伸びている。これがまさに、固定価格買取制度の効果と考えられ、大規模太陽光発電
が事業として魅力のあるものになったということである。
108
固定価格買取制度は、太陽光に限ったものではないが、風力、中小水力、バイオマス、地
熱については、あまり導入量が伸びていない。太陽光発電は、技術がそれなりに成熟しつつ
あり、導入までに時間がかからないことが大きな特徴である。事業性が確保しやすいことも
あって、固定価格買取制度の認定容
量も 70GW を超えるものが予定され
ている。
この伸びを支えているのが買取価
格または賦課金であるが、この賦課
金も導入量の伸びにしたがって増え
ている。20 年間はこれが減ることは
ないので、今後、導入される太陽光
発電システムをいかに安くしていく
か、また買取価格が下がっても、導
図 6.1-4 高い発電コストと賦課金負担
入を維持できるだけの安い発電コス
トを実現できるかが課題になってい
る。
(4) 太陽光発電の価格動向
太陽光発電コストは高いといわれているが、2012 年導入時に算定した発電コストを調達
価格等算定委員会の考え方に基づいて算定すると、26 円/kWh の水準であった。その後、
価格は順調に下がっている。
発電コスト低下の要因は、非住宅用と住宅用でやや異なる。非住宅用については、システ
ム価格の低下は緩やかであり、
その分設備利用率が向上することで発電コストが低下してい
る。これは、最近太陽電池の価格が安くなったので、太陽電池をパワーコンディショナーシ
ステム(パワコン、PCS)の容量以上に設置し、設備利用率を向上させる方が、全体とし
ては発電コストを低くできるということによる。一方、住宅用は、設備容量が家の屋根に制
限・制約を受けるため、この方法で設備利用率を上げることは困難であり、システム価格が
下がった分だけ発電コストも低下するという構造になっている。
なお、変換効率については世界中で、その向上に向けた努力が続いている。太陽電池の世
界では、
変換効率が非常に高いペロブスカイト太陽電池の開発が急激に進んでいる。ただし、
開発はまだ実験室レベルであり、実用化には多くの課題が残されている。
(5) その他課題
立地制約に対しては、未利用領域への導入を進めるための技術開発―壁面への設置、ビニ
ールハウスのような弱い構造物にも設置できる軽いシステム、あるいは、水上に置くための
システムなどの開発も行っている。
住宅用については、
既に、
家庭用電力価格よりも太陽光発電のコストが下がっているので、
太陽光発電のコストだけではなく、蓄電や HEMS と呼ばれるエネルギーマネジメントシス
テムという高度利用のための機能付加を加えても、
家庭用電力価格よりも安くなるシステム
を目指すことが必要となる。
109
太陽電池パネルは、枠がアルミ、中はシリコン、電極が銀でできている。寿命を延ばすた
めにしっかりとした作りとなっているパネルを、
低コストで分解し有価物を回収するリサイ
クル技術の開発は必要であり、取り組みが進んでいる。
110
6.2
燃料電池自動車
(1) 自動車普及の歴史
自動車の歴史はせいぜい 100 年程度である。それまでは馬車の時代であったが、100 年
程度前に蒸気自動車、電気自動車、ガソリン車が相次いで登場した。その当時、20 世紀に
はガソリン車が席巻する時代になるとは、誰も予想しなかった。
ガソリン車が優位になった要因は大きく 3 点考えられる。まず、ガソリン自動車がさま
ざまな技術革新に成功したことが一つ目の要因である。例えば、電気式セルフスターターに
より自動でエンジンが始動できるようになったこと、あるいは、T 型フォードのような生産
ラインの革新により製造価格を大幅に下げることができたことなどである。それを受けて、
道路の整備が非常に進んだことが 2 つ目の要因である。3 つ目の要因は、ガソリンが大量に
安く、全世界誰でも入手ができたことである。100 年ほど前、ガソリンは非常に引火しやす
く危険な液体で、あまり使い道がなかった。当時、石油系は灯油の照明用ぐらいしか使い道
がなかったが、
それも電球が発明された後、灯油も需要がなくなってしまった。
そのときに、
たまたまガソリンエンジンが発明されて、普及したと言われている。
アメリカでは、20 世紀に入ってから、大量の油田が開発され、安い石油、ガソリンが誰
でも手に入るという状況になった。100 年前の馬車から本当に自動車になるのだろうか、そ
の自動車の中でもガソリン車、
いわゆる内燃機関車が本命になるのかどうかよく分からない
混沌とした時代から、1920~1930 年頃、さまざまな技術開発や道路あるいは大量の安いガ
ソリンが普及したことで、20 世紀は内燃機関が席巻する時代になった。結果的に、自動車
というのは、
「どこでも、いつでも、どこへでも」という移動空間、自由・便利で、私的な
移動空間を提供したという意味で、人類の生活手段を大きく変えた。
図 6.2-1 競合時代からガソリン自動車の時代へ
(2) モビリティ社会の課題
20 世紀全体で工業技術が非常に発展し、自動車の数は数億台以上となった。その結果、
石油資源枯渇への不安、CO2 排出の増加、大気汚染の増加といった課題が顕在化してきた。
111
2050 年に向けて、世界人口や経済規模はまだ増加すると見込まれており、自動車はさらに
増加すると予想され、これらの課題に対応していくことは極めて重要である。
当面は省エネルギー、すなわち、燃費の改善、あるいは、ハイブリッド車導入が重要な対
策となる。ハイブリッド車については、トヨタの 2015 年 8 月 21 日のニュースリリースで、
トヨタのグローバル販売台数が 2800 万台を超えたと報告された。初代プリウスが導入され
たのは 1997 年 12 月であり、それから 18 年間で世界シェア 1%程度に達したということに
なる。このようにインフラ制約が全くないハイブリッド車でさえも、一般の顧客に受け入れ
られて広がるまでに、10 年、15 年、という単位が必要であることは留意する必要がある。
このように当面はハイブリッド車を含む燃費の向上が課題となるが、21 世紀全体を考え
ると、石油資源や CO2 排出の課題がより顕在化してくると予想されるため、今の石油ベー
スのガソリン車、ディーゼル車がそのまま生き残る可能性は低い。現時点において、ハイブ
リッド、FCV、EV、天然ガス自動車、エタノール等のフレックスフューエル、さまざまな
エネルギー源が試行されており、50 年後に車のエネルギー源が何に変わっていくかは、今
からの競争と考えられる。そういう意味では、自動車の登場から 100 年経って、パワート
レーンの多様化の時代が再来しつつあるというのが現代である。
表 6.2-1 にそれらの特徴を整理して示す。電気と水素の Well to Wheel CO2 については、
走るときには CO2 を含めてゼロミッションであるが、電気あるいは水素をつくるところで
CO2 が出ることから、化石燃料から電気あるいは水素をつくれば△、再生可能エネルギーか
ら電気あるいは水素をつくれば◎となる。EV は、航続距離、充電時間という課題があるが、
バッテリー技術の開発が進めば、航続距離を今の 200km 程度から 300、400km とすること
は可能であると考えられる。最大の課題は航続距離を伸ばすと、充電時間も合わせて伸びる
ことである。急速充電の場合は、満タンまではいかず、さらにバッテリーを傷めると考えら
れる。FCV の場合には、インフラがほとんどないというのが最大の課題である。バイオ燃
料の最大の課題は供給量である。天然ガスは量的には問題ないものの、最終的に CO2 ゼロ
にできないという課題がある。
表 6.2-1 石油代替燃料の特徴
当面は、まだガソリンが大量に使えるため、ハイブリッド、PHV といった省エネルギー
の車が主体になるのは間違いないが、21 世紀全体を考えると、おそらく電気、水素を使っ
ていくことにシフトしていくと思われる。その場合には、電気は小型で近距離の車、FCV
は中長距離の中型の車のほうにシフトしていくと考えられ、中間は、EV と FCV の競争で、
どちらのほうがコストを含めて下がっていくかで将来は変わっていくと考えられる。
112
(3) 燃料電池自動車への取り組み
水素は、地球上に大量に存在しているが、水素という形では存在しにくく、水や化石資源
という形で存在している。水素自身は常温・常圧で無色・無味無臭、非常に軽い。万が一漏
れても拡散しやすい。反応しやすいため、さまざまな「化学材料」から「燃料」まで使われ
ている。直近では、燃料電池の技術が非常に発達して、60%以上の高い発電効率が可能に
なっている状況である。
水素は、使用時には CO2 はゼロで、低炭素社会の担い手になり得る。また、化石燃料、
未使用の下水の汚泥から出てくるメタンなど、様々なエネルギー源からをつくることができ
る。もちろん、太陽光、風力などの自然エネルギーを活用してつくることもできる。電気に
比べると、エネルギー密度が高く、貯蔵・輸送が容易であるため、エネルギーの地域的な偏
在を解消できるポテンシャルがある。風力、太陽光のように、自然エネルギーの課題である
大きな変動を吸収して、エネルギーとして貯蔵して、足りないときに使うというポテンシャ
ルもある。このように家庭、自動車用の燃料、発電、産業用も含めて、用途は多様であり、
21 世紀全体を考えると、有力なエネルギー源の一つになり得ると考えられる。
図 6.2-2 は、ガソリンハイブリッドと FCV の燃料代を比較したものである。今のガソリ
ン車、ハイブリッド車は、ガソリン代のうち、7 割から 8 割が原油のコストが占めており、
ほとんどの資金が中東に流れていることになる。原油から石油を精製して、国内に流通させ
て、ガソリンスタンドで配るという、国内に残るバリューというのは、実は 2、3 割しかな
い。一方、水素は仮に天然ガスを輸入して、そこから水素をつくったとしても、実は水素の
値段のうち、天然ガスを輸入するために使われる値段は 3 割で済む。すなわち、海外に流
れる資金は 3 割で済み、残りの 7 割が国内で天然ガスから水素をつくって、輸送して、水
素ステーションで配る費用となる。国内に残るバリューが、多くなり得ることで、エネルギ
ーセキュリティ上からも、貿易収支上からも有利である。
図 6.2-2 ガソリン HV と FCV の燃料代比較
また、FCV はハイブリッド技術と FC 技術の融合体であり、モーター、バッテリー、パ
ワーコントロールユニットなどのハイブリッド技術及び FC スタック、高圧水素タンク、そ
れらの材料であるカーボンファイバーなどの FC 技術は、いずれも日本が非常に強い産業で
ある。日本を中心に発展していくことは、日本の国際競争力、産業育成、雇用創出にも、大
きい影響がある。
トヨタの場合、燃料電池車の開発を 23 年前にスタートし、1996 年に走れる車のデモを、
2002 年に初めて限定販売をした。2005 年には型式認証制度がつくられ、国内で初めて型式
113
認証を取得した。2008 年のモデルで、航続距離や氷点下始動といった技術的な課題はほぼ
解決され、
残された大きな問題はコストであった。
そして、
2014 年 12 月 15 日、
FCV「MIRAI」
が日本で発売を開始した。販売目標台数は 2015 年末までに約 400 台を目標にしていたが、
それを大きく上回る注文があり、2015 年の生産台数 700 台から、2016 年は 2000 台程度、
2017 年は 3000 台程度に拡大しようとしている。
図 6.2-3 に、トヨタ燃料電池システムを示す。後部座席の下とリアのタイヤの間に、高圧
水素タンクが 2 本積まれている。フロントシートの下に燃料電池が置かれていて、後方の
水素タンクから水素が供給され、前方から空気が供給されて発電をする。その発電した電気
を使って、フロントタイヤにあるモーターを動かして走行する。心臓部の技術の一つは、燃
料電池「FC スタック」である。今回、体積出力密度を 2.2 倍にできたことが「MIRAI」が
発売できた最大の理由の一つであった。サイズを 1/2 にすることは、自動的に使用量が 1/2
になり、コストもそのまま 1/2 になる。もう一つ、肝の製品が高圧水素タンクである。トヨ
タでは当初海外タンクメーカーに開発製造を依頼していたが、品質上のトラブルもあり、
2005 年のモデルからタンクを内製している。100kg のタンクで 5.7kg の水素を積むことが
できる。
図 6.2-3 トヨタフューエルセルシステム
今の FC スタック、あるいは高圧タンクを含めた燃料電池システムコストを下げるという
のは、一番大きな課題の一つである。2008 年モデルでは、「FCV システムのコストは億」
と言われていたが、
「MIRAI」の段階では、1/20 程度まで下がっている。しかし、まだ従来
のガソリン車、ハイブリッド車に比べると高いため、2020 年、2025 年に向けて、さらに半
減、さらに 1/4 とコスト低減に向けての取り組みが行われている。
FCV は、大容量の電力を外部に給電するという能力も持っている。「MIRAI」には、
「CHAdeMO」の DC コンセントが付いており、インバータをつないで家電製品を動かす
ことができる。さらに、開発している FC バスは「MIRAI」の 4~5 倍の水素量を持ってお
り、災害等の際に、体育館等の避難所に給電することを想定した場合、学校体育館の照明電
力の約 5 日分の給電能力がある。
水素は、現在、産業用としてソーダ会社、石油精製会社、製鉄会社、石油会社で大量につ
くられている。民生用にあまりつくられていないので、大量に水素を輸送して供給するとい
うインフラがないことが大きな課題である。化石燃料から水素をつくれば、CO2 が発生す
るので、将来的には再生可能エネルギー等を使った CO2 フリーの水素が、導入拡大できる
ような技術開発や制度設計が必要である。電気と水素を比べたときに、「電気はすでにグリ
114
ッドで目の前に来ているので、EV にインフラ投資はいらない。水素は全くないから、イン
フラ投資が大きい」と言われるが、中長期的な視点でいうと、そのインフラ投資は充電のイ
ンフラ投資よりも大きくはない。欧州で FCV が 1 億台普及したときに必要な水素インフラ
の投資額約 1000 億ユーロ、一方、EV あるいは PHEV が 2 億台普及したときに必要な充電
インフラは 5400 億ユーロと言われている。
世界の水素インフラ動向として、日本、欧州、アメリカのカリフォルニアや北東部州では
始まっており、今から 5 年の間に、全世界に数百基程度のステーションが設置されると期
待されている。国内では、4 年前に、自動車メーカーは 2015 年に 4 大都市圏を中心に一般
ユーザーへの販売を開始し、水素事業者は 4 大都市圏とそれらをつなぐ高速道路沿いに 100
カ所程度の水素供給インフラの設置を目指し、国もこの間、全力で支援をすることを発表し
た。水素ステーションは、2015 年度中に、74 基、81 カ所の稼働が期待されている。今、
水素ステーションのビジネスが、なかなか成り立ち難いという状況で、10 年後には、ステ
ーションビジネスが自立化できることを見据え、中長期、2020 年から 2030 年頃のステー
ション整備目標が議論されている。
115
6.3
産業向けの IoT 活用事例
(1) インダストリアル・インターネットとは
IoT(Internet of things)で機器同士がつながると情報は流れるが、それだけでは付加価
値は生まれまない。インダストリアル・インターネットとは、General Electric 社(GE)で
の産業向け IoT の活用技術のことであり、製造メーカーとしての製品開発、運用、メンテ
ナンスの知見を生かし、IoT から得られるビックデータを活用することにより、新たなイン
フラの付加価値を生み出すことである。
インダストリアル・インターネットが成立する条件としては、まず、第一に、産業用機器
やインフラにセンサーが取り付けられ、
そこからデータを取り出せる状況になっていること
が挙げられる。次に、そこから出てくるデータ、場合によっては、非常に膨大なデータや、
あまり形式化、コード化されていないようなデータなど、いわゆるビッグデータを取扱うこ
とが必要である。そして、この膨大なデータを使用し、ソフトウエアを駆使して分析する。
それだけでは価値は生まれないので、それをワークフローに展開する。このように、インダ
ストリアル・インターネットは大きく分けて 4 つの部分から成り立っている。インダストリ
アル・インターネットのデータの流れを図 6.3-1 に示す。
図 6.3-1 インダストリアル・インターネットのデータの流れ
(2) インダストリアル・インターネットの技術要素
① クラウド技術
インダストリアル・インターネットでは、各産業用機器のセンサーから収集したデータの
集積、シミュレーションや分析をクラウド上で行っている。この産業用クラウドは、一般向
けクラウドよりも高いレベルの技術が要求されることになり、主に以下のような特徴を持っ
ている。
116

高度なセキュリティ技術(人命に関わるインフラに直結している場合があり、強固な
セキュリティが必要)

スピーディな処理(インフラを制御することにおいて、ミリ秒単位の応答が必要)

センサーデータとの容易な接続
(一般的には非常に煩雑なプログラミングが必要であ
るが、これを簡素化)
② シミュレーション技術
クラウド上の分析技術の 1 つとして、エンジニアリングデータ、実際の運転履歴、メン
テナンス記録等のデータを活用することにより、現実の機器をデジタル上に忠実に再現し、
シミュレーションするシステムを採用している。
この技術は、
センサーの値を補完する技術、
物理学に基づく工学モデル、事故時の因果関係など、製造メーカーのノウハウを活用するこ
とにより構築されている。このシミュレーションで、例えば、運転を 1 年継続し、破損し
そうなパーツがあった場合は、1 年以内の定期点検でチェックをするまたは部品を交換する
など、効率的な運転・保守が可能となる。
③ OT(Operations Technology)セキュリティ技術
インダストリアル・インターネットでは、IT セキュリティに加えて、産業用機器等の OT
側に対するセキュリティ技術が必要である。図 6.3-2 に課題とその対策を示す。
図 6.3-2 OT 側のセキュリティの課題と対策
(3) インダストリアル・インターネットの展開事例
① 航空機分野
航空機エンジンにセンサー取り付け、データを取得し、エンジンの何らかの兆候をリアル
タイムに把握することで、
必要なメンテナンス体制をとれるようにするサービスを展開して
いる。これにより、航空会社は、運行遅延や欠航を減らすことができ、費用の節約効果があ
る。
また、エンジンだけでなく、フライトレコーダーでとらえている機体のデータ、GPS に
よる実際の航路データ、そのときの気象データをタイムリーに分析し、航空機の運航調整や
飛行計画を最適化するコンサルテーションを提供する事例もある。このサービスにより、燃
117
料費が低減することで、コスト削減効果が得られている。
② ウィンド・ファーム
それぞれの風車には制御システムがあり、個別に最適制御はされているものの、風上の風
車の影響で理想的な風の受け方にならず、全体最適化となっていなかった。そこで、ネット
ワーク化された制御で機器同士のコミュニケーションをはかり、
全体を最適化するようにし
た。効果の一例として、ファーム出力 1%増、ファーム利益 4%増という結果を得ている。
③ 火力発電用ガスタービン
GE の監視センターで、全世界で運転されている 2000 台近くの発電用ガスタービンを 24
時間監視、継続してデータを取得し、何らかの兆候が起こるとユーザーに連絡するサービス
を展開している。
④ デジタルパワープラント
まだコンセプトの段階であるが、上記③を発展する形で、他の機器についても同様の監視
を行い、最適化するものである。数々のセンサー網、先進のコンピューティング技術、リア
ルタイムビッグデータにより実現でき、プラント起動診断と予測、予測と物理現象に基づく
動的出力診断、現実ベースのプラント運用が可能となる。
118
6.4
畜電池の需給調整能力
(1) 各種蓄電池について
二次電池の代表的なものとしては、鉛電池、ニッケル水素、リチウムイオン、そして NAS
電池等が挙げられる。
鉛電池は車の起動用の蓄電池あるいは集合化して定置用という形で使
用されている。ニッケル水素電池あるいはリチウムイオン電池等は、ハイブリッド自動車あ
るいは EV 用に使用されており、リチウムイオン電池は携帯やパソコンに使用されている。
NAS 電池というのは、大容量の電力貯蔵に適した二次電池と位置付けられている。
図 6.4-1 に、主な二次電池について、設備容量と持続時間でマッピングしたものを示す。
NAS 電池は、大容量の電力貯蔵に適した二次電池と位置付けられている。蓄電池の価値に
は 2 つの観点がある。例えばリチウムイオン電池は、非常に短時間で高出力が出せるとい
う特徴があり、kW 当りの価値で判断される。それに対し NAS 電池は、貯められる電力量
(kWh)が大きいことに特徴がある。
定置型で大きな電池としては、NAS 電池、レドックスフロー、ニッケル水素、リチウム
イオン、鉛がある。NAS 電池は、500~数万 kW で持続時間が数時間であり、レドックス
フロー電池は、大規模で約 1~8 時間である。リチウムイオン電池は、当初は 15 分~30 分
程度と非常に短時間が主体であったが、最近は 1 時間程度、海外では 4 時間程度までの領
域のものが出てきている。
図 6.4-1 主な二次電池の設備量と時間
(2) 大規模蓄電システムでの NAS 電池の活用
① NAS 電池の動作原理と特長
図 6.4-2 に NAS 電池の動作原理と特長を示す。NAS 電池の特長は、ベータアルミナとい
う特殊なセラミックスを固体電解質として、
ナトリウムと硫黄の間の隔壁として使っている
ことである。このベータアルミナは、ナトリウムイオンだけを通して電子は全く通さないと
119
いう性質を持っている。したがって、放置中に自己放電せず、長期的に性能を安定させるこ
とが可能である。また、活物質がすべて固体でありそれら全体が反応に使われるため、原理
的に大容量蓄電に適している。
この電池は、化学反応の円滑化、および、ナトリウムのイオン伝導の円滑化のため、内部
を約 300℃の高温に保つ必要がある。そのため、保温のための電力が必要となってしまうと
いうデメリットがあるが、その一方、300℃を保つことによって、液相で均質な反応が行わ
れ、長期間の安定性能が実現可能というメリットもある。
NAS 電池は、ナトリウムと硫黄が主原料であり、その他にも一般的な材料しか使用してい
ない上、95%は国内の部品材料を使用しているため、資源の枯渇問題、調達の問題が少な
い。また、長時間貯蔵、コンパクト、高速応答性、信頼性、安全性、保守性といった特長を
もち、定格の設計性能は、1 年間に 300 回程度フル充放電として、15 年で 4500 回放充電
としている。
図 6.4-2 NAS 電池の動作原理と特長
② NAS 電池電力貯蔵システムの概要
図 6.4-3 に NAS 電池の電力貯蔵システムの概要と構成を示す。電池の最小単位はセルで
あり、直径約 9cm、高さ約 50cm、重量は約 5kg である。電圧は 2V 程度であるが、電流を
多く出力することが可能であり、電力は 145W となる。
セルを約 200 本集めてモジュール電池を構成する。モジュール電池は、現状 30kW の出
力設計になっている。持続時間が約 7 時間、電力量は 216kWh である。大きさは、幅と奥
行きが約 2m 弱、高さが 70cm である。モジュール電池の外壁は断熱容器になっている。断
熱することにより熱の損失を抑え、保温用の電力を低減しているが、その一方、連続運転の
場合は、発電により発生した熱を逃がすことも必要となる。通常は、内部が約 300℃、外側
の温度が 40℃~50℃で運用されている。
さらにモジュールを 40 台組み合わせることで、標準ユニット、
1200kW を構成している。
モジュール電池の蓄電量は、一般家庭 1000 世帯の1日分の電力量に相当する。大きさは幅
10m の奥行き 4.5m、高さ 5m である。さらに、交流を直流に変換する PCS(交直変換機)
と受変電設備を含めて、システムが構成されている。
120
図 6.4-3 NAS 電池の電力貯蔵システムの概要と構成
③ NAS 電池の安全設計
ナトリウムや硫黄は、一般的にナトリウムが第 3 類の危険物、硫黄が第 2 類の危険物で
あり、このようなものを大量に使うためには規制がある。さらに高温で使用するため、安全
に使いこなすための多重防御設計という形で、セルの中でどういった形で、万が一のことに
備えた設計をするのか、
あるいはモジュールの中でどうやってそれをとどめるのか等を検討
している。
NAS 電池は、消防庁の外郭団体である危険物保安技術協会による所定の安全試験に合格し、
消防危 53 号の緩和特例が適用可能な型式として認定されている。表 6.4-1 に試験の例を示
す。
表 6.4-1 安全評価の一例
(3) 適応事例
NAS 電池は、2002 年からの商用販売実績があり、世界中で建設中のものを含めると、53
万 kW、およそ 370 万 kWh の実績がある。そのうち、国内が 36 万 kW、海外が残りを占
める。海外の例で規模の大きいものとしては、イタリアでの 3.5 万 kW の変電所の設置事例
がある。アブダビでも変電所数ヶ所に設置する計画が進んでおり、その設備容量の合計は
10.8 万 kW である。他には、主に、米国の電力会社や NEDO の実証試験で導入されている。
以下に実例を示す。
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【例1】 電源セキュリティの強化の例。現在東京都下水道局で 2001 年から計画的に設
置しており、トータルで約 4 万 kW の NAS 電池を設置した。通常はピークカット等に使わ
れているが、
大雨になったときに下水道局は電動式のポンプで水を排出するという形でポン
プ稼働するための供給電源としても利用することとしている。このように非常時の備えと、
通常時のピークカットという形で計画的に利用している。
【例2】送電線の混雑緩和 イタリア テルナ社
イタリアは南北に長い国であり、南側では再生エネルギーが大量に導入されている。一方
で、電力の消費地は北側にある。そのため南側で発生した再生可能エネルギーをうまく送電
したいが、送電線が脆弱であり一気に送電出来ないとう問題がある。さらに、太陽光を中心
にすると昼しか発電できない、あるいは、風力なども必要のないときにも発電されてしまう
という問題もある。そこで、電気をためて送電線の都合に合わせて送れるようにするため、
3 カ所の変電所に分散して 3.5 万 kW の NAS 電池の建設が進んでいる。これにより送電線
の新設を回避するという効果が見込まれる。
【例3】既設発電所設備の有効利用 アブダビ
アラブ首長国連邦、アブダビ水利電力庁の事例。合計約 10.8 万 kW の蓄電池を各変電所
に分散し導入する計画が進んでいる。
アブダビでは電力需要が急激に伸びており、ピーク需要に合わせて発電所が必要だが、こ
れは年間を通してフル稼働できるものではない。また、アブダビでは隣国から高い天然ガス
火力の電気を買っているという問題がある。そこで、既存の火力発電所に蓄電池を導入し、
夜間の不要な発電部分を充電して、
昼のピークに放電することで、
発電所の稼働率を向上し、
余分な増設を避けるということが計画され、順次設置が進められている。設置場所は、主に
アブダビの中心地及びその近郊であり、1 基当り 4000~8000kW、大規模なものでは 2 万
kW の規模である。
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7. おわりに
今後の原子力産業政策・原子力技術開発のあり方を検討に資するため、以下の項目を中心
に福島第一原子力発電所事故後の国内外の原子力産業の動向を調査した。これらの結果が、
今後の原子力政策の立案に活用されることを期待する。
① 国内外の原子力産業の動向
② 原子力の次世代技術
③ 原子力を巡る環境変化
④ 原子力の社会的受容について
⑤ 他のエネルギーにおける状況との対比に関する事項について
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