第5回 著作者と著作権者(1)[PDF形式]

誌
座
学
上法 講
第
5
著作者と著作権者
(1)
回
野田 幸裕
Noda Yukihiro
著作権法を知ろう ― 著作権法入門・基礎力養成講座
弁護士、弁理士
N&S 法律知財事務所設立所長。著作権法・商標法等の知的財産関連のビジネスコンサル・契約・訴訟等が専門。
前東京都知的財産総合センター法律相談員、一般社団法人日本商品化権協会正会員等。講演・著作等多数。
今回からは著作者と著作権者について検討し
礎を置く権利である点で異なります。具体的に
ます。
は、著作者人格権は一身専属権として当該著作
者限りの権利であるため譲渡や相続の対象には
なりません。一方、著作権は財産権なので第三
著作者とは
者へ譲渡したり、相続財産として相続人に承継
著作権法(以下、
法)は著作者を定義しており、
させることができる点で異なります。
「著作者」
とは
「著作物を創作する者をいう。
」
とさ
そのため、著作者が著作物の著作権を譲渡す
れ(法2条1項2号)
、また
「著作者の権利」
とし
れば著作権は譲受人に移転しますが、著作者と
て「著作者は、次条第1項、第 19 条第1項及び
しての地位は著作者に残るので、この場合著作
第 20 条第1項に規定する権利
(以下
「著作者人格
者と著作権者とは同一人ではなくなります。
権」
という。
)
並びに第 21 条から第 28 条までに規
◦映画の著作者と著作権者
定する権利
(以下
「著作権」
という。
)
を享有する。
」
著作者と著作権者とが別人である著作物とし
(法 17 条1項)
と規定しています。つまり、著作
て映画の著作物があります。映画の著作物の場
物を創作する著作者は著作物について著作者人
合、職務著作物 ( 後述 ) を除き、その著作者は「制
格権(公表権・氏名表示権・同一性保持権)
およ
作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその
び著作権を有する著作権者であることになりま
映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した
す。そのため、原則的には著作者は著作権者と
者」
(法 16 条)
、つまり一般に「モダンオーサー」
同一人です。
と言われる監督やプロデューサーが著作者とな
◦著作者人格権と著作権
ります。
著作者の有する著作者人格権と著作権とは、
しかし、映画監督やプロデューサーは、職務
ともに著作者の有する権利として重要であり、
著作物となる場合を除けば、映画製作会社との
その侵害(法 113 条)については差止請求権
(法
契約により映画製作に参加することになります。
112 条)ならびに損害賠償請求権(法 114 条、民
このようにして製作された映画の著作権は、監
法 709・710 条)
といった効果が認められ得る点
督等の著作者が
「映画製作者に対し当該映画の
では共通しています。
著作物の製作に参加することを約束していると
きは、当該映画製作者に帰属する。
(
」法 29 条1
しかし、著作者人格権はその言葉どおり、人
項)
とされています。
格権に基礎を置く権利であるのに対して、著作
映画監督等が契約をしないで映画製作に参加
権は著作物の経済的利用権といった財産権に基
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誌上法学講座
することは現実的にはあり得ません。
そのため、
示される場所に、
「A 著」とか、
「作詞 B」とかそ
口頭の約束でも製作に参加することが約束され
の著作物が誰の著作によるものかが分かるよう
れば、その映画の著作物の著作権は、映画製作
に表示されていれば、その者
(A・B)が著作者
会社や映画製作委員会などの映画製作者に帰属
として推定を受けます。
することになります。つまり、映画の著作物で
Ⓒマークへの氏名等の記載も、Ⓒの C とは
は著作者と著作権者は同一人ではなく別人にな
「COPYRIGHT」
(著作権)
を意味するので、厳密
ります。
に言えば著作権者の表示ですが、原則的には著
作者が著作権者と同一人であることからすれば、
法 14 条にいう著作者としての
「表示」
に当たると
著作者は誰か?
いえるでしょう。この法 14 条による法律上の推
著作者は原則的には著作者人格権と著作権と
定により、本来なら著作権侵害を訴える原告が
いう権利を有することになるため、著作者の認
著作者であることについて証明責任を負うべき
定は重要問題ですが、では誰が著作物の
「著作
ところ、被告側に証明責任を転換することがで
者」となるのでしょうか。
きます。つまり被告側が原告が著作者ではない
この点、法は、著作者であることの証明責任
こと
(例えば、原告は単に当該著作物について
を軽減するため、
「著作物の原作品に、又は著作
のアイデアを提供しただけであるとか、他人の
物の公衆への提供若しくは提示の際に、その氏
指示に従い手足として制作したに過ぎないとか、
名若しくは名称
(以下
「実名」という。
)又はその
創作性のない部分の制作にしか係わっていない
雅号、筆名、略称その他実名に代えて用いられ
とか、被告こそがその著作物を実際に創作した
るもの
(以下
「変名」
という。
)
として周知のものが
者であるなどといった事実)について証明責任
著作者名として通常の方法により表示されてい
を負うことになるので法 14 条は訴訟実務上、重
る者」を「その著作物の著作者と推定する。
(法
」
要です。
かか
14 条)と定めています。
また、法 14 条のほか、著作権法は著作者の推
「著作物の原作品」
への
「表示」
とは、例えばキャ
定に関して法 75 条3項にも「実名の登録がされ
ンバス上に画家がサインするなどです。
ている者は、当該登録に係る著作物の著作者と
「公衆への提供若しくは提示」
とは、不特定人
推定する。
」
との定めがあります。推定の意味は
または特定多数人
(公衆、
法2条5項)
に対して、
法 14 条と同じです。
書籍ならその奥付に執筆者名を表示したり、楽
そのため、ある者が法 14 条の推定を受け、他
曲ならその CD ジャケットに作詞作曲者名を表
の者が法 75 条3項の推定を受ける場合や、両者
示するなどの有形的方法で表示
(提供)
し、ある
とも法 14 条の推定をうける場合に優劣がどうな
いは映画ならそのエンドロールに製作委員会名
るかといった問題もあり得るところですが、法
を映写して表示するなどの無形的方法により表
自体には解決基準は明定されておらず解釈上の
示(提示)することをいいます。これらの方法に
問題があります。
より著作者の実名または実名に代わる氏名等と
して社会的に知られている周知の変名を
「通常
の方法」で、例えば書籍なら奥付であったり、
CD・レコードならジャケットやレーベルなど、
一般的に著作者としてその氏名等が慣行的に表
職務著作物
著作者は誰かに関連して、職務著作物につい
て検討します。従業員等が職務上で作成する著
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誌上法学講座
作物は、一般に職務著作物とか法人著作物など
められる従事者をいいます。
と称されます
(以下、便宜的に
「職務著作物」と
本要件について興味深い判例があります。事
いいます)。
案は、中華人民共和国国籍のデザイナー X が日
◦職務著作物の要件
本のアニメーション製作技術を習得するため平
り、①法人その他の使用者の発意に基づき、②
画・撮影会社 Y において、Y が製作・上映した
法人等の業務に従事する者が、③職務上作成す
アニメーション映画のキャラクター図を作成し
るプログラムを除く著作物で、④法人等が自己
たのですが、X はその作成は請負ないし準委任
の著作の名義の下に公表する著作物をいいます。
契約によるものであり、X が著作者であると主
これらの職務著作物の要件を満たすと、その効
張したのに対し、Y は雇用契約に基づく著作物
果として著作物の
「作成の時における契約、勤務
であるから職務著作物であり Y が著作者である
規則その他に別段の定めがない限り、
」
当該職務
と主張しました。
成5年頃に3度来日してアニメーション等の企
職務著作物の要件は、法 15 条に規定されてお
著作物の著作者はその法人等となります
(法 15
原審は、1回目と2回目の来日には X が観光
条1項)
。そのため職務著作物の著作者人格権
ビザで来日し就労ビザを取得していなかったこ
は当該法人等に帰属するとともに(法 18 条、法
と、Y が X に対し Y の就業規則を示して勤務条
19 条、法 20 条)
、その著作権も当該法人等に帰
件を説明したと認められないこと、雇用契約書
属することになります
(法17 条1項)
。要するに、
など雇用契約の成立を示す明確な客観的証拠が
ある著作物が職務著作物となれば、その著作物
ないこと、雇用保険料・所得税等が控除されて
を従業員等が創作するのと同時に、著作者人格
いなかったこと、タイムカード等による勤務管
権と著作権は無償で最初から当該法人等に帰属
理がされていなかったことなどを理由に、3回
するのです。これは自然人たる個人が創作的活
目の来日前に XY 間に雇用契約が成立したと認
動により著作物を創作すれば、その著作物の著
めることはできないなどとして、1回目2回目
作者はその個人になるので、著作者人格権も著
の来日時に X が制作した著作物につき職務著作
作権も当該個人に最初から帰属するという原則
物性を否定しました
(東京高裁平成 12 年 11 月 9
日判決、
『判例時報』
1746 号 135 ページ)
。
(法2条1項2号)
に対して、職務著作物は重要
ところが最高裁は原審の判断を覆し、差し戻
な例外になります。以下、職務著作物の要件を
分説します。
しました。最高裁は
「著作権法 15 条1項は、法
要件①法人その他の使用者の発意
人等において、その業務に従事する者が指揮監
職務著作物の作成が使用者の直接又は間接的
督下における職務の遂行として法人等の発意に
な判断に従うことをいいます。使用者が著作物
基づいて著作物を作成し、これが法人等の名義
の具体的内容を定めて作成を指示する場合に限
で公表されるという実態があることにかんがみ
らず、被用者が自発的に作成した著作物につい
て、同項所定の著作物の著作者を法人等とする
てもそれが職務の履行として作成されたものな
旨を規定したものである。同項の規定により法
らば使用者の発意により作成された著作物とい
人等が著作者とされるためには、著作物を作成
えます。
した者が
『法人等の業務に従事する者』
であるこ
要件②法人等の業務に従事する者
とを要する。そして、法人等と雇用関係にある
使用者との間の雇用契約など総合的に見て、
者がこれに当たることは明らかであるが、雇用
関係の存否が争われた場合には、同項の
『法人
法人等の指揮監督下で労務を提供する実態が認
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誌上法学講座
はんよう
等の業務に従事する者』
に当たるか否かは、法人
業用向けの汎用コンピュータプログラムなどは
等と著作物を作成した者との関係を実質的にみ
公表されないものが多いという実態に鑑みて除
たときに、法人等の指揮監督下において労務を
外されています。
提供するという実態にあり、法人等がその者に
要件④法人等が自己の著作の名義の下に公表す
対して支払う金銭が労務提供の対価であると評
るもの
価できるかどうかを、業務態様、指揮監督の有
法人等の名義で現に公表されている著作物の
無、対価の額及び支払方法等に関する具体的事
ほか、未公表ではあるが公表が予定されている
情を総合的に考慮して、判断すべきものと解す
著作物、公表は予定されていないが仮に公表す
るのが相当である。
」と判示しました
(最高裁平
るなら法人等の名義で公表する著作物が含まれ
成 15 年 4 月 11 日判決、
『判例時報』1822 号 133
ます。
ページ)。そして、原審は X の在留資格の種別、
以上の職務著作物の各要件を満たせば
「著作
雇用契約書の存否、雇用保険料・所得税等の控
物の作成時の契約、勤務規則その他に別段の定
除の有無など形式的事由を理由とし、上記の具
めがない限り」その職務著作物の著作者は当該
体的事情を考慮しなかったとして差し戻した訳
法人等になります
(法 15 条1項)
。
です。
しかし実務上、雇用契約を締結する使用者と
この最高裁判例は雇用関係の判断は法人等と
従業員間で一定の著作物をあえて職務著作物か
従業員間での指揮監督下における労務提供の実
ら除外して従業員に権利を帰属させるような
「別
態を重視しています。このような実態があれば
段の定め」は、特別の顧客吸引力あるクリエー
雇用契約だけでなく請負契約や業務委託契約な
ターの能力に着目して従業員として採用するな
どの場合でも労務提供の実態が認められる余地
どの事情でもない限りあまり例は見られないで
があります。
しょう。
また、派遣社員として作成された著作物の場
合、派遣社員は形式的には派遣元との間に雇用
契約が締結されますが、職務上の指揮監督は派
遣先から受けるのであり、実質的指揮監督は派
遣先との関係で認められます。したがって、派
遣社員が派遣先で創作した著作物は派遣先での
職務著作物となり、その著作権は派遣先に帰属
するのが原則です。そのため、知的財産を成果
物として生み出す社員を派遣する場合、成果物
の権利帰属については派遣元と派遣先との間で
あらかじめ契約書で条項化しておくなど紛争予
防しておくことが実務上、極めて重要です。
要件③職務上作成するプログラムを除く著作物
プログラムの著作物が除かれていますが、こ
れは別途第2項で規定されているからです。第
2項ではプログラムの職務著作物では著作者名
の「公表」は要件となっていませんが、これは企
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