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特集:
糖尿病の食事療法
食事療法における
医師・看護師の役割は?
−広がりつつある食事療法の理想と現実との間を埋めるために−
三咲内科クリニック
(千葉県船橋市)
院長
栗林 伸一先生
初診患者には栄養相談をくり返し、十分理解された時
点で終了(平均5回)とします。図1は、栄養相談を終
了した患者さんが、その後2年にわたり血糖コントロー
ルが良好であったことを示します。しかし、実際には既
に受けているとか、多忙で時間がないことを理由に栄養
相談を拒否したり、途中で中断する場合も多いのが実
情です。図1にはその患者さんたちのコントロールが不
十分なことも示しています。栄養相談を受ける気にさ
せ、相談中断に至らないようにするためには、医師・看
食事と食事療法
護師の役割は大きいのですが、単に勧誘してもうまくい
食事(栄養)は運動(身体活動)
、休養(睡眠)と並
きません。
ぶ「生活の三要素」の一つです。食欲は「本能」に組
なぜ、摂取制限や栄養バランス等に気を配らなけれ
み込まれ、摂食行為そのものが全身に栄養補給する大
ばならないかを患者さんに理解してもらうためには、ま
切な役目を担っている一方、食事は一家団らんや会食・
ず医療者がその意義を十分理解しておかなければなりま
宴会など、人間同士がうまく付き合うための「社会的
せん。図2は過食や偏食が食後の代謝を悪化させ、内臓
手段」にもなっています。これらを満たすため、摂取機
肥満、インスリン抵抗性、膵臓負担を起こす機序を説
会の自由度、見た目、味わい、雰囲気が食事に関する
明しています(詳細は省略)
。このような図を頭に描き
重要な要素になります。
ながら、患者さんにはできるだけかみくだいて説明する
一方、糖尿病の場合は膵臓への負担軽減や代謝改善
必要があります。
のため、食事そのものにメスが入ります。生活活動、健
また一般に、食事摂取量は医師によって決定されま
康維持、成長などに必要な栄養を確保した上で、目標
すが、一度決めたら変更しないのは間違いです。本当は
体重の実現、糖代謝改善、他疾病の予防・治療の思惑
年齢を加味したり、消費カロリーを確認して、指示量
が加わり、より厳密な摂取量設定、より繊細な栄養バ
が妥当かどうかみることも大切です。また、生活時間調
ランス、より規則的で適切な食べ方が食事療法として
査、ライフコーダーなどを駆使しながら、日によって指
は要求されます。
示量を変更する場合もあります。食事内容における+−
そこで、本来の「食事」を「療法」にするためには、
法(日常の食生活で過剰なものを減らし、過少なもの
①十分な理解、②無理のない指示、③生活状況に応じ
を増やすこと)を含め、固定した食事を無理強いするも
た対応、④生活環境整備が必要となります。それらに
のではなく、量的にも質的にも過不足をなくすリーズナ
ついて考えてみましょう。
ブルなものであることを説明し、その手法を会得するた
めに栄養相談があることを伝えます。うまく伝えられれ
ば食事療法に対する患者さんの見方も変わるはずです。
食事療法における医師・看護師の役割
栄養相談は一般に管理栄養士が行います。当院では
2
ここまでは、①から③について述べましたが、④食事療
法を実践できる環境整備も重要な問題です。
う促すしかありません。
食事療法に立ちはだかる現実社会の問題点
フード・ファディズム(food faddism)という言葉を
ご存知ですか?
もう一つ気になるのは、核家族化、高齢化に加えて、
独身者や単身赴任者が増加している点です。最近では
男女を問わず遅くまで仕事し、夜食を摂るためか朝食
「食品成分に過剰な薬効を期待し病気の予防や治療に
を摂らない人が多く、特にひとり世帯に多いことが指摘
推奨したり、逆にからだに悪影響があると不安をあおっ
されています(図3)
。そういう人では外食や出来合い食
たりする、極端な情報発信と消費者の過剰な信用」の
品などバランスの悪い食品(図4)を摂りがちになるこ
ことです。健康志向が進む中、販売本位になりがちな
とも考えられます。このような患者さんでは栄養相談を
企業、あっと驚く内容で視聴者を取り込みたいマスメ
受けるどころか定期通院もままならないこともありま
ディア、安易に健康を得たい消費者の三者の思惑が絡
す。もはや自己管理の枠を越え、社会問題とも言える
み、健康に良いとされる食品やドリンク剤が巷にあふれ
かもしれません。その場合も患者さんに正しい知識や情
ています。糖尿病患者さんも例外ではありません。患者
報を提供し、生活上の工夫で時間的なゆとりが確保で
さんにとってその利用は主体的療養活動の表れであり、
きない場合は、労働時間の配慮を職場に相談すること
精神的よりどころになっている場合もあるので、頭ごな
を勧めます。
しに否定することは避けなければなりません。このよう
難しい問題もありますが、療養の主体である患者さ
な場合は、キャッチコピーの行間を読んでいないか、カ
んの生活に常に目を向け、診療中断を招かないように
ロリーをどのくらい含んでいるのか、医療者が勧めない
していくことが医師や看護師の重要な役割と言えるで
のはなぜかなど、患者さん自身が冷静に考えて気づくよ
しょう。
相談なし群
9.0
8.9
HbA1c(%)
8.5
8.0
相談継続群
*
相談終了群
SREBP1c:ステロール調節
配列結合因子
当院初診糖尿病患者:313名
*
7.0
7.2
7.1
7.1
6.3
*
*
*
4ヵ月
1年
2年
インスリン
脂
肪
蓄
積
︵
肥
満
︶
膵臓への負担
インスリン
抵抗性
果糖
中性脂肪に
富むVLDL
増加
ブドウ糖
HDL低下
インスリン抵抗性
イ
ン
ス
リ
ン
抵
抗
性
脂肪組織
脂肪酸
脂肪肝 SREBP1c
6.3
6.3
0ヵ月
7.6
7.4
7.2
塩分
肝臓
酸化LDL
増加
7.2
過食・偏食
コレステロール
(平成14年10月∼17年3月)
7.8
7.6
6.0
相談中断群
高
血
圧
初診からの経過
図1
初診患者の栄養相談状況とHbA1c値の推移
相談終了群では2年間HbA1cは良好に推移した。相談継続群で
は7.2%を維持したが、相談なし群や相談中断群では2年後に再
び悪化した。
(%)
60
ひとり世帯と全体(20歳以上) 厚生労働省 2005年
全体
49.4
図2 過食・偏食→メタボリックシンドローム、膵負担
過食や偏食によるブドウ糖、果糖、飽和脂肪酸の摂取過剰およ
びインスリンの分泌過剰は、肝臓でSREBP1cを活性化し、中
性脂肪に富むVLDLを増加させる。これはサイズが小さく酸化
されやすいLDLを増やし、HDLを低下させる。この状況は肥満
を助長し、他方、塩分摂取過剰は血圧上昇をもたらす。また、そ
れぞれインスリン抵抗性を惹起し、膵臓への大きな負担となる。
■ 濃厚な味付けで量が多い
⇒脂質、砂糖、果糖、塩分の含有量が多い
高コレステロール
高中性脂肪
高血糖
高血圧
ひとり世帯
41.1
40
高脂肪
33.3
高果糖
高ショ糖
高塩分
28.3
20
21.2
20.8
13
インスリン抵抗性および内臓肥満を助長する
9.9
5.5
0
図3
9.1
2.8 4.5
20-29歳 30-39歳 40-49歳 50-59歳 60-69歳 70歳以上
朝食の欠食率
朝食の欠食率は働き盛りの若い世代で、特にひとり世帯の人に
高い。
■ エネルギー量が多い
■ 食物繊維が少ない
■ 栄養的にアンバランス
図4 一般的な外食や出来合い食品の問題点
外食や出来合い食品はインスリン抵抗性、内臓肥満をきたしや
すく、代謝障害を助長しやすい。
3
お知恵を拝借
施設訪問
高村内科クリニック(東京都福生市)
高村内科クリニック
院長
高村 宏先生
高村先生と栄養
士の皆さん。左
から土屋倫子さ
ん、高村宏先生、
高村香代子さん、
堀部直子さん。
栄養指導用教材として、
患者さんの食事写真を利用
ワークでPCを使ってどこでも書き込みと閲覧が可能で、
その一部ですが、当院ホームページh t t p : / / w w w .
takamuranaika.comにも掲載しています。また待合室の
当院は、通院糖尿病患者数は約1000名、職員総数26名の
液晶モニターでは、パワーポイントで作成した食事関連の
うち管理栄養士6名(CDEJ4、LCDE2、病態栄養専門師4
クイズなどをアニメーションも入れて毎日自動再生し、患
名)
、年間栄養指導は1600件です。指導室は専用が1、看護
者さんが待ち時間に供覧できるようにしています。
師と共有が2ヵ所あり、指導の予約は指導終了時に管理栄
養士が患者さんと相談してとり、できるだけ継続するよう
にしています。調理実習は年4回近隣の施設を使って開催
患者さん自身が考えて工夫
する食事療法
し、院内では宅配食を使っての試食会を毎月4回開催して
ここで紹介するのは、2型糖尿病の30歳代の男性患者さ
います。またレストランと交渉してのヘルシーメニューの
んです。仕事の都合上、夜遅い時間での食事が多く、さら
食事会も企画し、最近では地元の老舗鰻料理店で患者会
に単身者のため外食やコンビニの惣菜を利用することが多
の方々が参加し食事会を開催しました。こちらからメニュ
い方ですが、HbA1c 5%台を維持しています。この男性は
ーを提案したり、先方のものに手を加えるなど手間がかか
管理栄養士と定期で相談しながら、惣菜を買うときはカロ
りますが、参加者からは安心して食べられると好評です。
リー表示のある商品を選んだり、買ってきた惣菜に自分で
患者さんへの栄養指導では、日々の栄養状態を正確に
調理した一品を足したりと、食材構成の工夫をしています
把握する方法として、記録紙に3日分の食事を記録する
(写真)
。また、自分でカロリー計算を行い、受診時に栄養士
「食事記録法」が一般的で、当院も簡単な食事記録で指導
が算出した値と比較して、
次回の食材選びに生かしています。
する場合が多いのですが、患者さんの記憶違いによる誤記
このように当院では、患者さんの食事記録の負担を軽減
や記入漏れも生じがちです。また、
「ご飯一膳」という表
し、食材の量や構成、調理法を視覚で理解して次の食事
現についても、容器の大きさは個人や飲食店によって様々
に反映させながら、血糖をコントロールしてもらう、つま
ですから、正確な食事情報を収集することは困難です。そ
り「食べ方の工夫を理解してもらう」というスタンスで栄
こでこれらの問題を改善すべく、1999年頃から、食事記録
養指導(院内では栄養相談と呼ぶ)を行っています。
のためのデジタルカメラ貸し出しを始め、現在は希望者に
絞っていますが継続しています。その方法は、普段の食事
当院の集約的取り組み
を撮影していただき、テレビまたはパソコンに再生し画像
※ベンチマーキング:
組織が改善活動を行
うときに、業界を越
えて世界で最も優れ
た方法あるいはプロ
セスを実行している
組織からその実践方
法を学び、自社に適
した形で導入して大
きな改善に結びつけ
るための一連の活
動 。( 日 本 経 営 品 質
賞アセスメント基準
書の定義)
を見ながら栄養指導するというものです。記録が簡単で、
初診糖尿病患者数は年間100名を超え、その半数以上が
指導では実際的な話ができます。書くのが苦手という方、
初診時HbA1c 8%以上という状況で、全体では食事療法の
単身生活の男性患者さんや高齢者に向いていると考えてい
みでコントロールしている患者さんは12%、インスリン治
ます。最近は携帯電話で写真を撮ってくる方、ご自身でプ
療者が39%です。糖尿病患者さんのコントロール状態は、
リントして持参される方もいます。
HbA1cを集計し定期で評価していますが、今年3月から5月
デジカメはそのほかにも、食事関連の資料やレシピ作り、
栄養計算にも活用しています。レシピや資料は院内ネット
の平均で7.14%と必ずしも良好とはいえません。全国的に
見ますと6.5%前後を達成している専門医も多数います。京
都の大石内科クリニックの大石まり子先生は、先日行われ
た糖尿病学会のシンポジウムで、6.5%に近づけたアウトカ
ムアプローチの経験を発表されています。当院でもHbA1c
をベンチマークとしてHbA1c 8%以上の患者さんを一人で
も減らす、さらに平均値を改善するためのベンチマーキン
写真 30歳代、2型糖尿病の男性患者さんの食事写真。自分で算出した
カロリー値をメモに記載し、食事とともに撮影。来院時に栄養士が算出
した値と比較し、次回の食材選択に生かしている。写真左:購入した惣
菜に、自分で調理した一品(左上の野菜炒め)を組み合わせ、食材の構成
を工夫。写真右:カロリー表示のある惣菜は手軽にカロリー計算ができる。
4
グ※を始めています。全職員が参加して集約的に取り組
み、その中で管理栄養士のスキルも向上するようなプログ
ラムを考えています。
お知恵を拝借
施設訪問
慶應義塾大学病院
食養管理室 課長
管理栄養士
食養管理室
管理栄養士
鈴木 和子さん
窪田 美紀さん
栄養士が糖尿病回診や
病棟カンファレンスに参加
当院では、30年ほど前から管理栄養士も糖尿病回診に同
と思って頂けるよう工夫しています。また、
「栄養相談報
告書」
(図)への記入も、療養上の問題点を簡潔にまとめ、
医師や看護師が多忙な診療時間内にひと目で内容が把握
できるようにしています。
行を開始しており、当院のNST(栄養サポートチーム、平
エンパワーメント手法の導入で
患者さん主体の療養支援
成16年8月稼動)が発足する以前の15年ほど前から、毎週1
回の病棟カンファレンス(医師、看護師、管理栄養士によ
る)にも参加しています。病棟カンファレンスでは、栄養
「エンパワーメント手法」とは、医療者と患者とが協力
士が患者さんを病棟訪問して得た情報、特に食事を通して
して建設的に療養上の問題点を解決していく方法です。具
得た生活状況を医師や看護師にお知らせし、問題のある患
体的にはまず、医療者が患者さんとともに糖尿病の療養上
者さんについてはNSTで討議し、対策を検討しています。
の問題点を確認します。たとえば、
「間食を減らせば1日の
糖尿病教室運営会議で得た情報を
栄養指導にフィードバック
摂取エネルギーが指示エネルギー内に収まりますね」とい
うふうに、各自で問題点に気づいてもらい、その中のでき
ることから1つずつ実行して解決していただく。同時に、
また、3ヵ月に1回、糖尿病教室に関わる職種(医師、外
医療者は患者さんの糖尿病に対する理解度を評価して必
来・病棟看護師、薬剤師、臨床検査技師、理学療法士、管
要な情報を提供し、患者さんの問題解決行動を支援して
理栄養士)が集まって運営会議を開き、糖尿病全般(イン
いくというものです。この方法では、医療者が糖尿病の治
スリン、経口薬、SMBG機器など)についての最新情報の
療や療養上の細かな注意点を患者さんに教え、守らせる従
提供、糖尿病教室に参加した患者さんからのアンケートの
来の方法「コンプライアンス志向型指導」に比べ、患者さ
結果を見て、指導方法の改善、プログラム変更の相談など
んが主体的に治療に関われるので、治療に対するストレス
を行っています。この会議は糖尿病全般についての情報交
も少なく、結果的にコンプライアンスも向上します。この
換の場であると同時に、栄養相談に対する他部署からの指
手法を栄養相談に導入してからは、栄養相談に来る患者
摘や要望を聞ける機会でもあり、栄養指導方法や配布資
さんのリピート回数も増えてきています。
料の改善に非常に役立っています。
食事療法の実行が難しい
患者さんへの支援方法に課題
栄養相談は毎回ワンポイント指導で
糖尿病の食事療法は食行動の改善なしには成り立たな
図 栄養相談報告書
コメントはワンポイントでまとめるべく、
記載欄も小さい。忙しい医師も短時間で
閲覧できる。
初回の栄養相談
いのですが、職業柄、接待が多い方、仕事の都合上、外食
は、どうしても30
に頼らざるを得ない方、独居老人で調理ができない方な
分以上かかること
ど、ひとり暮らしの増加や高齢化の進行に従い、食事療法
も多いのですが、
が難しい方は確実に増えています。そこで私たちも、治療
これが毎回続くと
食の宅配サービス利用をお勧めしたり、介護保険を利用し
なると患者さんも
ている高齢患者さんにはヘルパーさんと一緒に栄養相談に
栄養相談に来るの
来ていただいたりと工夫しているのですが、なかなかこれ
が億劫になります。
らの患者さんの食事療法の実行に結びつきません。です
そこで、2回目以降
が、単身生活の患者さんは今後も確実に増えていくと思わ
は必ず30分以内に
れますので、もっと良い支援方法、たとえば、患者さんた
終わるよう、お話
ちからもよく言われるのですが、
「治療食レストラン」を
しするテーマも1つ
院内に設置して、自宅でも作れる慢性疾患の治療食メニュ
に絞り、
「栄養相談
ーを提案するなど、食事療法が難しい方への対応を検討し
に来てよかった!」
ていかなければならないと考えています。
5
〈協力〉
慶應義塾大学 看護医療学部
慶應義塾大学病院 腎臓・内分泌・代謝内科
看護師
原 和子さん
元・慶應義塾大学病院 現・加藤内科クリニック
看護師
助教 中野 裕子さん
酒井 久美子さん
インスリンの保存方法の悪さは、患者さんの保存についての知
識があいまいなために起こることが多いようです。ですから、
患者さんがイメージしやすくなるような工夫が必要です。
「イ
患者さんのインスリンの
ンスリンは冷所保存してください」と伝えるだけではなく、
「イ
保存法が悪いようです。
ンスリンは凍結したものは使えませんので、冷凍庫には入れな
きちんと指導するためには
どのような点に注意すれば
いいでしょうか?
いでくださいね」とか、
「保管場所には冷蔵庫のドアポケットの、卵を入れている棚
の下あたりが最適ですよ」
、
「使用中のインスリンデバイスは冷蔵庫に入れないでく
ださいね」などと具体的に保存方法の説明をしています。さらに「正しい保存法
(保存温度)
」や、
「やってはいけない保存法」についてイラストが載ったパンフレッ
トを利用すると、患者さんも一目で理解できます。特に車の中に放置すると、40℃
を超えてしまうので注意が必要です。
インスリンの保存方法に限らず、一度誤った方法を覚えてそれが習慣になってしま
うと、修正をするのに時間がかかることがあります。ですから、インスリン療法導
入の際の初回説明は、正しい知識をわかりやすく伝えることが大切です。
現在は多くの種類のデバイスもあります。当院では患者さんの
状態に合ったデバイスを患者さんご自身で試して頂き、一番使
いやすいものを選択して頂きます。それでも実際に使い始めて
手先がしびれている患者さん
みると、患者さんの指の力ではデバイスのボタンを押すのが難
のインスリン自己注射は
しかったということもあります。また手先がしびれて感覚が鈍
どのように指導すれば
いいでしょうか?
くなっていると、セッティングに時間や手間がかかり、頻回に注射を行うことが患
者さんにとっては大きな負担となる場合があります。その場合は、医師に連絡して、
インスリンやデバイスなどの変更をお願いしています。手先がしびれている患者さ
んが使いやすかったデバイスが、同様にしびれている別の患者さんに使いやすい、
ということは一概には言えません。忘れてならないのは、
「患者さんを薬やデバイス
に合わせるのではなく、薬やデバイスを患者さんに合わせてさしあげる」というこ
とです。患者さんの負担を少しでも軽減することが大切です。
6
三咲内科クリニック
(千葉県船橋市) 院長
栗林 伸一先生
栗林先生
の オススメ
ジャーナル
その1
ヵ月時点で糖尿病治療薬を減量できた患者の割合も介入群の
。本試
方が対照群より多かった(26.2% vs 10.8%、p=0.04)
食事管理プレートによる
肥満2型糖尿病患者の減量
験で用いた食事管理ツールの減量効果は通常ケアの効果より
Portion control plate for weight loss in obese
patients with type2 diabetes mellitus
A controlled clinical trial
Pedersen SD, et al.
Arch Intern Med 2007; 167: 1277-1283.
も大きく、このツールにより血糖降下薬の投与量も減量する
ことができた。
コメント
運動不足および偏食を含む過食は、全世界的に肥満および
食事量はエネルギー摂取量の重要な決定要因であるが、食
2型糖尿病患者の急増をもたらしています。その最も確実な
事量を調節するツールの効果を評価する無作為化対照試験は
解決法は食事量の制限です。つまり、バランスを考えた上で
これまで行われていない。そこで食事管理プレート(各食品
食事量を限定すれば自ずと解決する問題ですが、この論文は
の摂取量が適正になるよう絵や線で区分けされた皿)を用い
食事管理プレートを用いた方法を無作為化対照試験で科学的
た簡便かつ安価な介入による減量効果を調べるため、肥満の
に実証したところに意味があります。食事量の制限で、体重
2型糖尿病患者を対象に6ヵ月間の無作為化対照試験を実施し
減少、血糖改善、および糖尿病治療薬の投与量減少が実証さ
た。BMIが30以上の2型糖尿病患者130例(インスリン投与例
れ、さらに長期的には肥満関連疾患のリスク軽減も期待でき
55例)を、市販の食事管理プレートを6ヵ月間連日使用する
ます。日本でも「弁当箱法」などがあります。プレートでも
群(介入群)と、食事指導による通常ケア群(対照群)に無
弁当箱でも過剰摂取だけでなく、過少摂取も防ぐことができ
作為に割り付けた。93.8%の患者が6ヵ月後の診察を受けた。
ます。また、絵や線、仕切りなどを利用し、予め計算された
介入群の方が対照群よりも減量の程度が有意に大きく
目安で食品を分けることで、栄養のアンバランスを防げるこ
(1.8%±3.9% vs 0.1%±3.0%、p=0.006)
、5%以上の減量を
とも可能です。今回は6ヵ月の管理下に置かれた結果であり、
達成した患者の割合も有意に大きかった。インスリン投与例
長期継続するには問題点も多いと思われますが、食事療法へ
でも類似の結果が得られた。5%の減量により、癌や心筋梗
の動機付けには有効な方法だと思われます。
塞など肥満関連疾患の罹患率や同疾患による死亡率が低下す
ることから、この5%の減量は臨床的に意義がある。また、6
栗林先生
図1 ダイエット用のプレート
の オススメ
炭水化物セクション
チーズ量の
目安
タンパク質の
セクション
ジャーナル
その2
各セクションは線で
区切られている
旧石器時代の食事は地中海風の食事
よりも虚血性心疾患患者の耐糖能を
大幅に改善する
ソース量の
円形の目安
A Palaeolithic diet improves glucose tolerance more than a Mediterranean−like diet
in individuals with ischaemic heart disease
励ましの
言葉
S. Lindeberg, et al.
Diabetologia 2007; 50: 1795 -1807.
耐糖能障害と2型糖尿病は虚血性心疾患(IHD)の危険因
各食品の摂取量が適正になるよう、絵や線で区分けされている。男性、
女性でサイズは異なる。
子であり、心筋梗塞後の長期予後に悪影響を及ぼす。大半の
7
試験は脂肪、炭水化物、繊維、果物、野菜の摂取量に注目し
は旧石器時代食群の方が大幅に減少する傾向にあったが、ウ
ているが、インスリン抵抗性や耐糖能異常の予防には、穀物
エスト径の変化量との強力な相関(r=0.64、p=0.0003)によ
や乳製品、食塩・精製脂肪・精製糖を含まない旧石器時代の
り、この傾向は多変量解析では消失した。以上から、旧石器
食事が最適の可能性がある。そこでウエスト径>94 cmで血
時代の食事は体重の減少やウエスト径の減少にかかわらず耐
糖値が上昇している、または2型糖尿病を有するIHD男性患
糖能を改善すると考えられる。
者29例を対象に12週間の食事介入試験を実施し、赤身肉、魚、
コメント
果物、葉菜・根菜類、卵、ナッツなどを摂取する旧石器時代
食群(14例)と、全粒穀物、低脂肪乳製品、ジャガイモ、マ
この文献では、糖尿病や生活習慣病に対し一定の評価のあ
メ、野菜、果物、脂肪の多い魚、精製油などを摂取する標準
る地中海風の食事よりも旧石器時代の食事の方が有意にウエ
的な地中海風食事指導群(15例)の耐糖能および負荷後イン
スト周囲径を減少させ、耐糖能を改善したと述べています。
スリン応答を比較検討した。経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)
野菜、肉類、魚類の摂取量は同等ですが、旧石器時代群では
による12週間の血漿グルコ−スAUCの変化量は、旧石器時代
マーガリン、油、穀物が低く、果物が約2倍も多かったため、
食群が26%減少(p=0.0001)
、地中海風食事指導群が7%減
糖尿病患者には果物摂取を制限するべきとする考えを否定す
少( p = 0.08)と、前者の改善度の方が大きかった( p =
る結果でした。しかしよく読むと、両群の膵内分泌機能に違
0.001)
。しかし、こうした改善とウエスト径の変化量(−5.6
いがあった可能性も否定できません。たとえ事実としても、
cm vs −2.9 cm、p=0.03)は相関しておらず(p=0.0008)
、
過食や高脂肪食下での果物の摂取過多はどうか、また、イン
対象集団全体でも体重の変化量(r=−0.06、p=0.9)やウエ
スリン分泌能が低い非肥満型の日本人でも同様な結果になる
スト径の変化量(r=0.01、p=1.0)との間に相関はみられな
か不明です。さらに、旧石器時代群のみに3人の脱落者が出
かった。OGTTによる12週間の血漿インスリンAUCの変化量
たことから、あまりにも現代風の食事とは乖離しているよう
に思われます。いずれにせよ、当時の食事内容を参考にしな
図1 経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)による
血漿グルコースAUCの平均値(0 -120分)
(mmol/L・min)
血
漿
グ
ル
コ
ー
ス
がら身体活動も同時代と同様に行えば、肥満や耐糖能におい
て確実な効果が期待できることは間違いありません。
ベースライン
1,400
6週間後
1,200
12週間後
今回紹介した海外雑誌
Arch Intern Med:アーカイブスオブインターナルメデ
800
ィスン誌は、米国医師会(AMA)が半月ごとに発行す
650
る国際学術専門誌。発行は1908年に始まり、現在は75
AUCO‐120
1,000
400
ヵ国・10万名以上の医師に届けられています。
250
Diabetologia:ダイアベトロジア誌は、欧州糖尿病学
0
旧石器時代食群
エラーバーは95%CIを示す。
地中海風食事指導群
会(EASD)の公式ジャーナルで、40年以上の歴史が
あります。
■編集・発行 (株)ファーマインターナショナル ■提 供 日本イーライリリー株式会社
INS-P240(R0)
2007年10月作成