魔王様の街づくり!∼最強のダンジョンは近代都市

魔王様の街づくり!∼最強のダンジョンは近代都市∼
月夜 涙(るい)
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︻小説タイトル︼
魔王様の街づくり!∼最強のダンジョンは近代都市∼
︻Nコード︼
N7637DJ
るい
︻作者名︼
月夜 涙
︻あらすじ︼
悪魔や魔物を生み出し統べるもの、悪意の迷宮を作り上げ君臨
するもの、圧倒的なユニークスキルを持つ選ばれた存在⋮⋮それが
魔王。
魔王は自らが生み出した迷宮に人を誘い込みその絶望を食らい糧
とする
だが、創造の魔王プロケルは絶望ではなく希望を糧に得ようと決
め、悪意の迷宮ではなく幸せな街を作りたくさんの人間を集めるこ
1
とにした
しかし、彼の作った街は魅力的すぎて、他の魔王にも人間にも目
をつけられることになってしまう
しょうがないので、ユニークスキルと独自の知識で超強力な最強
魔物軍団を結成、苛烈な罠を仕掛けた地下迷宮を作り、その上に、
豊かな街を作ることになる。魔王プロケルは味方には優しく、敵対
するものにはどこまで冷酷になる魔王として君臨しはじめた
これは表と裏、両方の顔を持つ、変わり者魔王の物語
2
プロローグ:500番目の魔王
目を覚ます。
ろうそくに照らされた薄暗い石造りの部屋だ。
足元を見ると、青白く光る魔法陣。
﹁どこだ? ここは﹂
俺は体を起こして、きょろきょろと周りを見渡す。
こんな部屋は見たことがない。
どうして俺はこんなところに⋮⋮。
いや、そもそも。
﹁俺はいったい誰なんだ?﹂
そう一人ごちる、何一つ思い出せない。
自分の名前すらわからない。
頭を抱えて、必死に記憶を掘り起こす。だが、何も思い出せない。
不安だ。不安で仕方ない。
そんなとき、こつん、こつんと甲高い音が響く。
そちらに目を向けると女性が居た。
とびっきりの美女だった。褐色の肌、白い髪。そして、狼の耳と
尾。
美しさだけじゃなく凄味があった。見ていて魂が凍り付くほどの、
圧倒的な存在感。
﹁ようやく、生まれたんだ。待ちわびたよ﹂
3
短い言葉だった。だが、言葉には、喜びがあった。あきらめがあ
った。羨望があった。
ありとあらゆる感情を込めて、絞り出された言葉。
俺は彼女に見惚れながらも、口を開く。
﹁教えてくれ、あなたは誰だ? ここはどこだ? いったい俺は誰
なんだ﹂
俺の問いを聞いて、狼の美女は薄く微笑む。
そして、口を開いた。
﹁私は︻獣︼の魔王、マルコシアス。君は特別だから、マルコと呼
んでいい﹂
﹁マルコ⋮⋮、マルコは、俺のことを知っているのか?﹂
﹁もちろん、知っている。君は新しく生まれたばかりの魔王。私と
同じ魔王だ﹂
マルコの影が伸びる、そこから一匹の青い狼が現れた。
影から飛び出た勢いのまま、こちらに飛び込んでくる。
﹁ランクDの魔物、ガルム。普通の人間ならあっという間に食い殺
す残虐な魔物だ。さあ、君はどうなるかな?﹂
俺は目を見開く。
青い狼は、大きく口を開けた。自然に後退る。
逃げたい、だが、足が震えて動かない。
青い狼との距離がどんどん詰まってくる。
﹁ひっ﹂
4
俺はほとんど、転がるようにして青い狼の突進をさける。
俺の目の前を青い狼の体が通り過ぎていった。
通り過ぎる間際、カチンと甲高い音がした。歯と歯がぶつかる音。
もし避けなければ、俺の肉にあの鋭い歯が突き刺さっていただろう。
青い狼は再び、振り向き、こちらにとびかかる準備をしている。
こっちは尻もちを付き、起き上がれもしない。
このままだと、確実にやられる。
狼が、こちらに向かってよだれを垂らしながら突っ込んできた。
殺される。
いやだ、死にたくない。
死んでたまるか。
何か、何かないのか。
19。
頭にとある言葉が浮かぶ。縋りつくようにその言葉を放った。
﹁︻創造︼﹂
それは、ほとんど無意識だった。
俺は、俺の力を行使する。
手に光の粒子が集まり、現れたのは、拳銃⋮⋮クォーツ
オーストリアの武器メーカーが開発したベストセラーの自動拳銃。
小型でありながら信頼性が高く、装弾数も多い。
手に吸い付くような感触。記憶がないはずなのに、懐かしいと思
った。
銃を手にした瞬間、冷静になる。世界がゆっくりになった。
心は熱く、だが頭は何処までも冷たく。
いつものことだ。ただの慣れた作業、目の前の脅威を排除する。
とびかかってくる、青い狼を見つめ、照準をつける。
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そして、三連射。弾丸は吸い込まれるように眉間に突き刺さり、
青い狼は弾き飛ばされ悲鳴をあげ、地面にたたきつけれた。
﹁きゃうん、きゃん、きゃん﹂
驚いた。青い狼は弾丸を眉間に受けて、まだ生きている。頭に弾
丸がめり込み、血を流しながら俺を睨みつけている。
立ち上がり、油断せず近づく。青い狼を見下ろしながら連続して
19の装弾数は一五発。そのすべてを撃ち込むと、青
射撃。全て頭にぶち込む。
クォーツ
い狼はピクリとも動かなくなり、青い粒子になって消えた。
﹁はあ、はあ、はあ﹂
目の前の脅威が過ぎ去ると、急に恐怖がよみがえる。
奥歯ががたがたなる。
いったい、俺はなんだ、どうしてこんなことができる。
その回答が脳裏に浮かんだ。
﹃ユニークスキル:︻創造︼が発揮されました。あなたの記憶にあ
グラム
るものを物質化します。ただし、魔力を帯びたもの、生きているも
のは物質化できません。消費MPは重量の十分の一﹄
ユニークスキル、それはいったい?
﹁おめでとう、まずは合格だ。君は自分の力を引き出すことができ
た。新たな魔王の誕生を私は歓迎する﹂
﹁魔王?﹂
﹁そう、魔王だ。君は悪魔や魔物を生み出し統べるもの、悪意の迷
宮を作り上げ君臨するもの、圧倒的なユニークスキルを持つ選ばれ
6
た存在、この世界で五〇〇番目に生まれた、もっとも新しい魔王だ﹂
魔王、それが今の俺。
まったく実感がわかない。
親
となる。君に魔王が何たるかを教えてあげるよ﹂
﹁そう不安な顔をしなくてもいい。一年後君が独り立ちするまで、
私が君の
目の前の女性が微笑み、記憶を失った俺の新しい生活が始まった。
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第一話:魔王のお仕事
﹁まだ、首をかしげているね。まっ、いきなり魔王なんて言われて
も理解できないか。しょうがない。実演しよう。魔王というものが
どういうものかを﹂
苦笑して背中を向けた、︻獣︼の魔王マルコニアスこと、マルコ
のあとをつける。
見た目は、ただの白髪の美女︵狼の耳、しっぽ装備︶だというの
に、魔王と信じさせる何かが彼女にはあった。
彼女に連れていかれたのは、狭い部屋だ。
壁に立てかけられた鏡を見ると、十代半ばの整った顔つきの少年
が居た。これはまさか俺なのか?
妙に違和感がある。
そして、部屋の中央には、白い台座があり丸い水晶が置かれてい
る。
そっと、水晶に手を伸ばそうとすると、その手をマルコに掴まれ
た。
﹁それは触らないで欲しいな。その水晶は私の命そのものだ。それ
を砕かれると、魔王としての力のすべてを失う﹂
﹁死ぬのか?﹂
﹁いや、そういうわけじゃないよ。魔物を生み出せなくなり、今ま
で生み出した魔物たちはすべて消え、ダンジョンは消え去ってユニ
ークスキルを失う。命はあるけど、魔王としては死んだも同然だ﹂
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それを聞いて少し安心した。
だが、同時に不安も覚える。
もし、彼女が言う通り、俺が魔王だというなら、どこかに、俺の
水晶が存在する。
水晶のありかも知らないのに、砕かれれば魔王の力を失うなんて
状況なら、平静ではいられない。
﹁へえ、今の一言で危機感を覚えるんだ。君は頭が回るね。でも、
その心配はないよ。その水晶はダンジョンを作ったときに現れる。
逆に言えば、ダンジョンを作ってない君には、存在しないものだ⋮
⋮︻我は綴る︼﹂
羊皮紙でできた、重厚な本が彼女の手に現れる。
マルコはゆっくりと本を開いた。
﹁気付ていると思うけど、私たちが居るのは私のダンジョンの最深
部、外観はこんな感じかな﹂
彼女がそういうと、水晶の上にホログラムが表示される。
立派だが、薄気味悪い城だった。
﹁ダンジョンと言っても外観は魔王それぞれだね。正統派の洞窟型
も居れば、私みたいに城でもいい。森そのものなんてこともできる。
君も独り立ちしたら自分のダンジョンを作ることになるから、今か
らどんなダンジョンを作るか決めておいたほうがいい﹂
﹁今の話がよくわかってない。一人立ちってなんだ?﹂
﹁ああ、言ってなかったね。生まれたばかりの魔王は、先輩魔王の
もとで一年間魔王を学んで、その後独立して自分のダンジョンを作
る。つまり、一年間は私が保護者なんだ。だから、こうして親切に
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教えてるわけ﹂
いきなり青い狼をけしかけてよく言う。
﹁じゃあ、ダンジョンの作り方の予習をやってみよう。こう言って
みて︻我は綴る︼﹂
﹁うん、えっと、︻我は綴る︼﹂
俺の手に本が現れる。
自然に開く。
すると、ダンジョン作成と書かれたページがあった。
﹁そこにある一覧から、好きなものを選んで組み合わせるんだ。最
初は外装。外から見える風景だね。そこは完全に趣味でいいかな。
中身は時空が歪んでるんだ。実際、私のダンジョンも外から見るよ
りずっと広いし、恐ろしく階層がある﹂
俺はぺらぺらとページをめくる。
彼女の言った通り、さまざまな見た目のダンジョンが用意されて
いる。全てのページにDPと書かれてある。
﹁このDPっていうのは?﹂
﹁ダンジョンポイント。私たち魔王が必死になって集めているもの
さ。それと交換することで、書かれているものを手に入れられる。
基本、凝った外装ほど高い。性能は変わらないけどね。でも、ダン
ジョン中身のほうは性能が値段に直結するかな﹂
﹁中身?﹂
﹁そっちは見たほうがはやいかな?﹂
そういうなり、水晶の先のホログラムの風景が変わる。
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﹁私のダンジョンは階層型で、上へ上へあがっていくタイプ。一つ
階層は三つの部屋に分かれていて、部屋単位で購入する。私のダン
ジョンの場合は、一階は石の回廊っていう安いのを買ってる﹂
彼女の言う通り、全部曲がりくねった石の道しかなかった。
﹁上の階層になると、罠とかいろいろある高い部屋を買ってるけど、
最初の階は手抜きだよ﹂
ホログラムを見ていると、人間の男がコボルトと戦っていた。
コボルトは二足歩行の犬の魔物だ。
俺が戦った青い狼⋮⋮ガルムに比べると子犬のように見えてしま
う。
人間がコボルトに勝って、ガッツポーズを浮かべた。
また視点が変わる。次は宝箱を拾って人間が欲にまみれた顔をし
ていた。
﹁さっき俺が戦った青い狼みたいな魔物は使わないのか? コボル
トに苦戦しているような奴相手ならあっさり殺せるだろう﹂
わけがわからない。
侵入者を撃退することを考えるなら、一番最初のフロアにこそさ
れなりに強い魔物を配置するべきなのだ。
﹁それはできないよ。DPはね、人間の生命の力なんだ。強い感情、
恐怖、絶望、欲望がとくに美味しいね。このダンジョンに人間が集
まるほど、DPを手にいれることができるんだ。殺したときはたく
さん、DPが手に入るけど。あんまり強い魔物をはじめから入れる
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と、人間が来なくなる。適度に倒しやすい魔物を配置しないとね﹂
﹁さっきの宝箱も、もしかして人間を呼ぶための餌か?﹂
﹁ピンポン、その通り。ちなみに、人間がここに来るのは強くなる
ためさ。人間って生き物は魔物を倒せばレベルがあがって強くなる。
強くなって、お宝を手に入れて大満足で帰っていくんだ。逆に魔王
はDPをゲットしてうはうはってわけ。ちなみにだけど、強い魔物
ほど経験値が高くなるから、上の階層には強い魔物を用意しておく
んだ。こっちも強い人間ほどDPが得られるからお得だしね。浅い
階層から深い階層まで、強い順番に魔物を並べると、弱い人間から、
強い人間までみんな呼べて、DPがたくさん溜まるの﹂
なるほど、そういう仕組みか。
魔王はDPを得るために、人間に接待している。
﹁なら、宝をがんがん設置して、強い魔物にわざと負けるように指
示するわけだ﹂
﹁それはしないよ。だって、宝はDPと交換して手に入れたものを
設置してるし、魔物だってただじゃない。たくさんの人に来てもら
いつつ、黒字で回すのが魔王の腕の見せ所⋮⋮それにね。万が一、
最奥まで来て、殺されるか水晶を壊されるかしたら終わりだ。あん
がい骨が折れるよ。たいがいの魔王は自分が居る最後の階層は高い
罠だらけの部屋を買ったり、自分に有利な補正がかかるフィールド
を用意してるんだ﹂
俺は生唾を呑んだ。
魔王という仕事の難しさと、面白さを両方知った。
だが、一つだけ疑問がある。
﹁人間の感情を食らうんだよな? そして人間を集めるために魔物
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と宝を餌にしてるって言うけど。どうしてそんな効率の悪いことを
するんだ?﹂
俺の言葉に、マルコは首を傾げた。
﹁それはどういう意味かな?﹂
﹁いや、人を集めて生活させたほうが早いかなって。いっそのこと
ダンジョンなんてやめて街にすればいいのに。そしたら、二四時間
ずっと、DPを稼げるはずだ﹂
俺がそういうと、マルコは声をあげて笑った。
﹁確かにもっともだね。でも、難しいよ。強い感情が出ている状態
だとDPを得る効率があがる。命がけの戦闘や、宝を得る興奮。そ
れは戦いが一番効率がいい﹂
﹁本当に? それは一人一人で見ればそうだけど、百倍の人数がず
っと住めば、その効率をひっくり返すことができるんじゃないか?﹂
なぜか、俺の中であまり人を殺したくないという想いがあった。
消えた記憶が関係してるのだろうか?
拳銃を持てば冷静になるような男なのに、矛盾している。
﹁そうかもしれない。なら、君がそういう魔王を目指すのもいいか
もしれないよ。魔王の数だけ、魔王道がある。君の道を行くがいい﹂
﹁そうだな。そうする。だけど、その前にしっかりと学びたい。今
のままじゃ、ただの夢物語だ﹂
﹁いい心がけだ。ダンジョン作りは見せたから次は魔物づくりを見
せよう。ある意味、魔王の醍醐味だよ﹂
魔物作り。
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魔物を生み出すのがどういうことか、俺の好奇心が沸き上がって
いた。
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第二話:初めての魔物作成
魔物作りを実演すると︻獣︼の魔王マルコシアスは宣言した。
﹁ダンジョンを作るのは大事だけど、同じぐらい魔物を作るのも大
事だよ。なにせ、魔物は私たち魔王を守ってくれるし、人間たちを
呼び出す餌になる﹂
その通りだろう。基本的に人間はレベルを上げるためにやってく
る。
魔物が居ないと意味がない。
﹁で、大前提だけど魔物を手に入れる方法は大きく分けて二つ、一
つ目、DPを使う。ただし魔物の強さはSランクからGランクまで
の八段階あるんだけど。DPで買えるのは、FとGランクだけ﹂
﹁買えるのは弱い魔物だけってわけか﹂
﹁例外として、DPとの交換以外で強い魔物を生み出したことがあ
る場合、その魔物と同系統かつ二ランク下の魔物を、購入すること
はできる。例えば、私はAランクのケルベロスを作ったことがある
から、CランクのオルトロスをDPで買える﹂
なるほど、つまり強い魔物を用意したければ、DP以外の手段で、
魔物を作らないといけないということか。
﹁実演しよう。DPを使わない魔物の作り方。それは魔王自身のメ
ダルを使うんだ。見ていて︻流出︼﹂
彼女がそう短く言うと、金色の狼が描かれたメダルが現れた。
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それは、強烈な力を秘めているようで、強い魔力を感じる。
マルコはそのメダルを俺に投げ渡してきた。
メダルをもった瞬間、そのメダルの情報が流れ込んでくる。
﹃︻獣︼のメダル。Aランク。生まれてくる魔物に獣の因子を与え
ることができる。身体能力および生命力に補正大﹄
﹁各魔王は一月に一回だけ自らのシンボルを刻んだメダルを生み出
すことができる。私の場合は︻獣︼のメダルだ。メダルを二つを掛
け合わせると、魔物が生まれる。君も︻流出︼と叫んでみて﹂
﹁面白そうだ。やってみる。︻流出︼﹂
俺の手にメダルが現れる。
メダルに描かれたのは二つのらせんが絡み合う絵。
そのメダルの正体を確認する。
﹃︻創造︼のメダル。Aランク。︻創造︼以外の二つのメダル︵オ
リジナルを含む︶を使用して魔物を合成する際、使用可能。製作者
が望む属性のメダルに変化し合成可。また、無数の可能性から、望
む可能性を選び取る ※一度変化した属性には二度と変化できない﹄
なんだこれは?
普通は二つのメダルで魔物を生み出すのに、三つ使わないと魔物
が生み出せないなんて、恐ろしく不便じゃないか。
﹁さあ、私の︻獣︼と君のメダルで新たな魔物を生み出してみよう。
オリジナルのメダルが二つ。とんでもなく強い魔物が生まれるはず
だ﹂
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期待に満ちた目で、マルコは俺を見つめている。
だが、残念なことに俺のメダルでは魔物が作れない。
﹁悪い、作れない。俺のメダルを見てくれ﹂
俺は彼女にメダルを投げる。
俺が︻獣︼のメダルの正体に気付いたように、おそらく彼女も︻
創造︼のメダルの正体に気付くだろう。
マルコの顔色が変わった。
﹁なに、このめちゃくちゃなメダル⋮⋮いくらなんでも強すぎる﹂
その表情は驚愕に染まっている。ありえない。そう彼女は短くつ
ぶやく。
﹁そうなのか?﹂
﹁いいかい、生まれてくる魔物の力は、メダルの力の総量に比例す
る。二つしか使えないはずのメダルを三つ使える時点で反則もいい
ところだ。それに、︻創造︼はランクAメダル。ランクAのメダル
の力がそのまま追加で増えるなんて⋮⋮それだけでもずるいって言
うのに、好きな属性を与えられる? 無数の可能性から選べるだっ
て!?﹂ マルコは鼻息を荒くする。
﹁それはそんなにすごいんだ﹂
﹁すごいなんてもんじゃない。いろんな魔物を作るために魔王たち
は、他の魔王たちの属性を象徴するメダルを苦労して集めるんだ。
だけど、望む属性を得られるってことは、︻創造︼さえあればなん
でも魔物が作れるってことなんだよ﹂
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言われてみればそうだ。好きな属性を額面通りにとるならすさま
じい汎用性を誇るだろう。
﹁ほかにもね、同じメダルで同じ魔王が魔物を作っても現れる魔物
はそのときどきで変わるんだ。例えば、私の︻獣︼メダルだって、
ライオンが出るか、狼が出るか、ハムスターが出るかわからない。
︻獣︼ならなんでも可能性がある。だけど、その︻創造︼は、その
可能性の中から選べる。こんな理不尽はないよ﹂
俺は生唾を呑む。
どう聞いても、壊れているほど高性能なメダルだ。
﹁君、他の魔王にはそのメダルの性能を言わないほうがいい。嫉妬
で殺されるから﹂
﹁マルコは大丈夫なのか?﹂
﹁私は君の親だしね。それにもう私は⋮⋮。でも、困ったな。私の
︻獣︼と君の︻創造︼だけじゃ、魔物を作れないか。なら、仕方な
い。出血大サービスだ。これもあげよう。別の魔王から手に入れた
メダル。しかもイミテートじゃないオリジナルだ。Aランクのメダ
ルが三つ。どんな化け物が生まれるか、震えが止まらないよ﹂
マルコは︻獣︼と︻創造︼に加え、︻炎︼のメダルを俺の手の平
に置いた。
﹃︻炎︼のメダル。Aランク。生み出す魔物に炎の属性を与える。
生命力、身体能力、魔法攻撃力に補正大﹄
これもまた、Aランクだ。彼女の口ぶりだとAランクのメダルと
いうのは相当珍しいのだろう。
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﹁さあ、あとはメダルを握りしめ、︻合成︼と唱えるだけだ﹂
心臓の行動が期待感で早くなる。
俺は頷き、祈りを込めて口を開く。
﹁︻合成︼﹂
手の平から光場こぼれる。
まばゆい光だ。
熱が暴れる。
そっと手を開く、光が漏れ始めた。空中に影を作る。
︻獣︼と︻炎︼が一つになっていく光景が脳裏に浮かぶ。
ありとあらゆる可能性が次々と流れていく。そんななか、直観で
一つの可能性をつかみ取る。
さらに、︻創造︼の力で、最後の一ピースをまだ見ぬ我が魔物に
付け加える。
俺は、何が欲しい?
新しい命に何を求める︳
答えは決まった。
最初に生み出すのは友達がいい。ずっとともにいられるような、
話し合い、笑えるような。
︻創造︼が︻人︼へ変化する。
︻獣︼と︻炎︼に︻人︼の属性を加えた。
はいた。
そして、新しい命が完成した。
彼女
光がやむ。
そこに
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黄金を溶かしたような美しい金色の髪、ピンと立った金色で先が
黒い狐耳。そして、もふもふふかふかな狐の尻尾。
なにより美しかった。
十代前半の少女。未成熟で、だからこその危うい魅力に満ちた体。
﹁まさか、天狐。こんなの、魔物じゃなくて、ほとんど魔王の領域
じゃ⋮⋮Sランクなんて、私でも初めて見た﹂
マルコが、興奮と恐れの入り混じった瞳で彼女を見ていた。
俺も、少女の秘めた力で震えが止まらない。
﹁⋮⋮﹂
少女が目を開く、紅色の瞳。
その目がまっすぐに俺を見ていた。そのあまりの美しさに声を失
う。
少女の健康的な色をした唇が開く。
﹁おとーさん!﹂
そして、俺に飛びついてきた。
その姿には、さきほどまでの神秘的な雰囲気なんてみじんもなか
った。
20
第三話:天狐!
﹁おとーさん、おとーさん!﹂
一二歳ぐらいのキツネ耳美少女は俺をおとーさんと呼びながら、
抱き着いて胸板に頬ずりをする。
温かくて柔らかくて、かわいくて、もうどうにかなりそうだ。
﹁えっと、初めまして。俺が君を生み出した。俺の名前は⋮⋮﹂
えっと、なんだっけ?
そう言えば、まだ自分の名前を思い出していなかった。
キツネ耳美少女は離れ、不思議そうな顔で俺を見る。
﹁伝えるのを忘れていたね。創造の魔王プロケル。それが君の名前
だよ﹂
そんな俺に、マルコは優しく教えてくれる。
プロケル。小声でつぶやくとしっくりきた。
創造の魔王プロケル⋮⋮それが俺の名前。
﹁俺ですら知らない名前を知っているということは、マルコは俺の
過去を知っているのか?﹂
﹁いや、知らない。私は上から創造の魔王プロケルが新たに生まれ
るから面倒を見てやってくれって頼まれただけ。君についてはそれ
以上はわからないよ﹂
﹁さっきから、生まれた、生まれたって。それだとマルコと出会う
までの過去なんて存在しないみたいじゃないか﹂
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マルコの話を間に受けると俺は生後一日未満の赤ん坊となる。
﹁その通り。君は生まれたての赤ん坊だ。まあ、魔王はある程度の
教養と知識をもって生まれてるくるから勘違いしやすいんだけどね。
君に過去なんてものは存在しない﹂
それは嘘だ。
記憶がなくてもそれはわかる。
19という自動拳銃を呼び出した。
なぜなら、青い狼と戦ったときに使った、︻創造︼で俺はクォー
ツ
だが、俺の︻創造︼は⋮⋮。
﹃︻創造︼:あなたの記憶にあるものを物質化します。ただし、魔
グラム
力を帯びたもの、生きているものは物質化できません。消費MPは
重量の十分の一﹄
つまり、俺はクォーツ 19を知っている。
過去が存在しないなんてことはありえない。
だが、それを彼女に問いかけても無駄だろう。
﹁むうう、おとーさん。わたしと話してたのに、他の人と話をする
なんてひどいの﹂
目の前のキツネ耳美少女が頬を膨らませる。
ほとんど無意識に頭を撫でると、彼女は気持ち良さそうに目を細
めた。
なに、このかわいい生き物。
﹁ごめん、改めて自己紹介しよう。俺は創造の魔王プロケル。プロ
22
ケルと呼んでくれ﹂
﹁わかったの! プロケル様! でも⋮⋮おとーさんがいいの。お
とーさんって呼んじゃダメ?﹂
上目遣いでキツネ耳美少女は俺の顔を見つめる。
おとーさん。その甘い言葉が俺の中で何度も繰り返される。
﹁もちろん、いいよ。俺は君のおとーさんだからね﹂
﹁やー♪﹂
少女は俺の首に手を回し、よりいっそう強く抱きついてきて、も
ふもふのキツネ尻尾を振った。
﹁おとーさん、大好き。えっと、次はわたしの自己紹介なの。わた
しは種族が天狐! すごっく強いの。名前はね⋮⋮名前はまだない﹂
今のフレーズに突っ込みを入れかけた。
このあたりは俺の消えた記憶が関係しているのだろうか?
そもそも、魔王になる前は俺はいったい何だったのだろう。
﹁おとーさん、わたしに名前つけて。おとーさんに名前、呼んでほ
しい﹂
抱き着いた態勢から顔を放し、お願いの目になるキツネ耳美少女。
もちろんいいに決まっている。
かわいい名前を考えないと。
﹁よし、いい名前を思いついた。君の名前は⋮⋮﹂
名前を告げようとした瞬間、俺の口をマルコがふさぐ。
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﹁ストップ、魔王は配下に軽々しく名前をつけちゃだめだよ。特に
最初の三体はね。さすが天狐。頭が回るし、ずるがしこい﹂
少し慌てた様子で、マルコは告げる。
キツネ耳美少女は、俺から離れて少し目を泳がせている。
﹁いいかい、名前を得ることで魔物は、ただ一種族の有象無象から
ユニークモンスターになる。魔王の場合は、魂を繋ぐことになるん
だ。自らの力を分け与え、逆にその魔物力を受け入れる。とくに最
初の三体は、︻誓約の魔物︼と呼ばれ結びつきが段違いに強い。や
り直しは出来ない。生涯ともに居る覚悟がなければ、つけちゃいけ
ないよ﹂
キツネ耳美少女の可愛さにめろめろになっていた頭が急に冷える。
﹁天狐は、炎属性としても獣属性としても最高位の魔物。強さも圧
倒的、特殊能力も優れ、頭もすごくいい。だけど、能力だけじゃな
くて性格や相性もきっちり見ないと、名前を与えるべきじゃない。
君、あっさりと三体にしかできない、︻誓約の魔物︼を作る権利を
失うところだったよ﹂
マルコがキツネ耳美少女を睨む。
すると、キツネ耳美少女は顔をそらす。下手な口笛を吹いていた。
実は、この子は腹黒かもしれない。
﹁魔王が生み出した魔物は、絶対服従だし、魔王を傷つけることは
できない。でも、打算がないわけじゃない。知性をもつ魔物には注
意が必要だよ。ねえ、天狐﹂
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マルコの詰問に耐えきれなくなった、キツネ耳美少女はなぜか、
その場で宙返り。
少女の姿から、可愛らしい子狐姿になる。
もふもふで、手の先は真っ黒で少女のときとは違った可愛さだ。
﹁わたし、子狐だから難しいことわからないの!﹂
明るい口調でのたまった。
明らかにごまかそうとしている。だが、それでも⋮⋮可愛すぎる。
俺は堪えきれずに子狐を抱っこした。
もふもふでさらさらで、最高の抱き心地。
﹁子狐だから仕方ないよね。名前が欲しかっただけだよね﹂
﹁おとーさんの言う通りなの。お名前欲しいの﹂
心が揺らぐ。
だが、さすがにそれはできない。
優しく、子狐を下ろす。
﹁名前をつけてあげたいけど⋮⋮それは、君の力と性格を確認して
からにする。ずっと一緒にやっていけると思ったときは、改めて名
前を与えるよ。それまでは、君の種族である天狐って呼ばせてもら
う﹂
﹁わかったの! おとーさんの力になれるところをいっぱいいっぱ
いアピールするの! そしたらお名前をもらうの!﹂
一瞬、天狐がつまらなさそうな表情を浮かべたのをちゃんと見て
いる。なんて打算の高さだ。
だが、そういうところも小悪魔的でかわいい。
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﹁ふう、危ないところだったね。基本的に魔王は、高い知性を持つ
魔物や、言語を使える魔物は避けるけど、初めての魔物がそれなん
て、君はある意味もってるよ﹂
俺は首をかしげる。
﹁どうして? 話せると指示が出しやすいし、頭はいいにこしたこ
とはないはずだ﹂
俺の言葉に、マルコは首を振る。
﹁今みたいに騙されそうになるし、何より情が出る。魔物は、私た
使えなくなる
﹂
ち魔王の盾で人間を呼ぶ餌の消耗品。辺に話したりするとね、いざ
というとき、魔物を
なんだ、そんなことか。
その心配はない。
﹁大丈夫だ。俺はこの子を使いつぶさない。この子は最初の魔物だ
し。生み出すときにずっと共に居られるような子を望んだ。一緒に
戦い、生き残る。だから大丈夫⋮⋮それに冷たいけど、ちゃんと使
いつぶすための魔物も作るし、使いつぶすことが前提なら、それに
見合った性能で生み出す﹂
﹁⋮⋮ちょっと安心した。それに君が怖くなった。ある意味君は、
他のどの魔王より冷酷かもね﹂
マルコは苦笑する。
そして、ポンッと手を打った。
﹁もう一つ教えてあげる。この世界の生き物はね、相手を注視する
26
とレベルが見える。そして魔王の場合、自分が作った魔物のステー
タスは詳細に見れるんだ。⋮⋮まあ、私のようにスキルがあれば人
の魔物だって覗けるんだけどね。天狐のステータスを見てみるとい
い﹂
﹁わかった。天狐。見るよ﹂
﹁やー♪﹂
子狐姿の天狐がコンっと同意の声をあげてくれたのでステータス
を見る。
種族:天狐 Sランク
名前:未設定
レベル:1
筋力S 耐久B+ 敏捷S 魔力S+ 幸運A 特殊EX
スキル:変化 炎の支配者 全魔術無効 神速 超反応 未来予知
なるほど、これがステータスか。
﹁ステータスはランクで見えるんだな﹂
﹁そうだよ。一番重要なのは種族のランク。例えばステータスのラ
ンクってさ、Aランクの種族とSランクの種族じゃ意味が違う。種
族SランクのステータスAって、AランクのA+相当だし、Bラン
クのS相当なんだ。あとはレベルをあげると、ステータスのランク
に応じて能力があがっていく﹂
わかりやすい説明だ。
それを踏まえて、天狐のステータスを見てみる。
Sランクの種族かつ全てのステータスが超高水準。
﹁なあ、天狐のステータスってどっからどうみてもぶっ壊れてない
27
か﹂
﹁ぶっ壊れてるね。君の︻創造︼のメダルの力だ。そもそも、Sラ
ンクの魔物なんて魔王には作れない。上のほうからの褒美で渡され
ることがあるぐらい﹂
通常、二つしか使えないメダルを三つ、それもすべてAランクの
メダルを使ったことでこんな、とてつもない力を持った魔物が生ま
れたのだろう。
﹁えっへん、天狐は強いの!﹂
俺たちの気持ちを知ってか知らずが、可愛らしい子狐は誇らしげ
に胸を張る。
⋮⋮こんな可愛い子狐が圧倒的な力を持っているなんて誰が信じ
るだろう。
﹁魔物の作り方はわかった。この調子で、どんどん魔物を作ってい
こう﹂
戦いは数だ。
どんな強い魔物も、数倍の数に囲まれたらどうしようもない。
そこで、ふと思い出す。
﹁魔王がメダルを作れるのは一月に一回か⋮⋮遠いな﹂
そのスパンにはあまりにも長い。
﹁まあ、オリジナルメダルを使う方法なら、一月に一回が限度だね。
それに、魔王なら毎回自分のメダルを使うのは考え物だよ。他の魔
王との交換用にもっておくのも重要な戦略だ﹂
28
たしかにそうだ。
特に俺の場合、自分のメダル以外に二つのメダルが必要。
今回は、マルコの好意でメダルをもらえたが、毎回そういうわけ
にはいかない。
自分の力で他の魔王のメダルを得る必要がある。
﹁理解したよ。魔物を作る手段は三つ、Fランク、Gランクの弱い
魔物をDPで買う。一度作った魔物と同系統かつ二ランク下の魔物
をDPで買う。ほかの魔王と交渉で手に入れたメダルと自分の生み
出したメダルを合成する﹂
この三つが軸だ。
たぶん、二番目が主軸になるだろう。FやGは弱すぎて使い物に
ならない。だが、三番目の方法はひと月に一度が限界。
なら、それなりな強さの魔物を数多く作れる二番目がメイン。
例えば、俺ならSランクの天狐を作ったことで、彼女と同系統の
Bランクの魔物を買えるようになった。これは大きい。
ただ、二番目で買える魔物のバリーエーションを増やすためにも
三番目のメダル合成は続けないといけない。
﹁補足しよう、実はメダル合成には抜け道がある。さっきから、オ
リジナルメダル、イミテートメダルって言い方をしていたよね。そ
の意味と有効活用の仕方を教えてあげる。一番多く使うのはイミテ
ートメダルなんだ﹂
そうして、マルコ先生の魔物講座は続く。
イミテート⋮⋮直訳すると模造。そういえば、俺の創造メダルの
条件にも、オリジナルを使った配合でないと使用できないとあった。
イミテートメダルとはどんなものだろうか?
29
30
第四話:イミテートメダル
﹁君も気づいたと思うけど、今まで教えた方法じゃ強い魔物の数を
揃えることは、すごく難しい﹂
俺は頷く。
ひと月に一度しか使えない魔王のメダルがどうしてもネックにな
る。
﹁でもちゃんと道は用意されている。さあ、魔王の書を呼び出して
みよう﹂
﹁︻我は綴る︼﹂
俺の言葉に反応して、手に、羊皮紙で出来た分厚い本が現れる。
﹁メダルのことを考えながら、ページをめくって﹂
言う通りにすると、メダルが書かれたページが現れた。
﹁そこにはきっと、︻獣︼、︻炎︼、︻創造︼、三つのメダルが書
かれているはずだ﹂
俺はページを確認する。
しかし⋮⋮
﹁マルコ、違うよ。俺のページにあるのは、︻獣︼、︻炎︼、︻人︼
だ﹂
﹁えっ、嘘﹂
31
マルコが俺のページを覗き込む。
﹁なるほど、そういうことか。本来、私たち魔王はね、合成に使っ
たことがあるメダルをDPと交換で手に入れることができるんだ﹂
﹁それは楽でいい。メダルなんて使い放題じゃないか﹂
ひと月に一回という誓約が外されるのは非常に助かる。
DPとの交換レートは500ptと書いてある。
最低二枚を使うということを考えれば、1000ptで魔物が一
体作れる。
﹁まあ、本物と同じというわけにはいかないけどね。魔王が生み出
すメダルをオリジナルメダル。DPと交換したメダルをイミテート
メダルと言うんだけどね、イミテートはオリジナルに比べてランク
が一つ落ちる﹂
﹁ランクが落ちると何かまずいのか?﹂
おそらく生まれてくる魔物のランクに関係するとは思うが念のた
め確認しておこう。
﹁どうして︻創造︼ではなく、︻人︼がイミテートに登録されたか
は置いといて、まずそっちの話をしようか﹂
ごほんっ、とマルコは咳払いをすると説明を始めた。
﹁例えば私の︻獣︼はAランクだけど、イミテートはBランクに落
ちる。メダルのランクがそのまま生み出される魔物のランクに直結
する。例えばランクAのメダル同士だと、三分の二の確率で、Aラ
ンクの魔物。三分の一の確率で、Bランクの魔物になる。ランクA
32
とランクBのメダルだと三分の一の確率でAランク、三分の二でB
ランクの魔物って確率だ﹂
やはりそうか。
そのデメリットは大きい。
イミテートではSランクの天狐は作れなかっただろう。せいぜい、
Aランクの魔物だ。
﹁繰り返すけどイミテートを合成に使ったところで、DPでそのメ
ダルを交換できるようにならない。だからこそ、魔王たちは他の魔
王のオリジナルメダルを喉から手が出るほど欲しがっているし、逆
に自分のオリジナルメダルを人に渡したくない。なにせ、ランクが
落ちるとは言え、自分のメダルを使いたい放題にされちゃうからね。
交換するときも、オリジナルメダルを材料にするのはよっぽどのこ
とがない限りないな。イミテートを渡すよ。イミテートでもありが
たいけどね。手持ちにない属性の合成ができるし﹂
確かにその通りだ。
魔王たちがもっとも合成に使うのは自分の属性だろう。
相手に自由に使わせたら、自分の魔物たちの手のうちがばれかね
ない。
﹁覚えておくといい。魔王は常に他の魔王のメダルを狙っている⋮
⋮そして、君のメダルのぶっ壊れ具合がまた一つ増えたことがわか
ったよ。ここからは、なぜ︻創造︼ではなく︻人︼がイミテートの
項目に増えたかだ﹂
緊張感ある口調から、一転、マルコはあきれたような口調で呟く。
﹁君の︻創造︼メダルを使用時に、イミテートが作れるようになる
33
のは︻創造︼そのものじゃなくて、合成する過程で君が望む形に変
化した結果のイミテートを使える。他の魔王が苦労して、奪ったり、
取引したりしてオリジナルメダルを手に入れ、地道にレパートリー
増やしているなか、君は合成するたびにどんどん、勝手にレパート
リーが増えるってわけだ﹂
﹁確かに俺は天狐を作るときに、︻創造︼を︻人︼に変化させた。
納得したよ。一度︻創造︼を変化させた属性には二度と変化できな
いって言う制限も、それなら対応できそうだ。︻人︼みたいな使い
かってがよさそうな属性が使えなくなるのは痛い﹂
俺の創造メダルは、こうだ。
﹃︻創造︼のメダル。Aランク。︻創造︼以外の二つのメダル︵オ
リジナルを含む︶を使用して魔物を合成する際、使用可能。製作者
が望む属性のメダルに変化し合成可。また、無数の可能性から、望
む可能性を選び取る ※一度変化した属性には二度と変化できない﹄
﹁羨ましすぎて殺意すら覚えるよ。私たち魔王がどれだけ苦労して
他の魔王のメダルを手に入れているのか考えたことがある?﹂
マルコの目が笑っていない。
﹁ふっふっふっ、天狐のおとーさんはすごいの!﹂
なぜか、天狐が得意げにしている。
だが、俺は同時に弱点にも気づいていた。
﹁いいことばかりじゃないな。他の魔王って、自分のメダルとイミ
テートの組み合わせで強い魔物を作れるけど、俺にはそれができな
34
いからな﹂
﹁まあ、確かにそうだね。私は自分のオリジナルの︻獣︼メダルと
Bランクのイミテートメダルだけで、たいていBランク。運が良け
ればAランクは作れる。でも、君の場合、他の魔王のオリジナルが
なければ何もできないからね﹂
︻創造︼のデメリット。少なくとも一つはオリジナルメダルではな
いといけないというのはかなり大きい。
他の魔王のオリジナルメダルありきの力。
だからこそ、これだけ壊れている性能なんだろう。
オリジナルメダルを手に入れる方法はいろいろ考えなければなら
ない。それも安定共有が必須だ。
他の魔王がAランクの魔物を増やし続けるなか、︻創造︼メダル
を腐らせるのはあまりにももったいない。
︻創造︼と交換が王道だが、俺の場合秘密を隠すために、それもで
きない。
﹁マルコ、勉強になった。イミテートメダルは使える。︻創造︼を
使わなくても、イミテートのBランクメダル二つでBランクの魔物
は作れる。それがわかっただけでも収穫だ。﹂
DPさえあればそれなりな魔物を作れる。
それに、本を見ると今回天狐を作ったことで、二ランク下の同系
統の魔物、妖狐が買えるようになっていた。Bランクなので頼りに
なるはずだ。
天狐の系統は、Sランクの天狐、Aランクの九尾、Bランクの妖
狐と連なっている。
ちなみに交換レートは、1200pt。イミテートメダル二つよ
り少し高い。
35
﹁その気になればいつでも魔物を生み出せるのはわかったが、レベ
ル1の状態で生み出されるのはしんどいよな。生み出した魔物を毎
回育てるのはしんどそうだ﹂
いつの間にか、マルコと俺の会話に飽きて、子狐姿で丸まって眠
りはじめた天狐を見て漏らしてしまった。
彼女がレベル1ということは、今後生まれてくる魔物も全部レベ
ル1のはずだ。
さすがに高ランクの魔物でも、レベル1では使い物にならない。
﹁あれ、おかしなことを言ってるね。魔物を合成するとき選べるは
ずだよ? レベルが固定になる代わりに、種族に応じたレベルで生
み出すか、レベル1で生まれる変わりに種族に応じたレベルの先に
レベル上限があって、ステータスが良くなる魔物を生み出すか。よ
っぽど愛着があって、幹部候補にするつもりじゃなければ、固定レ
ベルを選ぶよ﹂
まったく、気付かなかった。次からは意識してみよう。
おそらくだが、天狐を生み出すときにずっと共に居られる存在を
願った。だからこそ、無意識のうちに成長する魔物を選んだのだろ
う。
固定レベルで魔物を生み出すのは当分先だと思っている。俺はま
ず、三体の︻誓約の魔物︼をそろえたい。
三体は、最後の瞬間まで信じあえる最強の仲間にするつもりだ。
レベル上限が高く、性能の高い変動レベルでの合成以外ありえな
い。 それより、もっと気になっていることがある。
36
﹁DPでできることが分かったけど、そもそもどうやってDPを手
に入れるんだ?﹂
それが、最大の問題だ。
何せ、魔王の書を開けば自分の所持DPが50ptしかないこと
がわかった。
イミテートメダルは500pt。それを考えると微々たる量だ。
﹁自分のダンジョンに居る人間から自動的に入ってくるんだけど、
君にはまだダンジョンがないから無理。一応、魔物か人間を殺して、
直接魂を食らって稼ぐって方法もある。魔王にはそれができるよ。
実際、君も私のガルムを喰らってDPを得ている﹂
なるほど、それで50DPだけあったのか。
後者は真剣に検討しないと。
一年間、魔王について教えてくれると彼女は言っているが、逆に
言えば、その準備期間である程度、独り立ちの準備は進めないとい
けない。
最低でも、︻誓約の魔物︼。俺の親衛隊になる三体を生み出し、
高レベルにしておきたい。
﹁それとね、お小遣い。先輩魔王は後輩魔王にお小遣いを上げる義
務がある。オリジナルのメダル三枚と2000DP。逆に言えば、
これ以上はあげちゃいけない決まりなんだ。君にはもう、︻獣︼と
︻炎︼をあげたから、メダルはあと一つ、︻土︼をあげよう。あと、
DPは⋮⋮えい﹂
マルコが俺の魔王の書に触れる。
すると、残高が増えて2050DPとなった。
37
﹁人間や魔物を殺さない限り、一年間君は2050DPしか使えな
いし、メダルっだって、ちゃんと考えて使いなよ。一応ね、私のほ
うで、このダンジョンで狩場を用意してあげる。ある程度レベルが
あがったら、危険で効率がいい私のダンジョンの外の狩場もね﹂
俺は頷く。
そして、頷きながら必死に、2000DPの使い道を考えていた。
イミテートメダルだけに費やせば、四枚のメダルを作って終わり、
ランクB以下の魔物二体で打ち止めだ
この使い方で俺の今後が決まるだろう。
38
第五話:︻創造︼の力
魔物を作ったあとは、解散となった。
マルコに、魔王は魔物を異次元に収容する能力をもっているとい
うことを教えてもらった。
収容している間、魔物の時がとまり収容した状態で変化しない。
そして、呼び出したいときにいつでも呼び出せるそうだ。
ただ、収容できる魔物の数は十体だけ。十体を超える魔物は自ら
のダンジョンに住処を用意しないといけないらしい。
ただ、この収納は魔物の管理をしやすくするためというよりも、
むしろいつでも呼び出せる戦力を手元に置いておくところに重点が
置かれているらしい。
確かにそうだ。
いつでも最強の切り札が呼び出せるのは心強い。
付け加えると奇襲性も高いだろう。
例えば、街の中に単身で乗り込み凶悪な魔物を呼び出し暴れさせ
るなんて手段もとれる。
﹁というわけで、天狐。収納されてくれないか﹂
﹁ううう、やだ。おとーさんと一緒がいい﹂
天狐がぶんぶんと首を振る。
今は子狐の姿ではなく、一二歳前後のキツネ耳美少女の姿に戻っ
ている。
﹁でも、ベッドは一つしかないんだ﹂
39
マルコは三二階層にある居住区へ俺たちを転送し、そこの階層主
であるサキュバスに俺たちを紹介してくれている。
主にこのエリアは人型の魔物が住んでいるようで、マルコの魔物
たちがせわしなく行き来していた。
三二階層ということは、すくなくとも他に三一階層あり、魔物を
配置しているはずだ。いったいマルコは何百匹の魔物を従えている
のだろうか。
居住区というだけあって、いくつもの家が並んでおり、そのうち
の一つを自由に使っていいと与えてくれた。
家の中には一通りの家具が揃っており、不便はしなさそうだ。た
だ、ベッドが一つしかなく一人暮らし前提の家だろう。
﹁なら、おとーさんと一緒に寝るの! 天狐、おとーさんと一緒に
寝たい﹂
天狐がいい案を思いついたとばかりに目を輝かせてそう言った。
﹁一応、魔王と魔物とは言え男と女だ﹂
﹁男と女だけど、おとーさんはおとーさんなの。おとーさんは天狐
に変なことするの?﹂
天狐は首をかしげて俺の顔を覗き込む。
純粋無垢な少女の問いかけ。
ここの回答は一つしかない。
﹁そんなわけないよ。俺は天狐のおとーさんだから、変なことはし
ない﹂
40
﹁なら、一緒に寝ていい?﹂
﹁もちろん﹂
﹁やー♪﹂
天狐はにっこりと笑って抱き着いてくる。
一つ気付いたことがある。この子は、嬉しいことがあるとやーっ
と言う。後ろが跳ねる独特の発音が心地よい。
﹁眠る前にご飯にしようか﹂
﹁ごはん?﹂
天狐は首をかしげる。
まあ、そうだろう。生まれたときから魔王である俺も魔物も一般
常識をもっている。
その一つに、俺たちは食料を必要としないということがあげられ
る。
食べることはできるが、あくまで嗜好としてでしかない。
﹁まあ、お遊びと実験かな?﹂
天狐を連れて、ダイニングに向かう。
用意されていた皿を机に並べ、フォークとナイフを用意する。
天狐は首をかしげながらも席についた。
﹁︻創造︼﹂
俺は自らのユニークスキルを使用する。
﹃ユニークスキル:︻創造︼が発揮されました。あなたの記憶にあ
るものを物質化します。ただし、魔力を帯びたもの、生きているも
41
グラム
のは物質化できません。消費MPは重量の十分の一﹄
俺は俺自身のことを何一つ覚えていないが、食べ物のことを考え
るといくつものメニューが頭に浮かぶ。
まずは、コーンスープが皿に注がれ、別の皿にはステーキ。さら
にフランスパンが食卓並ぶ。
﹁うわあ、すごい。おとーさんってこんなこともできるんだ。おい
しそう!﹂
キツネの魔物だけあって、肉が好物なのか天狐の目はステーキに
釘付けだ。
しかもこれは一ポンド︵450g︶の分厚い肉汁の滴るステーキ。
かなり食べごたえはありそうだ。
﹁食べていい?﹂
﹁ああ、いいよ。でも、その前に手を合わせていただきますと言っ
てからだ﹂
﹁おとーさん、なにそれ? そんな儀式初めて聞いたの﹂
儀式?
そういえば、そうか。
この動作に意味はない。だが、それをするのが当たり前のように
俺は感じていた。
﹁思い出せないけど、やらないと気持ち悪い。俺に付き合ってくれ
たないか?﹂
﹁わかったの。おとーさん﹂
まず、俺が手を合わせると、見様見真似で天狐も手を合わせる。
42
﹁﹁いただきます﹂﹂
そして二人で食事を開始する。
天狐は器用にナイフとフォークを使用して食事をする。
知性が高い行為の魔物だからできることだろう。
あっという間に巨大なステーキを平らげる。
天狐は空になった皿を見て、残念そうな顔をしたので、︻創造︼
でお代わりを用意する。
すると、天狐はぱーっと花が咲くような笑顔を浮かべた。
﹁おとーさんありがとう!﹂
そう言って、キツネ尻尾をぶんぶんと振った。
俺が食べ終わるころ、天狐もお代わり分も平らげた。
﹁美味しかったの。こんな御馳走を魔法で作るなんて、おとーさん、
すごいの﹂
﹁食べ物も作れるとは思ってなかったから自分でも驚いている﹂
俺のユニークスキルはかなり便利だ。
グラム
自らのステータスを思い浮かべ、MPを確認する。
MP:1750/2000
MPが250ほど減っていた。重量の十分の一。今回生み出した
料理は、2.5キロほどなのでぴったりだ。
最大MPまであると、20キロまでは好きなものを作れる。
﹁おとーさん、これからどうするの?﹂
﹁武器を生み出そうかと思ってね﹂
43
MPは、時間と共に自動回復する。 体調が悪ければ回復効率が落ちるが、平常時だと一時間で五〇ほ
ど。
ただ、上限を超えることはない。
MPを有用な道具を生み出せる俺にとって、MPが上限に張り付
いた状態で何もしないことがひどくもったいない。
﹁御馳走を作った魔法で武器まで作れるの?﹂
﹁うん、俺の記憶にあるものはなんでも作れる。ただ、生きてるも
のと、魔力が通っているものだけはだめなんだけどね﹂
もし、魔力が通っているものができるなら、メダルを量産したの
に。
それができないのが残念だ。
ただ、俺は一つ考えていたことがある。
Fランク、Gランクの魔物。そいつらに凶悪な武器を持たせれば
低コストで強力な軍団を作れるのではないか?
Gランクのもっとも安い魔物、スケルトンはたった20DPだ。
﹁︻創造︼﹂
俺は︻創造︼の魔術を起動する。
MK416。
生み出すのは、いわゆるアサルトライフルと呼ばれる武器だ。
M&K
全長560mm。重量3.09kg。装弾数30発。発射速度8
MK416は、数あるアサルトライフルの中でも名機と
50発/分。有効射程400メートル。
M&K
44
されている。その理由は圧倒的な耐久性と信頼性だ。この銃は泥水
に浸してそのまま射撃するという芸当まで可能だ。
ダンジョンの中、魔物という銃の素人が使うのであれば、性能よ
MK416が一つ。一日四
りも、耐久性と信頼性を重視するべきだ。
MPが減った。
MP:1450/2000
俺のMP回復量だと六時間でM&K
つ生産できる。
やろうと思ったら、一月で一二〇丁。
百体ほどのスケルトンにアサルトライフルをもたせて制圧射撃を
するのも面白い。
こつこつ作り置きをしておこう。
﹁おとーさん、その変な鉄の棒が武器なの。ぜんぜん強そうに見え
ない﹂
﹁とんでもなく強い武器だよ。大剣とかよりよっぽどね﹂
5.56mm×45と口径は小さいが、その分取り回しはいい。
初速890m/秒の弾丸を発射速度850発/分で吐き出すこい
つが弱いはずがない。
だが、天狐は俺を疑いの目で見ている。
まったく仕方がない。
﹁なら、これの強さを見せてあげるよ。マルコの言ってた混沌の渦
に行こうか﹂
マルコから、魔物を狩ってレベル上げをするように言われていた。
DPで魔物を買う場合、購入額の百倍を支払うことで一日一回そ
45
の魔物が沸く混沌の渦を購入可能らしい。
マルコからは、ランクCの魔物がでる混沌の渦を一つ、ランクD
の魔物がでる混沌の渦を二つ、自由に使っていいと許可を得ている。
混沌の渦から定期的に出る魔物であれば懐は痛まないそうだ。
他にも、ある程度のレベルにまで到達したら、ダンジョンの外に
あるもっと効率のいい狩りを教えてくれるという話だ。
まずは混沌の渦を使って、アサルトライフルの強さを天狐に見せ
る。
今から天狐がどんな反応を見せるのか楽しみだ。
46
第六話:アサルトライフル
この居住区に居るサキュバスの家に向かう。
サキュバスは、この居住区の管轄者だ。
さらに言えば、この階層で安全なのはこの居住区だけらしい。
魔王の壇上は階層ごとに、三つの部屋単位に分かれており、それ
ぞれ個別にさまざまな設定がされており、一歩、居住区から出れば
血に飢えた魔物に襲われてしまうと聞いている。
目的である魔物が湧き出る混沌の渦にたどり着くためには、サキ
ュバスの道案内が必要となる。
サキュバスの家にたどり着き扉をノックする。
﹁あらあら、まあまあいらっしゃいませ︻創造︼の魔王プロケル様。
初日から訪ねてくるとは思いませんでしたわ﹂
おっとりした口調の女性が現れた。
もちろん、ただの女性ではない。
桃色の髪に豊満な体つき、何より蝙蝠のような羽に、毛が生えて
ないつるつるの尻尾。
Bランクの魔物、サキュバスだ。
サキュバスの特性の影響か、彼女を見ているとむらむらとしてく
る。
手に痛みが走る。天狐が俺の手をつねっている。
﹁むう、おとーさん。だらしない顔﹂
俺はよほど、いやらしい目つきでサキュバスを見ていたのだろう。
47
天狐が拗ねていた。
まずい、これでは魔王としての威厳も父親としての威厳もあった
ものではない。
俺は咳払いをして、心を落ち着ける。
﹁サキュバス。用事があった来たんだ。さっそく、レベルあげをし
たいと思ってね。ランクDの混沌の渦を使わせてほしい﹂
ちなみにランクDの魔物は俺が目覚めたばかりで戦った青い狼ガ
ルムらしい。
自動拳銃でも戦えたのだから、アサルトライフルであるM&K
MK416を持った今負けるわけがない。
武器の性能がまったく違う。
﹁そうですの。わかりましたわ。ご案内します。ささ、お近づきに
なってくださいませ﹂
﹁すまない、助かる﹂
サキュバスが手招きする。
俺と天狐が十分に近寄ったのを確認すると、サキュバスは目を閉
じ、集中を始める。
足元に魔法陣が出来た。
彼女は、このダンジョン内の好きな階層の好きな部屋に転送を使
える。
だからこそ、居住区の管理人を任されているらしい。彼女の力が
あれば、居住区に居る魔物をいつでも必要な場所に送れる。そのこ
とが生み出すアドバンテージは考えるまでもないだろう。
そして、光が満ちて転送魔術が発動した。
48
◇
転送で飛ばされたのは、荒れ地だった。枯れ木と大きな岩が転が
っている。
そんな中、しばらく歩くと黒と紫の混じった渦が目に入った。
あれが混沌の渦。
魔物購入時に、購入額の百倍をはらうことで購入できるもの。一
日に一回その魔物が湧く。
あそこからは毎日、ランクDのガルムが発生するのだ。
﹁あら、運がいいですわね。もうすぐ現れますわよ。待ち時間がな
くてよかったですわ﹂
﹁なんとなくわかるよ﹂
言われなくても渦に高まる力を感じていた。
ランクDの魔物はおおよそ固定レベルで生み出した場合、レベル
30∼40で生まれてくる。
だいたい、そのあたりがレベル1時点の魔王やSランクモンスタ
ーと釣り合うらしい。
はじめての闘いでは、基本能力で互角なら、ユニークスキルの存
在で確実に俺がかつと見込んでガルムをけしかけたそうだ。
俺は渦から二〇〇メートルほど離れる。
﹁あらあら、そんなに離れて大丈夫ですの? ガルムを狩ってレベ
ルをあげるのでは?﹂
サキュバスが相変わらずおっとりした声で問いかけてくる。
49
MK416の有効射程は四〇〇メートル程度。
﹁大丈夫だ。十分届く﹂
M&K
勘違いされやすいが、アサルトライフルは連射するための銃では
ない。
確かに一分間で八〇〇発を吐き出す連射性能はもっている。
だが、しっかり狙って撃つライフルなのだ。極めて精度の高い狙
撃が可能。
自動拳銃ではせいぜい、射程10メートルと考えるといかに強力
な武器かがよくわかる。
﹁そうなのですか? その距離ですと魔法もとどかないですわよ﹂
﹁見ていればわかるよ﹂
記憶は戻らないが、この世界の常識はしっかりと脳裏に刻まれて
いる。
魔法の射程はどれだけ遠くても一〇〇メートル程度。
その二倍の距離に居るのだから、サキュバスが心配するのもわか
る。
天狐のほうを見ると、面白いものが始まるのではないかとわくわ
くした目で俺を見ていた。
俺に対する信頼があるから、そういう顔をしてくれているのだろ
う。
その期待を裏切るわけにはいかない。
﹁さて、あと数十秒か﹂
渦の流れが速くなった。
50
MK416を構える。頭が冷えていく。魔物と対
魔物が生まれる予兆。
俺は、M&K
峙する恐怖が消えていく。
手が銃に吸い付く。
自動拳銃のときにもあった感触だ。心地よい。今なら何でもでき
る。記憶が消えるまえの俺はよほど銃に親しんでいたと同時に、銃
が好きだったのだろう。
そして、ついにガルムが生まれる時が来た。
青い粒子が吹きあがり、狼を形どった。完全に実体化。
トリガーを引く。その瞬間、乾いた音が三つ響いた。
俺の脳裏に描いたとおりに弾丸は飛び、完全なヘットショットを
決めた。MK416の優れた精度だからこそこの距離の精密射撃が
可能だ。
﹁キャンッ!?﹂
ガルムが吹き飛んだ。そして倒れ伏しピクリとも動かなくなる。
ほとんど同時に発射された三発目の弾丸の一発目を受け悲鳴をあ
MK416は発射速度850発/分を誇る。
げ、残り二発で息の根を止めた。
M&K
バースト
そんな銃をトリガーを引きっぱなしにすれば、もっと派手に弾丸
をばら撒けただろう。
俺は意図的に三発でとめた。いわゆる三点射という技術だ。
フルオートで撃てば銃身のブレが大きくなり集弾率が落ち、無駄
弾が増える。さらに銃身の熱がたまり歪む原因となるのだ。
バースト
かと言って単発では確実に仕留められない。そこで生み出された
のが三点射だ。
正確に狙いをつけられるのは三発までだという研究結果が出てい
51
る。三発ワンセットで撃つことで、制度を高め、弾薬を節約し、さ
らに銃身を休ませながら、狙いをつける時間を得られる。
もっとも、弾をばら撒き続ける必然性がある場合は、フルオート
で、その連射性能を存分に発揮する。
﹁すごいですわね。さすが︻創造︼の魔王様。魔法の限界距離の二
倍から一方的に。近距離型の敵を近づかせないどころか、遠距離型
の魔法使いすらアウトレンジから狙い撃ちにできますわね。この武
器がある、それだけで広範囲の戦略魔法を牽制することができます
わ﹂
﹁だな、高威力で時間がかかる戦略魔法。それを相手の攻撃が届く
ところでするのは難しい﹂
多大な詠唱時間がかかる代わりに強力な効果を持つ戦略魔法とい
うのが存在する。
通常は射程である一〇〇メートルほど離れ前衛に守ってもらいな
がら使う。だが、このアサルトライフルの前では一〇〇メートルの
距離などないに等しい。戦略魔法など撃たせない。
だが、サキュバスの発言で少し驚いた。
彼女の発言は多分に戦略的なものが入っている。
﹁さすが、おとーさんなの。おとーさんも、おとーさんの武器もす
ごいの﹂
それに対して天狐のほうはどこまでも無邪気だ。こちらに駆け寄
ってきて、興味深げに俺のアサルトライフルを見つめる。
﹁欲しいか?﹂
﹁欲しいの! でも、遠くから攻撃って、なんか合わないの。近く
からどっかーんって武器が欲しい﹂
52
近くから、ドカーンか。
なら、ちょうどいいのがあるな。
幸い、魔力はまだあるし。天狐にはアサルトライフルではなく、
別の武器を出そう。
きっと、気に入ってくれるはずだ。
﹁わかった。なら、天狐には近距離で大火力の銃を用意しよう。今
から作るから見ていて﹂
そして俺は︻創造︼を使った。天狐の要望通り、近くでドカーン
っとできる武器を呼び出すために。 53
第七話:魔王の居ないダンジョン
天狐に彼女の要望通りの銃をプレゼントした。
さっそく使い方を教えて、試射をさせてみると大変気に入ったら
しく、今すぐ実戦で使いたいとおねだりされた。
再びサキュバスに転送してもらう。
階層は六八階層。Dランクの魔物では物足りないらしく、Cラン
クの魔物を生み出す混沌の渦があるフロアを目指した。
﹁いったい、どれだけの階層があるんだ﹂
﹁全部で一〇一階層ですわ﹂
﹁なっ!?﹂
想像以上だった。
まさかの百を超えてるとは思っても見なかった。
﹁︻獣︼の魔王マルコシアス様は、古き魔王の一柱で三〇〇年近く
君臨されておりますからね。それに勤勉な方でもありますわ。魔物
も一五〇〇体ほどおりますの﹂
﹁そこも想像以上だな。もし敵対なんてことになったらぞっとする﹂
当たり前だが、今の俺にはろくな戦力がほとんどない。
マルコは赤子の手を捻るように俺を蹂躙するだろう。
﹁おとーさん。大丈夫なの! 天狐が居るから。おとーさんは天狐
が守るの﹂
天狐は俺の腕に抱きつき、元気な声をあげる。
54
彼女はそう言っているがさすがに一五〇〇体は無理なはずだ。
﹁ふふふ、元気のいい子ですね。さすがはSランクと言ったところ
ですわ。でも、︻創造︼の魔王プロケル様、安心してください。あ
なたと敵対することはありません。あなたの育成、それが我が主の
最後の仕事ですから﹂
﹁最後?﹂
その言葉が引っかかった。
。
﹁あれ、聞いておりませんの?﹂
サキュバスは意外そうな顔をして俺を見ている。
﹁ああ、何も﹂
﹁そうですか⋮⋮なら、私から言ってしまっていいものか判断でき
ませんわね。ごめんなさい秘密ということで﹂
サキュバスはぺこりと頭を下げる。
俺は納得しているが天狐は不満そうだ。
教えて、教えてとせがむ。
サキュバスは苦笑いをしているが、少し折れそうになってきてい
た。
﹁ちょっとだけですよ﹂
彼女がそう言ったときだった。
ここに居ないはずの彼女の声が響く。
﹁その必要はないよ﹂
55
目の前の空間が歪む。
マルコが現れた。
﹁まったく、念のために見ていてよかったよ。サキュバス、主のプ
ライベートを勝手に話すのは感心しない﹂
﹁も、申し訳ございませんマルコシアス様﹂
﹁まあ、いいよ。私も口止めしてなかったし。サキュバスの日ごろ
の働きに免じて許そう﹂
サキュバスが深々と頭をさげ、マルコが苦笑する。
﹁マルコも転送の魔法を使えるのか﹂
﹁いや、サキュバスみたいに高度な魔術は使えない。私は近接特化
の脳筋魔王だからね。今のは魔王権限のほう。自分のダンジョン内
なら好きなところに飛べる﹂
それは便利な力だ。
今後ダンジョンを作ることになったら参考にさせてもらおう。
﹁でも、のぞき見とは趣味が悪いな﹂
﹁心配だったから見てたんだ。サキュバスを通じてね。これも覚え
ておくといい。百体までの魔物と感覚を共有できる。私は全階層そ
れぞれに階層主を設置していてね。ほとんどの階層主と感覚を共有
している﹂
﹁なら、サキュバスの前でマルコの悪口は控えないと﹂
﹁サキュバスの前だけじゃなくても、どこに目と耳があるかわから
ないから注意しなよ。ダンジョンに居るのは魔王の腹の中に居るよ
うなものだ﹂
56
確かにそのとおりだろう。
感覚の共有⋮⋮一度天狐と試したほうが良さそうだ。五感すべて
が共有できるのだろうか? それなら⋮⋮
﹁おとーさん、変なこと考えてる?﹂
﹁いや、なんでもない﹂
相変わらず天狐はするどい。なんとかごまかし、マルコに向き直
る。
マルコが話を初めてくれた。
﹁君にとっても大事な情報だから教えてあげる。サキュバスが言い
かけたことだけどね。魔王には寿命がある﹂
﹁寿命?﹂
﹁そっ、寿命。三〇〇年ジャスト。魔王になってからそれだけ経て
ば消滅する。ちなみに私は二九九歳﹂
俺は息を呑む。
これだけ、元気そうに見えて余命が一年もないのか。
﹁そんな顔しないでよ。もう、やりたいことはやり尽くしたから悔
いはない。君を育てるのが最後の仕事。後輩魔王の育成はね、消滅
が近い魔王たちに依頼される。十年に一度、同じ日に十人の魔王が
誕生するんだ。君の他にも新しい子たちがいる。たぶんこれは優し
さだ。若い時だと、ライバルとして見ちゃって、素直に教えてあげ
られない﹂
悔いはないという言葉は嘘じゃないようだ。
マルコの顔はすがすがしいものだ。
そして、十人が一度に生まれたというのなら、俺と同期の魔王が
57
九体居ることになる。
﹁寿命についてはわかった。もし、マルコが死んだら残された魔物
たちはどうなるんだ?﹂
天狐の手を握りながら、問いかける。
水晶が壊されれば、魔物とダンジョンは消えると最初に教えても
らった。なら、魔王が消えたらどうなるのか。
﹁どうにもならないよ。魔王が消えても、ダンジョンや魔物たちに
は関係ない。水晶があるかぎり維持され続ける。逆に水晶のほうは
生前の魔王の行動を真似て、無計画にポンポンDPで魔物作ったり
しちゃう。適当に生み出しまくるから、先に居る魔物たちと喧嘩に
なっちゃったりね。まあ、それは既存の魔物も一緒。命令されなく
なって好き勝手やってもうめちゃくちゃ﹂
魔物がポンポン、嫌な予感しかしない。
﹁知性がないタイプは特にまずいな。知性があるタイプ同士だと秩
序を作るだろうけど、知性がないのが多数になるとどうしようもな
い﹂
魔王が居なくなったダンジョンはおそらく、すべての魔物たちに
とって住みづらいものになってしまうだろう。
﹁まあ、私がいなくなったあとのことは︻誓約の魔物︼たちに任せ
てある。魔物たちは自由だ。ダンジョンで新しい秩序を作るなり、
好き勝手暴れるなり、外に出てもいい。水晶が壊されるまでは思う
がままに生きるしかないさ﹂
﹁外に出た魔物たちはどうなる?﹂
58
﹁外で人間に討伐される子たちが多いよ。それに、そのことがダン
ジョンの終わりに繋がることもある。人間を本気にさせて本格的な
ダンジョン討伐が始まる。人間にもね、勇者っていう魔王並みの存
在が居るし、数が多いから。本気になられたら勝てない。とくに魔
王がいないダンジョンはね﹂
当然の帰結だ。
魔物たちがダンジョンから外に出て、好き勝手人間たちに害して
恨みを買う。そして、水晶を壊せばそれらが一掃されることは人間
も知っているだろう。諸悪の根源を断とうとするはずだ。
魔王が不在では、防衛力は著しく落ちる。そして最後には水晶を
砕かれ、ダンジョンも魔物も消えていく。
﹁ちなみにね、混沌の渦意外に効率のいい狩り場を教えるって言っ
たの覚えてる﹂
﹁もちろん﹂
実はかなり楽しみにしている。
混沌の渦は一日に一体しか魔物を生まない上に俺たちに許された
のはCランク一体とDランク2体しか倒せない。
レベルのためにも、DPのためにもうまい狩場は欲しい。
﹁君に教えるのは、それだよ。魔王が不在になって無秩序になった
ダンジョン。そこの魔物たちなら自由に狩っていい。私が居なくな
ったらこのダンジョンを好きにしてもいいよ﹂
俺は首を振る。
さすがにここの魔物たちを好きにしろと言われても躊躇する。
知性がない、ガルムみたいなものたちだけならいいが、サキュバ
スのような存在は無理だ。
59
その、該当者であるサキュバスが口を開く。
﹁マルコシアス様それはダメですわ。マルコシアス様亡きあとも、
私たちが主の意志を継いで、この︻魔獣城︼を守っていくと言って
るじゃないですか! いけない子はお仕置きしながら、大魔王マル
コシアス様の作り上げたダンジョンを守って行きますわ! マルコ
シアス様の顔に泥を塗るようなことはしませんし、させません﹂
サキュバスの言葉には熱意があった。
少し羨ましい。こんなふうに思われる部下を持ちたいものだ。
﹁そうだったね。そうだった⋮⋮まったく、私にはもったいない子
たちだ﹂
マルコは微笑を浮かべる。
サキュバスたちにそうさせたのは彼女の人望、それはきっとマル
コ自身が積み上げてきたものだ。
﹁私は部下に恵まれたけどね、皆が皆そうじゃない。君に紹介する
予定の︻紅蓮窟︼は、知性ある魔物たちはみんな死んだか、ダンジ
ョンに見切りをつけて離れて、残った知性のない魔物たちが好き勝
手暴れているだけのダンジョンだ。人間に滅ぼされていないのは、
人里から離れているからってだけだね﹂
︻紅蓮窟︼。
その名を聞いて︻炎︼を連想した。
もしかしたら、俺がもらった︻炎︼のメダルは、そのダンジョン
に君臨した魔王だったのかもしれない。
﹁知性がなく好き勝手暴れる魔物なら、心置きなく狩ることができ
60
るな﹂
サキュバスのような知性も理性もある相手だとどうしても、厳し
いものがあるが、そういう相手ならためらわずに済む。
﹁油断はしないほうがいいよ。魔王が直々に生み出した高ランクの
連中は残ってない、それでも水晶が勝手に生み出し続ける魔物の中
には、Cランクの魔物はごろごろ居る﹂
﹁それならなんとかなりそうだ﹂
DPで買えるのは、合成したことがある魔物の二つ下まで。
︻創造︼のメダルの力がなければAランクまでしか魔物を作れない。
だからこそ、水晶はCランクまでしか魔物を生み出せない。
それなら、天狐が居ればどうとでもなる。
しかし、マルコは唸っている。
﹁でも、天狐とは相性が悪いかもね。天狐は炎が得意だけど、あそ
こに居る連中はほぼ全員、炎耐性が高いし、物理耐久力がある魔物
が多い。水の魔術が使えないなら、炎なしで圧倒的な攻撃力を出さ
ないといけないけど、そのレベルだと厳しいかも﹂
﹁なんだ、そんなことか。それなら心配ないよ。攻撃力には不自由
してない。天狐、さっき作ってやった武器の力をマルコに見せてや
れ﹂
﹁やー♪﹂
天狐が武器を構える。
ついさっき、︻創造︼で作ったばかりの武器。天狐の要望、近く
でドッカーンを俺なりに解釈して作った武器。
その正体は、ショットガン。
61
レミルトン
重量3.6kg
M870P
全長1060mm
発の近距離戦最強の銃だ。 口径12ゲージ 装弾数六
62
第八話:ショットガン
口径12ゲージ 装弾数六発
ショットガン
重量3.6kg
M870P
俺が天狐のために作ったのは⋮⋮。
レミルトン
全長1060mm
ポンプアクションの傑作銃。
堅牢かつ耐久性が高い構造のため散弾銃の定番として世界各国で
愛されているレミルトン870。その中でも装弾数を増やしたモデ
ルだ。
天狐は器用にトリガー部分に指をかけくるくると回していた。
﹁その鉄の棒は何かな? 見たところ魔力も通っていないようだけ
ど。ただの鈍器ってわけじゃないよね﹂
﹁それは見てのお楽しみだ﹂
さきほど、試し撃ちをした天狐はすっかりレミルトンM870P
を気に入ってしまっている。
凶悪な銃も彼女にとって、面白い玩具なんだろう。
四人で、混沌の渦があるところに行く。
とっくに魔物は生み出されており、渦の近くで眠っていた。
たてがみ
距離は五〇メートルほど。
赤い鬣を持った魔犬。ランクCオルトロス。
﹁ランクCのオルトロスは固定レベルで生み出した場合、レベル4
0∼レベル50で生まれてくる。ランク差、ステータス差を考慮し
63
たら天狐ちゃんはかなり不利。強力な特殊能力の補正で少し不利っ
てところまで軽減されてるかな﹂
逆に言えば、レベル1の時点でそこまでの戦闘力を持つ天狐は異
常だ。
それがランクSという存在。
固定レベルで生み出していたらどれほどの規格外だったのだろう
か?
﹁もし、オルトロスを魔法なしで倒せるなら、︻紅蓮窟︼でも狩り
ができるね﹂
それを聞いた天狐が目を輝かせ握り拳を作る。
﹁やー♪ はやくたくさんレベルをあげておとーさんの役に立つの﹂
嬉しいことを言ってくれる。
天狐はその場で深呼吸する。
さらに、ポンプアクションによる装弾を行う。カチリと硬質な音
がなった。
そして、きっと敵を睨みつけて突進。
オルトロス
赤い鬣を持った魔犬は野生の危機感知能力で天狐の存在に気付く。
本来天狐は、炎の魔術を得意としており、遠距離から一方的に攻
めることができるが、今回の想定は炎の耐性が高い相手と戦う場合
だ。
炎は使えない。
先手を打ったのはオルトロスだ。
口を大きく開く。天狐は素早くサイドステップをした。彼女の背
64
後にあった岩が爆発し、四散する。
オルトロスの攻性魔術。︻音響破壊︼。
その名のとおり、高振動の音の塊をぶつける。音速かつ不可視の
それはひどく回避が難しい。
だが、天狐は。
﹁天狐には通じない。あと五歩﹂
連続で放たれる︻音響破壊︼を軽々と躱していく。
オルトロスが口を閉じた。魔法がやんだのか? そう思った瞬間
また天狐がステップを踏んだ。彼女の元いた位置を︻音響破壊︼が
通り過ぎていく。
オルトロスの口を開けるという仕草はおそらくダミーだ。
口を開き、その方向に真っすぐ飛ぶという思い込みをした獲物を
しとめるための悪質な罠。
だというのに、天狐は初見で対応した。
その秘密は天狐のスキル。︻未来予知︼にある。天狐は一秒後の
世界を感じ取ることができる。そして、もう一つのスキル。︻超反
応︼で、その一秒後の脅威に対応する。
この二つを使う天狐を傷つけるのはひどく難しい。彼女をしとめ
るには、見えたところでどうあがいても対応できない攻撃をするし
かない。
たった、一秒だが。天狐の圧倒的な素早さと︻超反応︼があれば
お釣りがくる。
﹁あと一歩!﹂
65
オルトロスとの距離は残り一〇メートル。。天狐が足を止め、シ
ョットガン⋮⋮レミルトンM870Pを構える。
小さな天狐には不釣り合いな長い銃身。
﹁おとーさんの武器、使うの﹂
天狐はショットガンのトリガーをひく。
距離は一〇メートルほど離れているが十分有効射程内だ。ショッ
トガンは射程が短いというイメージがあるが、五〇メートル程度な
ら十二分に殺傷力を持った弾が届く。
実を言うと、天狐は距離を詰めるまでもなく初期位置から攻撃は
できた。だが、近づくことで確実に致命傷を与えようと考えたのだ
ろう。
弾丸が破裂し、鉄の雨となってオルトロスに降り注ぐ。
オルトロスは勘だけで横っ飛びに飛んだが、散弾故に躱し切るの
は不可能。何発かをもらい。血まみれになってごろごろと転がる。
﹁あれはいったい﹂
驚愕の表情でマルコはショットガンを放った天狐を見ていた。
﹁俺のユニークスキルで作った武器だ﹂
﹁魔力なんて全然感じないのに、あの威力、驚きだね﹂
﹁魔力じゃなくて科学の力だからな﹂
天狐は、吹き飛んだオルトロスとの距離を詰める。
そして、銃身の下部にとりつけられているポンプをかちりと動か
し、次の弾丸を装填。
66
ほとんどゼロ距離。
そこで再びの射撃。
今度は弾が破裂しない。弾丸はまっすぐにオルトロスの頭に向か
って飛び、首から上を吹き飛ばした。
青い粒子になりオルトロスが消える。
今回使用したのはスラッグ弾。
一言で言えば、大口径の単発弾。その威力は筆舌に尽くしがたい。
装甲車用に開発されたアンチマテリアルライフルの一撃にも匹敵
する。
天狐のもっているショットガンには、散弾とスラッグ弾が交互に
装填されている。
基本戦術としては散弾で足をとめ、スラッグ弾で止めを刺すとい
うものだ。
﹁おとーさん、倒したの!﹂
天狐が誇らしげに手を降っている。
彼女のステータスを見ると、レベルが三に上がっていた。
レベルが五〇のオルトロスを倒したのだから、一足飛びの成長も
理解できる。
﹁よくやった天狐、ほめてやるからこっちにおいで﹂
﹁やー♪﹂
天狐は付属のストラップでショットガンを肩に吊るすと俺に抱き
つき尻尾を振る。
彼女の頭を撫でてやると、尻尾の動きが加速した。
67
マルコが呆れたような顔をして口を開く。
﹁なるほど、確かにこれなら炎適性なんて関係なくぶち抜けるね。
攻撃補正が半端ないね、その武器﹂
この世界では攻撃力という概念がある。本人のステータス+武器
の威力。
すなわち、銃ですら誰が使っても同じ威力ではない。
ただ、銃の攻撃力が高すぎてよほどステータスの高いモンスター
でないと、装備者のステータスが誤差で扱えてしまう。
だからこその、スケルトン軍団だ。銃を使うならランクCだろう
がランクGだろうが変わらない。
﹁メダルだけじゃなくてユニークスキルにも恵まれました﹂
本心からそう思う。
この能力は応用が利く。
﹁これなら、明日にでも︻紅蓮窟︼にいけそうだ。一応念のため、
天狐と君自身がレベル一〇になったらにしよう。今のままだと確か
に勝てるけどランクC以上が相手なら、一発食らえば終わりだから
ね。マージンは持つべきだ。特に二人しかいない今は﹂
彼女の言うとおり、自己と不意打ちは怖い。
勝てるとはいえ、一発食らって終わりという状況での狩りは自殺
行為。
﹁そうさせてもらう。天狐、レベル一〇までは毎日混沌の渦からで
る魔物と戦おう﹂
68
﹁ぶー、天狐は早く強くなりたいのに﹂
天狐は不満のようで頬をふくらませている。
俺は苦笑すると、︻創造︼でキャラメルを作り出し、彼女の口に
放り込んだ。
一瞬天狐はびっくりするが、すぐににやけ顔になって、頬を押さ
えてキャラメルを咀嚼する。
もう、さきほどまでの不満は忘れてしまったようだ。キャラメル
に夢中になっている。
﹁︻創造︼のメダルだけでも驚いたのに、今度は武器作りか。本人
の戦闘力だけじゃなくて、魔物たちの強化に役立つ能力。ほんと、
君はとことん魔王に向いてるよ﹂
﹁俺もそう思う。ちなみに、マルコの能力はなんだ? 俺も自分の
能力を教えたんだ。教えてくれてもいいだろう?﹂
俺の問を聞いたマルコはしばらく考えこむ。
そして、しばらく経ってから口を開いた。
﹁私の能力は、白狼化だね。いたってシンプル。身体能力と治癒力
が跳ね上がる。それだけだ﹂
﹁シンプルだからこそ、いい能力だ﹂
﹁まっ、そうだね。この能力のおかげで一度も負けたことがない。
人間にも魔王にもね﹂
魔王にもという言葉を聞いて少し身構える。
予想はしていたが、魔王同士で戦うことはあるようだ。
﹁︻紅蓮窟︼だけどね、魔物をたくさん増やして、戦力がしっかり
できれば本気で攻略して水晶を壊してみるのもいいかもね﹂
69
﹁どうしてわざわざ、便利な狩場を壊すようなことを﹂
なにせ、魔物を倒すことでレベルもあがるし、間接的にDPも補
給できる。
自由に使えるダンジョンはあったほうがいい。
﹁水晶を壊すとね、水晶の持ち主の魔王のメダルが作れるようにな
る。それを目的として、生きてる魔王の水晶を壊す魔王も居るぐら
いだ﹂
﹁⋮⋮その言葉が本当なら俺は相当やばいな。あっという間に狙わ
れそうだ﹂
﹁だから、君の︻創造︼の情報はしっかり隠しておきなよ﹂
俺は頷いた。
水晶を砕かれても命はあるとしても、魔王の力は惜しい。
それに⋮⋮。
﹁おとーさん、これ甘くておいしいの。もうひとつちょーだい!﹂
﹁ああ、いいよ。ほら﹂
﹁ありがとうなの! おとーさん、大好き!﹂
この子を失いたくない。
水晶を砕かれれば、生み出した魔物は全て消える。
﹁わかった。一度本気で︻紅蓮窟︼の攻略を考えてみる。ただ、不
思議なのはどうして今まで、︻紅蓮窟︼は無事だったんだ? 他の
魔王や人間に破壊されていても不思議じゃないはずだ﹂
マルコは微笑む。
何かを思い出すように空を見上げた。
70
﹁今でこそ、︻紅蓮窟︼は、魔王たちの側近が見切るか、殺される
か、寿命で死んでいなくなったけど、昔は必死に魔王なき︻紅蓮窟︼
を守っている魔物たちが居た。そして、彼らが居なくなってからは、
私が守ってる。水晶を守るために何体か私のAランクの魔物を配置
してるし。他の魔王には、あそこは私のレベル上げのためのファー
ムで、手を出せば戦争だって脅してる﹂
﹁いつでも使える狩場は重要だからな﹂
自分たちの魔物を共食いさせる気にはとてもなれない。
﹁これは半分は建前だよ。確かに、私の可愛い魔物たちのレベル上
げに利用はしてるけどね。もう半分は感傷。あそこの魔王とは仲が
良くて、大事な友だちの生きた証、消えるのは忍びない⋮⋮そのは
ずなのに、不思議と君になら壊されてもいいなって思える﹂
﹁マルコはいいやつなんだな﹂
﹁さて、それはどうだろう。まあ、何はともあれいい加減今日は寝
たほうがいい。不思議と魔王も魔物も睡眠だけは必須だ。天狐とも
ども、レベル一〇になったらサキュバスを通じて連絡してね。そし
たら︻紅蓮窟︼に連れて行ってあげるから﹂
その言葉を最後にマルコは消える。
転送で自らの部屋に戻ったのだろう。
今回はショットガンの実用性、そして魔王の事情。いろいろと勉
強になった。
71
第九話:スケルトン部隊
マルコに︻紅蓮窟︼の話を聞いてから一週間ほど経っていた。
この一週間の間︻創造︼による、武器のストック。レベル上げを
中心に行っている。
そして今も、天狐が戦っているところだ。
危なげなく、ランクCの魔物オルトロスの攻撃を躱して懐に入り、
ショットガン、レミントンM870Pの一撃で屠る。
オルトロスが青い粒子になって消えていくと同時に、天狐の体が
淡く光った。
﹁おとーさん、レベル一〇になったの!﹂
﹁よし、いい子だ﹂
﹁これで、︻紅蓮窟︼にいけるの!﹂
ついに天狐がレベル一〇になり、よほどうれしいのか目を輝かせ
てもふもふのキツネ尻尾を振っている。
俺のほうは一足先にレベル一〇になっていたので、マルコに出さ
れた、俺と天狐がレベル一〇になるという︻紅蓮窟︼を紹介しても
らう条件はクリアだ。
﹁おとーさん、今からいこ。はやく、マルコニアス様のところに行
くの!﹂
天狐は待ちきれないとばかりに俺の手を引く。
一日に三回しか戦えないことにかなりストレスをためているご様
子だ。
72
﹁いや、駄目だ。明日からにしよう﹂
﹁むうう、どうして?﹂
MK416をせっせと作
﹁スケルトンたちの最終調整をやっておきたいんだ﹂
俺は毎日、アサルトライフル M&K
ると同時にDPでスケルトンを9体購入していた。
ここ連日の魔物狩りでDPが六六〇ptほど手に入っており購入
する余裕が出来ていたのだ。
魔王のスキルである魔物収納で十体までの魔物を運べる。
つまり、︻紅蓮掘︼での探索にスケルトンが使えるのだ。
なら、その枠を無駄にすることもないと思い、スケルトンを購入
した。
一体、20DPの激安モンスター。適正レベルが一∼一〇なので、
固定レベルで買っても変動レベルで買っても大差がない。
それならばと変動レベルで買った。変動にした場合レベル二〇ま
でレベルが上がるので多少はマシになるだろう。
ちなみに天狐の場合、適性レベルが七〇∼八〇。変動なら九〇ま
であがる。
﹁スケルトンなんて、弱い魔物いらないの﹂
天狐はどこかスケルトンを苦手にしているところがある。
まあ、女の子だから無理もない。
﹁まあ、確かに弱いな。そのことは否定しない﹂
スケルトンのステータスは散々だ。
73
種族:スケルトン Gランク
名前:未設定
レベル:1
筋力E+ 耐久E 敏捷F 魔力F 幸運G 特殊G
スキル:亡者
天狐と比べること自体がおこがましい。
もともと、スケルトンにはコストパフォーマンス以外気にしてい
ない。
﹁天狐だけで十分戦えるの﹂
﹁そうかもしれないけど、後ろを守ってくれるだけでもありがたい
し、火力は欲しいからね。天狐、一緒に戦うことになるんだ。スケ
ルトンも捨てたものじゃないところを見せるよ﹂
攻撃力が足し算であるこの世界では、持ち主がいくら攻撃力が低
MK416を装備したスケルトンた
くても銃の火力だけで戦力になる。
アサルトライフル M&K
ちはランクB相当の火力がある。
天狐はスケルトンが苦手で彼らの訓練には立ち会わないようにし
てたが、ちょうどいい機会だ。彼らの力を見てもらおう。
﹁︻解放︼スケルトン﹂
異次元に収納していたスケルトンたちを九体呼び出す。
それぞれ手には、アサルトライフルを構えていた。
﹁スケルトンたちよ、おまえたちは俺の訓練でだいぶ戦えるように
なった。今日はその最終訓練だ﹂
﹁⋮⋮﹂
74
スケルトンたちは光のない眼窩で俺を見る。
ただの骨だけあって感情というものがまったくわからない。
一応、俺の命令を聞くだけの知性はあるが、受け答えはできない。
知性が低く戦い方を教えるのは難しく途中で心が折れかけたもの
だ。
それでも、なんとか苦労して三つの命令を教えこむことができた。
﹁総員、構え﹂
スケルトンたちが、俺の指差した目標に銃を構える。
まずは射撃前に目標に狙いをつけること。
今回は、木の棒に鎧を着せたものを的にしている。
﹁総員、撃て﹂
俺の発言と共にスケルトンが射撃を開始する。
タタタタン、タタタタンと小気味のいい音が響く。
スケルトンの持っているMK416はあらかじめ、フルオートで
はなくセミオートモードにしている。
フルオートは、弾丸の給弾と発射を自動でするシステム。つまり
はトリガーを引きっぱなしにすれば連射ができる。
逆にセミオートは給弾のみを自動でするシステム。トリガーをひ
いた数だけ弾がでる。
フルオートをオンにすればスケルトンは弾を考えなしに一瞬で撃
ち尽くす。
理想を言えば、フルオートをオンにして指で切ることでバースト
射撃をさせたかったが、スケルトンにはそんな高等なことは覚えさ
せることはできずに諦めた。
75
﹁総員、やめ﹂
スケルトンがトリガーから手を話して射撃を止めた。
俺が覚えさせたのは、構え、撃て、やめの三つだけ。
なんとか戦えるだろう。
ここまで長かった。最初は銃を鈍器としかみなしておらず、トリ
ガーを引かせるのにも苦労した。
四日かけてようやくここまでものにしたのだ。
まあ、今でも弾倉の交換等の作業はできないので、一戦するごと
に俺が面倒をみないといけない。
だが、その価値はあった。
スケルトン九体による一斉射撃は壮観だ。将来的に自分のダンジ
ョンを持てば、もっと数を増やしてさらに凶悪な部隊を作り上げよ
う。
﹁どうだ、天狐すごいだろ?﹂
﹁おとーさん、そんなに教えるの苦労するならもっと賢い魔物作れ
ばいいのに。天狐と同系統の妖狐、賢いし強いよ?﹂
﹁それはわかっている。だが、高いんだ﹂
Bランクの魔物、妖狐。基本性能が高く、知性も高い。銃なんて
簡単に使いこなせるだろう。
しかし、一体一二〇〇pt。スケルトンが六〇体買えてしまう。
﹁わかったの⋮⋮でも、天狐にはかなり効率が悪くみえる。スケル
トンなんて、一瞬で死ぬ。そしたら教えた時間が全部無駄になるの。
だったら、はじめから死ににくい強い魔物を買うべき﹂
76
それは俺も考えていた。
スケルトンのコストは安い、武器も数がある。
だが、いかんせん教育するための時間というのは、取り返せない。
いや、待てよ。
﹁一体、スケルトンたちを教育するための魔物を作って、そいつに
銃の使い方を教えて、あとはスケルトンの世話を丸投げをすればい
い﹂
考えて見れば簡単だ。
リッチー等と言ったアンデッドを使役するモンスターは多数居る。
そしてそいつらは極めて知性が高く、人語も理解できる。スケル
トンに対する教育だって俺よりよっぽどうまくやるだろう。
今度オリジナルメダルを手に入れたら、アンデッドが作れないか
考えてみよう。
﹁ありがとう、天狐。決めたよ。アンデッドたちの王を作ろうと思
う。アンデッド関係が作れるようなメダルが手に入りしだいだ﹂
それに、確かアンデッドの中には死体を使ってアンデッドを作れ
るような奴も居る。
強い人間や、強い魔物の死体でアンデッドを作れば強力な魔物を
ノーコストで作れる。
夢が膨らむばかりだ。
﹁うううう、天狐、アンデッド苦手。でも、おとーさんが作りたい
なら我慢する﹂
﹁天狐はえらいね﹂
﹁やー♪﹂
77
そうしてスケルトンたちの教育を終えた。
そのあと、マルコにレベル一〇に至ったことを伝え、明日天狐、
そして銃装備のアンデッドたちと︻紅蓮窟︼に向かうことが決定し
た。
78
第十話:︻紅蓮窟︼
﹁それ、君の配下の魔物たちなんだ﹂
どこかひきつった笑みでマルコが言う。
﹁可愛いだろ?﹂
無事レベル一〇まであがった俺と天狐は、サキュバスに転送して
もらいマルコに会いに来ていた。
もちろん、︻紅蓮窟︼まで案内してもらうためだ。
MK416を担いでいて壮観ですらある。
そこにはスケルトン部隊も引き連れている。全員、アサルトライ
フルM&K
無感情なスケルトンと武骨な銃の組み合わせはなかなかいい雰囲
気があっていい。
﹁スケルトンなんかを本気で運用する魔王は初めて見たよ﹂
﹁俺が使えば、スケルトンだって立派な戦力だ﹂
﹁確かにそうだね。その武器があれば使い手はなんでもいい。よく
考えているよ﹂
マルコは一瞬で俺の狙いを読み取っていた。
さすがは熟練の魔王といったところか。
﹁プロケル。天狐一体と、九体のスケルトン。まがりなりにも十体
のフルパーティになったね。生まれたての魔王にしてはなかなかの
戦力だ。これなら安心して送り出せる。でも、くれぐれも油断しな
いように﹂
79
﹁もちろん、わかってるさ﹂
今回はあまり深く潜るつもりはない。
いつかは水晶を壊して、オリジナルメダルを得たいが、さすがに
戦力が揃ってない状態では挑めない。
︻誓約の魔物︼を三体揃え、全員がレベル五〇まで行けば本格的な
攻略をするつもりだ。
それまでは、いつでも引き返せる浅い階層でレベル上げとDP稼
ぎに徹する。
﹁まあ、君は慎重なほうだし頭もいい。無茶はしないだろうさ。念
のためだけどサキュバスを貸そう。サキュバス、彼のおもりを頼む
よ﹂
﹁いいのですか? 私が居なければ居住区からの魔物の転送が出来
なくなります﹂
﹁大丈夫さ、たまにはラーマを働かせる﹂
﹁ラーマ様が動かれるのなら安心ですわ﹂
おそらく、ラーマは種族名ではなく名前だ。マルコが名前をつけ
るぐらいなら強力な魔物なのだろう。
﹁それじゃ、サキュバス。あとは任せた。基本はおもりだけど、万
が一自分の命とプロケルの命を天秤にかけるような状況になれば、
自分の命を優先すること。そこまで追い込まれる状況を作った、プ
ロケルが馬鹿なだけだ。躊躇する必要はない﹂
きついことを言っているが、納得できる。
そもそも、サキュバスを貸してもらえるだけでもありがたい。
ランクBの魔物は貴重な戦力になる。
80
﹁かしこまりましたマルコシアス様。では、行ってまいります﹂
﹁うん、よろしく頼む﹂
主従の会話が終わった。
サキュバスが魔法陣を展開する。
﹁ちょっと待て、サキュバスの転送はダンジョンの外でも使えるの
か?﹂
魔術の展開に集中しているサキュバスではなく、マルコが俺の質
問に答えるために口を開く。
﹁事前に転送用の陣を作っていればね。陣から陣への転送。夢の中
に忍び込むサキュバスの魔法の応用だよ。連れていくのは二人が限
度だけど﹂
便利な力だ。
将来、サキュバスが作れるようなメダルがあれば作ってみたい。
アンデッドを操るリッチ。転送魔術を使えるサキュバス。
どんどん作りたい魔物が増えていく。
﹁︻創造︼の魔王プロケル様、準備が整いました。いつでも跳べま
すわ﹂
﹁わかった。すぐにでも跳ぼう﹂
俺はスケルトンを全員収納し、天狐と二人サキュバスの近くに移
動する。
青い光がサキュバスの呼び出した魔法陣に満ちた。
81
﹁あっ、プロケル、大事なことを言い忘れていたよ。もうすぐ魔王
みんなが集まる⋮⋮﹂
マルコの言葉の途中で転送魔術が始まる。おそろしく内容が気に
なっているなか、俺の体は光に包まれる。
そして、生まれて初めてマルコのダンジョンの外に出た。
◇
﹁暑い﹂
跳んだ先で真っ先に出た言葉がそれだ。
ここは蒸し暑い。︻紅蓮窟︼という名前から想像していたがかな
り気温が高い。
洞窟というより、火山の中に居るような印象を受ける。
土と石に囲まれ、炎の明るさで照らされている。
道幅は広く、三メートル以上はあるだろう。
さっそくスケルトンを展開する、カタカタと音を鳴らしながらス
ケルトンたちが整列した。
﹁おとーさん暑いの?﹂
﹁天狐は大丈夫なのか?﹂
﹁天狐はだいじょーぶ﹂
炎を司る天狐にとって、この程度の熱さはまったく問題ないよう
だ。
﹁私も辛いですわ。だから、ここにはあまり来たくないのです﹂
サキュバスも俺と同じく辛そうだ。
82
ただでさえ薄着なのに、その恰好でぱたぱっと服の裾を引っ張っ
たりするせいで、いろいろ見えてしまって目の毒だ。
ちなみにスケルトン軍団はかたかたと骨を鳴らすだけ。
まったく何を考えているかわからない。
﹁おとーさんも、サキュバスも熱いなら。天狐が涼しくしてあげる﹂
その言葉のとおり急に周囲の温度が下がった。
﹁天狐の魔法か?﹂
﹁そうなの! おとーさん気持ちいい?﹂
﹁ああ、涼しくて気持ちいい助かるよ﹂
天狐は炎の支配者というスキルを持っている。
これの効果は炎属性の魔術の威力上昇極大、消費魔力の減少だ。
そして自らの領域にある炎全てを統べる。
炎魔術は熱量操作が本質であり、こうして下げることもできる。
かなり快適になった。これだと気持ちよく狩りができる。
﹁天狐にお礼をするよ﹂
創造でキャラメルを作る。
すると、天狐が大きく口を開くので、そこにキャラメルを放り込
む。
﹁やー♪﹂
最近、キャラメルにはまっている天狐は幸せそうにキャラメルを
舐めていた。
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そうしていると、サキュバスが俺に話しかけてくる。
﹁一つ先に言っておきますわ﹂
サキュバスが出発を止める。
そして、自分の足元を指さした。
﹁私の転送をマルコシアス様のダンジョン以外で使う場合、あらか
じめ用意した陣から陣にしか飛べません。つまり、マルコシアス様
の領地に帰ろうと思ったら、今、この場に刻まれている陣まで戻っ
てこないといけません。道はちゃんと覚えておくように﹂
﹁わかった気をつけよう﹂
たぶん、普通に外に出ることはできるだろうが、転送なしでマル
コのダンジョンまで歩いて帰るなんて想像もしたくない。
︻創造︼を使い、発信器を生み出す。
さらに、スマホと受信機を︻創造︼。スマホに受信機をセットす
る。
GPSがないので、地図を出すことはできないが、アプリがあれ
ば少なくとも方角はわかる。
一応胸ポケットにスマホを入れ、録画機能をオンにしておく。万
が一の場合は頼りになるだろう。
ありとあらゆる銃の記憶があり、こんなものまで用意できる俺は、
いったいどんな人物だったのか。
なぞは深まるばかりだ。
たぶん、ろくな奴じゃなかったのだろう。
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﹁サキュバス、他に何かあるか?﹂
﹁私からはもう何もないですわ﹂
﹁なら、行こう﹂
﹁やー♪ たくさん敵を倒すの!﹂
準備は万端だ。今度こそ俺たちは歩き始めた。
85
第十一話:スケルトンの弱点
いよいよ初めてのダンジョン探索だ。
魔物を狩るだけではなく、他の魔王が作ったダンジョンの構造は
しっかりと見ておきたい。自分がダンジョンを作るときの参考にな
るからだ。
今の俺の考えでは、第一階層のみは地上に置き、豊かな街を作る。
そして第二階層以降は地下に伸ばしていき、水晶を壊されないよう
に多数の魔物と罠を配置する。
DPは一階層の街に集めた人間たちから得るので、地下の階層は
客寄せのための接待ダンジョンではなく殺意しかないような凶悪な
ものを作る。
緊張感あふれる探索になると思っていると天狐があくびをした。
﹁おとーさん。暇﹂
﹁まあ、そうだな﹂
俺たちは火山の内部のようなダンジョンを歩いている。
岩と土に囲まれた洞窟で、遠くにあるマグマの赤に照らされれい
た。
どんな探索になるかと不安と緊張があったが、それはまったくの
杞憂だった。なぜなら⋮⋮。
﹁ギュアアアアア!!﹂
人間を丸のみできそうな巨大な火蜥蜴が、前方から現れ咆哮をあ
げる。
86
空気がぴりぴりする。肌で感じるのだ。あれはランクC相当の強
さがあると。
しかし、タンタンタンと子気味良い音が響いた。
巨大な炎を口から漏らす蜥蜴は現れた瞬間、スケルトンたちのア
サルトライフルの一斉射撃でハチの巣にされたのだ。
魔物が弱いわけじゃない。Cランクでステータスも悪くない。た
だ、スケルトンたちの攻撃力が高すぎる。
スケルトンはやはり何の表情も見せない。
﹁⋮⋮﹂
スケルトンたちは誇るでもなく、銃を下ろし歩き始める。
冷静に自らの仕事をたんたんとこなす精密機械。その姿は完璧に
プロフェッショナルのそれだった。
スケルトンの射撃回数から残弾数を計算する。まだ弾の補充は必
要ないだろう。
スケルトンたちは自分で弾倉交換できないので弾数管理は俺がし
ている。いくら訓練してもそれは覚えさせられなかった。
そんなスケルトンたちを見て、天狐がぷくーっとほほを膨らませ
る。
﹁また、スケルトンに先をこされたの!﹂
天狐が悔しそうに地団駄を踏んだ。
﹁まあ、仕方ない。射程が違う﹂
スケルトンたちには、構え、撃ての両方の命令をしているので、
87
動くものが見つかれば即座に射撃する。
しかも前方と後方の二組にわけて、それぞれの方向を警戒しても
らっていた。
予想以上にスケルトンたちはよく働き、魔物に会う瞬間に即死さ
せてしまう。有効射程四〇〇メートルは伊達じゃない。
天狐のショットガンは五〇メートル程度の射程。天狐が魔物近づ
く前にスケルトンが倒してしまう。
﹁おとーさん。天狐も戦いたいの!!﹂
﹁スケルトンたちが対処できない魔物が来たときのために力をとっ
ておこう﹂
スケルトンたちが対処できないのは、動きが早く、銃弾をまとも
に当てれない相手や、硬すぎて5.56mm弾では歯が立たない相
手だ。
そうなれば、天狐の出番だ。
天狐ならどれだけ素早い相手でも容易に追いつける。
そして、天狐の持つ、ショットガン、レミルトンM870のスラ
ッグ弾は大口径のライフル弾並の威力がある。
これが通じない相手はほぼいないだろう。
天狐は納得がいってないようだが、とりえあず落ち着いてくれた。
﹁でも、パーティなんてものがあって助かったよ﹂
俺はパーティの存在を教えてくれたサキュバスに礼を言う。
サキュバスがパーティについて教えてくれた。
最大十人で結成可能で、パーティを組んでいる間は得られる経験
88
値は全員で等分。さらにDPは魔王である俺の独り占め。
これを利用しない手はない。
事実、さきほどからスケルトンたちはレベルがあがってるし、天
狐も経験値をきっちり得ている。
スケルトンたちを変動レベルで作ったのは正解だった。このペー
スだとあっという間にレベル一〇は超えそうだ。
視線を感じて振り向くと、サキュバスが俺とスケルトンを交互に
見ていた。
﹁︻創造︼の魔王というだけはありますわ。スケルトンがこれほど
強くなるとは思いませんでしたわ﹂
サキュバスは、Cランクの魔物すら一蹴するスケルトンたちを畏
怖の目で見ていた。
﹁攻撃力だけは、Bランクの魔物並みにあるけどからね。逆に守備
力はそのまま。攻撃を喰らえば一発でお陀仏だ﹂
﹁それだけ遠くまで攻撃が届くなら、攻撃を喰らうことなんてあり
えないのでは?﹂
﹁それはどうかな。不意打ちを喰らうことはあるだろう。まあ、死
んでも懐が痛まないのがスケルトンのいいところでもあるから﹂
死んでも20DPがぶっ飛ぶだけなので対して痛くない。
それもスケルトンのメリットだ。⋮⋮教育の手間を考えなければ。
そう思っていると地面が揺れた。
それもかなり近い。
﹁キュワ!﹂
甲高い鳴き声を上げて、俺たちの陣形のど真ん中の地面から敵が
89
飛び出した。
炎の蛇だ。
奴を注視する。すると名前とランクが脳裏に浮かんだ。レベルが
あがったわかげで魔王の力が強化され相手のレベルだけじゃなく名
前とランク、能力も見えるようになっていた。
ただし、今のレベルだとランクDまでしか見えないし詳細なパラ
メーターは見れない。
種族:フレイム・バイパー Dランク
名前:未設定
レベル:38
スキル:地中移動 火炎 地面から現れた炎の蛇に対してスケルトンは完全に無防備だった。
運悪く炎の蛇の出現場所の近くに居たスケルトンは、太い胴に巻
き付かれ、一瞬でへし折られた。ランクGの防御力は紙のようにも
ろい。
俺は舌打ちをする。ここは陣形の中心、スケルトンに銃を撃たせ
るわけにはいかない。
﹁スケルトンども、やめ!﹂
敵を見つけ次第射撃するように言っていたスケルトンたちに射撃
中止の命令を出す。
そうでもしないと同士討ちになる。
俺は奥歯をかみしめる。防御力がない以外にも、こんな欠点があ
ったのか。
だが、攻撃しないということは敵に好き勝手させること。炎の蛇
は次のスケルトンにとびかかる。
90
﹁させないの!﹂
そんな中、天狐が走る。味方が集中している中でショットガンは
打てないと考え、腰につるしている軍用大型ナイフを引き抜く。
それはナイフといより鉈だ。50cmもの長さの分厚い刀身は光
を吸収する漆黒。
天狐は炎の蛇の首をがっしりと掴みと躊躇なく軍用大型ナイフを
振り上げ、首を切り落とした。
首を失ったが炎の蛇の胴体が、ぴくぴくと動く。
生命力が強い蛇も頭を落とされればどうにもならない。
﹁おとーさん、やったの!﹂
切り落とした炎の蛇の頭を持ったまま、無邪気な顔で天狐は振り
向く。
﹁助かったよ天狐﹂
本当に助かった。
天狐が早急に炎の蛇を倒さなければもう、二、三体スケルトンが
やられていたかもしれない。
炎の蛇が青い粒子になってきえる。
俺が苦労して銃の扱い方を教えたスケルトンも青い粒子に変わっ
てしまった。
﹁これはなんだ?﹂
蛇の死体が完全には消えていない。硬質な牙があった。
それを拾って叩くと、まるで金属のような音がなる。
91
﹁あら、ドロップアイテムですわね﹂
サキュバスが、少し明るい口調で伝えてくれる。
﹁ドロップアイテム?﹂
﹁ええ、運がよければ魔物の魔力が集中している部分が、消えずに
残りますの。長く生きている魔物ほど、ドロップアイテムを落とす
可能性が高いですわ。人間たちの中にはそれ目当てでダンジョンに
挑む方もいます﹂
なるほど、だからマルコのダンジョンではドロップアイテムをほ
とんど見なかったのか。
なにせ、混沌の渦から生まれたばかりの魔物ばかりと戦っていた。
﹁教えてくれてありがとう。それと、スケルトンの運用、ちょっと
考えないとな﹂
一方的にアウトレンジで攻撃しているうちはいいが、今回のよう
に不測の事態が起きて距離を詰められればそのもろさを露呈する。
やはり、指揮官が欲しい。
手足のようにスケルトンを扱える指揮官が。
﹁おとーさん、いい考えがあるの! スケルトンはやめて、妖狐を
作るの! 強いの、話せるの、頭いいの、骨がたくさんより、キツ
ネがたくさんのほうが可愛いの!﹂
﹁⋮⋮まあ、それはおいおいだな﹂
DPが追いつかない。それに、俺は十や二十じゃない。何百とい
う単位の軍団を早急に作りたい。妖狐の値段だとそれは無理だ。た
92
だ、キツネたくさんに興味がないわけじゃない。DPが余るように
なったら考えよう。
それからあとは、ほとんどスケルトン無双で敵を倒しながら初回
のレベル上げは終わった。
訓練を終えたスケルトンを一体失ったのは痛いがいい教訓になっ
た。
この反省を生かす方法を俺は考えていた。
93
第十二話:天狐の妹
︻紅蓮窟︼に通い始めて三週間ほどたった。今日も︻紅蓮掘︼で狩
りをしている。
天狐が洞窟の中を疾走する。敵を見つけたのだ。
目標は空を舞う赤い隼。
もちろん、ただの隼ではないCランクの魔物、火喰い鳥だ。
鋭い嘴と爪で頭上から襲い掛かってくる。
せまい洞窟だというのに、器用に方向転換しながら低空を飛ぶ。
あの火喰い鳥を捕らえるのは困難だろう。
だが、天狐にはあれがある。
﹁無駄なの!﹂
ショットガン、レミルトン M870P。
二種類の弾丸を天狐は使い分ける。今回使ったのは散弾。
武骨な銃身から放たれた弾丸が弾ける。
広範囲に散らばる散弾は、高速で空を飛ぶ赤い隼を容易くとらえ、
翼に弾丸を受け火喰い鳥は墜落する。
そこに、天狐は突進。銃身についているポンプをスライドさせ、
素早く次弾を装填。天狐のショットガンは散弾とスラッグ弾が交互
に入っている。
次に放たれるのは当然、超高威力のスラッグ弾。
胴体にぶち当たり、火喰い鳥の体が四散する。
﹁どう、おとーさん。見てくれてた!?﹂
94
嬉しそうに、天狐はこちらを振り向く。
﹁ああ、ちゃんと見ていたよ。天狐はすごいな﹂
﹁やー♪﹂
天狐はキツネ尻尾を振る。
天狐は狩りが好きだ。こうして体を動かすと機嫌がよくなる。
最近は、スケルトンたちは背後を守るために数体を配置している
だけで、前方は全て彼女に任せてある。
スケルトンたちが、変動レベルで生み出した場合の限界値のレベ
ル二〇に到達してしまったので、経験値を等分するのがもったいな
くなったのでこうしている。
他にも純粋に、天狐の好きなようにさせたいという思いがあった。
﹁そろそろ帰ろうか﹂
﹁わかったの。おとーさん﹂
疲れは判断力を奪う。
ある程度余裕を残したほうがいい。
連日の狩りで、天狐はレベル三一.俺はレベル二九まであがって
いた。
レベル三〇を超えたあたりから、ほとんど天狐はレベルがあがら
なくなっている。サキュバスの話だと高ランクの魔物ほどレベルが
あがりにくい。
おそらく、Cランクが相手ではこれ以上レベルをあげるのが困難
なのだろう。
95
﹁おとーさん、帰ったら美味しいご飯をお願い﹂
﹁任せておけ﹂
レベルがあがって、MP上限が3450まで上がっているのでM
Pの運用に余裕が出来ている。
天狐のわがままを聞くぐらいの余裕はある。
今日はたっぷり英気を養ってもらおう。
﹁いよいよ明日か﹂
﹁どうしたのおとーさん? にやにやして﹂
﹁天狐の弟か妹ができるんだ﹂
メダルを作れるのは一月に一度。
ようやく明日メダルを作る権利が戻ってくる。
﹁天狐の、弟か妹?﹂
﹁うん、︻創造︼のメダルと、マルコからもらった︻土︼のオリジ
ナルメダル。それに、イミテートメダルで魔物を作りあげる。天狐
と同じSランクの魔物が生まれるよ﹂
﹁⋮⋮Sランク﹂
マルコの話を思い出す。ランクAメダル同士なら、三分の二の確
率でAランクの魔物。三分の一でBランクの魔物。
ランクAとランクBなら三分の一でAランクの魔物、三分の二で
Bランクの魔物が生まれる。
創造のAランクを加算すると、ランクがまるまる一つ上がると考
えていい。
つまり、Aランクである︻土︼のオリジナルメダルに、︻獣︼か
︻人︼か︻炎︼のBランクであるイミテートメダルを使えば、Sラ
96
ンクの魔物が生み出せる可能性がある。
俺にとっては可能性があるだけで十分。
︻創造︼は、﹃無数の可能性から、望む可能性を選び取る﹄。つま
りSランクは約束されたようなものだ。
もっとも、オリジナルのAランクメダルに、イミテート側も元が
Aランクのメダルでなければ、Sランク魔物の確率がそもそも存在
しないという制限はある。
⋮⋮ただ、感覚でわかっていることがある。
Sランクは、最上のランクだ。だから、Aに収まらないものは全
てSで括られる。故にSランク内でも能力の格差が存在する。一つ
でもイミテートが混じれば、天狐のような最上位のSランクの魔物
は作れないだろう。
﹁天狐は弟か妹が出来るのは嬉しくないのか?﹂
天狐は浮かない顔だ。
﹁おとーさん﹂
天狐がぎゅっと俺の服の袖をつかんだ。
﹁どうしたんだ、天狐?﹂
﹁もし、天狐より強い魔物が生まれたら、天狐のこといらなくなっ
ちゃう?﹂
不安そうな顔で天狐は俺の顔を上目遣いで見る。
若干涙で潤んでいた。
馬鹿だな、そんな心配いらないのに。
97
﹁約束する。絶対そんなことはない。俺は天狐のことが大好きだか
らね。天狐より強い魔物が出来ても天狐のこと、いらないなんて思
わない﹂
彼女を抱き寄せ、頭をぽんぽんとする。
すると、天狐は俺に体重を預けてきた。
ずる賢こくて打算的なところはあるが、天狐は寂しがりで幼い。
そしてとびきりの甘えん坊だ。
﹁やー♪ おとーさん、約束なの﹂
天狐が顔をあげて念を押す。
﹁ああ、わかった約束する﹂
そう言うと、天狐がほほにキスをした。
﹁天狐!?﹂
﹁約束のキスなの。おとーさん、絶対の絶対の約束なの!﹂
キスをした天狐本人もすごく恥ずかしかったのか、顔を真っ赤に
して、俺から離れ速足でサキュバスが用意してくれてある転送用の
陣に向かって歩いていた。
◇
マルコのダンジョンに用意されてある俺たちの家に戻ってから、
ご飯を天狐と二人で食べる。
スケルトンたちは︻収納︼している。
98
彼らが居ると部屋がせまくなるのだ。
少し、気まずい。天狐はまだお昼のキスで照れている。
大好物のステーキを︻創造︼したのに、食事のペースが遅い。
そんななか、天狐は口を開いた。
﹁おとーさん、今回はどんな魔物を作るの?﹂
若干、声音が震えてる。
彼女なりに場の空気を和ませようと必死なのだろう。
﹁そうだね、最初はアンデッド系の上位モンスターを作ろうと思っ
ていたんだ﹂
スケルトンを鍛えるのはなかなか骨が折れる。
知性が高く、スケルトンを意のままに操れる高位の魔物を呼び出
すことができれば、今までより楽に、なおかつ効率的にスケルトン
たちの訓練ができると考えていた。
﹁その言い方、アンデッド系はやめたの?﹂
﹁ああ、なにせ手元にあるオリジナルは土だけだからね。イミテー
トと︻創造︼の追加属性だと厳しそうだなって﹂
︻土︼とアンデッドは相性は悪くはないが、ぴったりというわけで
はない。
なら、もう少し待ってアンデッドと相性がいいメダルが手に入る
のを待つべきだと考えたのだ。
﹁そうなの、なら何を作るの? 天狐の弟か妹だから可愛いのがい
いの﹂
99
天狐がのってきた。
だんだん、照れが消えてきた。いい調子だ。
﹁鍛冶を任せられるドワーフを作ろうかなって思うんだ。︻土︼と
ドワーフは相性が抜群だ。それに、︻人︼のイミテート。最後に︻
創造︼を︻錬金︼に変化させる﹂
︻錬金︼の存在はマルコから聞いている。
有用そうなメダルの情報は可能な限り教えてもらっている。必ず
今後どんな魔物を作るかの指針になるからだ。
俺は、︻土︼、︻人︼、︻錬金︼を使った、最高位のドワーフを
呼び出すつもりだ。
﹁なんでドワーフ? そんなに強くないの﹂
﹁まあ、戦闘特化ではないな。期待してるのは鍛冶の能力だ﹂
﹁おとーさんの武器、十分強いよ?﹂
﹁ああ、十分強い。だけど、その上を見たいと思わないか? 例え
ば天狐の、ショットガン、レミルトンM870はね。もっと火薬量
が多くて大きな弾丸に変えれば攻撃力が跳ね上がる﹂
﹁うわぁ、素敵なの! 天狐、そのショットガン欲しい!﹂
新しいおもちゃを想像して天狐が目を輝かせる。
俺は苦笑する。
﹁天狐、ショットガンの場合、弾のサイズはゲージと呼ばれる。数
字が小さいほど口径が大きく威力があがる。レミルトンM870P
の標準規格は、一二ゲージ。だが、弾は四ゲージ∼二八ゲージ存在
するんだ。四ゲージと一二ゲージだと、威力が三倍違う。だが、残
念ながら、レミルトンM870だと一二ゲージしか使えないし、俺
100
の記憶には、四ゲージに対応したショットガンはない﹂
四ゲージは相当特殊な弾だ。一二ゲージは直径18.1mm。だ
が4ゲージは25.2mm。1.5倍程度の大きさ。
熊やトドを相手にするときでさえ一〇ゲージ。戦車でもぶち抜こ
うなんて気構えがないと四ゲージなんて使わない。
﹁残念なの。四ゲージ、威力三倍、撃ちたいの﹂
﹁天狐は残念がっているが、そんなもの存在しないのは当たり前だ。
反動が強すぎて使い物にならないからね。人には使えない﹂
﹁天狐なら大丈夫なの。天狐は力持ち﹂
天狐のいう事は正しい。
魔物の筋力なら、四ゲージだろうが使いこなせる。
﹁天狐が大丈夫でも、銃自身が耐えられないからな﹂
四ゲージが使われていたのは、現在主流となっている無煙火薬で
はなく黒色火薬が主流だった時代。
無煙火薬は黒色火薬よりも威力が高く、無煙火薬で作った四ゲー
ジに耐えられる銃は存在しないだろう。
﹁銃は根性がないの。もっと頑張って欲しいの﹂
天狐が頬を膨らませて、無茶を言っている。
気持ちはわからなくない。
﹁付け加えて、そもそも四ゲージの弾丸なんて実物は俺の記憶にな
いし︻創造︼できない﹂
101
作られてないのだから存在しなくて当然だ。
﹁おとーさんの意地悪。期待して損したの﹂
﹁いや、諦めるのはまだ早い。。俺の︻創造︼では作れないってだ
けだよ。もし、凄腕の鍛冶師が居たら、俺の︻創造︼で作った銃を
分解して構造を調べて、四ゲージ対応に改造したり、四ゲージ弾を
作れる。それに、この世界には、魔法の金属がある。魔法の金属で
弾丸を作れば弾丸そのものの威力があがる、魔法の金属で銃を作れ
ば、四ゲージに耐えられる銃が作れるかもしれない﹂
それこそが俺の目的。
武装の性能の底上げ。
さらに欲を言うと、俺の︻創造︼に頼らない武器の量産。
スケルトンたちの性能は連日のレベル上げで認識した。
なら、その先を目指すのだ。
﹁わかったの。それだとドワーフが最適なの! 天狐のショットガ
ン、もっとすごいのにしてもらう!﹂
天狐は立ち上がり、もふもふのキツネ尻尾をピンっと伸ばす。
お気に入りの玩具の新たな姿に期待をしているようだ。
それは俺も同じだ。
今から、新しい仲間であるドワーフ。そして、新たな武器に想い
を馳せていた。
102
第十三話:エルダー・ドワーフ
次の朝になった。
天狐が俺の腕に抱き着いて眠っていた。昨日の約束からよりいっ
そう懐いてくれたように思える。
天狐は子供っぽいパジャマを着ている。︻創造︼で作ったものだ。
よく似合っていて大変可愛らしい。
﹁おとーさん。大好き﹂ふ
寝言でかわいいことを言ってくれる。
ほほを指でつく。ぷにぷにもちもちとしていて気持ちいい。次は
キツネ耳を軽くつまむ。表面の柔らかい毛と、くにくにとした耳の
感触。これもたまらない。
これは俺の日課だ。
たっぷりと天狐を楽しんだ後、体を起こす。
すると、天狐も起きた。目をごしごしこすり、寝ぼけながらにま
ーっとした笑顔を浮かべ⋮⋮。
﹁おはよう。おとーさん﹂
そう言った。
こういう何気ない仕草がたまらなく愛おしい。
天狐が体を寄せてきてもふもふ尻尾を擦り付けてくる。
﹁おはよう。天狐﹂
103
俺は返事をしながら、次に生まれる子も天狐のような素敵な子だ
といいのにと祈っていた。
◇
﹁でっ、どうしてマルコがここに居る?﹂
新しい魔物を生み出す際、何かの手違いで巨大な魔物や危険な魔
物が生まれるかもしれない。
それに備えるために開けた場所に出るとマルコとサキュバスが居
た。
それも妙に立派な、机と椅子を並べて優雅なティータイムを満喫
している。
﹁君がそろそろ新しい魔物を作るころだと聞いてね﹂
﹁聞いたからと言って、見にくる理由にはならないだろう﹂
﹁なるよ、Sランクの魔物なんて最高の娯楽、この人生に飽き飽き
した大魔王マルコシアス様が見逃すはずがない﹂
それを人は野次馬という。
魔王として正しい反応をするなら、自分の手の内を隠すために魔
物の情報は見せるべきではないだろう。
だが、これだけ世話になっているマルコ相手に隠し事をする気に
はなれない。
﹁好きにしてくれ﹂
﹁うん、好きにする。一月後には︻夜会︼だからね。ここで幹部を
もう一体作っておくのは私も賛成だな﹂
104
自分の表情が引きつるのを感じた。
﹁なんだ夜会って?﹂
そういえば、初めて︻紅蓮窟︼に行く日にマルコが何かを言いか
けていたのを思い出した。
﹁魔王たちの集会だよ。全ての魔王が一同に集まるんだ。今回の主
美味しい
話。絶対に無
役は君たちだね。もっとも新しい十体の魔王である君たちの顔見せ
をやるんだ﹂
やっぱりそうか。
他の魔王が一堂に集まる機会。こんな
駄にはできない。
オリジナルメダルを得るいい機会だ。
ずっと、俺は考えていたことがある。他の魔王とあったときオリ
ジナルメダルを得る方法をだ。
例えば、︻創造︼で作れる物の中に他の魔王がオリジナルメダル
と交換してでも欲しいものがあるのではないか?
また、自分のメダルのランクがAの魔王ならともかく、メダルの
ランクがBの魔王ならBランクの魔物を生み出すのがせいぜいのは
ずだ。そいつらになら、イミテートで作ったBランク複数枚との交
換をもちかけられるのではないか?
そういった案がいくつかある。
なにせ、今回のドワーフの合成ですべてのオリジナルメダルを使
い切る。︻誓約の魔物︼を三体揃えるためには最低一枚のオリジナ
ルメダルを手に入れておきたい。
105
﹁そういうことはもっと早く言って欲しかった﹂
﹁ごめんごめん、いや私も忘れていてね。一度は言おうとしたんだ
けどね。ほら、初めて︻紅蓮窟︼に行くときにさ﹂
それを言われると辛い。
俺もちゃんと聞いておくべきだった。
﹁わかった。そのことはもういい﹂
﹁いやにものわかりがいいな﹂
﹁マルコが俺の味方だってことはわかってるからな﹂
俺の言葉を聞いてマルコは微笑を浮かべる。
心を見透かされているようだ。
﹁雑談はこれぐらいにさせてもらう。今から俺は魔物を作る﹂
強く宣言して精神を集中する。
マルコも天狐もこちらを見ている。
マルコの目には期待が、天狐の目には期待と少しの不安があった。
俺を新しい魔物にとられてしまうという不安が消えていないんだろ
う。
俺は苦笑しつつも、魔物作りを始める。
魔物を作る第一ステップ。
﹁︻流出︼﹂ 力ある言葉を呟くと手に熱がこもり、︻創造︼のメダルが生まれ
る。俺の力の象徴。
106
次だ。
DPを使い、︻人︼のイミテートメダルを入手。本来Aランクの
︻人︼のランクが下がり、Bランクとして顕現。
さらに、マルコからもらった︻土︼を取り出す。
手の平に︻人︼、︻土︼、︻創造︼。三つのメダルがそろう。
それらを強く握りしめる。
さあ、はじめよう。
﹁︻合成︼﹂
握りしめた拳に光が満ちる。
手を開くと、光が漏れ、光の中にシルエットできた。
︻土︼のオリジナルメダルと︻人︼が一つになり方向性が決まって
いく。 そこに︻創造︼の力が働く。
俺が望むのは︻錬金︼。
この世の理を知り、その先に行くもの。
土と炎と共に歩むもの。
︻土︼と︻人︼だけでは持ちえない、深い知識と知性を得て魔物が
生まれる。
その道筋を俺が導く。
すべてランクAのメダルを使った天狐のときとは違い、この子に
はランクSになる可能性も、ランクAになる可能性もある。
ランクSの可能性を引き寄せていく。
さらに、レベルは固定ではなく成長できる変動を選択。レベル上
107
限があがるし、同レベルになったさい変動のほうが強くなる。
よし、完璧。
あとは、生まれるのを待つだけ。
光の中のシルエットが濃くなる。
魔物の心臓の音が聞こえてくる。
よし、完成だ。
光が止み、新たな魔物が生まれた。
﹁マスター。はじめまして﹂
魔物は無機質な声音で話しかける。
見た目は美少女だ。
銀色の髪、身長が百四十にも届かないような凹凸がなく可憐な肉
体。だが、アイスブルーの目からは確かな知性を感じる。
﹁はじめまして。俺が君を生み出した魔王。︻創造︼の魔王プロケ
ル。早速で悪いが君の種族を教えてほしい﹂
﹁イエス。マスター。私はエルダー・ドワーフ。ドワーフの到達点。
星の叡智を持ち、万物を使いこなし、至高の武具を生み出すもの﹂
淡々と、エルダー・ドワーフは言葉を連ねる。
クールな見た目に削ぐわない声音と口調だ。
彼女のステータスを見る。
種族:エルダー・ドワーフ Sランク
名前:未設定
レベル:1
筋力A+ 耐久S 敏捷C 魔力A 幸運B 特殊S
スキル:星の叡智 万物の担い手 白金の錬金術師 剛力無双 真
108
理の眼
天狐に比べればステータスは低いが、十分高水準。
特筆すべきはスキル。
どれも鍛冶に必要なものが揃ってる。
特に、星の叡智と、万物の担い手のスキルは規格外と言っていい。
なにより、︻創造︼との相性が最高だ。
俺の望んだとおりの魔物。いや、望んだ以上の魔物だ。
﹁期待しているぞ、エルダー・ドワーフ﹂
﹁マスター、よろしく。マスターに材料を揃える甲斐性があるなら、
私は最高の武具を作り続ける﹂
しっかりと握手をする。
これから、彼女が居れば俺の︻創造︼で生み出した武器は飛躍的
に強くなるだろう。
﹁また可愛い少女。プロケルって、︻創造︼の魔王じゃなくて︻ロ
リ︼の魔王じゃないかな﹂
背後からひどく失礼な言葉が聞こえたが、きっと気のせいだ。
109
第十四話:エルダー・ドワーフの実力
新たな魔物が生まれた。
Sランクであり、ドワーフの最上位、エルダー・ドワーフ。
もちろん三体しか選べない︻制約の魔物︼の候補である。
見た目は、身長が低くツルペタな銀髪美少女。
﹁マスター、マスターに工房と金属を要求する。工房は静かな環境
がいい。研究に没頭したい﹂
生まれたばかりでさっそくの要求だ。
きつい性格というよりも、一つのことに夢中になって周りが見え
ないタイプだ。
﹁一応、聞こう。なんのために?﹂
﹁鍛冶師として至高の剣を作るため﹂
エルダー・ドワーフは、淡々と告げる。
鮮やかなアイスブルーの瞳と銀髪が彼女のクールな印象をより強
くしていた。
ドワーフと言っても小柄なだけで、見た目はほとんど人間と変わ
らない。
強いて言うならかわいそうなぐらいにぺったんこなところが特徴
だ。
﹁むう、ダメなの。剣を作るんじゃなくて、天狐のショットガンを
強くするの!!﹂
110
そこに天狐が割り込んできた。
手にはレミルトン M870P。彼女は自分の玩具がより強くな
ることを期待している。
﹁そんな棒切れにかかわっている時間はない。⋮⋮いや、待って、
それ、面白そう﹂
エルダー・ドワーフの目の色が変わる。
あっと言う間に天狐からレミルトン M870Pを奪い取る。
ドワーフのスキルに︻真理の眼︼というものがある。それはあり
とあらゆるものの性能と構造を見抜く神の眼だ。
それで、レミルトン M870Pの秘めた力を見抜いたんだろう。
天狐が油断していたとはいえ、天狐から銃をかすめ取るなんて芸
当、彼女自身のスペックの高さがうかがえる。
﹁ああ、天狐のショットガンを返して!﹂
涙目になった天狐を無視して、エルダー・ドワーフは、シャコン
っとポンプを動かし装填。
空に向かって発砲した。
﹁この、武器面白い。研究のし甲斐がある﹂
そして、とてもいい笑顔を浮かべた。
俺は確信する、ああ、こいつダメな奴だと。
﹁いいから、返すの! 天狐のショットガンにひどいことしたらだ
めなの!﹂
111
﹁ひどいこと? それはあなたが現在進行形でしている。この子、
手入れがずさんで、傷んでる。このままだと壊れる﹂
﹁うっ﹂
天狐が言葉に詰まる。
一応、俺は手入れの仕方を教えたが天狐の手入れは雑だ。定期的
に俺も見ているが、最近は天狐にまかせっきりだったと思い出す。
﹁私がこの子を癒す。そこで見ていて﹂
エルダー・ドワーフは、なんと素手でショットガンを部品一つ、
一つ単位にまで分解する。
おそらく、魔法でも使っているのだろう。
ドワーフのスキルである︻白金の錬金術師︼は、ありとあらゆる
金属を加工・操作する魔法が使えるのだ。
パーツの一つ一つを洗浄。そして天狐のポシェットに手を突っ込
んで、メンテ用のオイルを手に入れると、丁寧に油を塗り、一瞬に
して組み立て直す。
この一連の流れを一〇秒程度でやってのけた。
さすがは、鍛冶を得意とするドワーフの最上位種族だ。
﹁これで元気になった。構造も把握した。もう必要ない。返す﹂
エルダー・ドワーフは天狐にショットガンを返す。
相変わらずの無表情だが、どこか上気して満ち足りている。
﹁ありがとうなの﹂
112
天狐は、戻ってきたショットガンがきれいになったことは素直に
認めてお礼を言った。
﹁礼を言ってもらう必要はない。構造を把握するついでにメンテし
ただけ。ところであなたは誰?﹂
エルダー・ドワーフは今更ながら天狐に問いかける。
﹁天狐は、天狐なの! おとーさんの娘で、おとーさんの次にえら
いの!﹂
えっへんと天狐は胸を張った。
﹁わかった。あなたから恐ろしく強い力を感じる。魔物の筆頭であ
ることを理解した﹂
﹁天狐は、エルダー・ドワーフのお姉ちゃんなの。妹は、お姉ちゃ
んのいう事を聞かないといけないの!﹂
﹁把握。魔物の筆頭たるあなたの命令には従う。ただし、私の研究
の邪魔になった場合は排除する﹂
﹁いい心がけなの!﹂
お姉ちゃんぶって、どんどん、調子に乗る天狐と、一見従順に見
えつつ、さらっと怖いことを言うエルダー・ドワーフ。
少し頭が痛くなってきた。
﹁ねえ、プロケル。君の魔物ってすごいね﹂
﹁言わないでくれ﹂
マルコが笑いを堪えながら話しかけてくる。
そんな魔王たちの気持ちも知らずに、俺の魔物たちは盛り上がっ
113
てる。
﹁エルちゃんはなかなか、見どころがあるの﹂
﹁エルちゃん?﹂
﹁エルダー・ドワーフはながいからエルちゃんなの! おとーさん
が名前をくれるまでそう呼ぶの! 教えてもないのにショットガン
を使って見せたところもすごいの﹂
﹁私のスキル︻万物の担い手︼の力。ありとあらゆる、武器、道具
を使いこなせる﹂
かなり便利な力だ。俺の︻創造︼で生み出すもののすべてを使い
こなせるのは大きい。
おそらく、バイクや車等も、エルダー・ドワーフは使いこなせる
はずだ。
﹁その調子で、天狐のために強い武器を作るの!﹂
﹁天狐の武器、ほぼ理想形。それ以上強くするには、強い金属が必
要。できればミスリルがいい﹂
このドワーフ、性格はともかく腕は一流だ。
さっそく材料さえあれば、今見たばかりのショットガンをより強
くできると言い切っている。
﹁おとーさん、おとーさんの魔法でミスリル出して!﹂
天狐が目を輝かせてこちらに来た。
だが、俺はその期待には応えられない。
﹁悪い。俺の︻創造︼は魔力が通っているものは作れない﹂
114
ミスリルは魔力が宿っている。
そもそも、俺は実物を見たことがない。
﹁残念なの﹂
﹁あっ、それならうちの鉱山エリア使っていいよ。ダンジョンにあ
る鉱山は、魔王の力に比例していい鉱石が手に入る。最強の魔王で
ある私のダンジョンだ。ミスリル、アダマンタイト、運が良ければ
オリハルコンまで採掘できる。客寄せのために作ったけど、結局不
人気で腐らせてるから遠慮することはない﹂
そこに助け船が現れた。
﹁ダンジョンの部屋にはそんなものまであるのか?﹂
﹁たいていのものはあるね。君も、エルダー・ドワーフなんて規格
外が居るなら、自分でダンジョンを作るときに用意するのもいいか
もね﹂
それはまじめに検討しよう。
エルダー・ドワーフの武器生産には必須だ。
魔王の書で値段を確認すると、五〇〇〇DP。ランクBの魔物五
体分。
十二分に元はとれるだろう。
﹁じゃあ、堀りに行くか。エルダー・ドワーフの力もみたいし﹂
俺がそう言って振り向くと。
﹁我は命じる。応えよ。土よ。︻器人創造︼﹂
やる気まんまんな顔をした、エルダー・ドワーフが地面に手を当
115
て、魔術を起動していた。
土が盛り上がり、人の形⋮⋮いや、身長二メートル程度のがっし
りと体付きのゴーレムが生まれる。
さらに両手をパンと合わせると、手の平に、赤い宝石が出来てい
た。
その赤い宝石をゴーレムの中に差し込む。
ゴーレムの眼が輝き。動き出した。
ご丁寧に、石でできたつるはしを持っている。鉱山を掘る気まん
まんと言ったところか。
﹁エルダー・ドワーフ。一応聞くがそれはなんだ?﹂
﹁私の魔法。ゴーレムを生み出す︻器人創造︼。材料にした鉱物の
力によって、Fランク∼Bランク相当のゴーレムが作れる。この子
はただの土だからFランク程度﹂
俺はごくりと生唾を呑んだ。
﹁それは、魔力がある限りいくらでも作れるのか? 稼働時間は?﹂
﹁体のほうはいくらでも作れるけど。コアの魔石は一日一回だけし
か作れない。稼働時間は無限。周囲のマナを取り込んでいくらでも
動く﹂
その言葉を聞いて、エルダー・ドワーフの評価を二段階ほど上方
補正する。
スケルトン以上に効率のいい兵力の増加が可能かもしれない。
﹁そのゴーレムはどれほどの知性を獲得できる﹂
﹁どこまででも、私のプログラミングした通りに動く﹂
116
﹁天狐の持っていた武器は銃と言うんだが、それを使うことは可能
か?﹂
﹁サイズ的に無理﹂
もともと人間を想定して銃は作られている。
さすがに、この巨大な指でトリガーは引けないだろう。
﹁そうか、残念だ﹂
俺がそういうと、ただ⋮⋮とエルダー・ドワーフは続けた。
﹁材料さえ揃えば、私ならゴーレムの大きさに合わせて改造できる﹂
恥ずかしい話だが、少し震えた。
このサイズと、ゴーレムのパワーがあれば、重機関銃をアサルト
ライフル感覚で使えるかもしれない。
ただ、あれは四〇キロ近いからレベルをあげてMPを増やさない
と呼び出せない。もう少し後になるだろう。
﹁何はともあれ、まず鉱山に行こうか。材料を集めないとな。エル
ダー・ドワーフ。悪いが、二つ頼みたい。材料が集まれば、最優先
で天狐のショットガンを強化して欲しい。二つ目だが、毎日必ずゴ
ーレムを一体作ってくれ﹂
﹁了解した。マスター﹂
エルダー・ドワーフは頷く。
無感情だが、喜んでいるのがわかる。武器の改良は彼女の趣味な
のだろう。
﹁マスター、紙とペンが欲しい。設計図を起こしたり、強度を含め
117
たさまざまな計算に必要﹂
紙とペン。
︻創造︼で作ることは容易い。
だが、俺の記憶にはもっといいものがある。
﹁︻万物の担い手︼なら、これも使えるはずだよな?﹂
俺が︻創造︼で作ったのは、ノートPCだ。
エルダー・ドワーフの︻万物の担い手︼は、ありとあらゆる道具
を使いこなすスキル。
それは電子機器でも変わらないと予想した。
ついでにガソリン式の発電機も呼び出しておく。
エルダー・ドワーフは、恐ろしい勢いでノートPCに飛びつき、
製図ソフトと計算ソフトを立ち上げて、銃の改良案の設計を始めた。
やはり、完全に使いこなしてる。
﹁この道具いい、すごくいい。これがあれば設計の質も効率も跳ね
上がる。マスター、あなたは最高のマスター﹂
もう、エルダー・ドワーフはノートPCに夢中だ。
鉱山に行くなんてことは頭から吹き飛んでる。
﹁しょうがない。エルダー・ドワーフ。ゴーレムを借りる。鉱山で
の採掘は俺たちでやっておくから、おまえは設計に集中しろ﹂
﹁感謝するマスター。これほどのものを前にして、おあずけなんて
できるはずがない﹂
そうして、エルダー・ドワーフを家に残し、俺たちは鉱山で採掘
に明け暮れた。疲れ知らずのスケルトンたちや、ゴーレムの活躍で、
118
ミスリルが相当量とれた。
これで、天狐のレミルトン
M870Pは生まれ変わるだろう。
119
第十五話:戦力増大!
いよいよ、魔王たちが集まる︻夜会︼の前日になった。
エルダー・ドワーフが来てから一月ほど経っている。その間は、
ゴーレムの量産、武器の開発、鉱山での金属の備蓄、レベル上げ、
多忙を極めた。
俺、天狐、エルダー・ドワーフが︻紅蓮掘︼にもぐり、その間に
ゴーレムとスケルトンがひたすら採掘すると言った分担だ。
手元には新たな︻創造︼メダルがある。一か月経ったことにより、
作れるようになったのだ。
ただ、︻創造︼メダルの制約上、他の魔王のオリジナルメダルが
ないとどうしようもない。
﹁壮観だな﹂
﹁マスターの注文通り、毎日作れるだけ作った﹂
銀髪ツルペタ美少女のエルダー・ドワーフが無感情に呟く。
俺たちのために用意された家の裏側に、ゴーレムたちが鎮座して
いた。
その数、ざっと三〇体。
Fランク相当のストーンゴーレムが五体
Eランク相当のアイアンゴーレムが一〇体
Dランク相当のシルバーゴーレムが一〇体
Cランク相当のミスリルゴーレムが五体
といったバランスだ。ミスリルは強力な武器を作るためにいくら
120
あっても足りないのでゴーレムにはあまり使わない、ほとんどが銀
と鉄でできるアイアンゴーレムとシルバーゴーレムたちだ。
﹁助かる。こいつらは、重火器を装備してるしいい戦力になる﹂
ゴーレムたちは三メートルを超える巨体かつ、力がある。
カリバー.50︵改︶
なので、重火器をゴーレム仕様にエルダー・ドワーフが改造した
D2
ものを装備していた。
ブローリング
全長1560mm。重量38.0kg。口径12.7mm×99。
ベルト給弾式 一帯110発 発射速度650発/分。有効射程2,
000メートル
重機関銃の歴史的傑作銃。カリバー。設計されて八〇年の年月が
流れ、なお最優。圧倒的な火力と信頼性。
重量は40キロ近くあり、レベルをあげてMPがあがりようやく
︻創造︼できるようなったばかりのものだ。
最近創造できるようになったばかりで、まだ五丁しかない。
口径12.7mmというのはアサルトライフルの二倍以上の口径
だ。
その威力は筆舌に尽くし難い。これで撃たれた人間は、風穴があ
くどころではなく、ミンチになる。
そんなふざけた威力の弾丸が雨あられと降り注ぐ。
本来車両に設置するようなものだ。間違っても歩兵が携帯するも
のではない。だが、そんな化け物を軽々とゴーレムたちは運用でき
る。
121
﹁マスター。防衛戦には向いているけど、攻撃には向かない﹂
ただ、弱点がないわけではない。
俺の生み出した魔物ではないので︻収納︼することができない。
つまり、ゴーレムたちは自分で目的地まで移動する必要がある。
ゴーレムたちの足はけして早くないので、攻め辛い。移動速度は
スケルトンにも劣るのだ。
だが、拠点防御の際にこれ以上便利な存在はいないだろう。
﹁わかってる。こいつらは最強の盾だよ﹂
基本的に俺のダンジョンでは、攻めのアンデッド軍団。守りのゴ
ーレム軍団と考えている。
﹁それより⋮⋮、天狐の武器はできたのか﹂
MK417の知識、ドワーフの勘、天狐の要
﹁完璧、最高のものができた。ショットガンの構造分析、マスター
が私にくれたM&K
望。全部を使って仕上げた。最高の逸品﹂
MK417
MR762A1
エルダー・ドワーフにはアサルトライフルを用意した。
M&K
全長905mm。重量4.25kg。装弾数20発 口径7.6
2mm×51。発射速度600発/分。有効射程400メートル
スケルトンのMK416の7.62mm弾を採用したバージョン
だ。
スケルトンであれば、反動が少ない5.56mm弾ではないと扱
いが難しく、スケルトンの射撃の腕では、装弾数が多いことが重要
視される。5.56mmは小さい分、装弾数が多いのだ。
122
だが、エルダー・ドワーフの筋力であれば7.62mm弾を使う
MK417でも十分に使いこなせるし、MK416に比べて装弾数
が減るのも許容できる。
だからこそ、威力の高いこちらを渡していた。
エルダー・ドワーフは天狐のレミルトンM870Pを強化する際、
この銃から得た技術をも利用している。
﹁おとーさん、すごくいいの、新しいショットガン! すごく強い
し、連射できるし、最高なの! エルちゃん、ありがとう!﹂
離れた場所で試射をしていた天狐が戻ってきた。
かなり上機嫌でエルダードワーフに抱きつく。
自らの武器が圧倒的にパワーアップしたので、喜ぶのも当然だろ
う。
﹁エルダー・ドワーフ。レミルトンM870Pの改良点を教えても
らっていいか?﹂
﹁了解したマスター。まず、材質をミスリル合金にしたことによる、
強度の上昇・軽量化。物質的な強度の他に、ドワーフのエンチャン
トをフルに活かした﹂
そう、ドワーフは物質を魔術的に強化する。
ミスリルもただのミスリルではなく、様々な金属と合わせたミス
リル合金で、強度と粘りが増している。
﹁次に、弾丸を一二ゲージから四ゲージに変えたことによる火力の
上昇。また、弾丸のパウダーにミスリル・パウダーを混ぜている。
ミスリル・パウダーは魔力を蓄積する性質がある、天狐が魔力を込
めることで威力が上昇する。一二ゲージ通常弾と、四ゲージミスリ
123
ル弾では威力が五倍違う⋮⋮反動を抑える機能もつけたけど、こん
な化け物を扱えるのは天狐ぐらい﹂
弾丸の威力が跳ね上がったのは喜ばしい。
だが、いい点ばかりではない。
魔力を使用することにより、俺の︻創造︼で弾丸が作れなくなっ
ている。
もっとも、通常火薬を使った四ゲージ弾も、エルダー・ドワーフ
が完成させており、そちらは魔力が流れず、しっかりと記憶したの
で︻創造︼で作れる。
﹁ほかには、MK417を参考にして、セミオート機構を採用した。
反動を利用して次弾を装填する。弾倉交換も可能にしてある﹂
レミルトンM870はポンプアクションで、毎回弾の装填にポン
プを動かす必要があったが、セミオート機構によって自動で次弾が
装填される。
つまり、連射が可能だ。
さらに、レミルトンは弾丸を一発一発込装填する必要があったが、
弾倉を取り付けるように変更したおかげで、弾倉を交換することで、
まとめて弾丸が補充できる。
﹁すごいな。だが、一回り大きくなったか﹂
﹁それは仕方ない。弾丸の大型化、弾倉の採用。セミオート機構。
どれも大型化につながっている﹂
﹁まあな。若干取り回しは悪くなるが、いい改造だ。よくやったな
エルダー・ドワーフ﹂
124
俺はエルダー・ドワーフの頭を撫でる。
エルダー・ドワーフはすまし顔だが、ほんの少し口の端が上がっ
ている。
実を言うと、この子も天狐と同じ甘えたがりだ。撫でると喜んで
くる。
俺は褒めて伸ばすタイプの魔王なので、機会があれば積極的に頭
を撫でている。
この子の面白いところが、普段マスターと呼んでるくせに、たま
に父さんと呼んで、顔を赤くして取り乱すことがあること。
この前、天狐やエルダー・ドワーフを甘やかす俺を見て、マルコ
は︻ロリ︼の魔王と言ったが、はなはだ心外だ。俺はただ、彼女た
ちを喜ばせたいだけだ。
﹁いよいよ明日、魔王たちが集まる︻夜会︼がある。天狐の武器が
完成してよかったよ﹂
俺は小さくつぶやく。
マルコはそれまでにできるだけ、戦力を整えろとアドバイスをし
てくれた。
実際に何があるかを教えるのはルール違反らしく、それ以上の情
報は持っていない。
﹁何があっても。おとーさんは天狐が守るの﹂
﹁私もマスターを守る。マスターが居ないと研究がすすまない﹂
二人の娘たちはやる気十分だ。
天狐はレベル33、エルダー・ドワーフはレベル28。
適正レベルだけでいれば、Dランクの魔物相当だが、もとがSラ
125
ンクの魔物なのでBランクの魔物に匹敵する力がある。
優秀な特殊能力と武器の性能まで考慮すればAランクの魔物とも
渡り合えるだろう。
﹁頼りにしてる。それと、そろそろ本格的に俺たち自身のダンジョ
ンを考えないとな。お前たちの希望も取り入れるつもりだから、ど
んなダンジョンがいいか考えておいてくれ﹂
﹁おとーさんのダンジョンができるの?﹂
﹁まだ、もう少しさきだけどね﹂
﹁楽しみなの!﹂
天狐は不安ではなく、未来への希望で目を輝かせる。
﹁マスター、鉱山は必須。ぜったいに最初に買って﹂
ドワーフはドワーフで、真っ先に自分の欲望を伝える。
そんな彼女たちを見て少し気が楽になった。
俺だけ、不安がっているのが馬鹿みたいだ。
﹁天狐、エルダー・ドワーフ、明日は一発かまそうか。俺たちの力
を見せつけよう﹂
﹁やー♪﹂
﹁私の武器の力、思い知らせる﹂
今日は、明日に向けて武器の整備等を行い、いずれ作るダンジョ
ンについて話し合い、たいそう盛り上がった。
126
第十六話:︻誓約の魔物︼︵前書き︶
マルコシアスについて、白狼の魔王 と ︻獣︼の魔王が混在して
いたため、全て︻獣︼の魔王に統一しました
127
第十六話:︻誓約の魔物︼
翌日、マルコの部屋に来ていた。
魔王たちが集まる︻夜会︼に向かうためだ。
﹁マルコ、どうやって︻夜会︼に参加すればいいんだ?﹂
今までも何度か聞いた問いを、今回もする。
その時がくればわかるとはぐらかすばかりで、マルコは答えてく
れたことはない。
﹁何も。ただ待っていればいい。もうすぐその時が来る﹂
マルコは薄く笑う。
彼女の周りには三体の魔物が控えていた。
ステータスを見なくとも、うちに秘めた圧倒的な力を感じる。
天狐は、その空気にあてられて戦闘態勢に入り、尻尾の毛が逆立
っている。
﹁その三体が、マルコの︻誓約の魔物︼か﹂
﹁うん、その通りだよ。︻獣︼の魔王マルコシアスが従える一五〇
〇体の魔物たちの頂点。それがこの子たち﹂
おそらく、こいつらは全員Aランクの魔物。それもAランクの中
でもとびぬけた力を持っている。
﹁マルコ、普通、魔物は固定レベルで作るなんてよく言ったものだ﹂
﹁わかる? この子たちは、全員Aランクかつ、変動レベルで生み
128
出し、レベルの上限まで至った魔物たちだよ。Sランクにすら匹敵
する﹂
レベルが上限があがり、同一レベル時のステータスが固定で生み
出した場合よりも優秀である変動レベルの魔物は、最大レベルまで
育てると一つ上のランクの力に匹敵する。
将来的には、天狐なら倒せるだろうが、今の天狐では手が余る。
それはエルダー・ドワーフが作った、改造ショットガンを使ったと
してもだ。
重量3.1kg
口径4ゲージ 装弾数四発
改造ショットガン レミルトン︵改︶ ED01S
全長1160mm
元のレミルトンに比べ全長が若干伸び、一回り大きくなっている。
だが、ミスリルに素材を変えたことでむしろ軽くなった。大口径
化に伴い、装弾数が六発から四発になったが、弾倉交換が可能にな
っているので、総合的にはプラスだ。
ちなみに、型番のEDとはエルダー・ドワーフの略で、その第一
作、Sはショットガンという意味があるらしい。
仮にアサルトライフルのエルダードワーフモデルができれば、E
D01Aとなるだろう。
﹁さすがは、大魔王の側近だ﹂
﹁驚いてくれてなにより、まあ、君には、君が私の子たちを見たと
なるべく派手にね
﹂
きの驚きの十倍ぐらい驚かされたからね。みんな、挨拶してくれ。
⋮⋮
マルコに従える三体の魔物のうちの一体が口を開く。
黄金の鬣のライオンの頭、鷹の巨大な翼、白い大蛇の尻尾をもっ
129
た魔物。
﹁我は、ライオグリフォン。大魔王マルコシアス様より、ゴルグナ
という名を賜っておる。子狐、うちに秘めたる力は相当のものだが、
まだまだ幼く頼りないのう﹂
その人ことを聞いて、天狐がむっとして一歩前に出て、改造ショ
ットガンを構える。
﹁天狐が頼りないかどうか試してみるの?﹂
﹁かっ、かっ、かっ、そうすぐ熱くなるところが幼く、頼りないと
言っておる⋮⋮ほれ、見てみろ。よーくだ﹂
ライオグリフォンに言われて天狐は目をこらすと、首元に目に見
えないほどの細い糸があった。
もし、天狐が突っ込んでいれば首が切り落とされていた。
天狐が驚き、硬直する。その一瞬の隙に、全身が幾重もの蜘蛛の
糸に縛られてしまった。かろうじて鼻から上だけが出ている状況。
﹁んん、んん、んんう﹂
立っていられず、唸りながら、芋虫のように暴れる天狐を見て、
ライオグリフォンの隣にいる女性型の魔物がくすくすと笑いをもら
す。
すると服を突き破って、四本の蜘蛛の手足が現れた。人間の手足
を合わせると八本。蜘蛛の魔物で、天狐を拘束したのはあいつだろ
う。
天狐の魔力が高まる。得意の炎の魔術で自らを拘束する糸を燃や
そうとしている。
だが、いつまでたっても魔術は発動しない。
130
蜘蛛の手足を持つ女性が天狐に話しかける。
﹁無駄でありんす。わらわの糸は魔力を散らしてしまう故に。そし
て、︻創造︼の魔王、プロケル様。お初にお目にかかるでありんす。
わらわは、種族はアラクネ。我が主に与えられた名はアモリテ﹂
アモリテと蜘蛛の魔物が名前を告げると同時だった。
銃声が響く。エルダー・ドワーフがアサルトライフルを放ったの
だ。
しかし、その銃弾は糸に絡めとられた。
たかが糸にどれだけの力を込めれば銃弾を止められるというのか。
﹁躊躇なく攻撃する判断力。悪くないでありんす﹂
﹁何を余裕ぶってる。私の︻眼︼でその糸の強度見抜いた。単発な
ら止めれても連射には耐えられない。私は連射できる。痛い目にあ
いたくなければ、天狐を放せ。そちらが非礼をするなら、こちらも
躊躇わない﹂
エルダー・ドワーフがアモリテを銃で照準をつけたまま油断なく
睨みつける。彼女は︻真理の眼︼というスキルをもつ。それはあり
とあらゆるものの解析を可能としていた。
﹁なかなか重い一撃。なるほど、わらわの糸では連射には対応でき
ないでありんすな。ただ、ドワーフのお嬢さん。一番大事なことは
忘れてないかえ? ⋮⋮わらわたちは三人居る﹂
その言葉が終わる前に背後に強烈な殺気があった。
俺の影から魔物が生まれて首筋に爪が押し付けられていた。
いつのまにか、三体目の魔物が目の前から消えていた。どこかの
タイミングで影に忍び込んだのだ。
131
﹁吾輩の種族は、タルタロス。主に与えられた名前は名前はクラヤ
ミでござる、そこのドワーフ。一歩でも動けば、喉を切り裂く﹂
三体目に現れた魔物は、黒い体毛の人狼。一メートル後半でさほ
ど大きくないが、武人の風格と鍛え抜かれた肉体だ。
天狐は身動きが取れず、エルダー・ドワーフも俺が人質に取られ
て悔しそうに歯噛みし口を開く。
﹁わかった。抵抗しない。だが、忘れるな。その人質が居なくなれ
ば私があなたを八つ裂きにする﹂
もし、マルコが本気なら完全に詰みという状況。
そんななか、ライオグリフォンが得意げに天狐に話しかける。
﹁子狐よ。だから、幼く頼りないといったのだ。おまえは魔王の側
近なのだろう? 魔王の最強の手札なのだろう? そのお前が冷静
さを失い、感情に任せた結果、あっさりと罠にはまって無力化され
た﹂
天狐が奥歯を噛みしめマルコの魔物たちをにらみつける。
﹁ドワーフのお嬢ちゃんも落第でありんすな。連射でわらわの防御
を貫ける確信があるなら、脅す前にそうするべきでありんす。そう
して敵に時間を与えたあげく、一番大事な魔王様から意識を離して
奇襲を許すなんて⋮⋮間抜けもいいところではないかえ?﹂
エルダー・ドワーフも俯き拳を握りしめた。
悔しいがマルコの魔物たちは強い。それに狡猾だ。
ただ、もう十分だろう。
132
﹁でっ、マルコ。いつまでこの茶番を続ける。もし、これが本気な
ら、こちらも切り札を切らざるを得ないんだが?﹂
俺は首筋に爪を押し当てられたままマルコに微笑みかける。
だいたい、彼女の考えていることはわかる。
﹁この状況で、そんな口を開けるとはびっくりしたよ。確かに、プ
ロケルのいう通り、もう十分かな﹂
マルコの魔物たちが、彼女のそばにもどっていく。
天狐に巻き付いた糸もほどいてくれた。
﹁おとーさん!﹂
天狐がもどってきて、俺の目の前にたち、マルコを睨み付けて警
戒する。
﹁大丈夫だよ、天狐。きっとマルコは⋮⋮﹂
俺が言いかけたところで、マルコが話し始めた。
﹁自分で言うよ。今回の芝居は、君たちに甘さを自覚してもらうた
めにやったんだ。もし、私が本気なら、君たちを皆殺しにできた。
油断をつかれた。卑怯だなんて言うなよ? 魔王同士だと、これぐ
らい当然だ。プロケルの言う、切り札が本物ならうまくいかないか
もだけど﹂
﹁さあ、どうだろう﹂
切り札はある。
133
エルダー・ドワーフと協力して作り上げた奥の手。万が一、マル
コと敵対したときのために仕込んであった。
やりようによっては、あの状況から逆転できた。
﹁他の魔王と会うまえに、魔王と敵対する怖さを知って欲しかった。
とくに古い魔王は、今私がしかけたことぐらいは平然としてくる。
そのことを覚えておいたほうがいい。でないと喰われて呑まれるよ﹂
﹁確かに身に染みたよ。痛いほどに﹂
天狐もエルダー・ドワーフも場数が足りずに自らの能力を活かし
きれてない。
正面からの戦いはともかく、今回のような絡め手ではいいように
されてしまうだろう。
俺自身も、影から襲いかかる魔物に反応できなかったのは恥ずか
しい。反省点は無数にある。
﹁授業は終わりだ。あっ、ちょうど時間だ。そろそろ来るよ。さあ、
︻夜会︼だ﹂
その言葉と同時だった。
脳裏に声が響く。
﹃星の子らよ。時は満ちた。集え、輝け、そして己が存在を示せ﹄
その声を懐かしいと思った。
星の子。その響きが妙にしっくりくる。
意識が遠くなる。
天狐がぎゅっと俺の手を握ってきた。握り返すと天狐は微笑む。
そして意識がなくなった。
134
◇
目が覚める。
空が青かった。それは、見慣れたそらの青さじゃない。海のよう
な濃い青。
星がきらめく。比喩抜きで色とりどりの星。
周囲を見渡すと、美しい庭園だった。だが、どこか無機質に感じ
る。
こんなものが自然界にあるわけがない。何者かに作られた世界。
正面を向いて度肝を抜かれる。
それはあまりにも荘厳で、巨大で、美しい、純白の宮殿。
いつの間にか、となりに現れていたマルコが口を開く。
﹁あそこが、私たち魔王を作り出した創造主がいる場所。パレス・
魔王だ﹂
今から、あそこですべての魔王が集う︻夜会︼が開かれる
135
第十七話:︻戦争︼
パレス・魔王の中は、外見からの期待通りの華美な内装。
天井は高く、調度品も一級のものが揃っている。
中に入ると、メイドの出迎えがあった。
彼女たちは人ではない。サキュバスだ。
ここにもサキュバスが居るのかと不思議な気分になる。
おそらく、転送魔術を目的に採用されているのだろう。
﹁わぁ、おとーさん。あのツボ、すごくかっこいい﹂
﹁私は退屈。研究する価値があるものがない﹂
キツネ耳美少女の天狐は、見るものすべてに興奮し、逆に銀髪ツ
ルペタ美少女のエルダー・ドワーフはあくびをかみ殺していた。
こんなふるまいをしているが、二人とも油断なく周囲を警戒する
ことを忘れていない。
マルコのお灸が効いている。
しばらく歩いていると、ひときわ豪華で巨大な扉があった。
扉の前には受付があり、そこで説明を受ける。三体までの魔物を
連れていくようにと、サキュバスから指示を受けたので、︻収納︼
されているスケルトンの一体を呼び出した。
スケルトンの中で一番頭がよく、俺が心の中でスケさんと呼んで
いるスケルトンのエースだ。
サキュバスが目を丸くした。
136
まあ、当然だろう。そして、俺はこのあとの展開も予想できてい
る。
三体というのは、本来、︻誓約の魔物︼を想定しているはず。
つまりは、自分がもっとも信頼できる、最大戦力を見せつける場
だ。
そこに20DPで誰でも買えるスケルトンなんてもっていけば、
いい笑いものだろう。
だが、それでいい。
﹁天狐、エルダー・ドワーフ。ちょっと、周りを油断させたい。馬
鹿にされると思うが耐えてくれ﹂
二人にお願いする。
天狐はうんっと元気よく頷き、エルダー・ドワーフは小さく首を
縦に振った。
そして、部屋の中に入る。
◇
部屋の中では、情緒豊かな音楽が流れている。人型の魔物の生演
奏だ。
最高級の料理と酒が山ほど用意され、それぞれが舌鼓を打ってい
た。
ここにいるのは魔王たちと、その配下の魔物たちだけだ。
だいたい、周囲の反応で魔王か、魔物かはわかる。
魔王は、俺のように人と見分けがつかないものから、竜人、獣人
など、さまざまなバリエーションが居た。
137
ただ、魔王に共通するのは二足歩行ができ、両手で細かな操作が
できるものばかり。つまり、人型しかいない。
これは、何か意図があるのだろうか。
そんなことを考えながら、足を踏み出すと魔王たちの視線が俺に
集中した。
新顔の魔王だ。なにせ、その魔王の連れている魔物で、だいたい
そいつの持つ属性がわかる。
その属性しだいでは取引を持ちかけることを考慮しないといけな
い。
﹁ぎゃははははは、あいつ、スケルトンなんて連れてるぜ﹂
﹁ほかの魔物もレベル三〇程度、きっとランクが低い魔物だね﹂
﹁夜狐とドワーフか? かわいそうに親も自分もBランクメダルか。
しかもはずれ引きやがったな﹂
半分の魔王たちは俺を見て爆笑している。
夜狐とドワーフはともにCランクの魔物だ。彼らは俺がBメダル
同士で︻合成︼を行い、外れであるCランクを引いたと予測したの
だろう
こいつらは雑魚確定だ。
魔王は魔物のレベルを見抜く能力を持ち、レベルがあがるにつれ、
レベル以外の情報を読み取れるようになる。
ただし上位のランクの魔物ほど、情報を読み取るのにレベルが必
要になる。
つまるところ、天狐とエルダー・ドワーフの力を見抜けずスケル
トンという餌に引っかかって俺を甘く見るようなら三流の魔王とい
138
うことだ。
怖いのは⋮⋮
﹁ほう、面白い﹂
﹁どういう手品かしら?﹂
﹁今後が楽しみだな﹂
天狐とエルダー・ドワーフの価値を正確に見抜き、警戒してくる
魔王たちだ。
こちらは注意して接しないとすぐに食われる。
ふと、周囲を見渡すと、マルコがほかの魔王たちと話し込んでい
た。
マルコはこちらをいたずらっぽい目で見てすぐに会話に戻る。助
け舟は出さない。自分の力で頑張れということだろう。
◇
ダンスホールの中で様々な魔王と話した。
俺を下に見ている雑魚魔王たちは、自分のイミテートメダルと俺
のオリジナルメダルの交換を持ち掛けてきた。
どうやら、俺のメダルがよほど程度の低いものだと決めてかかっ
ているようだ。
そちらは軽くあしらいつつ、少しでも相手の情報を得る。油断し
てくれているので、簡単に情報を漏らしてくれる。
逆に天狐とエルダー・ドワーフの力を見抜いている魔王たちは、
みんな俺に興味を持ちつつも、ほかの魔王たちと牽制しあい、なか
なか話かけて来ない。
もどかしく思っていると、とびっきりの馬鹿が来た。
139
﹁あなた、なんて貧相な魔物を連れているの? かわいそうに。こ
の、未来の大魔王、︻風︼のストラス様が、施しをしてあげるわ﹂
緑の髪の少女だった。
彼女が︻風︼といった瞬間周囲がざわめく。
マルコの話を思い出す。四代元素、︻地︼、︻火︼、︻風︼、︻
水︼のメダルのうち、︻風︼だけはずっと、その属性をもった魔王
が現れなかった。
四大元素は汎用性が非常に高い上に強力。なおかつ例外なくAラ
ンクということがあって、その持ち主は羨望の的になるとのことだ。
だから、︻風︼をもって生まれたこの少女は自分のことを選ばれ
た存在だと思ってもおかしくない。
﹁施し?﹂
﹁ええ、私の︻風︼をあげるわ。イミテートだけどBランクの力は
ある。もう少しマシな魔物を作りなさい﹂
彼女は︻風︼のイミテートを投げてくる。俺はそれを受け止めた。
イミテートとはいえ、手持ちにない︻風︼。ありがたい。だが、
これをただ受け取るのは俺のプライドが許さない。
戦略的に油断させるのはいい。だが、施しを受けるのは別だ。
﹁ありがとう。なら、俺はこれを差し出そう﹂
交換用に用意しておいた︻炎︼のイミテートメダルを投げつける。
もとがAランクである、︻炎︼、︻人︼、︻土︼、︻錬金︼の四
メダルは必ず需要があると考えておりイミテートを用意してたのだ。
140
﹁これは?﹂
﹁交換だ。俺も今年生まれた魔王でライバルだ。一方的に施しを受
けるのは気分がよろしくない。そのメダルなら同格だろう﹂
俺の一言がよほど勘に触ったのか、緑の魔王、︻風︼のストラス
は青筋を立てる。
﹁ライバル? その程度の魔物しか生み出せない分際で? Aラン
その程度
の魔物を
クのメダルを持つ私に向かってライバル? 笑わせてくれるわね﹂
﹁その程度? 逆に不思議なんだが、なぜ、
従えているぐらいで俺の魔物を馬鹿にできる? 戦えば一分持たな
いぞ?﹂
ストラスが連れている魔物は三体。
風のイタチに、翼の生えた馬、それに天使のような魔物。
Dランクの魔物までしか詳細な情報が見えない俺にはレベルしか
わからない。
だが、一体のみレベル69。残りは六十前後。変動で生み出して
この短期間でここまでレベルを上げることは不可能。だとすると、
Aランク一体にBランク二体。
﹁私の、私の︻誓約の魔物︼を馬鹿にしたわね。⋮⋮絶対に許さな
い。あなた、名前は﹂
﹁︻創造︼の魔王プロケル﹂
﹁私は、︻風︼の魔王ストラス。いずれ私に喧嘩を売ったことを後
悔させてあげるわ﹂
周囲がざわめく。
141
雑魚魔王どもは、俺を見て、死んだぜとか、自業自得だとか騒ぎ
はじめ。
逆に力のある魔王たちは興味深そうに俺たちを見ている。
まあ、戦力的には互角だろう。
天狐とエルダー・ドワーフはSランクだが、今はレベルが低い。
固定レベルで生み出したAランクの魔物相手だと純粋なステータス
では不利。優秀な特殊能力と圧倒的な武器の性能でほぼ互角。
だが、あと一〇もレベルを上げれば追い抜き、そこから先は圧倒
するだろう。
◇
さらに時間が経った。
その間、いくつかイミテートメダル同士を交換したがオリジナル
は手に入っていない。
なんとか、残りの時間で手に入れないと。 力ある魔王に︻創造︼との交換をもちかければおそらく手に入る。
だが、口が堅く、なおかつ俺に害意がない魔王ではないと、ドツボ
にはまる。
そんなことを考えていると、ふと意識が遠くなった。
気が付けば壇上にいた。
俺のほかに九人。その中には、さきほど喧嘩をしたストラスも。
場の魔王たちの視線が、壇上の一〇人に集まった。
﹃星の子らよ。ここに新たな、星の子が生まれた﹄
ここに連れてこられたときの、声が響く。
142
﹃さあ、新たな星の輝きを祝おうではないか﹄
魔王たちが盃を掲げる。 気が付けば、俺の手の中にも盃が現れていた。
﹃祝杯を!﹄
ほとんど無意識に手にある酒を飲み干す。
うまい、うますぎる。なんだ、この酒は、そして内から沸き上が
る異常な熱さ。新たな力が芽生えていくのを感じる。
﹃では、皆に決定事項を伝える。例年、新たな魔王は巣立ちするま
でダンジョンの構築を禁じていた﹄
俺もそう聞いている。
一年の修行のあと、外に出て自らのダンジョンを作ると。
﹃しかし、それはあまりにも無為な時間をすごすことになる。よっ
て、この場でダンジョンを作る権利を与える﹄
すべての魔王たちがざわめきだす。
そんな中、マルコが手をあげた。
﹃︻獣︼の魔王マルコシアスか。発言を許す﹄
﹃はっ、創造主。私は反対です。まだ彼らはあまりにも幼く、世間
を知らない。あっという間に水晶を砕かれ、力を失うでしょう﹄
それは間違いない。
なにせ、ろくな戦力がない。さらにDPも足りない。
143
本来一年という期間は、知識を得て、DPを集め、戦力を集める
期間のはずだ。
このままダンジョンを作っても、人間か、ほかの魔王か、どちら
にとってもいい餌だ。
﹃おまえは優しい子だな。マルコシアス。だが、心配はいらぬ。一
年後の巣立ちのときまで、新たな魔王たちのダンジョンを、他の魔
王たちが攻めることを禁ずる﹄
それは助かる。
古参の魔王はともかく、新しい魔王だけが相手ならまだ守れる。
問題は、勇者と言われる存在だが、そこは人間に不利益を与えな
い限りは牙を剥いてこないらしい。
﹃さらに、巣立ちまでにダンジョンを失っても、一年後の巣立ちの
際に新たな水晶を与えよう﹄
新しい魔王たちが色めきだつ。
それは素晴らしい救済措置だ。
だが、けして水晶を壊されても大丈夫というわけではない。
なにせ、ダンジョンの空白期間が生まれればそれだけ、稼げるD
Pが減る。
他の魔王たちとの差ができる。
さらに、マルコは言っていた。水晶を壊されると魔王として力す
べてを失うと。
新しい水晶が与えられるまでの間、メダルの︻流出︼や魔物の作
成、DPとの交換。ありとあらゆることができない。
それどころか⋮⋮もしかしたら今生み出している魔物が全て消滅
144
し、それは新たな水晶が戻ってきても返ってこないかもしれない。
﹃ただ、与えすぎで緊張感がないのも困る。新たな魔王たちよ。新
しい魔王同士で、戦うがいい。食い合い、力を手に入れろ。他者の
ダンジョンを攻略し、力を奪え。巣立ちまでに一度の戦争。それを
ノルマとする﹄
そういうことか。
神様はよほど俺たちを戦わせたいらしい。
どっちみち、巣立ちのさいに新たな水晶が手に入る以上、他の魔
王の水晶を壊して力を得ることになんの躊躇もない。
それは相手も同じだ。凄惨な殺し合いになるだろう。
﹃新たな魔王よ。古き魔王たちの知恵を借り、己が迷宮を作るとい
い。これで話は終わりだ⋮⋮いや、一つ余興をしよう﹄
新たな魔王たちが驚きの声をあげる。
手に熱があった。手には︻創造︼のメダル。一か月に一度という
制約を無視して、顕現したのだ。
﹃このメダルはサービスだ。無償でプレゼントしよう。そして、た
った先着一組、この場で簡易的な︻戦争︼をしてもらう。即席ダン
ジョンを作り、︻疑似水晶︼の砕き合いだ! 今、手に入れたメダ
ルがチップだ! 勝てば戦った相手のメダルを得る。負ければ自分
のメダルを失う!﹄
新たな魔王たちは慌てる。
勝てば、相手のメダルを得られるのは大きい。
だが、余興と言った以上、この場に居る全員に自分の手の内を晒
すことになる上、負ければオリジナルメダルを相手に譲らないとい
145
けない。
このまま、何もしなければメダル一個丸儲け。
リスクを負う必要なんてないのではないか?
その考えはわかる。
だが、俺は迷わない。ここで戦わないという選択肢はありえない。
問題は、どの魔王と戦うかだ。パーティの中である程度、新人魔
王は誰がどんなメダルを所持しているかの情報は集めた。
あまり悩んでいる時間はない。先着一組しか、このチャンスをも
のにできない。
そんな中、まっさきに動くものが居た。
︻風︼の魔王ストラスだ。
俺のほうをきっと睨み付け、口を開こうとしている。
なるほど、俺に恥をかかされたことの腹いせか。
少しいたずら心がわいた。
﹁︻創造︼の﹂
﹁︻風︼の魔王ストラス、おまえに戦争を申し込む!﹂
﹃では、この余興。︻創造︼の魔王プロケル、︻風︼の魔王ストラ
スの二名による戦争となる﹂
奴の言葉を遮って、宣戦布告する。
かっこよく決めるつもりだったのに、いきなり面目をつぶされて
ストラスはわなわなと震えた。
俺はにやりと笑ってみせる。さらにストラスの怒りに油を注いだ。
すぐに熱くなる。あしらいやすそうな相手だ。これに勝てば、A
ランク︻風︼のオリジナルメダルが手に入り、 ︻誓約の魔物︼候
補が作れる。
146
さて、最初の魔王との対決。どう戦ってみせようか。 147
第十八話:はじめてのダンジョン作り
余興で︻風︼の魔王ストラスとの簡易的な︻戦争︼を実施するこ
とが決まった。
今は与えられた個室で︻戦争︼の準備をしている。
個室と言っても馬鹿広く、半径数キロはあるだろう。天上も壁も
ない。白い異次元だ。
そこには、俺と頼れる配下である天狐、エルダードワーフ、スケ
さん。そして親にして、最強の魔王の一角、︻獣︼の魔王マルコシ
アスが居た。
﹁よし、ダンジョンを作ろうか。ただでダンジョン作りを経験でき
るのは悪くないな﹂
﹁プロケル、緊張しているかと思ったけど。ぜんぜんそんなことな
さそうで安心したよ。いろいろと試して見ればいいさ﹂
あくまで余興であるため、お互い失うものはほとんどない。
ルールは簡単だ。
今から一時間以内に、ダンジョンを構築し魔物を配置する。
そして、お互いのダンジョンの入り口をつないだ状態で︻戦争︼
を開始。
ダンジョンの最奥にある水晶を先に破壊すれば勝ち。
ただし、制限があり今回使用できるDPは支給された一〇〇〇〇
DPに限定される。自前のDPは使用禁止だ。
ただ、魔物を含めたDP以外の資産を持ち込むことは可能という
ルールだ。
148
支給された分は、自由に使ってよく、余ったDPおよび今回の戦
いで作ったダンジョンは︻戦争︼終了後に回収されてしまう。
さらに、今回の戦いでは魔物を失っても帰ってくるらしい。
﹁︻刻︼の魔王、ダンタリアンか﹂
創造主の命令で、ダンタリアンという魔王が、今回の︻戦争︼に
協力してくれる。
彼は最大三時間前まで、自らの結界内にあるものすべての時間を
巻き戻すことが可能だ。
そして、今回の戦争の制限時間は二時間。
つまるところ、最終的に巻き戻るので死んだ魔物も戻ってくる。
しかも、戦いの記憶や魔物を倒して得たDP、経験値などはその
ままにできるという万能ぶりだ。
おそらく、魔王としての能力も、メダルとしての能力も︻刻︼は
最強クラスであることは間違いない。
なんとか、手に入れてみたいものだ。
﹁それで、君はどんなダンジョンを作るつもりだい?﹂
マルコはダンジョンを作ったことがない俺のサポートをやってく
れる。
﹁それは、もう決めているさ︻我は綴る︼﹂
俺は、力ある言葉を読み上げ、魔王の書を取り出す。
そしてページを開き、ダンジョン作成の項目を生み出した。
149
﹁まずは、ダンジョンは洞窟型だな﹂
外観は、なんの変哲もない洞穴を選択する。
選んだ理由はただ一つ。安い。それだけだ。
白い部屋の中にこんもりと土の山ができ、洞穴ができあがる。
穴のなかは暗く、どこまでも続いていそうだ。
魔王のダンジョンは異世界の入り口、見た目と中の広さは関係な
い。
﹁うん、えらいえらい節約できるところは節約しないとね。外観に
気を配るのは、DPがあまり出してからでいいよ﹂
﹁それはどうかな? 集客率も考えないとね﹂
﹁⋮⋮君、本当に初心者?﹂
俺が言っているのは人間をいかに誘い込むかの部分だ。
何の変哲もない洞穴と、雰囲気のある城型のダンジョン。後者の
ほうが、魔物や宝と言ったものを得られると思うだろう。
特に新しく知名度がないダンジョンは、外観にこそ気を配らない
といけない。
﹁まあ、今回は︻戦争︼するためだけの部分だからどうでもいいが
な。俺の全力を尽くした。凶悪なダンジョンを作ってみせよう﹂
使い捨てのダンジョンなので、殺し合いだけに特化した構築がで
きる。
本来なら、人間たちにほどよく楽しく稼いでもらう接待じみたダ
ンジョンを作るが、今回はそんな気はない。
ただただ、殲滅のみを考える。
150
﹁ふふ、いい心構えだ。この余興全ての魔王が観戦するよ。ここで
︻創造︼の魔王ロリケルの力を見せつけてやるがいい!﹂
マルコがにやりと笑う。
﹁⋮⋮マルコ、一体いま、俺のことをなんて呼んだ?﹂
﹁うん、どうしたんだいプロケル? ほら、時間がない。次は内装
だよ。今回は第一階層限定だ。単純なダンジョンしか作れないけど、
その分難しいよ。気を使わないと!﹂
こいつは⋮⋮絶対わざとだ。
あとで、ロリじゃない魔物を作って見返してやろう。
ふと、横目で俺の可愛い魔物たちを見ると、俺が作るダンジョン
がよほど楽しみなのか、期待を込めた目で見つめてくる。
可愛い。抱きしめたい。もう、ロリケルでいいかもしれない。
﹁ごほんっ、そろそろダンジョンを作っていこうか﹂
魔王のダンジョンは一階層につき、三部屋からなる。
DPを一万払うごとに作れる階層が増えていき、もっとも下の階
層の最後の部屋の後ろに水晶部屋が出来る。
イミテートメダルが500DPであることを考えると、割と高い。
﹁プロケル。魔王の書で部屋を買うとき、複雑な地形や、罠がある
ものほど高い。魔術的な要素が付け加えられるものは更に高くなる
傾向がある﹂
マルコのアドバイスを聞きながらページを捲っていく。
確かに彼女のいう通りだ。
151
一番安いのは、更地。その名のとおり地面剥きだしの何もない地
形。これは500DPで買える。
次に安いのは、石の部屋。これは床と壁と天井が舗装された石で
出来ているだけの何もない部屋。1000DP
その次は、石の回廊。上のに似ているが、こっちは複雑な迷路。
時間稼ぎができそう。2000DP。
エンチャント
変わり種で、溶岩地帯、3000DP。魔法付与ルーム6000
DPなど、凝ったものほど高くなっていた。
﹁さあ、プロケル、限られた予算の中で、最高の選択をするがいい﹂
まあ、悩むまでもなく。俺は決めている。
石の部屋を三つ買う。
購入時に、大まかな形と大きさを決めることはできる。
石の部屋の場合、部屋の中に壁を作ったりはできないが、石の部
屋自体を長方形にしたり、三角形にしたりといろいろと選べる。
さらに、横と縦は3m∼10km。天上の高さは最低3m∼20
mの間で自由に部屋の大きさを変更できるのだ。
部屋を大きくすればするほど、時間稼ぎになるが、その分魔物た
ちが守らないといけない範囲が広くなり、敵に素通りされやすい。
まあ、俺の場合選択肢はない。
横幅4m、長さ2km、高さ3mの極端に縦長な長方形を三つ作
った。
152
﹁よし、これで完成っと﹂
いい仕事をした。
なかなか、いいダンジョンが出来た。
﹁ちょっ、ちょっと待って、なにこの無駄に長いだけの一本道!?
全然迷わないよ。罠もない。ただ真っすぐに進めば、あっという
間に最奥だよ!? というか、なんで7000DPも余らせてるの
!?﹂
俺の考えていること理解できずにマルコが慌てふためく。
﹁いいじゃないか、天上が低く、遮蔽物がない完全な直線で一本道、
地面を掘ることもできない。そして端から端まで二キロジャスト⋮
⋮こんな理想的なフィールドは他にないよ﹂
これほど最高な戦場は他にない。
それが三部屋。はっきり言って負ける気がまったくしない。
﹁その自信⋮⋮なにかあるんだね?﹂
﹁安心してくれ。こと、守りにおいては絶対の自信がある﹂
俺がそう言ったタイミングで空間が歪んだ。
﹁︻創造︼の魔王、プロケル様。依頼を頂きましたものをもってま
いりました﹂
﹁ありがとう。そこに置いてくれればいい﹂
パレス・魔王で働いているサキュバスたちが転送魔術でやってき
た。彼女たちは、マルコのダンジョンに置いてある大量の武器や、
153
エルダー・ドワーフたちが作ったゴーレムたちを運んでくれたのだ。
エルダー・ドワーフの作るゴーレムは俺の魔物ではないので収納
できず、連れてこれていなかったのだ。
今回の戦い、もしゴーレムが居なければかなり厳しいものとなっ
ただろう。
に
。
マ
カリバー.50︵改︶銃五丁。及
眠れる兵士
D2
武器は、アサルトライフルに、ゴーレム用の一つ40キロを超え
る重機関、ブローリング
マスタード
び大量の予備弾薬。
そして、
はよく利くだろう。
ダンジョンの一部屋一部屋は、完全に密封されているため、
スタード
﹁おとーさん、今回の戦い天狐は何をすればいいの﹂
﹁マスター、私にも指示を﹂
天狐とエルダードワーフが話かけてくる。
俺の作ったダンジョンにかけらの疑いももってない。
信頼してくれているし、おそらく彼女たちは何のために俺がこん
なダンジョンを作ったのかを理解している。
﹁防衛は、ゴーレムたちに全て任せる。天狐とエルダードワーフ。
そして、スケルトン軍団は攻撃だけに特化する! ︻戦争︼開始と
同時に、相手のダンジョンに突っ込むんだ﹂
本来、魔物ですらないゴーレムだけに防御を任せるのは愚策中の
愚策。
なにせ、相手はAランクとBランクモンスター数体は確実に居る
のだから。
154
だが、俺の作ったダンジョンと、装備があれば鉄壁の布陣となる。
﹁やー、わかったの! おとーさんを馬鹿にしたあいつ、絶対に許
さないの!﹂
﹁天狐に同意。⋮⋮マスターへの侮辱を後悔させる﹂
﹁二人とも頼りにしてるよ﹂
頼もしい娘たちの頭を撫でる。
天狐は、にっこりと笑ってやー♪と言って、エルダー・ドワーフ
は無言だけど口の端が緩んでる。
そんな俺を、生暖かい目でマルコが見ていた。
これでまた一歩、ロリケルという汚名を晴らす機会が遠くなった。
﹁それでプロケル、余ったDPはどうするの?﹂
﹁もちろん使うさ﹂
せっかく、一万DPも手に入れたんだ。有効活用しなければ。
創造主は、余ったポイントと今回作ったダンジョンは回収すると
言っていた。
つまり、それ以外は返さなくていい。
俺は大量にイミテートメダルの作り置きを始める。
﹁君って、案外けちだよね﹂
﹁戦略と言ってもらおうか。ダンジョンを強くするには魔物を作る
のも正攻法の一つだろう?﹂
そう、俺は今回の︻夜会︼でオリジナルメダルこそ手に入れるこ
とはできなかったが、いくつかイミテートメダルを手に入れている。
155
それを使って魔物を作る。元がAランクで、イミテートによりB
ランクに下がった、︻風︼と︻死︼。とくにこれらは期待値が高い。
俺の手持ちのBランクイミテートと合わせれば高確率でBランクの
魔物が作れる。
︻誓約の魔物︼にするつもりはないので、固定レベルの即戦力にし
よう。
さて、何が生まれるか。とりあえず、︻風︼は︻獣︼と合わせて、
︻死︼は︻人︼と合わせてみよう。
︻死︼は知性が高いBランクの魔物が生まれてくればいいんだが。
そんなことを考えながら、︻合成︼を始めた。
︻合成︼が終われば、ゴーレムの配置と、︻合成︼し終えた魔物た
ちの運用の考察。
時間はまだたっぷりある。少しでも勝率を上げていこう。
156
第十九話:アンデッドの貴族
制限時間は残り四〇分ほどある。
まずは、エルダー・ドワーフに、今回の︻戦争︼に最適化したゴ
ーレムたちのプログラミングを依頼した。
ゴーレムたちは決められたことしかできない。
だからこそ事前に完璧に行動ルーチンを決めておく必要がある。
今回の動作は極めて単純だ。そんなに時間はかからないだろう。
﹁マスター、行ってくる﹂
﹁任せた、エルダー・ドワーフ﹂
あっという間にプログラムを終えたエルダー・ドワーフはゴーレ
ムたちと共にダンジョンのほうに消えていった。
ゴーレムたちの配置、銃と罠の設置と仕事は多いが、彼女なら完
璧にこなしてくれる。
﹁天狐は手伝わなくて大丈夫?﹂
﹁ああ、大丈夫だ。あっちはエルダー・ドワーフの得意分野だから
ね﹂
エルダー・ドワーフはある意味、俺以上に近代兵器を熟知してい
るし、ゴーレムたちは力仕事が得意だ。俺たちが言っても手伝える
ことは少ない。
その間に俺は俺の仕事をしなければならない。
︻人︼のイミテートメダルを購入する。
そして、手には︻死︼のイミテートと、︻人︼のイミテートがそ
157
ろった。
︻死︼については︻夜会︼で手にいれたばかり、︻炎︼のイミテ
ートを欲しがっていた魔王がいたので、イミテート同士の交換が成
立した。
イミテートの交換で需要が高いのは、元がAランクであることは
もちろん、汎用性が高いメダルであること。⋮⋮そして持ち主が滅
びた魔王であるとより喜ばれる。︻炎︼はその全てを満たしたため、
引く手数多だった。
﹁天狐、今から︻死︼と︻人︼で魔物を作る﹂
﹁天狐の仲間がまた増えるの!﹂
﹁とは言っても、天狐たちよりずっと弱い魔物になるけどね﹂
︻死︼はアンデッドモンスターたちの属性、︻人︼は人型の魔物を
作れ、なおかつ魔物に知性を与える。
高位のアンデッドが作れれば今まで以上にスケルトン部隊の運用
がし易くなるんだろう
祈りを込めながら、俺はメダルを握りしめた。
﹁︻合成︼﹂
手の中で激しい光が生まれる。
︻死︼と︻人︼がまじりあう。
いつもなら、︻創造︼の力で無数の可能性の中から、望むものを
手繰り寄せるが、今回は通常の︻合成︼。そんなことはできない。
ひどく不安だ。何ができるかわからない。
︻創造︼のありがたさが身に染みる。
158
光が収まり、人型の魔物が生まれた。大きさも一メートル後半の
人に近いもの。
それは骸骨だった。しかし、スケルトンとは比べものにならない
ほど濃い闇の気配をまとい、上等なローブを身に着けている。
﹁俺は、︻創造︼の魔王プロケル。君の種族を教えてほしい﹂
言語が通じることに期待して、俺は骸骨の魔物に問いかける。
骸骨の魔物は、なかなか返事をしない。
やはり、そこまで知性の高い魔物ではないのか?
そんなことを考えていると、骸骨の魔物が口を開いた。
ワタクシ
﹁我が君。私は、ワイト。死の国の侯爵でございます。以後、お見
知りおきを﹂
骸骨の魔物が貴族のように優雅な一礼をする。
これで確信する俺は当たりを引いたのだ。
﹁頼りにしている。ワイト。俺と話せているが、こいつらと話はで
きるか?﹂
今出しているスケさんだけではなく、収納している全てのスケル
トンを呼び出す。
みんな、訓練を受けて銃を扱えるようになったスケルトンたちだ。
俺の自慢のスケルトン部隊。
カタカタと骨を鳴らしながら、スケさんがワイトに近づいた。
﹁もちろんでございます。我が君よ。おおう、なんと可憐で麗しい
お人だ﹂
159
ワイトがスケさんの前に跪き、手の甲にキスをした。
骸骨同士のキス。激しくシュールだ。
﹁そのスケさん女性だったのか⋮⋮﹂
俺はそのことに大きな衝撃を受けていた。
﹁我が君、どこからどう見ても乙女ではありませんか﹂
ワイトとスケさんがカタカタと音を鳴らし合う。
そして、ワイトは考え込む仕草をする。
このワイトは、骨なので表情は見えないが、いちいち仕草が大げ
さなので、考えていることがわかりやすい。
スケさんがカタカタ音を鳴らさなくなると、ワイトが俺のほうを
向いた。
﹁我が君、是非お見せしたいものがあります﹂
﹁見せてみろ﹂
﹁はっ﹂
ワイトのほうを見ると、スケさんが持たせているポーチにある弾
倉と、肩にぶら下げているアサルトライフルの弾倉を交換した。
どんなに教えてもできなかったことが、実現された。感動すら覚
える。
ワタクシ
﹁ワイト、お前が教えたのか﹂
﹁はい、そうです。私は下位アンデッドの記憶を読み取る力、操る
力がございます。だからこそ、彼女の記憶を読み取り、どうしても
あなたの期待に応えられず、苦しんでいた動作をさせてやったので
160
す﹂
ワイトがスケルトンの一体からアサルトライフルを受け取る。
そして、滑らかな操作で弾を充填し、空に向かって射撃を行った。
﹁さらに記憶を読み取ることで、他者の経験をわが物とすることが
可能でございます﹂
その言葉は頼もしかった。
なにせ、今から銃を教えている時間はない。
ワイトに予備のアサルトライフルと替えの弾倉及び弾丸が入った
ポーチを渡すと、恭しく受け取ってくれた。
﹁⋮⋮そして、我が君よ。改めて忠誠を誓わせてもらいたい。創造
主だからではなく、我が心が認めた真の主として﹂
ワイトが跪いた。
その姿には、気品と覚悟があった。
﹁スケルトンたちを通じてわかりました。最弱の魔物である彼らを
あなたは愛おしんでくれた。大事にしてくれた。そして、彼ら全員、
もっとあなたの力になりたいと願っている。素晴らしい人望です。
そのような主の元に生まれたことを、神に感謝します﹂
﹁頭をあげてくれ。ワイト。お前の力頼りにしている﹂
﹁このワイト。砕け散るまで我が君のそばに﹂
こうして、主従の近いが終わった。
ワイトはさっそく全員に、弾倉交換を教えこんだ。
よくよく見ると、スケルトン全員の動きが滑らかに早くなってい
る。
161
さすがは、地獄の侯爵と自称するだけはある。人を導くのが得意
なのだろう。
そんなワイトのステータスを確認する。
種族:ワイト Bランク
名前:未設定
レベル:56
筋力D 耐久D 敏捷C 魔力B 幸運E 特殊B+
スキル:死霊の統率者 中位アンデッド生成 死霊活性 不死
ステータスはかなり低いが、特殊能力が優れている。
死霊の統率者は、アンデッドの記憶を読み取り、さらに操るスキ
ル。スケルトンたちをうまく導いてくれるだろう。
中位アンデッド生成は死体を材料に最高でCランクまでのアンデ
ッドを作れるのでDPの節約ができる。
特筆するべきは、死霊活性だろう。自らの支配下にあるCランク
以下のアンデッドを全て強化できる。
彼が居れば、スケルトン軍団は統率が取れ、俊敏になり飛躍的に
強くなるだろう。
俺の欲しいと思った能力全てを備えている。
できれば、︻創造︼を使ったSランクで生み出してやりたかった。
そうすれば、上位アンデッド作成をもってうまれただろうに。
その後、︻風︼と︻獣︼のほうはランクBの魔物、グリフォンと
なった。頭が鷲で、体が馬の魔物。
知性は並み程度だが、巨躯であり人を乗せて飛べるのが大きい。
もしかしたら、今回の戦いに役立つかもしれない。
グリフォンを生み出したころ、エルダードワーフが全ての下準備
を終わらせて戻ってきた。
162
﹁マスター、戻りました﹂
制限時間五分前。
残りのDPを全てイミテートメダルにするのも、芸がない。
そう言えば、エルダー・ドワーフが助手が欲しいと言っていたの
を思い出した。
﹁エルダー・ドワーフ。お疲れさま﹂
﹁マスターの指示通り、ゴーレムを配置してきた。プログラミング
も完璧﹂
﹁えらいな。ご褒美をあげよう。助手が欲しいと言っていたから、
Bランクのドワーフ・スミスを購入しようと思う﹂
﹁マスター、ありがとう! これで研究が捗る! Bランクのドワ
ーフ・スミスなら、かなりの作業を任せられる。私は頭脳労働に集
中できる!﹂
俺は、エルダー・ドワーフの同系統かつ2ランクしたのBランク
の魔物、ドワーフ・スミスを二体ほどDPで購入した。一体120
0DPかかるので、こういう場でもないと手が届かない。
ドワーフ・スミスは褐色、黒髪の十代半ばぐらいの背が低めの少
女たち。
天狐やエルダー・ドワーフのような超絶美少女とはいかないが可
愛いほうだ。
さっそくエルダー・ドワーフが、ドワーフ・スミスにいろいろと
教えている。
可愛らしい少女たちの集まりは大変眼福だ。
ドワーフ・スミスたちは圧倒的な上位種であるエルダー・ドワー
163
フのことを崇拝の眼で見ていた。これならエルダー・ドワーフのい
う事を良く聞き彼女を助けてくれるだろう。
後ろでマルコがうんうんと頷き、口を開いた。
﹁ワイトやグリフォンを作ったときは、あのプロケルが、ロリ以外
を作った!? って驚いたけど、やっぱり君は君だよ。安心した﹂
親指をぎゅっと押し出すポーズをしてくるマルコ。
俺はもう何を言っても無駄だと判断して、ただ戦争のことを考え
ることにした。
慌ただしいが、なんとか制限時間に全ての準備が整った。
∼︻風︼の魔王 ストラス視点∼
﹁どう? ︻竜︼の魔王アスタロト様、私のダンジョンは!﹂
私は自信満々に親である、アスタロト様に自慢のダンジョンを見
せる。
限界まで考えに考え抜いたダンジョン。
私の魔物は、飛行能力をもっているものが多い。足場が不安定で、
飛行できる魔物が圧倒的に有利な渓谷のフィールド。
落とし穴が無数に用意された迷宮。
そして、足場が悪い溶岩地帯の三部屋を用意した。
機動力が優れる私の魔物たちのことを考え、どの部屋も最大限広
くしてある。
164
きっと、︻創造︼の魔王プロケルは、一部屋だって突破できない
だろう。
ポイントはぎりぎりまで使って、数十ポイントしか残っていない。
﹁ふむ、なかなかいいダンジョンだ。よくやったストラス﹂
アスタロト様は、優しいお爺さんというような見た目だが、私の
親にふさわしい、最強クラスの魔王の一柱。
︻獣︼の魔王マルコシアス、︻竜︼の魔王アスタロト、︻刻︼の魔
王ダンタリアンの三人の魔王は、現時点の最強候補だと言われてい
る。
﹁当然だわ﹂
﹁ストラス。お前は優秀だ。恵まれた属性、Aランクかつ汎用性の
高いメダル、最強クラスのユニークスキル。頭もよく、戦闘能力も
高い。間違いなく歴代の魔王の中でも、もっとも才能をもった魔王
の一人だろう﹂
どこか、アスタロト様は憐れむように私を見ている。
﹁なにを今更、私が天才であることはわかってるわ。そんな私には
むかった、身の程知らず。あっという間に蹂躙してやる!﹂
Cランクの魔物しか作れない無能。
スケルトンなんかを連れ歩く恥知らず。
それでいて、傲慢で鼻もちならない奴。
他の魔王の見ている前で、けちょんけちょんにして笑いものして
やる。
165
﹁君はまだ若い。敗北はいい経験になるだろう。敗北はなるべくは
やく、小さな戦場で味わうほうがいい。今回の︻戦争︼は適度な痛
みを得る数少ない機会だ。立ち直れる程度の挫折なんて都合のいい
ものはそうそうない。たくさん学ぶといい﹂
アスタロト様の言葉はまるで、私の負けを確信しているようで。
私はひどくかっとなって、アスタロト様に背を向ける。
﹁目にもの見せてやる﹂
そして、ユニークスキルの発動をする。
︻風︼のユニークスキルは、さまざまな派生魔術が存在する。
その中でも最強の能力、︻偏在︼。その力を私の全ての魔物に同
時にかける。
これは、ただでさえ圧倒的な私の戦力を倍増させる。私にふさわ
しい最高の力だ。みんな勘違いしている。これは戦いなんかじゃな
い。私によるただの一方的な虐殺だ。
自然と笑みがこぼれる。これから未来の大魔王、︻風︼のストラ
スの力を全ての魔王に見せつけるのだから!
166
第二十話:ミスリルゴーレム
ダンジョン作りための制限時間が終了した。
同時に俺の意識が遠くなる。
創造主に呼び出されたのだ。
さきほどとは別の白い空間、俺の背後には作ったばかりの洞窟型
のダンジョン。
そして正面には緑髪の生意気そうな少女、︻風︼の魔王ストラス
が居た。彼女の背後には無数の魔物。防衛用の魔物はダンジョンに
設置し、俺のダンジョンを攻略するための魔物をこの場に用意して
いるのだろう。
俺も同じだ。天狐とエルダー・ドワーフ。ワイト、スケルトン軍
団。そして、グリフォン。ゴーレム以外の全戦力を用意してある。
だが、いくらなんでもストラスの魔物の数が多すぎる。一〇〇体
近い数。俺と同時期に生まれた以上、限界まで魔物を作ってもそれ
が限界値のはずだ。全ての魔物を攻撃に回しているのか? いや、
それはない。何か手品があるのだろう。
ストラスの背後には、俺と同じ洞窟型のダンジョンがあった。
ただ、俺のがみすぼらしい外観の洞窟に対し、彼女の洞窟は予算
が許す限り立派に見えるものを選んだようだ。見栄っ張りな性格が
透けてみえる。
﹁よく逃げずに来たわね。それだけは褒めてあげるわ﹂
167
﹁せっかくのオリジナルメダルを得る機会、無駄にするわけにはい
かないからな﹂
俺の安い挑発に乗って、ストラスが青筋を立てる。
なるべく熱くなってほしい。
相手が熱くなれば熱くなるだけ、勝率があがる。
白い空間のそらに大きなスクリーンが浮かびあがる。
そこには熱狂した魔王たちの姿が映されていた。たぶん、向こう
からはこちらの姿が見えているのだろう。
ストラスは目に見えて緊張している。無理もない、彼女にとって
は圧勝してあたりまえ。俺のような木っ端魔王。蹂躙して当然なの
だ。
﹁⋮⋮この︻戦争︼、制限時間は二時間あるようだけど、そんなに
いらないわね、瞬殺してあげるわ﹂
﹁できるといいな。まあ、俺はゆっくりと攻略するよ。どうせ、俺
のダンジョンは、ストラスには攻略できない﹂
ここまで言われれば、ストラスは初手から全力で行かざるを得な
い。
急がないといけない。その考えは自らの選択肢を恐ろしく狭める
ことになるのだ。
﹃さて、これより今日の︻夜会︼の目玉。︻創造︼の魔王プロケル
と︻風︼の魔王ストラスの︻戦争︼を行う。己のメダルとプライド
をかけた一線。若獅子たちの戦いから目を離すなよ﹄
創造主の声が響く。
168
いよいよか。
﹃試合前に面白いものを見せよう。恒例のように今回も希望者は賭
けをしているのだけどね。今回のレートはこれだ。︻創造︼は、レ
ートが1.3倍。︻風︼はレートが3倍。下馬評では︻創造︼が圧
倒的に有利、さあ︻風︼はこの下馬評を覆せるかな?﹄
モニターに観戦している魔王たちがDPを賭けた金額とレートが
合わせて表示される。
随分と俺に偏ったものだ。
まあ、無理もない。俺の実力を見抜ける魔王たちは、俺がSラン
クの魔物を従えていることを知っている。そして、実力者たちは保
持するDPが多く賭け金も大きくなる。
見えている戦力はほぼ互角だが、Sランクの魔物を作れる俺には
何かがあると読んでいるのだろう。
そうなれば、俺のほうに賭け金が集中するのも理解できる。
ただ、そのことを理解できないストラスにとってはショックが大
きいだろう。
﹁ばっ、馬鹿にして、私が、この男に劣っているように見えるの!
? 私の力を見せつけてやる! 私は未来の大魔王なのよ!﹂
ここまで来るといっそう哀れだ。
完全にストラスは我を忘れている。
﹃じゃあ、︻戦争︼をはじめるよ。ルールは簡単。制限時間二時間。
先に水晶を壊すか、相手魔王を倒したほうが勝ち、この白い空間か
ら相手のダンジョンに侵入するけど、この白い部屋での戦闘、妨害
169
は禁ずる。さあ、準備はいいかい?﹄
俺とストラスは頷く。
このルールは合理的だ。この場で妨害できるならダンジョンに入
らせないという戦術がもっとも効果的になってしまう。
﹃では、︻戦争︼開始だ!﹄
∼︻風︼の魔王ストラス視点∼
私は奥歯を噛みしめ、悔しさを堪えていた。
賭けのレートはショックだった。
私があの男より評価が低い? 四大元素をもつ、選ばれたこの私
が? ありえない。ありえない。ありえない。
ダンジョンに入るなり、私は︻転送︼でダンジョン最奥の水晶の
部屋に飛ぶ。
魔王権限だ。自分のダンジョン内であれば、好きな部屋に跳べる。
魔王が倒されればおしまい。一番安全なところにいるのは定石。
そして、私は無理に前線でる必要はない。
なぜなら、私のユニークスキルは最強なのだから。
それは、︻風︼。風を吹かせることはもちろん、風の刃の生成、
空を飛ぶなど汎用性が高く、なにより︻偏在︼を使える。
それは言うならば、一時的な魔物のコピーだ。
一度に百体までの魔物を、ランクを一つ下げて複製する。ただし、
発動できるのは一日一回切り、生み出した魔物は一時間で消えてし
まう。
170
その力は常に発動済。︻偏在︼で作った魔物全てを、相手のダン
ジョンを攻略するために外に配置している。
﹁負けるわけがない﹂
そう、負けるわけがない。
私は生まれてから今まで、死に物ぐるいでDPを稼ぎ、魔物を作
り続けてきた。その数、総勢九八体。それも最低でもDランクの強
力な軍団だ。
スケルトンを連れ歩く必要があるような貧相な軍団しかもってい
ないあの男とは格が違う。
ただでさえ、質でも数でも魔物戦力は敵を圧倒しているのに、魔
物の数を︻偏在︼で二倍にした。
私は全ての魔物を自陣に置きつつ、︻偏在︼で生み出した魔物全
てを攻撃に回せる。
いや、︻偏在︼じゃない魔物も半分は攻撃に回そう。そうすれば、
予定よりずっと速く、圧倒的に攻め入ることができる。
自陣に残っている魔物たちの半分に、外に出て相手のダンジョン
を攻めるように指示を出した。
さあ、蹂躙しよう。
私は、︻風︼のスキルを使い、実体はここに残したまま、アバタ
ーである霊体を前線に飛ばした。
お互いのダンジョンの入り口が設置されている白い部屋だ。
あの男は配下と共に突っ立っているだけで、自分のダンジョンを
守りも、こちらに攻めてもこない。
⋮⋮なんて、情けない。一生そこで突っ立っていればいい。
171
私のアバターは霊視できる魔物しか私の姿を見ることができない。
事実、あの男は私の姿に気が付いていない。
キツネの女の子の耳がぴくぴくとこちらに動いている気がするが、
気のせいだろう。
それにしても、配下の魔物も自分もまったく動かず、私たちの様
子を見ているなんて、どういうつもりだろう?
﹁ローゼリッテ、はじめなさい﹂
︻誓約の魔物︼の一体に命令する。
それは、天使型の魔物。アスタロト様から頂いた︻聖︼と私の︻
風︼で作られた最強の手札。ラーゼグリフ。
ステータスが優秀なだけじゃない。Aランクの魔物は強力な特性
を持っている子が多いけど、この子は特に優秀だ。
自軍全てを強化するスキルがある。
あの男の魔物なんて一瞬で蹂躙できるだろう。
◇
天使型の魔物ラーゼグリフのローゼリッテが、白い部屋に居る魔
物に突撃の命令をだす。
この場いる魔物たちは総勢九八体。援軍であと五〇体くる予定。
ほとんどがCランクとDランクでたまにBが混じっている。
︻偏在︼のコピーでランクが下がった分、ローゼリッテの全軍強化
スキル。︻十字軍︼である程度は落ちた力を補っている。
172
あの男のダンジョンは入り口が狭い。
一度に入れる魔物はせいぜい十体だ。
編成を組ませて魔物たちがダンジョンの中に入っていく。
ダンジョンの中は異次元だ。ここから中の様子は見れないし音も
漏れてこない。
だが、ローゼリッテは全ての魔物とテレパシーによる通信ができ
る。彼女は、軍団の運営に特化した魔物だ。
﹁おかしいわね﹂
﹁はい、そろそろ連絡が来てもいいころですが﹂
ローゼリッテと共に首をかしげる。中に入った魔物からの連絡が
来ない。
中に入り問題なければ、後続の部隊に入るように指示を出すし、
万が一強敵が居れば、増援を呼ぶ。どちらにしても連絡が来るよう
になっていた。
そのはずなのに、いっこうに連絡がこない。
﹁ローゼリッテ、中の魔物たちは?﹂
﹁それがこちらから呼びかけても返事がありません﹂
﹁まさか、殺されたの?﹂
ありえない。第一陣はCランクがほとんど。
︻偏在︼で劣化しているとはいえ、︻十字軍︼の補正でDランク上
位の力はある。それが数秒で消えるなんて。
﹁念のため、第二陣を進めましょう﹂
173
ローゼリッテの判断に頷く。
そして、第二陣を進めた。
二陣がダンジョンに入ってから数十秒がたった。やはり、中の魔
物から連絡がこない。
ローゼリッテがテレパシーを送っても返事がないようだ。
﹁こうなったら、私が行くわ﹂
﹁ストラス様自らが出向かれるなんて﹂
﹁それが一番確実よ﹂
この身は︻風︼で作った霊体。滅ぼされることはありえないし、
滅ぼされても問題がない。
一番確実に中の情報を調べられるだろう。
◇
ダンジョンの中に入る。
﹁はっ、なにこれ。馬鹿なの?﹂
中は石の部屋。
横幅は4mほどしかない。ただ長さは2kmはある。しかし、ひ
たすら真っすぐに伸びているだけの道。
こんなのただ駆け抜けるだけで攻略できる。
わけがわからない。手抜きもいいところだ。
ただ、天井が三メートルしかないのはいら立つ。空を飛べる魔物
の力を活かしにくい。
周囲を見渡す。
﹁ひっ!?﹂
174
そこにあったのは、私の魔物の死体だ。
それも原型をとどめてない。完全なミンチ。
いったい、何をされたら、ここまで凄惨な死体になるというか?
しばらくして、青い粒子になって死体が消える。
これを見て確信した。
ここに入った魔物は、なんらかの手段をもって瞬殺された。
なら、どうやって?
目を凝らすと、最奥にミスリルゴーレムが二体並んでいた。何や
ら巨大な鉄の筒を構えている。
ミスリルゴーレムは、魔物で換算すればBランクに相当する力が
ある。
だけど、馬鹿力と耐久力だけが取り柄で、鈍重で反応が鈍い。い
わゆる木偶の棒。脅威じゃない。
なら、いったい何が私の魔物を?
﹁ローゼリッテ、魔物を一部隊よこして﹂
このまま突っ立っていてもわからない。
実演してもらうしかない。
霊視できないゴーレムに私は見えていないが、もし、敵が来たら
何か行動を起こすかもしれない。
ローゼリッテが魔物を派遣した。
エルフモドキと、レッサーグリフォンの混成部隊。十匹ほどがダ
ンジョンに入ってくる。
175
すると⋮⋮
暴風が吹き荒れた。
私の顔の横を恐ろしく早い何かが通り過ぎる。
そして、背後で爆発。エルフモドキも、レッサーグリフォンもま
とめて、はじけ飛びただの肉片になる。
その後、爆音がいくつも響いた。
なに、なんなの、これ。
﹁一体何なんなのよぉぉぉぉぉ、これはぁぁぁぁぁ!?﹂
わけもわからず叫んだ。
前を向くと、最奥に居るミスリルゴーレムの構えている鉄の筒か
ら煙が出ていた。
あれで攻撃をしたのだ。
音を置き去りにする、悪夢のような攻撃。
それも、2キロ以上離れた位置から。
つまり、この部屋全てが、この攻撃の射程範囲内。逃げ場はどこ
にもない。
ふざけてる。私の全魔物の中でもっとも射程の長い攻撃が二〇〇
メートル程度。
それなのに、二キロすべてが射程? それも一瞬で私の魔物をミ
ンチにするようなふざけた威力かつ、音を置き去りにする反応不可
能な速度で?
こんな、こんなことはありえない。
﹁いえ、冷静にならないと。私は未来の大魔王なのよ﹂
176
ありえた。ありえたからこうなっている。
認めよう。認めたうえで、攻略してやる。おそらく、あの男のユ
ニークスキルだ。ただのゴーレムに圧倒的な射程と攻撃力を与えて
いる。
なら、次の手は簡単だ。
こんな超高威力、高射程の魔術、そうそう使えるわけがない。
魔王のユニークスキルと言っても限界がある。
これほどの力、連続では使えないだろうし、回数制限だってある
はずだ。魔力だって消費が大きいはず。
どう、悲観的に考えてもせいぜいあと二回が限度のはず。物量で
押せば容易く突破できる。
さあ、少し予定が狂ったがすぐに攻略してやる。
私は、ローゼリッテに次の作戦の指示を出し始めた。
177
第二十一話:絶望の先にあるのは⋮⋮
﹁ローゼリッテ、休みなく魔物を次々に突っ込ませるわ。まずは編
隊を整えなさい!﹂
私のもっとも信頼する魔物。
天使型の魔物ラーゼグリフであるローゼリッテにテレパシーで指
示を出す。
すべてはこのダンジョンの攻略のため。
﹁すぐにとりかかります。ストラス様﹂
確かに、ダンジョンに入った瞬間に即死させる攻撃には驚いた。
こんな超高威力、高射程の魔術、そうそう使えるわけがない。
魔王のユニークスキルと言っても限界がある。
これほどの力、連続では使えないし、回数制限だってあるはずだ。
魔力だって消費が大きいはず。
どう、悲観的に考えてもせいぜいあと二回が限度のはず。
なら、次々に魔物を突入させて、攻撃が止まった瞬間に距離を詰
め、倒す! ここに居る敵はたった二体のミスリルゴーレムだけなのだから。
﹁ストラス様。編隊、整いました。いつでもいけます﹂
﹁ローゼリッテ、全員に可能な限りの防御強化の付与、防御スキル
を持っている魔物は、全員出し惜しみをせずに使わせて! 全軍突
撃よ!﹂
﹁かしこまりました。ストラス様﹂
178
これでこの悪夢を突破できる!
そう私は信じてた。
◇
その20分後、私は乾いた笑いを浮かべていた。
私の馬鹿な思い込みで、一〇〇体近く大事な魔物を失った。
途中でやめようと思った。でも、みんなを無駄死にで終わらせる
わけにはいかない。もうすぐ、敵の限界が来る。味方の犠牲が増え
るほど、引き返せなくなり、このざまだ。
途中、仲間たちの死体を盾にし、半分ほど進んだ子もいた。
だけど、その子は地面にある何かを踏んだ瞬間、その何かが爆発
して命を落とした。即死だ。
たぶん、その何かはミスリルゴーレムのところにたどり着くまで
に、いくつもあるだろう。
八〇体もの魔物を犠牲にして、最高で半分までしか進めない。
ゴーレムまでの2kmが果てしなく遠い。
﹁あは、あははははは﹂
敵の攻撃は一度も途切れなかった。
いや、途切れることもあったが、数十秒後にはまた攻撃を再開し
た。
変な帯を鉄の筒に繋ぐとすぐに攻撃が可能になるのだ。
突撃する魔物を増やしても。肉片を増やしただけ。
そもそも、冷静に見ると、あの攻撃に魔力のひとかけらも感じな
い。あれは魔術じゃない。なら、いったいなんだと言うの?
179
わけがわからない。
ただ、ずっと、魔物たちが死んでいく光景を見て分かったことが
ある。
あれはAランク上位の全力攻撃に匹敵する破壊力の物体を、音の
三倍の速さで、一秒間に一〇回繰り返す。
そして、最大で十数秒間攻撃を続けることができ⋮⋮二十秒後に
はあっさりと、また同じ攻撃ができるようになる。
そんなの、突破できるはずがない。ゴーレムまでの距離が長すぎ
る。
この部屋全て射程内。隠れるところも盾にするものもない。いっ
たいどうすればいいの?
いや、一つだけ突破口がある。
だけど、それは⋮⋮
そんなことを考えていたとき、脳裏に声が響いた。
﹃やりましょう。ストラス様。このまま終わりなんてありえないで
す﹄
﹃俺たちなら突破できる﹄
﹃目に物を見せてやろうぜ﹄
私とつながっている︻誓約の魔物︼たちだ。
深いつながりがある︻誓約の魔物︼たちに、私の思考が流れてい
ってしまったのだろう。
﹁やめて、私の考えは、︻偏在︼で生み出したコピーだけじゃ無理、
本物のあなたたちを危険にさらすわ。いえ、危険どころじゃなくて、
180
全員生存は無理よ﹂
﹃ストラス様、わかっているさ﹄
﹃だがやらねばならないです、ストラス様。⋮⋮ローゼリッテ、︻
偏在︼のおまえは借りる。だが、本体は防衛のために自陣に戻れ。
守りの要のお前がいないと支障が出る﹄
﹃わかりました。では、みなさんご武運を﹄
私のダンジョンに残していた。オリジナルの︻誓約の魔物︼その
二体がこちらに向かって来ている。
私の子たちはひどく難しい賭けだとはわかっているだろう。 だ
けど、私の名誉のため、この難攻不落のダンジョンに挑むと言って
くれた。
そんな我が子が愛おしい。
そして、その子たちなら蜘蛛の糸のように細い突破口を越えてく
れるという期待があった。
まだ、三部屋あるうちの一つ目。
だけど、ここは間違いなく、あの男の切り札。
全リソースをつぎ込まなければこれだけのものは作れない。
ここさえ突破すれば、勝利は確実だ。
なら、私の愛する︻誓約の魔物︼たち、その底力に賭けてみよう。
死力を尽くしこの部屋を突破し、そして、絶対に勝つんだ! ◇
私は一度、地上に出る。
そこに居たのは、私の自慢の︻誓約︼の魔物たち。
181
Aランク。天使型の魔物ラーゼグリフ⋮⋮ローゼリッテ。
Bランク。カマイタチ型の魔物シザーウインド⋮⋮マサムネ。
Bランク。天馬型の魔物ペガサス⋮⋮フォボス。
みんな、強く、頼りになる優しい自慢の子たちだ。
純粋な戦闘力なら、もう一体特別な子が居るが、総合的な能力な
らこの子たちが最優。
﹁ストラス様、誓約の魔物が全員揃いました。私だけは︻偏在︼し
かいませんが﹂
天使型の魔物ローゼリッテが苦笑する。
﹁さっさと、ぶち抜いちまおうぜ﹂
﹁ああ、あれだけの戦力を第一の部屋に集中させているんだ。あの
部屋さえ抜ければ後はやりたいほうだいだ﹂
カマイタチのマサムネは自信満々に、ペガサスのフォボスはどこ
か冷静に意見をくれる。
ついさっきまで、諦めさえあったのに、心の中が軽くなる。
私は、この子たちを作ってよかった。
この子たちがこんなに前向きなんだ。ここで私が暗い顔をしてど
うする!
﹁我が︻誓約の魔物︼たち! これより、卑劣な罠を真正面から突
き破る! 私は私の魔物たちが成し遂げると信じている!﹂
﹁﹁﹁はい、ストラス様﹂﹂﹂
この子たちにできないはずがない。 182
私は、希望をもって信じられる魔物たちとダンジョンに潜った。
◇
これまでの数十体の魔物の犠牲は無駄ではなかった。
おかげでいくつかの弱点が見えている。
あのゴーレムたちの攻撃は、上方への攻撃になった瞬間命中精度
がひどく落ちる。
つまり、天上すれすれを超高速で跳べば、いっきに危険度はさが
る。
とは言っても、命中精度が下がるだけで安全なわけじゃない。
だから、隊列を組んだ。
︻偏在︼カマイタチ、カマイタチ、︻偏在ペガサス︼、ペガサス、
ラーゼグリフ。が一列に並ぶ。
ラーゼグリフは全体の能力向上を行い、風の防御障壁が得意なカ
マイタチが、防壁を展開。ぎりぎりまで敵の攻撃を耐える。
そして、全ての防御を貫かれたあとは、最速を誇るペガサスが駆
け抜けると行った作戦だ。
チャレンジできるは一回切り。
私は霊体のまま、オリジナルのペガサスにしがみつく。
そして、いよいよ決断のとき。
最初で最後の特攻が始まった。
◇
天上すれすれの超高速飛行。
おとりで、地上からも魔物を突進させる。時間稼ぎのためだ。
183
もう、︻偏在︼の魔物はほとんど尽きた。なので、本来防御に回
すはずだった、魔物たちをダンジョンから引っ張ってきてる。
数十秒で、魔物たちが肉片になった。
しかし、その時間で距離を四分の一ほど詰めた。
地上の魔物を仕留め終えたゴーレムたちは、鉄の筒を傾けこちら
を狙ってくる。
カマイタチが全力で風の防壁を張る。
すぐ近くを、鉄の球がかすめていく。どんどん鉄の球が近くなる。
そして、ついに直撃。
たった一発で、風の防壁を鉄の球が突き破る。
だが、防壁による威力の減衰。ラーゼグリフのエンチャントのお
かげで致命傷にはならない。
︻偏在︼のカマイタチは二発の直撃に耐えてくれ、三発目で青い粒
子になって消えた。
残り、距離は二分の一。
距離が詰まれば詰まるほど命中精度が高くなる。︻偏在︼より強
力なカマイタチ本体も、頑張って耐えてくれた。
しかし、限界が来た。
防壁を維持できず、直撃を喰らって即死する。
だが、もう距離は残り三分の一を切った!
駆け抜けられる!
そんな希望をもったときだった。
カマイタチが倒れ先頭に居た︻偏在︼ぺガサスが突如猛烈に苦し
み始める。
まさか!? どく、ゴーレムの近くの空気には毒が含まれていた
184
のだ。なんて狡猾な。
だけど、︻偏在︼で生み出したペガサスは、毒にもがき苦しみな
がら、それでもにやりと微笑み、最後の気力で風を巻き起こした。
毒が霧散する。
残りはオリジナルのペガサスと︻偏在︼ラーゼグリフだけ。
ミスリルゴーレムがペガサスに狙いをつける。今までの経験でわ
かる。避けられない。ここまで来て⋮⋮
半ばあきらめかけたとき、ラーゼグリフが微笑んだ。
ペガサスを追い抜き先頭に立つと両手を広げた。鉄の球を何発か
受ける。
青い粒子が立ち上っている。消滅の前兆。
﹁ローゼリッテ!﹂
﹁あとは任せました。ご武運をストラス様﹂
彼女は自分の役目はこれまでだと悟り、最後に盾になってくれた。
いつ消滅してもおかしくない状況で、ペガサスの背をポンと押し、
最後に残った力を振り絞り風を吹かす。
ペガサスが風に乗って超加速。ミスリルゴーレムの頭の上を超え
た。
後ろを振り向く、ラーゼグリフが微笑み、次の瞬間、ハチの巣に
されて消滅する。
私は涙をこらえる。
みんなを犠牲にしてここまできた。絶対にこの犠牲を無駄にでき
ない。
ペガサスも気持ちは一緒だ。
185
ただ、全力で羽ばたく。
そして、ついに⋮⋮
﹁抜けた!﹂
悪夢の部屋を抜けた!
第二の部屋にたどり着く。もう、あのゴーレムの攻撃は届かない。
﹁やった、やったわ。フォボス﹂
ペガサスの名前を呼び、彼の首に抱き着く。
ペガサスが誇らしそうに、ひひーんと鳴き声をあげた。
払った犠牲は多かった。
だけど、私たちは卑劣な罠を攻略した。
私の︻誓約の魔物︼たちはその勇気で、あの男の悪意を乗り越え
た! 私の魔物は最高だ!
さあ、前を向こう。
一番の難所をクリアしたからと言って気は抜けない。
おそらく、ここに一番力をつぎ込んで来たのだろうが、残り二部
屋あることには変わりない。
ペガサスは自慢の魔物だけど、彼一体で最後まで戦い抜くのは難
しいだろう。でも、きっとやってくれる。
私とペガサスは、まっすぐに前を見つめる。
そこにあったのは⋮⋮
﹁⋮⋮こんな⋮⋮こんなの⋮⋮ありえない。こんなの絶対おかしい
わ!﹂
186
ただの絶望だった。
二キロ近いただただ、まっすぐな道。
その最奥にはミスリルゴーレム。そしてその前には悪夢の鉄筒。 今通り抜けた部屋とまったく同じ構成。
仲間たちの屍を越えてやってきた。
絶望の先にあるのは希望だと信じていた。
でも、実際は絶望の先には絶望しかなかった。
頬を涙が伝う、乾いた笑いがこみ上げてくる。
もう、私の仲間は残ってない。それにそもそも、ここを抜けたと
ころでまた⋮⋮
﹁いったい、何のために私はみんなを犠牲にして!﹂
私の叫びはどこにも届かない。
ミスリルゴーレムの構える鉄の筒が火を吹く。
次の瞬間、ペガサスがミンチになった。
私は涙を流しながら、自分の心がぽきりと折れる音を聞いていた。
187
第二十二話:ダンジョン攻略
∼プロケル視点に戻る∼
﹁よし、そろそろ行くか﹂
俺は屈伸し、本格的に︻風︼の魔王ストラスのダンジョンを攻略
することを決めた。
今まで、お互いのダンジョンが向かい合う白い部屋で様子をうか
がっていたのだ。
﹁おとーさん、暇だったのー﹂
天狐がぷくーっと頬を膨らませる。
﹁ごめん、ごめん。相手の戦力を削ってからがいいかと思って。そ
れに、ゴーレムたちが手に負えない奴がいてもここからならフォロ
ーできる﹂
︻風︼の魔王ストラスは熱くなっていた。それに負けず嫌いの性格。
放っておけばどんどん戦力をつぎ込んで⋮⋮犠牲を出してくれる。
俺たちがダンジョンを攻めて、守りを固めるなんてことになれば
面白くない。
攻め込むのは、相手が疲弊してからで十分。
そして、俺のダンジョンを突破されることはあまり心配していな
い。
この白い部屋で、彼女の軍勢を見ていたが、懸念していた霊体系
188
の魔物、ガス状、スライムなどの物理攻撃が利かない敵はいないし、
盾になるような魔物もいない。
そもそもが、︻風︼は機動性と隠密性に優れた属性。
高速かつ、耐久力低い魔物が生まれやすい。はっきり言ってその
D2
カリバー.50
素早さが活かせない俺のダンジョンではただのカモだ。
ブローリング
全長1560mm。重量38.0kg。口径12.7mm×99。
発射速度650発/分。有効射程2,000メートル
重機関銃による12.7mm弾の弾幕を形成できるミスリルゴー
レム。
その射程は2kmにも及ぶ。
つまるところ、俺が作った2kmの直線ダンジョンというのは、
一歩足を踏み入れた瞬間に重機関銃の射程に入り、なおかつ遮蔽物
ゼロ、回避可能スペースがゼロという悪夢のダンジョンだ。
ゴーレムは耐久力と筋力は非常に高く並みのAランクの魔物を上
回るが敏捷が鈍く総合的な戦闘力は低い。
だが、重機関銃をぶちかますだけなら、敏捷なんて一切関係ない。
その高い攻撃力を活かせる。
それに、水晶の部屋で留守番してもらっているドワーフ・スミス
たちのエンチャントで火力を引き上げていた。
12.7mmという戦闘機の機銃並みの威力を誇るカリバー.5
0。ゴーレムの馬鹿力、ドワーフ・スミスのエンチャント。
そのすべてが合わさった総合的な火力はAランク上位をも上回る。
それが一秒間に十発。それこそSランクの魔物でないと耐えきれな
189
い。
﹁おとーさんのダンジョン、あんなに単純なのに強いってすごいの﹂
﹁実はいろいろと工夫をしているんだけどね﹂
そして一直線の洞窟に見えて、少しだけ工夫をしている。
床が微妙に傾いているのだ。それも入口に近づくほど傾きか大き
くなる。
感覚的には真っすぐ見えるが、1°でも傾きがあれば2km離れ
た入り口と出口で高低差が30m生まれる。
音速の三倍近い速さかつ、直進性が高いライフル弾でも2kmあ
れば重力に引かれ着弾までに20m∼30mほど落ちる。このたっ
た数°の傾きががその落ち幅分を確保しているのだ。
ゴーレムのほうは打ち下ろしなので楽に射撃できるが、逆に入り
口側からの攻撃は、その高低差が仇になる。落ち幅を考えて上方に
撃てば3mの高さしかない天井に阻まれる。
物理法則に縛られ重力に引かれる攻撃は絶対にミスリルゴーレム
に届かない。
それは、ゴーレムが装備している重機関銃を奪ったとしてもだ。
さらに、二体のゴーレムを配置することで射撃の空白を消してい
るし、適度に銃身を冷ます時間を確保している。付け加えてある程
度の距離からは山ほど地雷をしかけており、ゴーレム付近には神経
毒のガスが充満している。
﹁マスター。一部屋突破された﹂
ゴーレムと感覚を共有することができるエルダー・ドワーフがぼ
そっとつぶやく。
190
少し驚いた。二部屋目に到達することはないと予想していた。
﹁へえ、それで一部屋突破されたあとは?﹂
﹁次の部屋で即死。一部屋突破して油断した。間抜け﹂
﹁それは重畳﹂
一部屋突破されたとしても、二部屋目はまったく同じ構成。
三部屋目は部屋自体は同じだが、もっとも難易度が高い。
最後の部屋なので、ありったけのゴーレムを配置し、特殊な武器
を装備させ、ゴーレムならではの運用法をしていた。
エルダー・ドワーフに話を聞くと、ストラスたちはかなり強い魔
物を盾にして強引に一部屋目を抜けたそうで、もう二度と同じ手を
使うことはできないらしい。なら、残りに部屋を突破するのは、不
可能だろう。
﹁マスター。ただ、気になるのが一番懸念していた︻竜︼の魔物が
居なかったこと。たぶん、守りのために温存している﹂
マルコが教えてくれた。
ストラスの親は︻竜︼の魔王アスタロト。
最強候補の魔王の一柱。そして、その︻竜︼は俺の︻創造︼のよ
。
ひどく扱いにくいが単純戦力は最強。これ以
うに特殊なメダルであり、特別な︻合成︼ができるということだ。
マルコの話では、
上はフェアじゃないから教えない
そのメダルをストラスに与えていないことは考えにくい。
温存したのか、それとも出せない理由があったのか、あるいは大
型で、俺のダンジョンではそもそも狭すぎて入れないのか。
191
どっちみち、警戒はしないといけないだろう。
﹁じゃあ、俺たちも行こうか﹂
﹁やー♪﹂
﹁マスター。了解した﹂
﹁我が君、アンデッド部隊の力、お見せしましょう﹂
そして、俺たちもいよいよ、︻風︼の魔王のダンジョンの攻略に
乗り出す。
︻風︼の魔王は俺のダンジョンを攻略するためにかなりの戦力を割
いてくれた。
守りも手薄になっている。
制限時間は残り、一時間三〇分。
これだけあれば、十分に攻略できるだろう。
◇
﹁ふははは、どうですか我が君。スケルトン軍団の強さは!﹂
貴族のような優雅なローブを来た骨の魔物ワイトが高笑いを浮か
べる。
彼は二〇体のスケルトンを指揮し、敵を殲滅していく。
⋮⋮ワイトのスキルで即座にスケルトンの育成ができると聞いて、
予備のアサルトライフルと同数のスケルトンを追加購入したのだ。
最初の部屋は渓谷だ。
一歩足を踏み外せば谷底に落ちる。
そんな中、ストラス配下の翼を持つ魔物たちが空を旋回している。
あいつらにとっては足場の悪さは関係ない。
厄介なのは、死角から急降下し攻撃をしかけてくるうえに、攻撃
192
を仕掛けるとき以外は近づいてこないこと。並みの魔物ならなすす
べもなく倒れるだろう。
レギオン
﹁我が君、私の軍団に死角などありませぬ。総勢二一名。四二の眼
が全てを見通して見せましょう﹂
だが、相手が悪かった。
ワイトは二〇体のスケルトンすべての視覚情報を共有し統合して
共有する。
スケルトンたちが分担して全方位を警戒してるので死角なんて存
在しない。
さらに、ワイトに統率されたスケルトンはすさまじい連携を見せ
る。
ワイトの指示のもと、一瞬にしてアサルトライフルの弾幕が張ら
れ、鳥の魔物たちは銃撃され墜落する。
逃げ場を多方向から潰しつつ殲滅するお手本のような制圧射撃。
﹁ワイト、なかなかやるな﹂
﹁お褒めにあずかり光栄です。我が君﹂
相変わらず優雅な動作でワイトは礼をする。
こいつはステータスは低いがなかなか優秀だ。こうしている間に
もスケルトンたちにしっかりと周りを警戒させている。
﹁天狐様、お力をお借りしたいのですが、よろしいでしょうか?﹂
突然、ワイトが顔をあげ、天狐のほうを向く。
﹁やー!﹂
193
天狐はこくりと頷いた。
﹁天狐様、三秒後、南東六〇°。3⋮2⋮1⋮今です!﹂
﹁いくの!﹂
ワイトの合図に合わせて、天狐が引き金を引いた。
天狐の大口径に改造されたショットガンが火を噴き。散弾が無数
に弾けて、超高速で飛来した巨大な緑色の鷲型の魔物を捉える。
Bランクの強敵。スケルトンたちの5.56mm弾程度では耐え
てしまい。なおかつ、弾丸を見てから避けれるような魔物だ。
ワイトは状況判断能力もすぐれ、スケルトンたちの射撃では捉え
られない素早い敵や火力不足だと判断すると大火力の散弾を持つ天
狐に対応を依頼する。
こういうところも信頼できる。
﹁さすが天狐様、あの難敵を一撃とは﹂
﹁天狐にお任せなの!﹂
ストレスなく魔物を倒し。天狐も上機嫌だ。
本当にワイトは優秀だ。Sランクで生み出してやりたかった。
天狐が褒めてほしいのか、これ見よがしに俺の右腕に近づいて来
たので頭を撫でてやる。
やわらかく、滑らかな髪とキツネ耳の感触が心地よい。
﹁やー♪ おとーさんの手、大きい﹂
エルダー・ドワーフがうらやましそうに見ながら、きょろきょろ
と周りを見ていた。
194
彼女も褒めてほしくて、手柄を立てたいのだろう。素直に褒めて
くれとおねだりできない彼女らしい。
さあ、このまま突き進んでいこう。
一部屋目の終わりが見えてきた。だが、このまますんなりいくと
は思えない。
気を引き締めて行こう。
195
第二十三話:︻創造︼の魔王ロリケル
渓谷地帯を抜けると次は、迷宮地帯だった。
それもただの迷宮ではなく落とし穴が複数設置されている。
しかも天井がいやに高い。
よく考えられている、壁は天井まで届いていないが、わざとだろ
う。空飛ぶ魔物たちは、迷宮を無視して移動でき、地上でしか動け
ない俺たちは、迷宮の壁に阻まれ、なおかつ、いつ落とし穴にはま
るかというストレスと戦わないといけない。
﹁マスター、三歩先落とし穴。先の角に敵が待ち伏せしてる。空か
らの敵と挟撃を狙っているみたい﹂
しかし、そんな迷宮もエルダー・ドワーフにとっては、退屈なア
トラクションだ。
土に愛されているエルダー・ドワーフにとって、落とし穴を見つ
けることなど容易い。
それどころか、即座に地面を補強して踏んでも大丈夫なように改
造さえしてみせる。
彼女は半径数キロにわたり地面が繋がっているところに、エコー
を走らせ完全なマップを作ることすら可能だ。ありとあらゆる迷宮
は彼女の前には無効化されるのだ。
実をいうと空の魔物も扱いやすい。 なにせ、こちらに降りてくるときに必然的に迷宮の壁に動きが制
限される。
196
さきほどのフロアのほうがよほど戦いにくいぐらいだ。
エルダー・ドワーフの情報のおかげで、罠にはめようとした敵を
余裕をもって迎え撃つことができた。
なんの苦労もせずに迷宮地区を抜けていく。
﹁ありがとうエルダー・ドワーフ。おまえのおかげで楽ができたよ﹂
﹁んっ﹂
エルダー・ドワーフが頷き俺の左手に寄りかかってくる。
どこかそわそわしていた。
銀髪ツルペタ美少女のエルダー・ドワーフにはそんな仕草が良く
似合っている。
﹁どうしたんだ、エルダー・ドワーフ﹂
﹁⋮⋮なんでもない﹂
そうは言いつつも、もの欲しそうに上目遣いに俺の顔を見ていた。
目が合うと、顔を逸らす。しかし、すぐにちらちらと俺の顔をうか
がう。
ついには俺の袖を掴んだ。
ああ、きっと撫でて欲しいんだ。
こうやって、彼女の様子を見るのも面白いがそろそろじらすのは
やめよう。
﹁よくやってくれたね。えらいぞ。エルダー・ドワーフ﹂
エルダー・ドワーフの頭を撫でてやる。
天狐とは感触が違う、さらさらした銀色の髪の手触りを楽しむ。
﹁⋮⋮やだ、父さん。やめて恥ずかしい﹂
197
とはいいつつも、エルダー・ドワーフの表情はにやけている。
たっぷりと撫でてやる。こうして喜んでくれると俺も嬉しい。
そんな俺たちのところににやにやとした顔で天狐がやってきた。
﹁ああ、エルちゃん。いつもはマスターって呼んでるのに、今、お
とーさんのこと、父さんって呼んだ!﹂
くすくすと天狐が笑う。
﹁なんのことかわからない﹂
エルダー・ドワーフは顔を伏せてぼそりとつぶやく。
耳が赤くなってる。
﹁なんで恥ずかしがるの? 呼びたいならエルちゃんも、マスター
じゃなくて父さんって呼べばいいのに﹂
﹁言ってない﹂
﹁言ったの! 絶対父さんって言ったの﹂
﹁言ってないもん!﹂
顔を真っ赤にしてエルダー・ドワーフは天狐を追いかける。
テンパっているせいか、口調がおかしくなっている。
﹁きゃー♪﹂
天狐は、楽しそうに悲鳴をあげながら逃げる。
天狐が捕まった。たぶん、わざとだ。敏捷の差で天狐が本気で逃
げたら、絶対にエルダー・ドワーフは追いつけない。
198
俺はじゃれて遊ぶ二人の娘を見て頬を緩めていた。
大変可愛らしい。
﹁こら、二人とも待て。喧嘩はだめだよ。こっちに来なさい﹂
天狐とエルダー・ドワーフがこちらに来て、しょんぼりした顔に
なる。
﹁おとーさん、ごめんなの﹂
﹁マスター、取り乱しました。⋮⋮申し訳ございません﹂
﹁うん、わかったらいいよ。ほら﹂
二人を一度に抱きしめる。
いい匂いがする。柔らかくて気持ちいい。ほどよい温かさ。
﹁やー♪﹂
﹁んっ﹂
ずっとこうしていたいぐらいだ。
二人もそれぞれに抱きしめ返してくれる。
こうしている間も、優秀なワイトはスケルトン軍団に周囲を警戒
させ、たまに襲ってくる敵を撃墜している。あいつは空気を読むス
キルが非常に高い。
ワイトが居るから、敵地でこんなことができる。
それから、しばらくしてあっさりと二部屋目をクリアした。
だが、そのときの俺は気が付いてなかった。
この光景がリアルタイムで全魔王に公開されていることを。
199
∼パレス・魔王 ダンスホールにて∼
﹁︻創造︼の魔王が作ったダンジョン。なかなか面白かったわね﹂
蛇人型の貴人が、ワインを片手につぶやく。
﹁あれの攻略には骨が折れそうだ。あの鉄の筒が気になるね。どう
いう手品だか⋮⋮最大の評価点は、それをいくつも用意できること
だ。ダンジョンの鉄の筒と、奴の魔物が携帯してるものは本質は一
緒だろう。いやはや、末恐ろしい﹂
今度は、虎の獣人の紳士が肉をかぶり付きながら、笑みを浮かべ
た。
﹁俺は︻風︼のスキルが気になるな。予想以上だ。今回は通用しな
かったが、反則級の強さだよ。それにあれだけ部下に慕われている
とはね。いい魔王になる﹂
アレ
がある﹂
﹁だな、それにまだ結果はわからんよ。︻風︼は︻竜︼の子だ。必
ず
魔王たちの会話はどんどん盛り上がっていた。
パレス・魔王のダンスホールでは、︻夜会︼に参加している魔王
たちが上等な酒を片手に︻戦争︼を楽しんでいた。
空にホログラムが二つ浮かんでおり、一つはプロケルのダンジョ
ンを写し、もう一つはストラスのダンジョンを写している。
つい、さきほどまでは魔王たちはプロケルのダンジョンを食い入
るように見ていた。
しかし、ストラスが攻略を諦め、生き残った魔物を全て撤退させ
始めたことで、プロケルのダンジョン攻略に注目が集まっていた。
200
﹁なかなか見ごたえがあるダンジョン攻略だ。︻創造︼の魔物は低
レベルだが、恐ろしく強い魔物たちだ。それに装備がいい。あの装
備、取引で手にいれられないものか﹂
﹁それは難しいだろう。あれは︻創造︼の戦略の根本。そう簡単に
渡したりはしないさ﹂
魔王たちは新たなライバルの戦力分析をすると同時に自分たちの
利益にどうつなげるかを考えていた。
最低
でAランク。
﹁にしても、︻創造︼の魔物はすごいな。あのレベルであの強さ。
あれは変動レベルで生み出してる。元の強さは
まだ底を見せてない。⋮⋮それに可愛い﹂
﹁確かに、可愛い。どのメダルの組み合わせで出来たか、教えてほ
しいものじゃ⋮⋮そのな、別に孫のようにかわいがりたいわけじゃ
なくて、ただ戦力としてじゃ﹂
魔王たちが天狐とエルダー・ドワーフが可愛いと盛り上がる。
確かに魔王たちですらそうそうお目にかかれない美少女たち。
しかも、プロケルに甘える仕草が、おそろしく可愛らしい。
そんなときだった。ホログラムで、プロケルが天狐とエルダー・
ドワーフをまとめて抱きしめる。
日常ならともかく、戦場でその行動はどう考えても頭がおかしい。
さすがの魔王たちも驚きを隠せない。
﹁あの男いったいなんなんだ﹂
﹁そういえば、さっきから配下がおとーさんとか、父さんとか呼ん
でたり、ちょくちょく頭を撫でたりしてたな。無理やり呼ばせてい
るのか?﹂
﹁危ない魔王だ。こんなやばい奴、見たことがない。そういえば、
201
︻創造︼の魔王、名前なんだっけ、たしか、ぷ、ぷ﹂
たまたま、その場の魔王たちはプロケルの名前を失念していた。
そこに、褐色白髪の狼の耳と尻尾を持った美女が現れる。
﹁ああ、あの子の名前はロリケルだよ。︻創造︼の魔王ロリケル﹂
その美女は、よほど影響力がある魔王らしく周りから、畏怖と尊
敬が入り混じった目で見られている。
何人もの魔王たちが彼女に頭を下げる。
﹁あっ、姉さん。お久しぶりです。そうだそうだ、ロリケルだ! 確かそんな名前だ。名は体を表すと言うがこれは⋮⋮﹂
﹁まあ、覚えやすくていいじゃないか。︻創造︼の魔王、ロリケル。
要注意だな。いろんな意味で﹂
﹁名前の通りの人ね。覚えたわ。ロリケル⋮⋮うちの子に手を出さ
れないようにしないと﹂
そうして、おそろしい勢いで魔王たちの間で︻創造︼の魔王ロリ
ケルの名前は広がっていた。
そうこうしているうちに、スクリーンの中の︻創造︼の魔王プロ
ケル一行は最後の三部屋目に入る。
いよいよ、この︻戦争︼も佳境。
圧倒的にプロケルが優勢だが、まだ結果はわからない。
最後のフロアでプロケルを倒せば、一瞬にして勝敗がついてしま
う⋮⋮それに、︻風︼には切り札たる。︻竜︼がまだ残っているの
だから⋮⋮。
202
第二十四話:狂気に染まった風の竜
天狐やエルダー・ドワーフ、ワイトが率いるスケルトン軍団。
の活躍で最後の部屋にたどり着く。
グリフォンも、途中どうしても飛び越えられないがけがあったの
で役にたった。
一度、魔物を︻収納︼して俺がグリフォンに乗って飛び越え、再
び魔物を取り出すことで容易に進めたのだ。
天狐やエルダー・ドワーフは︻収納︼を嫌がったが、グリフォン
は俺と少女二人を乗せるぐらいは、容易くやってくれる。
ある意味、ストラスは風のイミテートを渡して墓穴を掘った形だ。
ワタクシ
﹁それにしても、すごいことになってるな﹂
﹁我が君、これが私の力、アンデッド作成です﹂
ワイトは、死体を材料にアンデッドを作成する。
生前のランクより一つ、ランクが下がるし、固定レベルでしか生
み出せないがノーコストで魔物を増やせる。大変経済的なスキルだ。
骨だけになった巨鳥の魔物や、腐りかけたグリフォンなどが俺た
ちの後ろに付き従っている。その数十体。
ワイトの話では一日一〇回の使用制限があるらしい。
﹁いい、壁になりそうだ﹂
さすがに銃器は使えないが、CランクからDランク相当の魔物。
203
純粋に戦力的に優れている。
﹁おとーさん。いっぱいレベルがあがったの﹂
﹁私もです。マスター﹂
ここまで、数十体の魔物を倒してきて天狐も、エルダードワーフ
もレベルがあがっている。
天狐は四三、エルダードワーフは四〇。
もともとのSランクである彼女たちはこのレベルになると、固定
レベルで生み出したAランクの魔物に匹敵する力を持つ。
武器と、特殊能力を考えると上回った。
︻紅蓮窟︼は魔物を狩りすぎて、狩りの効率が落ちていたので、助
かった。
ちなみに俺のダンジョンのほうにはゴーレムを強化できるスキル
をもっているドワーフ・スミスたちを残している。
彼女たちは変動で生み出しており、しかもゴーレムの支配権をエ
ルダー・ドワーフから移しているため、ゴーレムが倒した魔物の経
験値は全て彼女たちに入る。
戻れば、おそろしいまでにレベルがあがっているだろう。
◇
最後の階層は溶岩地帯。
出てくる魔物も今までどおりC、Dランクがメイン。
だが、Bランクの割合が多い。
最後のフロアだけあって、守りを固めているのだろう。
だが⋮⋮。
204
﹁遅いの!﹂
天狐が空から急降下してきた、巨大な鷹の魔物の突進をジャンプ
で躱し、空中で宙返りして鷹の魔物の上をとる。そのまま下方に銃
口を向けショットガンの射撃。
鷹の魔物は即死。
着地した瞬間、死角から別の魔物が飛び出してきた。緑の体毛を
持つ、エイプだ。非常に素早い
MK417。スケルトンよりも大口径
天狐はまだ動けない。あの太い腕から繰り出される攻撃を受けれ
ばただではすまない。
⋮⋮しかし。
射撃音が三つ。
バースト射撃だ。M&K
なそれで、指で切りながらの三点射。それらは全てエイプ側頭部を
打ち抜いた。
﹁天狐、油断しすぎ﹂
﹁油断じゃないの。ちゃんと気づいてた。でも、エルちゃんを信じ
てたから敵を倒すことを優先したの﹂
﹁なら、納得﹂
天狐とエルダー・ドワーフがハイタッチ。
まったく危なげがない。
今回の戦争でレベル上げだけではなく、足りなかった戦闘経験を
得て、飛躍的に強くなっている。
途中からワイトは、俺の考えを読んで、天狐とエルダー・ドワー
フの連携の経験を積ませるため、なるべく、戦闘に手出しはしない
ようにしてくれていた。ありがたい。
205
﹁エルダー・ドワーフ、こっちで道はあってるのか﹂
﹁間違いない﹂
地属性のエキスパートのエルダー・ドワーフは、地面に働きかけ
一瞬にして地図をマッピングできる。
だからこそ、最短距離でダンジョンを攻略し、敵が隠れている位
置はだいたいわかる。
ただ、あくまで地面に繋がっているものしかわからないので、空
の敵には無防備だ。
﹁天狐、残弾は大丈夫か?﹂
﹁だいじょーぶなの! まだ、弾倉が三つ残ってる!﹂
天狐の弾は、四ゲージの大口径かつ、ミスリルパウダーを使った
特注品だ。
戦闘中に俺が︻創造︼で作り出す芸当ができないため残弾には気
を使う。
さすがのエルダー・ドワーフも、あれを即興で作るのは難しいの
で数に限りがあった。
﹁マスター、私もまだ弾丸は十分です﹂
﹁わかった。なら、このまま行こう﹂
このまま、あっさりと攻略できるとは思っていない。
絶対に何かある。
俺が︻創造︼という力を持っているように、相手の︻魔王︼にも
特別な力があるのは間違いないだろう。
◇
206
三部屋目も終わりに近づいた。
開けた場所をでる。もう少し進めば水晶の部屋にたどり着く。
そこには、緑髪の勝気な少女が居た。となりには天使型の魔物が
付き従っている。
︻風︼の魔王ストラスとその側近だ。
Aランクの魔物。彼女の切り札。
﹁よく、ここまでたどり着いたわね﹂
﹁俺の魔物は優秀だからな﹂
俺がそう言うとストラスは苦笑する。
﹁そうね、とんでもなく優秀ね。あなたの魔物も。それを操るあな
た自身も﹂
少し驚く。こいつがこんなことを言うなんて。
よく見ると表情が硬いし、若干足が震えている。まるでおびえて
いるようだ。
﹁随分と素直になったもんだな﹂
﹁さすがにね、私はあなたのダンジョンの一つ目の部屋の突破がや
っと。逆にあなたにはあっさりとここまで来られてしまった。認め
ざるをえないわよ。あなたは強い。私よりも﹂
どこか疲れた笑みをストラスは浮かべた。
﹁なら、降参するか? ︻誓約の魔物︼を一体しか連れていないと
ころを見ると、残りは俺のダンジョンに挑んで倒れたんだろう? 207
並大抵の魔物じゃ俺の魔物たちは止まらない﹂
そのことはストラスも理解しているはずだ。
魔物を通して俺たちの戦いぶりを見ている。
﹁そうね、今までの戦いを見ていて知ってるわ。並大抵の魔物じゃ
勝負にすらならないわね﹂
ストラスは、薄く笑う。
目が死んでない。強がりではなく、何かがある。
﹁あなたに敬意を表して、私も︻切り札︼を使うわ⋮⋮いえ、違う
わね。もう、上から目線は止めるわ。正攻法で勝つことはできない
ことも認める。だから、自ら敵地に乗り込んできたあなたの傲慢と、
甘さ。そこにつけ込んで勝ちをさらわせてもらう!﹂
肌がぴりぴりとする。
異次元から何かが現れる。
魔王の能力、魔物を異次元に収容する︻収納︼。
それを使って、温存していた魔物を彼女は取り出そうとしていた。
﹁ねえ、知ってる? いくつかのメダルは︻合成︼する際に特殊な
力を発揮する﹂
﹁もちろん﹂
俺の︻創造︼はそのさいたるものだ。
﹁私の親にして、最強の魔王、︻竜︼の魔王アスタロト様の︻竜︼
もその一つ。魔物を︻狂気化︼して生み出すことができる。知性と
理性の両方を失い、生み出した魔王の言うことすらろくに聞かない。
208
⋮⋮その代わり、全ての能力が爆発的にランクアップする。仮に、
極上のAランクの魔物を︻狂気化︼なんてしたら、いったいどれほ
どの強さになると思う?﹂
そしてそれは現れた。
翡翠色の鱗にびっしりと覆われた巨大なドラゴン。体長は一〇メ
ートル近い。
二本脚でしっかりとたち、背中には巨大な翼もつ西洋のドラゴン
だ。
鋭い爪と牙。暴風を身にまとう。
そして、理性のかけらもない、血走った凶暴な瞳。
咆哮。
天狐が尻尾の毛を逆立て、エルダー・ドワーフが身を硬くする。
この二人が本能で恐れる魔物。間違いなく、とんでもない強敵。
﹁︻風︼の暴竜、エメラルド・ドラゴン。Aランクのその先に至る
化け物。さあ、この子が正真正銘最後の切り札。勝負よ、︻創造︼
の魔王プロケル!﹂
そして、この︻戦争︼、最後にして最大の闘いが始まった。
209
第二十五話:歩兵が持てる最大火力︵前書き︶
レミルトン↓レミントン
武器名は、商標の問題があって若干いじっています。HK416↓
MK416
210
第二十五話:歩兵が持てる最大火力
最後の戦いが切って落とされた。
ストラス配下の天使型の魔物が詠唱を始める。おそらく狙ってい
るのは付与魔法による強化。
MK417
呪文が完成すれば、ただでさえ厄介なエメラルド・ドラゴンが強
化され、手も足も出なくなるだろう。
しかし⋮⋮。
﹁ん。そんなもの許さない﹂
エルダー・ドワーフが、アサルト・ライフルM&K
をフルオートで放つ。弾倉に装填された二〇発の弾丸が一秒もかか
らず全て吐き出され、音速の二倍で襲いかかる。
MK417は7.62mmという大口径の弾丸を使用する。
それは、ただでさえひどいフルオート射撃時のぶれをより悪化さ
せてしまう。普通ならただの弾の無駄遣い。
だが、エルダー・ドワーフは違う。ぶれる銃身を鉱石魔術で無理
やり高度と粘りをあげ押さえつけ、集弾率を上げるのだ。
呪文の詠唱中という、無防備な状態で一弾倉全ての弾丸の掃射を
受ける。いかにAランクの魔物と言えど、こんなものを喰らえば一
たまりもない。
﹁ごめん、なさい、ストラス、様﹂
211
天使型の魔物はけして弱くない。
ただ、相性が悪かった。魔法をメインとするものたちにとって銃
は天敵だ。
その言葉を残して、天使は光になって消えた。
ストラスが奥歯を噛みしめる。
だが、そんな暇はない。俺のエースが向かっている。
天狐だ。戦いの開始と同時に、キツネ特有のしなやかさでの無音
の高速移動。
遠回りになるが、エメラルド・ドラゴンを避けつつ背後からの死
角をついての強襲。まだ、ストラスは天狐の存在に気がついていな
い。
そう、俺は三つの指示を出していた。
エルダー・ドワーフには、天使型の魔物の付与魔法の妨害。
天狐には、ストラス相手への不意打ち。
ワイトには、エメラルド・ドラゴンの気をひくこと。
エメラルド・ドラゴンなんて化け物とまともにやり合うことはな
い。エルダー・ドワーフに狙撃させなかったのは、火力不足で一撃
で仕留められる確信がないから。中途半端な傷を負わせて転移で逃
げられるわけにはいかない。
﹁皆さま、戦闘の時間ですよ﹂
﹁私も援護する﹂
ワイトの指示するスケルトン軍団と、弾倉交換を終えたエルダー・
ドワーフの射撃が集中する。
俺は驚愕の声を上げる。
212
スケルトンたちの5.56mm弾だけではなく、エルダー・ドワ
ーフの放つ7.62mm弾すらその鱗に阻まれた。
だが、ダメージはなくてもイラッとしたようで、スケルトン軍団
に近づき、エメラルド・ドラゴンがその場で回転する。
遠心力をつけた尻尾で周囲の敵を薙ぎ払うつもりだろう。
ワイトとエルダー・ドワーフは素早く後ろに飛んだが、敏捷が低
いスケルトンたちの半数は回避が間に合わない。ばらばらに砕け散
った。
ワイトは、悲し気な仕草をして、彼らの死を悼む。
だが、その死は無駄ではない。
エメラルド・ドラゴンはワイトたちのほうに完全に気を取られて
いる。その間に天狐はストラスに死角から十分すぎるほどに近づい
た。
﹁これで終わり⋮⋮なの!﹂
天狐がの白銀のショットガン⋮⋮レミルトン︵改︶ED−O1S。
セミオート機構を搭載し、弾丸のサイズを12ゲージから4ゲー
ジに大幅に大口径化し、ミスリルパウダーで魔力の力をも爆発に加
え、四倍の威力を達成した脅威の魔銃が火を噴いた。
ストラスはまったく反応できずにスラッグ弾の直撃を許す。いか
に魔王と言えど耐えられるはずはない。
ストラスの体が四散する。
これで、この︻戦争︼は終わりだ。
いや、違う。
﹃残念、そこに居る私は︻風︼で作った偽物よ﹄
213
どこからか声が響く。
俺は歯噛みする。
冷静に考えれば、当然か。自らが制御できない化け物を至近距離
で生み出すんだ。保険がないわけがない。
おそらく、︻収納︼からエメラルド・ドラゴンを呼び出すと同時
に偽物を生み出し、本体は︻転送︼した。
﹁我が君、もう、もちません﹂
エメラルド・ドラゴンを引き付けていたワイトが悲鳴のような声
をあげる。
さきほどからスケルトン軍団が懸命に射撃を続けるが、まったく
エメラルド・ドラゴンに通用していない。
エメラルド・ドラゴンが咆哮をあげ、頭から突っ込む。
一匹は頭突きで粉砕、その場で首を曲げ、二体目をかみ砕く。
また、二体のスケルトンが犠牲になる。
﹁天狐、任せた﹂
﹁わかったの、おとーさん﹂
頭から突っ込んでくれたおかげで、数瞬エメラルド・ドラゴンの
動きがとまった。
その一瞬で天狐が全力で距離を詰める。
エメラルド・ドラゴンが天狐のほうに振り向く。
おそらく、本能的に天狐が脅威になることに気付いたのだろう。
風が渦巻く。エメラルド・ドラゴンを中心に巨大な風がうねり絡
みつく。それはさながら、風の鎧。
天狐は、ほとんどゼロ距離まで詰める。
214
硬い鱗と風を貫くにはそれが必要だから。
﹁喰らうの!﹂
そして射撃。
落雷のような轟音がなり、白銀のショットガンが火を噴く。
当然、威力を重視したスラッグ弾。
天狐自身の攻撃力も加算されたそれは、ミスリルゴーレムの放つ
重機関銃をも上回る。
だが⋮⋮
﹁なっ、嘘なの!?﹂
風で大きく威力が減衰され、さらに逸らされ、硬い鱗にはじかれ
る。
数枚の鱗がはじけ飛ぶだけで、エメラルド・ドラゴンはほぼ無傷。
天狐が両手をクロスする。そこにエメラルド・ドラゴンの爪が振
り落とされた。
﹁きゃああ﹂
天狐の両腕から血が吹きでる。それだけじゃない。地面にたたき
つけられ、大きくまり玉みたいに何度も跳ねる。
﹁天狐!﹂
彼女の名前を呼ぶ。
彼女は二〇メートルほど、転がりやっと止まった。
﹁ちょっと失敗したの﹂ 215
両腕と口から血を流しながら天狐が言う。立ち上がろうとして失
敗した。
そんな天狐をエメラルドドラゴンが睨みつけていた。
首を前に押し出し、口を開く。
口の中には恐ろしい勢いで風の魔力が集まっている。
間違いない、これは風のブレス。
まずい。天狐は、ダメージが深すぎて身動きが取れない。
﹁天狐様はやらせませんぞ。いけ、我がしもべたち!﹂
ワイトが支配する骨だけになった鳥たちが一斉にエメラルド・ド
ラゴンの口の中に飛び込む、そのせいで臨界まで高まった風の魔力
暴走し爆発。
エメラルド・ドラゴンが大きくのけぞった。
﹁よくやった、ワイト﹂
﹁一回きりの不意打ちです。ですが、ここからが正念場です﹂
エメラルド・ドラゴンがこちらに向かってくる。
今の一撃をよほど怒っているのだろう。
エルダー・ドワーフが銃を構える。
銃を見ると、フルオートではなくシングルモード。
﹁風の守りが消えた今なら⋮⋮狙い撃つ﹂
そう短く言うと一発、一発丁寧に射撃をした。
大火力のブレスの展開を行ったおかげで、風の鎧はない。
216
鱗はともかく急所なら貫けるだろう。
その弾丸は正確に、エメラルド・ドラゴンの右目に直撃する。
右目から血を流し、それでも止まらない。
﹁弾丸が、あんな浅いところで止まった!? 化け物﹂
﹁GYUAAAAAAAAAAA!﹂
エルダー・ドワーフが地面に手を付けると、石の壁ができる。
構わずにエメラルド・ドラゴンは右腕を叩きつける。まるで紙細
工のように石の壁が崩れた。
しかし、壁の向こうにエルダー・ドワーフとワイトはいなかった。
俺の足元が盛り上がる。
﹁マスター、今のは危なかった﹂
﹁助かりました。エルダー・ドワーフ様﹂
そう、エルダー・ドワーフは石の壁でブラインドを作りワイトを
抱えて地中に潜ったのだ。
﹁マスター、今の装備じゃ歯が立たない。火力がほしい﹂
﹁わかった﹂
俺は、︻創造︼を起動する。
呼び出すのは単発火力がもっとも要求される武器。
﹁以前、研究用に渡したから使い方はわかるな﹂
﹁わかる。任せて﹂
エルダー・ドワーフが生み出したばかりの俺の武器を受け取る。
おれが 作り出したのは対戦車ロケット弾のベストセラー。
217
USSL
RRG−7
全長950mm。重量6.3kg。口径85mm。装弾数1。初
速115m/s
おおよそ、歩兵がもてる武器で最強の攻撃力を持つ装備。
見た目はただの鉄の棒で、先端が流線形になっているだけのシン
プルなもの。
成形炸薬弾︵HEAT︶をロケットブースターで飛ばすという仕
組みで、当時は画期的だった。
RRG−7を放つ。
成型炸薬弾は装甲車の装甲すら貫くことができる。
使い捨て故に、三本まとめて︻創造︼。
エメラルド・ドラゴンがこちらを向く。
すでに風の鎧は再び纏われていた。
エルダー・ドワーフが肩に乗せた、USSL
油断しているのか、エメラルド・ドラゴンは避けようとすらしな
い。
ロケットモーターで加速されたヒート弾頭が空中で加速する。
完全に直撃コース。奴の腹の中心に吸い込まれそうだ。
だが、俺は奥歯を噛みしめた。
ヒート弾頭は奴に命中し、信管が作動し指向性の爆発が起きる。 戦車の装甲すら貫く圧倒的なエネルギーが奴を襲う。
モンロー/ノイマン効果。成形炸薬弾︵HEAT︶は爆発のエネ
ルギーを一点に集中させ、超高熱・高速の金属噴流によって対象に
深い穿孔を穿つのだ。
﹁GYUAAAAAAAAAAAAA﹂
218
エメラルド・ドラゴンが悲鳴をあげる。
右腕の三分の一ほどが抉れていた。
だが、逆に言えば、その程度の被害に過ぎない。
﹁どうして? あの威力なら貫けるはず!?﹂
エルダードワーフが驚いた声をあげる。
﹁二つ、理由がある。一つ目、風で弾頭がそれた。だから狙った体
の中心じゃなくて、右腕に向かった。二つ目、奴の風の密度が高す
ぎる。奴の体に当たるまえに、信管が作動して爆発エネルギーが散
らされた⋮⋮﹂
そう、俺が歯噛みしたのはそれがわかっていたからだ。
これでは何度撃っても、致命傷は与えられない。
エルダー・ドワーフが速やかに二本目のRRG−7を撃つ。
しかし、こんどは当たりすらしない。奴はあの巨体で避けて見せ
た。
ロケット弾の第二の弱点、その構造故の弾速の遅さ。
初速は音速の三分の一程度。アサルトライフルの六分の一以下の
遅さ。ある程度の実力差なら見て避けられる。
奴はロケット弾の威力を知った。もう二度と当たってはくれない
だろう。
﹁GYUAAAAAAAAAAAAAAA﹂
エメラルド・ドラゴンの咆哮。
ただでさえ、強い風がさらに吹き荒れ密度を増す。
ああなれば、もう当てることすらできない。
219
エメラルド・ドラゴンの風はどんどん強くなり、奴を中心に効果
範囲が広がっている。
おそらく、あいつはあの場に仁王立ちして、風の力をどんどんま
し、俺たちを一網打尽にするつもりだろう。
事実、あの風は刃のようになっていた。周囲の岩がすぱすぱバタ
ーのように切れてる。
切り札
を使うか﹂
﹁マスター、どうする﹂
﹁
これは、もう決断をせざるを得ない。
俺は今回の︻戦争︼で見せていい範囲というのを決めていた。
ミスリルゴーレムと、重機関銃。
天狐や、エルダー・ドワーフのショットガン、アサルトライフル、
それにRRG7。
ここまではいい。この程度ならいくら見られても構わない。
だが、この先を見せるのはまずい。
﹁もう迷っている時間はなさそうだ﹂
どんどん、風の刃を伴った台風が逃げ場を奪っていた。
そんなことを考えていると、天狐がやってきた。
まだダメージが抜けきっていなく、足取りが重い。
﹁天狐に任せるの⋮⋮エルちゃん。エルちゃんが作ってくれた銃、
だめにするけど許して﹂
﹁天狐、あれを使う気?﹂
﹁うん、エルちゃんの、ショットガン、ED−01Sの真の力があ
れば、貫ける﹂
220
天狐がにやりと笑う。
しかし、少しだけその笑いがぎこちない。
⋮⋮おそらく、かなり分の悪い賭けになるだろう。
﹁天狐、やれるのか﹂
﹁任せてなの。天狐は、おとーさんの一番の魔物。それに大好きな
エルちゃんの武器がついてる。負けるわけがないの﹂
天狐の言葉には揺るぎない。信頼と自信があった。
俺は息をのむ。
そして、決断をした。
﹁わかった、天狐に任せる﹂
﹁うん、おとーさん。行ってくる﹂
天狐はポーチからいつもとは違う弾倉を取り付ける。一回り大き
い。そしてショットガンにあるレバーをSからFに切り替えた。
そして決死の覚悟で突撃を開始した。
221
第二十六話:君の名は⋮⋮
俺の切り札の使用を遮った天狐は、笑みを浮かべて口を開いた。
﹁じゃあ、行ってくるの。おとーさん、帰ってきたらいっぱい褒め
てね。エルちゃん、修理をあとで頼むの!﹂
天狐がショットガンを腰だめに構え、さらに周囲に炎を巻き起こ
した。
炎の結界だ。風の刃に対抗するために展開したのだろう。
天狐が全力で竜巻の中心にいるエメラルド・ドラゴンに向かって
駆けだす。キツネ尻尾がたなびく。
彼女の通り過ぎたあとには血の跡があった。まだ血が止まってな
い。
﹁少しでも支援する﹂
エルダー・ドワーフが地面に手を当てる。
すると、天狐の走る両側に土の分厚い壁ができる。
それは風を阻む。
だが、壁は一秒ごとに削られていく。削られた壁は竜巻に巻き込
まれ凶器となって天狐を襲う。
しかし、それは天狐の結界に触れた瞬間、すぐに燃え尽きた。
なにかしらの手品で燃えやすい壁にしたのだろう。
エルダー・ドワーフは気が利く奴だ。
222
﹁エルダー・ドワーフ、天狐は何をするつもりだ﹂
セミオート フルオート
﹁私の改造ショットガン。ED−01Sはフルオート射撃にも対応
してる。それを使うつもり。レバーをSからFに切り替えたから間
違いない﹂
﹁フルオートが出来たのか。それは初耳だな﹂
﹁まだ、試作段階だからマスターには言ってなかった。できるだけ
で、撃つと壊れる。こんな未完成なもの恥ずかしかった﹂
あの大火力のフルオート射撃なら、奴の堅い防御を貫けるかもし
れない。
﹁大丈夫なのか? 暴発はないんだな?﹂
﹁一弾倉だけ、たった一回のフルオートなら発射が終わる瞬間まで
耐えられる。天狐が取り付けた弾倉は、ED−01Sの強度から逆
算して、どうせ壊れるなら、フルオート射撃一回を耐えきれる限界
まで火薬量を増やす調整をした最初で最後の切り札﹂
﹁教えてくれてありがとう。しかし、あの風をかき分けて。至近距
離からフルオートで撃つのは並大抵のことじゃない﹂
エメラルド・ドラゴンの厄介なところは、身に纏う竜巻による弾
の威力の減衰に加え弾丸の方向を変えられて鱗で滑ってしまうこと
だ。
だが、それは大火力のフルオートなら解決できる。
一発目の弾丸が風を押しのけて作った道を二発目、三発目が直進
する。
並みの連射なら、一発目の作った風の道を通る前に新たな風に行
く手を阻まれる。
だが、フルオートでの連射速度ならそれが可能だ。
それを実行するには至近距離まで近づく必要がある。
223
﹁私にはできない。できるとしたら天狐だけ﹂
﹁確かにそうだ﹂
﹁何もできない自分が歯がゆい﹂
エルダー・ドワーフが拳を握りしめる。
天狐は真っすぐに進む。
地を這うに低く。
吹き飛ばされそうな小さな体で、必死に耐え、炎の結界でも相殺
しきれない風の刃に身を削られながら、それでも前へ。
頑張れ、心の中で応援する。
あと少し、あと少しで到着する。
その時だった。
エメラルド・ドラゴンが尻尾を地面にたたきつけた。
翡翠色の尻尾から鋭い鱗が無数に飛び散る。
その鱗が周囲に渦巻く風に乗る。
﹁きゃああああああ﹂
天狐が悲鳴をあげる。
鱗は風の刃なんて目じゃない超高速の鋭利な刃物になって、竜巻
の中で回転する。
天狐の炎の結界を容易く貫き、襲い掛かった。
もう踏ん張ることもできず、天狐が吹き飛ばされ、身を削ってま
で詰めた距離がまた開いた。
﹁天狐!﹂
224
俺は叫ぶ。
すると天狐が血まみれになって立ち上がった。
﹁大丈夫、まだ、やれる。私は勝つの。おとーさんの一番の魔物だ
から、他の魔王の魔物になんて負けない﹂
どう見てもボロボロだ。
それなのに、天狐は突っ込む気だ。
﹁やめろ天狐、もういい﹂
﹁やだ! 天狐はおとーさんの期待を裏切らない﹂
天狐は傷ついた体でまた、突っ込もうとしていた。
魔王の︻命令︼なら止められる。
しかし、それは天狐の覚悟を踏みにじることになる。
そんな躊躇をしていると、エルダー・ドワーフが叫んだ。
﹁マスター。天狐に名前をあげて。名前さえあれば、私たちは強く
なる。このままじゃ、天狐が死んじゃう﹂
﹁エルちゃん、やめて!﹂
﹁どうして!?﹂
﹁いいの。まだ、名前は﹂
天狐が振り向かずに言った。真っすぐにエメラルド・ドラゴンを
睨みつけていた。
﹁天狐は、ずっと名前欲しがってたはず﹂
﹁名前は欲しいの。ずっと欲しかったの。でも、今はただもらうだ
けじゃいや。ちゃんとした形で欲しい。おとーさんが、心の底から
225
天狐のことが好きになって、その好きがいっぱい詰まった名前が欲
しいの⋮⋮仕方なくとか絶対いや﹂
それは天狐の本心からの叫びだったのだろう。
彼女と初めてあった日を思い出す。
そのとき、天狐は俺を騙して名前を得て強くなろうとした。
その彼女が、こんなことを言ってくれている。
俺たちとの暮らしの中で成長したのだろう。
そのことが限りなくうれしかった。
ただでさえ好きだった天狐が、もっと好きになった。
あふれる気持ちが押えきれない。
そんな天狐が死地に向かう。
だから俺は⋮⋮。
﹁負けるな、クイナ﹂
彼女の名前を呼んでエールを送った。
名前を呼んだ瞬間、ガツンッと心に何かが響き、つながった。
天狐、いやクイナの力が流れ込み、俺の力がクイナに流れ込む。
気持ちいい。それに温かい。
﹁おとーさん﹂
天狐が驚いた顔で振り向いた。
﹁クイナ、それがお前の名前だ。おまえが最初の︻誓約の魔物︼だ﹂
﹁名前、こんなところで、欲しくなんてなかったのに﹂
天狐がこんなときなのに頬を膨らませて拗ねる。
226
﹁適当な気持ちなんかじゃない。ずっと前から天狐に名前をあげよ
うって考えてた。考えに考え抜いた名前だ。俺の一番大好きな女の
子に喜んでもらうために、全身全霊をこめて決めた名前だよ﹂
﹁⋮⋮そんな、嘘﹂
﹁嘘じゃない。俺はクイナの強さを知っている。クイナの優しさを
知っている。クイナがどんなに俺を好きかも知っている。だから、
一生、共に歩くと決めていたんだ。追い詰められたからじゃない。
クイナが、クイナだから選んだ。俺はクイナを愛しているんだ! クイナ。その名前を受けとってくれ。そして、俺の︻誓約の魔物︼
が世界一だって証明してくれ﹂
クイナ
行ってくる。おとーさんが力
天狐⋮⋮いや、クイナは涙を流し、そのまま笑顔を浮かべて頷い
た。
﹁わかった。おとーさん。
をくれたの。こんなに気持ちが温かい。ううん、燃えてる。もうな
んだってできるの!﹂
再度の突進。
しかし、それは痛みをこらえたものじゃなく、希望に満ちた勇敢
な行進だった。
◇
︻誓約の魔物︼。
それは魔王たちの切り札。
魔王は名前を付けることで、魔物に力を与える。
特に最初の三体は︻誓約の魔物︼と呼ばれ、つながりがひと際深
くなる。
227
クイナの情報が流れてくる。圧倒的なステータスの高さで気づか
なかったが、本来天狐は、超大器晩成型の魔物だ。ステータスも特
殊能力もまだまだ片鱗しか見せてない。
固定レベルで生み出していれば、こんな苦労をさせなかっただろ
う。
だが、同時に変動で引き上げた上限まで育てたとき、どこまで強
くなるか楽しみになった。
情報だけじゃない。心も伝わり合う。
クイナの考えていることがわかる。
俺の考えがクイナに伝わる。
新たに芽生えた力。それを形にすると俺たちは決めた。
﹁︻変化︼!!﹂
クイナが、叫ぶ。
それは本来なら、見た目を変えるだけの力。
ただのごまかしに過ぎない。
だけど、俺の︻創造︼の力と混じり合いより高みへとかけあがる。
﹁おとーさん。幼いクイナじゃ、あの嵐は越えられないの。だから、
嵐を超えられる強いクイナになる﹂
クイナの体が光に包まれる。
怪我が全て消える。それだけじゃない。クイナが成長した。
十二歳程度の幼い少女から、十代後半の少女へ。
身長が伸び、体つきが女性らしく。顔つきはより美しく、尻尾は
228
よりもふもふに。
﹁この、クイナなら。やれるの!﹂
見た目だけじゃない。
一歩踏み出すたびに地面が爆発する圧倒的な脚力だ。
全てを置きざりにする速さ。
炎の結界は飛来する鱗をも焼き尽くす。
﹁GYUAAAAAAAAA!﹂
エメラルド・ドラゴンが急激に強くなったクイナに恐怖を抱いた。
風が密度を増した。
その嵐をクイナはかき分ける。朱金の炎が燃え上がる。彼女は、
見惚れるほどに美しかった。
そしてついに射程に。
﹁エルちゃん。ありがと。それとごめん﹂
ショットガンをまっすぐに構える。
﹁喰らうの!﹂
発砲。トリガーをひきっぱなしにした超大口径ショットガンのフ
ルオート射撃。弾倉に装填された四発の四ゲージ弾が一瞬にして吐
き出される。
能力が増したクイナですら、そのあまりの反動で後退る。
音が四つ重なって聞こえるほどの連射速度。
一発目が風をかき分け、二発目が鱗を破壊し、三発目が肉をえぐ
229
り、四発目が貫く。
役目を終えたショットガンEDS−01があまりの負荷に耐えき
れずに折れる。
﹁GUGYAAAAA、GAA﹂
エメラルド・ドラゴンは致命傷。風の力が止んだ。
いや、最後の力を一点に集めて、起死回生のブレスを放とうとし
ている。
天狐はきっと、にらみつけ、真っすぐに走る。
ショットガンの弾丸が貫いたところに手を突っ込み、全力で炎を
吐き出した。
﹁これで、終わりなの!! ︻朱金乱舞︼!﹂
﹁GA、GA,GA﹂
さすがのエメラルド・ドラゴンも内側から焼かれたらどうしよう
もない。
断末魔をあげて倒れ伏し、青い粒子になって消えた。
クイナの姿が、もとの十二歳前後のものに戻る。
そしてよろよろとこちらに歩いて来て、前のめりに倒れる。
慌てて、俺は彼女を支える。
﹁大丈夫か、クイナ﹂
﹁だいじょーぶなの。でも、すっごく疲れた。この︻変化︼すごく、
消耗する。もう、目を開けてられない﹂
﹁よく頑張ってくれた。クイナ。あとは俺たちがやるから、もう眠
れ﹂
﹁うん、わかった。あのね、おとーさん、お願いがあるの。眠る前
230
に撫でて﹂
﹁もちろんだよ﹂
クイナの頭を優しく撫でる。
クイナは幸せそうににまーっと笑う。
﹁天狐⋮⋮ううん。クイナはおとーさんのこと大好き﹂
そうして首の後ろに手を回してくると、腕の中で眠りについた。
クイナは十分に役目をはたしてくれた。あとは俺たちの仕事だ。
ここは三部屋目の最奥。
あとは水晶を砕くだけ。
そんなことを考えていると⋮⋮
﹃︻戦争︼終了。︻風︼の魔王ストラスの降参により、︻創造︼の
魔王、プロケルの勝利だ! ︻風︼も︻創造︼もよく己の力を示し
てくれた。本当にいい戦いだった!﹄
空にスクリーンが表示される。
スクリーンから拍手の音が鳴り響いた。
他の魔王たちが俺の勝利を祝ってくれている。
俺はそれに手を振る。
周囲に青い粒子が立ち上り始めた。︻刻︼の魔王の力で失われた
魔物たちが蘇っているのだ。
砕かれたスケルトンたちが戻ってくる。
良かった。
俺は仲間の帰還を喜びつつ、頑張ってくれたみんなをどうねぎら
おうか考えていた。
231
エピローグ:魔王様の街づくり!
クイナという名を与えられた天狐の活躍で、なんとかエメラルド・
ドラゴンを打ち倒し勝利を掴んだ。
エメラルド・ドラゴンの強さは完全に想定外だった。
Aランク以上の魔物の︻狂気化︼はSランクにすら匹敵する。
それを超えて見せた仲間たちが誇らしい。
︻戦争︼の終了と共に、一度俺とストラスのダンジョンが向かい合
っている白い部屋に案内に転送された。
俺はそこで、クイナ、エルダー・ドワーフ、ワイト以外の魔物と
ゴーレム、銃火器をマルコシアスのダンジョンに転送するように、
サキュバスたちに依頼した。
一通りのあと始末が終わったあと、俺たちはダンスホールの隣の
部屋に案内された。
そこには既に、先にあと始末を終えていたストラスと彼女の︻誓
約の魔物︼たちが居た。
ストラスは二人の魔王と話をしていた。 一人は、初老の老人。もう一人は狼の耳に狼の尻尾をもった褐色
の美女⋮⋮というかマルコだ。
話が終わったのか、初老の老人とマルコが去っていく。
二人とも俺に手を振って、おめでとうと言ってくれた。
そんな彼女たちを見ていると、意識が温かい感触に引き戻される。
さきほどから、すっかり傷が癒えて︻刻︼の魔王の力で回復した
天狐が左手にべったりくっついている。
232
﹁えへへ、おとーさん! クイナはクイナなの!﹂
﹁ああ、そうだ。お前はクイナだ﹂
ようやく、彼女に名前を渡すことができた。
こんなに喜んでくれるならもっと早く名前をあげれば良かった。
﹁クイナ⋮⋮可愛い名前。羨ましい﹂
エルダー・ドワーフが物欲しげにクイナを見つめていた。
クイナはもふもふのキツネ尻尾をぶるんぶるんと振っている。
﹁エルダー・ドワーフもいずれね﹂
﹁頑張る! マスターに認めてもらえるぐらい。クイナに負けない
ぐらい活躍する﹂
エルダー・ドワーフの目がやる気に満ちていた。
彼女のことも認めているが、いい名前が浮かんでないので名前を
与えていないだけだ。だが、それを今言ってやる気に水を差すこと
もないだろう。
ワイトはそんな俺たちを微笑ましそうに見ていた。
こいつは大人だ。俺よりも精神年齢が高いかもしれない。
今後も重用しよう。
そんな、俺たちのところにストラスがやってきた。
いきなり頭を下げる。
﹁ごめんなさい。あなたのことを見くびっていたことを心の底から
謝罪させてもらうわ﹂
233
俺は面を喰らう。
正直、こんなに素直に謝られるとは思っていなかった。
﹁いや、いいよ。そもそも俺も油断させるためにわざとスケルトン
を引き連れていたからね﹂
﹁それでも、ごめんなさい。それと、これが私のメダル、大事に使
って欲しいわ﹂
もう一度頭を下げたあと、ストラスはメダルを渡してきた。
﹃︻風︼のメダル。Aランク。生まれてくる魔物に風を操る力を付
与。敏捷に補正大。その他の能力に補正小﹄
なかなかいいメダルだ。風を操るだけでも強いのに、敏捷値の補
正が大きいだけでなく、耐久以外の全能力が向上する。
﹁ありがたく頂くよ。これで俺の︻誓約の魔物︼が揃う﹂
実を言うと、もう︻風︼で作る魔物は決めてあった。
﹁⋮⋮できればだけど、友達になってくれないかしら? 同期の中
で、私が認められるのがあなただけなの。だから、これから協力し
合っていきたいわ﹂
少し照れて顔を赤くしながらストラスが言ってくる。
友達か。
ストラスは必ず有力な魔王になるだろう。それに自信家過ぎるが、
素直に謝れるということは性格も悪くない。
﹁こちらからも頼むよ。お互い、いい魔王になれるように頑張ろう﹂
234
﹁ええ、よろしく頼むわ﹂
ストラスと握手をする。
初めての魔王友達が出来てうれしい。
﹁それと、これは︻竜︼の魔王アスタロト様から﹂
そういって、ストラスは俺に何かを握らせる。
これは⋮⋮。
﹁︻竜︼のメダルか﹂
﹃︻竜︼のメダル。Aランク。生まれてくる魔物に竜の因子を与え
ることができる。筋力、耐久、魔力に補正大。オリジナルを使用す
る場合のみ︻狂気化︼状態で生み出すことが可能。︻狂気化︼状態
で生み出した際には知性・理性をはく奪する代わりに、幸運を除く
全能力補正極大﹄
俺たちをあそこまで追い込んだ。︻竜︼か。
なるほど、︻狂気化︼は必須ではないのか。
︻竜︼は普通に魔物を生み出しても強い魔物が生まれやすい。
だが、少し俺の中に誘惑が生まれる。
仮に、Aランク二つに︻創造︼を加えた魔物を、︻狂気化︼状態
で生み出せば、いったいどれほどの魔物が生まれるのだろうか⋮⋮
ストラスの咳払いで、我に返る。
﹁ありがとう。でも、本当にいいのか? こんな強いオリジナルの
メダルをもらって﹂
﹁いいの。アスタロト様がそうしろって言ったのよ。それに、私も
235
︻獣︼のメダルをもらっているわ。もともと、︻竜︼の魔王アスタ
ロト様と、︻獣︼の魔王マルコシアス様は仲がいいのよ。子同士も
そうしてほしいみたい。それと、アスタロト様からの伝言⋮⋮﹃娘
に敗北を教えてくれてありがとう。あの子はこれでまた強くなれる。
そのメダルは感謝の印だ﹄﹂
︻竜︼の魔王アスタロトか。優しそうなお爺さんと言いう見た目だ
が、本当に紳士的だ。
今度、ストラスに頼んで会わせてもらおう。
﹁あと、この子もあげる﹂
﹁この子は?﹂
小さな青い鳥だ。
見た目は鳩のよう。ランクはDだ。
﹁この子は手紙を運べるのよ。私の魔力を覚えているから、手紙を
足に括りつけて送って。私のほうも﹂
もう一匹、鳩の魔物を取り出す。
その鳩は俺の肩にちょこんと乗った。
そして何度か、首をかしげる仕草をすると、ストラスのところに
戻っていった。
﹁あなたの魔力をこの子に覚えさせたから手紙が送れるわ。たくさ
ん、手紙を書くからね﹂
どこか嬉しそうにストラスは言った。
俺も笑い返す。
すると、両手が重くなった。
236
﹁うううう﹂
﹁ん﹂
左手にクイナが、右手にエルダー・ドワーフが抱き着いている。
おそらく、父親を取られると思っているのだろう。
そんなことはないのに。まったく、なんて可愛らしい子たちだろ
う。
﹁ああ、それともう一つ。マルコシアス様からも伝言があるわ﹂
﹁マルコから?﹂
﹁ええ、﹃いや、その、あのね。ちょっと君が変に注目を集めすぎ
て能力の分析とか、対策とか、そういうところに話題が転びそうだ
ったからね、目先を逸らそうとしたんだよ。でもね、ちょっと思っ
たより燃えちゃって、うん、私も悪気はなかったんだよ。そこだけ
は信じてね。あとおめでとう!﹄
何を言っているのかよくわからないが、とりあえず褒めてくれて
いるらしい。
それからしばらくストラスと話をしたあと別れた。
この屋敷の使用人であるサキュバスがやってきて、その後のこと
を教えてくれた。
十分後には、ダンスホールで俺を表彰してくれ、さらに今回の戦
いが余興なんてレベルを超えた見ごたえがあるものだったとのこと
で、創造主から、俺とストラスに追加で褒美があるようだ。
クイナが口を開いた。
﹁おとーさん、︻風︼と︻竜︼が手に入ったね。これで、クイナた
ちの妹か、弟を作るの?﹂
237
﹁ああ、作るよ。とは言っても使うのは︻風︼だけだよ。︻竜︼は
しっかりと考えて使いたい﹂
︻竜︼は諸刃の剣だ。よく考えて使わないといけない。
﹁そーなんだ。︻風︼でどんな子を作るの?﹂
﹁それなんだけどね。強いだけじゃなくて、俺の夢を助けてくれる
子を作ろうと思う?﹂
﹁夢?﹂
﹁うん、俺はさ。説得力がないかもしれないけど、戦いはそんなに
好きじゃないんだ﹂
まぎれもない本音だ。
強くなければ勇者や他の魔王に食い物にされる。
だから、強くなろうとしているが本質的には避けられる戦いは避
けたいと思っている。
﹁でも、それだと生きていけないよ。ごはん食べれない﹂
ご飯というのは人間の感情。魔王は人の感情を喰らって生きる。
DPを得る以外にも魔王が生きていくためにはダンジョンに人を
誘い込ませないといけない。
﹁わかってる。だから、俺は街を作るんだ。みんなが思いっきり楽
しめる街を。もちろん、水晶を壊させないように難易度の高いダン
ジョンは作るけど、その上に大きな街を作りたい﹂
そのための方法をずっと考えていた。
だから、まずは人間が住める環境作りだ。
豊かな土地、水源の確保、他の街へのアクセス。いろいろと課題
238
がある。
その課題を解決するための魔物を作る。
﹁楽しそう﹂
﹁ああ、きっと楽しくする。ちなみにだけどね。新しく作る魔物は、
︻風︼と︻人︼と⋮⋮︻星︼で作るんだ﹂
﹁どんな、妹ができるか楽しみなの!﹂
﹁まだ、妹かわからないよ﹂
﹁ううん、おとーさんが本気で作る魔物。可愛い女の子に決まって
るの﹂
それはひどい風評被害だ。
まあ、今までの結果がそうなっているので言い返せない。
そうこうしているうちに祝勝会に呼ばれた。
ダンスホールに入るなり、割れんばかりの拍手に迎えられる。
俺や、天狐、エルダー・ドワーフを褒めたたえる言葉がなり響く。
そんな中、ロリケルという単語がいくつか聞こえた。
⋮⋮あいつか。犯人は間違いなくマルコだ。だから、あの伝言か。
後で、問い詰めよう。
そうして、壇上にあがり、褒美を受け取り、死ぬほど飲んで、喰
って初めての︻夜会︼は終わった。
明日からは、ダンジョンと街づくり、新たな︻誓約の魔物︼候補
の︻合成︼。それに創造主からもらった素晴らしいご褒美の活かし
方。
やることは無数にある。
それでも⋮⋮。
﹁おとーさん﹂
239
﹁マスター﹂
﹁我が君﹂
いい配下たちに恵まれて、俺の魔王生活は最高に楽しかった。
240
プロローグ:変わってゆくもの
︻夜会︼が終わり、マルコのダンジョンに戻って一日が経った。
俺はマルコの部屋に押しかけて彼女を問い詰めていた。
﹁それで、マルコ。いったいどういうつもりだ? だれが、︻創造︼
の魔王ロリケルだ﹂
マルコは、白髪で狼の耳と尻尾をもった褐色の美女。
︻獣︼の魔王マルコシアス。その人だ。
そんな彼女が若干、慌てふためいていた。
よりにもよって、魔王たちが集まる︻夜会︼でマルコはこのとん
でもない名前を広めた。
﹁仕方なかったんだ﹂
マルコが、若干気まずそうに言う。
︻風︼の魔王ストラスとの余興で簡易的な︻戦争︼を行い、俺は勝
利した。
そのあと祝勝会があった。
他の魔王たちに祝福され、一目置かれた。
そこまではよかった。
だが、なぜか魔王たちは俺のことをロリケル、ロリケルと失礼な
名前で呼ぶ。
俺の名は︻創造︼の魔王プロケル。けして、そんないやらしい名
前ではない。
241
どれだけ訂正するのに苦労させられたことか⋮⋮。
﹁マルコ、どう仕方なかったか教えてもらおうか?﹂
﹁いやね、君はいろいろと力を見せつけたじゃないか。当然、魔王
たちも分析を始めるわけ、各人がそれぞれやるならいいけど、みん
なで議論をし始めそうな雰囲気だったんだよ。そしたら、その場に
いる多くの魔王に君の弱点が共有されてしまう。その場で君に対抗
するために、新人魔王たちの同盟だってありえた﹂
まあ、そうなるだろう。
それが観戦されるということのデメリット。
だから、俺はあらかじめ見せていい範囲というものを決めていた。
ストラスが最後に出したエメラルド・ドラゴンを倒すために、見
せてはいけない切り札を使いかけたが、キツネ耳と狐尻尾が生えた
美少女⋮⋮天狐という種族のクイナの活躍でそれは免れた。
とは言っても、見せていい範囲のものでも多数の魔王に解析と共
有がされればまずかっただろう。
﹁それが、どうしてロリケルという名前とつながるんだ?﹂
﹁話題を少しでも逸らそうと思ってね。君が天狐とエルダー・ドワ
ーフを溺愛している場面が流されてたから、そっちに意識を向けさ
せればって思ったんだ⋮⋮。二人ともすっごく可愛いせいか思った
より食いつきが良くて、ロリケル一色になっちゃった、悪かった。
反省してる﹂
マルコが、気まずそうな顔で軽く頭を下げた。
嘘ではないだろう。
悪気がないだけに始末が悪い。
242
﹁わかった。それなら、仕方ない﹂
あの場で何人かの誤解は解いたが、わざとからかって使う連中も
いる、若干気が重い。
それに、ロリケルと呼ばれるのは俺の行動が招いた部分もある。
なぜか、俺の作る魔物は可愛らしい少女型が多い。
狙っているわけではないが自然とそうなるのだ。
次に作る︻風︼の魔物でその疑惑が晴れればいいのだが。
﹁許してくれるんだね。ありがとう。それでこそ私の自慢の子だよ﹂
﹁調子がいいな。そろそろ、自分のダンジョンを作るし、マルコと
喧嘩したままで距離を取るのは嫌だったんだ﹂
マルコはよくしてくれている。
俺のことを気遣ってくれているし、有形、無形、様々な恩がある
のだ。
俺の手には︻夜会︼で支給された水晶があった。これを握りしめ、
力ある言葉をつぶやくだけで俺のダンジョンが出来上がる。
そう遠くないうちに、俺はマルコのダンジョンを出て自分のダン
ジョンを作ることになる。
﹁ちょっとときめいたよ。知らぬ間に男の顔になったね。プロケル﹂
﹁はいはい、俺は行くぞ﹂
﹁あっ、そうだ。ちょっと、お詫びをしようか?﹂
﹁お詫び?﹂
﹁私を抱いてみない? ほら、大人の女性の魅力を知ってもいいと
思ってね﹂
マルコが胸元を引っ張り、豊かな谷間を見せつけてくる。
243
マルコはとびっきりの美女だ、スタイルも抜群。どこか淫靡な気
配がある。
ごくりと生唾を飲んだ。
彼女を抱けたら、どれだけ気持ちがいいのだろう。
﹁遠慮しておく。マルコとは、そういう関係にはなりたくない﹂
だが、断腸の思いでその提案を断った。
﹁そう、残念。君のことは私の体に刻んで置きたかったし、消える
前に君の記憶に私を刻んで置きたかった。私には時間がないんだ﹂
マルコが悲し気な顔で笑みを作る。
マルコに聞いた話では彼女が消滅するまで残り九か月もない。
魔王は生まれてきてから三百年で消滅してしまうのだ。
﹁⋮⋮誰とでもそういうことをするのか﹂
無性にそれが聞きたくなった。
下世話な好奇心じゃない。胸が苦しくて、そうせざるを得なかっ
た。
﹁それはないよ。私はね、私が認めた男にしか体を許さない。まあ、
気が変わったら言ってよ。お姉さんがいろいろと教えてあげるから﹂
﹁気が変わったらな﹂
﹁期待せずに待ってるよ。あと、創造主からもらった追加のご褒美。
あれはよく考えて使ったほうがいい。安易に使えば破滅する。あれ
は魅力的だが、君が思っている以上にずっと危険だ。あの人は、人
が悪い。気まぐれに魔王たちをもてあそぶ﹂
﹁忠告を感謝する。それに、体はともかく茶ならいつでも付き合う
244
よ﹂
マルコが言っているのは、余興での︻戦争︼が予想以上に盛り上
がった褒美として俺と、︻風︼の魔王ストラスに、創造主から追加
で渡された報酬のことだ。俺が見る限りメリットしか感じがないが、
マルコがそう言うなら何かあるのだろう。注意深く対処しないと。
それで会話は終わり。
俺は、マルコに貸し与えられている居住区にサキュバスに転送し
てもらった。
◇
﹁随分と手狭になってきたな﹂
俺に貸し与えられているスペースに戻ってくると、ひとりごちる。
﹁マスターの言う通り、毎日一体ずつゴーレムを増やし続けてる﹂
﹁我が君、この前の戦いで随分と配下を増やしましたからな﹂
そこに返答が帰ってきた。銀髪ツルペタ美少女のエルダー・ドワ
ーフに、貴族風のローブを来たスケルトンであるワイトだ。
俺に与えられているスペースには、無数のゴーレムとアンデッド
たちが居た。
ゴーレムは、ミスリル、シルバー、アイアンと素材によって多種
多様。
アンデッドのほうは、ほとんどが人型のスケルトンが二〇体、そ
れに加えて、この前の︻戦争︼で得た十体の飛行型のアンデッドが
混じっている。
245
新たに作るダンジョンは、彼らを収容できるだけの広さが必要だ。
﹁あっ、おとーさん。お帰り!﹂
﹁ただいま、クイナ﹂
そこにもう一体。キツネ耳美少女のクイナが現れた。
いつものように俺の右腕に抱き着いてくる。
﹁新しい銃の調子はどうだ?﹂
﹁いい感じ、さすがエルちゃんなの﹂
クイナは前の戦いで銃を壊してしまった。︻刻︼の魔王の力で修
復されたが、エルダー・ドワーフは壊れてしまったことにショック
を受けており急遽改良を行った。
その際に、新たな名前を付けた。
もはや、基本設計レベルから元になったレミルトン M870P
口径4ゲージ 装弾数四発
とは異なる銃になったため、レミルトン改という名前はふさわしく
ないと考えたようだ。
重量3.3kg
カーテナ EDS−02
全長1040mm
それが新しい、ショットガンの名前。
ショットガンを示すSがEDの後に来ている。そうしたほうがわ
かりやすいと、エルダー・ドワーフが変えたのだ。
ちなみに、アサルトライフルだと、EDAR−0Xとなる。
﹁エルちゃん、これなら思いっきりフルオートで撃てる?﹂
﹁それはまだ無理。それをするには、何かしらの技術革新か、私自
246
身の魔術付与の強化が必要。両方ともがんばってるところ﹂
エルダー・ドワーフは悔しそうに歯噛みしていた。
もしかしたら、俺が︻誓約の魔物︼に選べばそれができるかもし
れない。
しかし、エルダー・ドワーフは天狐がクイナになった瞬間の光景
にあこがれており、ロマンチックな展開で名前を付けて欲しいと思
っている節がある。
もう少し、時期を見よう。
﹁じゃあ、クイナ、エルダー・ドワーフ。今から新しい子を作るよ﹂
﹁やー♪ 楽しみなの﹂
﹁私も妹が欲しかった。可愛がる側に回りたい﹂
二人とも喜んでくれている。
さあ、始めよう。
俺の第三の︻誓約の魔物︼の︻合成︼を。風と共に歩むもの。自
然を司る、この星の化身を。
247
第一話:エンシェント・エルフ
魔物の︻合成︼のために大通りに出る。
当然のように、マルコが居た。この前と同じように優雅なセット
を組んでサキュバスが要れたお茶を楽しんでいる。
﹁やあ、プロケル。きちゃった﹂
微妙に可愛いイントネーションだ。
さっきのことなんてまるでなかったかのように振る舞っている。
﹁もう、好きにすればいい﹂
俺は薄く笑ってから精神統一を始めた。
ほかには俺の魔物たちが居た。特にキツネ耳美少女のクイナと、
エルダー・ドワーフは新たな仲間の誕生に期待を込めたまなざしを
浮かべていた。
俺の手の中には、︻風︼の魔王ストラスからもらった。︻風︼の
メダルがある。
﹃︻風︼のメダル。Aランク。生まれてくる魔物に風を操る力を付
与。敏捷に補正︵大︶。その他の能力に補正︵小︶﹄
強力なメダルだ。これにイミテートで作った︻人︼。
そして、自らの︻創造︼のメダルを掛け合わせる。
﹃︻創造︼のメダル。Aランク。︻創造︼以外の二つのメダル︵オ
248
リジナルを含む︶を使用して魔物を合成する際、使用可能。製作者
が望む属性のメダルに変化し合成可。また、無数の可能性から、望
む可能性を選び取る ※一度変化した属性には二度と変化できない﹄
︻人︼を選んだのは、俺は︻誓約の魔物︼になにより絆を求めるか
らだ。自らに近い存在が欲しい。
ともに語り合って笑いあいたいという願望があった。
だからこそ、天狐も、エルダー・ドワーフも、そして今回の魔物
も全て知性が高く意思疎通ができる︻人︼の要素を入れている。
︻誓約の魔物︼以外はそこに拘るつもりはない。
今回、︻創造︼は︻星︼に変化させる予定だ。
︻星︼は自然を司る力。この星そのものの力で強力だ。
マルコから話を聞いている限り、これを使えば俺の望む通りの魔
物が作れるだろう。
手の平に︻風︼、︻人︼、︻創造︼。三つのメダルがそろう。
それらを強く握りしめる。
さあ、はじめよう。
﹁︻合成︼﹂
握りしめた拳に光が満ちる。
手を開くと、光が漏れ、光の中にシルエットできた。
︻風︼のオリジナルメダルと︻人︼のイミテートが一つになり方向
性が決まっていく。 そこに︻創造︼の力が働く。
俺が望むのは自然の力を司る︻星︼。
249
古きもの。風と共に歩むもの。
大地や木々、水、大気、そのすべてと語り合うもの。
俺が欲しい魔物には、︻風︼と︻人︼だけではまだ足りない。︻
星︼の力を加えて、さらに力と叡智を与える。
圧倒的な力に翻弄される、新しい命。その道筋を俺が正しく導く。
俺が望む方向性に、そしてランクSの可能性を引き寄せていく。
さらに、レベルは固定ではなく成長できる変動を選択。レベル上
限があがるし、同レベルになったさい変動のほうが強くなる。
よし、完璧。
あとは、生まれるのを待つだけ。
光の中のシルエットが濃くなる。
魔物の心臓の音が聞こえてくる。
光が止み、新たな魔物が生まれた。
﹁ご主人様、初めまして﹂
生まれたのは天狐より少し年上の十四歳ぐらいの少女。
やわらかな金髪と、柔和な笑顔。特徴的なのはこの世のものとは
思えない美しい︻翡翠眼︼。
そして、今までの俺の魔物が持ちえない凶悪なものがあった。
いわゆるロリ巨乳。
白いワンピースに包まれたそれは自らの存在を強調していた。
ついでに、耳が長い。
﹁はじめまして。俺が君を生み出した魔王。︻創造︼の魔王プロケ
250
ル。早速で悪いが君の種族を教えてほしい﹂
いつもの問いかけ。
その問いかけに少女は応える。
﹁私は、旧き者。風と共に歩む星の化身⋮⋮エルフの最上位種族。
エンシェント・エルフです。以後よしなに﹂
エンシェント・エルフが優雅に礼をした。
そう、俺が欲しかったのは自然操作に特化した魔物だ。
新しい街を作るのに必要だった。
人を移民させる際に、豊かな土地は必要だし、当面の食糧も早急
に用意しないといけない。この子が居れば、容易く準備できるだろ
う。
﹁よろしく。期待しているよ﹂
﹁はい、ご主人様。ご期待に応えてみせます﹂
ぎゅっと握手をする。
素直で礼儀正しいいい子だ。
そこにとことことクイナがやってきた。
キツネ尻尾が揺れている。新しい妹の誕生を喜んでいるのだろう。
﹁エンシェント・エルフ。長いからルフちゃんって呼ぶの。初めま
して! クイナは、おとーさんの︻誓約の魔物︼。おとーさんの次
に偉いお姉ちゃんなの。妹のルフちゃんはクイナのいう事をよく聞
くように!﹂
クイナはどや顔でエルダー・ドワーフに初めて会った時と同じこ
251
とを言う。
意外にもクイナは面倒見がよく、エルダー・ドワーフの世話をや
いていた。きっとエンシェント・エルフにもよくしてくれるだろう。
エンシェント・エルフはぼうっと、クイナを見ていた。
﹁どっ、どうしたの?﹂
クイナが不思議そうにエンシェント・エルフを見つめる。
﹁かっ﹂
夢を見る乙女のような瞳でエンシェント・エルフはクイナを見て
いた。
﹁可愛いです。なにこの子、ちっちゃいのに、お姉ちゃんぶって、
きゃー、きゃー、きゃー﹂
﹁やめ、やめるの。苦しいの﹂
エンシェント・エルフがぎゅっと天狐を抱きしめる。
豊かな胸に天狐の顔が埋まっていた。
むぐー、むぐーっと天狐が暴れる。
﹁ああ、ちっちゃくて、温かくて、いい匂い。それに、このもふも
ふ尻尾、たまりません。ぎゅっとしちゃいます。あれ、びくってし
て、ここがいいんですか? あっ、可愛い反応。ここが気持ちいい
んですね、クイナちゃん﹂
﹁やめて、尻尾は敏感なの。そんなにされたら、だめ、だめなの。
ん、変になっちゃうの﹂
﹁じゃあ、こっちはどうですか? 可愛らしいキツネ耳、こっちも、
くにゅくにゅして、もう最高です﹂
252
﹁やー、やー、耳の後ろも弱いの﹂
クイナが完全にもて遊ばれていた。
抱きしめられ、しっぽをもふもふされ、いいようにされている。
数分後、やっと解放されたころには完全に天狐は腰砕けにされて、
虚ろな目をしていた。逆にエンシェント・エルフのほうは肌がつや
つやになっている。
﹁クイナちゃん、またあとで遊びましょうね﹂
﹁もう、やなの! ルフちゃんはクイナに近づくの禁止なの!﹂
俺の背後に気配があった。
そこを見ると、エルダー・ドワーフが居た。クイナの様子を見て
エンシェント・エルフにおびえていた。
まあ、気持ちはわかる。
﹁そっちの銀色の子も可愛いです。こっちにおいで。私といいこと
をしましょう﹂
﹁マスター、助けて。この子、怖い﹂
エルダー・ドワーフは本気で嫌がっているようだ。
いつの間にか後ろの気配が二つに増えていた。回復したクイナま
で俺の後ろに隠れていた。
苦笑する。
﹁エンシェント・エルフ。この子たちを可愛がりたい気持ちもわか
るがほどほどにな。じゃないと嫌われるぞ﹂
﹁かしこまりました。マスター、残念です﹂
エンシェント・エルフはそう言うと、怖くない、怖くないと言い
253
ながら、クイナとエルダー・ドワーフを手招きしていた。
割といい性格をしている。
﹁さすがだね。プロケル。もう本気でわざとやっているんじゃない
かと思うよ。⋮⋮またとんでもない魔物を引き当てたね﹂
優雅に紅茶をすすりながら、マルコがいろんな意味で驚愕の表情
を浮かべている。
言い返せない自分が悔しい。だが、あくまで偶然だ。狙って少女
を生み出しているわけじゃない。
いろいろと、問題がある子だが実力は十分だ。
種族:エンシェント・エルフ Sランク
名前:未設定
レベル:1
筋力B 耐久C+ 敏捷A+ 魔力S 幸運A+ 特殊S++
スキル:翡翠眼 風の支配者 星の化身 神の加護 魔弾の射手 ステータスは、クイナはおろかエルダー・ドワーフに劣る。 だ
が、スキルの一つ一つが素晴らしい。
翡翠眼:全ての神秘・魔術を看破する。下位スキル、千里眼、霊視、
透視の性質も併せもつ
星の化身:火を除く属性魔術を使用可能。周囲に該当属性がある場
合、補正︵大︶。精霊たちとの同調が可能
神の加護:全ての能力に補正︵中︶。死亡時に蘇る。その際にこの
スキルを失う
254
風の支配者:風系最上位スキル。風属性魔術に補正︵極大︶
魔弾の射手:射撃攻撃全て威力補正・命中補正︵大︶
まさにいたれりつくせりと言った様子だ。
ロリ巨乳のこの少女にこれだけの力が秘められていることが信じ
られない。
ただ、一つだけ気になることがある。
これだけ強力なスキルを持つ、エンシェント・エルフですら特殊
はS++どまり。
天狐であるクイナはその上のEX。
今のクイナを見る限り、どう見てもエンシェント・エルフにスキ
ルで優っているとは思えない。
俺も、本人も気づいていない何かが隠されているかもしれない。
﹁ご主人様、とりあえず、私は何をすればいいでしょうか?﹂
﹁そうだね、エンシェント・エルフの力を見たいところだけど、ま
ずは適した装備を決めるところから始めよう。クイナ、エルダー・
ドワーフ、行こうか﹂
﹁かしこまりました。ご主人様﹂
﹁⋮⋮わかったの﹂
﹁マスター、了解した﹂
そうして、最近マルコに用意してもらった射撃場に向かう。
スキル的には、ライフル系がいいか。
俺の背後にいる二人は微妙に、エンシェント・エルフを怖がって
いるが、これもなんとかしないといけないと考えていた。
255
第二話:アンチマテリアルライフル
エンシェント・エルフが新たに生まれた。
今は天狐のクイナ、エルダー・ドワーフ、エンシェント・エルフ
と共にマルコのダンジョンにある広々とした草原のフィールドで実
験を行っている。
彼女に合う武器探しだ。
天狐の場合、近接戦闘を好むためショットガンを選択し、エルダ
ー・ドワーフは何処の距離でも戦える対応力を重視し、アサルトラ
イフルを選んだ。
エンシェント・エルフはまだ戦いのスタイルが定まっていないの
でいろいろな武器を試さないといけない。
クイナとエルダー・ドワーフは若干あたらしい妹に警戒心を持っ
ているが、一応、まともに会話はできるようになってきた。
﹁クイナのおすすめはやっぱり、ショットガンなの。こう敵の中に
突っ込んで、一発でどかーんってするのが気持ちいいの﹂
若干おびえながらも、それでもしっかりとクイナはお姉さん風を
吹かせる。
さすがは俺の︻誓約の魔物︼。
﹁ありがとう。クイナちゃん。でも、しっくりこないですね。そも
そも私は防御力に不安がありますし、近づかなくても当てられます
から、合ってない気がします﹂
256
彼女の言う通り、エンシェント・エルフは、翡翠眼と言う最高の
眼と、魔弾の射手という射撃スキルがある。
わざわざ危険を冒してクロスレンジで戦う必要はないだろう。
﹁なら、アサルトライフルがおすすめ。装弾数が多いし、命中精度
が高くて遠くまで狙えるし取り回しがいい。攻撃力も、7.62m
m弾なら十分。なにより安定感が抜群﹂
次は、エルダー・ドワーフがアサルトライフルを薦めた。
彼女の言う通り、アサルト・ライフルは安定感が抜群だ。
無難行くなら、それがいいだろう。
﹁確かにいい武器だと思います。ただ、やっぱり物足りないんです。
もっとこう、お腹にドカーンってくるのがいいです。ショットガン
ぐらい大きく響いて、ずっと遠くまで狙えるような武器があればい
う事がないんですが﹂
ショットガンクラスの攻撃力があり、遠距離で使える武器か⋮⋮
一つ頭に浮かんだものがある。
だけど、あれはそもそも持ち運んで使うようなものじゃない。
まあ、いい機会だ。試すだけ、試してみよう。
﹁エンシェント・エルフ。今から新しい武器を出す。それを試して
みてくれ。︻創造︼﹂
俺は、自らの力で武器を生み出す。
魔王はそれぞれユニークスキルを持っている。
俺の︻創造︼は、
﹃︻創造︼:記憶にあるものを物質化。ただし、魔力を帯びたもの、
257
グラム
生きているものは物質化できない。消費MPは重量の十分の一﹄
と言うもので、おかげでさまざまな物質を物質化してきた。
記憶喪失なのに様々な武器の記憶は残っていた。
﹁見てのとおり、かなり大げさな武器だが、まあ一応試してみてく
れ﹂
俺が生み出したのは、アンチマテルアルライフルだ。
アンチマテリアルは超長距離射撃及び、超貫通力を目的として開
発された大型のライフル。
ML82A1だ。
通常のライフルよりも、長く、大きく、重く、反動も強烈だ。
ML82A1
その中でも名機パレット
パレット
初速853m/s 有効射程2,000メートル
全長1450mm。重量14.0kg。装弾数11発 口径12.
7mm×99
口径と破壊力はミスリル・ゴーレムが使用する、重機関銃と同等。
だが、重量は三分の一でぎりぎり携帯できる。
重さも、長さも、エルダー・ドワーフの愛用するMK417の二
倍近い化け物だ。フルオート機能はついてないがセミオートなので
一応連射もできる。
﹁素敵です! たくましくて立派で。これ撃っていいですか?﹂
﹁使い方はわかるか?﹂
﹁なんとなく遠くを攻撃する武器の使い方はわかるんですよ﹂
258
おそらく魔弾の射手のスキルの効果だろう。
遠距離武器に関しては彼女の右に出るものはない。
﹁いい感じです。しっくり来ます。これならいけるかも﹂
エンシェント・エルフが下唇をペロリと舐めた。
﹁三キロ先にいい小石があるので、それを狙ってみます﹂
﹁その銃、伏せて使うのが基本だぞ? 立ったままで撃てるのか﹂
﹁余裕です﹂
本来、全長1450mmもあるアンチマテリアルライフルは二脚
を使って地面に伏せて撃つ。
そうしないとあまりの銃身の長さと重さで狙いなんてろくにつけ
られない。
だが、立ったまま二脚も使ってないのに、ピタリと銃身が止まる。
筋力だけじゃない。風で支えている。器用なものだ。
俺は、双眼鏡を︻創造︼し、彼女の狙っている目標の様子を確認
する。
﹁行きます!﹂
トリガーをひいた。轟音。
さすがに12.7mm弾は迫力が違う。
発射と同時に風の魔力を感じた。
その弾丸は、3キロ先の目標をあっさりと砕いた。
まさに魔弾の射手。
﹁エンシェント・エルフ。今の弾丸おかしくなかったか? 空気抵
259
抗で失速するどころか、加速したような﹂
﹁あっ、わかります。風の力を借りたんです。邪魔しないでって通
り道に居る子にお願いしたり、ちょっと後押ししたり﹂
なんていう反則的な力だ。
速度が増すほど空気抵抗が大きくなる。それも距離が遠くなれば
なるほど風の影響は大きくなる。
だが、エンシェント・エルフはその影響をゼロにするどこかプラ
スにさえかえて見せる。
彼女ほど長距離射撃に適した魔物はいないだろう。
さらには、おそらく反動すら風のクッションで打ち消している。
そうでないとこんなものを立射したら肩の骨が折れるぐらいの強烈
な反動があるのだ。
ML
﹁期待以上だ。エンシェント・エルフはそれを武器にしよう﹂
こうやって軽々扱えるなら、取り回しが難しい、パレット
82A1でも問題ないだろう。
一応、距離を詰められたときのためにサブ・ウェポンも考えてお
かないと。
そんなことを考えいるとエルダー・ドワーフが近づいてきた。
おそるおそると言った様子だ。
﹁ルフ、その銃気にいったならもっと火力をあげられる。ミスリル・
ゴーレムの重機関銃ように開発した弾を流用できる。素材を替える
だけで強度があげられるし、そんなに手間はかからない﹂
﹁エルちゃん、すごいです! 可愛いのに賢いんですね。ぜひ、お
願いします! 初速があがればもっと素敵な軌道になりますし遠く
まで飛ばせます﹂
260
こいつはある意味遠距離射撃フェチなんだろう。
まあ、何はともあれエンシェント・エルフの武器が決まった。
﹁そういえば、エルダー・ドワーフは自分の武器は改造しないのか
?﹂
少し不思議だった。この前までクイナのショットガンの改造にか
かりっきりだったのは知っているが、今は余裕がある。
エンシェント・エルフの前に自分の武器を強化する余裕があるは
ずだ。
﹁そっちはまだ、設計案段階。取り回しの良さを失わずに精度と威
力の両立を目指してる。火力バカの二人みたいに、とりあえず威力
をあげて壊れないようにすればいいってわけにはいかない﹂
なるほど、そっちはそっちで頑張ってくれているのか。
楽しみだ。
もしかしたら、銃の技術革新を見れるかもしれない。
◇
そのあと、しばらくの間射撃練習を行った。
特に今日行われたエンシェント・エルフの空中射撃には驚かされ
た。
風魔術で高速で飛行しつつの、精密射撃。戦術的にかなりのアド
バンテージになることは間違いない。
帰り際に告げる。
﹁そういえば、言うの忘れていたけど、あしたみんなで人間の街に
261
行くぞ﹂
俺がそう言った瞬間、三者三様に驚く。
実はずっと前から決めていた。
人間を呼び込むには、まず人間を知らないといけない。
人間の街でさまざまなものを見てみよう。
262
第二話:アンチマテリアルライフル︵後書き︶
いつも応援ありがとう!
ブクマ、評価をいただけるとすごくうれしいです
263
第三話:空の旅と魔王様の街
マルコに一言挨拶してからダンジョンの外に出ていた。
お供は︻誓約の魔物︼であるクイナと、その候補であるエルダー・
ドワーフにエンシェント・エルフ、そしてグリフォン。
ワイトは居残りだ。彼にはドワーフ・スミスとスケルトンを使っ
た重要な仕事を任せている。
俺たちの行先は大きな街、それも近くに人気のあるダンジョンが
あるという条件に該当する場所をマルコに教えてもらった。
俺を含めて四人とも、人間の街で買った服をマルコにもらって身
に着けている。この世界の服はよくわからないが、かなり質がいい
ものに感じた。
なんでも、暇を持て余しがちな魔王たちは、人間の街に遊びに行
くことがそれなりにあるので人間の服ぐらい用意しているそうだ。
よくちょうどいいサイズがあったものだ。俺とエンシェント・エ
ルフは十代半ばぐらい。残りの二人は十代前半。
マルコとは服のサイズが全然違う。俺に至っては性別すら違うの
に。少し気になる。
﹁おとーさん、風がきもちいいの﹂
﹁マスターの背中、大きい。安心する﹂
﹁ああ、そうだ気持ちいい、本当に気持ちいいよ﹂
今は、グリフォンの背中に乗って飛んでいた。
264
目的地までそれなりに距離がある。
俺がグリフォンの手綱を握り、クイナは俺とグリフォンの首の間
に座り持たれかかってきて、エルダー・ドワーフは俺の背中に抱き
ついている。
いい匂いがする、柔らかくて温かい。
愛しい娘たちのサンドイッチ。これはなかなか素晴らしい。最高
だ。
﹁私もそっちが良かったです﹂
﹁そうしてやりたいんだけど、さすがのグリフォンも三人が限界だ﹂
隣をエンシェント・エルフが飛んでいた。
彼女は風を操り飛行できる。速度も申し分ない。
エンシェント・エルフは全速のグリフォンに鼻歌交じりで追いつ
ける。
上空を高速飛行しながらのアンチマテリアルライフルでの長距離・
精密射撃は、おそらく俺の魔物の中でも最高クラスの戦闘力を誇る
だろう。
﹁わかりました。でも、えい♪﹂
エンシェント・エルフが上昇したかと思うと、俺の頭に後ろから
上体を乗せてきた。
豊かな胸が押し当てられる。
﹁これなら、大丈夫なはず。前はクイナちゃん。背中はエルちゃん
に取られていますので、ここが私の場所です。ふっふっふ、飛べる
私だけの特権ですよ﹂
265
器用にグリフォンに体重がかからないように浮きながら、俺の後
頭部に絶妙に体を押し付けるエンシェント・エルフ。
危ないのでしかりたい、しかりたいのだが。
このふんわりした感触と温かさを楽しみたい。
﹁おとーさん、いやらしい顔﹂
﹁マスターのえっち﹂
二人の娘の冷たい声音でなんとか意識を取り戻す。
危ないところだ。もう少しで戻ってこれなくなるところだった。
﹁エンシェント・エルフ、危ないから離れてくれ。そんなにくっつ
きたいなら、地上でいくらでもくっつけばいいから﹂
﹁残念、お楽しみは後でということですね。ご主人様﹂
﹁うー、おとーさんのばか﹂
ジト目でクイナが俺を見ている。俺をとられると思っているのだ
ろう。そんなクイナにくすくすと笑いながらエンシェント・エルフ
が話しかける。
﹁クイナちゃんがぎゅっとさせてくれるなら、ご主人様にくっつく
のをやめますよ。どうします?﹂
﹁ううう、うううう⋮⋮ルフちゃん、クイナを好きにしていいの。
だから、おとーさんにくっついちゃだめなの﹂
どうやら、俺への独占欲がエンシェント・エルフへの苦手意識に
勝ったらしい。
エンシェント・エルフが笑う。彼女は、クイナの反応を見て楽し
んでいる。
よほど、クイナのことが好きなんだろう。
266
そんな風にじゃれ合っているうちに、だいぶ距離が稼げた。
﹁もう、そろそろつくな﹂
﹁おとーさん、どうしてわざわざ人間の街なんて見に行くの?﹂
﹁魔王のダンジョンっていかに人間を呼び込めるかが大事だからね。
人間がどういう生き物かをよく知っておかないと。集客は難しいん
だ。はじめに軌道に乗せるのが一番しんどい。ましてや、俺はたく
さんの人間が住む町を作ろうとしてるんだから、よりいっそうね﹂
﹁おとーさん、わくわくするの!﹂
クイナがキツネ耳をぴくぴくさせながら、目を輝かせる。
以外に興味があるようだし、もう少し話を膨らませてみよう。
﹁これがなんだか、わかるかい?﹂
俺は透明な丸い物体を取り出す。
﹁んー、わかんない。エルちゃんはわかる﹂
﹁たぶん、ダンジョンの心臓。それを中心にダンジョンができる﹂
﹁ご名答﹂
俺はにっこりと微笑む。
これはあの︻夜会︼で支給された、水晶だ。
﹁これを握って、力ある言葉をつぶやくとダンジョンが生成される﹂
そう言った瞬間、クイナだけではなくエルダー・ドワーフとエン
シェント・エルフも目を輝かせた。
﹁クイナたちの新しいお家ができるの!﹂
267
﹁マスター、鉱山が必ずほしい﹂
﹁私は、自然が豊かなフィールドが欲しいですね﹂
俺の魔物たちは、それぞれの要望を伝えてくる。
今のところ、その要望は全て叶えられそうだ。
﹁どんなダンジョンを作るかも大事だけど、ダンジョンは一回作る
と動かせないからね。まずはそこを今回の外出で決めたくてね。そ
の下見も兼ねてる。行けそうなら作るよ﹂
外観は自由、中は異次元に繋がっているので地形や広さなどを考
えないでいいとしても、そもそもどこにダンジョンを用意するかが
重要だ。
近くに人間がたくさんいることは必須。。
そして、俺は既に人気があるダンジョンを利用することを考えて
いた。
人気ダンジョンは人間にとって、重要な資源。そこと大きな街の
間は人の行き来が多い。
もし、中間に街を作れば、食料の補給、宿泊と言った需要がある。
地下一階の見えている部分は全て街にしてしまう。
俺は、クイナたちに話しながら考えをまとめることにした。
﹁まず、農地を作るために自然の豊かなフィールドを作るよ。エン
シェント・エルフの力なら農地づくりも楽だし、毎年の豊作も約束
されたようなものだ﹂
﹁嬉しいですご主人様。エルフは木や草に囲まれていると安らぐん
です﹂
自らの土地を持ってない小作人にエルフの力で豊かにした土地を
268
ただ同然の値段で貸すつもりだ。
そうすれば、長期的に街に居つきDPの安定収入になる。
いざとなれば元の街に戻れる距離に街を作れば飛びついてくるだ
ろう。
そのほかには、宿屋の経営者の誘致、人気ダンジョンに向かう客
を目当てにした商売人の勧誘もする。
﹁あと、エルダー・ドワーフ、鉱山もきっちり作るよ。客寄せのた
めにも、おまえの研究のためにも、戦力アップのためにも必要だか
らな﹂
﹁マスター、嬉しい。たくさん、勉強してすごい武器作る。期待し
て﹂
﹁強い武器も嬉しいけど人間に売るために、それなりにいい武器も
考えてほしいな﹂
﹁そこはドワーフ・スミスに任せる。あの二人でも十分できる﹂
鉱山はいい客寄せになる。それにドワーフのスキルで作った武具
の販売も一緒に行う。人間では到底つくれない高品質な武器を大量
に生産するのだ。間違いなく人気が出るだろう。
人気ダンジョンの近くならなおさらだ。
自然を司るエルフと、鍛冶を司るドワーフ。二つの種族の力があ
って、新しい街が成功しないはずがない。
これらは一例にすぎない。さまざまな手段で人を集めていく。
少ないDPで駆け出し魔王が作るダンジョンなんて、ろくに人を
集められず、収益がたかが知れている。人間の立場になれば、すで
に人気のあるダンジョンから狩りのフィールドを移す理由がない。
おそらく俺の考えている方法がもっとも効率よくDPを集められ
269
る。
﹁ううう、エルちゃんとルフちゃんばっかりずるい。クイナもお仕
事したい﹂
﹁クイナは、防衛の切り札だからね。どんと構えていればいい。い
くらすごい街を作って人をたくさん集めても、水晶を砕かれればそ
れでおしまいだ。クイナの力を頼りにしているよ﹂
﹁わかったの、おとーさん! おとーさんも、街も、みんなも、ク
イナが守るの!﹂
水晶を安置する地下のフロアは、一歩でも足を踏み入れば即死さ
せる防衛だけを考えた悪夢のダンジョンにする。
それに地下への道は可能な限り隠匿するつもりだ。
そもそも、人間を接待すると、他の魔王との戦争を想定するとい
うのでは、ダンジョンの構成はまったく変わる。
両立なんてできない。だからこそ、はじめから接待は捨てる。
とは言っても、戦力とDPが集まってきたら、最終的にはその街
の地下にダンジョンが見つかったと宣伝して、中継地点からダンジ
ョンの街となり、人気ダンジョンの客をまるまる奪うというのを最
終段階として想定している。
﹁おとーさん、難しいこといっぱい考えてるの﹂
﹁娘たちに苦労はさせられないよ。この水晶が砕かれたら、みんな
消えてしまうからね。そうさせないために、いろいろと考えないと
いけないんだ﹂
この水晶を渡されたとき創造主に念押しされた。
たとえ、独り立ちのときに再支給されるとは言っても、水晶が壊
されれば全ての魔物が消えることは変わらないし、二度ともどって
270
こない。
俺には生み出した魔物たちを守る義務がある。
人間からも、︻戦争︼をしかけてくる魔王たちからも絶対にこの
子たちを奪わせたりしない。 そのためなら、どんなことだってやってみせる。
﹁うん、おとーさんを信じてるの。あっ、見て大きな街﹂
﹁びっくりした。こんな大きなものを作るなんて﹂
クイナとエルダー・ドワーフが驚いている。
それも無理もない。
俺たちが目指している、エクラバの街は十万都市かつ豊かな街だ。
そんな二人の様子を見ながらグリフォンを操り降下した。
いよいよ街への到着。今回は下見もあるがおもいっきり楽しもう
と思う。
271
第四話:本気の怒り
ようやく街についた。 少し離れたところに着陸しそこから徒歩で移動している。
マルコの話ではこの街エクラバは、街を一周する巨大な城壁に囲
まれた十万人以上が住む大都市で、三つの区画に分かれている。商
業区、居住区、農業区だ。
クイナは変化スキルによってキツネ耳と尻尾を隠し、エンシェン
トエルフはフードをかぶっている。
もともと、エルダー・ドワーフと俺の見た目は人間と大して変わ
らないので変装は必要ない。
こうすれば、あまり騒がれることはないだろう。
ただ、珍しいだけでエルフやドワーフと言った種族は、一つの種
族として魔物以外にもこの世界に根付いているので隠す意味はあま
りなかったりする。
魔王が作った魔物たちが子作りをして繁栄して、独自の生態系を
もった結果らしい。
水晶が壊れて消えるのは、直接生み出された魔物だけで、その子
孫までは消えはしない。ドワーフたちが作るゴーレムも同様だ。
﹁おとーさん、すっごい行列なの﹂
﹁あれは、関税を取っているんだ。危ない人が入るのを防ぐのと同
時に、お金を徴収しているんだ﹂
﹁並ぶのめんどうなの﹂
272
確かに面倒だし時間もない。
クイナとエンシェント・エルフに力を借りて楽をしよう。
﹁エンシェント・エルフ、俺たちを運べるか?﹂
﹁余裕ですよ、ついでに周囲に人がいないかも確認できます﹂
﹁わかった、次はクイナだ。幻術で俺たちの姿を見えないようにす
ることは可能か?﹂
﹁うん、できるの。でも見た目だけだから音とか匂いで気づかれる
し、魔力は隠せないの﹂
﹁相手が普通の人間なら問題ないさ、頼む﹂
﹁わかったの!﹂
そうして、俺たちはクイナの幻術で不可視になりエンシェント・
エルフの風に乗って街の中に入った。
◇
﹁うわあ、たくさんの人がいるの﹂
﹁マスター、少し多すぎて気持ち悪い﹂
人通りのないところで不可視化を解いた俺たちが入りこんだのは、
商業区だ。
美少女が三人もいるせいか、周りの視線が集まる。ただ、まだ少
女であることと、露骨に俺にべったりしているせいか、声をかけて
くる人間はいない。
それにしても本当に人が多すぎる。
この町の内外からたくさんの人が集まっていた。
巨大なダンジョンから発掘されるお宝や魔石、そう言ったものを
273
目当てに人が集まり、その集まった人たちが商品を持ち込む。
そうすると、集まった商品を目当てにまた人が集まるという循環
でどんどん商売の規模が増えていく。
超一流のダンジョンの近くにはこういう街ができることが多いら
しい。
ちなみに、この街の八〇キロほど先にあるダンジョンは︻刻︼の
魔王のダンジョンだ。
︻刻︼の能力があれば、ダンジョンを繁栄させることは容易い。
もっとも、本人いわく︻戦争︼のときの超大規模な巻き戻しは、
創造主の支援があってとのことだ。
﹁ご主人様、この場にいる人間をぱーっと皆殺しにしたらたくさん
DPが溜まりますよ。大丈夫です。ここで暴れても、全部︻刻︼の
魔王のせいにできますよ♪﹂
笑顔で、エンシェント・エルフが恐ろしいことを言う。
効率だけのことを考えるとありと言えばありだ。
だけどそれは。
﹁やめておこう。俺の主義に反するし、ばれて︻刻︼の魔王に目を
つけられたら殺される。第一、ここの人たちは将来の俺の街の住民
になるかもしれないしね﹂
﹁残念です﹂
﹁そもそも、おまえたちは人間をなんだと思っているんだ?﹂
﹁人間ですか? 家畜ですよね﹂
エンシェント・エルフは首をかしげる。
残りの二人を見るが、エンシェント・エルフの反応を不思議に思
っていない。
274
圧倒的な力を持つ魔物から見れば、間違ってはいないだろう。
むしろ、人間に特別な感情を抱ている俺のほうがおかしいのかも
しれない。
﹁家畜なら、殺して肉にする以外にもっと有効な利用法がある﹂
﹁さすがはご主人様です。家畜を徹底的に利用する方針ですね﹂
無理に考えを変える必要はない。
人間と触れ合ううちに、考え方も変わっていくだろう。
﹁もっとも俺はしないだけで、エンシェント・エルフが言ったよう
に戦略的に人間の街を襲う魔王はそれなりに居るけどね﹂
俺の言葉に今度はエルダー・ドワーフが食いついた。
﹁不思議。どうしてそんなことをする?﹂
﹁客寄せの一つの手法だよ。街一つを襲うとね、人間が大量に仕返
しに来るんだ。それも強い人間がね。そいつらをダンジョン内で返
り討ちにすれば、大量のDPが手に入る﹂
マルコから聞いた話だ。
大規模な襲撃を街に行えば、人間の軍が動く。
強い人間ほど、得られるDPは多く。また、復讐や正義に燃えて
いる人間の強い感情は随分と美味しいらしい。
魔王たちの中では、巣穴を突くと呼ばれ、常套手段の一種。
ただ、どうしても人間と共存する方法に比べて長期的に見れば人
間のダンジョン離れを招き、損をする。しかも勇者クラスの人間を
大量に招いてしまい殺されてしまう恐れがある。
基本的には、短期間で大量のDPが欲しいときの最終手段らしい。
275
﹁おとーさん、面白そう。やってみるの!﹂
﹁いや、やらないから﹂
クイナも割と血の気が多いところがある。
気をつけよう。
◇
商業地区を物価をチェックしながら歩く。品ぞろえや値段はいろ
いろなことの参考になる。
そんな俺たちの進行方向を塞ぐようにガラの悪い男の三人組が現
れた。
軽装の鎧に、ボロボロの片手剣をぶら下げている。
﹁お嬢ちゃんたち、可愛いね。お兄ちゃんたちと美味しいもの食べ
に行こうよ。ダンジョンでお宝一発当てて、余裕があるからさ。た
っかいもの食わせてやるよ﹂
﹁おいおい、一人を除いてまだガキだぜ。しかも男付き﹂
﹁これだけ上玉ならガキでもいけんだろ。男は、転がしときゃいい
じゃん﹂
下種な笑みを浮かべている。
俺はある意味驚いていた。こんなお決まりの奴がいるなんて。
﹁連れに手を出すのはやめてもらおうか﹂
﹁ああ、女みたいな顔して、なにかっこつけてんの? 君、何? この子たちの友達? 俺たち、友達と遊ぶよりもいいこと教えてあ
げる優しいお兄さんなの。じゃましないでくれる?﹂
276
女みたいな顔。
その一言が微妙に俺の心を傷つける。気にしていることをずけず
けと。
俺の背中をちょんちょんっとクイナがつつく。
﹁おとーさん。おとーさんを馬鹿にしたあのゴミ、燃やしていい﹂
﹁今日は、殺人禁止。それと手を出すな﹂
﹁わかったの﹂
クイナが残念そうに下を向く。
気持ちはわかる。俺も殺したい。
﹁あの、俺は友達ではなく保護者だ。この子たちを守る責任がある
ので、引くつもりはない﹂
﹁あっそ、なら寝とけや﹂
男の一人が拳を振りかぶる。
俺は回避すらしない。
拳が頬に突き刺さる。
﹁痛っつ。なんだ、こいつ、鉄でもぶん殴ったみたいに﹂
男が自分の手を押えてうずくまる。まあ、俺を殴ればそうなる。
男が顔をあげる。すると震えはじめた。残りの二人も急に震え始
める。
﹁あっ、あっ、あっあ﹂
﹁ひっ﹂
﹁うっ、うわああああああああ﹂
277
悲鳴をあげて三人の男が逃げ始めた。
俺が何かをしたわけじゃない。
﹁おまえたち、よく我慢したな﹂
クイナたちだ。
俺が危害を加えられたことで、殺意を向けた。殺すことを俺に禁
じられていたから、殺したいと思っただけ。
ただ、それだけで男たちは死を覚悟する。
余波で周囲の人間が失禁までしている。
それがSランクの魔物の本気。
﹁おとーさん、次から手を出すなって命令はやめて。殴られても大
丈夫ってわかってても、やっぱりいや。あのおっそい拳が届く前に、
何十回も殺そうと思ったの﹂
﹁私も。マスター﹂
﹁ですね。ご主人様への無礼は許せません﹂
娘たちの愛情がなかなか心地よい。
仕方ない。次からはわざと殴られることはやめよう。
﹁心配させてごめん。この埋め合わせはちゃんとするよ﹂
今日の仕事が終わったあと精一杯、みんなを楽しませると心に決
めた。
◇
相場は見終わったので次はある意味、今日のメインだ。
278
﹁ここから武具をメインに見てまわる。エルダー・ドワーフは特に
注意して見てくれ。ここにある商品よりも優れた武具があれば売れ
る。一つの基準になる﹂
﹁わかった。でも、その必要はない。人間ごときに大したものが作
れるとは思えない﹂
﹁たしかに、そうだね。ドワーフの上位種であるおまえの考えはわ
かる。だけどね、俺は基準と言ったんだ。あまり強すぎる武器を人
間に与えてしまうのはよくない。売れ筋の商品より、ほんの少し優
れたものを作るところが大事なんだ﹂
極論を言えば、俺の街でアサルトライフルを大量生産して売り出
したとする。
それは、超人気商品になり人が押し寄せるだろう。だが、それは
自分の首を絞めることになるし、他の魔王の恨みを盛大に買う事に
なるだろう。
それどころか、行き過ぎた技術は人間の欲望を刺激する。
技術を独占するために人間が、本当の意味での戦争を仕掛けてく
る。
何事もほどほどが一番なのだ。
﹁わかった。きっちり調べて、設計図を作って、あとは、あの子た
ちに製作を任せる。単純作業が一番退屈﹂
研究肌のエルダー・ドワーフには面白くない仕事だろう。
ただ、しっかりとやってくれる気はあるようだ。
﹁つまらない仕事をさせてすまないな。だけど、その分、研究用の
面白い武器を︻創造︼してやるし、おまえが研究に集中できる環境
を整えてやる﹂
279
頭をくしゃくしゃと撫でてやると、小さく微笑んだ。
エルダー・ドワーフにとっては最大限の喜びの表現だ。
﹁マスター、大好き﹂
こんな一言ですら顔を赤くしてぼそぼそと言う。
クール系銀髪ツルペタ美少女のエルダー・ドワーフ。彼女のこう
いう仕草は割と気に行っている。
280
第五話:武器と農地と
武具を取り扱う店に向かう途中で、質屋で︻創造︼で作り出した
宝石を換金した。
金貨は重いので魔力消費が激しい。その点、宝石は軽くて金にな
る。
今は、︻創造︼以外では確保できない火薬やレアメタルを毎日可
能な限り︻創造︼しているのでMPはなるべく温存したい。
金の確保をしたあとは街の人に話を聞いてまわり、もっとも、人
気がある武具屋を見つけた。
人気がある店というだけあって、かなり大きな店だ。
中に入ると、いかにも冒険者という人間が五十人ほど装備を物色
している。
剣に槍に弓。服に鎧に靴。
そのあたりが主力商品のようだ。大量生産品の安物と、一つ一つ
職人が作った高級品が並べてあるコーナーに別れていた。
﹁おとーさん、おとーさん、すっごい武器の数﹂
﹁マスター、数より質が大事。少し残念﹂
﹁私にはよくわかりませんね。弓は好きなんですが⋮⋮あの子を知
って以来、弓じゃ満足できない体になってしまったのです﹂
娘たちがそれぞれの反応を見せる。
俺とエルダー・ドワーフは一品ものの高級品が並べられているコ
ーナーに移動する。
281
クイナとエンシェント・エルフはローブや靴が並べられているコ
ーナーを見に行った。
エルダー・ドワーフは一番高い剣を手に取り注視する。
材質は鉄と少量のミスリルの合金。コストを下げるための工夫だ
ろう。
﹁可哀想﹂
エルダー・ドワーフの顔が険しくなっていき、ぼそっとつぶやい
た。
﹁こんなにされた材料が可哀想。こんなものを使わされる人が可哀
想。こんなの剣じゃない。ただの鉄くず﹂
おそろく冷めた目だ。
周りがざわめく。
この場に似つかわしくない銀髪美少女のエルダー・ドワーフは注
目を集めていた。そんな中でのこの発言。騒ぎになるのも仕方がな
い。
しばらくすると店の奥から大男が現れた。
真っ黒に焼け、鍛え抜かれた肉体を持つ大男だ。
﹁おまえか、俺の剣にケチをつけたのは!﹂
どすん、どすんっと大きな足音を立てながら、男は早足でこちら
に歩いてきた。
﹁俺の剣を馬鹿にするぐらいだ。一流の冒険者だと思ったら、なん
だ、小娘じゃないか! ガキでも俺の作品を馬鹿にするのは許さね
えぞ!﹂
282
腹に響く怒鳴り声。
美少女であるエルダー・ドワーフにいいところを見せるために割
り込もうとしていた男どもが躊躇する。
しかし、エルダー・ドワーフはまったくひるまない。
見た目は十代前半の銀髪美少女でもSランクの強力な魔物。
ただの人間なんて毛ほどの脅威も感じていないだろう。
﹁馬鹿にした? ただ事実を言っただけ。火入れが甘い。材料の配
分も不適切、力任せに叩きすぎて逆にもろくなってる。重量配分が
未熟。形状も切断にも叩き折ることにも適さない中途半端。この剣
を売るほうが、よほど人を馬鹿にしている﹂
容赦ない、批評。
男がたじろぐ。
﹁知ったかぶりもいい加減に﹂
﹁これが本当の剣﹂
エルダー・ドワーフが腰にぶら下げている。細身の剣を大男に投
げ渡した。
それは、彼女が弾切れのときを想定してもっている護身具だ。
﹁なんだ、この剣は⋮⋮ミスリルで出来てやがる。材料がいい。ミ
スリルにいくつかの金属が混ざっている、だがコストダウンじゃな
くて強度をあげるための合金、それ以上に、鍛冶師の腕が⋮⋮吸い
付くグリップ、滑らかな刀身、こんな剣、王都の伝説の鍛冶師ヤッ
パルナでもなければ﹂
﹁それは私が作った剣﹂
283
﹁こんな、ガキに作れるわけ⋮⋮﹂
﹁私が作った﹂
短い、言葉。だが、有無を言わせない迫力があって男は押し黙る。
エルダー・ドワーフは剣を取り返し鞘に入れる。
そしてこちらを振り向いた。
﹁マスター、行こう。見るものは見た﹂
そして俺の手を引いた。
大男はそれ以上何も言わない。鍛冶師だけあって卓越した腕を持
つものに対する尊敬の念があるのだろうか?
周りが注目しているなか俺たちは外に向かう。
そうだ、いいことを考えた。
これだけ注目が集まっているんだ。ここで、宣伝をしよう。
﹁みなさん、一週間後、この街と東のダンジョンの間に小さな街が
できます。そこにこの子が作った武器を取り扱う店もあるので、是
非来てください﹂
周りの人間たちのざわめきが大きくなる。冒険者たちは生き残る
ために、常に少しでも強い武器に飢えている。
この場での宣伝はインパクト十分。
口コミである程度は広がるだろう。
⋮⋮もっとも、本当にここにダンジョンを作るかは今後の展開し
だいだが。
用事は済んだ。
それから、俺たちはそそくさとこの場を後にした。
284
ちなみに、置き去りにしたクイナとエンシェント・エルフにあと
で怒られた。
◇
商業地区を抜けたあとは、農業地区を見に来た。
すさまじい広さの農地。
だが、農民たちは貧しさが見て取れた。
夢を見て、華やかな街にやってくる人間はひどく多い。だが、余
っている土地なんてない。
街のほうも仕事の取り合いだ。農業しかやってこなかった人間が
職を掴むには、運かコネか飛びぬけた才能がいる。
そのどれもない人間は、農業区で大地主をから土地を借りて作物
を耕す。
当然のように生活は苦しい。
それでも、この街を出て自分の村に戻らないのは、街の文化を知
ってしまったからだろう。今更何もない地方には帰れない。
エンシェント・エルフがあたり一面に広がる畑を見ていた。
彼女の能力で土地の状態を調べている。
﹁どうだ、ここの土地は。あんまりいい土地だと困るんだが﹂
﹁立地も地質もいいですが、残念ことに疲れ切ってますね。癒して
あげたくなるぐらいに﹂
エンシェント・エルフの見立てでは、土地自体はそれなりにいい
土地だが、無理に収穫量をあげるために酷使して連作障害や水害、
さまざまな問題が発生しているようだ。
285
﹁この土地で作物を育てるとどうなる﹂
﹁山ほど肥料を使えば、それなりに収穫ができると思いますが、難
しいでしょうね。そんな無理をすれば次の年はもっと厳しくなりま
すし。できれば二年ぐらいは休ませてあげたいです﹂
﹁お前が、ダンジョンで作れる農地で、ここで育ててある作物と同
じものを育てれば?﹂
﹁当然、豊作間違いなしです﹂
これなら、少し突けば新しい街に連れてこれる。
念には念を入れておこう。
ここの作物はそろそろ収穫期のはず。
俺は、かなり割高な金額で畑で仕事をしていた農民から種を買う。
﹁エンシェント・エルフ、農地を作ったあとおまえの力でこの種を
収穫直前まで成長を促進させてくれ﹂
﹁いいですが、何のために?﹂
﹁豊かな土地と言って移民を勧めるより、豊作具合を見せつけたほ
うがいいだろう?﹂
人間、自分の目で見たものが一番信じられる。
ちなみに俺は家と土地を貸し、その対価として収穫量の一〇パー
セントを徴収するつもりだ。収穫できるまでは無償。不作であれば
税が下がる。
あまりにも破格。本当はただでもいいが、それだと逆に疑われて
しまう。
街に未練がある連中も、普段の生活は俺の街で行い。今まで搾取
されていた分の金でたまに街に遊びに来ればいいと説明すれば容易
く移住を決めるだろう。
286
一日で通える距離というのは大きい。
一通り見まわったあとは、四人で演劇を見たり、食べ歩いたりし
て遊びまわった。
なかなか楽しい。娘たちも、また来たいと騒いでいて上機嫌だ。
定期的にこういう機会を設けよう。
だが、今日最後の仕事が残っている。そろそろ、この街を出よう
と考えたときだった。
﹁おとーさん、あの鳥﹂
﹁ストラスの魔物だな﹂
青い鳥が飛んできて俺の肩に乗った。
︻風︼の魔王ストラスが手紙を運ぶために使う魔物だ。この子は俺
の魔力を覚えている。なので、外出していても手紙を届けることが
できる。
足に巻き付けれれた手紙を開く。
⋮⋮面白い。やってくれる。
﹁おとーさん、どうしたの?﹂
﹁ちょっとね﹂
ストラスからの手紙には、新たな魔王のうちの一人が、ストラス
に同盟を持ちかけたらしい。
目的は、︻創造︼の魔王プロケルの討伐。
単体で俺に勝てる魔王がいないと考え、真っ先に徒党を組んで俺
を潰そうという考えだ。俺に︻戦争︼をふっかけられるのが怖いの
で、そうなる前に潰す。まあ、当然の考えだ。
ストラスは、断ったらしいが気を付けろと書いてあった。
ただ、最後のほうを見て俺はくすりと笑ってしまう。
287
﹃あなたを倒すのは私よ。私の力だけで倒さないと意味がないわ。
私以外に負けたら絶対に許さないから⋮⋮それと、もし、手に負え
ないと思ったら連絡しなさい。助けてあげないこともないわ。友達
として、そう友達としてよ﹄
他の魔王たちが俺を徒党を組んで襲おうとしているのは、ありが
たい情報だ。今度ストラスにお礼をしないと。
﹁街づくり、急がないとね﹂
あまり時間は残されていないだろう。
早急に準備を進める必要がある。
街の視察の結果、この街の近くにダンジョン作ることは非常に好
ましいとわかった。︻刻︼の魔王への挨拶をし了承を行えば、ダン
ジョン作りが開始できる。
さあ、今から︻刻︼の魔王に挨拶に行こう。
最強の魔王の一人。彼と話すのが少し怖くて、そして楽しみでも
ある。
288
第六話:︻刻︼の魔王ダンタリアン
街を出た俺たちは︻刻︼の魔王ダンタリアンのダンジョンに向か
った。
街と彼のダンジョンの中間地点にダンジョンを設ける以上、筋を
通さないといけない。敵対行為と思われる可能性がある。
実は、マルコに事前に連絡を入れてもらっている。あくまで街づ
くりが目的であってダンジョンを訪れる客を奪うつもりはないとい
うことは伝わっているのだ。
本当にマルコには頭があがらない。
長い道のりを経て目的地についた。
時間がかかるし、途中で何体かの魔物と遭遇した。自分で歩いて
実感したが、絶対に中間地点に街はあったほうがいい。
︻刻︼の魔王ダンタリアンのダンジョンは、高い塔型だ。
どこか不吉で威圧感を感じるダンジョン。
﹁人気ダンジョンだけあって、人の行き来が多いな﹂
俺は呆けた顔で呟く。
塔の入り口で何人もの人間が行き来していた。
小規模だが露店も開かれている。食糧や薬を売っていたり、武具
の簡易的な修復を行っている店が多い。
﹁クイナもびっくりした。でも、けが人がすごく多いの﹂
キツネ耳美少女のクイナの言う通り、けが人も多い。魔物と戦う
以上、それは避けられないだろう。
289
それでも人間がダンジョンに挑むのは、それを上回る魅力がある
からだ。
﹁マスター、挨拶しに行くのはわかったけど。どうするの? この
ダンジョン、最上階まで攻略する?﹂
銀髪ツルペタ美少女のエルダー・ドワーフが当然の疑問を浮かべ
た。
魔王はダンジョンの最奥の水晶の間にいるのが普通だ。
﹁たぶん、その必要はないと思うよ。事前に今日の夕方来ることは
伝えているし、仮にも彼は最強の魔王の一人だ。何かの趣向はある
だろう﹂
万が一、自力で最上階までとなったら地獄を見る。
古い魔王のダンジョンは平然と百階以上の階層になる。
﹁全員、武器は持ったな﹂
俺の問いにみんなが頷く。
気合を入れてダンジョンに踏み出した。
◇
ダンジョンに入るなり熱気に驚く。
無数の魔物と人が戦っている。
この魔物の数、どうやって用意しているのだろう? 俺の知らな
い魔物の増やし方があるのかもしれない。
そんな中をすり抜け、前に進む。
290
なるべく、魔物との戦闘は避けていた。
あくまで俺は︻刻︼の魔王ダンタリアンに会いにきただけなのだ
から。いたずらに彼の魔物を屠って不興を買うのは避けたい。
第一階の第一フロアを抜けた瞬間、なにか不思議な力を感じた。
クイナたちのほうを見る。
妙に動きが遅い。いや、動きじゃない。世界そのものが遅い。
これはまさか?
俺の意識がそこまでだった。
◇
意識が戻る。
少し頭痛がした。
そんな俺に話しかけてくる者が居た。
﹁こうして会うのは二度目だね。僕は︻刻︼の魔王ダンタリアンだ。
フェアじゃないからあらかじめ言っておこう。僕は君のことをよく
知っている。マルコが君のことを話したがるんだ﹂
モノクル
紳士服をまとった長身の片眼鏡をかけた美青年が玉座で優雅に足
を組みながら話しかけてきた。
手にはワイングラス。
俺はあたりを見回す。
超一流の調度品に彩られた洋室だ。ダンタリアンのそばには水晶。
おそらく、ここがダンタリアンのダンジョンの最奥だ。
俺の魔物たちも側に居る。
﹁お招きいただき感謝します。突然体が動かなくなったのは、ダン
タリアン様の力でしょうか?﹂
291
﹁その通りだよ。あまり転移は人間には見られたくないからね。君
たちの時間を部屋ごと止めて、︻転移︼が使える僕の魔物に運んで
来てもらった﹂
俺は、この言葉で戦慄を感じていた。
少なくともダンタリアンは、自分のダンジョンでは部屋単位で時
間を止めれる。なおかつ、自由に動ける対象を選択できる。
もし、これが︻戦争︼なら俺とクイナたちは皆殺しにされていて
負けていた。
︻刻︼の力が強力であることは理解していたが、これほどとは。
いや、まだそう結論づけるのは早い。
わざわざ、一フロア目を抜けた後に、止められたということは、
もしかしたら、何かしらの制限があるのでは?
そして部屋ごとと言ったのは、一階層に設定できる三部屋のこと
ではなく、あくまでフロア内の一部屋を指しているのかもしれない。
﹁なるほどね。マルコから聞いていたとおりの子だ。頭の回転が速
くて警戒心が強い﹂
﹁それは褒めているんですか?﹂
﹁もちろん、そうではないと生き残れない。君には見込みがあるよ﹂
恐ろしく上から目線だが仕方ない。
実際に彼はおそろしく上に居る。
﹁では、本題に入らせていただきたいのですが﹂
﹁うむ、だがその前に聞かせて欲しいことがあるんだ。⋮⋮マルコ
とはもう寝たのか?﹂
292
一瞬呆けた顔をしてしまった。
こいつはいったい何を言っているんだ?
﹁いいえ、ありえません。マルコとは親と子の関係。しいて言うな
ら友人です﹂
﹁なるほど、それは安心した﹂
﹁安心?﹂
﹁僕は彼女に、ずっと言い寄っているのだが、振られてばかりなん
だ。手すら握らせてもらえない﹂
ダンタリアンは、苦笑する。
マルコの話を聞いて、少し動揺し、安堵した。
﹁少し驚きましたね﹂
﹁ふむ、その程度の反応か。まあいい。それで、君はエクラバと僕
のダンジョンの間にダンジョンを作るんだろう? 魔物と宝を餌に
した一般的なダンジョンではなくて、商売と農業で人を集める街を
作りたいらしいね﹂
﹁そのつもりです。だからこそ、挨拶に参りました﹂
﹁うん、いいよ﹂
﹁そんなに、あっさり﹂
﹁まあ、若い魔王のダンジョンで僕のダンジョンは揺るがない。そ
れにマルコの子だからね。とは言っても対価はもらおうか⋮⋮君の
背後の魔物、全員がSランクなんて面白い。僕は、百年前創造主か
らの報奨でSランクメダルをもらって、一体だけ作ったことがある
けど。君は、その若さでもう三体。実に興味深い﹂
クイナ、エルダー・ドワーフ、エンシェントエルフを順番にダン
タリアンは品定めでした。
293
彼の眼なら正しく彼女たちの能力を見抜くだろう。
﹁対価というのはまさか﹂
﹁君の魔物を一体もらおう。どの魔物を渡すかは君が選んでいい。
安心してくれ、その分の補填に︻刻︼のメダルをあげよう。︻刻︼
は最高のメダルの一枚だ﹂
クイナたちが心配そうに俺のほうを見る。
この愛する娘たちから一人を差し出す? そんなもの⋮⋮。
﹁論外です。それが条件なら俺はここにダンジョンを作ることを諦
めます﹂
そう言い切った俺を、クイナたちが安堵の表情を浮かべる。
特に怖がりなクイナはよほど不安だったのか、俺の手をぎゅっと
握った。
確かに、ここは最高の立地だ。この場にダンジョンを作れれば成
功は約束されたようなものだろう。
さらに言えば、︻刻︼の魔王ダンタリアンがマルコと同じ年に生
まれた魔王であり、近いうちに消えてしまうという点も魅力的だ。
彼が消えてからなら大手を振ってノーリスクで本来のダンジョン運
営も開始できる。
ここまで都合のいい条件が整った場所はほかにない。
戦力のほうも、︻刻︼のメダルがあれば、あるいは彼女たちより
も強い魔物がつくれるかもしれない。
だが、それは愛する娘を差し出す理由にはならない。
俺は彼女たちの能力だけを愛しているわけではない。
294
﹁即答だね。一瞬も揺るがない。魔物に対する愛情、それも魔王の
重要な資質だ。大事にしたまえ﹂
気分良さそうに彼はワイングラスを傾ける。
﹁俺を試したんですか?﹂
﹁まあね。ただ、やはり対価は頂こう。君は私から恩恵を受ける。
子でもない君に一方的に支援するのは抵抗があるんだ。だから、魔
物ではなく、君の︻創造︼のメダルを条件にしよう。もちろん、こ
ちらも︻刻︼のメダルを差し出す﹂
俺の手元には一枚だけ︻創造︼のメダルが残っている。
交換に応じることは可能だ。だが、この条件のまま交換には応じ
られない。
﹁それは、フェアな条件ですね。ただ、訂正を。俺が一方的に得を
しているというのは間違いです。俺が作るのはダンジョンの要素よ
りも街の要素が強い。このダンジョンの近くに便利な街ができれば
今まで以上に人間が来るはずです。エクラバからここまでは距離が
長すぎて不便だ。それが解消できる﹂
最終的には、客を奪うつもりということは伏せたが嘘は言ってい
ない。これまで以上にダンタリアンのダンジョンは人気が出るだろ
う。
﹁そうかもしれない。だけど僕はこの条件を取り下げるつもりはな
いよ。新たな魔王への襲撃は禁止されている。ただしそれは実害が
ない限りという前提だ。喧嘩を売られたら買っていい。君の行動は
そう思われても仕方ない範囲だよ。それを踏まえて返事をすればい
295
い﹂
ダンタリアンの言葉の真意は交渉を無視してダンジョンを作れば
潰すということだ。
彼には間違いなくそれができる。
﹁わかりました。なら、条件の追加を。︻創造︼のメダルは極めて
強力かつ特殊です。たとえ︻刻︼と言えど割に合わない。オリジナ
ルメダルをもう一枚。そして、︻創造︼のメダルについて一切の口
外を禁じる。この条件なら了承しましょう﹂
﹁随分と大きく出たね。割に合わないなんて言われたのは初めてだ
よ。よくぞ、この僕相手に大口を叩いた!﹂
﹁俺のメダルは、あなたが今までたった一体しか用意できなかった
Sランクの魔物に至るメダルです。ダンジョンの開通の許可、︻刻︼
、それにオリジナルのメダルを一枚でも十分釣り合うと思いますよ﹂
これは客観的な評価だ。
それほどまでに︻創造︼は有効だ。
﹁うん、一理あるね。僕も好奇心が押さえきれない。だけど、口外
しないという条件はいいけど、僕のことを信じられるのかい?﹂
﹁ええ、あなたがマルコに嫌われるようなことをするとは思えない
です。何かあると容赦なくチクりますよ﹂
﹁ははは、あはははは、確かにそうだね。うん、気に入った。マル
コが君を気に入ったのもわかるよ。いいだろう。ダンジョンの設置
を認める⋮⋮そして、︻刻︼と︻水︼のメダルだ。これで君は、四
大元素全てのメダルを手に入れたわけだ﹂
そう言って、二つのメダルを投げ渡してきた。
俺は返礼に、︻創造︼を投げ渡す。
296
︻刻︼と︻水︼、最強の魔王のメダルと、四大元素のメダルという
だけあってどちらも強力。
手元の︻創造︼が一枚もなくなり、合成は一か月先になるが強力
な魔物が作れそうだ。
﹁これで、契約成立ですね。ダンタリアン様。私の街が出来たら遊
びに来てください。歓迎しますよ﹂
﹁わかった。楽しみにしているよ。一応、だめもとでマルコをデー
トに誘ってみよう⋮⋮一度も受けてくれたことはないがね。それと、
またおいで、僕も君が気に入った。報酬つきのゲームを用意してお
こう﹂
そうして二人で笑いあう
脳裏にマルコと同じタイミングで招待して鉢合わせになるところ
を見てみようと思ったが、やめた。
胸がざわつく。
理由はわからない。
それはともかく、これでダンジョンの開通が決まった。
さっそくダンジョンを開通しよう。
297
第七話:街作り
無事、︻刻︼の魔王との交渉が終わった。
俺は今から人間の街と︻刻︼の魔王のダンジョンの中間に自らの
ダンジョン⋮⋮いや、街を作る。
交渉の際に︻創造︼のメダルを容易く渡した理由は二つ。プライ
ドが高く、マルコとの仲がいい︻刻︼の魔王が︻創造︼の秘密を漏
らすことはないという期待。
もう一つは、マルコと同期の魔王でもうすぐ消滅する魔王だから
敵に回る可能性が極めて低いことだ。古き魔王たちは一年間俺たち
を攻撃できない。そして、その一年が経つころには︻刻︼の魔王は
消滅している。
それならば、ここは恩を売りつつ強力なメダルを得たほうがいい。
グリフォンの背中に乗って飛び、街を作る場所にたどり着いてい
た。ちょうど開けたいい場所があるのだ。
︻刻︼の魔王への配慮は行ったが、人間側への配慮は必要ない。
俺が街を作る場所は魔物の支配領域であり権利を主張するものは
いない。
もっとも、そのあたりはさじ加減しだいなので、俺の街が目立つ
ようになり、金になると思われてしまえば接触があるはずだ。
相手の要求が収穫物や金、つまりは税金を払えというものなら、
よほど法外なものでない限り払ってやるつもりだ。
もし一線を越えるつもりなら、それなりの対処を取る。
298
﹁おとーさん、クイナたちのダンジョン楽しみなの﹂
﹁私も楽しみ、やっと私たちの家ができる。好き勝手やれる﹂
﹁わくわくしますね﹂
娘たちがそれぞれ話しかけてくる。
﹁いつまでも、マルコのところに居候になるわけにはいかないから
な﹂
俺はダンジョンのコアとなる水晶を握りしめる。少し手に汗が滲
んていた。一度ダンジョンを開通させてしまえば、一生場所を移す
ことはできない。緊張する。
そんな俺を大型犬ぐらいの大きさのカラスが遠目に見ていた。
表向きは、︻刻︼の魔王からのプレゼントされた魔物だ。
メダルの交換が終わり、︻創造︼のメダルの性能を確認した︻刻︼
の魔王ダンタリアンは言ったのだ。
﹃確かにこれは大口を叩くだけはある。いや、期待以上だ。ふむ、
これでは僕が得をしすぎだ。こんな一方的に得をする交渉をしてし
まうのは、あまりにも申し訳ないし僕の沽券にかかわる、便利な魔
物をプレゼントしよう。Bランクで転移が使える魔物だ。転移持ち
はダンジョンの運営に絶対に必要だからね。新米の君にはぴったり
だと思うよ﹄
確かに便利なことは否定しない。
魔王特権でダンジョン内のフロアなら好きに飛べるが、配下を連
れての転移はできない。配下を運びたければ一度、︻収納︼をする
299
必要がある。
その性質上、エルダー・ドワーフが作ったゴーレムやワイトが作
ったアンデッドたちを運ぶことはできない。
転移魔術を使える魔物が居るかいないかで対応力がまったく違う。
さらに言えば、俺の手持ちのメダルでは転移魔術が使える魔物は
作れない。
特にマルコのダンジョンからゴーレムたちを運ばないといけない
現状だと非常に助かる。だが⋮⋮
漆黒のカラスが俺のほうをずっと見ている。
﹁間違いなく、監視だろうな﹂
ぼそっと漏らしてしまう。
︻刻︼の魔王が作った魔物とはいえ、俺の支配下にある以上、命令
には絶対服従だし、俺を意図的に傷つけることはできない。
逆に言えばそれだけだ。いくらでも抜け道はある。あのカラスの
魔物を通じてある程度の情報が洩れるのは覚悟しないといけない。
まったく古い魔王の一人だけあって用心深い。
俺はあえて、包み隠さず見せる方針をとることにした。
︻刻︼の魔王を害するつもりがないということをアピールするため
に監視を利用する。
逆に、警戒して突っぱねるほうがリスクが高い。
もちろん、本当に見られたくないものは隠すつもりだが。
﹁さて、はじめようか﹂
思考を切り上げ、街づくりを始める。
俺の手持ちのDPは30000DPある。
300
計画的に使わないとこの程度のポイントあっさり消える。
絶対に必要なものとして、︻階層追加︼の10000DP。
一階層、三フロアという制限があり、三フロア以上を作ろうとす
れば階層を増やすしかない。
それとは別に地上を街、地下をダンジョンにする以上、そこは絶
対に外せない。
さらに、︻戦争︼が開始されたときのために︻階層入替︼の10
00DPは何があっても残さないといけないだろう。
創造主から説明された新しい魔王たちの︻戦争︼にはルールが提
示されている。
1.︻戦争︼を開始する際には宣戦布告を創造主及び敵対する魔王
に伝える必要がある。宣戦布告を断ることはできない
2.︻戦争︼の開始は宣戦布告から最短で48時間後
3.︻戦争︼開始時以外には、新たな魔王同士の武力行為を禁じる。
例外として自らのダンジョン内ではこのルールは適用されない
4.︻戦争︼開始時にダンジョンの入り口同士が白い空間経由で繋
がれ、︻戦争︼終了まで人間・魔物以外の動物は全て時が止まった
部屋に転移させられる
5.︻戦争︼の勝利条件は、敵対魔王の降伏もしくはコアとなる水
晶の破壊、魔王の討伐。それまでの間︻戦争︼は継続する。降伏時
には水晶が破壊される
これが俺たちの聞かされているルールだ。
あの場でやったデモンストレーションとほぼ同様だ。
301
一見、理路整然としているがいろいろと抜け道がある。
まず、︻戦争︼が同時に引き起こされないとはどこにも書かれて
いないこと。複数の魔王が一人の魔王に対して、まったく同じ時刻
に戦争を仕掛けることができる。
さらに、︻戦争︼時以外は戦えないように思えるが、あくまで破
壊を禁じているだけなので、︻戦争︼開始前に大量の魔物を敵のダ
ンジョンに忍ばせることもできるし、自らのダンジョン内では、そ
の制限すらない。
︻戦争︼をしないでも、敵対魔王を自分のダンジョンに誘い込みさ
えできれば、魔王を討てる。
前置きが長くなったが、戦争開始と同時に︻階層入替︼を使い街
の部分を地中に埋める戦術を考えている。
いくら、人間は安全な場所に転移されるとはいえ、せっかく作っ
た街を壊されるのは忍びない。
ゆえに、︻階層入替︼のための1000DPは絶対に温存する必
要がある。
﹁︻構築︼﹂
力ある言葉で水晶が光だす。
そして、水晶を支える燭台が現れ水晶が安置された。石の壁に周
囲が包まれる。
ここが俺のダンジョンの最奥。
水晶にアクセスすると、部屋の周囲が映される。
﹁まずは入り口は︻透過︼を選択。一フロア目は平地を選択。エル
ダー・ドワーフ、エンシェント・エルフ、詳細設定は任せる。最大
302
サイズにする以外は好きにしてくれ﹂
ダンジョンの顔となる入り口は︻透過︼たった100DP。それ
は一フロア目の姿をそのまま映すものだ。
そして、肝心の一フロア目は平地に設定する。
草木に覆われ、木々が生い茂る豊かな自然。地下を水脈が通り、
人間が生活可能な環境だ。
さすがに石の回廊よりも高く3000DPも必要だった。
﹁任せて、マスター。住みやすい土地にしてみせる﹂
﹁ご主人様期待していてくださいね。地質、水脈の流れから、風水、
魔力の流れまで、完璧にして見せます。ご主人様の街に相応しい最
高の土地に!﹂
技術のスペシャリストと、自然のスペシャリストの二人が、水晶
前で恐ろしい勢いで各種設定を決めていく。
魔王のダンジョンは構築時にその気になればどこまでも細かく設
定ができるのだ。
最高のドワーフと、最高のエルフ、その二人が知恵を絞ってデザ
インした土地、それが最高にならないわけがない。
三〇分もする頃には、設定が完了し購入を完了する。
水晶から見える景色が豊かな自然、そのものになった。
それが、魔王の力によって初めからあったものとして世界に刻ま
れる。
二フロア目以降は完全に異次元で、一フロア目からしか入れない
が、この一フロア目だけは入り口が︻透過︼になっていることによ
り、この世界に接しておりどこからでも侵入できる。魔王の力で、
303
この一フロア目が世界に割り込み、全ての矛盾は世界によって修正
され、だれも認識できない。
普通の魔王は︻透過︼なんて、侵入経路をまったく制限できない
守りにくい入り口は絶対に選択しないが、俺のダンジョンは街だ。
これが一番いい。
﹁二人ともよく頑張ってくれた。これで人を呼べる﹂
俺は無事、自分の仕事を果たしてくれた二人の頭を撫でる。
二人とも、嬉しそうに目を細めてくれた。
﹁マスター、今は土地を作っただけ。ゴーレムとドワーフ・スミス
たちが来たら、農地づくりと、家づくりをしたい。街を覆う防壁も
作らないと。それと水路と井戸の設置、エンシェント・エルフの力
を借りることができれば、一週間ぐらいで終わらせてみせる﹂
エルダー・ドワーフたちが土魔術と土木工事技術、重機並みのパ
ワーと器用さを持つ数十体のゴーレム。さらに自然魔術のエキスパ
ートエンシェント・エルフの助力があれば一週間あれば街を形にで
きるだろう。
それらを作ることを前提にこの土地を設定した。
エンシェント・エルフが難しそうな顔をしていると思ったら、た
めらいがちに口を開いた。
﹁ご主人様、一つお願いがあります。今回はご主人様の命令で、上
限の10km×10kmの大きさにしましたが、ちょっと私一人じ
ゃ、この街全てにエルフの祝福をかけ続けることも、天候を操作す
ることも厳しそうです﹂
﹁手伝いがあればできるのか?﹂
304
﹁はい、私の2ランク下のハイ・エルフ。彼らが二人ほど居れば、
常に自然は味方になります﹂
少し考える。
ハイ・エルフはBランクの魔物。それもかなり強力な自然魔術の
使い手。
街の内政にも役立つなら作らない理由はない。
﹁わかった、あとで作っておく。エンシェント・エルフ。おまえに
教育を任せていいか?﹂
﹁はい、もちろんです! ちゃんと育てて見せます! 自然の相手
以外にも、素敵な狙撃者にして見せます!﹂
﹁それは頼もしいな﹂
鼻息を荒くして、嬉しそうにエンシェント・エルフは頷く。
そんな彼女を見て、クイナがうらやましそうな顔をしていた。
﹁エルちゃんも、ルフちゃんも、ずるいの。クイナも仲間が欲しい
のに﹂
俺は苦笑する。
クイナの気持ちはわからなくはない。
エルダー・ドワーフにはドワーフ・スミス。
エンシェント・エルフにはハイ・エルフという直属の部下が出来
た。
自分も欲しいと思っても無理はないだろう。
﹁一応、それも考えてるよ。︻変化︼を使える妖狐は人間との折衝
に便利だからね﹂
305
亜人が認められている世界とはいえ、やはり拒否感がある人間は
多い。
頭が良く完全に人間に化けられる妖狐はもともと用意しようと思
っていた。
﹁やー♪ クイナにも仲間ができるの! おとーさん、ありがとう
! 大好きなの﹂
クイナがぎゅっと抱き着いてくるので、俺は抱きしめ返す。
彼女は尻尾を振って心の底から喜んでいる。
﹁あとは、︻鉱山︼を買っておこうか﹂
エルダー・ドワーフがこくこくと激しく頷く。
彼女にとって一番重要な要素だ。
第一階層に︻鉱山︼エリアが追加された。これは大きさしか選べ
ないのでちゃちゃっと追加する。
魔王のレベルに応じていい鉱石がとれる。マルコの鉱山よりもと
れる鉱石はレベルが低いが、重要な資源であることには変わらない。
今の俺ではたまにミスリルが出る程度だろう。
そのあとは、︻階層追加︼で地下の部屋を作り、︻風︼の魔王ス
トラスの戦いに使った、まっすぐな石の部屋を作っておいた。
とりあえずは一部屋だけ。この部屋を作ったことで、水晶の部屋
の位置が自動的にまっすぐな石の部屋の後ろに変更される。
おそらく、何かしらの重機関銃対策をとってから、敵対する魔王
たちは︻戦争︼をしかけてくるはずだ。
三部屋全てを、ミスリルゴーレムが守る一本道にするつもりはな
い。
306
今日はここまでだろう。
30000DPあったDPが随分減っている。
入り口の︻透過︼に100DP。
一フロア目の︻平地︼に3000DP。
ハイ・エルフが二体で2400DP。
妖狐が二体で2400DP。
︻階層追加︼で10000DP。
ミスリル・ゴーレムが守る石の部屋が1000DP。
鉱山が5000DP
合計、23900DPを使う計算だ。
︻階層入替︼を使う分の1000DPを考えると
5100DPしか残らない。水晶を守るための二階層の残り二フ
ロア、街として機能させる一階層の残り一フロアを作ることを考え
ると全然足りない。
早くDPを稼がないといけないだろう。
﹁じゃあ、みんな。今日はここまで。一度マルコのダンジョンに戻
って、ワイトたちを連れてこよう﹂
﹁わかったの、おとーさん! お引越しなの!﹂
そうして、まだまだやることは山積みだが、ようやく俺の街が完
成した。
明日以降どんどん、整備していき。
そして、いよいよ人間の呼び込みだ。
307
308
第八話:はじまりのリンゴの誓い
ダンジョンとして最低限の体裁を整えた俺たちは作業をその場で
終わりにした。
地下の一フロア目はミスリルゴーレムたちを配置し守りにする予
定だが、肝心のミスリルゴーレムはマルコのダンジョンの中だ。
万が一人間たちが入り込んでしまったときのために今日は水晶の
部屋で眠り、明日の朝マルコのダンジョンに仲間たちを迎えにいく
予定だ。
﹁おとーさん、今日のご飯、あの赤い果物ちょーだい! しゃくし
ゃくして美味しいの!﹂
﹁マスター、私はほくほくした茶色のが好き﹂
﹁なら、私は黄色いスープが食べたいです﹂
食料は保存用の乾パンと干し肉しか持っていなかったので、︻創
造︼で食べ物を作ると言ったら、娘たちがそれぞれのリクエストを
出してきた。
クイナはリンゴ、エルダー・ドワーフはジャガイモ、そしてエン
シェント・エルフはコーンスープを所望しているようだ。
別に魔王も魔物も食事をとる必要はないが娯楽のために毎日食べ
ている。
もったいなくて滅多に︻創造︼は食べ物に使わないが今日ぐらい
はいいだろう。
309
﹁了解、クイナとエンシェント・エルフはそのまま食べられるもの
だけど、エルダー・ドワーフは料理済のものを出したほうがいい?﹂
﹁いい、茹で立てを塩で食べるのが一番美味しい﹂
なかなか通だ。この子なりに拘りがあるようだ。
俺は言われたとおりに、それぞれ欲しがったものを取り出す。
﹁わー、ありがとうなの!﹂
さっそくクイナはおいしそうにリンゴにかぶり付き、ぺっぺと種
を吐き出した。
その種を見て、一ついいことを思いついた。
﹁さっきの街で、リンゴは見なかったな﹂
﹁当然だと思いますよ。ありとあらゆる自然のことを知る︻星の化
過去に存在したが消滅した
食べ物です﹂
身︼である私がその果物を知らないぐらいです、この世界には存在
しない。もしくは
エンシェント・エルフがそう言い切る。
彼女がそう言うなら間違いない。なぜか、過去に存在したが消滅
したという部分が妙に気になった。まるでそれが何かの核心のよう
な。
それはひとまず置いておこう。これは、いい武器になる。
俺はクイナが吐き出したリンゴの種を手に取る。
﹁あっ﹂
クイナが驚いた顔をして顔を赤くした。
310
﹁この果物、今日作った農地で育てられるか?﹂
リンゴは栄養たっぷりで医者いらずと言われるほどの果実だ。
ビタミンが不足しがちな、迷宮探索中にはもってこいの果物でも
ある。水気があるのもいい。喉を潤せる。
そして、保存期間も長い。木からもいで一か月は食べられる。
︻刻︼の魔王のダンジョンに向かう冒険者たちにとっては最高の食
べ物だ。間違いなく人気が出る。
﹁ちょっと種を見ますね。⋮⋮この土地との相性は問題ありません。
私の魔術で種をちょっと弄ってから、成長を促進して、気候を操作
すれば、一年中実をつけさせることもできますね﹂
なんて頼もしい返事だ。
しょっぱなの客寄せに悩んでいたがその悩みが解消された。
街に移民を集めるプロセスはこうだ。
1.ダンジョンに向かう冒険者たちに食料や水、武器を売る
2.冒険者たちに口込みでこの街の存在、破格の条件で移民を募
集していることを広めさせる
これがうまくいけば、移民や利に聡い商人たちが集まる。
そして人が集まればできることが増える。
1.を実行するには強烈な魅力がある特産品が欲しかった。その
役割をリンゴが担ってくれるだろう。
﹁クイナがリンゴをリクエストしてくれたおかげだよ。ありがとう﹂
クイナの頭を撫でる。
ふわふわの髪とくにゅくにゅのキツネ耳が気持ちいい。
311
﹁やー♪ おとーさんの力になれてうれしいの﹂
﹁ああ、クイナちゃんばっかりずるいです。リンゴを育てるのは私
なのに﹂
﹁そうだね、エンシェント・エルフもえらい﹂
エンシェント・エルフもこれ見よがしに近づいてくるので頭を撫
でる。クイナと違ってサラサラの感触。これもいい。
そんな俺たちを寂しそうにエルダー・ドワーフが見ていた。
そして、何かを思いついたのか目を輝かせて、まだ茹でてないほ
うのジャガイモを手に取る。
﹁マスター、ジャガイモもとっても美味しい。それに、街で見なか
った。きっと役に立つ﹂
そういえば、そうだったな。
エンシェント・エルフのほうを見る。
﹁はい、これも存在しないか、過去に存在した作物ですね﹂
﹁ふむ、ジャガイモは収穫できるまで早いし、大量にとれるからな。
こっちに移民してきた人間たちに育てさせるのもいいかもしれない
な﹂
ジャガイモは麦と比べて収穫量が三倍以上だ。
連作障害に悩ませることが多い作物だが、エンシェント・エルフ
が居れば問題ないだろう。
そして、料理のバリエーションも恐ろしく多い。
茹でて食べることはもちろん、スープにしたり、パンにしてしま
うことだって、麺にもできる。
312
この世界の食生活をいっぺんさせてしまう可能性があるほどの食
べ物だ。
この街で宿をやるつもりだ。そこで提供し美味しさを思い知らせ、
育てやすく収穫量が多いことを移民に伝えれば、我先にと育ててく
れるだろう。
﹁マスター﹂
恥ずかしそうに目を伏せながらエルダー・ドワーフが俺の名前を
呼ぶ。
この子はクイナや、エンシェント・エルフほどストレートにおね
だりできない。撫でてやるとにへらと表情を緩めた。
﹁エルダー・ドワーフもえらいよ。よし、リンゴとジャガイモを特
産物にして売り出そう!﹂
三人がこくりと頷いた。
これで、最初にやることが決まった。
◇
翌日の朝、俺たちはこのダンジョンを出発する準備を整えていた。
そのために、一フロア目の︻平地︼を改造した農地に来ている。
まだ、農地にするのに最適な土地というだけで、本格的に農地に
するには土地を耕し、石などを取り除き、水路や井戸の設置などや
ることは山ほどある。
それは後回しだ、小高い丘に俺たちはいた。
出発前に、リンゴの木を育てておきたい。
さきほどから、エルダー・ドワーフとエンシェント・エルフは地
313
面に手を当て土地の状態を確認すると同時に手入れをしている。
リンゴが健やかに育つようにするためだ。
そして、エンシェント・エルフが浅く土を掘り、リンゴの種を入
れ、土をかぶせた。
手のひらを合わせると、虹色の水が湧いてくる。
それをちょろちょろと土の上に注ぐ。
﹁いい子だから、元気な姿を見せて﹂
そう、彼女が言った瞬間だった。
勢いよく土から芽が出て、天に向かって伸びる。
それは絡み合い、太くなり、やがて木となり、枝葉をはやす。
知識としてできるとは知っていたが、なんて能力だ。
そして、青い実をつけそれが赤く染まっていく。
﹁できました。この子がこの街で初めて育てられた木です﹂
自慢げにエンシェント・エルフが笑顔で振り向く。
俺はリンゴの木を見上げた。
立派で生命力にあふれた木だ。きっとこの街の象徴になる。
そっと手を当てる。この木の鼓動を感じる。
その時だった、赤い実が落ちてきて慌てて受け止めた。
これは偶然か?
いや、どうでもいいか。
俺はしゃくりとかじる。
甘酸っぱい、ただうまいだけじゃなくて元気づけられているよう
な気がする。
一口かじったリンゴをクイナに渡す。
314
クイナと目があった。
二人で頷き合う。言いたいことは伝わったようだ。
クイナは一口かじって微笑むと、次はエルダー・ドワーフに渡し
た。
そしてエルダー・ドワーフもかじってエンシェント・エルフにわ
たし、エンシェント・エルフもかじった。
この街で最初に育った木。その最初の収穫。その特別なリンゴを
みんなで食べた。
胸に不思議な感慨が沸き上がる。
ああ、やっと俺の街ができた。その実感が出来た。
﹁おとーさん、今日食べたリンゴの味、絶対に忘れない﹂
﹁俺もだよ。クイナ﹂
その気持ちは俺だけじゃなくて、みんなも持ってくれているよう
だ。
エルダー・ドワーフもエンシェントエルフも頷いてくれた。
これで出発前にやり残したことは終わった。よし、行こう。
︻刻︼の魔王の元配下であるカラスの魔物に、︻転移︼のための陣
を刻ませる。
ダンジョン外の︻転移︼は陣と陣の間しか飛べない。
ここで刻んでおかないと帰りに苦労するのだ。
﹁クイナ、悪いな。留守番を頼んで﹂
﹁いいの! 街のことでエルちゃんとルフちゃんが頑張ってくれた
から、一番強いクイナはダンジョンを守るお仕事を果たすの!﹂
誰かがここに残って水晶を守る必要がある。
315
その役目をクイナが自分から言い出してくれた。
それは、俺の役に立ちたい気持ちであり、魔物の筆頭である自覚
だろう。
なるべく早く帰って来よう。
そう決めて、俺たちはグリフォンの背中に乗ってマルコのダンジ
ョンに向かって出発した。
316
第九話:さよならマルコ
グリフォンでの空の旅を終えて、マルコのダンジョンにたどり着
く。
さっそく︻転移︼のための陣を用意しようかと思ったが止めた。
転移陣を仕掛けるということは、いつでも相手のダンジョンに忍
び込めるようにするのと同義だ。許可を得てからじゃないと失礼に
あたる。
マルコのダンジョンに入るなり顔なじみのサキュバスが出迎えて
くれた。
そして︻転移︼でマルコの元に運んでもらう。
◇
転移先はマルコの水晶の部屋だった。
その部屋の玉座でマルコは座っている。褐色の肌に、白い狼の耳
と尻尾を持つ妖艶な美女。
いつもより際どい服装をしていた。だが不思議と下品には感じな
い。マルコの持つ気品のせいだ。
﹁おかえり、プロケル。その表情だと下見はうまくいったみたいだ
ね﹂
少し寂しそうにマルコはつぶやく。
もしかしたら俺が出ていくことを惜しんでくれているかもしれな
い。
317
﹁ああ、うまくいった。俺が必要な条件は全て整っていたよ。あの
場所なら街が作れる﹂
マルコがくすくすと笑う。
﹁初めて君の夢⋮⋮﹃人間の欲望と絶望を食い物にするダンジョン
ではなく、たくさんの人間を集める街を作って、笑顔を糧にする﹄
そんな夢を聞いたときは戯言だと思ったんだけどね。まさか、本当
に実現しようとするんだもんな。君にはいつも驚かされるよ﹂
﹁戯言じゃない。俺は絶対に最高の街にして見せる﹂
﹁その言葉は疑ってない。君は言ったことを実現する男だ。私はそ
れを見てきたんだ。本当にいい男になった﹂
湿っぽい空気だ。
こんな空気は俺たちに似つかわしくない。
そんなことを考えていると、マルコが咳払いをした。
話の流れを変えようとしているのだろう。
﹁君の後ろにいる子、見覚えがあると思ったら、ダンタリアンのと
ころの子か﹂
﹁もらったんだ。転移の使える魔物は役に立つから助かってるよ﹂
﹁君も気づいていると思うけど、それは監視だよ。あいつが生まれ
たばかりの魔王をそこまで警戒するなんて驚きだ。誇ってもいい﹂
その言葉は世辞じゃないだろう。︻刻︼の魔王はそれほどまでに
強大な魔王であり、彼に関心を持たれること自体が誉だ。
﹁マルコ、この魔物が監視だということは気付いている。見られて
困るものがないから利用させてもらうつもりだ﹂
﹁うん、いい覚悟だ。その子を使うつもりがあるなら、私のダンジ
318
ョンに転移陣作っておきなよ。少しは遊びに来やすくなるだろう?
君は今日にはここから出ていくのかな?﹂
﹁そのつもりだ。街はもう作った。あんまり留守にできない﹂
魔王が自らのダンジョンを留守にするのはあまりよくない。
そして、クイナが首を長くして待っている。
﹁そうか、寂しくなるね。⋮⋮贈り物をしてあげたいけど。残念な
がら親は最初のDPと三枚のメダル以上は贈っちゃだめな決まりな
んだ。許してほしい﹂
﹁許すも何もない。俺は今までマルコからたくさんのものをもらっ
てきた。本当に感謝している。だから、贈り物を贈るとすれば俺の
ほうだよ﹂
俺は︻創造︼でダイヤの首飾りを作った。
大きすぎず上品で装飾に凝った首飾り。
ダイヤ自体はあっても、この世界の技術では、ダイヤの魅力を引
き出すための、精密な多面体を演出するダイヤモンドカットなんて
ものは出来ない。
世界でただ一人、俺だけが用意できるプレゼント。
マルコのところまで歩いていき、その首にダイヤの首飾りをかけ
る。
﹁この宝石は、百年経とうが千年たとうが永遠に変わらず、輝きを
放ち続ける。たとえ、俺がここを出て独り立ちしようとも、マルコ
との友情は変わらないし、俺はマルコの恩も優しさも忘れない。そ
の気持ちを込めた贈り物だ﹂
彼女のおかげで今の俺がある。
319
親としての義務以上にさまざまなことをしてくれた。
﹁⋮⋮プロケル。まったく、そんな嬉しいことを言われたら、泣い
ちゃうじゃないか。私が涙を流すなんて百年ぶりだよ﹂
マルコが涙を流したまま微笑んだ。
﹁プロケル、君に形のあるものは贈れないけど、心ばかりのプレゼ
ントを贈ろう﹂
マルコが立ち上がると、俺の左半身にもたれかかってくる。
豊満な胸が俺の腕で形を変える。
甘い香り、男を狂わせる色香、熱いどこまでも熱い。
俺の頬にキスをした。
やわらかな唇の感触。
﹁どう、プロケル。私の贈り物喜んでくれたかな?﹂
一瞬俺は呆けてしまった。溶けそうなほど頭が熱くてくらくらす
る。
﹁マルコ、ありがとう。最高の贈り物だ。嬉しいよ﹂
﹁そう、良かった。私を抱かなかったこと後悔してくれたかな?﹂
マルコの誘いを断ったことを気にしていたのか。
本音を言えば、今からでも抱かせてくれといいたいぐらいだ。
だけど、それは選ばない。
﹁少しだけ後悔した。そろそろ俺は行くよ。今までありがとう﹂
﹁こちらこそ、楽しかったよ。君が居る間、寂しさが紛れた。プロ
320
ケル、いつでも遊びに来なよ﹂
俺は薄く微笑む。
そして、口を開いた。
﹁ああ、そのつもりだ。マルコを歓迎できるほど街が育ったら誘い
に来る。俺にできる最大限の歓迎をさせてもらう﹂
﹁それは楽しみだね。きっと君は精一杯私を喜ばせてくれるんだろ
うから﹂
俺はマルコに背を向ける。
視線を感じた。
﹁ただ、最後に一つだけ愚痴を言わせて欲しいんだ。もうすぐ消え
る私に、永遠の輝きを放つ宝石なんて、少し酷じゃないかな?﹂
俺は振り向かない。
マルコも振り向くことを期待していない。
これはそういう類の言葉だ。
歩きながら、自分の手の平を見る。
︻風︼の魔王ストラスとの余興でもらった報奨。
それは本来、たった二回だけ自らの魔物を救済、あるいは強化す
るための力。だが、あるいはそれを使えば、形を変えてマルコの命
を繋ぐことができるかもしれない。
⋮⋮いや、それは理に反する。だからこそマルコはかつて俺に危
険な力だと警告したのかもしれない。
◇
321
マルコとの会話が終わったあと。マルコに借りていた居住区の部
屋に行く。
そこでは、ワイトやドワーフ・スミスたちが忙しく働いていた。
﹁これは我が君、戻られたのですね﹂
﹁ああ、おまえたちを迎えに来た。無事俺のダンジョン⋮⋮いや、
街が出来たんだ﹂
﹁それは重畳です。新たな街で、このワイト、粉骨砕身がんばる所
存です﹂
やる気十分と言った声音で、ワイトは相変わらず優雅な礼をする。
﹁それで、頼んでいた仕事は問題なく進んでいるか?﹂
﹁全て滞りなく、我が君が留守にしているあいだ、ドワーフ・スミ
スたちとゴーレムたちは、全力で採掘を行っておりました﹂
そう、ワイトを連れて行かなかったのは彼に残った魔物たちを使
った作業の全体監督を任せていたからだ。
超一流の魔王であるマルコのダンジョンに設置されている︻鉱山︼
からは、ミスリルは当然としてオリハルコンやアダマンタイトなど
も発掘できる。
魔王のレベルと︻鉱山︼の質が比例する以上、今の俺の︻鉱山︼
から採掘できるのはミスリルが限界、可能な限り素材は確保してお
きたかった。
ゴーレムたちは不眠不休で採掘できる上に力が強い。さらにドワ
ーフ・スミスたちはベストな採掘ポイントを見つけだすことができ
る。
322
だからこそ、超効率の採掘が可能なのだ。
﹁もう一つはどうだ﹂
﹁そちらも滞りなく、進んでおります。こちらに来てください﹂
ワイトに言われるがままについていく。
彼に案内されたのは倉庫として使用している建物だ。
そこではもくもくとスケルトンたちが作業をしていた。
ワイトだからこそ、スケルトンたちに細かな作業を命令できる。
彼らが作っているのは爆薬。
俺が︻創造︼で生み出したいくつかの薬品と採掘した鉱物をドワ
ーフ・スミスたちが加工したものを混ぜて作る。
レシピ自体はエルダー・ドワーフが作り限界まで簡略した手順の
ものを使用しているので、スケルトンたちでも作ることができる。
こうすれば、爆弾そのものを︻創造︼するよりも、重量が軽くな
り大量に用意できる。
大量の爆弾というのは防衛のためにも、攻めにも使える。
俺は、人間を幸福にするための街を作るが、非戦闘主義者ではな
い。平和を買うためにも多大な金と力と血が必要になることは理解
できる。
﹁よくやったワイト。おまえが支えてくれるから俺は頑張れる﹂
ワイトは目立たないが、様々なところで役に立つ。彼は魔物たち
の裏リーダーだ。
アンデッド系以外の魔物たちにもきちんと慕われている。
実際に俺のいない間のとりまとめをそつなくこなしてくれていた。
323
﹁身に余る光栄です。このワイト、我が君の命であれば、いかなる
命令であろうと果たして見せましょう﹂
﹁そんなことを言っていいのか? 無茶ぶりをするかもしれないぞ﹂
﹁それはありえません。聡明な我が君が命令するのであれば、実現
可能なことなのです。果たせないのなら我が身の不徳。そして、私
は我が君の期待を裏切らない﹂
まったく、そんなことを言われたらプレッシャーがかかるじゃな
いか。
だが、そのプレッシャーが心地よい。
カラスの魔物が転移陣を描いていた。
その転移陣が光り輝く。
これで、すでに転移陣を描いている俺の街と一瞬で移動できる。
﹁ワイト、このカラスの魔物は俺の新しい仲間だ。とは言っても訳
ありだがな﹂
﹁ええ、伝わります。こやつは我が君に心を許してません﹂
﹁わかるのか?﹂
﹁ええ、何十体ものアンデッドを従える身ゆえに、感情の機微を読
み取るのは得意です﹂
﹁なるほど。このカラスが心を許してないのは確かだが、便利な力
を持っている。利用させてもらおう﹂
本当にワイトは優秀だ。
だからこそ、惜しく感じることがある。
ワイトは軍団の指揮者であり本人の戦闘能力はさして高くない。
固定レベルのBランクの魔物。これ以上強くなることもない。
もし、クイナたちと同じように生み出してやっていればと考えた
ことも一度や二度じゃない。
⋮⋮そして、それができる力が今、手の中にある。
324
﹁我が君、失礼ながら一つ伝えさせていただきたいことがあるので
す。私は今の自分が好きです。うぬぼれかもしれませんが、我が君
の期待に応えられている実感があります。そして、それは、我が君
の娘君たちには出来ぬこと。たとえ、この身が非力であれど、私が
そのことを嘆くことはありえませぬ﹂
﹁⋮⋮魔物だけじゃなく、俺の考えていることもわかるのか﹂
﹁私は常に敬愛する我が君のことを、理解しようと努力しておりま
すので﹂
少し心が軽くなった。
だからこそワイトに問いたい。
﹁もし、やり直せるならどうする? たった二回だけだが、俺は魔
物を記憶をもったまま︻合成︼し直すことができる。その力を俺は
創造主から得た。お前が望むなら、強い魔物に生まれ変わらせてや
ることができる。それこそクイナたちのような﹂
特別な報奨として創造主から得た力。
それは合意を得た対象をメダルに変えてしまう力だ。しかもその
メダルを使えば、メダルにする前の記憶を引き継げる。
もし致命傷を負った魔物が居れば、その魔物を一度メダルに戻す
ことで蘇らせることができるのだ。
もちろん、致命傷を負った魔物を救うだけではなく、魔物を作り
直して強化することだって可能だ。
だが、それができる権利は二回だけしかない。
ワイトのために、この力を使ってもいいと俺は考えていた。
﹁それは不要です。くどいようですが私は今の私が好きなのです。
325
我が君が生んでくれた今の私が。だから、我が君よ。その力を私の
ために使うことはおやめください﹂
﹁だが⋮⋮﹂
﹁いいのです。ただ⋮⋮もし、我が力及ばず、我が君よりも先に逝
くことがあれば、その力を振るってくださいませぬか。我が君の期
待を果たせぬまま逝ってしまうことに耐えられません。必ず、その
力で今の私が果たせなかった使命を果たして見せましょうぞ﹂
力強い言葉だ。俺への忠誠がひしひしと伝わってくる。
﹂
﹁ふっ、これじゃ、どっちが魔王かわからないな。頼りにしている
参謀
裏のリーダーではなく明確な役割を言葉にする。
たとえ、︻誓約の魔物︼ではなくても、俺はワイトを重要視する
ことを示したかったのだ。
その気持ちが伝わったのかワイトの感情の虚ろなはずの瞳に炎が
宿った気がした。
そして彼は敬服をする。
﹁光栄です。その大役、仰せつかりました﹂
﹁期待しているぞ。ワイト。さっそく命令を与える。今より引っ越
しを行う。みんなをうまくまとめてくれ﹂
﹁はっ!﹂
そうして、収容できる魔物は可能な限り俺が収容し、それができ
ない連中は順番に並んで︻転移︼することになった。
カラスの魔物は一日四往復が限度。ゴーレムたちは五体が一度に
︻転移︼できる限界なので一日では転移しきれないが、地道にやっ
ていけばいい。
326
こうして、マルコのダンジョンから本格的に拠点の移動が始まっ
た。
327
第十話:出来上がっていく街
マルコとの挨拶を終えて、俺の街への引っ越しを完了させた。
結局全てのゴーレムたちと銃器、爆薬を運ぶのに四日かかった。
引っ越しの途中にサキュバスから、レベル上げに使わせてもらっ
ている︻紅蓮窟︼に転移陣を作っていいと、マルコの言葉を伝えて
もらい、同時に水晶を壊し攻略をする許可を得た。
現状、あのダンジョンは毎日四〇体近くの魔物が新たに生まれる
ことがわかっている。
固定ではなく変動レベルの魔物をメインに戦う俺にとっては最良
の狩場だ。今はまだ水晶を壊すよりも、安定した狩場として運用し
たほうが利益につながるだろう。
加えて︻創造︼のメダルがないせいで、使えずにだぶついている
オリジナルメダルが複数ある。
︻竜︼、︻刻︼、︻水︼。これらのオリジナルメダルが枯渇したら
本気で攻略をしよう。今の俺たちならそれができるだろう。
今はせっせと街のインフラ作りを行っている。
人が住む家はこの四日でエルダー・ドワーフたちが二十軒ほど作
ってくれた。
とは言っても井戸、街を守る外壁、農地、水路、街である以上、
必要なものは無数にある。
﹁マスター、水路の進捗状況は順調。今日中に完了できる﹂
328
考えごとをしているとエルダー・ドワーフが話しかけてきた。
彼女の手にはノートPCがあり図面が開かれており、表で進捗具
合が書かれていた。
俺はその画面をのぞき込む。
﹁いい感じだな。あと三日で街を完成させたい。辛いだろうが頑張
ってくれ﹂
﹁うん、わかった。頑張る﹂
エルダー・ドワーフがこくりと頷く。
﹁外壁のほうは弟子たちに任せてあるんだったな﹂
﹁あっちは、割と雑でもいい。あの子たちだけで十分﹂
この街全てを覆う外壁を水路と同時並行で作っている。
既に、おおざっぱにエルダー・ドワーフとドワーフ・スミス。エ
ンシェント・エルフ、ハイ・エルフの土系の魔術が使える魔物総出
で、土と岩を盛り上げて軽く固めてあった。
それを、ドワーフ・スミスたちが体裁を整えつつ強度をあげてい
る。
もし、魔術なしでこんなものを作ろうとすれば、年単位の時間が
かかっただろう。
﹁ドワーフ・スミスたちも、なんだかんだ言って魔力が強いからな﹂
﹁レベルだけなら私より上。ずるい﹂
ドワーフ・スミスたちは変動レベルで生み出しており、なんとレ
ベルがほぼカンストしている。
なぜかというと、先日の︻風︼の魔王ストラスとの戦争だ。
329
実は、彼女の配下を一掃したミスリルゴーレムたちの所有者を、
ドワーフ・スミスたちに変更していたのだ。
ミスリル・ゴーレムたちが倒した敵の経験値は全て彼女たちのも
のになっている。
使い魔の経験値を得るには、距離の制限があるのでエルダー・ド
ワーフのままにはできなかったのだ。
﹁エルダー・ドワーフも少しずつレベルをあげていけばいいさ。街
が安定したら、本格的にレベルをあげよう﹂
﹁ん﹂
エルダー・ドワーフは静かにやる気を燃やす。
俺はあたりを見渡す。
至るところで、ゴレームやスケルトンたちがせわしなく動いてい
る。
その指揮はワイトがとっている。彼に任せれば間違いはない。
ゴーレムが農地を作るために土を乱暴に耕し、スケルトンたちが
小石等を取り除く。
疲れ知らずの彼らは二十四時間働いてくれる貴重な戦力だ。
﹁エルダー・ドワーフ。伝え忘れていたけど、ゴーレムたちも、こ
の街の売りにしていくつもりだ。増産、頼むぞ﹂
ゴーレムたちはエルダー・ドワーフのスキルでしか作れない。
一日に一回の制限があるが確実に毎日増える。
﹁マスター、ちゃんと毎日作ってる。ドワーフ・スミスたちもDラ
ンクまでって制限があるけど、ゴーレムが作れるから作らせている﹂
330
﹁道理で数が多いわけだ。Dランクでも十分だよ。今は数が欲しい。
さすがはエルダー・ドワーフ。気が利くな﹂
俺の街ではゴーレムは重機兼警備隊として使用する。
この街の売りの一つだ。
ゴーレムの力を借りれば農業はかなり楽になる。
この時代、力仕事を馬の力を借りて行うことがあるが、ゴーレム
は馬以上に使いやすく、力も強い。そもそも世話に手間と金がかか
る馬自体が贅沢品だ。ゴーレムが無料で利用できると聞けば、農民
たちにはひどく魅力的に映るだろう。
そして、警備員としての魅力も大きい。
魔物がはびこるこの世界では、安全であるというのは十分に魅力
的な条件に繋がる。ほぼ全ての街は外壁に囲まれ、警備隊が存在す
る。
Bランクの強さを持つゴーレムたちに守られている街というのは
非常に魅力的だ。よその街へ行くときの護衛に貸し出すのもいいか
もしれない。
マルコの話では、単独でDランクの魔物を倒せると一流の冒険者、
Cランクなら大ベテラン。Bランクからはほとんど人外の領域とな
る。Aランクは英雄や勇者と言った存在らしい。
その大ベテラン級の強さを持つゴーレムたちが不眠不休で街を守
り続けてくれる。
ここ以上に安全な場所はないと安心させることができるのだ。
しかも無料。ゴーレムたちは人件費がかからない。これは大きい。
何より⋮⋮治安の維持にも抜群の効果がある。
武力なしに移民が中心の街で治安を守るなど不可能だ。ゴーレム
331
たちがはびこっている街で狼藉を働ける奴はよほどの命知らずだろ
う。
﹁でも、マスター。魔物が作ったゴーレムなんて普通に見せていい
の? この街がダンジョンだってばれちゃうかも﹂
彼女の心配はある意味当然と言えるが、今回に限っては杞憂だ。
﹁大丈夫だよ。ドワーフは魔物以外にも亜人として存在する。隠す
必要はない﹂
人に似ている魔物はたいてい、亜人としても存在しているのだ。
魔王たちが作った魔物が、外で繁殖して数を増やし一つの種族と
して成立したがのはじまりだ。
だから、すごく優秀なドワーフが居て、ゴーレムを作っていると
ありのままを伝えれば納得してもらえるのだ。
﹁なら、安心。たくさんゴーレムを作る﹂
﹁そうしてくれ。そろそろ、あいつらが戻ってくるころか﹂
俺がそう言うと、街の長の家として、一回り大きく作っている家
から、キツネ耳美少女クイナが、エンシェント・エルフ、ハイ・エ
ルフ、妖狐、そしてカラスの魔物を引き連れてやってきた。
実はあの家には転移陣が用意されており、狩りをする︻紅蓮掘︼、
マルコのダンジョン、行く機会が多くなるであろう近くの大きな街
エクラバ、などへの転移ができるようになっていた。
クイナが駆け足でこちらに向かってきた。
﹁おとーさん、今日もがんばったのー﹂
332
そして胸に飛び込んでくる。
硝煙の臭い、クイナから戦いの匂いがした。
﹁お疲れさまクイナ。そろそろ、エンシェント・エルフ、ハイ・エ
ルフ、妖狐たちも育ってきたかな﹂
﹁クイナほどじゃないけど、並みの相手だと遅れをとることはない
の﹂
生まれたばかりで、なおかつレベルが低いの彼らは戦力として心
もとない部分があった。
だからこそ、クイナの引率でレベルあげを行っている。
︻紅蓮窟︼で一日に沸く魔物の数を可能な限り早く狩り、すぐに戻
ってくるのが日課だ。
街づくりも大事だが、戦力の増強も同じぐらい大事だ。
今日は忙しくて行けなかったが、いつもは俺もついていく。なに
せ、魔王が所属するパーティの魔物が魔物か人間を倒すとDPが得
られる。これも距離制限があり一緒にダンジョンに向かわないとD
Pが得られない。最近の狩りではだいたい一日1,000DPほど
得られる。
﹁みんな装備も、だいたい固まってきたようだな﹂
﹁ううう、妖狐たちひどいの。クイナはショットガンをおすすめし
たのに、アサルトライフルのほうが使いやすいって﹂
﹁気持ちはわかるよ。射程もあるし弾数も多いしね﹂
﹁でも、どかーんってないから物足りないの﹂
妖狐たちはアサルトライフル、ハイ・エルフはアンチマテリアル
ライフルを装備している。
はじめは、クイナがショットガンを妖狐たちに使わせようとした
333
MK417
MR762A1を使用するようになった。取り
が、どうも扱いが難しいらしく、結局エルダー・ドワーフと同じM
&K
回しがよく、口径7.62mmで攻撃力が高いので汎用性に優れて
いる。
それにしても⋮⋮。
﹁なぜ、こうなるんだろうか﹂
妖狐も、ハイ・エルフもみんな美少女だ。クイナたちには一ラン
ク劣るが、みんな十分すぎるほど可愛い。
年齢も十代半ばから後半。
ここまで来ると、もう呪われているのかもしれない。
﹁ご主人様。ただいま戻りました。やっぱり、生き物を撃つのは楽
しいですね。癖になっちゃいそうです。この子で撃つとぱーんって
破裂するんですよ﹂
エンシェント・エルフがいつの間にかこちらに近づいてきていた。
うっとりとアンチマテリアルライフルを抱きしめ。微妙に怖い発
言をしている。
﹁まあ、楽しそうで何よりだ﹂
﹁はい! 撃てば撃つほど感覚がするどくなってくる気がするんで
す! もっと、もっと撃ちたいです﹂
﹁一日に湧く魔物にも制限があるからほどほどに。それにおまえに
は仕事もあるだろう?﹂
﹁ですね。銃も好きですが、自然も大好きです。あっ、もうほとん
ど水路が出来てますね。これなら﹂
334
エンシェント・エルフがエルダー・ドワーフのところに向かい、
あれこれと会話をする。
そして二人で水路沿いに歩きながら、要所要所で魔術を使ってい
く。
エルダー・ドワーフの土魔術だけでは足りないところをエンシェ
ント・エルフが補っていく。
そして⋮⋮。
二人が振り向き、ぐっと指を立てた。
そうかできたのか。
﹁エンシェント・エルフ、水を流してくれないか﹂
﹁はい、いいですよ﹂
﹁計算上は完璧﹂
二人が頼もしい返事をしてくれる。
そして、エンシェント・エルフが魔術を起動した。
ここの水路は基本的には地下水と、雨水を水源にしている。
もし、水不足になればエンシェント・エルフとハイ・エルフが雨
を適度に降らす。
ひ
そのため、俺の街には水不足は絶対に起こらない。
水路の水をせき止めていた樋が開かれ水が勢いよく流れる。
ゴーレムたちが耕し、スケルトンたちが整えた農地の横を爽やか
な清流が通っていく。これなら農作物もよく育つ。
これで、いつでも農民たちを受け入れる準備ができた。
豊かな土地に、豊富な水源。
明日にでも、種を撒き、エンシェント・エルフの力で成長を促進
させ、豊作が約束される土地でることをアピールできる状態にしよ
335
う。
街の奥のほうを見る。そこにはこの街の象徴があった。
立派なリンゴの木がいくつも並び赤い実をつけていた。
あれもそろそろ収穫しないと。
やることがたくさんだ。
﹁みんな、もう一仕事だ。終わったら温泉に入って飯だな﹂
﹁やー♪ 温泉楽しみなの﹂
﹁あれはいいもの。作ってよかった﹂
﹁温泉が出たのは驚きでしたね。鉱山フロアが隣に出来た影響かも
しれません。温泉を楽しみにもう一踏ん張りしましょう﹂
そうして、俺たちは街づくりを続ける。
しだいに形になっていく達成感が心地よい。
そして、一日の疲れを洗い流す温泉が今から楽しみだ。
336
第十話:出来上がっていく街︵後書き︶
ついに四半期ランキング一位です! 本当に本当にありがとう!
みんなの応援のおかげです。この感謝を面白い物語を書くことで返
していきますよ!
337
第十一話:温泉
今日の仕事が終わった。
インフラが整ってきたので、明日からは商売の準備に入っていく
つもりだ。
商品として、リンゴと固焼きパン、それにエルダー・ドワーフた
ちの武器を用意するとして、他に面白いものを考えないといけない。
それはそれとして⋮⋮
﹁温泉なの♪﹂
そう、温泉だ。
二日目ぐらいにエンシェント・エルフが地下の水の流れがおかし
いと言い出して、調べてみると天然の温泉の源泉があった。
それを掘り起こし、エルダー・ドワーフに簡単な設計方針を話し
て作り上げてもらったのが、この街の大衆浴場だ。
街の一角に大衆浴場が建設されている。
街に娯楽と衛生面の対策も必要だと思っていたので渡りに船だっ
た。
大衆浴場はその両方を満たすどころか、宿屋の売りにもなる。
なので力を入れてお風呂を完成させた。腐りにくさと手入れのし
やすさを優先して石で浴場を作っている。
ちなみに自然の源泉に、ドワーフが作ったポンプで水を引っ張っ
てきて薄める仕組みになっていた。
街の水源にはエルフたちの祝福がかかっているので、普通の温泉
では考えられないぐらいに効能のある温泉だ。
338
﹁おとーさん、遅いの﹂
クイナが俺の手をひいてはやくはやくと急かす。
俺は苦笑し大衆浴場の中に入り、更衣室に行く。
クイナは恥ずかし気もなく、いっきに服を脱ぎ捨てて裸になった。
エルダー・ドワーフは少しほほを染めながら、ゆっくりと服を脱
ぎ、エンシェント・エルフはクイナとエルダー・ドワーフをにこに
ことした表情で見つめつつ、彼女たちが着替えを終えると、一瞬で
服を脱いでいた。俺に見られることにたいする抵抗はないらしい。
﹁おとーさん、行こう!﹂
﹁マスター、はやく﹂
﹁クイナちゃんも、エルちゃんも可愛いです。じゅる﹂
俺は頷き、湯船のほうに移動した。
ちなみに俺の服は魔力で編んだ服なので着替える必要すらない。
魔力を解くと俺の体に吸収される。
これもある意味魔王の力だ。魔王の装備は魔王の成長と合わせて
強くなっていく。
◇
浴場のほうにいくと湯気がもくもくと立っていた。
中央には石で出来た湯船。
クイナが全裸で尻尾を揺らしながら湯船の近くまで走っていく。
彼女は一二、三歳ぐらいにしては発育がいい。そろそろ父親とし
ては恥じらいをもって欲しいと思ってしまう。
エルダー・ドワーフのほうを見る。
クイナと同年代ぐらいに見える銀髪美少女のエルダー・ドワーフ
339
はぺったんこだ。
ただ、幼女体形というわけではなく、すらっとしていて妖精のよ
うな可憐さがある。
﹁マスター、そんなに見ないで。恥ずかしい﹂
そして、絶妙な恥じらい。
こういうところはクイナにも見習ってもらいたいところだ。
﹁ご主人様、何をぼうっとしているんですか﹂
背後にやらかい衝撃。
エンシェント・エルフが抱き着いてきていた。
﹁エンシェント・エルフか。せめて、裸のときはそういうのは止め
ようか﹂
﹁ご主人様だからいいんです。ご主人様の背中大きいです。安心し
ます﹂
エンシェント・エルフは巨乳だ。
クイナたちよりも少し成長しており、十四、五歳ぐらいで、まだ
まだ少女のはずだが、スタイル抜群ででかい。
腰も括れていて、女としての魅力は飛びぬけている。
﹁わかったから離れてくれ﹂
いかに自らが生み出した娘とはいえど、本能はどうしようもない。
これ以上されたら我を忘れそうだ。
﹁わかりました。ふふふ、ご主人様にふられたので、クイナちゃん
340
とエルちゃんを愛でるしかないようですね﹂
獲物を狙う獣の眼光で、エンシェント・エルフはクイナとエルダ
ー・ドワーフを見る。
クイナの尻尾の毛が逆立ち、エルダー・ドワーフは背筋を震わせ
た。
割と洒落になっていない。
何はともあれ、真っ先に湯船に向かったクイナが桶でお湯を頭に
被ってから湯船につかりとろけた顔を見せてくれる。
可愛い。
﹁俺たちも行こうか。放っておくと、俺たちが入る前にクイナがの
ぼせちゃいそうだ﹂
﹁確かにその通り﹂
﹁ですね、みんなで同じお湯に浸かりたいです﹂
そうして俺たちもお湯をかぶって湯船に浸かった。
◇
﹁あー、エルちゃんだめ。そこはクイナの特等席なの!﹂
﹁早い者勝ち。いつもクイナが楽しんでる。今日は私の番﹂
湯船に浸かった瞬間、エルダー・ドワーフが壁に背を預けて両足
を開いた足の間に小さな体を滑り込ませ、もたれかかってきた。
いつもはクイナがこうしている。
妙にエルダー・ドワーフが俺にくっついて来ていると思ったら、
クイナより先にこうするのを狙っていたのだろう。
341
﹁ううう、クイナの特等席⋮⋮﹂
クイナがジト目で俺たちのほうを見てくる。
﹁まあまあ、早いもの勝ちだから仕方ないです。クイナちゃん。ク
イナちゃんの寂しさはこの私が埋めてあげますよ﹂
これ幸いとエンシェント・エルフがクイナを後ろから抱きしめる。
しかも、わさわさと手を動かしていろんなところを撫でまわす。ク
イナが熱い吐息を漏らした。
しかし、クイナはすぐに表情を険しくする。
﹁おとーさんじゃないと駄目なの。あと、ルフちゃん。変なところ
ばっかり触るから嫌い﹂
そして体を震わせ、腕から抜け出してきた。
こちらに来て、何をするかと思えば、エルダー・ドワーフを少し
右に寄せスペースを作り、俺にもたれかかってくる。
肌と水にぬれた尻尾の感触。
二人の娘のダブルもたれかかり。
これは⋮⋮いい。
﹁クイナたちは小さいから、二人一緒に特等席に座れるの﹂
﹁今日は私の番なのに﹂
﹁エルちゃん、固いことは言いっこなしなの﹂
﹁⋮⋮そのセリフ覚えた。今度、クイナが甘えているところに割り
込む﹂
﹁うっ、い、いいの﹂
エルダー・ドワーフがにやりと笑う。クイナはずる賢いがわきが
342
甘いのか、たまにこうしてエルダー・ドワーフにやり込められる。
﹁ご主人様、羨ましいです。クイナちゃんとエルちゃんを一緒に愛
でるなんて﹂
﹁ああ、いい気分だ﹂
温泉でリラックスしながら、娘の肌から伝わるぬくもりを楽しむ。
なるほど、ここが天国か。
﹁おとーさん、このままぎゅっとして﹂
﹁いい考え。マスターお願い﹂
娘の頼みなら仕方ない。
俺は手を回して二人を抱きしめる。腕に柔らかい感触。
密着度が増す。
温泉は素晴らしい。俺は今この瞬間の幸せを噛みしめる。だが、
時間と共にいろいろと問題が出てきた。
いくら可愛い娘たちであっても、俺は男だ。⋮⋮こらえなければ。
﹁そろそろ出ようか、上せてきた﹂
﹁やだー。お風呂気持ちいい。もっとゆっくり浸かるの﹂
﹁マスター、もう少しこうしてたい。だめ?﹂
娘たちの無慈悲なお願い。こんなことを言われると断れない。
絶体絶命のピンチ。
そんな時だった、救いの女神が現れた。
﹁ご主人様、クイナちゃん、エルちゃん。お風呂を楽しむために、
面白いものを作ってきました﹂
343
エンシェント・エルフだ。
彼女は三つの竹筒を持っている。
﹁まずは、クイナちゃんとエルちゃんはこっち﹂
ハチミツ色の液体をコップに注いで、二人に手渡した。
甘い匂いに引かれて、俺の元から二人が離れていく。
﹁甘酸っぱくて美味しいの。ルフちゃん、ありがとう!!﹂
﹁冷たい。お風呂の中で飲むと最高﹂
おそらく、竹筒の中身はきんきんに冷やしたリンゴジュースだ。
クイナが知らないということは、妖狐あたりの力を借りたのだろ
う。
エンシェント・エルフは、美少女好きで当然のように自分の直属
の部下であるハイ・エルフだけではなく、ドワーフ・スミスや妖狐
にも手を出している。
なぜか、妙に好かれている。同格のクイナやエルダー・ドワーフ
と違い、妖狐たちから見ればエンシェント・エルフは遥かに格上の
存在で尊敬の念があるのだろう。
﹁そして、私たちはこっちです﹂
もう一方の竹筒、そちらも液体が入っていた。だが、若干発泡し
ている。
﹁これはまさか﹂
﹁飲んでからのお楽しみですよ﹂
344
俺は期待に胸を膨らませつつ、グラスを傾ける。
﹁これはいいな。いい酒だ﹂
そう、彼女の作ったのは酒だ。度数が高めの酒で、リンゴのさわ
やかさと、炭酸の爽やかさがアピールされている。
口当たりも後味もすごくいい。いくらでも飲めそうだ。
温泉で火照った体に冷たい酒が染み渡る。
﹁その通りです。リンゴを生で食べるだけじゃ芸がないですからね。
ちょうど、いい菌が居たのでアルコール発酵させてみました﹂
﹁確かにこれは俺たちようだ。クイナたちにはまだ早い﹂
俺がそう言うと、エンシェント・エルフがにっこり笑って俺の耳
元で囁く。
﹁はい、クイナちゃんたちには早いです。まだ小さいので、お酒だ
けじゃなくて、他のことも。するなら私で我慢してくださいね﹂
囁いたのは一瞬だった。
すぐに離れると彼女もグラスを傾け、満足そうに微笑む。
﹁いや、あの子たちにも、もちろんエンシェント・エルフにも変な
ことはしない。大事な娘だからな。ごほん、それは置いておこう。
酒なんてものが作れたんだな﹂
﹁ええ、得意です﹂
酒は自然の力を借りて作るもの。エンシェント・エルフに作れな
いはずがないか。
これほどの酒、まずお目にかかれないだろう。
345
﹁これも、売れそうだな。数は用意できるか﹂
﹁ええ、私の力なら朝飯前ですね﹂
それは頼もしい。
そして体の異常に気付いた。やけに体が軽く、疲れが抜けていく。
温泉の効果もあるだろうが、そんな生易しいものではない。
これはいったい。
﹁エンシェント・エルフ、いったいこの酒に何をした。妙に体調が
いいんんだが﹂
﹁何もしてないですよ。そもそも、エンシェント・エルフである私
が全力の祝福を種の時から浴びせて作ったリンゴの木に実った果実
ですよ。普通のリンゴなわけないじゃないですか﹂
エンシェントエルフが虹色の聖水を与えた光景を思い出す。
﹁ちなみに、どう普通じゃない?﹂
﹁食べると、一次的に自己治癒力が大幅に高まります。軽い病気な
ら一発で治りますし、病気に対する抵抗力も増します。疲労回復効
果に、疲れにくくなる効果もありますね。リンゴまるまる一つ食べ
れば一日何も食べなくても大丈夫ですよ﹂
少しくらっとした。
もうそれはリンゴではなくて、マジックポーションの一種だ。
確かに素晴らしい効果だが、悪目立ちしそうだ。
﹁少し、このリンゴを人間に売っていいのか悩みそうだ﹂
冒険者たちの間であっという間に噂になるだろう。
346
冗談抜きでこのリンゴを巡って戦争が起きる可能性すらある。
﹁それなら、大丈夫ですよ。強い効果があるのは、はじまりの一本
だけにしてます。あとのは、同じ効果はありますが気休め程度です。
あれだけの数を全部本気で祝福していたら、魔力がいくらあっても
足りません。はじめの一本だけは本気の本気です。私たちの思い出
の木ですからね﹂
それは安心した。
少し疲れが取れる。傷の治りがちょっぴり早くなる。腹持ちがい
い。それぐらいなら、いい果物で終わりそうだ。
﹁安心したよ。エンシェント・エルフ、さすがは自然と共に生きる
種族だ﹂
俺の予想よりずっと力が強いようだ。
ここにきて改めて思い知らされた。
﹁ふふふ、私もすごい魔物なんですよ。ご主人様﹂
豊かな胸を彼女は張る。
そこにクイナがやってきた。
﹁ルフちゃん、さいごの一つ、何が入ってるの? クイナ楽しみな
の!﹂
そういえば、竹筒が三個あったな。
美味しいジュースと酒があった以上残り一つも間違いなく素敵な
ものだろう。
347
﹁じゃーん、リンゴの氷菓子です。この前ご主人様との会話でそう
いうのが出てきたので作ってみました。すりおろしたリンゴにハチ
ミツを加えて、空気をたっぷり入れながら凍らせたんですよ﹂
にっこりと微笑みつつ、みんなの分を取り分けてくれる。
口に運ぶと、しゃくしゃくして、リンゴの甘さと酸味がほどよい。
ジュースもいいが氷菓もたまらない。温泉に入りながらだとさら
に魅力的になる。
とくに、クイナとエルダー・ドワーフは気に入ったようで、目を
輝かせながらリンゴの氷菓を食べている。
こうして楽しい温泉の時間は過ぎていった。
この温泉と、冷たいリンゴジュースやリンゴ酒と氷菓。この取り
合わせはこの街の魅力として宿に泊まりにくる層にアピールできる。
今日のエンシェント・エルフはファインプレイだ。リンゴのジュ
ースのお菓子と氷菓のおかげでなんとか父として威厳を守れた。
次からはいろいろと気を付けよう。
348
第十二話:エルダー・ドワーフの商品開発
街を作ってから六日が経った。
明日から、本格的にこの街に人を呼び始める。
俺は珍しく一人で、この街を見回っていた
配下の魔物たちはそれぞれ最後の準備に大忙しだ。
既に水路は街に張り巡らされ、井戸も設置されている。
最終的に民家が五十軒ほど用意され、よく耕された農地も十分あ
る。ちなみに民家の材料については木材はエンシェント・エルフの
魔術で生やした木を使い、石や金属は二フロア目の鉱山から用意し
てある。
﹁うん、いい景色だ﹂
この街自慢のリンゴ畑がある小高い丘から農地を見まわたす。
農地の一部には麦が実りいつでも収穫できる状態だ。エンシェン
ト・エルフの力で成長を促進したものだ。
これがあることで、移民候補の人間にこの土地は豊かな土地だと
アピールできる。
そして、街の至るところにゴーレムたちが設置されいていた。
彼らはこの街を守る守護神で、二〇体ほど用意されている。異様
な迫力がある。こいつらは街の治安を維持するためのゴーレムだ。
ちなみにここに居るのはあくまで全体の一部に過ぎない。残りは、
今も鉱山を掘り続けている。
349
予測した通り、鉱山から銀や鉄はよく採掘できるが、金はたまに
しか取れず、ミスリルはさらに少ないし、それ以上のレアな金属は
採掘できない。
エルダー・ドワーフたちが最適なポイントを決めてそれだ。
魔王の力に比例して、いい鉱物がとれる以上、俺の力不足が原因
だ。まだまだ精進しないといけない。
﹁それでも、自前で銀の鉱山をもっているというのは十分すぎるほ
どずるいんだけどな﹂
銀貨は街で流通している。ようするに近くの山を掘っているだけ
で外貨が稼げる状態に俺の街はある。
あくまでダンジョンの︻鉱山︼なので資源が枯渇することはあり
えない。
調子に乗って銀の相場を崩さないように注意が必要だが、重要な
この街の産業の一つであることは間違いない。
そして、この街は五つほど特殊な建物がある。
一つ目は用意されている家の中でもひと際大きい街長宅。転移陣
が用意されているほか、かなり大きな会議室もある。
そして、俺の家でもある。
この家では俺の他には、クイナ、エルダー・ドワーフ、エンシェ
ント・エルフたちが生活している。快適に生活できるように︻創造︼
で最高の家具をそろえた。
他の魔物たちは、同じ種族ごとに家を与えている。
例外はワイトを初めとしたアンデッド軍団。
彼らには、ダンジョンとしての機能を持っている二階層目の二フ
ロア目。そこに住処を用意してあった。
アンデッドたちの力を活性化するフロアであり、数多の罠をしか
350
け、ひたすらワイトの率いるアンデッド軍団に有利な要素を詰め込
んだ部屋だ。
第一フロアのミスリルゴレーム+重機関銃がぶち抜かれたことを
想定して作ったのでかなり凶悪なフロアになっている。
﹁さて、行こうか﹂
俺はひとり呟き、特殊な建物である二つ目、エルダー・ドワーフ
の工房に向かっていた。
◇
﹁エルダー・ドワーフ。精が出るな﹂
﹁最近できなかった武器の改良を済ませたい﹂
エルダー・ドワーフはPCの製図ソフトを開き、高速でキーボー
ドを動かしていた。
ML82A1は、
製図を見る限り、エンシェント・エルフの使っているアンチマテ
リアルライフルの改良案を考えているようだ。
﹁エンシェント・エルフの使っているパレット
改良の余地のないぐらい名機だと思っているが、どう改良するつも
りだ?﹂
﹁確かにとてもいい銃。芸術的。だけど、ルフが使う場合だけは別﹂
﹁詳しく聞いていいか?﹂
﹁ん。パレットは弾丸の直進性をあげるために銃身がとても長い。
ルフは風の仮想バレルで直進性をあげられるからばっさり切って大
丈夫﹂
ずいぶんと思い切った改造案だ。
351
アンチマテリアルライフは直進性を増し命中率を上げるために銃
身を長くしているが、そのせいでかなりの重量になるし、遠心力が
発生して左右に振りにくい。長い銃身は邪魔にもなる。もともと、
持って移動することを想定していない銃だから、本来なら気になら
ない欠点ではある。
﹁あと、反動を消すための機構も優秀だけど、その機構が複雑なせ
いで強度が下がってるし、故障率があがって、重量も増してる。そ
こを簡略化してデメリットをなくす。反動なんてルフは風のクッシ
ョンを使って自分で相殺するから困らない⋮⋮というよりもそれ以
外の選択肢がない、複雑な機構を有したまま強度をあげるのは不可
能。強力なミスリル弾を使うための苦渋の選択﹂
﹁確かに、ルフ以外にとってはただの劣化だな。真っすぐ飛ばなく
して反動をきつくするんだから﹂
﹁その通り。でもルフにとっては長くて重い銃身がなくなって、遠
心力に振り回されないし、重心も安定するから照準がつけやすくな
って機動力もあがる。反動が強くなる分、故障率も下がって信頼性
があがる⋮⋮良いことばかり。素材をミスリル化して強度を上げつ
つ、軽量化も徹底的にするつもり。加えて装弾数の増加﹂
徹底的な、合理主義でアンチマテリアルライフルの改造プランが
出来てゆく。
﹁弾丸のほうも強化。ミスリルパウダーを使った特殊弾丸。威力は
二倍近くなるはず。初速が増せば射程も増える。反動を軽減する機
能を外したうえで、こんな化け物を使えるのはルフだけ﹂
﹁あの子は喜びそうだ﹂
ハッピートリガーかつ。狙撃馬鹿。
取り回しがよくなり、装弾数が増えて、射程が増して喜ばないは
352
ずがない。
エンチャント
﹁だいたいこんな改造プラン。最後に魔術付与も今回はかけてみる。
クイナの銃を作ったときはレベルが足りなかったけど、今の私なら
すっごいのがつけれる﹂
﹁それは楽しみだ。もう一つ頼んでいたほうはどうだ?﹂
﹁ん。そっちはレシピを作って弟子に任せてある。順調﹂
エルダー・ドワーフが立ち上がり工房の奥の部屋に案内してくれ
る。
そこには炉がありガンガン燃えていた。
エルダー・ドワーフが自ら設計した工房だ。
工房ではドワーフ・スミスの二人が剣を鍛えている最中だった。
彼女たちの背後には、数十本の剣が立てかけられていた。
﹁確かに順調だな﹂
﹁ん、あの店と同じぐらいの材料で一ランク性能が上の剣を作って
る。鉄をメインに少しだけミスリルを入れた﹂
今のうちのストックだとミスリルは節約したい。
かと言って、鉄の剣だと冒険者が使うには心もとない。
その妥協の結果はこれだ。
街で売っていたのと、思想は一緒だが、エルダー・ドワーフがレ
シピを作っただけあって、質は比べものにならない。ミスリルの使
用をケチっただけの劣化じゃなく、意味のある合金として成立して
いるのだ。
重さはどうにもならないが、切れ味や耐久力は全てミスリルを使
ったものと変わらない。
そんな剣がもう数十本作られていた。
353
﹁これだけあれば、商品には困らない。助かるよ﹂
﹁明日までにあと三十本は用意できる。この子たちは優秀﹂
頼もしい言葉だ。
武器部門はまったく問題ないだろう。
壁に立てかけられている中にひと際異彩を放つものがあった。
﹁あれは﹂
﹁私が作ったお手本。正真正銘の全力。︻獣︼の魔王の鉱山でとれ
たオリハルコンとミスリルを中心にした合金。オリハルコンをけち
エンチャント
ったわけじゃない。手元にある材料で最高の合金にした。斬撃強化
と耐久性上昇の魔術付与もしている﹂
手に取ってみる。
刀身からただならぬ鬼気が感じられる。
美しい白銀の刃。切ることに特化した魔剣。しかも信じられない
ぐらいに軽い。ランクSの魔物の全力だ。おそらく、人の手では一
生届かない高みにあるだろう。
この剣一本で、一生遊んで暮らせるだけの値段がつくのは間違い
ない。
﹁これを売り物にしていいか﹂
﹁いい。この子たちのお手本はまた作ればいいだけだし。でも、人
間にこれを売っていいの? マスターの言葉を借りるなら強すぎる
剣﹂
確かに俺はかつて人間に強すぎる武器を渡すのは軋轢の元だと伝
えた。
しかし⋮⋮。
354
﹁客寄せに使うだけだ。絶対に買い取れない値段をつけて置いてお
く。これほどの剣だと飾っておくだけで他の剣の売り上げがあがる
よ﹂
圧倒的な剣を作れる鍛冶師の店だと思われば、それだけで店の商
品全ての価値が高まるのだ。
﹁理解した。それならいい。ただ、一つお願いがある﹂
﹁なんだ?﹂
﹁剣は、剣士に振るわれるのが本懐。もし、私が認める剣士が現れ
たとき、そのときだけ売ってあげて欲しい。たとえ相手が人間だっ
ととしても、鍛冶師としてそれを望む﹂
﹁わかった。そのときは売ろう﹂
それで話は終わりだ。
これで俺の街の主力製品の一つであるドワーフ謹製の武器が揃う。
﹁あと、マスターに頼まれていたものが出来た。この仮面があれば
たぶん大丈夫﹂
﹁助かるよエルダー・ドワーフ﹂
エルダー・ドワーフの作った特別な仮面を受け取り俺はその場を
後にしすることにした。
これは俺の大事な参謀に人間が来てからも気持ちよく働いてもら
うための重要なアイテムだ。
さて次は、クイナたちのほうに行こう。そこにはワイトも居るは
ずだ。
﹁じゃあ、俺は次へ行く。この調子で剣の準備頼むぞ﹂
355
﹁ん。あの、マスター、その、ちゃんと剣の準備が出来たら﹂
エルダー・ドワーフがもじもじと何かを言い辛そうにしていた。
考えていることはだいたいわかる。
﹁たくさん、褒めてあげるよ。だから、がんばってくれ。エルダー・
ドワーフ﹂
﹁うん、がんばる﹂
そうして、俺はエルダー・ドワーフの工房を後にした。
356
第十三話:アヴァロン
次に俺が向かったのは、この街にある四つの特別な施設の三つめ
である商店だ。街に入ってすぐの目立つ場所に設置してある。
大きな店で、食料とドワーフの武具を扱う。
食料のほうは、生のリンゴ、エンシェント・エルフが作ったりん
ご酒、塩を利かせて硬く焼いた保存性の高いパン、水、そして街か
ら買ってきた干し肉を並べてある。
リンゴ以外は、ダンジョンの探索に必須のものばかりだ。
︻刻︼の魔王と、巨大な商業都市の中心に位置するこの立地で売れ
ないわけがない。
移民や商人が増えれば、もっと幅広い品揃えを用意出来るが、今
は販売の負担を減らすために限界まで商品は絞り込んでいる。
物を売るサービスとは別に武器の修復も受け付ける。主にドワー
フ・スミスたちの仕事になるだろう。
﹁ご主人様、来てくれたんですね﹂
たっぷりリンゴが入った樽を運んできたエンシェント・エルフが
声をかけてくる。
﹁ああ、いよいよ明日開店だからね。商店のほうの進捗を見ておき
たくて﹂
﹁準備はばっちりですよ﹂
樽を地面に置くと、水音が聞こえた。
357
﹁その樽はなんだ﹂
﹁私が作った生命の水にリンゴを漬けているんです。この水に浸か
っている間は、傷まないですし、この水に一度でも漬けたリンゴは
すごく腐りにくくなって、美味しさが持続するんです。効能も増し
ますよ﹂
﹁⋮⋮ほどほどにしておけよ﹂
﹁はい、もちろんです!﹂
ただのリンゴですら、俺のエンシェント・エルフにかかればチー
トになりえる。
世間話のように生命の水なんて単語が出てきたが、人間たちから
したら間違いなくとんでもない代物だろう。
﹁クイナたちはどうしたんだ?﹂
﹁店の奥で、練習をしてますよ。可愛い売り子さんたちで、お姉さ
ん興奮しちゃいます﹂
可愛いもの好きのエンシェント・エルフはうっとりした表情にな
る。
﹁そうか、それは気になるな。見に行こうか﹂
俺とエンシェント・エルフは店の奥に入った。
◇
店の奥に入る。そこにはクイナと妖狐たちが居た。
﹁じゃあ、妖狐たち。︻変化︼を使うの!﹂
358
クイナが配下である妖狐たちに命令を出していた。
彼女たちは両手を合わせ魔力を高める。
光があふれて、彼女たちのキツネ耳とキツネ尻尾が消える。
完全に人間に擬態した。
いくらこの世界の人間は亜人に慣れているとはいえ、やはり売り
子は同族のほうが好ましい。
とくに呼び込みをするのなら、人間に見えることが重要だ。
︻変化︼で耳と尻尾を消すことができる美少女の妖狐たちにはぴっ
たりな役割だ。
﹁あっ、おとーさん。見てみて、可愛いの!﹂
クイナが胸を張る。たしかに妖狐たちは可愛い。
エルダー・ドワーフが作った店員用の服は、ひらひらのフリルが
ついて大変可愛らしいデザインだ。
間違いなく、俺の隣で目を輝かせて妖狐たちを見つめているエン
シェント・エルフの趣味が入っている。
⋮⋮妖狐だけじゃなく今はクイナも身に纏っていた。
クイナは変化せずにキツネ耳キツネ尻尾をつけたままでだ。尻尾
を通す穴まで作っているぐらいだから確信犯だろう。
﹁クイナは、変化しないのか?﹂
﹁クイナのお仕事は、この街の防衛が最優先。店員はできないの﹂
まあ、それもそうだ。
彼女はこの街の最強戦力。売り子で彼女の時間を奪うわけにはい
かない。
359
﹁最後の頼みはおまえだ。頼りにしてる﹂
﹁やー♪﹂
クイナが近づいて来たので頭を撫でる。
そんなことをしていると足音が聞こえた。
﹁追加のパンが焼けたので届けにまいりました。⋮⋮おう、これは
我が君﹂
現れたのはワイトだ。
背後のゴーレムたちがパンの入った木箱を運んでいる。
商品になるパンを焼いているのは、ワイトが率いるスケルトンた
ち。
さすがにゴーレムと違って地上を徘徊させるわけにはいかないの
で、地下のフロアでせっせとパンを焼き、ゴーレムたちに運ばせる
ことで街に貢献してもらっている。
戦闘がないときもこうやって街の役に立ってもらう。
スケルトンたちが集団でパンを作る光景は果てしなくシュールで、
とてもじゃないが人間には見せられない。
﹁お疲れさま、一つ食べていいか﹂
﹁ええ、是非。我がアンデッド軍団が丹誠を込めて焼いたパンです
ぞ﹂
スケルトンが作ったパン。普通に考えればひどいものになりそう
だが⋮⋮。
保存性重視で塩をきつめにしてがちがちに固く焼いたパンの味は
悪くなかった。飛びぬけてうまくはないがまずくもない。普通のパ
ン。これなら商品になりえる。
360
﹁うん、十分売れる出来だ﹂
﹁我らは味見が出来ないゆえ、愚直に分量を守って作っております
からな﹂
単純作業をさせれば、ワイトの率いるスケルトン軍団の右に出る
ものはないだろう。
機械のように正確に淡々と決められた動きを繰り返す。
﹁ワイト、人間たちがこの街に来はじめれば﹂
﹁わかっております。私も地上に上がるのは避けたほうがいいでし
ょう。この身は異形。我が君の街づくりの弊害になりましょうぞ﹂
俺の思考を先回りしてワイトがそう言う。
その懸念は正しい。さすがにクイナたちのような亜人やゴーレム
と違ってアンデッドは明確な人間の敵だ。
普通なら、絶対に見せるわけにはいかない。
だが、今回だけのことを言えば外れだ。
俺はにやりと笑う。
エンチャ
﹁何を言っている。おまえは俺の参謀だ。共に居て助けてもらわな
いと困る﹂
﹁⋮⋮そのお言葉は嬉しいです。ですが、この身では﹂
﹁だから、こんなものを用意した﹂
俺は彼の顔に仮面をつける。
ント
﹁エルダー・ドワーフに作らせた幻惑の仮面だ。︻幻惑︼の魔術付
与がかけられているんだ。それをつけている限り、おまえは人間に
見える。︻幻惑︼にも限界があるから、ローブで体を覆ってもらう
361
し、長袖長ズボン、手袋着用は義務にするがな﹂
俺の言葉を聞いたワイトが感激に打ち震える。
そして、震えたままで言葉を発した。
﹁我が君、私のためにこのようなものを。いかに、最上位のドワー
フである、エルダー・ドワーフ様でも、これほどの逸品、簡単には
作れないでしょうに﹂
﹁おまえほど優秀な部下を遊ばせるわけにはいかない。エルダー・
ドワーフには無理をしてもらった。おまえの働き、期待しているぞ
ワイト﹂
人の感情の機微に敏感で、頭も回り知識もあるワイト。
彼の力は街の運営には必須だ。
﹁はっ、このワイト。我が君の御心のままに﹂
ワイトがその場で跪く。
彼の力、頼りにさせてもらおう。
そうして、この場を後にした。
◇
そのあと、四つめの特別な施設である宿屋。
ここは最大で百人ほど泊まることを想定しており、かなり部屋数
があり、雑魚寝用の大部屋まである。
そして、大量の毛布が用意されていた。
実は、素泊まりのプランしか今は考えていない。
今はそれが限界だ。
だから複数ある部屋で勝手に毛布を使って寝ろ。個室は高く、大
362
部屋は激安。井戸も好きに使っていいし、大衆浴場も使っていい。
飯が欲しければ商店のほうで食べたいものを買えという、おおよそ
全てのサービスを放棄した形にした。
というより、それ以上できない。
﹁やっぱり、人手がまったく足りてないよな⋮⋮積極的に人間を雇
っていくか﹂
店の売り子、宿の受付、客寄せ、風呂や宿の掃除。
これらの仕事は、品質を求めなければ適当に雇った人員で回すこ
とができる。喰い詰めていそうな冒険者が居れば、短期でバイトさ
せるのもいい。
採掘した銀で、近くの商業都市にある銀貨とまったく同じものを
エルダー・ドワーフに作らせているので、資金は十分あるのだ。
いつまでも、俺の魔物たちにさせるわけにはいかないだろう。
﹁理想を言えばプロが欲しいな。こういうときにコネがないのは辛
い﹂
宿屋や商店は経営まで任せられる腕のいい商人に、この街に支店
を出してもらえたら言うことはない。
俺が儲けることよりも、魅力的なコンテンツがこの街にできるこ
とのほうが重要だ。
今後どう発展させるかは課題だが、とりあえず人間を宿泊させる
ことができる施設が出来ただけでも上出来だろう。
そして五つ目にして最後の特別な施設である天然温泉の大衆浴場。
ここも男湯と女湯、それぞれ無事完成していた。
こっそり、俺たち専用の特別な湯もある。
街の衛生と、宿屋に泊まった客の満足度に貢献してくれるだろう。
363
これで、街の運営に全ての要素が揃った。
これなら明日から人を呼ぶことができる。
◇
翌日の早朝、全魔物を街の広場に集めていた。
スケルトンたちもこの場に居た。
﹁親愛なる俺の配下たちよ。おまえたちの働きに感謝する。俺たち
のダンジョン⋮⋮いや街もようやく形になった。まだまだ、課題は
多いがこれなら人間を呼ぶことができる﹂
インフラは整い、商品である食料と武具は揃った。
宿屋も娯楽施設も一応存在する。
﹁本日より人間を招き入れる。そして、人間の感情を喰らい始める。
本当の意味で、俺たちの街の運営が始まるんだ﹂
何もかもが最初からうまくいくことはありえない。
だが、それでも一歩を踏み出すことができる。
﹁おまえたちの中に、まどろっこしいことをせずに、人間なんて殺
し、喰らいつくせばいいと考えるものもいるかもしれない。俺もそ
ちらのほうが強い感情が喰えるのは理解している。だが、それは一
時的なものだ。数百、数千⋮⋮いや、数万の人間が笑いあう。そん
な街を作り上げることでしか、たどり着けない場所がある。そこに
俺はたどり着くことを約束する﹂
それこそが最強のダンジョン。他のどの魔王のダンジョンよりも、
364
DPを得て、たくさんの感情を喰らえる。
﹁それにそっちのほうが楽しい。まっとうなダンジョンを運営する
のなら人間を誘い込んで、騙して、殺して、殺される。魔物である
おまえたちを餌にしないといけなくなる。甘いかもしれないが、俺
はおまえたちは失いたくない。おまえたちが好きなんだ⋮⋮だから
俺の夢のために力を貸してくれ。いや貸せ。これは魔王として我が
配下に行う勅命だ﹂
ア
俺の言葉を聞いた魔物たちの顔にそれぞれ覚悟と決意が浮かび、
全員がその場に跪いた。
それが俺たちの街だ! 総員、持ち場につけ!﹂
﹁さあ、みんな。俺たちの街を始めよう。希望と笑顔の街⋮⋮
ヴァロン
その掛け声と同時に全員が持ち場に向かう。
まずは人間の呼び込み、勝算はある。あとは実行するだけだ。 365
第十四話:はじめてのお客様
﹁では、プロケル様、クイナ姉さま行ってまいります﹂
﹁妖狐、ちゃんとがんばってくるの!﹂
二人居る妖狐のうち一人が人間の姿に︻変化︼し巨大な看板をも
って外に出た。護衛としてランクB相当の強さを持つミスリルゴー
レムをお供にしている。
クイナが手を振って妖狐を送り出した。
行先はアヴァロンの外にある街道だ。
今は朝方で冒険者たちが通りがかることが多い、地道だが確実に
目に留まる。
巨大な看板をもった美少女はそれなりに目立つだろう。
看板には、近くにある大きな町エクラバでの相場の六割程度の価
格でパンや干し肉、水を売ると書いてある。ついでに宿屋も素泊ま
りだけなので激安設定。
今からダンジョンに向かう冒険者たちは十分な食料をもっている
だろうが、この値段だと多めに食料をもっておこうといった考えや、
帰りに補充していこうという考えに結びつく。
そして、帰りにこの街によれば、ついでに宿屋に泊まろうと考え
るだろうし、もし宿屋を気に入ってもらえば、次からはこの町の宿
に泊まってから、ダンジョンに向かうと考えてもらえる。
少しずつ、地道に積み重ねていくつもりだ。
366
クイナが珍しく不安そうな表情をしていた。
﹁妖狐のことが心配なの。か弱いあの子が、お外に出るなんて﹂
﹁天狐のクイナ基準だとか弱く見えるだろうが、妖狐は相当強いぞ
?﹂
妖狐はランクBの魔物。炎を使いこなす力持った強力な魔物だ。
ランクBにもなると、超一流の冒険者でもないと一人では倒せな
い。
レベルもそれなりにあがっており、可愛らしい制服の中には、エ
ルダー・ドワーフ製のナイフを仕込んでいる。
まず、あの子を倒せるような冒険者には滅多なことで出会うこと
はない。
﹁うう、でも心配﹂
﹁ミスリルゴーレムも居るから、心配はいらないさ。それより、俺
たちは俺たちの仕事をしよう﹂
クイナの頭をぽんぽんとたたく。
ちなみにミスリルゴーレムはただの護衛というわけじゃない。
客寄せの一環でもある。巨大なゴーレムは美少女以上に目立つ。
妖狐には、もしミスリルゴーレムのことを聞かれたら、商品を売
っている街は、大賢者と力あるドワーフの末裔が作った街であるこ
とを説明するように伝えていた。いわゆる箔付けだ。
さて、どれくらいで客が来るか、楽しみだ。
◇
妖狐が外に出ていってから、三十分ほどたったぐらいで、冒険者
367
たちの四人パーティがやってきた。
軽装鎧に身を包んだ戦士らしき青年と、いかにも力自慢の立派な
髭の大男。身軽な格好をした小柄な盗賊の少女に、魔法使いの女性。
バランスのいいパーティだ。
だが、一様にぼろぼろだ。とくに前衛の二人がひどい。剣は折れ、
鎧は穴だらけ。歩き方がおかしい。確実に怪我を抱えている。
この時間帯の客にしては珍しいが、ダンジョンからの帰りだろう。
冒険者たちの中には、ダンジョンで一夜を明かす者もいる。魔物が
はびこる場所で交代で見張りをしながら一夜を明かすのは危険があ
る上に疲労も抜けないが、長時間の狩りをするためには必要になる。
だが、彼らの状況を見るに何かしらのトラブルがあって、一夜を
明かさざるを得ない状況に追い込まれたのだろう。
リーダーらしい戦士風の青年が、商店に駆け込んできた。
﹁飯と水をくれ、それと落ち着いて休める場所を﹂
血相を変えて、鬼気迫る表情で訴えかけてくる。
店番をしていた妖狐が対応する。妖狐は一〇代後半の美少女で通
常男なら何かしらの反応を見せるが、そんなことを一切気にするこ
とがない状況のようだ。この子は接客のスペシャリストとして鍛え
てある。
﹁食料をお求めですね。おすすめは、このリンゴという果実です。
甘くて水分たっぷり。二か月は腐りません。疲れがとれて、体力が
戻ります。合わせて、固焼きパンと干し肉もどうぞ﹂
完全なマニュアル対応。
それしか教えていないが、この切羽詰まった相手に淡々と答える
368
のはさすがと言ったところか。
﹁なんでもいいから、早く﹂
﹁では、すべてお買い上げということでよろしいですね? リンゴ、
固焼きパン、干し肉、水。セットにすると銀貨一枚でお得ですよ﹂
﹁それでいいから、それでいいから、はやく! 四セットだ﹂
﹁かしこまりました。合わせて、お土産にアヴァロン特性、リンゴ
酒はどうですか? とても甘く品のいいお酒で、女性などに喜ばれ
ます﹂
戦士風の男のこめかみがぴくぴくと動く。
俺は少し後悔した。マニュアル対応も行き過ぎるとだめだな。
﹁いらん! おまえふざけているのか! さっさと食い物と水をよ
こせ!!﹂
﹁かしこまりました。では銀貨四枚いただきます﹂
妖狐がそういうと、懐から財布を取り出し銀貨を机を叩きつけた。
﹁確かに、ちょうどいただきました。店の裏手に屋根付きの飲食ス
ペースを設けていますのでよろしければお使いください﹂
妖狐は手際よく商品をひとまとめにして差し出すと、ひったくる
ようにもって行った。
冒険者たちが消えると、妖狐の表情から営業スマイルが消える。
﹁はぁう。緊張しましたぁ。プロケル様、クイナ姉さま、どうでし
た? ちゃんとできてました?﹂
おどおどした様子で妖狐が問いかけてくる。
369
実はこれが彼女の素だ。
そんな彼女にクイナが親指をぐっと立てる。
﹁完璧なの。この調子で頼むの!﹂
まあ、今回はたまたま運が悪かっただけで対応としては間違って
いない。
﹁良かったですぅ﹂
慣れるまではこのままでいいだろう。
ちゃんと商品が売れたし、来客第一号であることを考えると上出
来だ。
それはそれとして、少しフォローをして置こうか。俺はそう決め
て、冒険者たちが居る飲食スペース向かった。
∼冒険者視点∼
﹁まったく、なんだあの店員は。俺たちがどれだけ切羽詰まってる
かもしらないで﹂
戦士の男が苛立ち交じりで嘆息する。
彼らは買い込んだ食料をもって、店の裏手に来ていた。
店員が言ったとおりそこには机と椅子が用意されており、くつろ
げそうだ。
﹁落ち着け、ソルト。食料が手に入っただけでも僥倖じゃ。ずいぶ
ん安かったしのう。質も良さそうじゃ。このパン、小麦のいい香り
がぷんぷんしとる。二級品の小麦じゃこうはいかん﹂
370
立派な髭を生やした大男が、朗らかに笑う。
それを見た戦士風の男は少し冷静さを取り戻す。
何はともあれ今は食事だ。
今回の探索は大失敗に終わった。通いなれたダンジョンで油断し
ていたのもあるが、浅い階層にとんでもなく強い魔物が現れた。命
からがら逃げだしたが、お宝や食料が詰まった背嚢を置いていかざ
るを得なかった。
最低限の食糧は肌身離さずもっていたが、それも尽き、ぼろぼろ
の体では狩りも満足にできず、通りがかった冒険者に泣きつくしか
ないと思っていたところだ。
﹁ごめん、みんな。私に魔力が残っていれば﹂
魔法使いの女性が申し訳なさそうな声を上げる。
彼女は貴重な治癒魔法の使い手だ。
だが、今は魔力が枯渇していてろくに力を使えない。
ひび
戦士の男も、立派な髭を生やした大男も必死にやせ我慢をしてい
るが、全身打撲に加えて何カ所か骨に皹が入っているし、捻挫もし
ていた。まともに戦える状態じゃない。
﹁謝るなよ。ミラ。おまえが居なきゃ俺は死んでた。でっかい風穴
あけられちまったからな。おまえが塞いでくれたから生きてる。そ
のために魔力を使い切ったんだしな﹂
戦士の男は、先日の闘いを思い出す。
突然現れた魔物は悪夢じみた強さだった。ランクBの魔物である
ことは間違いない。生きているが不思議なぐらいだ。
371
必至に逃げたあとは、身を隠してやりすごし、傷ついた体をだま
しだまし動かせるぐらいに回復して、なんとかダンジョンを脱出す
ることにした。
﹁むしろ、悪いのはあたしだよ。一人だけ元気なのに何もできなく
て﹂
盗賊の少女がしゅんとした顔で俯いていた。
﹁何言ってんだ。おまえが見張ってくれたから夜を越せたんだ。お
まえが居なきゃ全員とっくに罠で死んでるぜ﹂
﹁ふむ、お主は若いが斥候として申し分ない技量がある﹂
﹁ソルト、ファム﹂
彼らのいう事は間違いない。盗賊はスキルによって罠や敵の感知、
鍵の解錠など、さまざまな面で役立つ。パーティに必須の存在だ。
少女は感極まった声をあげ顔をあげる。
﹁とにかく飯にしようぜ﹂
﹁ふむ、そうじゃのう﹂
そして、彼らの食事が始まった。
まずは水を飲む。
戦士の男はその水を飲んでおどろく。するすると体に入り込んで
染み渡る。なんて美味さだ。
確かに今の自分は乾いていた。美味く感じるのも当然だろう。だ
が、この水はそんなレベルじゃない。
純粋に美味い。信じられないぐらいに。そして、力が湧いてくる。
次に、店員がリンゴと呼んでいた赤い果実をかじった。
372
心地よい歯ごたえ、口の中に甘酸っぱい果汁が広がる。涙が出そ
うなほどの旨み。飲み込んだ瞬間、全身の細胞が喜んでいるのがわ
かる。
なんだ、これは? 天上の果実か?
体が潤い、痛みが引いていく。疲れで鉛のように重かった体が軽
くなった。
気が付けば、一瞬で手元の果実はなくなった。
不思議だ。自分は大食漢だ。なのに、この果実一つで心地よい満
足感があった。次にパンを食べる。こっちもなんの変哲もないパン
だというのに、たまらない。小麦の甘味を感じる。自分は農家出身
だが、これほど美味いパンは初めてだ。原料の小麦の質が良すぎる。
干し肉にも期待して食べてみるが、こっちは普通だ。
戦士風の男は仲間たちの様子を見る。
みんな、夢中で水を飲み果実を食べ、パンを食べたあとでぼうっ
とした表情を浮かべていた。
その余韻が収まったあと、戦士の男は口を開く。
﹁なあ、みんな。赤い果実めちゃくちゃうまくなかったか?﹂
﹁うむ、最高であったな。このようなものがこの地上に存在すると
は思わなかった。水もパンも素晴らしい。この街はいい穴場だ。ほ
かの連中にも教えてやらんと﹂
﹁だね。なんか、あたし疲れが吹っ飛んで、こんな状況なのに幸せ
になちゃったよ﹂
﹁大地の恵み、そのものの味でした。疲れも抜けて、これなら魔力
も回復しそうです﹂
全員、あまりの食事の美味しさ。特に赤い果実の力に驚いていた。
373
うまいだけじゃなく、明らかに体調が良くなっている。
﹁なあ、俺らエクラバに戻って、銀行で貯蓄を引き出して、いつも
の宿屋で怪我が治るまで待機してまたダンジョンに来ようって話し
てたよな﹂
﹁そうじゃのう。今のわしとお主の怪我、レムの魔力枯渇を考える
とそれしかあるまいて﹂
この四人のパーティは一流のパーティだ。四人で力を合わせれば
Cランクの魔物すら倒せる。
それなりに稼ぎがあり、たくわえもある。
今回の大打撃を受けても、立て直すことは可能だろう。
だが、立て直すための出費はあまりにも痛い。
﹁予定を変えないか? この街にしばらく滞在しよう。この赤い果
実を毎日喰えば怪我も魔力の回復も促進される。またダンジョンに
潜れるまで早くなる。たしか呼び込みの娘の看板には宿屋もこの街
にあると書いてあったし、めちゃくちゃ安かったよな﹂
﹁だが、壊れた武器と防具はどうする? いきつけの鍛冶屋に預け
て直してもらわんことには。どっちみち一度エクラバに戻らねばな
るまいて。この街の宿がちゃんとした宿かも気になる﹂
戦士の男は頭を抱える。
大男の言っていることは確かだ。しかし、この街の宿屋の値段は
エクラバに比べて破格。食い物も水もこの街に居たほうが安い。
再び、ダンジョンに潜るための怪我と魔力の回復も早く、ダンジ
ョン探索の休業時間も減らせる。
いくら蓄えがあるからと言って、できるだけ赤字は減らしたい。
どう考えてもこの街に居たほうがいい。
374
それがわかっていて、わざわざエクラバまで戻るのは⋮⋮。
そんなときだった。
一人の少年がやってきた。歳は十代半ばから後半の美少年。
黒く仕立てのいい服を着ている。にこやかに笑っているはずなの
に、一瞬だが背筋が凍り付くほどの恐怖を覚えた。
長年の経験で研ぎ澄まされた勘が、真の強者のみが持つオーラを
この少年から感じとったのだ。
﹁本日はこの街に、お越しいただきありがとうございます。ぶしつ
けながら、お客様の話を聞かせていただきました﹂
﹁あんたは?﹂
﹁この街の長であり、この街の亜人全ての父。大賢者プロケルと申
します。この街は冒険者様を歓迎する街、鍛冶屋、宿共に上質なも
のをそろえてます。是非、ご案内させて頂けませんか?﹂
そして、男は優雅に礼をした。
まさに渡りに船。鍛冶屋があるというのも嬉しい情報だ。
こんな街の鍛冶屋にたいした期待はしていないが、簡単な修理ぐ
らいはできるかもしれない。
戦士の男は仲間たちの表情を伺い⋮⋮
﹁その、よろしく頼む﹂
そう、告げた。
375
第十五話:アルバイト
俺は妖狐の接客のフォローをするつもりで冒険者たちのところに
向かったが、多少の不満はあるが納得してくれているようで一安心。
しかし、そのあとの話で宿と武具も利用してくれそうな気配があ
ったので営業をかけることにした。
﹁よろしければ、ご案内しますよ。私の街では武具の販売、修理も
取り扱っておりますし、宿屋の営業も行っております﹂
突然現れた俺に一瞬戸惑ったものの、すぐに平静さを取り戻し口
を開いた。
﹁亜人の父? 大賢者? おまえはいったい﹂
﹁この街は迫害されている亜人の子たちのために私が作った街であ
り、私は彼女たちの保護者です。そして、こんな街を作れる存在、
大賢者以外に存在しないとは思いませんか?﹂
どや顔で言ってみたが。
ちょっとはったりを利かせすぎた。いぶかし気な目で見られてし
まっている。少し失敗したかもしれない。
ちょっと気恥ずかしい。よし、話題を変えよう。
﹁⋮⋮それより、鍛冶屋と宿屋の案内はどうなされますか?﹂
﹁そっ、そうか、まずは宿屋のほうを見せてもらっていいか?﹂
﹁はい、喜んで﹂
俺は頷いて、冒険者たちの四人組を連れて宿屋に向かった。
376
◇
宿屋については今のところワイトに取り仕切らせている。
彼に任せていれば問題ないという判断だ。
﹁いらっしゃいませ。お客様﹂
宿屋の扉を開くと、ワイトが出迎えてくる。
彼は全身を高級なローブで包み、顔には仮面をつけてある。
︻幻惑︼の付与効果があるので、品のいい紳士に見えているはずだ。
﹁ここが、この街の宿か﹂
﹁はい、そうです。とは言っても寝るだけのものですがね。システ
ムを紹介しましょう﹂
俺はこほんと一度咳払いをする。
﹁プランは二つあります。一つは個室。こちらについては人数にか
かわらず、一部屋につき一晩銀貨二枚となっております。まあ、二
人ならゆったりと。詰めれば四人ぐらいは眠ることができます。鍵
をかけることができるので、プライベートに気を遣うならこちらに。
どちらのプランでも温かい毛布を支給します﹂
ちなみに銀貨一枚というのは相当安い。
エクラバの街で、冒険者向けの肉体労働だと一日銀貨六枚程度を
稼げる。
﹁安いな﹂
﹁眠るだけですからね。滞在中の掃除等も自身でやっていただきま
377
す。食事などはさきほどの商店で購入してください。宿の中庭にあ
る井戸はご自由に使ってかまいませんので、洗濯等をなされるとい
いでしょう。また、温泉がこの街にはございます。そちらを使って
いただいても構いません﹂
﹁温泉があるの!?﹂
冒険者のうち、唯一元気そうな盗賊の少女が目を輝かせる。
﹁レッカ、それが何か知ってるのか?﹂
戦士の男が少女に問いかける。
﹁うん、知ってるよ。あったかいお湯に浸かるんだ。すっごく気持
ちよくて、疲れが取れるんだよ﹂
うっとりした顔で少女が温泉を浮かべた。
﹁ご博識ですね。おっしゃる通り疲れを取る効果がございます。我
が街の温泉は特に優れており、疲労回復のほか、美肌、怪我と病気
の回復促進、魔力回復、様々な効能があります﹂
﹁たかが湯に浸かっただけでそんな﹂
﹁この街は高位のエルフたちによって祝福されておりますので温泉
にも不思議な力が宿っているのです﹂
まごうことなき真実だ。
全て気休め程度だがきっちりとした効果がある。
エンシェント・エルフが風呂に入る度に効果が強くなっている。
もしかしたら、あの子から出汁が出ているのかもしれない。
﹁ねえ、ソルト、ここに泊まろうよ! 温泉が好きに入れるなんて
378
最高だよ! 怪我も早く治るし! ミラの魔力だって早く回復する
し!﹂
﹁⋮⋮信じられん。まあ、どっちみち今日は泊まるつもりだしな。
温泉とやらも試してみるか﹂
﹁うんうん、うわぁ、今から楽しみ﹂
どうやら、ちゃんと温泉が武器になったようだ。冒険者受けがい
いのは、助かる。
﹁最初にプランが二つあると言ったが、もう一つは?﹂
﹁はい、大部屋に雑魚寝してもらいます。当然鍵などもないので、
持ち物の盗難などがあっても一切責任はとりません。その分、お値
段は安くて一人銀貨一枚となります。お客様の場合は、四人で部屋
を共用するなら、個室のほうが安くなるので、そちらをおすすめし
ますが﹂
大部屋のほうは基本的に一人で旅をする冒険者向けのサービスだ。
パーティで来るなら個室のほうが安い。
﹁なら、二部屋借りる。銀貨四枚。これでいいんだな﹂
﹁はい、問題ありません﹂
俺がそういうと、ワイトが鍵を二つ出して詳細を説明する。
﹁お客様。これが、部屋のカギとなります。部屋番号を示した地図
が壁に貼り付けておりますので、そちらを確認してください﹂
戦士風の男は鍵を受け取り、そのうち一つを盗賊の少女に渡した。
どうやら男女で部屋を分けるらしい。
冒険者にしては珍しい心配りだ。
379
﹁プロケル、荷物を下ろしてくる。そこから武具の店の案内を頼む
がいいか?﹂
﹁ええ、喜んで﹂
俺は微笑む。
この冒険者たちはそれなりに強いし、経験も積んでいる。
彼らであれば、口コミで評判が広がる可能性が高い。
多少の手間は惜しむべきではないだろう。
◇
しばらく経ってから冒険者たちがやってきた。
どうやら着替えたらしく身軽な服になっていた。
ただ、背中に大きな袋を担いでいる。おそらく壊れた剣や防具だ
ろう。
俺は、彼らを連れて商店に戻った。
◇
商店に戻ると、妖狐二人とクイナが慌ただしく動きまわっていた。
客引きをしていた妖狐も戻ってきている。
おそらく、客が増えすぎてさばききれなくなったので呼び戻した
のだろう。
看板と護衛としてつけていたミスリルゴーレムが戻ってきてない
ことを考えると、ゴーレムに看板を持たせておいて来ているはず。
一応集客力はあるので咎めなくていいだろう。
今の客の数は三〇人ほど。
380
食料品を景気よく買い込んでくれていた。
さほど多くないが、三人では若干辛い。
クイナが助けを求める目でこちらを見ていたがあえて気付かない
ふりをした。
大丈夫、彼女たちならなんとかするだろう。むしろこれがさばけ
ないと今後やっていけない。心を鬼にして彼女たちの成長に期待す
る。
俺は咳払いをして、冒険者たちのほうを向く。
﹁さて、この街では武具の販売と修理も実施しております。武具に
ついては今のところ、剣のみの販売です﹂
俺はそう言って、店の中に入り食料品を置いている場所の反対側
にある武具置き場に来た。
そこには無造作に剣が立てかけられている。
客寄せのためにエルダー・ドワーフが本気で作った剣だけは額縁
に入れて壁に取り付けられていた。
冷静に考えると、この陳列はないな。入り口からだと客は注意深
く見ないと剣を置いていることに気付かない。実際、今まで商店に
来た冒険者たちはこの剣の存在に気付いていない。
あとで改善しないと。
そんなことを考えていると⋮⋮。
﹁剣は置いてないか? ここで素晴らしい剣が売られると聞いてい
たんだが?﹂
清算であたふたとしているクイナたちのところにさらに団体の客
381
が現れた。それも二〇近く。
初めから剣を目的としている。おそらく、街の鍛冶屋でやらかし
た一件の噂を聞いてきたのだろう。
クイナたちがパニックになりかけている。
そっちの客は俺が引き受けよう。
﹁剣はこちらに置いてあります。ちょうど、こちらのお客様が試さ
れるところですので、一緒にご覧ください﹂
﹁おう、そっちか。気付かなかったぜ﹂
ぞろぞろと剣目当ての客がこちらに集まってきた。
店内は広いので、これぐらいの人数なら全然問題ない。
俺は量産品の剣を手に取り、戦士の男に渡す。
﹁これが、うちで扱っている剣です。なかなかの品ですよ﹂
剣を戦士の男に渡す。
剣を取った瞬間、リラックスした日常モードから剣士のものに、
眼の色が変わった。
舐めるように剣を凝視し、表面を触った。
そして構えて、剣を振るう。風を切る音が聞こえた。
いい腕前だ。
﹁素晴らしい剣だ。これほどの剣、エクラバでもそうそう見ること
ができない﹂
﹁試し切りをしてみますか?﹂
﹁いいのか!?﹂
思った以上の食いつきだ。
試し切りように置いてある、丸太を立てる。ただの丸太ではなく
382
底に金具がついてあって倒れない。
戦士風の男は、横なぎで剣を振るう。すると、スパッと丸太が切
れた。
﹁すさまじい切れ味。この軽さ、強さ。魔力が通っているのを感じ
る。俺の剣よりもずっといいな。この剣の値段は?﹂
﹁金貨二枚です﹂
俺がそう言った瞬間、戦士風の男はあんぐりと口を開いた。
よほど驚いたのだろう。
﹁ちょっと待て、この剣がたった金貨二枚!? 今の俺の剣だって
金貨四枚したぞ!? これほどの剣どんなに安くても金貨六枚⋮⋮
いや八枚はする!﹂
男は俺に詰め寄ってくる。
ちなみに、この値段設定はエクラバの街で見たミスリルを鉄で水
増しした量産品そのままの値段だ。
この剣はそれに比べて、配合の割合、精製も段違いにいい合金を
使い。加工技術も比べものにならない。ドワーフ・スミスたちにと
エ
っては適当に数優先で作った剣に過ぎないが、人間にとっては一流
の職人が丹精込めて鍛え上げた剣に匹敵する精度がある。
ンチャント
さらに、ドワーフ・スミスの剣はエルダー・ドワーフのように魔
術付与はできなくても、魔力を宿らせ性能を底上げすることができ
る。これは一種の魔剣だ。
お買い得なんてレベルではない。
﹁うちの鍛冶師は腕がいいので、そのレベルだと簡単に作れてしま
383
うんですよ﹂
﹁グランドマスタークラスの鍛冶師が居るのか!?﹂
﹁可愛いドワーフの女の子たちです。ここは亜人の街。人間に出来
ないこともたやすくこなせる人材がいるのです﹂
﹁エルフの祝福にドワーフの鍛冶師、すさまじい街だな。この剣を
売ってくれ、すぐに! この剣がこの値段なら、この場で買わない
と、すぐに買われてしまう﹂
血走った目で男は、俺に金貨を一枚に、銀貨を三〇枚握らせる。
銀貨三〇枚で金貨一枚なのでちょうど金貨二枚分になる。
肉体労働者が汗水働いて一日で銀貨六枚という事を考えると、お
およそ肉体労働者が休みなく働いた半月分の給料とほぼ同じ値段。
けして安くはないが、質を考えると、恐ろしくお買い得だ。
﹁商品として用意しているのは、その剣だけですが、その剣を作っ
た鍛冶師が武具の修理を行っております。こちらが工房の地図です。
基本的には使用した素材の費用に加え、一律で銀貨六枚いただきま
す。あとでそちらにも顔をだしてください。また剣以外にも、その
剣と同じ素材、同じ製法でオーダーメードで武器の作成が可能です。
そちらは割高になりまして金貨三枚いただきますが﹂
﹁これだけのものが作れるんだ。腕に間違いはないだろう。防具の
修理を任せたい﹂
男は買ったばかりの剣をうっとりとした顔で見ていた。
ただ、違和感がある。
男の後ろからあまりにも多くの視線を感じる。
鍛冶屋の一件で剣を目当てに来ていただけじゃない。さきほど食
料品に集中していた冒険者たちもみんなこちらに注目していた。
次の瞬間、一斉になだれ込んでくる。
384
﹁その剣、俺にも見せてくれ﹂
﹁これ、ミスリル製じゃないか﹂
﹁なんて切れ味だ﹂
﹁これが金貨二枚? 正気か﹂
微妙に商店の入り口から遠かったせいでこの剣のことに、客たち
は気付いていなかったのが今の騒ぎで気づいてしまったらしい。
次々に剣の品定めをし始めた。
そして、一通り確認した後は⋮⋮。
﹁よし、買うぞ!﹂
﹁そこのお嬢ちゃん、この材質と製法で槍を作って欲しいんだがそ
の交渉は!﹂
﹁ちょ、もう在庫がねえぞ次の入荷はいつだ﹂
販売をしている妖狐たちのところに流れ込む。
しかも扱っているのが武器だ。質問や要望が盛りだくさん。
ただでさえ、バタついていたレジがさらに悲惨なことになった。
﹁おとーさんのばかぁ! こんなの無理なの!﹂
クイナの恨みのこもった声が聞こえてきた。
確かにこうなったのは俺のせいだ。
まあそれでも、泣き言を言いながらもてきぱきと、仕事をこなす
ところはさすがクイナだ。
﹁その、なんだ、悪かったな﹂
戦士の男が微妙に気まずそうにしている。
385
﹁こうなったのは遅いか早いかの違いですよ﹂
客たちが剣の存在に気付いていなかっただけで、いずれはこうな
っただろう。
まあ、クイナたちならなんとかする。
﹁ん、なんだ、あの剣は!?﹂
戦士の男が突然大声をあげる。
額縁に入れ立てかけられている剣を見ていた。
恍惚とした表情で、魂ごと持っていかれているようにすら見える。
両手で自分の体を抱きしめ震えている。
﹁プロケル、あの剣は、すうんごい。あれも、あれも商品なのか!
? 売って、売ってくれええ﹂
俺の肩を両手でつかみ揺らしながら迫ってくる。
口調までおかしくなっていた。
﹁高いですよ。あれは特別ですから。金貨で10,000枚﹂
城が買えるほどの値段だが、それだけの価値がある。
﹁とても、手が届かない。だが﹂
完全に欲に目がくらんでいる。盗みかねない。
まあ、この商店は常にミスリルゴーレム二体が監視している。高
価な商品には魔石の欠片が仕込まれており、レジでそれを取り外さ
ないと、盗みを感知し襲い掛かる仕組みだ。まず問題がないだろう。
386
そんなことを考えていると、盗賊の少女と魔法使いの女性が、険
しい顔で戦士の男に詰め寄った。
﹁ねえ、その剣に金貨二枚払ったけど、今の手持ちってそんなに多
くなかったよね﹂
﹁私の記憶だと、それを払うと手持ちの資金が尽きちゃう気がする
んですか﹂
二人の問い詰めに、戦士の男が冷や汗を流す。
﹁レッカ、ミラ。すまん! だけど、これほどの剣がこの値段で買
えるチャンスなんてもうないんだ。だいたい、剣を直すのに金を払
うぐらいなら、強くて新しい剣を買ったほうが得だろ。ほら、見ろ。
もう全部売れちまった。あのタイミングじゃないと買えなかった。
本当にすごい剣なんだ﹂
彼の言う通り、棚にかけられていた剣は全てレジで順番待ちをし
ている冒険者たちの手にある。
﹁気持ちはわかるし、すごい剣なのもわかるけど⋮⋮でも、路銀が
尽きちゃったから一度エクラバに戻らないといけなくなっちゃった
よ﹂
そうなるだろう。今日の宿賃はもらっているが明日以降は払えな
いだろうし、日々の食事も金がかかる。
いや、いいことを思いついた。
﹁よろしければですが、女性のお二人、バイトをしてみませんか?
男性方は怪我をしておられますが、お二人は体を動かしても問題
ないでしょう。そちらの女性は魔力枯渇気味ですが、リンゴを食べ
387
て少し良くなっているようですし。一日、銀貨一二枚支払いましょ
う﹂
肉体労働者の二倍の金額だ。それにこのパーティはどっちみて、
男たちの怪我が癒えるまでダンジョンには潜れない。
この街に滞在して傷をいやしながら、バイトで金を稼ぐのは理に
適っている。
こうなると当然。
﹁﹁受けさせて﹂﹂
となる。
ダメな男の生活費を女性が稼ぐ。まあ、様式美だ。
﹁ありがとうございます。さっそくですが、彼女たちを助けてやっ
てください。営業時間は日が完全に暮れるまで。営業時間終了後に
日ごとに給金を支払います﹂
俺がそう言うと、戦場になっているレジに二人が向かってくれた。
さすが、冒険者だ。度胸がある。
初めての仕事なのにまず手を動かす行動力。頭の回転も速い。
何はともあれ、人手が少しは確保できた。
これで、クイナたちの負担も減る。
新戦力の加入で、なんとかうまく回り始めた。そうでないと困る。
なにせ、今日のこの客たちはさらなる客への呼び水になる。そして
その増えた客がさらなる呼び水となるだろう。
これからもっともっと忙しくなるのだ。
さあ、これからどうなるか楽しみだ。
388
第十六話:商人
街が出来てから一週間たった。
人がどんどん増えている。今のところ一日二〇〇人ぐらいは客が
訪れているし、宿はだいたい五〇人ぐらいは毎日泊まってくれてい
る状況だ。
DPも、どんどん溜まっていっている。
まる一日居座ってくれればそれだけで平均で5DPほどは入って
いるようだ。
五〇人居れば250DP手に入る。立ち寄るだけの客もなんだか
んだ言って、一人あたり平均2DPは落としていくので、今の収入
は一日500DPほど。
この街はいろいろと人間の欲を刺激しているらしく、想定以上に
感情が揺れ動ているからこそのこの収入だ。
今はまだまだ、クイナたちと︻紅蓮窟︼に潜って狩りをしたほう
がDPを稼ぐ効率がいいが、人はどんどん増えていく傾向だ。収入
も上がっていくだろう。
安定した収入源が出来たので、安心して︻戦争︼に備えて、凶悪
なダンジョンを構築できる。
いいかげん、︻戦争︼の準備を始めないとまずい。
他の魔王たちが、人間を接待することも考えてダンジョンを作っ
ているなか、殲滅することだけを考えたダンジョンを作れるのは俺
のアドバンテージだ。
﹁ようやく、ここまで来たな。頭痛の種は尽きないが﹂
389
⋮⋮ただ、問題がないわけではない。
血の気が多い冒険者が数多くやってくる以上、当然冒険者同士の
トラブルも多くなる。
それに盗難も。とくに剣を盗もうとするやからが多い。
ただ、どちらもゴーレムが力技で解決してくれている。
暴力行為が起こればとりあえずゴーレムが鎮圧するし、商店の商
品を無断で持ち出そうとすれば監視のゴーレムが取り押さえる仕組
みだ。
ほかにもリンゴ泥棒や、宿代を浮かせるために移民用の家に勝手
に住み着こうとしたり、可愛らしい妖狐やハイ・エルフ、ドワーフ
スミスたちを性的な意味で襲おうとするものが後を絶たない。
⋮⋮その全てをゴーレムが解決してくれているので問題はないの
だ。ゴーレムは本当に便利だ。
﹁おとーさん、やっと落ち着いてきたの﹂
﹁結構、人を雇ったからね﹂
今は街長宅で、せっせと事務仕事をしている。
商店と宿屋のほうは、今十人ぐらい冒険者たちにバイトをさせて
いるので、妖狐とワイト、そしてバイトの冒険者たちだけで回って
いる。
銀貨一二枚という、平均的な肉体労働者の二倍の給料は魅力的な
ようで、喰い詰めて底辺冒険者をしている連中の中には、ここでず
っと働きたいと思っている連中もいるようだ。
どこかのタイミングで見込みがある冒険者たちには、宿屋の大部
390
屋に雑魚寝のその日ぐらしではなく、移民用の家を与えて定住させ
るのもいいかもしれない。
バイトではなく、宿屋や商店には正社員を用意してもいいだろう。
そんなことを考えていると、扉が派手に開かれた。
エルダー・ドワーフとエンシェント・エルフだ。
﹁マスター﹂
﹁ご主人様﹂
二人がかなり真剣な顔で歩みよってきた。
﹁どうしたんだ、二人ともそんな顔をして﹂
﹁マスター人手が足りない。今すぐ増やして﹂
﹁こっちも、追いつきません﹂
かなり切羽詰まった様子だ。
まあ、無理もないか。
商店と宿屋のほうは専門知識があまりいらないので、冒険者のバ
イトに大部分を任せて、あとは監視をすればいいだけだ。
しかし、鍛冶や農業のほうはどうしたって専門知識が居る。
さらに両方とも、おそろしく注文が集中しているのだ。
どうやら、エクラバの街でこの街で買った剣を冒険者たちが自慢
しているらしく、口コミでどんどん広まって日に日に剣目当てでや
ってくる冒険者が増えている。あまりに売れすぎるので値段を二倍
にしてもそれは変わらなかった。
リンゴとパンも、並外れた美味さと不思議に疲れがとれるという
評判が広まり冒険者たちに引っ張りだこ。
391
あたりまえだが、一日に作れる剣の数に限りがあるし、リンゴと
パンの原料の小麦も、エンシェント・エルフたちの力で成長を促進
させ、収穫しているもの。
かなりの負担になっている。
﹁わかったなんとかしよう。まず、エルダー・ドワーフ。剣の生産
は一日二〇本に抑えるように命令しているが、それでもきついのか
? 確か、今は一か月待ちぐらいに予約が入っているが無理なペー
スではないだろう?﹂
いわゆる品薄商法だ。数を絞って希少性を高めると共に、一度に
売らず継続的に客を呼び続ける効果を狙っている。
それに、あまり数が多いと近く街の鍛冶屋たちや、転売目的の商
人が本気で仕掛けてくる。これぐらいがちょうどいい。
ただ、全て予約待ちにすれば集客効果がなくなるので、二〇本の
うち五本は店頭に並べて毎日抽選で購入者を決めていた。
加えて材料の問題もある。日夜ゴーレムたちがせっせと︻鉱山︼
を掘り材料を集めているが、今のミスリル産出量とダンジョンの戦
力を整えるための備蓄を考えると、そのあたりが限界だ。
﹁買えなかった客が、せっかくだからって武器・防具の修理と整備
を山ほど頼んでくる。あとは、特注品のオーダーが多い、注文が細
かくてしんどい。ドワーフ・スミスたちだけじゃ回らないから私も
作業してる。人が増えて来たからインフラの増設も必要。今はぎり
ぎり回せてるけど、私の本来の仕事、私たちの武器の開発に手が回
らない﹂
それはそうか。
392
販売はともかく、修理のほうは冒険者たちの街と言って客引きを
している以上、あまり待たせるわけにはいかない。
﹁わかった。それなら二体ドワーフ・スミスを新たに増員しよう﹂
﹁助かる。二体ドワーフ・スミスが増えれば問題ない﹂
一週間の街の運営でDPがかなり増えた。これぐらいの消費は問
題ないだろう。
ランクBの魔物は戦力の増強にもなるので、一石二鳥だ。
﹁それで、エンシェント・エルフのほうはどうだ?﹂
﹁はい、私のほうは収穫が全然追いつかないんです。育てても育て
てもどんどん食べられて。ハイ・エルフたちがかなりグロッキーに
なってます﹂
﹁リンゴはともかく、小麦はおまえたちの育てたものじゃなくて街
から買ったものを使うか?﹂
﹁それはやめたほうがいいかもしれません。美味しいと評判のパン
を目当てに来ているお客様も多いので、街の小麦なんて使ったら怒
られちゃいます﹂
確かにそうだ。急にパンがまずくなれば怒るだろう。
小麦のうまさは、エルフの祝福を受けた豊かな大地と水源が関係
している。
別にエルフが育てなくても、この土地でとれた小麦があればいい。
将来的には移民たちが育てた小麦でなんとかなるが、それには時間
がかかる。
﹁わかった。ハイ・エルフを二人増員しよう。そうすれば成長促進
は間に合うだろう。あと、リンゴと小麦の収穫を人間にやらせれば
負担は軽くなるか? 育てるのはともかく収穫は人間に任せられる
393
はずだ。それに、なるべく早くバイト⋮⋮いや移民を用意しないと
な﹂
今はまだ、移民は集まっていない。
本格的に募集をかけよう。
﹁はい、もちろんです! 収穫のほうは任せられると思います。助
かりました﹂
これでなんとか、凌げるだろう。
ほっとした様子のエルダー・ドワーフとエンシェント・エルフを
クイナがうらやましそうに見ていた。
﹁おとーさん、エルちゃんと、ルフちゃんみたいに、クイナも妖狐
を⋮⋮﹂
﹁それは駄目だね。少なくとも今は。もう少しDPがあまり出した
ら、純粋な戦力増加のために考えるよ﹂
街を作ってからのポイントはほとんど、ドワーフ・スミス二体と
ハイ・エルフ二体で使ってしまう。
さすがに、今間に合っている妖狐までは増やせない。
﹁わかったの⋮⋮残念なの﹂
これで話は済んだかと思うと、ベルの音が響いた。
扉に備え付けられている呼び鈴だ。
これを律儀に鳴らすのはあいつだな。いったい何の用で来たのだ
ろう。
◇
394
﹁入れ﹂
﹁はっ、我が君﹂
やってきたのはワイトだ。彼の後ろには恰幅がよく、羽振りの良
さそうな男と、細身に鍛え上げられた肉体をもった男が居た。
﹁どうしても我が君と話をしたいと、この紳士がおっしゃるので連
れてまいりました﹂
ワイトがそう言うと紳士がワイトの隣に並ぶ。
﹁お初にお目にかかります。私は、エクラバで小さな商会を営んで
いるコナンナ・クルトルードと申します。このたびは、この素晴ら
しい街、アヴァロンを治められている大賢者プロケル様に、是非お
話ししたいことがございまして参りました﹂
金の匂いがするかと思ったらやはり商人か。
一緒にいる細見の男は彼の護衛だろう。
﹁これは御謙遜を、クルトルードと言えば、商業都市エクラバでも
随一の大商会ではないですか。是非、お話を聞かせてください。立
ち話もなんですのであちらの部屋で腰を落ち着けて話しましょう﹂
俺は、この家に用意されている応接室に俺は男たちを案内した。
◇
俺が席に座るように勧めると、恰幅のいい男⋮⋮コナンナは感謝
の言葉を放ってから座った。
395
﹁これはいい品ですな。これほど座り心地のいい椅子は初めてです
よ﹂
﹁気に入っていただけて嬉しいです﹂
︻創造︼で作った、俺の記憶にあるもっとも上等な椅子。
エルダー・ドワーフに言わせれば、人間工学に基づいたとてつも
なく理にかなった素晴らしい逸品らしい。
﹁調度品なども見慣れぬものが多い。失礼ですが出身は?﹂
﹁遥か極東、海を渡った場所にあるしがない村です﹂
﹁名はなんと?﹂
﹁それは秘密です。このアヴァロンの特産物として扱っている果実
や剣は、その村由来のもので。あまり知られたくないんですよ﹂
あらかじめ決めていた方便。
海の向こうの技術を持ち込んでいるから発達しているというのは、
それなりの説得力がある。
﹁なるほど、それは道理ですな。金の生る木は他人には触れさえた
くないに決まってますからね﹂
﹁ご理解いただけて何よりです﹂
﹁一ついいですか? わざわざ魔物が蔓延る未開の地に、亜人の少
女ばかりを連れてこのような街を作った理由をお聞かせいただきた
い﹂
商人なのに金に直接結びつかないことを聞いてくるとは驚いた。
もしかしらたら、俺の弱みになるものでも探しているのかもしれ
ない。
396
﹁ええ、いいですよ。私は見た目ではわかりませんが、亜人の血が
入っておりましてね。迫害されて育ち、成人するとすぐに旅に出ま
した。旅をしていると、私と同じような悩みを持つものと出会うこ
とが多くてね。どうにかしたいと思うようになりました﹂
俺は苦笑しつつ、作り話をとうとうと語る。
﹁どこに行っても亜人は迫害されるなら、国境の外に亜人が幸せに
暮らせる街を作り、そこに希望者を集めようと決めました。幸い、
そのために必要なものは揃っていましたからね﹂
ずぶずぶの嘘だが、一応の建前にはなる。
嘘と決めつけることはできない。
商人の目が、こちらの真意を見抜こうと鋭くなった。
﹁なるほど、それは素晴らしい。あなたはこのような街を一瞬で作
り上げ、治める実力者というだけではなく人格者であらせられると
は﹂
本気で信じてはいないだろう。
だが、これ以上の追及はしてこないようだ。
﹁人格者と言うわけではありませんよ。ただのエゴです﹂
﹁なるほどなるほど、そういうことにしておきましょう。昨日、宿
を利用させていただきましたが、いやはや、温泉というのは素晴ら
しいですな。疲れが吹き飛ぶ。熱い湯につかり、きんきんに冷えた
リンゴという果実の酒の取り合わせの妙、最高でしたよ﹂
﹁喜んでもらえて何よりです。それより本題に入りましょうか? あなたは商談で来たわけでは?﹂
﹁ええ、その通りです。﹂
397
この街からは金の匂いがする。そしてこれからどんどん人間が集
まってくる。そうなると、こういった人間が湧いてくるのも当然だ。
俺はむしろそれを歓迎している。
アヴァロンには足りないものが多すぎる。金のために、外の人間
が自分から売れそうなものを持ちこんでくれるのはありがたい。
﹁最初に伝えさせていただきます。もし、その商売がこの街のもの
を卸し外で売ることや、技術提供、そう言ったものであれば全てお
断りをさせていただきます﹂
﹁なっ﹂
目に見えて商人が動揺する。おそらく俺が言ったことがこの商人
の目的だろう。
俺の目的は街にたくさんの人間を呼ぶこと。
金じゃない。いくら、この街で仕入れて売りさばかれてもなんの
意味もない。
だから、剣などはお一人様一つなんて売り方をしている。
﹁ただ、この街の中で商売をするなら全力でご協力をさせていただ
きます。前置きが済んだことですし、さて、商談をはじめましょう
か﹂
こうして、剣と剣をぶつけ合うのとは違う戦いが始まった。
398
第十七話:アヴァロンの裏の顔
俺の先制攻撃に、商人の男⋮⋮コナンナは一瞬たじろいだ。
﹁これはこれは。交渉を持ちかける前に断られてしまいました。一
応、話だけはさせていただきましょうか。この街で取り扱っている
剣はエクラバでなら四倍の値段で売れますよ。今の三倍の値段で私
が一括で買わせていただきたいと考えております。お互い損がない
取引だと思いますが﹂
﹁その提案に乗ることはありえません。事情は話せませんが。私の
目的は一人でも多くの人間をこの街に呼ぶことです。客寄せのため
の武器を譲り渡すことはできません﹂
金なんてその気になればいくらでも用意できる。
重要なのは人だ。
﹁ふむ、意外ですね。私にまとめて売るほうがよほど楽なはずなの
に⋮⋮それに、この街で売っている剣の製法。それを売っていただ
けるなら、剣が一本売れるごとに金貨一枚払いましょう。そうすれ
ば、収入は百倍、いや千倍にもなりましょう﹂
いかにも商人らしい考え方だ。
もし、実現できればアヴァロンは眠っていても金がどんどん手に
入る状態になる。
﹁くどいですよ。俺はこの街の商品を外で売るつもりはない。金額
の問題ではありません﹂
﹁金以上の目的があると﹂
399
﹁この街にたくさんの人間を集め、発展させていくことが目的でし
てね。そうでないと意味がない﹂
商人が俺の顔を覗き込む。
そして、ため息をついた。
﹁なるほど、みじんの隙も見当たりません。どうやら本心からのお
言葉のようですね﹂
俺は無言で頷く。
﹁これは交渉の余地がなさそうだ。では、私にとっておまけのほう
の交渉を進めましょう。この街に我がクルトルード商会の商店を出
させていただきたい﹂
この街にとってこれ以上の申し出はない。
アヴァロンには足りないものが多すぎる。
今、アヴァロンで売っている食料はパンとリンゴ、そして干し肉
だけ。これらが格安だからと言って、それでは人間は満足しない。
もっとさまざまなものを食べたいだろう。
長期の生活をするなら、服だって靴だって居る。美味しい料理を
提供する定食屋も欲しい、夜の店だって。
実際今は、冒険者や小さな行商人たちが商品を持ちこみ裏で様々
な取引が行われているのを容認している状態だ。
この提案は俺たちにもメリットがある。いちいち、大量の商品を
街に仕入れにいくのは面倒だし、そんな人出はない。だが、巨大な
商会の商店ができれば、この街で売れるもの⋮⋮つまり必要とされ
400
るものがどんどん供給されるようになる。
何よりも、俺たちにいっさいの負担がなく集客力のあるコンテン
ツが増えていく。そうなれば人口も街の収入も増える。
﹁プロケル様。この提案は、アヴァロンにとっても魅力的だと思わ
れますよ。つきましては、二点お願いがあります。まず、関税を﹂
﹁関税はなしでいいですよ。好きなだけ品物を持ち込んでください﹂
﹁なっ﹂
コナンナが驚きに声をあげる。
通常、関税は重要な財源だ。一切取らないなんてありえない。
﹁正気ですか?﹂
﹁ええ、アヴァロンは、あなた方の商会にとって、関税がなく、人
が多くあつまり、なおかつ安全に商売ができる場所となります。そ
の分、商品の品数を増やし、値段を勉強していただければ助かりま
す。もう一つ、アヴァロンの直営商店で販売するのは、この街で獲
れた素材を使った、もしくはこの街で買える⋮⋮これはあなたを初
めとする我が街に進出した商店で買える素材を使った商品だけにし
ます。あなたの商店ができれば、干し肉の販売すらやめるつもりで
す。⋮⋮もっとも、あなたの店で取り扱わないものがどうしても街
にとって必要だと言う状況になれば話は別ですがね﹂
商人が生唾を飲む。
この時代、どの街も商品を運び込む際に関税をかけてくる。かと
言って、街の外で商売をするのは魔物がはびこる今の時代には不安
がある。
関税がなく安全が担保されている街に店を構えられるというのは、
商売上かなりの優位になる。
401
さらに、俺が言った街で揃えられるものでしか商売しないという
言葉は、採算度外視で低価格で商売をするアヴァロンと競合しない
で済むということを意味する。
人が多く、素晴らしい特産品があって集客力も期待できるのに、
なにもかも足りない街。商売のチャンスなんて無数に転がっている。
﹁私がお願いしようとした、二つ目の条件を先に言われてしまいま
したな﹂
コナンナは呆れた様子で笑う。
﹁ただ、税金はいただきます。月ごとに売り上げの一割。それ以上
は一切とるつもりはありません﹂
﹁利益ではなく、売り上げですか。それを踏まえても安い。いいで
しょう。さっそく店を構えたいのですが、土地を販売していただく
ことは可能でしょうか?﹂
﹁建設済みの家を一つ差し出しましょう。好きなように改装してく
ださい。井戸・温泉・下水をはじめとしたインフラの使用。それに、
あなたの商会にシルバーゴーレムを二体プレゼントします。これは、
私の街で商品を仕入れられないことに対する配慮です⋮⋮とは言っ
ても、売らないのは私だけですけどね﹂
﹁ありがたい申し出だ。後半の売らないのはプロケル様だけという
意味を詳しく聞かせてもらっていいですか?﹂
気になって当然だろう。通常の商売では、アヴァロンで売るため
のものを持ちこみ、帰りにはアヴァロンの魅力的な商品を仕入れて
他の街に売る。それができないと儲けは半分になる。
﹁いずれこの街に移民が集まり、街の民が作物を育て始めれば、あ
なたが褒めてくださったリンゴも、そして他の街ではけして獲れな
402
い高品質の小麦も、移民たちが売ってくれるようになるでしょう。
それにここには冒険者が多く立ち寄る。ダンジョンで手に入れたお
宝だって、買いとることができるはずだ。そういった街の民の商売
を規制するつもりは一切ないということです﹂
﹁はい、仕入れに関してはそうなりますな。一番の目玉の剣が手に
入らないのは残念ではありますが、十分魅力的です。それにゴーレ
ムですか﹂
ゴーレムと聞いて、コナンナの目の色が変わった。
商人なら、その意味が一発でわかるだろう。
﹁馬の代わりに馬車を引かせるといいでしょう。瞬間速度では馬以
下ですが、長距離移動ならシルバーゴーレムのほうが早い。力もあ
って積載量が増える。飯も水もいらなければ疲れもしない。ランク
C相当の強さがあるから護衛にもなれます﹂
それがゴーレムの魅力だ。馬と言うのは育てるにも、維持するに
も金と手間がかかるし、魔物に襲われた際、守るのが難しい。ゴー
レムが遅いというのは、そのランクにしてはという前置きが入る。
さらに、魔物がはびこる今、通常であれば冒険者の護衛を雇う必
要がある。
シルバーゴーレムはそのすべてを解決し、輸送コストをかなり削
減してくれる。
﹁他にも、商店の従業員のために家を用意します。一つ言っておき
ますが、さきほどのは店に対する税です。この街に定住している者
に対しては、得た金額の一割を奉納して頂きます﹂
俺の出した条件は頭がおかしい。
それも、商店が有利すぎると言う意味で。
403
﹁ちょっと、ちょっと待ってください。プロケル様その条件はいっ
たいなんですか。いたせりつくせりすぎます。正気ですか?﹂
﹁ええ、自分で言ったじゃないですか。あなたの商店は私の街のプ
ラスになると。だからこそこの条件ですよ。私にとっては、この街
を発展させるための投資も兼ねています。断っていただいても構い
ません。それならば、別の商会にまったく同じ条件で売り込んで見
るだけですからね﹂
商人がたじろぐ。
あまりにも条件が良すぎて罠ではないかと疑っているのだ。そし
て、疑っていながらこんなおいしい話をほかの商会にもっていかれ
ることを恐れている。
なら、一つ安心材料を与えよう。
﹁コナンナさん。とはいえ、これだけの譲歩をする対価に、一つ条
件をつけさせてください﹂
﹁⋮⋮条件とは﹂
﹁あなたの商会のネットワークでこの街の宣伝をして欲しい。この
街の魅力の宣伝を。それに移民の募集の周知も﹂
俺は一枚の紙を手渡す。
それは移民の募集の用件を書いた紙。
﹁これは﹂
﹁この街は冒険者が立ち寄るだけではなく、定住者も募集していま
す。ひとまずは余っている農地を遊ばせないだけの農民が欲しい。
小作人を引き込みたいんです﹂
﹁税金が安すぎる。小作人たちにとって、この数字はあまりに魅力
的だ。エクラバでは収穫量の七割をもっていかれますよ? それが
404
たった三割。この程度の税金で街が運営できるとは思えませんが﹂
﹁できますよ。治安を守るゴーレムたちは全て無料。水路等のイン
フラも亜人たちの魔術でほとんどノーコスト。人間たちとは運営に
かかる金額が違いすぎます﹂
本来、今言ったどれもが人間に任せればとんでもない金がかかる。
そもそも、俺たちが一週間で作った街だが、人間なら十年以上か
かった。
﹁⋮⋮わかりました。私のネットワークを使って宣伝と移民募集を
させていただきます。ふう、あなたには欲がなさすぎますね。その
気になればもっと貪欲に稼ぐことができるはずなのに﹂
﹁欲がないというのは、失礼ですね。俺は貪欲ですよ。ただ、得た
いものが金ではないというだけだ﹂
俺とコナンナは握手をする。
これで契約締結だ。
この街の物流が一気に加速し、なおかつ宣伝が強化される。
コナンナに相談すれば人材の融通もしてもらえるだろう。
⋮⋮そして、大きな商会というのは政治力もある。ある程度、そ
こにも期待している。
﹁コナンナさん。一つだけ忠告を。俺もアヴァロンも極めて誠実に
対応します。ですが裏切者は許しません。こそこそ裏で何をしよう
と構いませんが、この街で私に隠し事をできるとは思わないでくだ
さい﹂
﹁わかっていますよ。金の卵を産む鶏を絞殺したりしない﹂
俺たちは笑いあった。
そのあとは、いくつか家を見てもらい。引き渡す物件を決め、詳
405
細を詰めた。
雑談レベルだが、コナンナが商店の他にも、娼館や酒場、そう言
ったものを作りたいと提案してくれたので、前向きに考える。
商売において、もっとも効率がいいのは汗水たらして商品を開発
して売ることではない。
商売をできる場を用意して、どんどん人と商人を呼び込んで商売
をさせ、その上前を撥ねることだ。
ただ、お遊びでレストランの一つでも、余裕が出来たら開いてみ
たいとは思う。
何はともあれ、これでどんどん街の成長が加速する。
コナンナを見送る。彼の馬車にはシルバー・ゴレームが繋がれて
いた。
友好の印として、先にプレゼントしたのだ。あれぐらいなら持ち
逃げされても、ダメージはないのでためらいはない。
家に帰ろうとしたとき、肩にふんわりとした感触。
﹁また、来たか﹂
俺の肩に小さな青い鳥が乗っていた。
︻風︼の魔王ストラスからの手紙を届けてくれたのだろう。
その手紙には、自分はもうダンジョンを作って、冒険者たちを招
き入れてDPを稼いでる。ライバルとして俺の近況を知りたいと挑
発的に書いてあった。
﹁ほう、さすがストラスだ。この短期間でまっとうなダンジョンを
軌道に乗せるなんて。それにしても、まったくあいつらしいな﹂
だが、そんな挑発的な手紙も途中から、彼女の親である︻竜︼の
406
魔王からのアドバイスを箇条書きにしてまとめていたり、心配そう
な文体に変わって、遠回しに︻戦争︼を仕掛けられたら、加勢する
ともあった。
⋮⋮俺はいい友人をもった。
﹁心配しないでいいよ。ストラス。そっちもちゃんとやっている﹂
俺は、手紙の返事を書きながら、︻鉱山︼エリアの奥に存在する、
エルダー・ドワーフとエンシェント・エルフの二人によって巧妙に
偽装された地下への入り口を通り、アヴァロンの裏の顔。忍び込ん
だ獲物を一匹残らず殲滅するためのダンジョンに入り込む。
一フロア目の重火器とミスリルゴーレムのフロアを通り抜け、二
フロア目、アンデッドに補正がかかる墓地地帯に入る。
そこには、パン工場と兵器工場があった。
パン工場ではせっせとスケルトンたちがパンを作り、兵器工場で
はもくもくと俺が︻創造︼した原料をもとに爆弾を作り続けている。
一体20DPのスケルトンは気軽に増やせるいい労働力だ。
このフロアには空がある。空を見上げると、グリフォンが飛んで
いた。その背後には、グリフォンの二ランク下の魔物、大きな石を
持ったヒポグリフの群れ。グリフォンを合成したことで購入できる
ようになったランクDの飛行可能で、それなりな積載量を持つ魔物
だ。彼らはいろいろと便利だ。安くて量産できるのがいい。
彼らは上空から石を拾っては落として、拾っては落としてを繰り
返す。
﹁うん、訓練の成果が出てきた。なかなか精度があがっているな。
空襲部隊も首尾は上々か﹂
407
彼らは、防衛にも。そして矛にもなる。さて、下準備は出来てき
た。裏のほうを重点的に進めていこう。⋮⋮︻戦争︼の影はそこま
で来ているのだから。
408
第十八話:新たな力
クルトルード商会のコナンナが来て、街が一層活気づいた。。
なにせ、商会のネットワークを通じての宣伝は人を急速に集め、
商会がアヴァロンに用意した店は、品ぞろえが妖狐の経営する店と
は段違いで、冒険者たちの満足度が一気にましたのだ。
商会の需要のあるものを察知し、仕入れてくるスピードには舌を
巻く。
かといって、妖狐の店の売り上げが落ちるわけではない。エンシ
ェント・エルフの祝福を受けたリンゴも、ドワーフ・スミスたちが
作っている剣も、この街以外のどこでも買えないものだ。
なので、基本的にうちの街の特産物を俺たちが売り、それ以外を
クルトルード商会が扱うということで住み分けができている。さら
に商会の進出は雇用を生み、定住者を増やしてくれた。
俺は商会と直営の店では、この街で獲れたもの及び、この街の店
で売っているものを材料にした商品以外は売らないと約束している
が、大した制限にはならない。
売りたい作物を増やしたければ、育てるところから始めればいい
だけだし、卵や肉も同じだ。リンゴや剣に加えて、もう一つぐらい
特産品を増やすのもいいし、カジノ等の娯楽施設を作るのもいいだ
ろう。
そして、順調に農民たちも増えている。
エクラバの街では、育てた作物の七割をもっていかれていたのが、
409
この街では三割。それも豊作が約束されている上に、エルフの祝福
を受けて、栄養も味も抜群。宣伝さえすれば人が集まらないわけが
ないのだ。
時期が良かったのもある。エクラバでは租税と収穫量に対して一
定の税が支払われる。
ちょうど今年の収穫が終わるタイミングだったので、来年の作物
を、元の街では育てず、地主との契約を切り、こちらに移住してき
た農民が多い。
今は、クイナ、エルダー・ドワーフ、エンシェント・エルフと共
に街を見回っていた。
﹁順調すぎて怖いぐらいだ﹂
﹁人間ってすごいの。クイナ、少しびっくりした﹂
人口が一気に増え、活気づいている街を眺めて、クイナが声を漏
らした。
﹁それには同感。私たちはすごいものは作れても、それ以上はでき
ない﹂
﹁ですね。生きていくための工夫、弱い者だからこその知恵、そこ
は私たちが人間に劣っている部分です﹂
その感想にエルダー・ドワーフとエンシェント・エルフが同意す
る。
クルトルード商会の人間がさまざまなものを取り仕切るようにな
って、負担が減り、さらにドワーフ・スミス、ハイ・エルフを増員
したことで俺の魔物たちにはだいぶ余裕ができた。
410
人間たちはある程度の自治を許すと、自分たちで住みやすいルー
ルをどんどん作っていく。
俺は人間たちの提案を受けて、それの最終判断をするだけに留め、
基本的には自治に任せている。
とはいえ、問題がないわけではない。街の運営に詳しいクルトル
ード商会の人間が取り仕切っているので、権力が集中してきている。
それでも、最終決定権は俺が握っている。何より、この街の治安
組織を俺が一手に担っているのだ。そうそう変なことにはならない
だろう。
⋮⋮ただ、パワーバランス調整のために、もう一つぐらい商会を
誘致したほうがいいかもしれない。
そんなことを考えていると、エルダー・ドワーフが誇らしげに口
を開いた。
﹁マスター、クイナ、ルフ。みんなに伝えないといけないことがあ
る。やっと新しい武器が完成した。武器開発の時間がとれるように
なったから、頑張った﹂
エンチャント
﹁うわぁ、クイナのショットガン、まだ強くなるの?﹂
﹁ん。レベルがあがって魔術付与の技能が強化されてできることが
増えた﹂
﹁ありがとうなのエルちゃん﹂
クイナがエルダー・ドワーフに抱き着く。
先日のエメラルド・ドラゴンとの戦いで、フルオート射撃を使い、
クイナのショットガンは壊れた。
修理は終わらせたがエルダー・ドワーフは、改良しフルオート射
411
撃に耐えられるものを作るとクイナに約束していたのだ。
﹁ルフのアンチマテリアル・ライフルも改良版が出来てる。今まで
以上の射程と威力を約束する﹂
﹁私もエルちゃんが大好きです﹂
エンシェント・エルフがエルダー・ドワーフに抱き着いたクイナ
ごと、抱き着いていく。
⋮⋮クイナは感極まって抱き着いたが、エンシェント・エルフは
わざとだ。可愛い子が大好きな彼女は、クイナとエルダー・ドワー
フ両方の肌を恍惚とした顔で楽しんでいる。
まあいい。美少女三人の絡み合いなかなかの眼福だ。
﹁うう、暑苦しい。離れて﹂
小柄なエルダー・ドワーフが苦しそうな声をあげ、慌ててクイナ
とエンシェント・エルフが離れた。
﹁エルダー・ドワーフ、さっそくだけど、新しい武器を見せてもら
っていいか?﹂
﹁うん、もともとそのつもり。準備は出来てある﹂
そして、俺たちは彼女の工房に向かった。
◇
工房についた途端、エルダー・ドワーフが二つのケースを持って
きた。
一つ目を開けると、銀色の光沢を放つショットガンがあった。
412
﹁まず、これがクイナのショットガン。 カーテナ改 EDS−0
3。材質をミスリルから、オリハルコンとミスリル、アダマンタイ
ト、三種の合金にした。重量は増したけど、強度は圧倒的に上がっ
た。これなら、フルオート射撃に耐えきれるし、信頼性も上昇。た
だ、内部機構の問題で、連続のフルオートは故障の危険性がある。
一度フルオートを放ったら、しばらく間をおいて欲しい﹂
﹁ありがとうなの! エルちゃん。あの気持ちいいのまた撃てるの
!﹂
﹁魔術付与は︻爆裂︼をかけた。銃に魔力を込めるだけで、弾丸の
射出時に魔術が発動する。散弾がばらけるタイミングで︻爆裂︼が
発動して、弾がさらに加速して威力があがる﹂
ほう、面白い仕組みだ。それなら弾丸の発射後に加速するから、
銃身に負担がない上に、反動が増えない。
それでいて、威力が大幅に上がる。
﹁すごいの! これならクイナはもっと強くなれる﹂
﹁でも、クイナが全力で魔力を込めると壊れるから手加減が必要。
あとで練習に付き合う﹂
﹁エルちゃん、最高なの!﹂
また、クイナが抱き着こうとしたが、エルダー・ドワーフは学習
したのか、右手をつきだしおでこを押えて防いだ。
クイナがしばらく、両手をばたばたと振り回して抵抗するが、最
後には諦め、残念そうに離れていく。
﹁抱き着く必要はない。これが私の仕事。そしてルフ。ルフのアン
チマテリアルライフルも完成した。デュランダル EDAM−01﹂
次にもう一つのケースを開く。
413
そこには、戦車の装甲を撃ち抜くことを目的とした超火力の大型
ライフル、アンチマテリアルライフルが格納されていた。
ただ、異質なのはアンチマテリアルライフルの特徴である長い銃
身が半分ほどになっていること。
﹁こっちの改良点は主に三つ。まず銃身を半分にして取り回しを良
くして軽量化した。その分、直進性が落ちるし、密閉空間が減って
弾丸の燃焼時間が減って威力が落ちる。そこは、ルフの風の仮想バ
レルでなんとかして﹂
﹁余裕ですよ。もともと、風の仮想バレルは併用していたので、銃
身が短くなっても問題ありません﹂
エンシェント・エルフにしかできない芸当だ。
ハイ・エルフの風の力では強度が足りずバレルの役割を果たせな
い。
﹁ルフなら、そう言うと思った。二つ目、強度と信頼性をあげるた
めに反動を打ち消す機能は簡略化した。そのことは覚悟しておいて。
その上で、素材はクイナと同じレアメタル合金にして、さらに強度
の向上と軽量化に成功した。弾丸もクイナと同じミスリル弾に変え
ている。威力が二倍以上ある。反動機構の省略と相まって洒落にな
らない反動になっている。覚悟すること﹂
もし、こんなものを人間が撃てば一発でライフルがぶっ飛ぶか、
体で抑え込もうとして骨が叩き折られるかの二択だろう。
エンチャント
﹁そっちも問題ありません。風のクッションで打ち消します。⋮⋮
ここまでが銃の話ですよね﹂
﹁ん。まっとうな機構の話。魔術付与は︻回転︼と︻加速︼の二つ。
414
ルフが弾に魔力を込めることで、弾頭が高速で回転し加速する。直
進性と貫通力がさらに高まる﹂
単純だがいい魔術付与だ。
単純だからこそ、二つの特製の付与が可能になった。
狙撃を得意とするエンシェント・エルフにとってこれ以上の銃は
ありえない。
エルダー・ドワーフは鍛冶師の腕が優れているだけではなく、仲
間の能力や性格を良く見て、使い手に合わせた武器を作る気配りが
できる。
けして独りよがりにならない。それは間違いなく彼女の強みだ。
﹁ルフちゃん、クイナは今すぐ新しいショットガンを撃ちたいの!﹂
﹁私もです! 強くなったこの子を試したいです!﹂
二人が息を荒くしていた。
﹁マスター、二人もこう言ってるし。新入りのレベル上げのついで
に、二人の試し撃ちを︻紅蓮掘︼でしてきたい。ダメ?﹂
﹁もちろん、いいに決まってる。みんな、行こうか﹂
﹁行くの!﹂
﹁了解、マスター﹂
﹁楽しみです!﹂
そうして、このメンバーに加えて新入りのハイ・エルフ、ドワー
フ・スミスと共に︻紅蓮窟︼に向かうことになった。
そして、俺は一つのことを決めていた。街作りにも、そして戦力
の増強にも、どちらにも一番活躍してくれたエルダー・ドワーフの
頑張りに報いたい。
415
今回の狩りで、新兵器がその威力を発揮したそのとき、エルダー・
ドワーフに彼女が一番欲しがっているものを与えよう。
﹁マスター、私の顔をじっと見てどうしたの?﹂
﹁なんでもない⋮⋮いや、そういえば、エルダー・ドワーフ自身の
武器の開発はまだ進んでないのか?﹂
﹁そっちは試作品が完成したところ。まだ見せられない。でも、見
たらきっとマスターは驚く。今のままじゃ、私はクイナやルフより
弱い⋮⋮でも、あれが完成したら対等以上に強くなれる﹂
エルダー・ドワーフは満面の笑みを浮かべてそう言った。
その無邪気な顔が可愛くて、思わらず俺は彼女の頭を撫でた。
416
第十九話:ロロノ
︻紅蓮窟︼。そこは魔王不在のダンジョンだ。
魔王亡き今、コアが自動的に魔物を作り続け、さらに生前魔王が
設置した︻渦︼から魔物が湧き続ける。
もともと、︻炎︼の魔王が君臨していたダンジョンで、フィール
ドは火山地帯であり、魔物も︻炎︼にちなんだものが多い。
毎日一定量の魔物が湧くので便利な狩場として使わせてもらって
いる。
﹁︻渦︼は作ってみたいよな﹂
﹁おとーさん、どうしたの?﹂
﹁いや、なんでもない﹂
DPで購入可能な魔物を百倍のDPを支払うことで、一日一体そ
の魔物を生み出し続けることができる︻渦︼を購入できる。
俺以外の魔王はAランクの魔物までしか合成できないので、DP
で買えるのはAランクの二つ下のCランクまでだ。
だが、俺はSランクの魔物を合成できるのでBランクの魔物をD
Pで購入できる。
一日一体Bランクの魔物が増えるのはかなり大きい。
Bランクは、本来合成でしか作れない魔王たちの主力となる強力
な魔物たちなのだから。
ただ、今の戦力が整っていない状況では安定供給よりも、今すぐ
百匹用意できるほうがずっと嬉しいのでしばらくは手が出せないだ
417
ろう。
﹁気を付けてください。敵が近づいてます﹂
エンシェント・エルフが声をあげる。
彼女は空気中の風の精霊と同調し、空気の存在する場所全ての状
況を知覚できる。
おそらくこの地上で最強のレーダーだ。
﹁ルフちゃん、敵の詳細な情報を教えて欲しいの﹂
﹁はい、硬い甲殻に覆われたアルマジロ型の魔物です﹂
﹁ああ、あの子。わかったの。ここはクイナに任せて﹂
だいぶ、このダンジョンも通いなれているので出てくる魔物は把
握できている。
﹁クイナちゃん、そろそろ来ますよ。構えてください﹂
エンシェント・エルフがそう言って三〇秒ほど経ったころ。
そいつは来た。
見た目はアルマジロ。だが、背中は鉱石特有の光沢を放っている
うえに、スパイクようのように棘まみれだ。
奴は、Cランクの魔物。アイアン・アルマジロ。
名前の通り、背中が鋼鉄に覆われていて防御力が高い。
﹁試し撃ちにはちょうどいいの﹂
クイナがにやりと笑う。
418
アイアン・アルマジロは丸まってボールのようになって転がって
くる。
本来なら銃使いの天敵だ。
純粋に固い上に、無数の棘は弾を逸らす効果がある。
クイナはそんな銃の天敵に向かって真っすぐ突き進む。
銀色のショットガン、カーテナ改が赤く光る。クイナが魔力を込
めた証拠だ。
彼女が引き金を引いた。空気を揺るがす重い音。四ゲージ弾とい
エンチャント
う超火力の弾丸を使っているからこその爆音だ。そして、音がもう
一つ聞こえた。エルダー・ドワーフの魔術付与により散弾が弾ける
タイミングで︻爆散︼の力が発動し、弾丸が二段加速し、威力をさ
らに増す。
無数の弾丸は、硬い鋼鉄の甲殻を切り裂き、柔らかい肉に入り込
み、さらに貫通した。
たかが、散弾がなんて威力だ。もし、これがスラッグ弾だったら
と思うとぞっとする。
﹁すごいの、想像以上! この銃は最高なの! 散弾で貫通できる
なんて!﹂
クイナが歓喜の声をあげる。
それだけの力がこの銃にはあった。
﹁気に入ってもらえて嬉しい。一応どこかでフルオートも試して﹂
﹁わかったの! これでフルオートでスラッグ弾を吐き出したら、
この前苦労した風の竜も楽に倒せそうなの﹂
419
本当にそれぐらいはできそうだ。
そのあと、三体ほど魔物を倒しクイナの試し打ちは終わった。最
後にフルオート射撃を試してみたが、問題なく動作しなおかつ故障
もなかった。クイナは興奮のあまり、尻尾を振りっぱなしで、見て
いて微笑ましかった。
◇
﹁では、次は私の番ですね﹂
クイナの試し打ちが終わったので次はエンシェント・エルフの試
し撃ちの番だ。
洞窟地帯を抜けて、開けた溶岩地帯だ。
ぐつぐつと溶岩が煮立っており相当熱い。
足場もせまく足を踏み外せば溶岩に真っ逆さまとかなり危ないフ
ロアだ。
﹁では行ってきますね。ご主人様たちはそこで待っていてください﹂
そういうとエンシェント・エルフは風に乗って空を飛ぶ。
彼女にとっては足場の悪さは関係ない。
ただ、不安はある。
このフロアの厄介なところは敵が潜んでいる場所だ。
溶岩の海を泳いでいる岩の肌をした大蛇。
滅多に地上に出てこないので、このフロアの魔物は基本的に避け
ている。
だが、エンシェント・エルフは任せてと言った。
420
何か秘策があるのだろう。
エンシェント・エルフが空で停止し、エルダー・ドワーフ謹製の
アンチマテリアルライフル。デュランダル EDAM−01を地上
に向けて構える。
彼女の眼には魚影が見えているはずだ。
﹁まさか、溶岩の海ごと獲物を撃ち抜くつもりか?﹂
俺の言葉に答えるように彼女が引き金を引いた。
人間に比べて圧倒的に動体視力が優れている俺でも、弾丸が早す
ぎて目で追えない。
エンチャント
今まで使っていたアンチマテリアルならぎりぎり目で追えたのに、
あきらかに初速が上がっている。二つの魔術付与のうちの一つ目、
︻加速︼の力と、ミスリル弾の相乗効果だ。
エンチャント
弾丸が撃ち込まれた溶岩に渦が出来た。魔術付与による︻回転︼
によるものだろう。
溶岩が吹きあがり、破裂音が遅れて聞こえてくる。
そして、溶岩の表面にぷかぷかと大蛇の死体が浮かんできた。頭
が吹き飛んでいる。あれでは即死だろう。
溶岩で威力を大幅に減衰させてなお、大蛇の頭を貫く威力。
おそらく、その秘密は︻加速︼と︻回転︼だ。超高速の弾丸は、
その回転力によっては溶岩をかき分け、なおかつ直進性を保ってタ
ーゲットに命中し、さらにただ突き抜けるだけではなく、その回転
は肉をえぐってずたずたにする破壊力に変換される。
421
なんて威力と精度。︻魔弾の射手︼をもち、遠距離武器の命中精
度と威力に補正がかかるエンシェント・エルフにとっては鬼に金棒
だ。
一匹だけでは物足りないのか、曲芸じみた動きで空中で狙いを変
えながら、エンシェント・エルフは連射する。
上空に存在する。超高速高火力移動砲台。それが今のエンシェン
ト・エルフだ。それはもう、単体戦力を飛び越え、戦術兵器と呼べ
る。
次々にぷかぷかと大蛇の死体が浮かぶ。
ここは、割に合わないと通過していたので、大量に大蛇の魔物が
いるのだろう。
俺たちは呆然とした顔で、エンシェント・エルフの狙撃ショーを
見ていた。
しばらくすると、敵を掃討し終えたエンシェント・エルフが意気
揚々と帰ってきました。
﹁ルフちゃん、最高の銃です。威力はすっごく上がったし、取り回
しがいいので、すぐに次の標的が狙えます。それに、頑丈な子なの
で、無茶ができて、撃ち放題です!﹂ トリガーハッピーのエンシェント・エルフが新しい愛銃に頬ずり
した。
気持ちはわかる。こんな銃を持たされればだれでも興奮する。
エルダー・ドワーフは、見事にクイナとエンシェント・エルフに
最高の銃を用意してくれた。
﹁気に入ってくれてよかった。かなりピーキーにしたから心配だっ
た﹂
422
﹁私にとっては最高に扱いやすい銃ですよ! ありがとうございま
す﹂
俺は三人の様子を見て微笑む。
クイナとエルダー・ドワーフ、エンシェント・エルフたちは銃の
性能について話し合い、盛り上がっていた。
エルダー・ドワーフは誇らしそうだ。
エルダー・ドワーフの銃は最高のものだった。だから検討してい
たご褒美をあげよう。
﹁エルダー・ドワーフ。おまえに伝えたいことがある﹂
﹁何、マスター?﹂
エルダー・ドワーフが可愛く首を傾げた。
﹁エルダー・ドワーフは本当に良くやってくれている。俺たちの武
器を作り戦力の増加に貢献してくれた。おまえの作ったゴーレム軍
団は戦力の充実にも街の労働力にも役立ってくれている。街のイン
フラ作りだってお前の貢献が一番大きい。他のみんなをないがしろ
にするつもりはないが、事実として俺はそう認識している﹂
エルダー・ドワーフはよほど照れくさいのか顔を赤くして俯いた。
そんな彼女に、クイナとエンシェント・エルフが話しかける。
﹁クイナも賛成なの! エルちゃんが一番頑張ったの!﹂
﹁確かにその通りですね。私もそう思います﹂
﹁⋮⋮そんな、こと、ない。私はできることをやっただけ﹂
エルダー・ドワーフがよりいっそう照れて彼女の白い肌がさらに
423
赤く染まる。
﹁そして、今日。クイナとエンシェント・エルフに最強の武器を与
えてくれた。もちろん、おまえは今後もっと強い武器を作るかもし
れないが、現時点で考えうる最高の武器を用意してくれたんだ。俺
は、そんなおまえの功績を認め、それを形にしたい﹂
﹁マスター、それって﹂
﹁おまえに名前を与えたいんだ。誰よりも頑張り屋で、誰よりも街
づくりと戦力の充実に貢献したおまえの頑張りに報いたい。そして、
これからもずっとその力を頼りにさせてほしい﹂
俺はにっこりと笑いかける。
エルダー・ドワーフの頬に涙がこぼれ始めた。
﹁マスター、私でいい?﹂
﹁おまえじゃないと駄目なんだ。むしろ、エルダー・ドワーフに聞
きたい。︻誓約の魔物︼の宿命を背負う覚悟があるか? 俺の右腕
となり尽くしてくれるか?﹂
ロロノ
だ﹂
﹁そんなの決まってる。喜んで! 私はマスターに一生尽くしたい﹂
﹁わかった。名前を与えよう。おまえの名はこれから
記憶にある世界最高の鍛冶師の名を彼女に与えた。
﹁マスター、それが私の名前⋮⋮ロロノ。いい響き。私はロロノ⋮
⋮ロロノ﹂
なんどもエルダー・ドワーフ。いや、ロロノがその名を繰り返す。
彼女の体が淡い光に包まれた。魔王の力を受け入れ、そして俺と
のパスがつながった。
エルダー・ドワーフという種族のより深いところまで知ることが
424
できた。
⋮⋮なるほど、クイナと同じように彼女もまだ潜在能力を隠して
いたのか。
﹁これでおまえも俺の︻誓約の魔物︼だ﹂
﹁ん。私はマスターのもの﹂
誇らしげにエルダー・ドワーフが微笑む。
そして、ためらいがちに口を開いた。
﹁あの、マスター。ずっと︻誓約の魔物︼になれたら、したいお願
いがあった。言っていい﹂
﹁もちろん﹂
﹁⋮⋮たまに父さんって呼ばせて。クイナがずっと、おとーさんっ
て呼ぶのがうらやましかった﹂
思わず、吹き出しそうになった。
なんだ、そんなことか。
﹁いいに決まってる。ロロノ。これからは好きに父さんと呼んでく
れ﹂
﹁わかった。父さん! これからもっと頑張る﹂
ロロノは目を輝かせて、俺を見つめる。
あまりにも可愛くて、思わず抱きしめてしまった。
425
第十九話:ロロノ︵後書き︶
426
第二十話:宣戦布告
今日の︻紅蓮窟︼での狩りを終え、俺たちの街アヴァロンに戻ろ
うとしていた。
新しい武器を思う存分振るったクイナとエンシェント・エルフは
大活躍して満足そうだ。
そして、彼女たちが全力で戦っても故障を起こさなった銃の信頼
性はさすがと言ったところか。武器においては信頼性はもっとも重
要な要素だ。どれだけ強力でもいざというときに使えなければ意味
がない。
確実に戦力が一回り増した。
﹁マスター、私、もっと頑張る﹂
帰り道、エルダー・ドワーフ。いや、ロロノがぴったりと俺にく
っついて歩いている。
呼び方が父さんからマスターに戻った。彼女がたまに父さんと呼
ばせてと言ったように特別ときだけ父さんと呼ぶつもりなのだろう。
いつもはクイナが対抗意識を燃やして割り込んでくるが、今日は
おとなしく、にやにやして俺たちを見ている。
自分がお姉さんという自覚があり、妹に花を持たせてやってるつ
もりだろう。
﹁期待している。ロロノ﹂
﹁ん﹂
427
ロロノと呼んだ瞬間、ロロノは満面の笑みを浮かべた。
俺は二歩ほど後ろを歩いているエンシェント・エルフを見る。
彼女はにこにこと笑っていた。
彼女も頑張ってくれているから名前を与えてやりたい。
だけど、ちょっと言い出せるタイミングじゃない。
そんなことを考えていると、彼女が口を開いた。
﹁ご主人様、気づかいは無用ですよ。私はまだ名前をもらうだけの
働きをしていませんから﹂
まったく俺の魔物たちは意地っ張りだ。
しばらく
お預けだ﹂
個人的には、十分すぎるほど働いてくれると思っているのだが⋮
⋮。
﹁わかった。エンシェント・エルフは
だから、名前を与えるつもりがあることだけを伝えて置こう。
これなら、素直に受け取ってくれるだろう。
﹁ええ、楽しみにしています。私もご主人様に名を与えられるのに
ふさわしい働きをして見せますよ﹂
この調子なら、俺が名前を与える日はそう遠くない。
既に彼女にふさわしい名前は考えている。
◇
転移陣で俺たちの家に戻ってきた。
428
﹁マスター、私は仕事があるからまた後で﹂
﹁私も、リンゴの木の増産が。ちょっと今の売れ行きだとリンゴの
木が足りないです﹂
エルダー・ドワーフ⋮⋮ロロノとエンシェント・エルフはそそく
さと自分の持ち場に戻る。
そういえば、そろそろ前にメダルを作ってからひと月たち、︻創
造︼のメダルが作れるようになる。
いい加減、どんな魔物を生み出すか決めないと。
街の内政要員は間に合っているので、純粋に強力な魔物が欲しい
ところだ。
俺とクイナは、街の運営方針についてクルトルード商会のものた
ちから届いた提案書を読む。
﹁おとーさん、なんか怖い顔をしている﹂
﹁いや、人間はすぐに欲を出すなと思ってね﹂
あまりに俺が甘くしすぎたのか、どんどん提案書の中身が調子に
乗ってきている。
自分たちが街の支配者とでも勘違いしているのだろうか?
俺の想定では、そのうちに商会は、国にこの街の詳細を話し、接
収の手引きをする。大量の兵士、冒険者と結託し俺と、俺の魔物た
ちを全て追い出し、この街を我が物にしようとするだろう。
それぐらいはいつかするだろうと見込んでいる。
まあ、そうなったら自分たちの愚かさを嫌と言うほど知る羽目に
なるのだろうが。
429
人間の国が俺の街を攻めると決断し、予算を集め、人を集め、作
戦を立案し、訓練し、行動に移す。それまでに少なくとも半年はか
かると予測している。それだけあれば、十二分に戦力が集まるだろ
うし、策もある。
﹁適当に釘を刺しておかないとね。まったく、礼節と程度をわきま
えているうちは、みんな幸せになれるのにね﹂
まあ、いい。そうなるにしてもまだまだ先だ。
俺は書類に×印をつける。
﹁あっ、おとーさん。この手紙、魔力を感じる﹂
書類の束には俺当ての手紙も含まれている。
最近、エクラバをはじめとした周囲の街から、リンゴの苗木や、
ドワーフ製の武器を輸出して欲しいという嘆願書が届くようになっ
た。他にもゴーレムを売って欲しいという客も多い。
それらは全て丁重に断っている。
直接大量に仕入れにくる業者もいるので今は剣なんてお一人様一
本という制限まで設けてあった。
頭のいい妖狐たちに顔を覚えさせているので、一度売った客には
二度と売らないようにして転売でもうけを出にくくしてある。転売
目的で来る客も、一人一本で予約制なら結果的にこの街に居座るこ
とになるので美味しいのだ。
﹁どうやら、同類からの手紙のようだ。俺と話をしたいらしい﹂
人間の用意した通信網を利用して魔王が手紙を送るなんてなかな
430
か面白い。
中身を見る。
内容は一度直接話をしたい。その気があるなら指定日にエクラバ
の街にあるカフェに来てくれないかと言うものだ。
まどろっこしいが仕方ない。
なにせ、俺たち新たな魔王たちは原則、︻戦争︼以外でお互い及
びその配下を傷付けることができない。
その例外として、自らのダンジョンに忍び込んだものには正当防
衛で攻撃していいというものがある。
ようするに、うかうかと敵のダンジョンに乗り込もうものなら、
一方的に攻撃を受ける。
平和的に話をしたいなら、お互いのダンジョンの外が好ましい。
﹁おとーさん、どうするの?﹂
﹁行ってみるよ﹂
﹁危険なの。その場で宣戦布告されるかも﹂
一度宣戦布告されてしまえば、︻戦争︼を拒否することはできな
い。
宣戦布告は魔王同士が向かい合わないといけないルールがあるの
で、自らのダンジョンに引きこもっていれば、極論、他の魔王が宣
戦布告しにきたとしても、敵の魔王が到達するまでに殺すことがで
きる。
さらに、宣戦布告されたとしても、相手が自らのダンジョンを出
るまでに始末することで、︻戦争︼開始前に勝利するなんてことも
可能だ。
431
﹁それはそれでいい。なにせ、宣戦布告をするのも、されるのも悪
くないと思っている。一年以内の戦争は必須だ。安全に仕掛けられ
る機会を失うことはない﹂
もちろん、こんな呼び出しをしているぐらいだ。
相手もそれなりの準備をしているだろう。
だが、俺が負けるとは思えない。俺は自分の配下たちを信頼して
いる。
それに、新たな魔王たちの中では一番DPを稼いでいるのは間違
いない。
正攻法でやれば、この短期間で出来立てほやほやのダンジョンが
軌道に乗るとはとても思えない。
﹁わかったの。戦うことになるつもりで準備しておくの。いい必殺
技を思いついたの!﹂
若干、必殺技という響きに不安を覚えるが、クイナは戦闘ではふ
ざけないから大丈夫だ。
﹁さて、いったいどんな話になるかな﹂
街の運営のための事務処理を行いながら、見知らず魔王との接触
に思いを馳せていた。
432
第二十一話:密談
朝が来た。今日は同期の魔王と会う日だ。
俺は自室のベッドで目を開く。
両腕に重みと温かさを感じる。
﹁おとーさん、おかわり﹂
﹁マスター、撫でて﹂
右腕にキツネ耳美少女のクイナが抱き着き、左腕に銀髪美少女ド
ワーフのロロノが抱き着いて寝息を立てていた。
二人とも薄手のパジャマを着ている。
クイナは抱き着くだけじゃなくて、しっぽを足に絡めてきていた。
もふもふの感触が心地いい。
俺の部屋ではキングサイズのベッドが用意されており、みんなで
一緒に眠っているのだ。
彼女たちは、柔らかくいい匂いがする世界最高の抱き枕。心労が
多い俺の心を癒してくれる。
エンシェント・エルフはクイナの隣で姿勢よく寝息を立てていた。
眠る場所はローテーション式だ。今日はたまたまこの配置で、毎
回俺の両隣は変わっている。
愛する娘たちの寝顔を眺め、起こさないように優しく撫でる。幸
せそうで、安心しきった顔だ。
この子たちのいる幸せな生活を守らないと。俺は改めてそう思っ
た。
433
◇
朝食を終えてから、転移陣を使い、エクラバのスラム街にある廃
屋の中に転移した。
滅多に人が来ないので転移陣をここに仕掛けている。
街の中に直接跳べるのはいろいろと便利だ。
﹁クイナ、そんなにはりきらなくてもいいぞ﹂
﹁だめ、今日はおとーさんの護衛なの。油断できない。魔王とその
配下はお互いを傷付けられないって言っても、抜け道はいくらでも
あるの﹂
クイナが面白いことを言った。
その言葉は間違っていない。
たとえば、凶暴で狂った魔物を呼び出し、支配を解く。すると、
もう配下ではないので、暴走に敵対する魔王が巻き込まれても知っ
たことではない。
他には、強い人間を雇って襲わせる。
ぱっと考え付くだけでも、これらの方法が存在する。
実を言うと、ロロノもエンシェント・エルフもついてきたいと言
ったが、留守番を頼んである。
魔王たちが何かを仕掛けてくる可能性もある。この状況では街に
戦力を残しておきたいし、彼女たちには街での仕事がある。
クイナを選んだのは、それが彼女の役割だからだ。
小回りがきき、︻変化︼を使え諜報能力に優れた最強の戦力。街
を離れるときの護衛はクイナを最優先で選ぶ。
﹁わかった、おまえの力頼りにさせてもらう﹂
﹁うん、おとーさんには指一本触れさせないの!﹂
434
クイナが、よりいっそう気合を入れた。
俺は苦笑し、待ち合わせ場所に指定されているカフェに向かった。
◇
待ち合わせのカフェは、随分と高級そうな店だった。
品の良いコーヒーの香りが漂ってくる。
この街ではコーヒーは高級品だ。
俺が近づくと、テラス席で茶色の髪をした青年がひらひらと手を
振った。
洒落たジャケットを身に纏った優男。
身に纏った魔力で相手が俺と同じ魔王だという事がわかる。
あいつが俺を呼び出した魔王かであることは間違いない。
それにしても随分と街に順応している。暇つぶしに人間の娯楽を
嗜む魔王が多いとはマルコから聞いたことはあるが、彼ほど街に溶
け込んでいるのは特殊な例だろう。
﹁やあ、よく来てくれたね。僕は︻鋼︼の魔王ザガンだ﹂
﹁俺は︻創造︼の魔王プロケル。俺を呼び出した用件を聞こうか﹂
︻鋼︼か、︻夜会︼では話せず、面識がないので自己紹介から始め
た。
ただ、彼の︻鋼︼がBランクであることは知っている。
普通に戦えば、まず負けることはありえない。
情報収集によって、同期の魔王たちのメダルのランクはおおよそ
把握している。
435
﹁僕たちが会う目的なんて、一つしかないよね。︻戦争︼について
だ。あらかじめ伝えておこう。僕は二人の魔王と同盟を結んでいる。
つまり、三人がかりで︻戦争︼を挑む準備がある﹂
なるほど、それがこの男の自身の源か。
俺の強さを︻夜会︼の余興で知りつつ︻戦争︼をふっかけるなら、
それぐらいの準備が必要だ。
﹁そうか﹂
﹁驚かないのかな?﹂
﹁それぐらいは想定済だ。でっ、今日は優位な状況を盾にして脅し
に来たのか? それとも、この場で三人がかりで俺に︻戦争︼を仕
掛けるつもりか?﹂
基本的には、そのどちらかだと思っている。
実際に俺と︻戦争︼をすれば、たとえ三人で同盟し、勝てたとし
ても、自分たちが甚大な被害を受けることを︻鋼︼の魔王ザガンも
理解しているだろう。
それを避けるために、同盟の戦力を盾にして脅しを行うというこ
とも十分考えられる。
﹁くすっ、あはははは、まったくなんて人だ。この状況でその余裕。
これが強者というものか。ここで動じてくれるなら交渉がやりやす
かったのに﹂
︻鋼︼の魔王ザガンはその端正な顔を歪めて笑う。
﹁︻創造︼の魔王プロケル、あなたは強い。三人の魔王を相手にし
ても勝算はあるご様子だ。だけど、確実ではない⋮⋮それどころか
分が悪いと考えているのではないかな? それにね、僕自身も、あ
436
なたを相手にすれば相当の被害を覚悟する必要がある。できればや
りたくない﹂
﹁さあ、どうだろう? まあ、たとえ相手が一人だろうが確実な勝
利なんてものはないと考えていることだけは言っておこう﹂
慢心してはいけない。
どこに落とし穴があるかわからない。
﹁いい心がけだね。だけど、確実に勝てる方法があるとしたら?﹂
﹁何?﹂
きな臭くなってきた。これでは俺を敵として見ているのではなく、
協力者として見ているような雰囲気が伝わってくる。
﹁僕の同盟者の二人、彼らには、まず僕が降伏勧告をし、あなたが
それを受け入れなければ即座に宣戦布告をすると告げている。彼ら
は、いつでもここに転移できるように準備をしているんだ。一応聞
くが、降伏するつもりは?﹂
まあ、そうだろう。三人で同盟を組んでいるならそれしかない。
﹁するわけがないだろう﹂
﹁でしょうね。なら即座に残りの二人を呼んで宣戦布告をするしか
ないですね。だけど⋮⋮二人があなたに戦争を挑んだ後、僕はあな
たではなく二人に戦争を挑もうと思っている﹂
少し驚いた。
そして、こいつの考えていることを理解した。
なるほど、そういうことか。
437
﹁三対一の戦いではなく、二対二の戦いになるよね。こうすればま
ず負けない。なぜなら、残りの二人はあなたより⋮⋮そして僕より
弱い。確実に勝てる。これで僕たちは他の魔王の水晶を砕いて条件
をクリア。戦争をする必要がなくなる上に、あらたなメダルを得る
ことができる﹂
﹁なぜ、そんなことをする?﹂
﹁そちらのほうが得だから。僕たちは、同期最強のあなたに︻戦争︼
を仕掛けられるのが怖くて、策を弄したわけだけど、三人であなた
を倒したところで、あなたの水晶を砕けるのは一人だけ。残りの二
人はまた戦争をしないといけない﹂
そのルールは知らなかった。
︻戦争︼をするというのは、勝利条件の水晶を砕くまでか。
なら、彼の言うことは正しい。
﹁あなたという強敵と戦い、多数の魔物を失いながら水晶を砕く一
人になるよりも、あなたと協力して雑魚を倒したほうがいい。あな
ただって、三対一で僕らと戦うよりもずっと楽なはずだ。一応条件
として、今後僕に︻戦争︼を仕掛けないことを約束してもらいます
よ。それは、一年が経ち自由に叩けるようになっても﹂
︻鋼︼の魔王の提案。
これは驚いた。俺の想定していた選択肢ではなく、第三の選択肢
を用意してくるなんて。
確かに理に適っている。俺もこの男も得をするのは間違いない。
︻鋼︼の魔王ザガンは、俺がこの提案を受けると確信しているのか、
にやにやとした表情を浮かべている。
﹁そうか、わかった。︻鋼︼の魔王ザガン。おまえの提案を﹂
438
利益だけを考えるなら断る理由がないだろう。だが⋮⋮。
﹁断らせてもらう﹂
すっぱりと拒否をした。
︻鋼︼の魔王ザガンはよほど意外だったのか、目を見開き驚いてい
る。
まったく、こんなもの受けるはずがないのに。
この男は交渉においてもっとも大事なことを見落としている。
さて、本当の交渉を始めようか。
439
第二十一話:密談︵後書き︶
440
第二十二話:変則ルール
︻鋼︼の魔王は二人の魔王と同盟を組んだ状態で俺と交渉に来てい
た。
彼はその交渉の中で二人の仲間を裏切り、俺とザガンで雑魚であ
る彼と同盟を組んだ二人の魔王を倒そうと持ちかけてきたのだ。
その提案を俺は断った。すると、︻鋼︼の魔王ザガンが動揺して
立ち上がる。優雅にコーヒーを楽しむ貴人のような振る舞いは吹き
飛んでいた。
﹁馬鹿な、僕の話を理解していないのかな? いいですか、これは
あなたにとって最善の策で﹂
﹁確かに悪い話ではないな﹂
︻鋼︼の魔王ザガンと俺がきっちり連携してうまくことが運べば確
実に勝てるだろう。
三対一で戦うよりはずっと楽だ。
﹁だったら、どうして?﹂
不思議そうに奴は問いかけてくるが、逆になぜこんな提案を受け
てもらえると考えられるのか不思議なぐらいだ。
﹁簡単に仲間を裏切るやつを信じて協力できると思うか? おまえ
が仲間を切り捨てたように、俺の背後を突かないとは思えない。い
や、むしろ必ずおまえはそうする。もしかしたら、三対一で戦う際
の作戦の一環で、俺を罠にかけるための作り話かもしれないしな﹂
﹁そんなことは﹂
441
﹁ないわけないだろう。実際、おまえはそうしたのだから﹂
確実に勝てる状況に持ち込む策。
その策に乗ることによって得られる安心を︻鋼︼の魔王の行動は
揺るがしていた。簡単に仲間を裏切る奴を信じられるほど、俺はお
人よしじゃない。
そして、それだけじゃない。
﹁付け加えて、利益面でも三対一で戦ったほうが美味しいしな﹂
﹁いったい、何を言ってるんだ﹂
﹁なにせ、まとめて三つオリジナルメダルを得るチャンスだろう?
この機会を失ってたまるか﹂
俺は意図的に自信ありげな笑みを浮かべる。
おまえたちはただの餌だと言いたげに。
目に見えて、︻鋼︼の魔王ザガンの動揺が大きくなる。こいつの
想定では、俺は三対一という状況に怯えて縋りついてくるはずだっ
た。
﹁︻創造︼の魔王、なんて、傲慢な。その判断、後悔することにな
りますよ﹂
﹁それはどうかな? おまえを信じて背中を任せるよりずっと安心
できる判断だと思うが﹂
俺がそう言うと、︻鋼︼の魔王ザガンが肩を震わせる。
そして、右手を挙げて大声を出した。
﹁来い、ロノウェ、モラクス﹂
彼がそういうと、床に転移陣が浮かぶ。
442
何かしらの力で転移陣を隠蔽していたのだろう。
転移して来たのは二人の魔王。
ロノウェは二足歩行のカエル。二メートル近い長身だが肥満体で
出来物が全身に出来たひどく醜い容姿の男性。
モラクスのほうは人型だが、悪魔の角と翼をもつ陰湿そうな壮年
の男性。
既に興奮して臨戦態勢。今にでも宣戦布告してきそうな勢いだ。
この二人にはまず、︻鋼︼の魔王ザガンが降伏勧告をして、受け入
れられない場合、即座に宣戦布告をすると伝えていたというのは本
当のようだ。
今まさに、ザガンが口を開こうとしていた。よし、水を差そう。
﹁そこの二人、︻鋼︼の魔王ザガンは、おまえたち二人を売ろうと
したぞ。俺と組んで、二対二の︻戦争︼がご要望のようだ。三人が
かりで俺と戦うより、雑魚のおまえたち二人を俺と組んで倒すほう
がやりやすいし、確実に︻戦争︼のノルマを果たせて魅力的だとさ﹂
俺の言葉で、二人が︻鋼︼の魔王ザガンを凝視し、次に俺の顔を
見た。
大した信頼関係だ。簡単にぐらつく。
ザガンは舌打ちをして、口を開いた。
﹁騙されるな、僕たちを混乱させるための罠だ! 僕がそんなこと
言うはずないだろう! ここで仲間割れをしたら、同盟が無駄にな
って、それこそ︻創造︼の魔王の思うつぼだ﹂
まあ、そう言うだろう。ザガンに怒鳴りつけられた二人は、さら
に迷いが大きくなる。
443
俺の目的は、疑心を抱かせること。なので、信じてくれなくても
かまわない。
いざというときに、ただでさえもろい信頼関係が崩れるように楔
を打ち込んだだけなのだから。
﹁だっ、だけど、おで﹂
﹁何をごちゃごちゃと言ってるんだロノウェ、おまえみたいなウス
ノロ、僕が助けてやらなきゃ、震えて何もできなかったじゃないか、
馬鹿なんだから黙っていうことを聞け﹂
﹁ひっ、わかった。わかったんだな﹂
二足歩行のカエル男が、体を小さくする。二人の力関係が透けて
見える。
﹁モラクスも、こんな小細工に惑わされるな。僕たちは仲間だろう﹂
﹁⋮⋮そうですな。ザガンさんのいう事に間違いなんてない﹂
ふむ、こっちの陰湿そうな悪魔もこんな見た目で気が弱いのか。
ザガンは小物だが、妙に悪知恵が働くタイプだ。自分が扱いやす
い魔王を選んだのだろう。
﹁ロノウェ、モラクス! 早く、宣戦布告をするぞ。まずは僕から
!﹂
ザガンは、強引に話を進めて引き返せなくしてしまうようだ。
悪い手ではない。
﹁この僕、︻鋼︼の魔王ザガンは︻創造︼の魔王プロケルに戦争を
申し込む!﹂
﹁おっ、おで、︻粘︼の魔王ロノウェは︻創造︼の魔王プロケルに
444
戦争を申し込むんだな﹂
﹁このワタクシ、︻邪︼の魔王モラクスは︻創造︼の魔王プロケル
に戦争を申し込むでございます。はい﹂
ザガンが口火を切り、次々に宣戦布告が行われた。
その瞬間だった。脳裏に声が響きだした。
それは創造主の声。妙に懐かしく感じる。
﹃宣戦布告を了承した。︻鋼︼︻粘︼︻邪︼の三人と︻創造︼の︻
戦争︼が決定した。︻鋼︼の申請により、︻戦争︼の開始は四日後。
各自、それまでに準備を進めるように。戦争開始一時間前に、全て
のダンジョンをつなげ、一時間後に戦争を開始する﹄
なるほど、宣戦布告を受けるとこうなるのか。
最短で四八時間後に︻戦争︼を開始でき、挑まれたほうに拒否権
はない。
頭の中に創造主とのつながりを感じる。ちょうどいいので、一つ
質問をしてみよう。
﹁三対一の場合、勝利条件は? 俺自身が殺されるか、水晶を壊さ
れれば敗北するのはわかるが、俺が勝つには全員の水晶を壊す必要
があるのか?﹂
念のためだ。
もし、一人でも水晶を壊せば、勝ちであるなら随分と勝利条件は
緩くなる。
頭の中で創造主の笑い声が聞こえた。嫌な予感がする。
﹃︻鋼︼︻粘︼︻邪︼のチームの勝利条件は、︻創造︼の殺害、、
水晶の破壊、降伏。︻創造︼の勝利条件は︻鋼︼︻粘︼︻邪︼全て
445
の殺害、もしくは全ての水晶の破壊、降伏。また、制限時間は二四
時間。制限時間を過ぎた場合、その時点で残水晶の多いチームの勝
ちとする﹄
ちょっと待て、今とんでもないことを言わなかったか?
﹁制限時間だと!? それも水晶の残数で勝利が決まる? なんだ、
そのルールは。初耳だ﹂
﹃新人魔王たちにおける複数参加の︻戦争︼は初めてだからね。説
明は初めてした。これだけのダンジョンを同時に転移させると、そ
んなに長く維持できなくてね。悪いけど制限時間をもうけさせても
らった。と言うわけで、これで創造主からの話は終了だ。各自健闘
を祈る﹄
必至に思考を巡らせる。さすがにこのルールは想定していなかっ
た。
対策は必須だ。だが、その対策よりも重要なのは少しでも情報を
得ること。
遠のいていく創造主の気配を掴み、もう一つ問いかける。
﹁もう一つ聞かせてほしい。一年以内に︻戦争︼をしろと言った、
その真意は︻戦争︼そのものを実施することか、それとも新たな魔
王の水晶を砕くことを指しているのか?﹂
﹃後者だね。︻戦争︼以外でも水晶を砕けばいい﹄
その言葉を最後に創造主の声は聞こえなくなった。
確認したいことは確認できた。この情報は絶対に武器になる。
だが、いくらなんでも、このルールはまず過ぎる。
446
﹁ふははは、︻創造︼の魔王。まさか、こんな落とし穴があるなん
てね、僕も予測していなかったよ﹂
︻鋼︼の魔王が俺を見て嘲笑する。
当然だ。このルールはあまりにも︻鋼︼の陣営に有利すぎる。
二四時間と言う時間制限と、制限時間終了後に水晶の数が多いほ
うが勝ちということは、奴らは一切攻めずに守りに徹して二四時間
経てば勝利できる。
もともと水晶が三つあるのだ。一つまで壊されても勝ち。
ダンジョン戦は攻めるよりも守るほうが容易い。そして数で負け
ている俺は、自らのダンジョンに敵を誘い込み主戦場にして、有利
な戦いを展開するべきだが、それが封じられたも同然だ。
リスクを承知で、最低二人の魔王のダンジョンに挑まないといけ
ない。
だが、ダンジョン攻略のために戦力を出そうものなら、守りが手
薄になり、あっという間に攻め落とされる。
﹁まあ、せいぜい頑張りなよ。君のその傲慢さを後悔しながらね﹂
三人の魔王が転移陣を起動して消える。
隣にいたクイナが俺の手をぎゅっと握った。
﹁おとーさん、このルール結構まずいの﹂
﹁そうだね。さすがに、このルールは予想外だったな﹂
たった二四時間で、三人の魔王の猛攻に耐えつつ、最低二つ、ダ
ンジョンの最奥の水晶を破壊しないといけないなんて。
447
考え込んだ俺を見て、クイナが心配そうな顔をして、それから明
るい笑顔を無理やり作った。俺を励ますつもりだろう。
﹁安心して、クイナたちは絶対に勝つから。おとーさんとアヴァロ
ンを守るの!﹂
力強いクイナの言葉。それが嬉しくて彼女の頭を撫でる。
やわらかな髪とキツネ耳の感触が心地いい。
﹁頼りにしてるよクイナ。あと、勘違いしているようだけどね。別
に負けるなんて一欠けらも思ってない。このルールで、楽な戦いか
ら、ちょっと苦労する戦いになっただけだから﹂
﹁おとーさん、すごいの!﹂
圧勝する予定だったが、少しリスクを背負う必要が出来てしまっ
た。
だが、逆に考えれば俺の魔物たちに経験を積ませるいい機会だ。
これぐらいの緊張感があったほうがいいだろう。
クイナが目を輝かせて抱き着いて来た。
さて、少々予定を変更しつつ作戦を考えようか。
◇
ダンジョンに戻った俺は、本格的に︻戦争︼の準備を始めた。
DPは十分にある。
この街の人口も増え、一日に得られるDPが今は1,000DP
近い。
︻紅蓮窟︼での狩りも、人間たちにかなりの部分の仕事を任せるこ
448
とが出来て、俺や魔物たちの仕事が減って、毎日行けているのでそ
ちらでも1,000DP得ている。
おかげで、今手元のDPは21,500ある。
これだけあれば、たいていのことができる。
まず、実施するのは⋮⋮。
﹁地下の三フロア目を作らないとな﹂
地上部は街として機能させ、地下は全て水晶を守るためのダンジ
ョンにしている。
第一フロアは、かつて︻風︼の魔王ストラスを蹂躙した重機関銃
を装備したミスリルゴーレムが居る、全長二キロの洞窟。
第二フロアは、アンデッド軍団の住処たる墓地地帯。そこは無数
の罠が張り巡らせ、グリフォンを筆頭とした空爆部隊が存在する悪
夢の迷宮。
そして、第三フロアはそれすらも超える最終ラインとして完成さ
せる。
今回のルールでは、クイナ、ロロノ、エンシェント・エルフの三
人は攻めの駒として使わなければ絶対に勝てない。
残存戦力だけで、守り切ることが必須。
それを可能にする部屋を俺は作り始めた。
細部はエルダー・ドワーフたるロロノの協力が必須だろう。
そして、いざというときの保険を検討していた。
449
奴らは根本的な勘違いをしている。︻戦争︼は宣戦布告をした魔
の全ての生物
王とその魔物以外にも戦力を引っ張ってこれる抜け道がある。
魔王と魔物以外
その抜け道を作っているルールは三つ。
1.戦争開始時にダンジョン内の
が別空間に転移される逆説的に言えば、魔王とその魔物はダンジョ
ン内に残った状態で戦争がはじまる
2.︻戦争︼時には他の魔王と魔物を傷付けることが許される。そ
れは︻戦争︼の当事者に限らない。
3.自分の︻戦争︼でなくても、水晶を壊すことで一年以内に︻戦
争︼を行うノルマは達成できる。
この三つの条件を考えれば、創造主は意図的に抜け穴を作ったと
考えるべきだ。さっそく、その抜け穴を使わせてもらおう。
俺と俺の魔物たちだけでも勝算はあるが、もしものときに備えて
手を打っておく。
あいつに借りを作るのは気が重いが、俺の街と愛する魔物たちを
守るためにそんなことは言ってられない。
﹁馬鹿だな。自分たちが同盟を組んだなら、どうして俺が同じこと
をしないって思い込めるんだろう﹂
さあ、手紙を書こうか。
俺は一人の友人の顔を頭に浮かべた。
450
第二十三話:助っ人
アヴァロンの地下最奥にある水晶の部屋。
そこに投影されたホログラムを見ながら、銀髪美少女のエルダー・
ドワーフであるロロノがせわしなく環境パラメーターを打ちこんで
いた。
ダンジョンを改造するには魔王の書と水晶の両方が必要になり、
情報を入力するインターフェースは使用者のイメージしだいで変化
する。
彼女の場合はパソコンのキーボードだった。
﹁マスター、基礎設計は終わった。第三フロア自体は問題なく作れ
る。ただ、マスターの構想を実現するには爆薬が少し足りない﹂
﹁材料は俺が︻創造︼で増やす。問題は期日までの生産が間に合う
か﹂
﹁今の生産力から計算してみる⋮⋮ん。ぎりぎりなんとかなる。で
も、これ本当にいいの? かなり際物﹂
エルダー・ドワーフと第三フロアの設計を詰めていた。
このフロアには彼女の知識と技術が必須だ。
︻創造︼で原料を作り、スケルトンたちがこつこつと作りためてい
た大量の爆薬。それはグリフォン爆撃部隊の武器となるし、ここで
生きる。
﹁効率よく殲滅することしか考えてないからこれでいいんだよ﹂
﹁ん。わかった。起爆のタイミングがかなりシビアで使いにくそう﹂
﹁そこは力技だな。ゴーレムたちを起爆装置代わりにする。使い捨
てにするが、奴らは変わりが利く。おまえたちとは違うんだ﹂
451
今回の戦争で死んだ魔物たちはけして戻ってこない。
一歩間違えればこの街で共に過ごしてきた仲間たちが死んでしま
う。
クイナやロロノ、エンシェント・エルフはもちろん、ワイト、グ
リフォン、妖狐やドワーフ・スミス、ハイ・エルフも。みんな大事
な仲間だ。この街の生活の中でなんども笑いあい語り合った。誰一
人失いたくない。
父さん
の想いを無駄にしない﹂
﹁わかった。マスターの気持ちが嬉しい。なら、︻誓約の魔物︼と
して
決意を新たに、エルダー・ドワーフが一度設計が済んだ三フロア
目のさらなる改良点を探し始めた。
いつもながら頼もしい子だ。
それにしても、嫌なのは、戦争開始時期だ。俺が︻創造︼のメダ
ルを作りだせるのは、戦争の真っ最中。戦争開始から一〇時間経過
後だ。
変動レベルで生み出してしまえば、いかにSランクとはいえ、レ
ベル上げの時間がなく、ろくな戦力にならないだろう。
かと言って、固定レベルで生み出すのはもったいない。どうする
か、なるべき早い段階で決めておかないと駄目だろう。
◇
作業が佳境に入ったころ、俺の肩に青い鳥が止まった。
この鳥は︻風︼の魔王ストラスの魔物だ。俺への手紙を送るとき
452
に使われる。
足首に手紙が巻き付けられていた。
それを開くと。
﹃今から、そっちへ行く。お茶を用意して待っていなさい﹄
と書いてあった。
俺が出した手紙を見てくれたのだろう。
こんなにすぐ来てくれるなんて、本当にいい奴だ。
◇
ロロノの設計作業が終了し、二人でお菓子をつつきながら雑談を
していると、外が騒がしくなった。何事かと思って外にでる。
冒険者たちが空を見上げて騒いでいた。
それにならって空を見上げると巨大なグリフォンが俺の家の前に
到着するところだった。
毛色と、大きさ。纏う魔力からして、ただのグリフォンじゃなく
その上位種だ。
巨大なグリフォンが着陸すると、その背中から緑髪の勝気で美し
い少女が飛び降りこちらに駆け寄ってくる。
冒険者たちは呆然としていた。
一応、魔物を飼いならして移動手段をする人間は珍しいが存在す
る。だが、グリフォンの上位種なんてAランク相当の魔物を飼いな
らしている人間なんて英雄クラスだ。驚くのも無理もない。
﹁来てあげたわよプロケル。大変なことになってるわね﹂
453
﹁こんなに早く来てくれてありがとう。込み入った話になるから、
俺の部屋の中で話そう﹂
周りには冒険者の目がある。
あまり魔王や戦争という単語が出る話を聞かれたくない。
﹁そうね、ここがあなたの家というわけ。なかなか立派じゃない﹂
﹁自慢の街と家だよ。どうぞこちらへ﹂
そうして俺はストラスを部屋に招き入れ、貴賓室に案内した。
◇
貴賓室につき、席について俺が用意した紅茶を一口啜ると、スト
ラスが多く苦口を開いた。
﹁プロケル、手紙を見たわよ。︻戦争︼をするんですって。それも
三人相手に﹂
﹁そうなった。ストラスから事前に情報を聞いていたけど三人がか
りでくるとは驚いた﹂
二人がかりまでは想定していたが三人は予想外。それに加え、あ
そこまで不利なルールの戦争になるとは思っていなかった。
俺もまだまだ甘い。
﹁ちゃんと私に知らせてくれて嬉しいわ。心配してたのよ。全ての
魔王にあなたたちが戦争するって情報が伝達されていて、不安だっ
たから﹂
俺は空を見上げて目を押さえる。
454
なんてめんどくさい。
﹁まさか、今回も中継されるのか﹂
﹁それはないみたい。ただ結果だけは共有されるはずよ﹂
﹁それはよかった﹂
なにせ、今回は切り札の温存なんて言っている場合じゃない。
全ての魔王に手札を晒すのは非常に痛いと考えていたところだ。
﹁あなた、今回の︻戦争︼勝てるつもりなの﹂
﹁ああ、勝つさ﹂
負けるつもりはみじんもない。
﹁ふっ、ひとかけらの迷いもなく言い切ったわ。すごくあなたらし
いわね。ごほんっ。⋮⋮その、勝率をあげるつもりはない?﹂
実を言うと、︻風︼の魔王ストラスへの手紙には近況を会って話
をしたいとしか書いていない。
助力を依頼するつもりだったが、自分から協力を言い出すとは思
っていなかった。
﹁まさか、俺に協力してくれるのか?﹂
﹁そう言っているわ。︻戦争︼の開始と同時に、ダンジョン内の、
魔王と魔物以外の生物は時の止まった部屋に転送される。逆に言え
ば、他の魔王と魔王が支配する魔物は留まれる﹂
俺も気付いた抜け道だ。
︻戦争︼に直接参加しなくても、協力できる。
さらに言えば、︻戦争︼時には気兼ねなく、新たな魔王及び魔物
455
を攻撃できる。
新たな魔王
は、
ただ、さすがに俺たち新しい魔王以外の魔王は︻戦争︼時にも新
たな魔王を傷つけることはできない。条文には、
戦争時にはお互いを傷付けることができるとあるからだ。
﹁協力の申し出ありがとう。俺から頼もうと思っていたんだ。見返
りに何を求める﹂
単刀直入に聞く。俺は相応のものを用意するつもりだ。
﹁そんなものいらないわ﹂
︻風︼の魔王ストラスはさも当然とばかりに即答する。
﹁俺にとってはありがたいが、自分の配下を危険に晒して、何も利
益を得ないのは問題だぞ?﹂
それは、魔王としての責任だ。
部下に血と汗を強いる以上、何かを得ないといけないの。
﹁この戦争に助力するのは私のエゴよ。魔王としての覇道じゃない。
困ってる友達を助けるために協力するだけ。そんな私のわがままに
魔物たちを付き合わせるわけにはいかないわ。今回、あなたに協力
するのは私だけよ﹂
私の能力を忘れた? それに、私自身のダン
﹁気持ちは嬉しいが、ストラス一人に協力してもらっても﹂
﹁何を言ってるの?
ジョンの防衛もあるから、あまり戦力を割けないっていう実情もあ
るわね﹂
かつての戦いを思い出す。
456
ストラスの固有スキル。それは︻風︼。そこから分岐する多種多
様な技能。
その中でもひと際輝いていたのは⋮⋮。
﹁︻偏在︼か﹂
﹁ええ、そうよ。私一人だけで一つの軍に匹敵するわ﹂
それは誇張ではなく、ただの事実だ。
﹁ストラスの助力は嬉しい。だが、どうしてそこまでしてくれる?﹂
ストラスは競い合うライバルだ。新しい魔王の中では最強である
俺が倒れるのはむしろ好ましいはずだ。
﹁あなたは私のライバルよ。私以外に負けてもらっては困るわ⋮⋮
それに、その、初めてできた友達だし﹂
ツンデレか!? 思わず出かかった言葉を飲み込む。
﹁わかった。ありがたく、ストラスの助力を受けよう。ただ、やは
り、恩は返させてもらう。一方的に施しを受けるのは友達でもよく
ない。そうだな。魔王としての取引じゃなく、友達にお礼をさせて
もらおう。俺の街に招待して、考えうる最高の歓迎をさせてもらう。
それと、ストラスが困ったとき、何があっても全力で助けると誓う﹂
俺の言葉を聞いたストラスが薄く微笑む。綺麗な笑顔だ。大人び
た表情が彼女には似合う。
﹁頑固ね。でも、嬉しいわ。あなたのお返し楽しみにしているわ。
私がピンチになったらそのときはお願いするわよ。その、だって、
457
私たちは友達だから。⋮⋮あと、私が協力するんだから負けるなん
て絶対に許さないから﹂
嬉しそうに、なおかつ照れくさそうに友達というところを強調す
る︻風︼の魔王ストラス。
その口ぶりが面白くて俺は笑ってしまう。
﹁ただ、一つお願いがある。今回は俺の魔物の全力を見たいんだ。
あえて危険な道を選んでいるように見えるかもしれないが、ここで
ないと底力を試せない。だから、今から俺が言う条件でだけ加勢を
頼む。それまでは俺の水晶の部屋で休んでいてくれ。ストラスにお
願いしたのは、絶体絶命のときに俺の水晶を守る役目だ﹂
俺は、その条件を言う。
それは最後の最後、追い込まれたとき。
できれば、彼女の力を借りずに勝ちたいと思っている。
協力者と言え、水晶の部屋に入れることは危険だが、︻風︼の魔
王ストラスは絶対に俺を裏切らないという信頼があった。
﹁わかったわ。限界まで三人相手に一人で戦うつもりなのね。さす
がは私のライバルよ。そこまで言って情けないところを見せたら許
さないわ﹂
﹁水晶の部屋なら、俺のダンジョンの様子が見える。是非、俺の戦
いを参考にしてくれ﹂
予想外のところから援軍が来た。
これで勝率がさらにあがる。
あとは着々と準備を進めていくだけだ。
458
エピローグ:戦争前夜
俺は一人、街長宅を出て空を見上げる。
月が綺麗な夜だ。
いつもと街の様子が違う。
日頃は街のいたるところに居る治安維持用のゴーレムたちが姿を
消していた。
街の中にいるゴーレムだけじゃない、二十四時間体制で鉱石を掘
り続けるゴーレムたちも持ち場を離れている。
全てのゴーレムは地下の防衛用区画で戦闘配置についていた。
街では、冒険者たちが夜だというのに出歩いている。
今となっては酒場や、娼館などが出来ていて娯楽には事欠かない。
体力があり余っている彼らは一晩中遊び歩くことも珍しくない。
面白い事に娯楽施設ができると、感情の動きが大きくなるようで
DPの収入もあがっている。いつか直営で感情を揺れ動かす娯楽施
設を作りたいものだ。
﹁ついに明日か﹂
戦争までの期間はあっという間に過ぎていった。
その間に、地下一階の三フロア目を完成させていた。
戦争の真っ最中に完成する︻創造︼のメダルの使い道も決めてい
る。
459
合成したい魔物は確定。だが、変動レベルで生み出せば、レベル
を上げる時間はないので戦力にならない。
かと言って、固定レベルで呼び出してしまえばレベル上限が下が
る上に、同一レベル時のステータスが下がってしまう。
せっかくのランクSの魔物を固定で呼び出すのはもったいない。
そのジレンマを解決するため、いつでも合成できる準備だけおく
ことにした。
追い詰められたとき、即座に固定レベルのランクSを呼び出す。
もし、その必要がなければ戦争終了後に変動で生み出すのだ。
﹁勝たないとな﹂
ひとり呟く。
勝算はある。ただ、それは集めることが出来た情報からの推測に
過ぎない。
何か、とてつもない抜け道があるかもしれない。
﹁プロケル、あなたでもそんな顔をするのね﹂
緑の髪を揺らす勝気な少女が現れた。
俺の友人にしてライバルである︻風︼の魔王ストラスだ。
今回の︻戦争︼で力を貸してくれる。
明日からの戦争に備えて、この街の宿に泊まってもらっていた。
彼女も落ち着かなくて外に出てきたのだろう。
﹁まあな、人並みに緊張するし、不安にもなる。ここには大事なも
のが多すぎる﹂
虚勢を張っても仕方ないので正直に伝える。
460
この街も、クイナたちも失ってしまうかもしれないと考えると、
怖くなる。
魔王である俺は配下の魔物たちに弱気な姿は見せられない。だが、
ストラス相手なら少し弱いところ見せられた。
﹁少し安心したわ﹂
﹁安心?﹂
﹁ええ、あなたにもそういうところがあるって思えたから。私と同
じ、ただの魔王なんだって﹂
そんなストラスの言い回しが面白くて俺は苦笑する。
﹁プロケル、心配する必要はないわ。この私が、あなたの保険にな
ってあげるのだから、絶対に水晶を砕かせはしない。あなたは安心
して敵のダンジョンを蹂躙してきなさい﹂
﹁心強いよ。だけど、ストラスの力を借りずに勝つようにやってみ
たいと思う﹂
ストラスは俺の水晶の部屋に控えてもらい、最後の守りである第
三フロアの仕掛けを使用後に力を借りる約束になっていた。
そうしたのは、俺の意地と、俺の魔物たちの力を信じたいという
気持ちがあったからだ。
﹁あなたのそういうところ好きよ。我がライバルにふさわしいわ﹂
﹁落胆させないようにしないとな﹂
﹁そろそろ、エスコートしてくれないかしら?﹂
﹁ああ、案内しよう﹂
彼女はあらかじめ水晶の部屋に移動しておかないといけない。
俺は魔王特権の転移で彼女を水晶の部屋に送り届け、その部屋を
461
後にした。
時間だ。俺のほうにも大事な用事があるのだ。
◇
地下一階の第二フロア。
日頃はパン工場と兵器工場として使用しているアンデッドたちの
住処である墓地エリア。
そこには俺の魔物たちが整列していた。
まず、ワイト率いるアンデッド軍団。
スケルトンたちに、︻風︼の魔王ストラスとの戦いでアンデッド
化したモンスター、それにワイトを連れて︻紅蓮掘︼で狩りをした
ときにアンデッド化したモンスターたち。
総勢で一〇〇体を超える大所帯だ。
魔物としての能力だけを考えるとスケルトンたちはひどく弱い。
しかし、俺が︻創造︼で作り出したアサルトライフル、MK416
を装備することによって攻撃力を確保している。
次に、ロロノとドワーフ・スミスたちが作り上げた大量のゴーレ
ム軍団。
総勢八〇体のアンデッド軍団に次ぐ大戦力。
その中でも特筆すべきは、一二体のミスリルゴーレムたち。
D2
カリバー.50。対戦車ライフル並みの一
彼らは、Bランクの魔物に匹敵する能力を持っている上に装備が
いい。
ブローリング
撃を一秒間で六発ぶち込む化け物。人間では到底装備できないそれ
をアサルトライフル感覚で振り回す。
ミスリル以外のゴーレムたちにもその圧倒的なパワーを活かした
装備を与えてあり、機動力にかけるが強力な軍団だ。
462
そして、街が出来てからひたすら訓練をし続けたグリフォンを筆
頭とした空爆部隊二〇体。
BランクのグリフォンにDランクのヒポグリフの混成部隊だ。
彼らの役割は上空から爆弾の投下。俺の︻創造︼で作った化学薬
品で大量の高威力の爆弾を作り上げており、それらを空からばら撒
くのは有効な戦術の一つ。
対空攻撃手段を持たない相手なら一方的に蹂躙できる。
もともと、人間の街との戦いを想定して作り上げた部隊だが、今
回の戦争でも十分に活躍してくれるだろう。
最後に混在部隊。ストラスと余興で戦ったときのあまりポイント
で大量に作ったBランク相当のイミテートメダルで作ったBランク
とCランクのさまざまな固定レベルで生み出した魔物たちの集まり
だ。Bランクとは、並みの魔王が直々に合成してできあがる戦力。
弱いはずがない。こちらは総勢一二体。
これらが主力部隊となる。
あとは少数精鋭部隊として、クイナが鍛え上げた︻変化︼と炎を
操る力を持ち、隠密性、機動力、火力に優れた妖狐二体。
エルダー・ドワーフを師と仰ぐ、土属性の魔術と工作能力による
支援能力に長けたドワーフ・スミス四体。
エンシェント・エルフを姉と慕う、風を操り圧倒的な索敵能力と、
アンチマテリアルライフルによる長距離高威力射撃を併せ持つハイ・
エルフ四体が存在する。
何より忘れてはいけないのが、もっとも俺が信頼している。三人
463
の娘たち。クイナ、ロロノ、エンシェント・エルフ。
圧倒的な戦力。頼もしい俺の魔物たちだ。
用意してあったステージにあがると俺の魔物たちが全員、俺のほ
うを向く。
﹁親愛なる我が魔物たちよ。ついに戦いのときが来た﹂
あたりを緊張感が包む。
﹁かつての戦いとは違う、本物の︻戦争︼だ。失った者は帰って来
ない。負けたら全てを失う﹂
そう、︻風︼の魔王ストラスとの戦いでは死んだ魔物は︻刻︼の
魔王の力で帰ってきた。
だが、今回はそんな安全弁はないし、水晶を砕かれれば、全員消
滅してしまう。
たとえ勝てたとしても、犠牲になった命は戻ってこない。
﹁俺はおまえたちを失いたくない。だから、死なないでくれ。その
ための作戦は用意した。十全に己の力を発揮し生き残り、勝利を掴
め、それが俺の命令だ﹂
全員の目に決意が宿る。
一人一人の顔を見ていく。
そこには悲壮感はない。絶対に勝つという決意が見えた。
死ぬなという言葉は魔王失格かもしれない。
本来なら、魔物を餌にして人間を誘い込み、使いつぶしていくの
が魔王の役割。魔物に感情移入なんてしない。
464
だけど、俺はそんな風に割り切れない。
娘と思っているクイナたちはもちろん大切だ。彼女たちだけじゃ
ない。ワイトのことを信頼し頼りにしているし、妖狐やハイ・エル
フ、ドワーフ・スミスとも何度も会話をして笑いあった。
パンを作ってくれるスケルトンたちに感謝してる。グリフォンの
背中に何度も乗った。そのときの安心感を知っている。
他のみんなだってそうだ。
ここに居るのは大事な俺の仲間だ。
﹁みんなで勝って生き残るための作戦を伝える。主に三グループに
分かれる。第一部隊は、クイナとロロノを主力とし、ハイ・エルフ
二体と混在部隊の中から高速型の魔物を加えた二〇体。指揮はクイ
ナに頼む。目的は︻粘︼の魔王の水晶の破壊だ。開始直後に奇襲を
かけろ。水晶を砕けば即座に戻って、ダンジョンの防衛に当たれ﹂
クイナとロロノの二体のランクS。そこに索敵能力に優れるハイ・
エルフが加わり、さらにランクBとランクCという敵の切り札と同
等の魔物たちという戦力。
十分に勝ち目はある。
﹁わかったのおとーさん。雑魚なんて一蹴してすぐに戻ってくるの
!﹂
﹁ああ、頼んだ。おまえが水晶を砕いてくれれば、相手の戦力が三
分の二になる。どれだけ早く砕けるか、それが今回の戦争では重要
だ﹂
今回の戦争は時間制の上に勝敗が、残存する水晶で決まる。
相手は防衛に集中すれば勝てる。だからこちらから攻めるしかな
い。
465
なら、最強・最速の戦力で攻める。
そして、これは守りの一手でもある。︻粘︼は気が弱い。自分の
ダンジョンが攻められれば、守りのために攻めに使った軍勢を呼び
戻すだろうし、クイナたちが水晶を砕けば、︻粘︼の魔物は消滅す
る。
﹁そして、第二部隊だ。第二部隊は俺が率いる。目的は︻邪︼の魔
王の水晶の破壊。俺とエンシェント・エルフ。そして妖狐、ドワー
フ・スミスの半数。グリフォン部隊の半数、そして混在部隊のうち
足の遅い連中を︻収納︼して連れていく﹂
エンシェント・エルフが火力と索敵能力を担い、妖狐がわきを固
める。そして切り札として空からの爆撃ができるグリフォン部隊を
引き連れ、足が遅いが強力な連中を︻収納︼で強引に運び戦力とし
て運用するという陣形。
Aランクメダルを作れない魔王相手なら十分勝てると踏んでいる。
﹁エンシェント・エルフ。おまえが相手のエースに勝てるかが全て
の鍵だ。頼りにしている﹂
﹁ご主人様、任せてください。誰にも負けませんから﹂
エンシェント・エルフは気負いなく答える。
まるで勝つのが当然と思っているようだ。無理もない、超高速飛
行超火力超高精度砲台。クイナですら彼女相手には分が悪い。
﹁信じているよ。エンシェント・エルフ。この戦いでお前の実力を
証明してくれ﹂
俺は彼女に微笑みかける。 そして、もし彼女が敵の魔王のエースを打ち倒し水晶を砕いた暁
466
には名を与えようと決めていた。
﹁最後に第三部隊。想像ができていると思うが、役割は街の防衛だ。
ワイト、おまえに全てを任せる。残った魔物たち全ての力を借りて、
アヴァロンを守ってくれ。三人の魔王たちの猛攻を受ける、エース
たちはいない。この状況を任せられるのは、参謀たるおまえだけだ。
できるか?﹂
俺の問いを受けたワイトは恭しく礼をした。
﹁我が自慢のアンデッド軍団。頑強たるゴーレム軍団。ゴーレムを
手足のように操るドワーフ・スミスが二人。目となり、対空攻撃を
受け持つハイ・エルフが二人。そしてグリフォン爆撃部隊の半数。
これだけの駒があれば、三流魔王の相手など容易い。我が君が用意
した最終フロアの切り札を使わずとも、屠って見せましょう﹂
まったく頼りになる男だ。
戦力的には彼の言う通り十分すぎるほど整っている。
だが、それを戦略的に運用できるには将の器がいる。そして、ワ
イトにはそれがあった。
俺の魔物たちには︻風︼の魔王ストラスの存在を伝えていない。
安心感は気のゆるみに繋がるからだ。
例外はワイトだけだ。自分たちの力だけでは勝てない。その敗北
を受け入れた瞬間に全魔物を退却させ、第三フロアの仕掛けを使用
したうえで、ストラスに助力を求める。
その苦い判断をワイトに任せている。こんなことを頼めるのはワ
イトしかいない。
﹁この場に居る全員に告げる。俺の不在時にはワイトが全権を担う。
467
ワイトの命令は俺の命令だと思え﹂
俺の魔物たちが頷いた。
ワイトは歓喜に打ち震えながら口を開く。
﹁我が君、この命にかえてもアヴァロンを守りきりますぞ。我々の
力で!﹂
その言葉は嬉しい。
だが、若干間違っている。
﹁ワイト、その覚悟はいい。だが、間違えるなよ。俺はおまえたち
を失いたくないんだ。命にかえてもなんて言うな。生きて勝て、そ
れが俺の命令だ﹂
悲劇なんていらない。
犠牲なしに勝つ。
﹁はっ、我が君の御心のままに﹂
これで、作戦会議は終わりだ。だから、最後に一つ言葉を贈ろう。
﹁初めての︻戦争︼だ。圧勝し、みんなで戻ってきて笑いあおう。
全員配置につけ!﹂
慌ただしく親愛なる俺の魔物たちが動き始める。
じきに創造主によって転移されるだろう。
さあ、勝つぞ。
468
エピローグ:戦争前夜︵後書き︶
二章完結しました! 三章はしょっぱなからクライマックスですよ
!
469
プロローグ:戦争開始︵前書き︶
今日から三章開始です! はじめからクライマックス
470
プロローグ:戦争開始
いよいよ戦争が始まる。
勝てば、倒した魔王のオリジナルメダルが永続的に生産できるよ
うになり、さらに新たな魔王に課せられたノルマが達成でき、ダン
ジョン作りに専念できるようになる。
だが、負けてしまえば俺のダンジョン⋮⋮アヴァロンという街は
消滅し、大事な魔物たちも消え去る。
創造主の温情により、一年後にまたダンジョンが作れるようには
なるが、魔物たちは戻ってこない。
新たに作ることができても、それはクイナたちじゃない。別の誰
かだ。
戦争のために今まで準備を進めてきた。
俺の魔物たちは全員、配置につきそれぞれの装備を手にとり準備
が万端だ。
そして、太陽が昇った。
その瞬間だった。全身が魔力に包まれる。
転移の前兆。こんな芸当ができるのは、創造主だけだろう。
俺の意識は落ちていった。
◇
目を覚ますとどこまでも白い空間に居た。
あたりを見回すと、背後に俺の街アヴァロンがあり、前方には三
つのダンジョンがある。
左から、洒落た城塞。怪しい雰囲気を漂わせる塔、潮の香りがす
471
る鍾乳洞のダンジョンだ。
間違いなく、今回戦うことになる三人の魔王のものだろう。
前回と同じルールだと、白い部屋での妨害・戦闘はご法度。
ここから相手のダンジョンに侵入して、相手の水晶を壊していく
はずだ。
﹁来たか﹂
数十秒後、三人の魔王たちが俺と同じように三人の魔王が転移し
てきた。
人間にしか見えないジャケットを羽織った優男、︻鋼︼の魔王ザ
ガン。
二足歩行のカエルのような醜い巨体の男、︻粘︼の魔王ロノウェ。
悪魔の角と翼を持った陰湿そうな男、︻邪︼の魔王モラクス。
彼らを代表してか、︻鋼︼の魔王ザガンが俺のほうに歩いてきて
口を開く。
﹁今日という日が来るのをを待ちわびていたよ。僕の提案を断った
ことを後悔しながら、全てを奪われる絶望に打ちひしがれろ﹂
︻鋼︼の魔王ザガンは勝てて当たり前とでも思っているようだ。
それも無理はない。
何せ三対一という優位性。
それに二四時間という時間制限がある上、制限時間がきたら水晶
の残数で勝敗が決まる。
ザガンたちは守りに徹して水晶を砕かれなかれば勝ち。
それに対して俺はただでさえ、圧倒的に劣る戦力を攻撃と守りに
472
振り分ける必要がある。それも、守りをがちがちに固めている相手
に。
さらに言えば、こちらが攻めた瞬間に守りが薄くなっていること
がばれ、攻めていないダンジョンの魔王が全力で攻めてくるという
状況。
だからこそ、二つのダンジョンを、圧倒的な速度で同時攻略とい
う手を打つ。戦力を分散させる愚策に見えるが、攻めであれば少数
精鋭でも可能だ。そのうえ、二人の魔王の攻めを緩ませることがで
きる。
天狐であるクイナ、エルダー・ドワーフであるロロノ、エンシェ
ント・エルフ。三体のSランクの魔物を持っている俺だからこそで
きる戦術だ。
﹁なぜ、後悔するんだ? この戦いが終わるころには︻戦争︼のノ
ルマを果たした上に、三つのメダルを手に入る。今から笑いが止ま
らんよ﹂
意図的に傲慢に、余裕そうに振る舞う。
﹁くっ、強がりを。僕たちが負けるなんてありえない。おまえの戦
術もその弱点も知ってる。調子に乗って、余興で手の内を晒した間
抜けめ!﹂
この一言で確信した。頭がいいように振る舞ってはいるが、こい
つは馬鹿だ。
﹁ほう、それはすごい。だが、相手の弱点を見抜いて対策している
ことを、ぺらぺらと話すなんてどうかしてると思うがね﹂
473
俺の一言で、ザガンは顔を真っ赤にした。
少しでも冷静さを欠いてくれればいいと思ったがここまで効果が
あるとは。
とはいえ、相手が馬鹿でも純粋な戦力差は厄介だ。気を付けてい
かないと。
対策があることを自慢げに話してはいるが、そのことを俺が織り
込み済じゃないとでも考えているのだろうか。 当然のように、対策の対策ぐらい用意している。
◇
﹃星の子たちよ。記念すべき最初の︻戦争︼だ。︻創造︼と︻鋼︼
︻粘︼︻邪︼の戦いだ。長く戦争を見届けてきたが、初戦から一対
三に挑む魔王なんて初めてだよ。ふふふ、面白い。楽しみだ。戦争
は一時間後に開始される。最後の準備を進めるがいい﹄
創造主の声が頭に響き、一時間後に戦争が始まると告げられた。
想像していた通りルールは前回と大して変わらない。
敵対する三人の魔王はそそくさと自らのダンジョンに引きこもっ
ていった。
魔王の命が失われれば、その時点で敗北となり戦争に参加できな
くなる。
魔王が安全圏に引き込まるのは、セオリーだ。
俺も戦力に余裕があればそうしたい。だが、俺には俺という戦力
を遊ばせている余裕がない。
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魔王というのは、︻誓約の魔物︼たちの力を受けて能力が強化さ
れる。天狐のクイナ、エルダー・ドワーフのロロノというSランク
魔物二体に名前を与えた俺は、Sランクの魔物の平均値程度の力を
持っており、さらに彼女たちの能力の一端を特殊能力として使える
ようになっていた。
さらに、魔王には︻収納︼という能力がある。異次元に一〇体ま
での魔物を閉じ込めて持ち運べる。
足が遅いが強力な魔物を、敵の本陣で解放するなんて芸当もでき
る。
だからこそ、俺は自らが敵魔王のダンジョン攻略に乗り出すのだ。
とはいえ、一度水晶の部屋に戻らないといけない。
大事な仕事が残っている。
◇
水晶の部屋に魔王顕現で転移すると、︻風︼の魔王ストラスが水
晶によって投影されたダンジョン内の様子を眺めていた。
﹁もうすぐ、始まるのね。ここには最後の仕上げに来たのかしら?﹂
彼女は最後の保険として水晶の部屋に待機してもらっている。
いよいよ、この部屋に攻めこまれるというときになると、防衛の
ために戦ってもらう予定だ。
たった一人だが、彼女の能力で一軍にも匹敵する戦力になる。
﹁ああ、そうだな。今から最後の仕上げだ。せっかく作った街を守
らないと﹂
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俺のダンジョンは地上部が街として機能し、地下一階が侵入者撃
退のための機能を付与している。
このまま戦争が始まればせっかく作り上げた街が蹂躙されてしま
うだろう。
﹁︻我は綴る︼﹂
力ある言葉をつぶやき、本を取り出す。
そして、︻階層入替︼を使用し、地上部と地下一階が入れ替わる。
さらに、外観設定を一番安いスタンダードな洞窟型に変更した。
白い部屋にある俺のダンジョンは、緑豊かな街からなんの変哲も
ない洞窟になった。
これで街は守られる。
もっとも⋮⋮もともと地下一階だった階層が突破されれば蹂躙さ
れてしまうが。
﹁本当に、人間たちは消えたんだな﹂
﹁そうね。話には聞いていたけど、驚いたわ﹂
事前に説明されたとおり、街から人間と彼らが育てていた家畜や、
野生の動物たちは消えていた。
魔王と魔物以外の生き物は戦争の開始と同時にどこかに転送され、
時が止まった状態になるらしい。
さらに言えば、この白い部屋も時の流れが通常の世界よりずっと
早い。この世界で一日過ごしても、元の世界では一〇秒ぐらいしか
経っていない。人間からすれば戦争があったことすらわからない。
街の運営をしている俺にとっては非常に助かる仕様だ。
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階層入替が終わったので、あとはダンジョンの攻略部隊の移動だ。
あらかじめ、攻略部隊を外に出しておかないと戦争が始まり、相
手に攻め込まれた際に、魔物を外に出せなくなる。
なにせ、入り口を敵の魔物に固められるとそれだけで、俺の魔物
たちは外に出られなくなるのだ。
かと言って早い段階から魔物を外に出すと攻撃部隊の規模が相手
にばれてしまう。
その問題を解決するために、魔物たちはダンジョンの入り口、す
ぐに外に出れる位置に移動させることにした。
︻戦争︼開始と同時に飛び出る。
これなら、ぎりぎりまで情報を隠せる。
﹁白い部屋には転移陣が作れないのは痛いな﹂
﹁そうだったの? それはいい情報を聞けたわ﹂
ダンジョンの外に転移する場合は、︻転移︼の能力を持つ魔物で
も、陣から陣の転移しかできない。
白い部屋に︻陣︼があれば、攻め込まれても魔物を自由に外に出
せるし、攻めてきた敵の魔物を挟み撃ちにもできると思ったが、そ
こまで甘くなかった。
﹁敵のダンジョンに入り込みさえすれば、転移陣を用意できるだろ
うし、︻転移︼は有効に使うさ﹂
︻刻︼の魔王にもらったカラスの魔物が︻転移︼の能力をもってい
る。
こいつには俺に同行してもらう。
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すでに、俺のダンジョンに転移陣は用意してあった。敵の水晶を
砕けば速やかに︻転移︼で戻ってくるつもりだ。
﹁これで最後の仕上げはできた。ストラス、行ってくるよ﹂
﹁ご武運を。私はここであなたのダンジョンの防衛戦を見て、徹底
的にあなたの戦術を丸裸にしてあげるから﹂
︻風︼の魔王ストラスがいたずらっぽい笑みを作った。
打算があるのは本当だが、必要以上に俺に恩を着せないための配
慮だろう。
﹁そうしてくれ。だがな、俺のダンジョンはすごい勢いで成長する
ぞ。今の俺のダンジョンを知ったところで意味はない﹂
彼女は一瞬目を丸くして笑った。
そして俺は転移を行った。
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プロローグ:戦争開始︵後書き︶
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n7637dj/
魔王様の街づくり!∼最強のダンジョンは近代都市∼
2016年9月11日18時31分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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